助けて・・・!

何処かから、悲痛な叫び声が聞こえる。

助けて、助けてぇ!!

聞くだけで苦しくなるような、誰かの叫ぶ声がする。

耳を塞いでしまいたかった。―――もう、そんな声を聞いていたくはなかったのに。

死にたくない!!

「・・・・・・っ!!」

一際頭の中で強く響いた声に、は跳ねるように起き上がった。

どくどくと激しく鳴る心臓の音を聞きながら、膝に顔を埋めてため息を吐き出す。

緩慢な動作で部屋の中を見回せば、綾子たちは穏やかな寝息を立てていた。―――窓に視線を移すと、夜明けはまだ遠いのか、カーテンの向こうはまだ暗い。

それでも誰かの呼吸の音を聞いているというのは、意外に安心するものだ。

少しづつ落ち着いてきた心臓を何とか宥めながら、は身体の力を抜き重力に任せてベットに身を投げ出す。

目の上に腕を翳して、天井の模様を見上げながら目を細めた。

「・・・私、何の夢見てたんだっけ?」

ぼんやりとする頭では、何の夢を見ていたのか思い出せない。―――もっとも、夢の内容などすぐに忘れてしまうものが多いため、それほど不思議な事でもなかったけれど。

それでも、夢の内容が恐ろしいものだったという事だけは覚えている。

いや、覚えているというよりは、今もまだ感じていると言った方が正しいだろうか?―――激しく打っていた心臓が、それを証明している。

「・・・あー、まいった」

小さく呟いてごろりと寝返りを打つけれど、生憎と睡魔は訪れてくれそうにない。

身体は疲れているというのに・・・―――明日も過酷な作業が待っている為、ちゃんと身体を休ませなければならないと解っているのに。

それでも一向に訪れない眠りに、は諦めたようにため息を吐き出して。

そうして身を起こすと、膝を抱えてじっと暗闇を見つめる。

ただ、早く朝が来る事だけを祈っていた。

 

測量班の憂鬱

 

どんなに長く感じる夜でも、朝は必ずやってくる。

ようやく陽が上り始め、身支度の為か早めに起きだした綾子は、虚ろな眼差しで宙を見つめるを認めてビクリと肩を震わせた。

「あ、あんた起きてたの?」

「・・・あー、うん」

寝起きには衝撃的な光景だった。―――そんなに眠いなら眠ればいいのに・・・と心の中で独りごちながら、綾子はベットから抜け出す。

「な〜に?寝れなかったの?いつから・・・?」

「え〜・・・と。時間は見てないから知らないけど、大分前だったと思う。・・・いや、どうかな?前のような気もするけど、意外と時間経ってなかったりして・・・」

「そんな事アタシに聞かれたって知らないわよ」

虚ろな眼差しのまま、力のない声で話し続けるを一瞥して、綾子はため息混じりにそう返した。

まぁ、一日くらい眠れなかったとしても問題はないだろう。

何よりはまだ若い。―――徹夜の一日や二日、その若さで乗り切れるだろうと勝手に判断して、綾子は身支度を始めた。

女の身支度には時間が掛かるものなのだ。

それを横目に見ていたは大きく欠伸をして、勢い良くベットに横たわる。

なんなら今から眠ってしまいたい。

夜の暗闇では恐ろしかった何かが、今では薄らいでいるのだから不思議なものだ。

それが太陽の明るい光のおかげなのか、それとも綾子の動き出した気配のおかげなのか。

どちらにしても今から眠るわけにもいかないので、ありがたいのかありがたくないのかは微妙なところだけれど。

大体、夜怖かったから眠れなかったの・・・なんて、口が裂けても言えない。

特に綾子には。―――絶対に馬鹿にされるに決まっていると、はその場面を想像して思わず拳を握り締めた。

加えて、何が怖かったのかも解らないのだから。

そんな事をつらつらと考えている内に真砂子も起きだし、2人は慌しく身支度を整える。

そんな中、いつまで経っても麻衣が起きてこない事に気付いて、は1つ向こうのベットで寝ている麻衣へと目をやった。―――この騒がしさの中でも、起きる気配もなくすやすやと眠っている。

「綾子〜。麻衣、まだ寝てるけど〜」

「解ってるならアンタが起こしなさいよ」

「・・・私これから身支度しなきゃいけないから」

なんとなく起き上がるのが億劫で、は寝転がったまま綾子へと声を掛ける。

実際、の身支度の時間などたかが知れている。―――もう少しごろごろしていたって問題はないだろう。

そう思いながら、仕方ないわねと文句を言いながらも面倒見のいい綾子が麻衣のベットに歩み寄る。

そうして綾子が麻衣の身体にその手を伸ばしたその瞬間・・・。

「・・・きゃっ!」

綾子の短い悲鳴に何事かと視線を向ければ、眠っていた体勢のまま麻衣がパカリと目を開けていた。

身じろぎすることもなく突然目を開けた麻衣に相当驚いたのか、目を見開いたまま綾子は呆然とした様子で呟いた。

「・・・ちょっと、アンタね。も少しフツーに目ぇ覚ましなさいよ」

あー、びっくりした・・・と胸を押さえる綾子に、しかし麻衣は何の反応も示さない。

流石に不審に思い身を起こしたは、同じく身体を起こし呆然とした様子で挨拶を口にする麻衣の顔を覗き込んだ。

「・・・どうしたの、麻衣?」

明らかに様子がおかしい。

そう思い声を掛けると、麻衣はゆっくりとへと視線を向けて・・・―――そうしてクシャリと表情を歪めた。

「・・・あたし、いやな夢見た気がする」

「嫌な夢?」

「・・・バスタブに、血がいっぱいあって。その中に・・・人が・・・」

想像して怖くなったのか、麻衣はそれ以上言えずにぎゅっと自身の身体を抱きしめる。

それを見ていたはベットから抜け出し、麻衣のベットに腰を下ろして、そのまま腕を伸ばして麻衣の身体を抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫。ただの夢だからさ」

優しく、何度も何度も麻衣の身体を撫でながら、はそう繰り返す。

幼い頃、怖い夢を見て起きた自分を、母親がこうして宥めてくれたのを思い出す。

人の体温は、不思議と安心を運んでくれるのだ。

温かいものに包み込まれて、麻衣はようやく安堵の息を吐き出した。

そうして今もまだ自分を包み込むを見上げて、僅かに微笑む。

「・・・おはよ、

「おはよう、麻衣」

向けられた笑顔に、もまたやんわりと微笑み返した。

 

 

嫌な夢を見ようとも、眠れず疲れ果てていても、作業は容赦なく己の身に降りかかる。

そうして今日もまたうんざりとするような測量に出た滝川、安原、ジョン、麻衣、の5人は、メジャー片手に奮戦していたのだけれど・・・。

「・・・あれ?どっかで測量間違ってるよー?」

「あ?」

ボードを片手に記録を書き込んでいた麻衣が、訝しげに声を上げる。―――それを聞いた滝川が嫌そうに振り返るのもなんのその、麻衣はグルリと室内を見回して。

「外から測ったサイズだと、長方形じゃないとおかしいもん、この部屋」

見た感じではどう見ても長方形には見えないが、しかし測量の結果そうなのだとすれば、測り間違えているという事なのだろう。

その事実に、またかよーと声を上げながら、滝川はその場に座り込んだ。

彼の気持ちも解らなくはない。―――朝から一体同じ事を何度繰り返しているのか。

「ったく、カンベンしてくれよなー。何回目だよ。―――行こうぜ、ジョン。測りなおしだ」

「ハイ!」

それでも測りなおしに向かう滝川とジョンを見送って、たちはしばしの休憩を取る事にした。

壁に背中を預けたまましゃがみこんで欠伸をしながら、は「・・・おかしいですよね」と小さく呟いた安原へと視線を向ける。

「・・・なにが?」

「こんなに何度も測り間違えたりするかな?最初のミスが解ってから気をつけてるのに」

「そうだよね。2回づつ測ってるし・・・」

言われてみればそうである。

確かに複雑怪奇な屋敷ではあるが、屋敷自体が動きでもしていない限り、部屋の長さが変わる事はない。

念には念を入れて計測しているのだから、多少の間違いはあれどこうも頻繁に間違いが浮き彫りになるなどおかしいといえばおかしい。

だからといって、その原因などには想像もつかなかったが。

しばらくして、部屋の外の計測を終えたのか・・・滝川とジョンが戻ってくる。

それにどうだったかと視線を向けると、滝川はゆるゆると首を横に振った。

「・・・外のサイズ、それで合ってるぜ」

「へ?・・・だってこの部屋どう見たって正方形じゃない。実際測った結果もほぼ正方形だし」

「けど、外のサイズもおうてます。ちゃんと二度測りましたし」

同じく計測に行っていたジョンもまたそう告げる。―――2人がかりで2度測ったのだとすれば、間違いの可能性も少ないかもしれない。

しかしそれに納得できず、麻衣はバシリと傍にあった壁を叩いた。

「えー?じゃあこの壁、厚さが3メートルもあるって事!?」

「でなきゃ、ずっと前の方で間違ってそのままズレてきてるんだ」

麻衣の言い分に、流石にそれはないだろうと思ったのか、滝川が考えながらそう結論を下す。

ずっと前の方から測り間違えてきたのなら、もう一度測りなおさなければならないだろう。

今までの苦労を思うと、出来れば遠慮したいところだが・・・。

「・・・こんな可笑しな屋敷なんだからさ。壁の厚さが3メートルあろうが5メートルあろうが不思議じゃないんじゃないの?」

そう思いつつ口を挟んだだけれど、ふと向けられた滝川の呆れ交じりの眼差しにうっと顔を仰け反らせた。―――その際ゴツンと後頭部が壁に激突し、痛さに思わず悶絶する。

「・・・んじゃ、お前それをナルちゃんに言えるか?」

「・・・すいませ〜ん」

そんなをほぼ呆れで構成された眼差しを向けつつ言った滝川に、は涙目になりつつ口を開いた。―――ほんの冗談のつもりだったのだが、とんだ災難にあったものだ。

そんな2人のやり取りを見ていた安原は、しかしふと僅かに目を細めて。

「・・・こういう可能性もあるんじゃないですか?」

意味ありげに告げられた言葉に、全員が安原へと視線を向ける。

それを受けて、安原は神妙な声色で告げた。

「隠し部屋」

一瞬の間の後、それを聞いた麻衣と滝川は思わず頭を抱える。

「うぇー!カンベンしてよー!!」

「そーだ!いっその事壁壊しちまえ!そうすりゃはっきりする!!」

あまりにも最悪な予想に、2人は鬱憤を晴らすかのように叫び声を上げた。―――今の測量だけでも大仕事だというのに、更に隠し部屋まであるとなれば一体どうすればいいのか。

しかしそんな2人とは正反対に、ぐったりとしていたはパッと顔を上げて瞳を輝かせた。

「隠し部屋!うわ〜、なんかいい響き〜!昔からやってみたかったんだよね、探検とか!」

意外にやる気を漲らせるに、安原は朗らかに笑った。―――それなりの付き合いではあるけれど、未だに彼女のつぼがよく理解できない。

「と!とりあえず、ここはおいといて先に進みましょ。どこでまちごうたかわかるかもしれませんし」

そんな中、やけ気味に壁に蹴りを入れる滝川を何とか身体を張って止めていたジョンは、場を仕切りなおすように声を上げた。

それに爆弾を投下した安原があっさりと同意し、隠し部屋の存在など考えたくもない滝川と麻衣もまた、ジョンの提案に渋々頷いて。

しかし数十分後、測量を続けていた5人は脱力したようにその場に座り込んでいた。

「な、なんで測れば測るほどズレてくるのさ・・・」

ぐったりと床に座り込みつつ呟く滝川の言葉に、返事は返ってこない。―――誰も彼も、そんな余裕はないのだ。

隠し部屋の存在にテンションの上がったも、現実を前に先ほどのやる気も失せていた。

一体どうなってんだ、この家は!―――と、何度目かの呟きを漏らす。

それを聞いていた安原が、疲れ果てた表情を浮かべつつもグルリと室内を見回した。

「けっこう家の中央部分ですよね、ここって。・・・おもしろいな」

「・・・なーにがー?」

「気がつきません?内側に行くほど妙な部屋が増えてるんですよ。ほら、ここの前の部屋なんか、窓開けたら壁になってたでしょ?」

言われて見れば、確かに。

あれは一体何のための窓なのか、と思わず突っ込んだものだ。―――増築したにしても、何故あそこに窓をつけたのかが解らない。

「人が住むための機能を果たしてないものが多くなってるんです」

「・・・そうかも」

安原の説明に、麻衣がため息を漏らしつつ同意する。

それに続いて、滝川もまた口を開いた。―――持っていた懐中電灯を天井に向けて、しみじみと呟く。

「しっかし先代さんってのは、ほんとにここに住む気がなかったんだなぁ。―――見ろよ、この部屋にいたっちゃ窓もねぇや」

薄暗い部屋。

日の光が届かない部屋の中では、懐中電灯の明かりだけが頼りだ。

確かに滝川の言う通り、最初から住む気があったとはとても思えない。

ふいに落ちた沈黙に、滝川が持つ懐中電灯の明かりを見つめていた麻衣がグッと眉を顰めた。

「・・・さっさと測って出よう。息苦しくなっちゃう」

「おっしゃ」

麻衣の要望に、早速5人は測量を開始した。

そうして程なくして測り終え部屋を出ると、あまりの明るさに目を瞬かせる。―――この差はなんなんだと思わず眉間に皴を寄せたその時、独特な足音がした気がして視界を巡らせると、そこには年配のお坊さんが不機嫌そうな様子で立っていた。

確かこの人は井村という、何処かの寺のお坊さんだ。

「・・・ふん。渋谷サイキック・リサーチの連中か。―――子供がゾロゾロ集まって役に立つのか」

井村はたちを見て鼻で笑うと、こちらへと歩み寄ってくる。

それを認めて、一歩前に出た安原はにこやかな笑みを浮かべた。

「どうも、こんにちは」

大半の人間が好印象を持つだろう微笑み。

安原のすごいところは、どんな相手でも徹底的に猫を被れるところだろうか?―――その中身が、本当に猫とは限らないけれど。

「霊能者は経験だぞ。子供に何が出来る」

しかし井村はそんな安原の笑顔が気に入らないのか、あからさまに嫌そうな表情を浮かべてそう吐き捨てた。

どうやら穏便に関係を築こうというつもりは、向こうにはさらさらないらしい。

「大体お前いくつだ。学生みたいな顔しおって」

なんとなく説教モードに入った井村を見て、は疲れたように息を吐く。

こういう相手には何を言っても無駄なのだ。―――言い返せば、更にムキになるだけなのだから。

聞き流す以外有効な手はないが、しかしそれはそれでストレスがたまるものだ。

これからも疲れた身体に鞭を打って測量を続けなければならない身。―――出来れば手早く済ませて欲しいところなのだけれど。

そう心の中で独りごちたその時、輝くような笑顔を崩さす安原はキッパリと言い切った。

「ぼくですか?今年で二百と四十三歳になりました」

「・・・ぶっ、ぐっ!」

ぼくの家、代々長寿の家系なんですよね〜。いや〜、お恥ずかしい。―――何食わぬ顔でそう言ってのける安原に、は思わず噴出しそうになった。

すんでのところで滝川に抱えられるように口を塞がれたため、相手は気付いていないようだけれど。

それに一瞬唖然となった井村は、しかしからかわれた事に気付き顔を真っ赤に染めて怒鳴り声を上げた。

「ひ、人を馬鹿にしおって!それが本当ならいつの生まれだ!言ってみろ!!」

「え?宝暦8年ですけど。―――ちなみに、戊寅です」

さらりと言い放った安原に、井村はぽかりと口を開ける。

それを見ていたは、先ほどの考えを訂正した。―――安原の本当の恐ろしさはどんな相手でも徹底的に猫を被れるところなどではなく、この凄まじく回転のいい頭脳なのだと。

呆気に取られる井村を前に、しかし安原の口は止まらない。

「いやぁ、今の若い人はいいですねぇ。ぼくの若い頃なんて年長者にそんな口の利き方したら殴られてましたよ。若い頃といえば昔『天明の大飢饉』ってのがありましてね。あれは大変だったなぁ・・・。今の人は飢饉なんて知らないでしょう。―――なんて話をすると親に叱られるんですよ、ナマイキ言うなって。うちの両親は建武の生まれでして、二言目には『応仁の乱』は大変だったって言いまして。それも母方のじいさんに言わせると源平合戦に比べりゃ大した事ないらしいです。父方のひいばあさんなんか、壬申の乱はそりゃ大事だったって。母方のひいひいばあさんは邪馬台国が滅亡したとき焼け出されたそうで、亡くなるまでその話ばかり。・・・あ、卑弥呼って美人だったそうです」

まるで追い討ちを掛けるようにどこまでも続く安原の言葉に、は笑いを噛み殺すのに苦労した。

よくここまで口が回るものだ。―――やはり安原は侮れない。

「それでですね。父方のひいひいひいじいさんが・・・―――あれ、井村さんどこ行くんですか?井村さーん?」

更にまだ喋り続ける安原を見ていた井村が、耐えかねたように踵を返して足音荒く立ち去って行く。

自分の分の悪さにようやく気付いたらしい。―――呼び止める安原の声に振り向くこともなく、怒りと羞恥に顔を真っ赤に染めた井村の姿が見えなくなった頃、笑いを堪えていた滝川、、麻衣は一斉に吹き出した。

「あはは、安原さん、すごーい!」

「よくやった、少年!」

歓声を上げる2人の隣で、ジョンが困ったように笑っている。―――自分もまた笑ってしまった事に、罪悪感を抱いているらしい。

流石の安原もやりすぎたとは思っているらしく、井村が去って行った方へと顔を向け拝みだした。

その動作こそが馬鹿にしているように見えなくもないが。

そうして安原が拝み終えた後、ようやく笑みを押し込めたがポンポンと安原の肩を叩き、その肩に顎を乗せるようにしてニヤリと笑う。

「すご〜い、さすが安原くん。敵に回すと恐ろしい男だね〜」

「いや〜、お褒め頂いて光栄です」

含みのある賞賛の言葉に、安原もまた笑顔を浮かべて応える。―――このノリの良さが、安原の憎めないところの1つだ。

「将来は詐欺師なんてどうですか?その優しげで甘いマスクを生かして結婚詐欺師とか」

「魅力的な言葉ですねぇ〜」

「おいおい、お前らな・・・」

悪乗りする2人を認めて、こちらもようやく笑みを引っ込めた滝川が控えめに突っ込みを入れる。―――もちろん、2人が本気でそう思っていない事は承知済みだ。

それにしても、井村には悪いとは思うが、測量で溜まったストレスを発散する事が出来た面々は、身体を伸ばすべくグッと伸びをして。

「・・・んじゃ、そろそろ時間ですし。ベースに戻って結果報告しますか」

「さんせ〜い!」

滝川の促しに一早く声を上げたを先頭に、5人はベースへ足を向ける。

はかどったようなはかどらなかったような今回の測量の結果に、ナルの毒舌が飛んでこない事だけを祈りながら。

 

 

5人の帰還と共に、麻衣がボードに記入した数値をリンがパソコンへと入力していく。

それを全員集まって何気なく見ていると、漸く入力が終わったのか画面に図が映し出された。

線だけで描かれたこの屋敷の見取り図。―――随分と複雑なように見えるのは、測量をした5人には見間違いではないと解っている。

「この2日で調べた邸内の見取り図だ。リン、部屋数は?」

「屋根裏部屋まで含めて、106室です」

「ひゃく・・・って、そんなにあったの!?」

屋敷内を調べまわってはいたが、そこまで部屋数があったとは予想もしていなかった麻衣が驚きの声を上げる。

とてその数は予想できなかったが、あれだけ頑張ったのだからそれくらいのスケールがないと面白くない、などと他人事のように思う。

「・・・この線は?」

そんな中、ナルが画面を指差して問い掛けた。

幾つもの様々な図形を覆う一番大きい図形。―――それを認めたリンは、無表情のまま口を開く。

「建物の外周ですが」

さらりと返って来た言葉に、ナルは僅かに眉間に皴を寄せて振り返った。

「全然合ってないじゃないか」

「そんな事言ったって、ちゃんと測ったもん!!」

咎めるようなナルの声に、麻衣は猛然と反論する。―――あれだけ頑張ったというのに、ナルの言い様はまるでサボっていたとでも言いたげだ。

しかしナルにも言い分はある。

「その上、部屋と部屋の間にすき間がある部分が多すぎる」

「だからぁ!ちゃんと測るとそうなっちゃうんだってば!メジャーがおかしいんじゃないの?」

確かに部屋数は多い。

建物の外周の線の中にはたくさんの部屋があるが、確かに穴あきの部分も多い。

それがまだ調査の進んでいない中央部分ならともかく、既にあらかたの測量を終えた部分までそうなのだから、文句が言いたくなるもの仕方ないのかもしれない。

しかし実際測量を行っていた麻衣たちにしても、ちゃんとした言い分はあるのだ。

そんなに言うなら自分でやってみりゃいいじゃん!と言ってしまいたいが、後々の始末が大変だ。―――そこはグッと堪えて麻衣が口を噤んだその時。

「そんなに言うならナルが自分でやってみれば?」

さらりと場に落ちた言葉に、全員が思わず目を丸くした。―――麻衣にいたっては、もしかして声に出ちゃったのかと思ったほど。

しかしそれは麻衣の口からではなく、の口から零れた言葉だった。

思わず視線を向ければ、しかしはケロリとした表情を浮かべている。

そこに嫌味も棘も何もない。―――きっと彼女は、ただ思った事をそのまま口にしただけなのだろう。

こういうところを見ると、普段は要領良く見える彼女が要領悪く思える。

案の定それに反応したナルが、ジロリとを睨み付けた。

「・・・何か文句でも?」

「うわ、怖っ!なんで睨むのよ、ナル。―――だってそうでしょう?私たちの測量が信用できないなら、ナルが自分でやるしかないじゃない」

まったくの正論に、ナルの眉間に皴が寄る。

それをはらはらしながら見守る外野を他所に、はにっこりと微笑んだ。

「・・・何か文句でも?」

「・・・嫌なら帰ってもらっても構わないが」

「ほら、すぐそうやって拗ねる。この状況に苛立つ気持ちも解るけど、私たちだって一生懸命やってるんだからさ。もうちょっと穏やかに行こうよ。焦ったってどうしようもないんだから」

拗ねるって・・・!!

ナルから向けられる辛辣な言葉をさらりと流したを見て、麻衣は目を丸くした。

この状況だけ見ると、ナルが子供のように見えるから不思議だ。―――普段はのらりくらりとしたが、頼もしいお姉さんに見えるのも。

どことなくぴりぴりとした空気の中、じっとを睨みつけていたナルが不意にやんわりと微笑んだ。―――それと同時に、更に室内の空気が張り詰める。

「では、さま。手を貸していただけますか?」

「ナルってば、苗字じゃなくて名前で呼んでってお願いしたでしょ」

にこやかなナルに対抗して、もまたにこやかな笑みを浮かべる。

最初はナルのあからさまな作り笑顔にビビッていたとは思えないほど、は平然としている。―――この神経の強さはどこから来るんだ・・・と半ば感心していたその時、場の空気を破るようにリンが1つ咳払いをした。

それと同時にリンへとチラリと視線を向けた2人は、もう一度お互いを見やって・・・―――そうして先に折れたのは、意外にもナルの方だった。

小さくため息を吐き出して、視線をふいと宙へと投げる。

それを認めた安原が、和らいだ空気に気付いたのか漸く口を開いた。

「でも実際に測った結果はそうなるんですよ。それでもしかして隠し部屋でもあるんじゃないかと・・・」

安原の言葉に、先ほどまで固まっていた滝川もコクコクと頷く。

それを一瞥して、ナルは僅かに苦々しい表情を浮かべて呟いた。―――厄介な話だな、と。

確かにナルの言う通り、隠し部屋などあるなら厄介以外の何者でもない。

それでも調査を進めるため、ひいては自分たちの身の安全を守るためには、測量を怠るわけにも行かないのだ。

「明日もう1度正確な計測をしてみよう」

「は〜い、がんばりま〜す!」

そうしてナルが出した結論に、が気の抜けた声を上げる。

先ほどまで説教をかましていた様子など微塵も見せず、大きな欠伸を漏らしている。

「・・・お前な。よくやるよ、ほんと。あのナルに喧嘩売るなんて・・・」

ナルの様子にビビッていたかと思えば、平然とした様子で喧嘩を売る。

彼女の価値観が解らないとばかりにそう声を掛ければ、はきょとんとした面持ちで滝川を見上げて。

「私、ナルに喧嘩売ったつもりはないけど・・・?」

「どこがだよ。この部屋、さっき氷点下まで下がった気がしたぞ、温度」

「違うって。私はナルに喧嘩売ったんじゃなくて、ちょっとナルをからかっただけ。―――あんだすたーん?」

解るかよ、と頬を引き攣らせながら独りごち、がっくりと肩を落とす。

妙に誇らしげなが憎らしい。

こちらがどれほど肝を冷やしたと思っているのか。

そう零せば、は更に得意げに笑った。

「何言ってんの、たまには言いたい事も言わないとね。そうじゃないとストレスばっかり溜まっちゃうよ。―――これ、私の持論」

さらりとそう告げて、はリンの元へ歩み寄ると興味深げにモニターを覗き込む。

そんな彼女の背中を見つめながら、もしかしては自分たちの代わりに言いたい事を言ってくれたのだろうかという考えに至った。

更にナルへと親しげに声を掛けるを見て、ただ言葉通り彼をからかいたかっただけなのかもしれないとも思えたが。

「さてと、今日の調査も無事終わったし。お腹空いたし、ご飯食べに行こう!」

そうして一通り話して満足したのか、そう言って振り返ったの明るい笑顔を認めて、滝川も釣られて笑みを浮かべる。

何も言わずに得意げに笑うが憎らしく見えたのと同時に、とても頼もしくも見えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

安原さんってやっぱり頼もしいですよね。(第一声がそれか)

あの頭の回転のよさ、敵に回すと怖そうですが、味方だとこれほど頼りになる人はいなさそうです。何よりめがねキャラですし。(そこか)

今回ぼーさんメインのはずなのに、思ったよりも絡みがありません。

こんなんで本当に主人公のナゾが明らかになるのか。(自分突っ込み)

作成日 2007.12.4

更新日 2008.6.30

 

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