暗闇の中から、ピシャリ、と乾いた音がする。

それと同時に何かを引きずるような音と、そして・・・リアルすぎる錆びた臭い。

微かに聞こえるのは、誰かの息遣いだろうか。

断続的に聞こえてくるその音は少しづつ鮮明になり、やがてすぐ近くで・・・。

「・・・・・・っ!!」

その姿が目に映るその前に、は飛び起きた。

勢いよく跳ね起きたせいか、掛けられていた布団が捲れている。―――ヒヤリとした空気が肩を撫で、思わずブルリと身体を震わせた。

いつもよりも少しだけ早くなった呼吸を止めて、ゆっくりと部屋のドアへと視線を向ける。

扉の向こうには誰の気配もない。

そこで漸く安心したのか・・・は大きくため息を吐き出して、脱力したように掛け布団に顔を埋めた。

「・・・なんなのよ、一体」

小さく呟いてみても、残念ながら答えは返ってこない。―――ただ安らかな麻衣たちの寝息が鼓膜を震わせ、昨夜同様ホッと息を吐く。

窓の外を見やれば、厚いカーテンに遮られていてよく解らないが、まだ太陽が昇るには早いらしい。

時間を確認する気にはなれなかった。

夜明けまであと何時間あるのか、具体的にそれを知りたいとは思えない。

ただ1つ確かな事があるのだとすれば、それはきっと今夜ももう眠りにはつけないだろうという事。

「眠るのが怖い、なんて・・・」

そんな事、初めてだと小さく独りごちる。

眠りはいつだってを安らぎに導いてくれたのに・・・―――なのに今、それがこの上なく恐ろしく思えて、耐えるように膝を抱きしめる。

早く太陽が昇って、みんなが起きだしてくれればいいのに・・・。

そう思いながら、はただ聞こえてくる穏やかな寝息に耳を澄ませた。

 

消える

 

目覚ましの音に引き上げられるように目を開ければ、既に太陽は昇っていた。

もう朝か・・・と綾子が身を起こすと、それと同時に浴室のドアが開く。

「綾子、おはよー」

ガシガシと乱暴に髪の毛を拭いながら姿を見せたに、寝起きでぼんやりとしていた綾子は思わず目を丸くした。

「・・・なによ、今日は早いのね」

「まーね。昨日は早く寝たし、お風呂にも入りたかったから」

そう言って笑うの顔を一瞥して、綾子は欠伸を1つ漏らすと固まった身体をグッと伸ばした。―――朝から無駄に元気の良いを見ていると、寝起きだというのにもう疲れてしまいそうだ。

「んじゃ、アタシは自分の支度するから、アンタは麻衣と真砂子を起こしといてよ。さっさと朝食に行きましょ」

「りょうかーい!」

言いつつ着替えに手を伸ばして手早く着替える綾子を横目に、は麻衣のベットへと歩み寄る。

昨日は夢見が悪かったと言っていたが、今日はそうではないらしい。

穏やかで幸せそうな麻衣の寝顔を見て、はやんわりと微笑んだ。

「・・・なに?また女子高生の寝顔見て癒されてんの?いい加減にしなさいよ、アンタ」

「ほっといてちょーだい」

素っ気無く返すにため息を1つ漏らして、綾子は化粧バックを片手に洗面所へと足を向ける。

昨日の夜、自分もの寝顔を見ていた手前、あまり強くは言えない。

「ほらー!麻衣、真砂子、起きてー!!」

「う〜ん、あと5分だけ〜」

「・・・そんなに大声で言わなくても聞こえてますわ」

隣の部屋から聞こえてくるそんな声に、綾子は思わず小さく噴出した。

 

 

朝から騒ぎに騒いでお腹を減らした4人は、それぞれ支度を済ませた後、朝食を取るために広間へと向かった。

今日の朝ごはんは何かな〜?などと談笑しつつ広間へと足を踏み入れると、そこには既に滝川とジョン、そして安原の姿がある。

しかし挨拶をしようとした4人は、すぐにその場の異変に気付いた。―――昨夜、降霊会を主催した五十嵐が、取り乱した様子で安原とジョンに抱えられているのだ。

一体どうしたのかと傍にいた滝川へと駆け寄れば、戸惑った様子の滝川はたちに気付いて振り返った。

「おはよ、どうしたの?」

「おう、鈴木さんがいなくなったんだと」

「えぇ!?」

予想しなかった返答に、麻衣は思わず驚きの声を上げる。

いなくなった、とは一体どういう事なのだろうか。

安原に促されるままに椅子に腰を下ろした五十嵐は、両手で顔を覆って涙声で訴えた。

「勝手に帰るはずはないんですよ。荷物だって残ってるんですから。コンタクトレンズのケースだって・・・」

「落ち着いてください、五十嵐先生。鈴木さんはいつから姿が見えないんですか?」

錯乱状態に陥っている五十嵐と視線を合わせるようにしゃがみこみ、何とか宥めようと安原は優しく声を掛けた。

それに漸く少し気が落ち着いたのか、両手で顔を覆っていた五十嵐は視線を僅かに上げて目の前の安原をじっと見つめる。

「・・・今朝、起きたらいなかったんです。明け方に一度目が覚めた時にはちゃんと寝ていたのに・・・」

「明け方というのは何時ごろですか?」

「解りません・・・」

「お目覚めになったのは?」

「・・・7時ごろでございます」

安原に代わって質問を投げ掛けるナルに、五十嵐は問われるままに答える。

確かに荷物が置いてあるのなら、勝手に帰ったというのは考えにくい。―――しかも何時かは定かではないものの、明け方にはベットで寝ていたというのだから。

それに五十嵐に何も言わずに帰る理由が、彼女にはないように思えた。

「・・・今、10時か。少なくとも3時間は姿が見えないって事だな」

腕時計を見ながら滝川が呟く。

何か事情があるにしても、これだけみんなが大騒ぎしているのだ。―――3時間も気付かずに何処かにいるとも考えにくい。

「どうもお待たせしました」

全員でムッツリ考え込んでいたところに、今回の依頼人の代理でもある大橋が姿を現した。

どうやらここにいる従業員に鈴木の所在を知らないか聞きに行っていたらしい。―――残念ながら、彼女を見た者は誰もいなかったそうだけれど。

「玄関には内側から戸締りをしておりますし、今朝見た時も鍵が掛かったままでしたので」

「外に出た可能性はないわけですね」

大橋の言葉を引き継いで、安原が神妙な面持ちで頷く。

外に出た可能性がないのならば、おそらく鈴木はこの屋敷の中の何処かにいるのだろう。

問題はどこにいるのか、だけれど。

「もしかして迷っているかもしれないし、まず邸内を捜してみましょう。鳴海くん、いいですか?」

「・・・そうですね。僕とリンは夕べ録画した映像を調べてみます」

所長であるはずの安原がどうして一調査員であるナルに確認を取るのか。―――幸いな事に今現在それに突っ込めるだけの余裕を持っている者はいなかった。

そんなナルの言葉を合図に、安原と麻衣は五十嵐と共に、滝川とジョンと、綾子と真砂子で3チームに分け、それぞれが手分けをして鈴木の捜索を開始した。

ただでさえ迷いやすい邸内で、たった1人の人間を捜すのはそう簡単なことではない。

むしろこの邸内で迷子が出たと聞いても、何の違和感も抱かないだろう。―――だからこそ、鈴木もまた迷子になったまま彷徨っているのではないかと全員がそう想像した。

けれど想像に反して、鈴木の姿は一向に見つからない。

これだけの人数でしらみつぶしに捜索しているというのに、一向に彼女の足取りすら掴めないのだ。

そこに何らかの作為的なものを感じながらも、それぞれが作成したばかりの地図を片手に邸内を歩き回る。

それでも鈴木の姿を見つける事が出来ず、仕方なくあらかじめ決めておいた集合時間に広間へと戻ってみれば、そこには鈴木が行方不明になった事を聞きつけたのか、南とデイヴィス博士が待ち構えていた。

「おお、これは五十嵐先生!聞きましたよ、一大事ですなぁ!食事が済み次第、我々もお手伝いしようかと話していたところですよ」

暢気といえば暢気な発言に、邸内を歩き回り疲れ果てていたはピクリとこめかみを引き攣らせる。―――こちらは朝食も取らずに捜しているというのに。

それよりなにより、彼のこの興奮したような態度はどうなのだろう。

これじゃあまるで肝試し前の子供のようだ・・・と、ため息を吐きつつそう思う。―――所詮は人事なのだろう。

しかしそれを正面きって言ってしまえるわけもなく、全員が曖昧な愛想笑いを浮かべて返す中、南と博士に視線を向けていた五十嵐が何かを思いついたようにハッと目を見開いた。

「あの・・・南さん。デイヴィス博士に聞いていただけませんでしょうか?」

「・・・は?」

「ここに鈴木さんのコンタクトレンズのケースがあります。ぜひサイコメトリしていただけないかと・・・」

五十嵐の唐突な申し出に、南は慌てたように目を泳がせた。

オリヴァー=デイヴィスといえば、PKとESPの両方の能力を持っていると言われている有名人である。

かつて誘拐され土に生き埋めにされた子供を、その能力の1つであるサイコメトリー能力で発見したとか。―――確かに今回の場合も応用されるだろうと踏んだ五十嵐の言葉に、しかし南はあまり乗り気ではない。

その理由も、にとっては明白だったけれど。

「お願いします、聞いてみるだけでも・・・!!」

「・・・解りました。聞いてみましょう」

更に言葉を募らせる五十嵐に、流石に断りきれないと判断したのか、南は彼女からコンタクトレンズのケースを受け取り、それを持って博士の耳元で何事かを呟いた。

しかしその直後、博士はゆるゆると首を横に振る。

そうして息を飲んで判決を待つ五十嵐のところへ戻ってきた南は、無常な一言を彼女へと投げた。

「こんなものでは透視できないそうです」

「そんな・・・!!それでは、何を使えば・・・」

「博士が透視できるのは、失踪当時身につけていたものに限られますからなぁ」

したり顔でそう呟く南に、同じく息を飲んで答えを待っていた麻衣が弾かれたように顔を上げる。

「そ!そんなもの、そこらへんにあるわけないじゃないですか!!」

「谷山さん!」

もっともといえばもっともな麻衣の発言に、しかし安原は嗜めるように彼女の名を呼んだ。

気持ちは解らなくもないが、今ここで彼らと問答していても仕方がない。―――出来ないというものを責めてもどうしようもないのだ。

しかし痛いところを突かれたのか、南はムッとした様子でジロリと麻衣を睨みつける。

「し、知りませんよ、そんな事!そ、そうだ。その・・・鈴木さんですか、降霊会で怖い思いをしたんで逃げ帰ったんじゃありませんか?」

「なん・・・っ!!」

「最近の若い者は無責任だからなぁ・・・」

あまりといえばあまりの発言に麻衣が反論する前に、井村が南に加勢するようにそう付け加えた。

安原にしてやられた事を、今もまだ根に持っているのだろうか。

普通に考えればありえない事だと、どうして気付けないのかとは呆れた眼差しで2人を見やる。

荷物も財布もコンタクトレンズさえも置いて、どこへ帰るというのか。

自分の意思を持ってここを出て行こうという人間が、持っている荷物をすべて置いていくわけがないというのに。

「谷山さん」

あまりの言葉に呆気に取られて言葉が出てこない麻衣に、安原が牽制するように声を掛ける。

これ以上の押し問答は無駄以外の何者でもない。

何をどう言ったとて、彼らは考えを改めたりはしないだろう。

それに麻衣が悔しげに唇を噛んだその時、絶望したように両手で顔を覆っていた五十嵐が微かに顔を上げポツリと呟いた。

「・・・そうかもしれません」

聞こえた言葉に、麻衣は弾かれたように五十嵐を見やる。―――しかし五十嵐は虚ろに何処かを見つめたまま、自分に言い聞かせるように口を開いた。

「・・・そうですわね、帰ったのかもしれません。あとで家に電話してみますわ。ええ・・・ちょっと叱ってやらなくちゃ・・・」

「・・・先生」

おそらくはそう思いたいのだろう。

そうであればどれほどいいか・・・。―――たとえそれが無責任な行動であっても、行方不明である状況よりはよほどいい。

必死にそう思い込もうとしている五十嵐に、それ以上言える言葉などなく。

微妙な空気のまま立ち去っていく彼女を見送って、麻衣は困ったように眉を寄せた。

 

 

五十嵐がそう結論を下した以上、事を大事にするわけにもいかず、渋谷サイキック・リサーチのメンバーは行方不明となった鈴木を捜しつつも作業に取り掛かる事に決め、そうして滝川・ジョン・安原・麻衣・の5人は邸内図作成の為にベースを出た。

「・・・どこに消えたのかねぇ」

全体的に薄暗い邸内を測定して回る最中、滝川がポツリと呟く。

それに気付いた麻衣がふと顔を上げ、滝川を見やる。

「鈴木さん?」

「そ。結局、ゆうべのテープにはなにも映ってなかったし。俺たちが捜した範囲でも見つからなかったろ?まさかほんとに隠し部屋があって、そこにいるとしたらお手上げだよなぁ。―――まぁ、それを調べるために、こーして計測しなおし『させられてる』んだけどな」

一部分を強調する滝川に、ジョンと計測しつつも聞き耳を立てていたは小さく笑みを零した。

どうやら相当根に持っているらしい。―――確かにナルのあの態度は、人に物を頼むものだとは言えないけれど。

「・・・そもそも自分の意思で消えたのかな?それとも意思に反して消えさせられたのか・・・」

「意思に反してって・・・」

あまり想像したくない事柄に、は僅かに頬を引き攣らせながら言葉を返す。

そんなものは小説やドラマの中だけで十分だ。―――実際に体験したいとはとてもじゃないが思わない。

「でも前にもここで2人の人が消えてるんでしょ?やっぱ、霊の仕業っぽくない?」

「その霊が『助けて』っつったんだよな。人が3人も消えたのが霊の仕業なら、助けを求めておいて人が来たら消しちまうのはおかしくないか?この家から人がいなくなりゃ、助けてくれる奴がいなくなっちまうんだぜ?」

「あー、そっか」

滝川のもっともな発言に素直に納得した麻衣は、脱力したようにがっくりと肩を落とす。―――いい考えだと思ったのにな・・・と小さく呟く声を耳にしながら、はジョンが測り終えたメジャーを巻き戻す。

そうして計測した数値を麻衣へ伝えたジョンは、真面目な面持ちで話しに加わった。

「もしかして、鈴木さんの事を助けてくれるお人や思うて連れて行ったゆう可能性はないですか?ゆうべの降霊会でゆいいつ言葉を聞いてくれはったお人ですやろ?」

「あー、それはあるかもしれないね」

メジャーを巻き取り終わり欠伸を漏らしたが、ジョンの推測に賛同する。―――確かにそう考えれば、霊が鈴木を連れて行ったという仮説は成り立つ。

「・・・それとも」

不意に安原が声を上げ、振り向いた全員は懐中電灯を顔の下に当てつつニヤリと笑う安原に一瞬息を飲んだ。

なんて古典的な・・・と思いつつ、それにうっかり引っかかってしまった自分が恨めしい。

「ゆうべのあれは霊の仕業なんかじゃなくて鈴木さんが勝手に書いたもので、それがバレるのが怖くて逃げ出した」

全員の度肝を抜けた事に満足したらしい安原の発言に、しかしと麻衣は揃って訝しげな表情を浮かべる。

「荷物全部置いて?普通逃げるんなら荷物纏めて逃げない?」

「それにあの血文字とラップ音は?」

「あ、そっか。―――じゃあ、鈴木さんが勝手に書いたんで霊が怒って暴れた。怖くなって、以下同文」

もっともといえばもっともな2人の発言にあっさり前言を撤回した安原は、更に言葉を続ける。

「血文字の意味が通じんがな」

「あー、そっか。あれはトリックの可能性は薄いし・・・」

しかしその仮説も話を聞いていた滝川から入った突っ込みによって崩れ、安原は考え込むように顎に手を当てる。

「血文字ねぇ・・・。あれは結構強烈だったよね」

「ですねぇ。流石に背筋に悪寒が走りましたからね」

ニコニコ笑顔を浮かべて言うと同じく笑顔を浮かべて言い放つ安原に、傍にいた滝川は思わず乾いた笑みを浮かべた。―――それは絶対に笑ってする内容の会話ではないと。

「わぁ!?」

その瞬間、突然ジョンの驚きの声が上がり、3人は弾かれたように振り返った。

一体何ごとかと駆けつければ、ジョンと真っ先に駆けつけた麻衣が揃って床に座り込んでいる。

どうしたのかと同じように床を見つめれば、そこにはなにやら意味ありげなへこみが。

「・・・ドア?」

「つーか、フタ?」

「いやいや、これってアレじゃない?よくキッチンなんかにある、床下収納みたいな」

確かに言われてみればそうかと、ジョンと麻衣は揃って頷く。

そもそもここはキッチンではないが。

「・・・開けてみっか?」

いつまでも見つめていても仕方がないと滝川がそう提案すれば、麻衣とが何かを求めるように滝川を見つめ返す。

それを正確に読み取った滝川は、1つため息を吐き出しながらも立ち上がった。―――つまりは開けろという意味だろう。

まぁ、滝川とてや麻衣にそれをさせるつもりは毛頭なかったが。

立ち上がった滝川は、安原とジョンに懐中電灯で照らされた取っ手を掴み、腰を入れて引き上げる。

長年に渡る積もりに積もった埃を巻き上げながら、ゆっくりと開いていくそれに全員が顔を寄せると、途端にむわっとなんとも言えない臭いが鼻をついた。

「ぬわっ!」

「カビくさー!!」

長い間開けられていなかったのだろう。

見ただけでそうだとは思っていたが、実際に嗅いだこのカビ臭さはとてつもない攻撃力を秘めている。

それでもなんとかそれをやり過ごし、そうして開けた中を覗きこんだ滝川は、呆然としたように目を見開いて。

「・・・おい」

「どしたの、ぼーさん。私今のでかなり気持ち悪い・・・」

うっと口元を押さえながらぼんやりと宙を見つめるを横目に見て、滝川は殊更ゆっくりと口を開く。

「下に部屋がある」

「・・・部屋?」

言われた言葉の意味を瞬時に理解し、滝川に習って穴の中を覗きこんだは、彼と同じように目を丸くした。

壁に取り付けられた鉄製のはしご。

続く先はどれほど深いのかは定かではないが、確かにそれは何処かへと通じる道でもあって。

全員が顔を見合わせて神妙な表情を浮かべる。

「・・・まさか、隠し部屋?」

出来れば当たっては欲しくなかった想像ではあるけれど、それでもそれ以外に導き出される結論はなく、新たな事実発覚に喜べばいいのか嘆けばいいのか解らず、5人は困ったようにもう一度顔を見合わせた。

 

 

ともかくこのままにはしておけないと滝川がざっと中を調べに行った後、5人は収穫品を持ってベースへと戻った。

そこで作業をしていたナルを捕まえて本日の成果を報告すれば、彼はその整った相貌を僅かに顰めて見せる。

「・・・隠し部屋?」

「うん!ほんとにあったの。しかもほら、ここ!壁の厚さが3メートルくらいあるんじゃないかって言ってたでしょ?その真上くらいの位置だよ!」

作成したばかりの平面図を机に広げて得意げにそう笑う麻衣を横目に、ナルはそ平面図を手に持ち難しい顔でそれを見下ろす。

確かに厚さ3メートルの壁など自分で言っておきながらもあるはずがないとは思っていたが、まさか本当に隠し部屋があったとは。

つい先ほど自分の目で確かめたその光景を思い浮かべ、はがっくりと肩を落とす。

今でさえ測量に手間取っているというのに、隠し部屋まであるとなるともうお手上げ状態だ。―――とはいえ、そのまま放り出すわけにもいかないのだけれど。

「んで、中をざっと調べたらこんなもんがあった」

何を考えているのかじっと平面図を見つめるナルに、滝川が隠し部屋で見つけた布切れを差し出した。

「・・・コートか」

「ここんとこ見てみろよ」

それを受け取ったナルが布切れの正体を認識したと同時に、滝川がぼろぼろになったコートの一部分を指差す。―――そこには刺繍糸で『美山慈善病院付属保護施設』と縫われてある。

美山慈善病院というのは聞いた事がある。

「・・・先々代が建てたという病院か。という事は病院の支給品といったところだろうな」

「だと思うぜ。けど、なんでそんなもんがここにあるんだろうなって話しててさ」

確かに、先々代が建てた病院での支給品ならばまったく関係がないわけではないが、勿論先々代には必要のなかったものである。―――それがどうしてこの屋敷の・・・しかも隠し部屋などに置いてあったのか。

謎は深まるばかりだが、その解決の糸口はまだ見えない。

解らない事だらけでうんざりとさえする中、丁寧にコートを調べていたナルがふとあるモノに気付いて微かに眉を上げた。

「・・・内ポケットに何かある」

それは、小さく折りたたまれた古びた紙だった。

なにやら絵のようなものが描かれている。―――なんだと思いつつも広げてみると、それは今の自分たちには見覚えのないものであり、しかし深く関わりのあるものでもある。

「これ、昔のお金じゃない?」

「みたいだな。・・・ん?なんか書いてないか?」

麻衣の発言に頷き返した滝川は、しかし古びたお札の上部に書かれてある微かな文字に気付いて眉を上げた。

「なんか書いてるって、なに書いてんの?読んで、読んで」

「あー、待て待て。え〜・・・と。―――よ・・・げ・・・く、聞ー?た・さ・・・に、浦・・・る・・・居・・・死・皆・は・・・来?処・・・」

わくわくとした様子でそう促したを宥めつつ滝川はそれに視線を落とすが、聞こえてくるのは要領を得ない言葉のみ。

流石に意味が解らず眉間に皺を寄せ始めたに代わって、元来我慢強くない綾子が早速声を上げた。

「なに、それ!日本語!?」

「ほんとにそう書いてあんだって!!」

しかし滝川にも反論がないわけではない。

読めるもんなら読んでみろとばかりに手渡されたそれに、と綾子は揃って表情を歪めつつ麻衣へと回す。

古いだけにインクが滲んでしまっているところもあり、またボロボロになって破れてしまっているところもあるだけに、流石に読めそうもない。

しかしこれが明るい内容ではない事だけはにも理解できた。―――普通の手紙に『死』などという字は使わない。

「・・・ともかく、一階部分の測量を日暮れまでに終わらせよう。少しでも正確なデータが揃えば、鈴木さんを捜しやすくなるだろう」

「えっ!!」

なんともいえない微妙な空気が流れる中、しかしいつもと変わらない様子でナルは平然とそう言い放った。

それに反応を見せたのは、滝川と麻衣である。

確かにナルの言う事はもっともだ。

時間が経てば経つほど、行方不明になった鈴木の身の安否が不安になる。

出来る限り早く見つけてあげなければならない事は確かだけれど、だからといってやれる事にも限度がある。

「って事は、今日中にやれって?カンベンしてくれよ〜」

「所長〜!助手の鳴海さんは手伝わなくていいんですか〜!?」

あまりに無茶な指示に抗議の声を上げた滝川と麻衣を見やり、現在所長役としてこの場にいる安原はやんわりと微笑んだ。

「うーん、人には相応の分野っていうのがありますからねぇ・・・。適材適所というでしょう?」

さらりと告げられた言葉に、麻衣は一瞬訳が解らないとばかりに安原を見やる。

その横で、もう既にナルに文句を言う気力さえ失っていたが、私って確かどちらかというと頭脳労働者立場だったはずなんだけど・・・と心の中で独りごちる。

一体いつからこういう役回りになってしまったのか。―――まぁ、としても動き回っている方が気が紛れて良い事も確かなのだけれど。

「・・・あの、すみません」

わいわいと反論する滝川の声に紛れて聞こえてきたか細い声に、一同はハッとドアの方を見やった。

そこには真砂子に付き添われてやってきた五十嵐の姿がある。

「五十嵐先生!どうなさったんですか!?」

「ええ、あの・・・」

今朝よりも憔悴した様子の五十嵐は、促されるままに椅子へと腰を下ろし、深くため息を吐き出した。

「先ほど鈴木さんの自宅に電話してみたのですけれど・・・やはり帰っていないようなんですの。それで渋谷さんにご相談したくて・・・。―――警察に失踪届けを出した方がよろしいかしら?」

「・・・え?」

突然の相談に、流石の安原も面食らったように五十嵐を見た。

自分よりも大分若い安原に相談するくらいなのだ、相当参っているのだろう。

しかし鈴木がここを脱出した可能性も捨て切れない。

それがどれほど低い確率でも、ないとは言えないのだ。―――その場合、警察沙汰にしては彼女も帰りづらいだろう。

それよりなにより、大橋が許可してくれるかどうかが問題だ。

流石に人が1人行方不明になっているのだから反対はしないだろうが、マスコミの目を避けたい依頼主にとっては歓迎できた状況ではないに違いない。

それらを踏まえて、安原は懸命に思考を巡らせる。

「もう少しよく捜してみて、それから警察に届けるか考えましょう、ね?」

今自分たちは、彼女を捜すための準備を進めている。

もしかすると見つけられるかもしれない可能性があるのだ。―――せめてやる事をやってからの方がいい。

「ええ・・・はい」

そんな安原の提案に、五十嵐は縋るような眼差しを向けながらコクコクと何度も頷いた。

その様子を見つめながら、と滝川はこっそりと顔を見合わせて。

「・・・見つけなきゃね、鈴木さん」

「・・・だな」

先ほどまで文句を言っていた滝川は、しかし力強くそう返す。

出来る限り早く。

どうか彼女が無事であるようにと祈りながら、それぞれ決意を固めて頷きあった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

この辺、本当に話に動きがありません。

オリジナルの話が入っているわけでもなければ、特に誰かと絡むわけでもなく。

気がつけば、最近リンの出番がないよ!

作成日 2007.12.14

更新日 2007.7.28

 

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