突然大声を上げながらベースに飛び込んできた彰文に驚いたのも束の間、大変だと声を上げる彼について彰文の兄・靖高の部屋へと飛び込んだ滝川・麻衣・の3人は、目の前の光景に思わず息を飲んだ。

「靖高さ・・・!!」

敷かれた布団に、大の字で横たわる靖高。

その両手からは、目を背けたくなるほどの大量の血が溢れている。

真っ白なシーツに広がる赤い鮮血に思わず立ち尽くす麻衣とに、しかし滝川はいち早く靖高へと駆け寄って。

そうして靖高の口元へと顔を近づけ、まだ呼吸がある事を確認した滝川は、クローゼットから適当にネクタイを取り出し腕を縛って止血をしつつ、同じく駆け込んできた彰文に向かい声を上げた。

「若旦那!救急車は!?」

「呼びました!!」

流石に行動が迅速だ。

「しっかりしてくれよ!!」

おそらくは意識がないだろう靖高にそう声を掛けながら応急処置をする滝川を見つめて、は拳を握り締めながらギュッと眉を寄せた。

とうとう、事件が起こってしまった。

その事実に強い後悔を抱くの背後から幼い声が掛かったのは、その直後の事だった。

「ねぇねぇ、おねえさん」

その声に振り返れば、2人の子供が麻衣とを見上げて立っている。

それに思わず目を見開いた麻衣は、隣で同じように驚いた様子を見せると目を合わせつつ、慌てて襖を閉める。―――こんな光景は、幼い子供に見せていいものではない。

「靖おじちゃんは、しんだ?」

しかし次の瞬間、幼い子供の口から飛び出した予想外の言葉に、2人はまたもや驚きに目を見開いた。

「・・・え?」

「ねぇ、しんだ?」

まっすぐな眼差しで、まっすぐ言葉をぶつけてくる2人の子供に、麻衣とは言葉を返す事が出来なかった。

まるでわくわくしているかのように、その顔に笑みすら浮かべる2人の子供は、こんな状況には似つかわしくない。―――それは、まるで・・・。

思わず背筋が凍りそうなそんな状況で、一言も言葉を返す事が出来ない麻衣とを認め、2人の子供は現状を察したのだろう。

「まだ、いきてるんだ」

「なぁんだ」

お互い顔を見合わせて、残念そうに呟く。

「ちょ・・・」

そうしてまるで逃げるように走り去る子供たちに思わず手を伸ばすも、反応の遅れた手は子供たちに届くはずもなく。

呆然と立ち尽くす麻衣との耳に、救急車のサイレンの音だけが響き渡った。

 

く声

 

「・・・兄が、1人でいると声が聞こえるんだそうです」

靖高を病院へ搬送し、そうして吉見家へと戻ってきた彰文は、強張った表情で自分を見つめるSPRの面々に向かってそう言った。

『家族を殺せ』と、そう声が聞こえるのだと靖高は言ったのだという。

眠ると家族を殺す夢を見るのだと・・・―――あまりにも続くので、人を刺す手ごたえを覚えてしまったとも。

「内容が内容なので、人に言えなかったんです。このままではいつか本当に僕たちを殺してしまうんじゃないかと・・・」

そんな恐怖を抱き、そんな事になる前に・・・と命を絶とうとしたのだという。

「発見が遅れたら1人目の被害者になるところだった。力が及ばずに申し訳ありません」

明らかに顔色が悪い彰文へ、滝川は深く頭を下げる。

あれだけの惨状であったが、幸いな事に靖高の命に別状はなかった。

それだけが救いである。―――もっとも、だからといってそれが言い訳にはならないが。

しかし彰文に責める気持ちがあるわけではないらしい。

困ったように首を横に振って、そうしてチラリと堅く閉じられた襖へと視線を向けた。

「いいえ、そちらも僕らのせいで渋谷さんが大変なのですから」

彰文の言葉に、もまた襖へと視線を向ける。

未だ状態の変わらないナル。

けれど、は知っている。

この状態を招いたのは、彰文のせいではない。

ナルのせいでも、ましてや他の人のせいでも・・・。

この事態を招いた、本当の原因は・・・。

そこまで考えて、はギュッと目を閉じた。―――今は、後悔などしている暇などないのだ。

そうなんとか気合を入れるを他所に、同じく襖へと視線をやった滝川はゆっくりと立ち上がり、閉じられていたそれを細く開く。

そしてそこから僅かに見えるナルの姿を目に映しつつ、滝川は僅かにリンを振り返った。

「リン。ナル坊の周りに式を残してあるな?」

「ええ」

「ナルに霊が近寄ったら、あんたに解るか?」

「解ります」

簡潔に、そして明瞭に返ってくる答えに滝川はひとつ頷いて。

「じゃあ、反対は?ナルから霊が出て行ったら解るか?」

そんな滝川の問い掛けに、初めてリンは口を噤んだ。

答えられないわけでは、勿論ない。

滝川の言葉に隠されたひとつの事実に、思わず目を瞠った。

「もちろん解ります。第一、禁術を掛けてある以上、霊が出て行く事はありえません」

「・・・と、いう事はだ」

リンの言葉にひとつの答えに行き着いた滝川は、僅かに目を細めて言葉を続けた。

「この家に憑いてる霊は1つじゃないって事だ」

滝川の口から告げられた現実に、は大きく目を見開く。

そうして、滝川の言わんとしている事を理解した。―――先ほどの、リンへの問い掛けの意味も。

「ちょ、ちょっと!じゃあ、なに?靖高さんは憑依されてるってわけ?」

「他に考えられんだろうが」

思わず声を上げた綾子に、滝川はあっさりとそう言い放つ。

確かに、あんな行動に出るほど追い詰められていた靖高の状態が普通だったとは思えない。

それ以前に、彼は言っていたではないか。―――『家族を殺せ』という声が聞こえると。

眠ると、家族を殺す夢を見ると。

そこには、きっと何かがあるはずだ。

その事実に表情を強張らせる綾子を認めて、滝川はキッパリと言い放った。

「家族全員に注意が必要だ。霊が一体じゃないって事は、三体やそれ以上である可能性もあるからな」

出来れば考えたくない事ではあるが。

しかし最低でも、ナルの中に居る霊と靖高に憑依した霊の二体がいる事は間違いない。

「ジョン、さっき葉月ちゃんの様子を見てどうだった?」

「あ、はい。僕にはわからへんかったのですけど、原さんが・・・これは悪質な憑き物の可能性があると言わはったので、一応簡単な除霊をして部屋を封じておきました」

「手ごたえは?」

「・・・わかりませんです」

申し訳なさそうな面持ちでそう答えるジョンに、滝川はそうかと返事を返す。

そうして次は、その視線を真砂子へと向けて。

「真砂子。その霊はどういうやつだか解るか?」

滝川からの問い掛けに、真砂子は僅かに視線を伏せる。

そうして考え込むように一瞬黙り込んで・・・―――そうして迷いながらも口を開いた。

「・・・解りませんわ。ただ・・・ナルに憑いているあの霊と同じ感じがします。強いて言えば空洞ですかしら。恨みもなければ、怨念も感じられませんの」

真砂子の言葉を黙って聞いていたは、それに同意するようにコクリと頷く。

「そうか・・・。麻衣は?」

そんな真砂子の心もとない言葉にひとつ頷いた滝川は、その矛先を麻衣へと向けた。

「え、あたし!?」

「なんか感じないか?なんでもいい、夢に出てきた事で引っかかる事とか・・・」

滝川の問い掛けに、麻衣は慌てて記憶を辿る。

ナルに導かれて見た夢の内容。

自分とナルが、村人に追われて逃げる様子。

そうして囲まれてしまった自分が残した、強い恨みを持つ言葉。

『かならず末世まで呪ってやる』

その言葉を思い出した麻衣は、チラリと真砂子を見やり、戸惑いながらも口を開いた。

「真砂子の意見とは対立しちゃうんだけど・・・恨みをのんで死んだ人がいると思うの。酷い裏切られ方をした人なんだと思う。敵に包囲されて殺されちゃって。多分この辺りで死んだ人で・・・少なくとも土地に関係あるんじゃないかな?」

麻衣の言葉に、は思わず目を見開く。

自分が見た夢と似たような内容の夢を、麻衣も見ていたのだ。

村人に追われて逃げる恋人たち。

村人に包囲され、恨みの言葉を残して死んでいっただろう者たちの夢を。

しかしそんな思いは、真砂子の不機嫌そうな声に遮られた。

「そんな霊でしたら、あたくしにも解るはずですわ」

「や、単なる夢かもしんないしさ」

「夢ですわ」

困ったように笑みを浮かべていた麻衣は、しかしすぐさま返ってきた真砂子のキッパリとした言葉にムッと眉を顰める。

確かに単なる夢かもしれないが、そこまではっきりと否定しなくてもいいのではないか。

そんな可能性もあるのだ。―――だというのに・・・。

思わずジッと睨み合う麻衣と真砂子に、話を聞いていた滝川は小さくため息を吐き出して。

この2人は・・・という文句をなんとか飲み込むと、今度は視線をへと向けた。

、お前は?」

「え、私?」

突然話を振られたは、思わず目を丸くして滝川を見返す。

自分に話が振られるとは思っていなかった。―――何故と言われれば、答えようもないが。

「恨みを抱いた霊などいませんわよね、さん!」

「そんな事ないよね、!」

しかしそんな滝川の問いを遮るように、真砂子と麻衣が食いつくようにへと振り返った。

それに思わず頬を引きつらせて・・・―――それでもは戸惑ったように視線を泳がせながら口を開く。

「う〜ん。真砂子の言う通り、ナルの中にいる霊も含めて何も感じられない。恨みも、怨念も」

の言葉に、真砂子は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

そして対照的に悔しそうな表情を浮かべる麻衣とを交互に見つめて、はひとつため息を吐き出した。

「でも、酷い恨みを抱いて死んだ人がいるとも思う。なんていうか、こう・・・そりゃもう限りなく恨みを抱いた人が」

あの夢の内容を思い出し、は言葉に力を込めてそう告げた。

あれほど強い恨みの声を、は知らない。

まぁ、似たようなものなら何度も聞いた事はあるけれど。

さん!」

のそんな説明に、真砂子が抗議の声を上げた。

何を言っているのかと無言で問いかける真砂子を見返し、は軽く肩を竦めて見せる。

「だって、しょうがないじゃない。そう感じるんだもん」

「ですが、さんの言っている事は支離滅裂ですわ」

「・・・そうなんだよねぇ」

そうなのだ。

これまでが口を噤んできたのは、それが理由でもある。

そこに存在している事は確かに感じ取れるのに、それがどういう霊なのかまったく解らない。

たとえば、透明な箱を見ているような感じだ。

そこに箱が存在している事は解るが、その箱の中には何もない。

だからきっと、そこには何の感情もないのだとそう思っていた。―――思って、いたのだけれど。

けれど、は夢を見た。

あの夢のどこまでが真実で、どこからが真実ではないのかは分からない。

もしくは、そのすべてが事実ではないかも。

それでもそんな夢を見てしまった以上、考慮しないわけにもいかない。―――事実ではないという確証があるわけでもないのだから。

まったく感情の感じられない気配と、それと相反する強い恨みの感情。

そんな事は初めてだった。―――それが何を意味するのかは、解らないけれど。

だからこそ、意見を求められても説明できなかったのだ。

どういう事なのか、自身にも解らなかった。

それでもどこか、なんとなく引っかかる部分もないわけではないけれど。

それが何なのか思い出せない以上、適当な事を言うわけにもいかない。―――むしろ説明できないといった方が正確だった。

そんなを見つめて、滝川は小さく息を吐く。

どうやらこれ以上は聞いても答えは返ってこないようだ。―――そう判断した滝川は、へと向けていた視線を彰文へと向けて。

「どうです?なんか心当たりは?」

「いえ・・・そういう話を聞いた事はありません」

けれど彰文からの返事も望ましいものではなく、滝川は考え込むように口元へ手を当てた。

「そうですか・・・。そういえば、吉見家がここに移ってきたのはいつ頃だか解りましたか?」

「それが、祖母にもあれ以上の事は解らないそうで・・・。すみません」

こちらの方も、手がかりらしい手がかりはないようだ。

申し訳なさそうな表情を浮かべる彰文に何か言えるはずもなく、滝川は困ったように頭を掻いて。

決定的に、情報が足りない。

この家に何があったのか。

どうして代替わりの際に変事が起こるのか。

そこには、理由があるはずだというのに・・・―――なのに、それが一向に見えてこない。

そしてそれを調べようにも、今自分たちがこの家を離れるわけにもいかない。

霊の動きは少しづつ活発になってきている。

今のところ幸いにも死亡者はいないが、もしかすると靖高が第一の被害者になっていた可能性は非常に高いのだ。

今は、身を守る事を第一に考えなければならない。

そう結論付けた滝川は、小さくため息を吐き出しつつジョンへと視線を向けた。―――なんとも消極的だとは思うけれど。

「ジョン、病院に行って靖高さんの除霊をしてみてくれ。ついでに商売っ気を出して少し話をしてくるんだな。―――2度と馬鹿な真似をしないように」

「はい、やってみます」

滝川の言葉に、ジョンは苦笑いを浮かべながらも素直に頷く。

商売っ気って・・・と思わず内心で呟きながら、は改めて滝川を見る。

こうなってしまっては、滝川の身体的な負担も大きいだろう。

すべて彼に頼ってしまっている事を心苦しく思うが、だからといって今は他に適任者はいない。―――滝川には、頑張ってもらわなければ。

いつか恩返しするからね、と心の中でそう告げると同時に、滝川は今度は綾子へと視線を向けた。

「綾子は護符だ。家族と俺たちの人数分」

「おっけ」

滝川の指示に、綾子はすぐさま行動に入る。

それを見届けつつ、滝川は他の面々に向かい口を開いた。

「俺はちょっと出てくる。―――、お前も一緒に来るか?」

「え、私?」

突然声を掛けられたは、思わず目を丸くして首を傾げる。

一緒に行くのはいいが、一体どこへ?

そんな疑問が表情に出ていたのか、滝川はコクリと一つ頷いて。

「彰文さん。悪いが、菩提寺に案内してもらえますか?」

掛けられた声に、彰文もまた返事を返し立ち上がった。

 

 

そうして向かった菩提寺は、古いながらも立派な寺だった。

「・・・ここが菩提寺」

菩提寺へ、一体何をしに行くのか。

それは間違いなく今回の事件の調査には違いないだろうが、だからといってどうして自分が伴われているのか、ここに来ても尚には解らなかった。

元々は高野山のぼーさんであった滝川ならまだしも、自分が行って役に立つとは思えない。―――まぁ、自慢できる事ではないけれど。

それでもがその疑問を口にしなかったのは、別に一緒に行く事に異論があるわけでもなかったから。

そしてまた、滝川がわざわざ誘うのだから何かあるのかもしれないと思ったからだ。

そんなの疑問を感じ取ったのか、同じように寺を眺めていた滝川は首だけで微かに振り返って。

「じゃ、俺はちょっと調べ物してくるから。お前はちょっと待ってろ。―――暇ならここら辺を散策しててもいいぞ」

「あ、そう?じゃ、お言葉に甘えて・・・って、おい!」

「な、なんだよ」

滝川の申し出に思わぬ休息が得られると考えたは思わず笑顔を浮かべたが、しかしその言葉の意味を理解し思わず声を上げる。

それに対し、驚いたような表情を浮かべる滝川をジロリと睨みつけて、は呆れたようにため息を吐き出した。

「それじゃ、何の為に私を連れてきたの」

「何の為って・・・」

思わず口ごもる滝川を見上げて、は訝しげに眉を寄せる。

そうして、一体なんなのだと言葉を続けようとしたその時、滝川はの視線から逃れるように彰文へと視線を向けて。

「彰文さん。時間がない、案内してもらえますか?」

「え、あ、はい」

突然話を振られて慌てつつも、彰文は素直に滝川の求めに応じた。―――勿論、と滝川を交互に見て困惑した面持ちをしていたけれど。

「あ、ちょっと!」

そうしてすぐさま彰文を伴って寺の中へと消えていく滝川の背中に声を掛けるけれど、当の本人は振り返りもせずに足早に去って行く。

後を追おうかとも思ったが、そこまでするのもなんとなく馬鹿らしくなり、は1度大きくため息を吐き出してから、近くにあった岩に腰掛けた。

「ほんと、なんなのよ。連れてきたかと思えば放置ですか。こんな寂しい場所に置き去りですか」

ブツブツと文句を言いながらチラリと寺へと視線を向けるも、先ほど中に入って行ったばかりの滝川が戻ってくる気配はない。

それに盛大に眉を顰めつつ、は本日何度目かのため息を吐き出しつつ空を見上げて。

「こんなんだったら、残って麻衣たちの手伝いしてた方がよっぽど効率がいいよ。靖高さんの他にも憑依されてる人がいるかもしれないのに・・・」

そこまで呟き、はハッと我に返った。

そう、吉見家には靖高の他にも憑依されている人物がいる可能性があるのだ。

まずは、栄次郎。

そして栄次郎に憑いていた霊は、今はナルの中にいる。

次に、靖高。

けれど靖高に霊が憑依されていたと思われる期間、ナルに憑依していた霊が動いた気配はない。

滝川の推測では、おそらく霊は数体いるとの事だ。

一体どれだけの数の霊が、吉見家にいるのかは解らないけれど。

「・・・もしかして、ぼーさん気遣ってくれたのかな?」

いつもいつも、調査の度に体調を崩す自分を。

そう考えれば、滝川1人で出来る調べ物にわざわざを伴い、そしてこの場に残して行った理由もおぼろげに解る。

つまりは、霊がたくさんいるだろう吉見家から一時的に離れ、その心配がないだろう場所でゆっくり休めという事なのだろう。

今回は今までのように体調を崩す事はなかったので、自身もあまり意識していなかったけれど・・・―――それでも毎回のの様子を見ていれば、心配になるのも当然の事だ。

「今回は大丈夫だって言ったのに」

確かに奇妙な違和感はずっとあるが、特に気分が悪くなるような事はなかったのに。

前回の浦戸の調査の時と違って夜もしっかりと眠れるし、食欲だってある。

倒れる心配なんて、今のところは全然ないというのに・・・。

それでも向けられる気遣いに気付いてしまえば、これ以上怒る気には到底なれない。

そしてその予想は、おそらく外れてはいないのだろう。―――そうでなければ、滝川はしっかりと理由を説明していくはずだ。

「・・・相変わらず心配性というか、面倒見がいいというか」

呆れ半分に呟きながら、それでもは困ったように小さく笑みを浮かべる。

人に心配してもらうという事が心地良い事なのだと、SPRと関わるようになって初めて知ったような気がした。

昔の自分なら、きっと余計なお世話だと思っただろう。

けれど今はそれが何よりも嬉しく思えるのだから不思議なものだ。

「そうだよね。これ以上、余計な心配かけちゃダメだよね」

ナルが憑依された原因が自分にあると考え、それ故に焦っていただろう自分はさぞ心配をかけた事だろう。

そう、焦ってもどうしようもないのだ。

もっと落ち着いて、冷静になって考えなければ答えなんてきっと見つからない。

そう考えたは、今度は自身を落ち着かせるべく目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。

焦りは禁物。

きっと上手くいく。

吉見家の人たちも、ナルも、きっと全員が助かる。

そう自分自身に言い聞かせながら、は閉じていた目をゆっくりと開いた。

「・・・え?」

しかしその瞬間、視界に映った光景に思わず間の抜けた声を上げる。

「は?・・・え?」

見知らぬ場所。

一体いつの間に陽が沈んでしまったのか、辺りは闇に塗りつぶされている。

月の光さえもないその場の唯一の光源は、遠くの方でゆらゆらと揺れる松明の火だけ。

その微かな光に照らされて、古い鳥居が目に映った。

「・・・ここ」

この場所を、は知っている。

「これ以上は無理か。―――包囲されてる」

不意にその場に声が響き、は弾かれたように振り返る。

するとそこには、いつの間にか厳しい面持ちをしたナルが立っていた。

「これまで、か」

またもや聞き慣れた声に視界を巡らせれば、滝川もまた厳しい表情で鳥居の向こうを見つめている。―――ゆらゆらと揺れる、松明の火の方へと。

「アタシたち、どうなるの?」

「覚悟を決める事ですね」

不安そうな綾子の声と、いつもと変わらない冷静なリンの声。

それらを順番に見回していたの耳に、たくさんの足音が響く。

ゆっくりと視界を巡らせ立ち上がれば、そこには自分たちを囲む大勢の人の姿が。

みんな手には刃物を持ち、充血した眼差しでこちらを見つめている。

「・・・どうして、こんな」

どうしてこんな事になってしまったのだろう。

なぜ、私たちだけが。

悪いのは私たちだけなのか?―――否、そうではないはずだ。

そう、こうなってしまったのはすべて・・・。

「・・・裏切り者」

の口から、ポツリと言葉が零れ落ちる。

やりきれない想い。

湧き出してくる憎しみ。

そのすべてを瞳に宿し、は自分たちを包囲する者たちを睨みつける。

「・・・末世まで」

刀を持った男が歩み出る。

そうして空高く振り上げられた刀は、まっすぐへ向けて振り下ろされた。

「呪ってやる」

そう、必ず。

己の行為を心の底から後悔するまで。

「必ず、末世まで呪ってやる」

これ以上ないほど苦しむくらいに。

 

 

「おい、!!」

自分の名を呼ぶ声と肩を掴む強い力に、はハッと我に返った。

思わず声がした方へと視線を向けると、焦った様子の滝川が自分を見つめている。

しかしその直後、目が合った滝川は驚いたように目を見開き、それと同時にの肩を掴んでいた手に更に力がこもった。

「・・・ぼーさん、痛い」

「え?・・・ああ、悪い」

それに僅かに眉を顰めながらそう告げると、滝川は慌てての肩から手をどける。

けれどどこか複雑な・・・―――困ったような眼差しを向けて。

「お前、なんちゅー目してんだよ」

滝川から向けられた唐突な言葉に、は思わず目を丸くして首を傾げる。

「は?どんな目だって?」

「口では言えない」

「なにそれ。口で言えない目ってどんな目?」

流石に滝川とて口には出せない。―――まるで人を殺せそうなほど殺意のこもった眼差しをしていた、など。

そんな眼差しを向けられたという事を、口に出したくないだけなのかもしれないが。

「ま、それはともかくとして」

「あ、誤魔化した」

「なんかあったのか?」

強引に話を変えようとした滝川に思わず突っ込んだは、しかし向けられた言葉に僅かに目を見開いた。

それを見逃す滝川ではない。―――僅かな動揺を見せたと視線を合わせるようにしゃがみこんだ滝川は、もう1度噛み締めるように口を開いた。

「なにか、あったんだな?」

その有無を言わさぬ声色に、は思わず身体を強張らせる。

「・・・夢を、見たの」

「夢?どんな夢だ?」

真剣な眼差しで自分を見つめる滝川から視線を逸らし、はユルユルと首を振った。

どんな夢かと問われれば、答えようもない。

あれが何を意味するのか、には解らないのだ。

ただ解っている事といえば、あの場にいた者たちの強い憎しみと。

2度に亘って見た夢の光景。

それは今回の事件と何か関係があるのだろうか。

「・・・よく、解らないの」

もう一度小さく呟いて、重いため息を吐き出す。

それを認めた滝川はこれ以上聞き出すのは難しいと判断したのか、小さく息を吐き出しつつ立ち上がると軽くの頭を叩く。

それに引かれるように顔を上げたは、申し訳なさそうな面持ちの滝川を認めて小さく首を傾げた。

「・・・どうしたの、ぼーさん」

「いや、悪かったな。俺が誘っちまったせいで、余計に体調悪くさせちまって」

「そんなの・・・」

ぼーさんのせいじゃないのに。

そう告げようとして、けれどは口を噤んだ。

きっとそれを告げたとしても、滝川の気は晴れないだろう。

勿論今回の事は全面的に滝川に非はないのだけれど・・・―――きっとそう言ったとしても、滝川は申し訳なさそうに苦笑を浮かべるのだろうから。

その光景がやけにリアルに想像できて、は思わず笑みを零した。

そんなの様子を見て、不思議そうに眉を寄せる滝川を見上げて。

「ありがとう、ぼーさん」

「・・・あ?」

「心配してくれて」

それだけを告げれば、滝川はバツが悪そうに視線を逸らす。

それに更に笑みを零せば、不機嫌そうな面持ちでペシリと頭を叩かれる。―――それこそ、照れ隠しだと解っていたけれど。

「いつまで笑ってんじゃい」

「だって、ぼーさんわかりやすい」

「うっさい。ほら、さっさと帰って休め!」

追い立てられるように腕を引かれて立ち上がれば、滝川の後ろで彰文が微笑ましいと言わんばかりに笑みを浮かべている。

それに居心地が悪いような気がしつつも、もまた困ったような笑みを返して。

「それよりもぼーさん。なんか解った?」

「聞くな」

背中を押されるように歩き出したが背後の滝川へと問いかければ、キッパリとした言葉が返ってくる。

それに思ったような収穫はなかったのだと察したは、小さく噴出した。

「・・・ご苦労様」

「だから笑うなって」

背中から追いかけてくる滝川の不機嫌そうな声に、咎めの言葉など気にする事無くは声を立てて笑う。

先ほどまで心を支配していた負の感情は、いつの間にか温かい何かによって掻き消されていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最近、どうにもオチが上手く行きません。(今に始まった事じゃない)

とりあえず、進展したようなしていないような微妙な感じで。

本当はもうちょっと主人公を活躍させてあげたいんですけどね。

物語上、なかなか簡単にはいきません。

う〜ん、設定だけはすごい人なのにな、主人公。(笑)

作成日 2009.2.1

更新日 2010.7.18

 

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