今はまだ、追及するべきではないと思った。

それは今でも変わらない。―――けれど、まったく気にならないと言えばそれは嘘になる。

「・・・あの子達と一緒に行かなくて良かったのか?」

ベースへ戻る途中、だからこそそう探りを入れた滝川に、しかし先ほどの様子からは考えれないほど穏やかな笑顔で振り返ったは、まっすぐ滝川を見返して。

「いいの、いいの。今の私は家の代表として来てるんじゃなくて、渋谷サイキック・リサーチの助っ人として来てるんだから」

確かにその通りではあるが、家の月華なのだ。

つまりは、立場的にいえば家の責任者の1人でもある。―――そんな人物が、どうして助っ人としてここへ来たのか。

本来ならば、彼女こそが家の代表としてここへ来ていてもおかしくない。―――むしろそれが自然な形に思えるというのに・・・。

そんな滝川の思考を遮って、は笑みを浮かべたまま呟く。

「それに、私が行ったってどうせやる事なんかないって」

妙に自信ありげに伝えられた言葉に、滝川は疑問と感心を抱く。

疑問は、の能力を考慮しての彼女の言動に対して。

そうして感心は・・・。

「へぇ〜。お前がそう言うって事は、あの子ら相当優秀ってわけだ」

もっとも、元総理からの依頼であるのだから、生半可な実力の者を派遣するわけにもいかないだろう。

そういう意味も込めて問い掛けると、しかし滝川の予想に反しては他人事のように笑った。

「そうなんじゃないの?―――あの子達には結構仕事回ってるみたいだし」

「おいおい、そんな人事みたいに。―――お前、家の月華だろ?」

呆れたようにそう言えば、は滝川から視線を外し、何処か遠くを見るような眼差しを浮かべながら小さく笑みを零す。

「・・・形だけのね」

その笑みの向こうに、言い知れぬ闇が見えた気がしたのは、果たして本当に気のせいなのか。

「形だけって・・・」

咄嗟に返す言葉が見当たらずそう呟けば、パッと顔を上げたはいつものように明るい表情を浮かべて。

「そんな事より、とっととベースに戻ろう。戻って調査の手伝いしなくちゃね」

バシバシと滝川の背中を叩いて、そうして滝川に背を向けてベースへ駆けて行くの後姿を見つめながら、滝川は小さくため息を漏らす。

いつもは調査を嫌がっているというのに・・・―――その様子こそが、触れられたくないのだと物語っていて。

いつものように冗談めかしてやればよかったのかもしれない。

事情も何も解らないけれど、それでも『月華』という名が彼女にとってとても強い影響力を持っているのを痛感して、滝川は困ったようにため息を吐き出した。

 

やかな決意

 

「・・・って感じでね。な〜んかいい加減なやり方してたよ」

ベースに戻ってからも南に対する麻衣の不信感は収まらないのか、不満げに頬を膨らませながら先ほどの出来事をナルに話して聞かせる。

しかしそれに対して、ナルの興味は麻衣の計測してきた部屋の温度のデータにしかないらしく、生返事を返しながら真剣な面持ちでボードに視線を落としていた。

そんなナルの態度にムッとしながらも、これ以上愚痴を零す気はないのか、麻衣はチラリと滝川へと視線を向けて・・・。

「そーいえば。残念だったね、ぼーさん。博士がいなくて」

「なっ、なんで急にふるんだよ!」

「だってファンなんでしょ?すごい人だっていつも言ってるじゃ〜ん」

ニヤリと口角を上げてにじり寄る麻衣から距離を保ちつつ、少しだけ顔を赤らめつつ滝川は戸惑ったように視線を彷徨わせる。

その様子が、突然の恋バナに戸惑っている女子高生のように見えて、は呆れたように肩を竦めた。―――だからなんでオリヴァー=デイヴィスなんだ、と心の中で独りごちる。

「だっ、だってなぁ!あんだけ厳密な研究者って珍しいんだぞ?」

「へ〜、そうなんだ」

「なに照れてんのよ」

必死に言い返す滝川がよほど面白いのか、麻衣がニヤニヤとした笑みを浮かべながら声を上げる。―――それに便乗して、普段滝川におちょくられて悔しい思いをしている綾子までもがその手を伸ばした。

嫌な予感を感じつつ、それでもなんとか窮地を逃れようと、滝川は必死に言葉を続ける。

「そ、すっげー真面目な人なんだよ。まるで普通の科学論文みたいなきちんとした論文書くしさ」

「ふうん。・・・論文は論文じゃないの?」

霊現象を対象とした調査のバイトをしていても、麻衣にはそちら方面の興味も知識もない。

滝川の言っているその違いが解らず眉を寄せれば、何故か滝川が得意げに話し出す。

「博士の著作に『超自然のシステム』ってのがあってさ。それの序文にこうある」

『超自然現象研究に関して、科学だペテンだの議論があるが、筆者はこれをいまだ科学ではないと感じる。

故に、まずは超自然現象研究を科学として認知させるための研究を行いたいと考えている。』

つらつらと並べ立てられた難しい言い回しに、麻衣の頭上にハテナマークが浮かぶ。

それを見ていた安原が、助け舟を出すように口を挟んだ。

「つまり、超自然現象はまだ科学じゃないから、科学にするための研究をするって事ですね」

素人でも解りやすい言い回しに、首を捻っていた麻衣がなるほどと相槌を打つ。

その傍らで、ぼーさんってそんな本まで読んでたんだ・・・と、は違った意味で感心していた。

「超自然を信じる奴は、頭っから『これは科学だ』って言い張るんだよな。逆に反対派はペテンだって決め付けるし・・・。それがさ、博士本人はサイ能力者なんだから超自然現象があるって知ってるわけだろ?思い切った事言うよなぁ」

「さいですね。事実その本かてすごくキチンとした研究書でしたし・・・」

感心したように呟く滝川に、話を聞いていたジョンも同意する。

「・・・っていうか、私的にはなんでぼーさんがそこまで心酔してるのかが不思議なんだけど」

ポツリと呟いた言葉は、しかし滝川には聞こえていないのか何の反応も返って来ない。

そもそも研究というのは誰かに発表する事を目的としてされているもので、いくら自分がそれを知っていても周りが知らなければそれを証明するのは必要不可欠であり、むしろ自分がそれを知っている分証明のしやすさは他とは比べ物にならないだろう。

確かにそれを知っている者が、それを知らない者に意見を押し付けないという意味では大したものかもしれないが、違う側面から見てみればその言葉こそが自信の表れでもあるだろう。

はチラリと横目で辺りを窺いながら、困ったように苦笑を浮かべる。

果たしてこの話し合いがどう聞こえているのか、出来る事なら本人に聞いてみたいとは思うけれど。―――あなたにはこんな熱烈なファンがいるんですよ、と。

「そのわりに南さん、いい加減なやり方してたじゃん!」

「そりゃ、本人がいい加減な性格してるんだろ」

麻衣から向けられた抗議の声を、しかし滝川はさらりとそう流す。―――彼にとっては、あくまでもデイヴィス博士はすごい人らしい。

しかしそれだけでは綾子も納得できないらしい。

本当に嫌そうに表情を歪めながら、麻衣の言葉を引き継ぐように口を開いた。

「あの南っての、なーんか胡散臭くない?卑屈な感じがして、いまいち信用できないのよね」

「だから言ってるじゃん。霊能者なんてみんな胡散臭くて信用出来ないって」

「・・・

興味なさそうに滝川の講釈を聞いていたの余計な突っ込みに、意気込んでいたはずの麻衣ががっくりと肩を落とす。

何故こんなにも霊能者に対して不信感を抱いているのか。

デイヴィス博士ではないが、同じ霊能者なのだから多少の擁護はあっても良さそうだというのに・・・―――はいちいち言動が霊能者らしくないと麻衣は思う。

そうしてがっくりと肩を落としていた麻衣は、しかしふと少し前のジョンの言葉を思い出して、勢い良く顔を上げた。

「あれ、そういえば・・・ジョン、さっき博士がどうのって言ってなかった?」

「はぁ・・・。ボクは博士におうた事あらへんのですけど、確かお若い人やと聞いた事があって・・・」

言われて、広間で見た博士の姿を思い出す。

お世辞にも若い、とは言えない年齢だったように思う。―――まぁ、歳をとっているというほどでもない事は確かだけれど。

「『博士』にしちゃ十分若いじゃねーか」

話を聞いていた滝川が反論する。―――確かに世の中の『博士』と呼ばれる人たちの中では、彼も十分に若いだろう。

しかしジョンはそれには納得がいかないのか、困ったように首を傾げて。

「はぁ・・・でも、博士はローデンバーグ財団の博士号をもろうたんですよね。あそこは心霊研究に力を入れてる欧米の財団の中でも最近とくに熱心なところで、博士号を作って優秀な研究者に与えたり、大学に講座を作ってその教授にしたりしてます。デイヴィス博士はその博士号をもろたんで、いわゆるフツウの博士号とはちょっと違うてて・・・」

ジョンの説明に、は訝しげに眉を寄せる。

博士号というのは、そんなに簡単に与えられるものなのだろうか?

そしてそんなある意味怪しい分野に、よく手を出そうとした財団もいたものだと、はまたもや違った意味で感心する。

「それに博士が来日したら、もっと大騒ぎになってるのと違いますか?」

そうして説明を終えたジョンが発した最大の疑問に、今まで話半分に聞いていた綾子が確かに・・・と眉を顰めた。

「・・・そうよね。一部でとはいえ、有名な超能力者だもんねぇ」

「へー、そんなにすごい人なんだ」

綾子の独り言とも取れる呟きに、けれど麻衣は感心したように目を丸くする。―――しかし直後、滝川と綾子の両人から向けられた呆れ混じりに眼差しに、思わず顔を赤らめて声を荒げた。

「しょうがないじゃん、シロートなんだから!」

暗に告げられる言葉の意味を察し、普段は気が合わないというのにどうしてこういう時だけ気が合うのだろうかと忌々しく思う。

そんな麻衣の反論を認めたのか、はたまたどうでもいいのか、綾子は口元に手を当てながら感嘆のため息を吐き出した。

「すごいわよぉ。本人は霊に関する研究者だから、超能力の方ではあんまし活躍してないケド」

「何年か前に一度だけPKの公開実験をした事があるんだよ。ちゃんとした研究所だとそのビデオがあるらしいけどな」

綾子の説明を、上機嫌の滝川が補足する。

「どでかいアルミの塊を壁に叩きつけたってやつ。見たことないけど」

滝川の説明に想像が追いつかないのか、麻衣が訝しげな表情を浮かべた。

確かに、超能力でアルミの塊を壁に叩きつけたといわれても、見た事がなければどんなものなのか想像もつかない。

「あとアメリカの富豪の息子はんが誘拐されたとき、救出しはったのが有名ですね。土の中に生き埋めになってたのを見つけたとか」

「そうそう、あとさー」

ジョンまで一緒になって談笑を始めてしまい、なんだかとても盛り上がっている3人をぼんやりと眺めながら、麻衣は呆れ混じりに視線を投げる。―――あんたらは博士のファンクラブか、と小さく独りごちて。

そんな楽しげな雰囲気の中、それを破るように冷たい声が響いたのは直後の事だった。

「・・・みなさん、楽しそうですね」

「よう、ナルちゃん。どこ行ってたんだ?」

振り返ればナルが立っている。

そういえば先ほどまではベースにはいなかったなぁ・・・と他人事のように思っていたは、返って来た言葉に盛大に頬を引き攣らせた。

「むろんカメラの設置に行ってたんですが。僕は仕事でここに来ているもので」

素っ気無く告げられた言葉に視界を巡らせれば、確かにベースに積まれていた機材の大半が消えている。

それをナルが1人で設置していたというのだろうか・・・?―――その意味を察した麻衣が、慌てて行動を開始した。

「すっ、すみません!設置やります!!」

これ以上ナルの怒りを買うものかとばかりに残ったカメラに駆け寄ったその時、ナルが冷ややかな笑みと声色で言い放った。

「結構ですよ、谷山さん。女性には重労働ですから」

ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。―――どうやら先ほどの滝川と綾子の発言をまだ根に持っているらしい。

「でっ?どこら辺に置きましょうか、ダンナ!!」

しかしこのままでは調査に支障が出るのは間違いない。

何よりも自分たちの精神的ダメージの方が心配だ。

ちょっとからかっただけでこの反応。―――やはりナルは敵に回すべきではないと、全員が思い知った瞬間でもあった。

そんな面々を前に溜飲を下げたのか、ナルは小さくため息を吐き出してから口を開く。

「・・・とりあえず全員が宿泊する辺りを中心に。そこから徐々に半径を広げていって安全圏を確保する。―――長丁場になるかもしれないが、やむを得ないだろうな」

淡々と告げられるナルの言葉に、はげんなりとした表情を浮かべながら機材に手を伸ばす。

確かに危険な雰囲気満載の屋敷であり、なおかつ屋敷内の構造もはっきりしない。

地図がなければ迷ってしまいそうなそんな場所では、霊うんぬんを前に迷子になる心配の方が先だ。

ナルの言う通り、まずはしっかりと屋敷の見取り図を完成させ、なおかつ安全圏を確保するのが第一だと解ってはいるけれど。

それでも入学したばかりの大学を早速休まなければならないという事実は、予想以上にダメージだ。―――それも期限が解らないのだから、なおさら。

せめて安原が大学に行っていれば、同じ科目の講釈くらいはしてもらえたかもしれないが、今ではそれも望めない。

調査を終えて帰ってからも当分は大変だろうと思うと、それだけでため息が零れる。

それでも、拒否する事は出来ないのだけれど。

「だとさ。麻衣!家に連絡して了解取っとけよ。長くなるって」

そんな事をぼんやりと考え込んでいたは、しかし滝川の問い掛けに顔を上げた。

確かに、まだ高校生でありバイトでもある麻衣にとっては、自分以上に厄介だろう。

そう思ったが、しかし麻衣はあっさりと首を横に振った。

「いいよ、別に」

「いくねぇ。親が心配すんだろーが」

「だって、あたしみなしごだもん」

さらりと告げられた真実に、その場にいた全員が硬直した。

一瞬何を言われたのかが解らず瞬きを繰り返す。―――そうしている内に先ほどとは打って変わって静まり返った室内に気付いたのか、機材をチェックしていた麻衣が訝しげに振り返った。

「どしたの?」

どうしたの、じゃないよ。―――思わずそう呟きそうになって、は言葉を飲み込む。

「・・・みなしご、って・・・孤児?」

「そだよ」

またもやあっさりと返された言葉に、質問を投げ掛けた滝川が口を噤む。

確かにおかしいと思う部分はあったのだ。

今までだって、長期というわけではないが、一週間程度の泊まりの調査はあった。

常識的に考えて、普通の親がそれを許すだろうか?―――加えて、バイト先が霊現象の調査をする会社だと言われれば、反対するに違いない。

「お、おじさんとかおばさんとかは・・・?」

「全然いないよ。両親とも天涯孤独ってやつだったから。―――おとーさんはあたしが小っちゃい頃死んじゃったし、おかーさんも中学の時にね」

そう言って、完全に振り返った麻衣は困ったように苦笑を浮かべる。

「面倒見のいい先生がおうちに下宿させてくれてたんで助かったけどさ!」

まいったとでも言うように頭を掻く麻衣を見据えて、滝川は僅かに目を細めた。

「・・・それで?」

「それでって?」

「今はどうやって生活してるんだ?」

「自活!えらいだろー」

急に覇気のなくなった滝川を相手に、麻衣は張り詰めた空気を和らげるように胸を張ってそう答えた。

「うちの学校は貧乏人に親切だから、学費は免除されてるから。生活費は奨学金とバイト代で何とかなるし。おまけに最近はバイト代がいいからさー、生活が潤っちゃって・・・」

「おじさんの胸でお泣き」

明るくそう言う麻衣に感極まったのか、滝川がグワシと麻衣を抱きしめた。

突然の事にされるがままになっていた麻衣は、がっちりと拘束された滝川の腕からなんとか逃れようと懸命にもがく。

「いらん!はなさんかーい!!」

「生活に疲れたらいつでも言うんだぞ。おじさんがお嫁にもらってやるからな」

麻衣の抵抗などなんのその、勝手に進行する滝川を何とか押しのけて、麻衣は勢い良く顔を上げた。

「それは定職についてから言うセリフでない?」

痛いところを突かれたのか、滝川が一瞬怯む。

その隙になんとか滝川の拘束から逃れようと身を捩った麻衣は、しかし次の瞬間軽く額を叩かれて眉を寄せた。

「かわいくないっ。ヤな子ね」

冗談交じりに言う滝川を見て、麻衣は声を上げて笑う。

怖い体験をするのは嫌だけれど、ずっと調査が続けばいいのにとこういう時に思う。

そうすればずっとこの楽しさが続くのだ。

温かくて、柔らかくて、優しくて。―――まるで誰かがいる家に帰ったような、そんな気持ちになれるから。

滝川からの制裁を受けつつ笑っていた麻衣は、しかし次の瞬間自分に覆いかぶさってきた温かいものに目を丸くした。

その温かいものは、人の身体だ。―――視界の中で、さらさらと黒く長い髪が零れ落ちる。

まるでしがみつくように、ぎゅっと麻衣の身体を抱きしめたまま、は何も言わない。

「ちょ、ちょっと、?」

突然の事に戸惑い視線を彷徨わせながら、麻衣はの名前を呼ぶ。

きっと自分の生い立ちを気にしているのだろう。―――そうは思うが、だからといってどう声を掛けていいのか解らない。

そうして麻衣が助けを求めるように滝川たちに視線を向けたその時、じっと麻衣に抱きついていたがパッと顔を上げて。

「麻衣、生活に疲れたらおねーさんのところにおいで。お嫁にもらってあげるから」

告げられた言葉に目を丸くする麻衣を見つめて、は悪戯っぽく笑う。

それにからかわれたのだと理解した麻衣は、不機嫌そうに小さく唸った。

心配した自分が馬鹿だった。―――そうは思うけれど、が笑ってくれた事にホッとしたのも事実で、麻衣は堪えきれずに大きく噴出す。

それを見ていた綾子が呆れたように息を吐き、改めて口を開いた。

「それでバイト三昧できるってわけ?」

「そ、うちの学校はもともとバイト可だけどね。生活のためですっていうと休み放題なのさ」

「ふ〜ん。じゃあサボリたい時もバイトですって言えば・・・」

「そーそー、好きなだけ休め・・・」

調子に乗って笑いながら口を開いた麻衣は、すぐさま己の失態に気付いた。―――向けられる綾子の視線が痛い。

「・・・なるほど。そうやって学校をサボってるわけだ。馬鹿になるはずだな」

「あっ!今すっごいナルに似てた!」

「えっ、そう?」

表情をキリリとさせてしたり顔で頷く滝川に、麻衣が楽しげに声を上げる。

それにまんざらでもなさそうに笑顔を浮かべる滝川を横目に、ナルは小さく息を吐いた。

ちっとも仕事が進まない。―――いつになったら調査に取り掛かれるのか。

「とにかく、あと五箇所に暗視カメラとサーモグラフティを。同じ場所に集音マイクをセットする。それが終わったら、ぼーさん、ジョン、安原さん、の4人で各部屋と廊下のサイズを調べに行ってください。平面図を作成する必要がある。―――ただし、陽が暮れたら引き上げること。麻衣たちは機材の調整を」

仕切りなおしとばかりにナルから告げられる指示に、全員が頷き返す。

そうしていざ行動を開始しようとしたその時、がはーいと手を上げた。

「どうした?」

「私、お手洗いに行きたいんですけど」

藪から棒に告げられた言葉に、ナルは呆れたようにため息を吐き出して。

「では、麻衣。付いていってやれ」

「ああ、いいよ。トイレくらい1人で行けるから」

「・・・1人で出歩くなと、今言ったばかりだが?」

「すぐそこだから大丈夫だって。んじゃ、行ってきま〜す!」

それ以上ナルの説教を受けないようにと早速ベースを飛び出していったの背中を見送って、ナルは疲れたようにため息を吐き出す。

彼にとってもは扱いづらいタイプに違いない。―――まどかほどではないにしろ、彼女もまたマイペースな人物だからだ。

そうして諦めたように作業を開始するナルを横目に見ていた滝川は、それに習って作業を始めようと動き出す面々に視線を戻して唐突に口を開いた。

「なぁ、家についてなにか知ってる奴っているか?」

突然告げられた言葉に、全員が動きを止め目を丸くする。

そんな中、一番早く我に返った綾子が訝しげに眉を寄せた。

「なに、急に。知りたいなら本人に聞けばいいじゃない」

「そりゃまぁ、そうなんだけどさ。―――なんか雰囲気的に聞きづらいつーか・・・」

突然すぎる質問だという事は滝川とて解っている。

しかしがいる前では当然ながら聞けない以上、今しかチャンスはないと思った。―――もっとも、がいつ戻ってくるのか解らないので長話は禁物だけれど。

「・・・ああ、そうね」

僅かに眉を顰めた滝川を見て、綾子も同じように表情を曇らせる。

と、そして今回派遣されたという家の2人の間にある微妙な雰囲気を、彼女たちもまた感じ取っていた。

勿論気にならないわけではない。

ただ、やはり聞きづらいのだ。―――今までそういった事を何一つ話さなかったには。

「でも、家って有名なわりには内部事情はっきりしないところがあるし、知ってる人なんて・・・」

「何が知りたいんですの?」

そうして表情を曇らせたままそう呟く綾子の声を遮り返って来た凛とした声に、全員が目を丸くして振り返った。

そこには声同様、凛とした様子で佇む真砂子がじっと滝川を見つめている。

「真砂子ちゃん、知ってんの?」

「そうですわね。まぁ・・・少しくらいなら」

僅かに視線を外しながら、躊躇いがちにそう返す。

真砂子はその世界でも有名な霊媒だ。―――やはり同じ世界で大きな存在感を放っている家の事を聞いた事があっても不思議ではない。

むしろ、このメンバーの中では真砂子以外にはいないだろうとも思えた。

そうして期待と不安を瞳に宿しながら、それでもじっと自分の言葉を待つ滝川たちを見据えて、真砂子はゆっくりと口を開いた。

さんが月華に就任されたのがいつかはご存知?」

唐突に投げ掛けられた質問に、全員が思わず目を丸くする。

「あ、いや・・・」

そういえば聞いた事がないなと改めて思いながら、滝川はゆるく首を振る。―――それを見て、真砂子は1つ頷いた。

さんが月華に就任されたのは、今から大体3年位前です。そして現在の当主がその座につかれたのは、7年ほど前だと聞いていますわ」

「・・・へぇ〜」

という事は、が月華に就任したのは、彼女が高校を入学してすぐくらいだという事か。

家の当主も滝川とそう年齢が違わないという話だったし、その辺りに不自然なところは何もない。―――むしろ、高校生でそんな座についたという事の方が驚きだ。

「大抵は当主就任と同時に、月華も選抜されるのだと聞いています。月華は当主を支え、助け、そして守る者。いわばSPのようなものだと」

「でも、当主が就任してが月華になるまで、4年のブランクがあるんだよね?」

真砂子の説明に、しかし麻衣が小さく首を傾げて疑問を投げ掛けた。

確かに言われてみれば、どうして4年ものブランクがあるのだろう?―――就任したと同時に月華を選別するのが普通なら、どうしてその時に指名しなかったのか。

しかしそんな素朴な疑問は、滝川の呆れた声色にばっさり却下された。

「でも考えてみろよ。高校入学の4年前っつったら、はまだ小学生だぞ?そんな子供を月華に出来るわけねーだろ。―――だから当主はがそれなりの年齢になるまで待った、って事じゃねーのか?」

確かにそう考えればしっくり来る。

滝川の説明に全員が納得しかけたその時、静かな声色で真砂子が口を開いた。

「・・・どうでしょうか?」

それは滝川の答えを否定しているもののように思えた。―――その意図が解らず、ジョンが首を傾げる。

「どういう事ですか?」

「今回の月華選抜に当たって、当時は色々と揉めた・・・という話を聞いた事があります。当主就任時にも、家で騒動が起きたと聞いた事もありますし・・・」

「騒動?・・・それって、どんな?」

「そこまでは知りませんわ。あたくしもその頃はまだ幼かったですし、家は有名ですから、後からそういう話があったのだと聞いたくらいで・・・」

確かに7年前といえば、真砂子はまだ小学生の頃だろう。―――そんな幼い彼女が当時ちゃんとした話を聞いたはずもない。

それでも真砂子の言葉から想像できる事柄はある。

家はその道でも大きな力を持っている。

当然その力を欲するものも少なくないだろう。―――つまりは、どこの家にもありがちな『お家騒動』が起こったという事か。

それがどういった類の事なのかは解らないけれど。

「・・・そろそろ仕事に取り掛かってもらえませんか?」

全員がムッツリと考え込んだその時、またもや冷ややかな声が掛けられ、全員が思わず息を飲んだ。

そういえば今は調査の真っ最中なのだ。

恐る恐る視線を彷徨わせれば、声と同じく冷ややかな眼差しを向けるナルの姿が。

同じ失態を二度繰り返してしまった事を察した面々は、追い立てられるようにすぐさま行動を開始した。

麻衣と綾子、そして真砂子は機材のチェックを。

そうして滝川、安原、ジョンは平面図の作成に取り掛かろうとして・・・―――そうしてが戻って来ていない事に気付き、呆れたように眉を寄せた。

「あいつ、いつまでトイレ行ってんだ?」

「まぁまぁ、女の子は身支度に時間がかかるものですよ。もうちょっと待ってみましょう」

「待つったって・・・この状況で?」

先ほどまでは密かに手を止めて話を聞いていたリンも再び作業に戻り、これ以上ナルに怒られないようにと女3人は機材のチェックをしていて。

そんな中、今もまだ冷ややかな眼差しを一身に浴びながら表情を引き攣らせた滝川の問いかけに、安原は笑みを浮かべて1つ頷く。

「置いて行ったりしたら、に怒られますよ。怖いのはドッチも一緒だと思いますけど」

確かにその通りだと密かに納得しながら、滝川は一刻も早くが戻ってくる事を心の底から祈った。

 

 

激しく水の流れる音がする。

化粧台に叩きつけられる水を、は虚ろな眼差しでぼんやりと見つめながら、緩慢な動きで蛇口へ手を伸ばした。

キュッという微かな音と共に、辺りは静寂に包まれる。

そんな中、顔を上げて設置された鏡を覗き込んだは、そこに映る自分の顔を認めて自嘲の笑みを浮かべた。

「・・・なんて顔してんのよ」

誰にともなく呟いて、鏡から視線を逸らす。

こんな顔をしていては、みんなに心配を掛けるだけだ。―――麻衣に、後ろめたい思いをさせるだけだ。

それが解っているからこそ、は逃げるようにここへ来たのだ。

せめて、ほんの少し冷静になれる時間を持てるようにと。

「しっかりしろ、!」

何がどうあっても、前に進むしかないのだ。

何とか頑張るしかない。―――その方法が今は見えなくても、立ち止まっているわけにはいかない。

今までそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくしかない事をは痛いほど知っている。

「・・・よしっ!」

バチバチと激しく頬を叩いて気合を入れなおし、は勢い良く化粧台から顔を上げる。

そこにはもう、愁いを帯びたの姿はどこにもなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だからどんな終わり方やっちゅーねん!(またもや自分突っ込み)

もう4話目になるというのに、未だに物語は先に進みません。(亀並)

主人公のナゾに迫ると決めた時から長くなるだろうとは思いましたが、さて一体何話くらいになるんでしょうか、想像もつきませんが。

作成日 2007.11.30

更新日 2008.6.9

 

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