メジャーを持って、いざ。

「ぼーさん、そっち何メートル?」

「あー・・・と、3.52・・・か」

「3.54だって、安原くん」

「違うって!だから3.52だって言ってんだろ?」

「え?3.25じゃなくて?」

廊下の幅、柱の太さ、部屋の端から端まで。

こんなにも色々なものを計測した事など、これまでの人生を振り返ってみてあっただろうか?

なかなか進まない計測に全員がうんざりする中、そんな面々を見つめそれでも必死に頑張っていたジョンが、困った様子で微笑んだ。

「がっ、がんばりましょう!」

にっこり笑ったジョンが、まるで天使のように見えた。

 

彼女の現実

 

「あー、疲れたぁ・・・」

ひとまず休憩を挟もうというの提案は、同じく疲れ果てていた滝川たちにあっさりと承諾された。

ここにナルがいようものなら厳しい一言が飛んできそうだが、幸いな事に今彼はここにはいない。―――せめて休憩くらい取ってもいいだろう、というのが彼女たちの主張だ。

「ほんとに、こんなんで測り終わるのかな?―――3年くらい掛かったりして」

「あはははは。、それシャレになりませんから」

主に記録係となった安原は、計測した数字が書き込まれたボードを振って爽やかに笑う。

というか、何故安原が記録係になっているのだろうか。

こういう場合、自分がなってもいいんじゃないのか?とメジャーを握り締めたままは思うが、そんな事を言っても軽くあしらわれるだけだと解っていたので、は大人しく口を噤む。―――今は余計な体力は使いたくない。

「・・・っていうか、なんで私計測班なんだろ?麻衣たちと一緒に機材のチェック班でも良かったんじゃないかな?ほら、あっちの方が華があるし」

「あー、俺もあっちの方が良かったなぁ」

「やだー、ぼーさんのえっちー」

交わす会話にも力がないのがミエミエである。

それでもいつまでもこうして休憩しているわけにもいかないと、滝川とはお互い顔を見合わせると諦めたように立ち上がった。

それなりの結果を提出しなければ、ナルの毒舌は免れない。

今の苦労と後の苦労を比較すれば、かろうじて今の苦労の方がマシのように思えた。

「さーてと、んじゃやりますか。―――って、あれ?」

メジャーを片手に空元気で立ち上がったは、ふと廊下の奥に視線を向けて首を傾げる。

そうして僅かに身体を強張らせたを訝しげに思い、同じく滝川が視線を向ければ、そこには青年と少女の2人組の姿。

家代表としてこの屋敷に来た、の親戚だ。

「・・・あー・・と」

まっすぐ向けられる2人の視線に戸惑ったように目を泳がせていたは、しかし意を決したのか滝川へと振り返ると困ったように笑った。

「ちょっとだけ行って来てもいい?すぐ、戻ってくるから」

そう言われて、ダメだといえる人間がいるだろうか?

少なくとも滝川には言えなかった。―――緊張した様子のを前にして、言いたい衝動に駆られてはいたけれど。

そうして「ほんとにすぐ戻ってくるから」とだけ告げて2人に駆け寄るを見送り、3人の姿が暗い廊下の先へと消えた頃、滝川は深くため息を吐き出した。

「・・・止めるべきだったと思うか?」

「え?えーと・・・」

「さぁ、微妙なところですねぇ」

残された3人は顔を見合わせて、そうして困ったように眉を顰めた。

 

 

おそらくはが来るのを待っていたのだろう。

まっすぐ自分を見つめる2人の傍へと駆け寄ると、2人は静かに歩を促した。―――そうして計測している滝川たちの姿が見えなくなった頃、ようやく立ち止まり振り返る。

そうして変わらずまっすぐ向けられる視線を感じながら、は落としていた視線を上げた。

こうして真正面から向き合うのは、いつ振りだろうか。

少なくとも、ここ最近の記憶にはない。―――出来る限り、そういう状況にならないよう心がけていたし、本家では藤野が気を配ってくれていたからだ。

「あなた、なにしてるの?」

振り返った少女が唐突に口を開く。

茶生。―――よりも1つだけ年下の、家でも優秀な霊能者の1人だ。

「・・・茶生」

そんな少女を咎めるように声を掛けたのは、彼女の兄である兵庫。―――こちらはよりも1つ年上で、彼は主に妹と組んで仕事をする事が多い。

そんな兄の制止を振り切って、茶生は厳しい視線をへと向けた。

家の月華ともあろう者が、他の心霊調査会にほいほい使われて」

心霊調査会とは、勿論渋谷サイキック・リサーチの事だろう。

心霊調査会と言われると少し違和感があるが、やっている事は間違いなくそういう事なのだろうから否定のしようもない。―――もっとも、この状況で多少の反論が通じるとも思えなかったが。

そんな事を他人事のように思いながら、は躊躇いがちに口を開いた。

「・・・一応、一清・・・当主の許可は頂いてるんだけど」

頂いているというよりは、むしろ差し向けられたと言った方が正しいが。

しかしそれは言わない方が賢明だろうとは思う。―――余計な火種は起こさない方が無難だ。

そんなの発言に苦い表情を浮かべた茶生は、ふいと不機嫌そうに視線を逸らして。

「一清さまも何を考えていらっしゃるのか・・・。あなたが頼りないから、一清さまがご苦労なさっているんじゃないんですか?」

「茶生、いい加減にしろ。ご当主が決められた事だ」

「・・・っ!」

今度こそ兄の諌めに反論できないのか、茶生は悔しそうに唇を噛む。

家では、当主の決定は最優先事項だ。

よくよく考えてみれば可笑しな事だが、幼い頃からそう教え込まれてきた彼女たちにとっては何よりも重要な事。

だからこそ悔しいのかもしれない。―――自分たちが派遣されるこの場に、がいた事が。

それが一清の決定であるという事実が。

そう判断して、は控えめに言葉を続ける。―――出来る限り、彼女を刺激しないようにと。

「・・・私の事は気にしないで。いないものと思ってくれていいから。あなたたちはあなたたちで調査を進めて・・・」

「そんな事、あなたに言われなくても解ってます!!」

しかしその配慮は逆効果だったらしい。

弾かれたようにそう叫び声を上げた茶生を見て眉を顰めたは、しかし直後背後から掛けられた声に目を丸くした。

「・・・?」

控えめに呼ばれた自分の名に振り返れば、そこには機材を抱えた麻衣が同じく目を丸くしながら立っている。

おそらくは怒鳴り声を聞いて何事かと見に来たのだろう。

己の失態に、は激しい眩暈を感じた。―――これでは滝川たちを遠ざけた意味がまるでないではないか、と。

「あー、麻衣。どうしたの、カメラの設置?」

「あ、うん。そうだけど・・・」

何とか場を誤魔化そうと麻衣が抱える機材へと視線を向けてそう問えば、今もまだ戸惑った様子を見せつつも素直にコクリと頷く。

さて、麻衣には申し訳ないけれど、彼女をここからどうやって遠ざけるか・・・―――がそれに思考を巡らせ始めたその時、同じくバツが悪そうに顔を背けていた茶生が再びをジロリと睨みつけて。

「私、絶対にあなたには負けませんから!」

そう最後に声を上げてから、話は終わりだとでも言うように踵を返して歩き出す。

そんな茶生の後姿を呆然と見送って・・・―――そうして傍らに立つ兵庫が動き出さない事に気付いて、は視線を上げた。

しかし彼は微笑むばかりで、妹の後を追おうとはしない。

それに焦れて、は麻衣に謝罪を告げてから茶生の後を追いかけた。

こんな危険な場所を1人で歩かせるわけにはいかない。―――それが彼女にとって余計なお世話なのだとしても、流石に見てみぬフリなど出来るはずもなかった。

そうして突然謝罪を告げられ、わけも解らず呆然と立っていた麻衣は、茶生を追いかけていったを見送り、そうして恐る恐るそばに立つ兵庫に視線を移す。

どうして彼は追いかけないのだろう?

そんな麻衣の思いに気付いたのか、兵庫は麻衣へと視線を落としてやんわりと微笑んだ。

「本当に悪いね。妹はどうしても月華の座が欲しいみたいで、いつもちゃんに喧嘩売ってるんだよ。彼女にも随分悪い事したと思ってる。―――後で謝っといてくれるかい?」

「それは・・・構いませんけど」

突然サラリと話を振られ、麻衣は戸惑いのままに頷いた。

話の内容はよく解らないけれど、状況も茶生がへ向ける感情もなんとなく感じ取ることが出来た。

そうして麻衣は、茶生よりも随分人当たりの良い兵庫を見上げて僅かに首を傾げる。

この人はをどう思っているのだろうか?―――に対する態度は決して悪いとは言えず、茶生ほど敵意を持っているわけではないようだけれど。

それでも妹の事を思えば、彼にとってもは歓迎できた存在ではないのかもしれない。―――今の手持ちの情報では、その判断は難しいけれど。

「でも・・・あの、そんなに月華ってすごいんですか?」

ほんの小さな疑問。

それでもたびたび出てくるを形容する言葉に、興味がないわけでもない。

ずっと聞いてみたいとは思っていたのだけれど、聞く機会を逃していたのも事実だ。

本人に向かって「月華ってすごいの?」なんて聞けるはずもなかったし、あまりそういった話が表面化しなかったというのも理由のひとつだけれど。

そう思って問いかけると、兵庫は困ったとでも言うように微笑んで。

「う〜ん、そうだね。月華は家でもかなりの権力を持つからね。狙ってる人は多いよ。その分、今のちゃんみたいにやっかみも買うけどね」

兵庫の言葉に、麻衣はなるほどと頷く。

それにしたって、あれだけ強烈な敵意を向けられるくらいなら、月華などという地位も考えものだ。

そういえば・・・と、先ほどベースで真砂子から聞いた話の中に、『月華就任時は揉めた』という話があった事を思い出す。―――みんながみんなその立場を狙っているのなら、確かにやっかみも買いそうだ。

「それに、茶生は一清さまの事が好きみたいだからね」

そこまで考えを巡らせたところで、しかし麻衣は兵庫の思わぬ爆弾を投下に間の抜けた声を上げた。

「・・・へ?」

突然の話題の転換についていけない。

しかも話の内容が随分と自分に理解しやすい方向に来た気がすると兵庫を見上げれば、彼はにこりと柔らかく微笑んだ。

一清とは、確か家の当主の事だろう。―――からもたまに名前を聞いたりする。

しかしそれとこれとどういう関係があるのかと首を傾げれば、兵庫はそんな麻衣が面白いのか小さく笑みを零して。

「あれ、君ちゃんから聞いてないの?月華はね、同姓でない限り当主の伴侶になるんだよ。簡単に言えば許婚ってやつかな」

「・・・えぇー!?」

さらりと告げられた衝撃の事実に、麻衣は大きく目を見開いて声を上げた。

伴侶?許婚?

にそんな相手がいたなんて今まで聞いたこともなかった麻衣としては、にわかには信じられない話だけれど。

それでもそう聞けば、茶生の敵意に納得がいくのも確かだ。

つまり彼女は月華という地位そのものではなく、それに付随する・・・いわばおまけを狙っているのだろう。―――確かに好きな相手に違う女性の影があれば、嫉妬するのも当然だ。

「だから茶生はあんなに躍起になってるんだよ。まぁ古いしきたりだから、今もまだ厳密に守られるとは限らないけど」

それでも月華がそういう意味合いを持つ事は事実だ。―――そうして一清もそれに対して明言もしないが否定もしない。

一清に想いを寄せる者としては、やきもきするのも当然だろう。

ぜひとも自分が月華になりたいとそう思うに違いない。―――月華になりさえすれば、後は成り行きで伴侶の座を手に入れられるも同然なのだから。

思いもよらない話の展開に、麻衣は思わず眩暈を感じた。

この事を滝川やリンは知っているのだろうか?

いや、知らないに違いない。―――だって、自分だって知らなかったのだから。

だからといって、こういう事なんだって、と簡単に話すわけにもいかない。

特にリンの場合は、彼は上手く隠しているつもりだろうし、更に自分は今もまだ彼に避けられ続けているふしもあるのだから。

だからといって、この秘密を1人で抱え込むのも正直つらい。

どうしたものかと麻衣が必死に考えていると、不意に腕が軽くなった事に気付いて顔を上げた。

「これ、どこに持っていくの?迷惑を掛けたお詫びに手伝うよ」

「いっ、いいですよ!」

「まぁまぁ、そう言わずに」

ニコニコと笑顔を浮かべたまま歩き出した兵庫を呆然と見つめて、どこかキャラが安原と被っている気がするなぁと人事のように思う。―――笑顔で強引なところなど、特に。

「さぁ、行こうか。―――ええと・・・?」

「あ、谷山麻衣です」

「それじゃあ、麻衣ちゃん。これはどこに持っていくの?」

「それは、こっちの部屋の・・・」

流されるままに場所を指定した麻衣は、一体何を企んでるんだ、この人は・・・―――と僅かに警戒しながら、慌てて先を歩き出した兵庫を追いかけた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!1人で行動したら危ないって!!」

止まる様子なく早足で歩き続ける茶生に何とか追いついて腕を掴めば、それは振り返り様に乱暴に振り払われる。

パチンと鳴った軽い音とは裏腹にジンジンと痛む手の甲を見下ろしながら、は僅かに頬を引き攣らせた。

思えば随分と嫌われたものだ。

とはいっても、昔から仲が良かったわけでは勿論ない。―――昔は昔で、眼中にないとばかりに視線さえ合う事もなかったけれど。

それを思えば、今の状況はそれほど悪いわけでもないとは思った。

こうして反抗があるという事は、どういう風であれという人間を認めているという事なのだから。―――自分は決してマゾの気はない為、嬉しいとは思えないけれど。

それでもすべてを心の中に押し込めて、はため息と共に口を開いた。

「あなたの気持ちも解るけどさ。でもここでの1人歩きは危ないから、やめ・・・」

「私の気持ちが解る?」

宥めるように掛けた声は、しかし意外だと言わんばかりの茶生の声に遮られた。

視線を向ければ苦しそうに表情を歪めている。―――その目は、あなたに私の気持ちなんて解るはずないでしょうと物語っていた。

「では言わせてもらいますけど、そうやって逃げ続けるのはどうかと思いますよ」

しかしすぐさま気を取り直して、鋭い眼差しをへ向けてそう口を開く。

様々なものがない交ぜになった眼差し。

それは、にとって一番見覚えのある・・・。

「・・・何の事?」

それでも言われた意味が解らず問い返せば、茶生は更に視線を厳しいものへと変えて真正面からを睨み付けた。

「大学に進学されたそうですわね。しかもあの一流国立大学へ。―――おめでとうございます」

言葉の裏にびっしりと込められた嫌味に、は僅かに眉を寄せる。

彼女が何を言いたいのか察し、気まずげに視線を逸らした。

「月華の地位に甘んじる事無く、学歴まで積もうとなさるなんて・・・尊敬します」

「・・・私、は」

苦しげに眉を寄せて、躊躇いがちに口を開く。

大学へ進学するか否か、だって迷わなかったわけではない。

だから教師にせっつかれても、ぎりぎりまで答えを先延ばしにした。

それでも結局進学する事を選んだのは、自分に残されている道がそれしかないと解っていたからだ。

認めたくないたった一つの事実から逃れるために、必死にその道を探している。

逃げて、逃げて、逃げて。―――その先に、今はまだ何も見えないとしても。

「そんなに嫌なら、私に譲ってください。やる気ならあなたには絶対に負けません」

出来る事ならそうしてやりたい。

そう告げたかったが、すんでのところで言葉を飲み込む。―――それは決して言ってはいけない言葉だと知っていたから。

たとえがそれを望んでも、彼女がそれを望んでも、一清が選んだ月華は以外にはいないのだから。

それに、どんな思惑があろうとも。

「・・・私は、月華として・・・一清を支える力を得るために、大学に進学したの。彼もそれは承知済みだし、あなたが心配する必要はないわ」

なんて白々しい言葉だと、は思わず自嘲する。―――それが真実ではない事は、彼女が一番よく理解していた。

それでも自分の立場を思えば、そう言わざるを得ない。

感情のままにすべてをさらけ出すなど、出来るわけもない。

自分を押さえ込むのは得意だ。―――今までずっと、そうしてきたのだから。

なのに、今こんなにも胸が苦しいのは何故なのだろう。

いつからそれが辛いと思うようになったのだろう。

誰かの助けを、求めるようになったのは・・・。

「・・・この場所はとても危険なの。あなたもそれは解ってるでしょ?出来る限り兵庫くんと一緒に行動するようにし・・・」

「解ってます!!」

それでもすんでのところですべての感情を押し込めたは、無理やりに笑顔を浮かべてそう告げる。

それを見返した茶生は、グッと言葉を詰まらせた後、それだけを吐き捨て踵を返した。

きっとは、本当の意味で彼女の気持ちは解らないに違いない。

今まで生きて来た環境が違うのだ。

彼女の信じるものと、の信じるもの。―――根本的なところが違っている。

それでも解る部分もあるのだ。

あの特殊とも言える家で必死に生きている。

周りから向けられる期待とプレッシャー。

自分が望むものと、それを手にする事が出来ない葛藤。

いつも一生懸命に前を向いている。―――だからこそは、彼女を嫌いにはなれない。

それに・・・―――あんな風に、まっすぐな気持ちをぶつけてくれる相手は、にとってそう多くはないから。

ぐるぐると頭を回る彼女の言葉と、胸の中に渦巻く様々な感情。

今度は去っていく茶生の背中を、は追いかける事が出来なかった。

 

 

憂鬱な気分を抱えたままベースに戻ると、綾子が心配したように駆け寄ってくる。

どうやら顔色が悪かったらしい。

そりゃ、顔色も悪くなるよ・・・と、疲れ果てたは空いていた椅子に座り込む。

彼女との話し合いで、一日分の労力を使った気がする。

「・・・で、計測は?」

もうこのまま眠ってしまいたいとテーブルに突っ伏せば、頭上からナルの素っ気無い言葉が降ってきた。

それに弾かれたように顔を上げたは、思わず乾いた笑みを浮かべる。

すぐに戻ると彼らと別れたというのに、すっかりと忘れていた。

今頃は心配しているかもしれないと頭の片隅で思ったその時、大きくため息を吐き出した綾子が立ち上がった。

「ったく、勝手に帰って来ちゃったの?あー、アタシが言ってきてあげるから、あんたはここで休んでなさい」

呆れたようにそういう綾子は、しかし声とは違い優しい手つきでの頭をテーブルへと押し返し、そのままベースを出て行く。

それと入れ違いにの元へと歩み寄った真砂子が、心配そうに顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか、さん?」

顔色の悪いを、随分と心配してくれているらしい。

同じ霊媒として、この家の様子を感じ取っているからだろう。―――心配そうな真砂子に大丈夫だと笑って見せて、は真砂子を隣の椅子に勧めると、脱力したようにテーブルに突っ伏した。

余計な心配を掛けた。

きっと以前何回も倒れた自分の身体を思ってくれているのだろう。―――そう思うと、罪悪感が芽生えてくる。

それでも真実を告げるわけにもいかず、今はその気遣いをありがたく受け取る事にした。

そんなの背中を優しく撫でる手がある。

気がつけば、ナルは小言を言わない。

柔らかい空気に身を委ねていると、ふと頭に押し付けられる冷たい感触。

顔を上げると、そこには無表情のリンが立っていた。―――無言のまま濡れタオルを手渡され、それを額に当てるよう指示される。

ひんやりとしたタオルの感触が心地良かった。

そして何よりも、この場に流れる空気が心地良い。

「・・・ありがと」

小さくお礼を告げても、返事は返ってこない。

リンはモニターと向き合い、ナルはファイルから視線を上げず、真砂子は柔らかく微笑むだけ。

それをぼんやりと眺めながら、は唐突に理解した。

自分を取り巻く環境に、向けられる感情に、胸の痛みを覚えるようになったのは、彼らと出会い共にいるようになってからだと。

それが良い事なのかどうかはには解らない。―――ただ、以前よりも様々なものが見えるようになった事は確かで。

そういう意味で言えば、以前麻衣が言った『は変わった』という言葉の意味も理解できた。

自分は変わったと、今はそう思える。

突然くすくすと小さく笑みを零したを見て、真砂子が訝しげに眉を寄せる。

しかしそれに構う事無く、はタオルを額に押し当てながら顔を伏せた。

泣き出してしまいそうなほど温かなこの空間が、何よりも愛しかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゴーストハント夢とか言っておきながら、最初と最後しかキャラ出てませんけど。

オリキャラが幅を利かせるこの話。どうなんでしょう?

ちなみにオリキャラの名前は、ドリームという事で、登録していただいてる方となるべく名前が被らないようにと、なさそうな名前をチョイスしています。

兄の方はともかく、妹の方は悩みました。どんな名前なら被らないか解らなかったので。

という事で、昔お話によく使ってたヒロインの名前を。

茶生(ちゃお)と読みます。なんか挨拶みたいですが。

作成日 2007.12.1

更新日 2008.6.16

 

戻る