「それで、これからどうするって?」

霊視の後、すっかり意識を失って寝こけていたは、今どうなっているのかの説明を麻衣から受けた後、モニターを見つめながら何事かを考え込むナルへと問い掛けた。

「・・・取り合えず、ミニーに何かあるのは間違いない。しばらくは様子を見るしかないだろうな」

「・・・ミニー、ねぇ」

礼美が眠った後、勝手に失敬してきたというミニーという名の人形を客間のベットの上に置いて、しっかりモニターで監視できるようセッティングし、その映像をモニター越しに監視しながらナルはそう呟く。

確かに、まだミニーに原因があると決まったわけではないのだし、確認は必要だろう。

まぁ、ミニーがかなり怪しい立場にいるという事は否定しようもないけれど。

「人形って気味が悪いね・・・」

「まぁな。人形ってのはもともと人間の魂を封じ込める器だからなぁ。魂がなくて中が空っぽだから、霊が憑依しやすいんだよ」

「げー・・・」

雑談をする滝川と麻衣の声を聞きながら、はナルと同じくモニターを眺めつつため息を吐き出す。

それと同じくらい霊に憑依されやすい私は人形と一緒か・・・と心の内で愚痴を零しつつ、人間そっくりに作られた人形を見て目を細めた。―――勿論日本人形ではないので、それほど親近感は得られなかったが。

それよりも、このまま何も起こらなかったらどうするんだろう・・・と心の隅でぼんやりと思ったその時、ガタンと物音を立てて勢い良く立ち上がったナルに驚き、はビクリと肩を揺らした。

「ちょ・・・急になに・・・」

一言文句でも言ってやろうと口を開きかけ、しかしナルの視線の先・・・―――モニターへと目を向けたは、そこに映し出された光景に思わず頬を引き攣らせた。

 

増殖する悪意

 

「―――駄目です。何も記録されていません」

「測定機器も全部エラーだ」

淡々と会話するナルとリンの声を聞きながら、はうんざりとした様子で頬杖をつく。

「あ、ぼーさん!どうだった?」

「・・・なんともなかった」

疲れたようにベースに戻ってきた滝川は、麻衣の問い掛けに首を横に振って、困り果てたようにため息を吐き出す。

「ミニーの首、取れてなかったぜ。最初に見たまんま、座ってやがった」

滝川の言葉に、勘弁してよとは大きくため息を吐き出した。

あの後、食いつくようにモニターを見つめるナルに、一体何があったのかと同じくモニターを見てみれば、ベットに座っていたはずのミニーが何故かうつぶせに倒れていたのだ。

なんでと思う暇もなく、うつぶせになったミニーは何かに引き摺られるようにしてベットを移動し・・・―――その過程でミニーの頭が胴体と切り離されボールのように転がって。

ついさっき見たばかりの光景を思い出して、はブルリと身を震わせた。

あんなホラー映画さながらの映像など、リアルで見たいとは思わない。

もともとホラー映画もあまり好きではないのだ。―――そんなものを目の前で見せ付けられた日には、もう・・・!

しかも現実のミニーはどうにもなっていないというではないか。

「これはきっと脅しか。ああ、脅しね。そうか・・・人形の癖になかなか気合は入ってるっていうか・・・」

「・・・。ちょっと落ち着いて」

「ついこの間SPRのバイトになったばかりの麻衣に諭されるなよ、お前」

呆れたように笑う滝川を睨みつけて、は再びモニターに視線を向ける。

ほんとに、もう。

こんなんじゃ、人形不振になりそうよ・・・と心の中で独りごちて、はもう一度盛大にため息を吐き出した。

 

 

このままで、果たして事態は進展するのだろうか?

ミニーの首が取れる事件の翌日、する事もなくベースでぼんやりとリンの作業を眺めていたは、しかし礼美のところへ行った麻衣の報告に目を瞬かせた。

「・・・礼美ちゃんが?」

「そう、ミニーとお話してたって。それから他にもお友達がいて、その子も・・・ミニーが連れてきたって」

麻衣の言葉に、部屋の中がシンと静まり返る。

それって、もしかしなくても・・・。

「もう!この家、何なのよ!もしかして、あれ?近所でも有名なオバケ屋敷ってやつ?」

「えぇ〜、オバケ屋敷?そんな感じには見えないけど・・・。ほら、結構綺麗だし」

そういう問題じゃないわよ!と綾子に一蹴されて、ははいはいと宥めるように肩を叩く。―――ほんのちょっとした冗談のつもりだったのだが、どうやら今の綾子には通用しなかったらしい。

「っつーよりも、ミニーになんかあるんじゃねぇか?―――その見えない友達を連れてきたの、ミニーだって言ってたんだろ?」

「う、うん」

滝川の感想に気圧されたように頷く麻衣を眺めて、はもう一度「ミニーねぇ・・・」と小さく呟いた。

確かにミニーになにかがあるのは間違いないだろう。―――それは昨夜の一件でも明らかだ。

しかしはどうしても、ミニーだけに問題があるようには思えなかったのだ。

ほとんど覚えてはいないのだけれど、霊視した時、確かに強い霊の存在を感じた。

しかもたくさん。―――たくさんの混ざりに混ざった感情が一気に襲い掛かり、パンクしてしまったからこそ記憶に残っていないのだろうとは思っている。

今回の事件には、ミニーだけではなく・・・もっと別の大きな何かが関係しているのではないだろうか?

たとえば・・・この家やこの土地自身に何か因縁があったとか・・・。

しかしナルは滝川の意見に言葉を返す事無く、黙り込んだまま何かを考えている。

推測くらい話してくれてもいいのに・・・と綾子と顔を見合わせると、何かを思いついたのか、滝川がポンと手を叩いてナルへ声を掛けた。

「そーだ。ミニーに霊が憑いてて、そいつがミニーのフリしてるってのは?」

「・・・その線かもしれないな。落としてみるか、ぼーさん」

「おうともさっ!」

漸く得られたナルの同意に、滝川は我が意を得たりとばかりに口角を上げる。

確かにこのまま議論していても何の進展にもならない。―――それにミニーに問題があるのは間違いないのだ。

それがミニー自身なのか、それとも滝川の言うようにただ器として使われているだけなのかは解らないが、一度除霊してみるのも一つの手だろう。

「・・・っていうか大丈夫なの、ぼーさん」

そういえば滝川が本格的に仕事をするのをみるのは初めてだと、はからかいついでにそう声を掛ける。

すると滝川はニヤリとはっきり解るほど口角を上げて。

「ま、見てなさいって。―――あんまり格好良すぎても惚れるなよ」

「あ、麻衣。それで礼美ちゃんの事なんだけどー」

「スルーするな」

コツンと軽く頭を叩かれ抗議の視線を向けると、滝川はおどけたような笑みを向けやる気に満ちた様子でベースを出て行った。

「んじゃ、とりあえず除霊はぼーさんに任せるとして・・・。私たちはどうする?」

「松崎さんには、ぼーさんが除霊を終えるまで礼美ちゃんについていてもらう。1人にしておくのは不安だからな」

「わ、私が!?―――・・・解ったわよ」

突然の指名に焦った様子の綾子は、しかしナルの一睨みに怯んだように頷く。

顔の整った人間の睨みほど強烈なものはないと心の中で綾子に手を合わせて、は改めてナルへと視線を向けた。

「私と麻衣は?」

「お前はここに残れ。リンの補佐をしろと言っただろう。―――麻衣、お前も残るんだ」

反論を許さない声色に、と麻衣は顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる。

別にとて進んで危険そうな場所に行きたいわけではないのだけれど・・・―――それでもお荷物のような扱いに、なんだか居たたまれない気分になる。

もっとも、自分がそれほど役に立つとは思っていなかったが。

それでも役に立つのと、役に立たないのと、お荷物になるのとでは意味合いがぜんぜん違う。―――せめてお荷物にならないようにはしたかったのだけれど。

そうは言っても仕方がない。

今のは、ナルに霊視を禁止されているのだ。―――強行して霊に憑依されでもすれば、お荷物どころか迷惑をかけてしまう事になるのだから。

そうこうしている内に準備が整ったのか、モニターに映った滝川からのGOサインを合図に、聞き覚えがある呪文のようなものがスピーカーから響き始める。

「さてさて、鬼が出るか蛇がでるか・・・」

「もしかして楽しんでない、?」

「まっさか!これは所謂強がりって奴よ」

そんな風には見えないんだけど・・・と呟いて、麻衣は視線を宙へ彷徨わせる。

「それにしても、綾子大丈夫かなぁ・・・。いまいち頼りないんだよね・・・」

「まぁまぁ。綾子だって巫女なんだから、自称だけど。それにぼーさんの書いたお札があるんだから、そんな簡単には・・・」

「きゃあぁぁ!!」

うるさいとばかりにナルに睨まれながらも雑談を交わしていたと麻衣は、しかし遮るように響いた悲鳴に顔を見合わせた。

そうしてその声の主にすぐに思い至り、2人は慌ててベースを飛び出す。

「典子さん!どうしたのっ!?」

「・・・あ、足」

部屋の中で倒れこむように蹲っている典子に駆け寄り、彼女の言う足へと視線を這わせれば、そこにはくっきりと人の手の跡が残っていた。

問題はそれだけではない。―――問題だったのは、その手の跡が子供のものだったからだ。

「足首・・・脱臼してるぞ」

「大丈夫ですか?すぐに病院に・・・」

言って、は携帯電話を取り出ししばし悩む。

救急車を呼んで良いのか、それとも誰かに車を出してもらうべきか・・・。

すぐに義母の香奈が車を出してくれるという話に落ち着きお願いをしてから、は改めて痛みに耐える典子を見つめる。

「誰かが・・・すごい勢いで足を引っ張ったの」

「引っ張ったって・・・」

そんなに簡単に脱臼するものではないだろう。―――だとすると、よほど強い力で引っ張られた事になる。

「・・・とうとう、痺れを切らしたって事?」

傍らに立つ滝川へと問い掛ければ、彼は複雑な面持ちでを見返して。

「参ったな、これは」

小さく小さく呟いて、それとは反対に滝川は盛大にため息を吐き出した。

 

 

「・・・というわけだ」

淡々とした口調で話し終えたナルに、全員がお互い顔を見合わせる。

なるべく礼美を怖がらせないようにと、2人だけでミニーについて話を聞きに行ったナルと麻衣は、彼女からミニーについての話を聞き出す事に成功していた。―――もっともそれは、麻衣に言わせれば『尋問』のようだったという話だけれど。

礼美が言うには、ミニーは彼女に『他の人と話すな。仲良くすると苛める』と脅しを掛け、その上義母である香奈を『悪い魔女』だと言い、姉である典子もその手下であると吹き込み、自分が守ってあげるから他の人と仲良くするなと念を押したらしい。

この家で起きていたポルターガイストは、礼美がミニーとの約束を忘れ、他の誰かと遊んだ『おしおき』なのだと言う。

「原因はミニーかよ」

やっぱりかと頷く滝川を横目に、はチラリと自分の左手へ視線を落とす。

この家には、ミニーが連れてきた礼美と同じくらいの子供の霊がたくさんいるのだという。

ならばきっと、最初の霊視で自分に取り付いたのは、その子供たちなのだろう。―――あんなにも負の感情に支配されたのは、本当に久し振りの事だった。

その時の感情がまた甦ってきそうな気がして、はぎゅっと拳を握り締める。

あんな感情はもう御免だ。―――あんな、苦しくて、悲しくて、辛い気持ちなんて・・・。

そこまで考えて、ふとは我に返る。

最後の最後、一際強く感じた感情。―――あの『憎い』という感情は、一体どこから来たのだろうかと。

考え込んでいるを他所に、滝川や綾子はそれぞれ感想を口にする。

しかしそれらをすべて聞き終えたナルは、表情を変える事もなく静かな口調で呟いた。

「ミニーのせいじゃないと思う」と。

「おいおい、ナルちゃん。ここまで来て言うか〜」

「人形は器に使われているだけだろう。この家に囚われてる霊がいるんだ。それが誰なのか・・・―――なんとかして正体を掴まないと、礼美ちゃんが危ない」

ナルの言葉に、背筋にゾクリと悪寒が走った。

理由は解らないまでも、あの負の感情に満ちた多くの霊が、まだあんなにも幼い子供に襲い掛かる。

それが何を意味するのか、流石のにも解らないわけがない。―――そんな事になれば、礼美は・・・。

「麻衣ちゃん!麻衣ちゃん、来て!!」

全員がおそらく同じ想いを抱いたのだろう。―――重い沈黙が沈む部屋の中に、しかし突如として女性の悲鳴のような声が響き渡る。

今度は何事だと全員が声の方へと駆け出すと、そこには病院に行ったはずの典子と香奈が呆然と上を見上げて立っていた。

「典子さん?いつ帰って・・・」

「これを見て!!」

麻衣の問い掛けも遮って、典子が蒼白な顔色のまま口元を手で押さえ声を荒げる。

一体何があったのかと全員が典子のところへと歩み寄り、そうして彼女の視線を辿って上を見上げて・・・―――そして全員が驚きに目を見開いた。

『わるいこにはばつをあたえる』

拙い子供の字で壁一面に書かれたそれに、全員絶句した。

「礼美ちゃんは、話してはいけないと言われていた事を話してしまった。ミニーは礼美ちゃんが裏切ったと思っている」

それはなんて悪意に満ちたものなのだろう。―――これが、ミニーから礼美へと向けられたものなのか。

「麻衣、礼美ちゃんの側から離れるな」

ナルのいつもと変わらない静かな声が、何故か今はとても重いもののように感じられ、は眉根を寄せて悪意に満ちた落書きを睨み付けた。

 

 

ベースに戻り、は椅子に座り込んだまま重い重いため息を吐き出した。

こんな仕事をしている以上、目に見えた悪意に晒される事など珍しくはない。―――そもそもそういう感情があるから、地縛霊になる事が多いのだ。

けれどそういう感情を目の当たりにして、平気でいられるわけでもない。

本当なら、そんなものとは無縁に過ごしていたい。―――それはこの仕事をしていなくとも、難しい事なのかもしれないけれど。

「・・・ねぇ、リンさん」

相も変わらずモニターと向き合い作業を続けるリンの背中に向かい、控えめに声を掛ける。

返事は返ってこなかったけれど、はぼんやりと宙を眺めながら言葉を続けた。

「この家って、一体何があるんだろうね」

「・・・・・・」

「たくさんの子供の霊を集めて、ミニーの目的は一体なんなんだろ」

「・・・・・・」

「礼美ちゃん、大丈夫かな?」

「・・・・・・」

どれ1つとして返事が返って来ない事に、は漸く視線をリンの背中へと向け、その自分を拒んでいるような背中へ向かい問い掛ける。

「ねぇ、リンさん」

カタカタカタ、と淀みなくリンの手は動き続ける。

「・・・リンさん、私の事嫌い?」

カタ、と一瞬リンの手が止まった。

しかし一向に振り返る様子のないリンに、は聞こえないように小さく息を吐き出して。

「・・・私、リンさんに何かしたっけ?」

自分でそう問い掛けていても、残念ながら思い当たる節はひとつもない。

何しろ、がこうしてリンと直接顔を合わせたのは、この事件が初めてなのだ。―――前回は怪我をしていた為、彼は調査に加わっていなかったのだから。

シン、と室内が静寂に包まれる。

実のところ、がこうしてリンの補助についてから、こんな場面は珍しくもなかった。

リンはもとよりナルもそれほどおしゃべりではない。

話しかけても返事が返ってこなかったり、うるさいと睨まれたりがほとんどだったのだから、もいつしか無駄口を叩くのを控えるようになっていた。

だから、この静寂は苦でもなんでもない。―――その筈だったのに、今はこの沈黙がとても重いものに感じられるのはどうしてだろう。

リンさん、何でもいいからとりあえず返事くらいしてくれないかな・・・と相変わらずぼんやりとする頭で考えたその時、ずっとモニターと向かい合っていたリンが椅子を僅かに回転させ、ほんの僅かに鋭い視線をへと向けゆっくりと口を開いた。

「私は、日本人が嫌いです」

ポツリと短く吐かれた言葉。

その意味するところが瞬時に理解できず、は僅かに眉を寄せる。

「・・・日本人が、嫌い?」

の問い掛けに、リンは何も言わない。―――それはおそらく、肯定なのだろう。

日本人が嫌い。

普通あまりそういった発言は出てこない。

誰かを嫌いでも、それが日本人だからなどという括りはあまりしないだろう。

しかしそれをするのがどういう状況なのかという事は理解できる。―――それはきっと、自分が日本人ではない場合だ。

「リンさん、もしかして日本人じゃないの?」

の問い掛けに、リンは気難しそうに表情を顰める。

どうやら違うという事に間違いはなさそうだ。―――では、彼は一体・・・?

そこまで考えて、はハッと思い至る。

フルネームは知らないけれど、リンという響きと・・・―――そしてどこの国よりも一番日本へ憎しみの感情を抱いている国を。

「リンさん、もしかして・・・中国人?」

この問い掛けにも返事は返って来ない。

それはおそらく、肯定の意味で。

思いもよらない真実に、は軽い眩暈を感じながらもなるほどと納得する。

ああ、だからなのか。―――だから彼は、自分に近づこうとはしないのか。

「・・・さん?」

リンの低い声に、は思考の海から引き上げられるようにハッと我に返る。

じっとこちらを見つめるリンの眼差しに、は居心地悪そうに身じろぎしてから、小さなテーブルに置いてあった資料を手に持ち立ち上がった。

「・・・これ、纏め終わったから」

差し出された資料の山に、リンは気付かれないほど僅かに眉を上げる。

これまで集めたデータの纏め。―――それはコツさえ掴んでしまえばそれほど難しい作業ではないけれど、時間と労力ばかりが掛かる面倒な代物だ。

それをこの短時間ですべて終えたというを見上げ、内心驚きながらも平然とした顔でリンはその資料を受け取る。―――しかしそんな意外な思いは伝わっていたのか、は照れくさそうな顔で小さく笑った。

「こういうの得意なの、私。普段から調べ物とか結構してるから」

そう言って資料を手渡し一歩後ずさったは、今もまだじっと自分の顔を見つめるリンを見返して、やんわりと微笑んで見せた。

「ごめんね、リンさん。なんか変な事聞いちゃって・・・」

「いえ・・・」

いともあっさり返された言葉に、リンの方が面を食らってしまう。

こういう発言の後、大抵返ってくる反応は決まっていた。

しかしこんな風に、やんわりと微笑みかけられたのは初めてで・・・。

しかしその笑みが、どこか苦しそうに見えるのは果たして気のせいなのだろうか。

リンのそんな考えを読み取ったのか、は慌てたように手を振って。

「あ、別に気にしないで。私が不躾だったんだし。それにこういうの、慣れてるから」

慣れてる・・・?

違和感のある言葉に顔を上げれば、はリンの視線から逃れるように踵を返し、ドアのところまで歩いていくと、首だけで振り返って小さく笑った。

「ちょっとぼーさんの仕事手伝ってくる。あの壁の落書き消すの、1人じゃ無理だろうし」

ただじっと視線を注ぐリンへとそう告げて、は部屋を出ると閉じた扉に寄りかかりながら小さくため息を吐く。

「あ〜あ・・・失敗しちゃったなぁ」

もっと上手く言えた筈だった。

まるで何事もなかったかのように振舞うのは、にとっては得意だったはずだ。

それは大きな問題であり、が軽々しく口にして良い問題ではない。―――それでもこれからも仕事は続いていくのだから、何事もなかったかのように振舞うのが自分にとってもリンにとっても最良だったはずだ。

それでも上手く立ち回れなかったのは、恐ろしいほど無邪気な悪意に当てられたからだろうか。

最初の霊視の時に流れ込んできた負の感情が、今もまだ自分の中に留まり続けているからだろうか。

「・・・あー、もう。ぐちゃぐちゃ考えてても仕方ない」

そのすべてを振り払うように、はぶんぶんと頭を振って、今必死に働いているだろう滝川のヘルプに入るため身を起こした。

「とりあえず、働く!そうすりゃ気分も浮上するさ!!」

そうすれば、リンに対して何か気の利いた発言も出来るかもしれない。

自分にそう言い聞かせて、は自分自身に気合を入れると勇み足で滝川の元へ向かった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

あれ、なんか暗いですか?

本当はリンの素性が明かされるのはもっと先なんですけども、リンを恋愛担当に加えるにはそれじゃ遅すぎる気もしたので、無理やりこんなところに。

難しい問題なので、どうやって書くか頭を悩ませましたが。

この問題に想いを抱く方が不快に思われなければ良いのですが・・・。

作成日 2007.9.24

更新日 2007.10.30

 

 

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