「明日もう一度正確な計測をしてみよう」

ナルのそんな言葉を合図に今日の調査を終えた面々は、大橋が用意してくれた夕食をとるために食堂にいた。

何事にも慎重なナルの指示で、陽が暮れてからの調査は禁止されている。

それ故に多少の気の緩みが出ているのか、滝川は酷く疲れ果てたような表情でスープの入った皿をスプーンでかき混ぜながらため息を吐き出した。

「・・・とか言ったってさ、やるのはどーせ俺たちだろー?ったくもー、も少し年寄りを労われよなー」

勿論この場にナルがいないから言えたセリフだ。―――もっとも、大変な重労働を強いられているのだから、これくらいの愚痴くらいは大目に見て欲しいところだけれど。

そんな滝川の隣で同じくハンバーグをフォークでつつきながら、もまた小さくため息を零す。

ここへ来てからというもの、出される食事は洋食ばかりだ。

勿論洋食が嫌いなわけではないが、基本的に家での食事は和食が多かったため、なんとなくお米が恋しい。

藤野さんの作ったお味噌汁が飲みたいな〜・・・と口には出さずに心の中で独りごちたその時、静かにこちらに歩み寄る老婦人に気付き、は顔を上げた。

 

を呼ぶ声

 

「・・・あの、渋谷さん?」

安原の背後から掛けられた声に、全員が不思議そうに視線を向ける。―――そうして一拍の後、弾かれたように安原が椅子から立ち上がった。

「・・・っはい!」

「ごめんなさいね、お食事中。お邪魔してもよろしいかしら?」

「どうぞ。えと・・・い、五十嵐先生」

声を掛けてきたのは、防衛大学で教授をしているという五十嵐だった。

にこやかに微笑む姿は本当に優しげで、集められた怪しい霊能者の中で唯一が好印象を持った人物でもある。

そういえばここでは安原くんが所長だったんだっけ・・・と、既に頭から抜けかけていた設定を思い出しハンバーグを口へと運ぶ。

思ったよりもややこしい設定である。―――安原だけではなく、自分たちも気をつけていなければならないのだから。

そんないかにも怪しい素振りを見せた安原に対して、しかし五十嵐は気にした様子なくやんわりと微笑んだ。

「あの・・・実はおたくさまは怪しげな霊能者ではないと見込んでお願いするのですが、今夜降霊会をやってみようと思いますの。できたら渋谷さんたちにも協力していただけないかと思いまして・・・」

一体この老婦人は渋谷サイキック・リサーチのどこら辺を見て『怪しげな霊能者ではない』と判断したのだろうか。

確かに自分たちは相手の弱みに付け込むようなタイプの霊能者ではないが、この年齢も性別もばらばらの異色の取り合わせは十分怪しい部類に入ると思うのだけれど。―――しかも所長がすり替わっているとはいえ大学生という若さなのだから、怪しさに拍車も掛かっているだろうに。

「え、はぁ・・・そうですね」

他人事のようにそんな事を思いながら、ちぎったパンを口の中へ放り込むとは対照的に、困ったように固まっていた安原は、ふと廊下に見知った姿を見つけて声を上げた。

「・・・鳴海くん」

まるで計ったようなタイミングで姿を現したナルを認め、安原は朗らかな笑みを浮かべる。

「五十嵐先生が今夜降霊会をするとおっしゃってるんだ。ぼくは参加してみようと思うんだが、君はどうする?」

安原の言い回しに、は思わず上手い!と声を上げそうになり、慌ててパンを口に突っ込む。

今そんな事を言えば不審がられるのは当然だろう。―――それに加えて、ナルの冷たい視線を浴びる事になるのは間違いない。

そんな不自然ななど気付いた様子もなく、少しの間考え込んでいたナルは小さくコクリと頷いた。

「・・・そうですね。僕も参加させていただきます。どうせ夜には大した作業は出来ませんし」

ナルのこの言葉で、全員の降霊会出席は決まった。

別に強要されたわけではないが、一体どんなものなのか気になるというのが本音だ。―――決まったというよりは、許可が下りたと言った方が正しいかもしれない。

「では9時にこの隣の部屋でよろしゅうございますか?」

「承知しました」

ホッとした様子の五十嵐はそう言い残すと、再度「お食事中ごめんなさいね」と全員に会釈をしてから食堂を立ち去った。

まさか霊能者相手に丁寧に挨拶をされるとは思っていなかったは、意外に思いつつも考えを改める。―――中には、稀にだけれどこういう人もいるのだと。

「安原さんってば、けっこう役者〜」

「一瞬本気で焦りましたよ〜」

緊張感から開放された麻衣と安原の笑い合う声を聞き流しながら、はごくりとスープを飲み下す。

果たして鬼が出るか、蛇が出るか。

出来る事ならば、何も出ないのが一番望ましいのだけれど。

そんな霊能者にあるまじき事を思いながら、はスプーンを置いてごちそうさまでしたと手を合わせた。

 

 

「どうぞお入りください。ご協力に感謝いたしますわ、渋谷さん」

指定の時刻に指定の場所へ顔を出した渋谷サイキック・リサーチの面々を出迎えた五十嵐は、やはり穏やかな様子でそう微笑んだ。

促されるままに中へと招き入れられると、そこに意外な人物の姿を見つけて思わず目を丸くした。

南心霊調査会の所長である南と、そして彼の助っ人であるあの有名なオリヴァー=デイヴィス博士がそこにはいたのだから。

一瞬にしてポケーと表情を緩める滝川を呆れた眼差しで一瞥して、は興味なさげに2人を見る。―――ここにいるという事は、彼らも降霊会に参加するのだろう。

そんなの心境を読み取ったかのようなタイミングで、五十嵐が2人へと視線を向けた。

「実はデイヴィス博士と南さんも参加なさる事になりまして・・・よろしいでしょうか?」

彼女の話し方を聞けば、どちらが本命なのかすぐに解った。

おそらく彼女が誘いたかったのは博士の方で、南はそのおまけなのだろう。―――本人がそれに気付いているかどうかは置いておくとして。

「もちろんです」

やはりこちらもにこやかな笑顔を浮かべる安原の後ろで、麻衣が滝川を肘でつつく。

熱狂的な博士のファンである滝川にとっては、またとないチャンスだろう。

それを解っているからこそ、滝川も強く反論できないのだが・・・。

そんな中、ハンディカメラを持って撮影準備に入ったらしい南が、室内を見回して困ったように笑った。

「ちょっと暗いな。もっと明るくなりませんかねぇ・・・」

「明るくって・・・。降霊会の時にはろうそく1本だけになりますのよ。霊は明かりを嫌いますでしょう?」

「ええ?そうなんですか!?・・・困ったなぁ」

困ったのはこっちの方だ、とそう叫びたいのをすんでのところで堪えつつ、は脱力したように肩を落とす。

仮にも心霊調査会の所長の言葉とはとても思えない。―――怪しさ大爆発な人物ではあったが、まさかここまでとは・・・。

「暗視カメラはございませんの?記録ビデオを撮ってくださるとおっしゃるからお招きしましたのに・・・」

「いや、今回はその・・・」

更に詰め寄る五十嵐に対し、南は困ったように苦笑いを浮かべる。

それを傍目で見ていた綾子が、嫌そうに顔を顰めた。

「やっぱ、なーんかうさんくさいわね」

「胡散臭いなんてもんじゃないよ、あれは」

「ね?」

こそこそと女3人顔を突き合わせて愚痴を漏らす中、それを見ていたナルがやってられないとばかりにため息を吐き出して徐に口を挟んだ。

「所長、うちのカメラを持ってきましょうか?」

「そうしていただけると助かりますわ」

すぐさまナルの言葉を聞きつけた五十嵐が、漸く安堵したように笑みを浮かべる。

そうしてただの調査員であるはずのナルに指示をされ、ベースに暗視カメラを取りに行かされた麻衣、、ジョンの3人が戻り設置が完了した頃、予定時刻よりも大幅に遅れた降霊会が漸く開始された。

ろうそく1本だけの明かりが灯る室内は、やはりというか薄暗い。―――雰囲気は満点なその中で、中央に設置されたテーブルについた五十嵐とその助手、そして南とデイヴィス博士に渋谷サイキック・リサーチ代表の安原はお互い手を繋いで静かに目を閉じた。

「・・・深く息をして、霊に呼びかけてください。この家に住む霊に・・・」

室内には、静かな空気が流れている。

それはまるで時間という概念さえ失われたような・・・―――そんな不思議な空間に、五十嵐の柔らかい声が静かに響く。

「この家にお住まいの方。どうぞこの女性の手を借りてお心を語ってくださいませ。・・・どうぞわたくしたちに語りかけてください」

「・・・・・・」

「どうぞお心の内を語って聞かせてください。この声をお聞きでしたら、どうぞ語ってくださいませ。・・・どうか・・・」

ジジジとろうそくの燃える微かな音が聞こえる。

カメラの回る微かな音と、人の息遣い。―――そんなものでも大きく感じられるほど静けさに満ちたその部屋の中で、壁際に立ち状況を見ていたは小さく欠伸を漏らした。

五十嵐の霊に語りかける声が、まるで子守唄のように聞こえる。

昨日は夢見が悪くてほとんど眠れなかった上に、本日の肉体労働。

疲れと睡眠不足はそれなりに溜まっている。―――いくら若く課題処理のための徹夜に慣れているとはいえ、こうも眠りを誘うような空間では我慢にも限界がある。

そろそろ諦めてくれないかな〜、ともう一度欠伸を漏らしながらそんな事を思ったその時、ふと何かの気配を感じては顔を上げた。

それと同時に真砂子もまた何かを感じたのかピクリと反応を示す。―――それを横で見ていた麻衣が不思議そうに2人の名を呼んだその時、空気は一変した。

ペンを持っていた助手の女性が、ギシッとまるでペンが折れそうな勢いでそれを強く紙に押し付ける。

それに何事かと麻衣が振り返ったその目の前で、その女性はまるで何かに取り付かれたかのように用意されていた紙に何かを書きなぐりだした。

尋常ではないその様子に、麻衣は思わず息を飲む。

その直後、今度は天井からドンという大きな音が響いた。

反射的に顔を上げるのと同時に、部屋のそこかしこでドンドンと激しい音がする。

「すごいラップ音・・・」

それが何か察した麻衣が呟いたその時、壁を叩く振動でか・・・それとも動揺した誰かが倒したのか、唯一の光源であったろうそくが倒れ明かりが消えた。

「うわあっ!!」

「動かないでください!お静かに・・・!!」

上がる悲鳴と、制止する声。

しかし場の混乱は収まらず、またもや悲鳴が上がった。

「ナウマクサンマンダ バザラダンカン!」

最後に一際大きくドンという音を響かせて、滝川の真言に合わせて場の異変はピタリと収まる。

それと同時に灯った部屋の明かりに顔を上げると、やはり表情を変える事無くナルがスイッチに手を掛けていた。

呆然とする面々の中、そのままナルはその場へしゃがみこみ、室内に散っていた紙を一枚拾い上げて。

「・・・霊を、呼べたようですね」

ナルが拾い上げた紙には、『助けて』とたった一言。

呆然と立ち尽くしていたはのろのろと視線を下へと移し、自分の足元に落ちている紙へと目をやった。―――それにも『助けて』と書いてある。

「・・・助けて」

小さな声でポツリと呟けば、胸の中に満ちる不安と恐怖。

何に対してなのか解らない。―――ただどこかで、同じ叫びを聞いたような気がした。

同じように紙を拾い上げた綾子とジョンの手にもまた、『助けて』と書かれている。

そんな中、同じく紙を拾い上げた滝川が、僅かに眉を潜めてナルへと声を掛けた。

それに視線を向けたナルへと持っていた紙を手渡す。―――じっとそれを見据えたナルは、無表情のままそれを全員へと見えるように手を突き出した。

「・・・なに?」

ナルが持つ紙には、他のものとは違う文字が記されていた。

『死ニタクナイ』と、まるで紙からはみ出す勢いで書かれている。

そして他ともっとも違うのは、書かれた字の色だった。

「なんで、これだけ赤い字なの?」

ペンは黒を使っていたはずだ。―――なのにどうして、これだけ赤い字で書かれているのか。

それはまるであるモノを思い起こさせるような・・・。

ブルリと身を震わせて、は自分自身を抱くようにぎゅっと身体を縮込める。

気分が悪い。

今すぐその場に座り込んでしまいたいくらい、身体が重い。

それでも気力を振り絞り、はグッと眉間に皴を寄せる。

『死ニタクナイ』と書かれた赤い文字が、恐ろしいほど眼に焼きついていた。

 

 

そうしてすぐさま、先ほどの降霊会の検証が始まった。

撮影したビデオを再生するリンの後ろで、ナルは食い入るようにモニターを見つめる。

「ラップ音の開始とほぼ同時に温度が下がり始めてますね。天井部から徐々に、最終的には全体で3度ほど下がっています」

説明するリンの声が室内に響く中、五十嵐は霊をその身に下ろした助手の女性へと視線を向ける。

「どんな感じでした?」

「あの・・・腕をマジックに引っ張られるような・・・手を離したら、マジックだけどこかにいってしまうんじゃないかと思ったくらいです」

眉を顰めてそう語る女性を他所に、モニターを見つめていた滝川が感心と呆れの混じった面持ちで安原を見やった。

「少年、結構落ち着いてるなぁ・・・」

モニターには、ポルターガイスト現象が起こったその瞬間が映し出されている。

あたふたと落ち着きがない南を他所に、まったくの素人であるはずの安原は何食わぬ顔で辺りの様子を窺っていた。

そんな滝川の言葉に、安原は得意げに笑って見せて。

「ふっふっふ、僕は鈍感ですからね」

そこは果たして自慢するところなのかどうか・・・。―――それでも、安原の肝が据わっているという事が証明されたのだが。

そんな雑談を繰り広げる中、しかしじっとモニターを見つめていたナルが不意に声を上げた。

「・・・ストップ!53秒前まで巻き戻してコマ送りに」

ナルの指示に、リンはすぐさま反応する。

一体何を見つけたのかと顔色を悪くしつつもがモニターを覗き込むと、画面にはたくさんの紙が舞い散る様が映されていた。

問題はその一部。

何も書かれていない紙が、ヒラリヒラリと宙を舞う。

コマ送りにされているその映像は、ただ白い紙を映すのみ。―――しかし次のコマに入ったその時、何も書かれていなかったはずの白い紙に書かれていたのは。

「・・・わお」

「・・・直前まで何も書いてなかったわよね」

同じくモニターを見ていた滝川と綾子が呆然と呟く。

一枚だけ存在した『死ニタクナイ』と書かれたその紙が出現した瞬間の映像に、思わずコメントも出てこない。

誰もが思わず言葉を噤む中、しかし不意に麻衣の焦った声が響き渡った。

「真砂子!?」

振り返れば、口元を押さえた真砂子が麻衣に支えられて立っている。―――その様は漸く立っているという有様で、顔色は酷く悪い。

「・・・ごめんなさい、部屋に戻ってもいいかしら?気分が悪くて・・・」

「あたし、ついてくよ」

こんな状態の真砂子を1人で帰せるはずもなくそう申し出た麻衣に、この状況を冷静に見ていたナルが綾子へ一緒に戻るよう声を掛けた。

それに世話好きの綾子が断るわけもなく了承の返事を返したところで、ナルはふとその視線をへと向けた。

、お前もだ。麻衣たちと一緒に部屋に戻れ」

「・・・え、?」

突然の指名に麻衣がへと視線を向ければ、そこには真砂子と同じく顔色を悪くさせるの姿があった。

何とか自分で立っているようだが、壁にもたれているところを見ると相当つらいのだろう。

慌てて駆け寄った綾子が肩を抱くように支えてやると、は困ったように微笑んだ。

「・・・私、大丈夫だけど」

「そんな青い顔して何言ってんの!ほら、さっさと戻るわよ!」

の精一杯の強がりは、綾子の強い言葉によって一蹴された。―――確かに今のが言う言葉としては、これほど説得力に欠けたものもないけれど。

「降霊会の部屋に暗視カメラと集音マイクをセットしなおそう。今日の調査はそれで終了という事でいいですか、所長?」

「あ、はい」

突然話を振られた安原の慌てた返事を聞きながら、この状況でも演技を忘れていないナルにいっそ感心した。―――それと同時に、やはり一調査員には見えないとも。

、お前大丈夫か?」

「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足がたたっただけだから、きっと」

それでも心配そうに声を掛ける滝川に軽い口調でそう答えながら、は綾子に引きずられるようにして部屋を出た。

そうして部屋に戻ってきたは、綾子にベットへと誘導され、そこに腰を下ろして一息つく。―――正直なところ、綾子の支えはとてもありがたかった。

あのままでは、1人で部屋に戻ってこられたか自信がない。

それでもあんな風に意地を張ってしまうのだから、やはりこの性格は修正の必要があると心の中で独りごちる。―――それが反映されるかは、ともかくとして。

「アンタほんとに大丈夫なの?」

ベットに座り込んだままうなだれているを見下ろして、流石の綾子も心配そうな面持ちで顔を覗き込む。

こう見えたって綾子は優しいのだ。―――その心遣いをありがたく思いながらも、これ以上心配を掛けてはいけないとも思う。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。昨日あんまり眠れなかったから、ちょっとダルいだけ」

「・・・そう?―――じゃあアタシ、シャワーでも浴びてこようかしら?」

「行ってらっしゃーい」

パタパタと手を振れば、綾子は半ば呆れたようにため息を吐きつつ、着替えを持って浴室へと向かう。

それを見送ったは、気力を使い果たしたとばかりにベットに倒れこんだ。

ふかふかのベットが心地良い。

今日は散々埃っぽい屋敷の中を彷徨い続けた事だし、少し身体を休めた後、自分もお風呂に入りたいと思っているのに・・・―――このままだと、あまりの心地良さに起き上がれなくなりそうだ。

そんな事をぼんやりと考えていたは、不意に聞こえた麻衣の声に閉じていた瞳をうっすらと開いた。

「・・・血の臭い?」

「ええ、みなさんは平気ですの?体中に染み付くほど臭いがしてますのに・・・。降霊会の部屋なんか吐きそうなくらいでしたわ」

どうやら麻衣と真砂子が先ほどの降霊会の話をしているらしい。―――ぼんやりとした意識のままそれを聞きながら、は僅かに眉を顰める。

「・・・さんも感じませんでしたか、血の臭い」

不意に話をふられ、寝転がったまま天井を仰いでいたは、ゴロリと寝返りを打って麻衣たちへと顔を向けると、更に眉間に皴を寄せる。―――それこそが答えだった。

一方、何も感じなかった麻衣は困ったように首を傾げて。

「そうかなぁ・・・?それラップ音が起こる前からしてた?」

「え?・・・いえ、後からですわ」

改めて言われて気付いた事柄に、真砂子はハッとしたように麻衣を見つめる。

「じゃ、もしかして霊の臭いだったりして。ほら、緑稜の事件の時も変な臭いがしてたじゃない」

確かに、緑稜高校の事件の際、安原のクラスの教室はそれはもうものすごい異臭を放っていた。

臭いの元となるようなものは何もなく、最終的にはそこにいた霊が発していたものなのだという決着がついたのだけれど。

「ね、姿はどう?見える?」

「ええ。・・・でもチラチラという感じでよく解らないんですの。血の臭いで気が散ってしまいますし・・・」

は?」

「私?私はダメ。なんか妙な気配とか目の端になんか映ったかな〜くらいならともかく、はっきりした霊の姿なんて見えないよ、お手上げ」

寝転んだまま両手を掲げるようにして上げるを見て、麻衣は困ったように笑う。

もしかすると、今もしっかりとの左腕にぶら下がっているブレスレットを取れば、もっとはっきりしたものが見えるのかもしれないとそう思う。―――けれどそれを外した時のの辛さを目の当たりにした事がある麻衣としては、安易にそう提案できないのも確かで・・・。

おそらくは、だからこそナルもにそれを要求しないのだろう。

そこまで考えて、麻衣は小さくため息を零す。

どんな形であれ、ナルはを気遣っている。

それが彼女の上司から言い含められたからなのか、それとも別の理由があるのかは解らないが、確かには微妙なラインでナルの特別な位置にいるように思う。―――それが恋愛感情なのかどうかも解らないが。

「・・・麻衣さんは?」

考えれば考えるだけ落ち込みそうな思考を持て余していた麻衣に、ふいに真砂子が声を掛けた。

その問い掛けの意味が解らず目を丸くする麻衣を見つめて、真砂子は更に問いかける。

「なにか感じます?」

「・・・は?―――ど、どしたの。あたしにそんな事聞くなんて・・・」

突然といえば突然の問い掛けに、麻衣は今度こそ呆気に取られた。

まさかただのバイトである自分に、霊媒である真砂子が意見を求めるとは思っていなかった。―――そんな思いが正直に顔に出ていたのだろう、真砂子は少し照れくさそうにそっぽを向いて。

「・・・あたくし、その方に相応の敬意は払う事にしてますの」

「敬・・・って、あたしに!?」

「だって、前回の事件であたくしと同じ幻視を見たのは、さんとあなただけなんですもの」

言われて、麻衣は前回の事件で見た残酷な光景を思い出す。

すべての事件の仕掛け人でもある坂内が、凶悪な霊に飲み込まれる瞬間。

確かにあの光景を見たのは、真砂子が言ったように彼女を入れて3人だけ。―――だからこそ真砂子は、その内の1人である麻衣にも敬意を払おうと言ってくれているのだろう。

言わずもがな、には最初から敬意を払っていたのだから。

「うーん・・・今回はダメっぽいなぁ。そういう夢も見ないし・・・」

麻衣が何かを感じるのは、今のところはそのすべてが夢の中でだ。

この屋敷に来てから唯一見た夢はあまりにも残酷で話す気にもなれない。―――の言う通り、密かに怯える自分が見せたただの怖い夢なのかもしれない。

そう結論付けた麻衣を見つめて、真砂子は小さく頷いた。

「そう・・・。じゃあ、そんなに危険ではないかもしれませんわね」

己に危害を加える相手を無意識に察知する。―――そう言っていたナルの言葉を信じるならば、麻衣が何も感じていないのであれば危険は薄いのかもしれない。

そう考えた真砂子の耳に、場違いなほど暢気な声が飛び込んできた。

「なぁに?仲良さそうじゃない」

どうやらシャワーを浴び終えたらしく、パジャマに着替えた綾子が髪を拭きつつ楽しげに笑っている。

それを認めて、真砂子はプイと顔を背けた。

「ご冗談でしょ?あたくし、こんな方と馴れ合ったりしませんわ」

そんな綾子の言葉に得意げに笑っていた麻衣を切り捨てて、真砂子は素っ気無く言い放つ。

それに瞬時に頬を引き攣らせた麻衣は、グイと顔を真砂子へと近づけて。

「こ、こんな奴だとぉ〜?」

「ま、そんな下品な言葉、使ってませんわ」

先ほどの神妙な態度はどこへ行ったのか。―――いつも通り、相手を寄せ付けない様子で言い捨てる真砂子に、麻衣の怒りはあっさりと頂点に達した。

「こんなで悪かったね!」

「悪いなんて申してませんでしょ?」

「かっわいくない性格!」

「その分、容姿と才能に恵まれていますので」

「もー!なんでそんなにあたしを嫌うわけ!?」

「ご自分の胸に手を当ててごらんなさいませ」

さらりと告げられた言葉に、しかし麻衣は更に声を上げた。

「そんなんで解るかー!!」

「あら、頭もご不自由ですのね」

そうそうにベットにもぐりこんだ真砂子に向かいそう怒鳴るも、彼女はまったく気にした様子もなく布団を被ってそっぽを向く。

「『も』ってなんだ、『も』ってー!!」

それに最後とばかりに声を張り上げた麻衣を見つめて、綾子は小さく息を吐いた。

「あんたたち、いつの間にか仲良くなったわねぇ・・・」

「・・・仲いい?」

「いいじゃない」

そっぽを向き続ける真砂子の代わりにそう言い切った綾子を見て、麻衣は困ったように視線を泳がせた後、照れくさそうに視線を逸らす。

同じ年頃の女の子なのだ。―――ずっと仲良くなりたいと、そう思っていた。

残念ながら相手にその気がないようでなかなか思う通りにはならなかったけれど・・・―――傍から見ていればそう見えるのかと思うと、まんざらでもない。

そんな麻衣を見て気付かれないように小さく笑った綾子は、バックから取り出した化粧水を手にしつつも、もう1つの静かなベットに視線を向ける。

お風呂に入ると言っていたというのに、もうぐっすりと眠ってしまっている。

どうりで静かだったわけだ・・・とそう言えば、きっと本人からの猛反撃を食らうだろうが。

「・・・おやすみ、

お風呂に入りたければ、明日の朝にでも入ればいい。

何があったのか、昨夜はよく眠れなかったと言っていたのだし、今こんなにもぐっすりと眠っているのだ。―――わざわざ起こす必要もないだろう。

そう判断して、綾子は眠るを起こさないよう気をつけながら布団を掛けてやる。

普段は何かと騒がしいも、こうして眠っている時は静かなのだと改めて気付き、綾子はその年齢にしては無垢な寝顔を見つめて忍び笑いを漏らす。

かつて彼女が言っていた、『可愛い女の子の寝顔を見て癒される』発言もあながち間違いではないかもしれない。

そんな考えに、少しづつ自分も彼女に毒されて来たのかもしれないと思えて、綾子はそれらを振り切るように冷たい化粧水を頬に押し付けた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

たまには女の子とも絡んでみようと思いまして。(主に最後だけですが)

というよりも、第7話目でまだここの辺りを彷徨っているという事実が、私的には一番恐ろしいです。

こんなで本当に一体何話になるのか。

作成日 2007.12.9

更新日 2008.7.14

 

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