「・・・あの、あなたがたは?」

陽子の口から零れた戸惑いの言葉に、全員が思わず目を丸くする。

どうやら彼女は現状を理解できていないようだった。―――いや、もしかすると現状どころかその全てが理解できていないのかも。

慌てて駆け寄った彰文が現状も含めてこれまでの事を説明するのを呆然と眺めながら、は気付かれないようこっそりとため息をひとつ。

「・・・これは思ってた以上に厄介かも」

ポツリと漏れた言葉を拾った麻衣が、同意したのか困ったようにへと視線を向けた。

 

物言わぬ失踪者

 

「・・・まさかあたしたちが来たところから覚えてないなんてね」

夕食を取りながら、麻衣はしみじみとそう呟く。

それに同じく夕食を取っていた綾子とは、落としていた視線をチラリと上げて。

「・・・陽子さん?」

「そうねぇ。若ダンナが事情を説明してる間中、ポカンとしてたもんねぇ」

その時の事を思い出し、綾子とは揃って小さくため息を吐き出した。

まさか最初からずっと、霊が憑いていたなんて。

という事は、自分たちが接してきた陽子は霊が操っていたのだ。―――それに気付けなかった事が悔やまれる。

もっと早く気付いていればと思うけれど、あの時点までの間に陽子に不審な点はなかった。

敵ながら天晴れ、とでもいうところだろう。―――などと言い訳半分、が現実逃避する中で、ご飯を口に運んだ麻衣がそういえば・・・と口を開いた。

「ね、綾子。あの七縛って何?それに陽子さんに向かって九字切ってたけどいいの?」

九字を人に向けて切ってはいけない。

それは麻衣が散々滝川に言い聞かせられた事である。

現に麻衣が克己に向けて九字を切った時、子供たちの背中にはやけどの跡があった。

しかし今回の陽子の場合はそんなやけどもないようだったし、何より滝川が何も言わないのだ。―――それが何故なのか、麻衣には解らない。

そんな麻衣の問いに、綾子は湯飲みへと手を伸ばすと気のない様子でひとつ頷いた。

「あれは不動金縛りってやつ。ちょっと人を無気力にして、身動きしにくくするのよ。九字はそもそも護身九字って言って、身を守るためのもんなのよね」

「えーっ、そうなんだ!」

綾子の説明に、麻衣は驚きそのままを表情に浮かべて声を上げた。

九字は霊を撃退する為のものだと思ってた。と心の中で呟きながら、続く説明に真剣に耳を傾ける。

「あれってつまり、祈祷や修行をする時に悪霊なんかに邪魔されないようにするもんなの。それを最後に刀印で中央を払って気合をかけると、一種の攻撃にも使えるというわけ。気合をかけてる時に気力を発射してるのよね」

こういう説明を聞いていると、普段とは違い綾子がちゃんとした巫女に見えて、麻衣はなるほどと頷く。

同じく説明を聞いていたは、自分でご飯のおかわりをお茶碗によそいながら、我関せずとばかりに焼き魚へ手を伸ばす。

そんなを他所に、麻衣は更に食いつく勢いで綾子へ問いを投げ掛けた。

「じゃあ、除霊とかって気力を操って何かしてるって事なの?」

「そ。呪文や道具を使うのは気力を効率よく高める為ってわけ。なきゃ出来ないってもんでもないのよ」

要するに気分の問題ってわけよね、それって。

お味噌汁をすすりながら、は気のない様子で小さく呟く。

それを聞きつけたのか、麻衣は少しだけ呆れたように顔を顰めて。

「んじゃ、それって意味なくない?」

「っていうか、たとえば真言を間違えて覚えてても、だからどうこうって問題じゃない。―――と、アタシなんかは思ってるけど?」

ほら、気功ってあるじゃない。と言葉を付け加えた綾子に、麻衣は不思議そうに首を傾げる。

「手を翳したりして病気を治したり、離れた人を倒したりするアレ?」

「あれなんかは気を操る功夫なのよ。アタシは儀式を取っ払った気功かしらと思ってるんだけど」

延々と続く講義に、はうんざりしたように白いご飯を口の中に放り込む。

ご飯くらい穏やかな気持ちで食べさせてよと言いたいが、どうにもそんな雰囲気でもない。

なんだったら真砂子と一緒に後でご飯にすればよかったと心の隅でこっそり思うが、空腹を訴えるお腹が我慢してくれなかったのだから仕方がない。

せめてお腹いっぱいの満足感は堪能しようと、がおひたしに手を伸ばしたその時だった。

「それって、PKとは違うの?」

ポツリと落ちた麻衣の疑問に、は伸ばしかけた箸を止める。

「あ、そうよね。病気の人を治すなんてPK−LTだし、遠くの人を倒すのはPK−STか。じゃあ、やっぱりPKって気力なんだ」

なるほどと納得したように頷く綾子を尻目に、麻衣が自分のお皿から野菜を避け、それをのお皿に放り込む。

好き嫌いしてると育たないよ〜と気もそぞろに呟きながらそれを食べつつ、はこっそりと更に話を発展させる麻衣と綾子を見やった。

「よく解ってないわけ?」

「解ってる事の方が少ないの。アタシも気功法は詳しくないし・・・」

綾子はまるっきり他人事のように呟く。―――いや、まさしく他人事なのだけれど。

「達人って言われる人はほんとに凄いらしいけどねぇ。さわりもしないで岩は砕くし鉄は曲げるしガンは治すし。人操ったりも出来るらしいし。―――それこそ除霊したりもね」

岩を砕いて鉄を曲げる、ねぇ。

かつて見た光景にそんなのがあったなぁと遠い目をしながらお茶に手を伸ばしたは、事ある毎に脳裏に甦る声に頬を引きつらせる。

『この事は、絶対に誰にも話さないでください』

出逢って少し経った頃、リンから告げられた言葉。

言われなくとも、人が隠している事をペラペラと喋る趣味はなかったし、またそんな自分の得にもならないような事はする気もなかったが。

しかしまさか、それがここまで尾を引くとは。

誰にも言えない秘密を抱えているというのは、意外と精神に悪いものである。―――まぁ、それもにとっては今更なのだが。

「へ〜、案外リンさんとか出来たりしてね」

「あー、なんかできそーよね。出来るけどやんねー、みたいな」

口を開けば余計な事を口走ってしまいそうで、だからこそ黙々と食事を続けるを他所に、麻衣と綾子は冗談交じりにそう言って笑う。

しかしその言葉に思うところがあったのか、一瞬ピタリと動きを止めて視線を交わした2人は、次の瞬間身を乗り出す勢いで声を上げた。

「ナル!!」

バン、と勢いよくテーブルが鳴り、その拍子にガチャンとお皿が抗議の声を上げる。

それさえも気にならないらしく、2人は興奮したように顔を見合わせた。

「ナルが気功の達人ってのもアリだよね。そしたら縛っても意味ないし!」

「閉じ込めたってダメよね・・・。そりゃ、危険だわ。眠らせとくしかないわけよね」

納得したように頷き合いながら、麻衣はふと数日前の出来事を思い出していた。

食事の時、精進潔斎を心がけているというリンと同じメニューを頼んだナル。

あれはナルもまた精進潔斎を心がけているという事なのではないだろうか。―――そう疑問を口にした麻衣に、綾子がありえるわねと相槌を打つ。

それに漸く確信を得たような気がして、麻衣は小さく息を吐いた。

「そうか・・・、ナルって気功法を」

ポツリと小さく呟いて、しかしふとある事を思い出し、麻衣は突然大声を上げた。

それに思わずひっくり返りそうになった綾子と、口元へ運んでいた味噌汁を思わず噴出しそうになったは、揃って非難の目を麻衣へと向ける。

「麻衣〜・・・」

「な、何よ急に!!」

しかし2人のそんな非難などさらりと無視して、麻衣は更に声を上げた。

「あたしとナルがマンホールの穴に落ちた事があったじゃない!ほら、タカの学校の調査の時!!」

「・・・スプーン曲げ事件の?」

「そう!」

ちょっと引き気味の綾子の問いに、麻衣は力いっぱい頷く。

それを横目に、は「ああ、あの調査か・・・」とどこか遠い目をしながらため息をひとつ。

あの調査の時は、本当に酷い目にあった。

廊下で悪霊に襲われるは、車という密室で悪霊と急接近する羽目になるは、果てには倉庫に閉じ込められて悪霊と二人っきりという嬉しくない展開まで。

あの調査を思い出すと、としても複雑な心境になる。―――真剣な眼差しで自分へ問いを投げ掛けてきた滝川をあしらったのも、今でも苦い思い出として残っている。

思えば、自分が陰陽師見習いだとバレたのもあの時だ。

あのおかげで、後の安原の学校での調査で自分はかなり無理を強いられたのだ。―――まぁ、結果的には上手くいったのでよかったといえばよかったが。

それにしたって、がどれほどの腕を持っているのかも知らないというのにナルも無茶したなぁ、と他人事のように思いながら。

そんな過去の出来事に思考を飛ばしながら、それでも黙々とご飯を口に運ぶをスルーして、麻衣は自分の話を聞く体勢になっている綾子へと視線を向けた。

「あの時ね、穴の中って落ちた瓦礫でいっぱいだったんだよ。なのに『たまたま』落ちた場所に何もなかったの」

あの時は心からラッキーだったと思った。―――思ったのだけれど・・・。

「それで大した怪我もしないで済んだんだけど、なんか変だと思ったんだ」

「なんで?」

別に変に思う事もないのではないかと、綾子は訝しげに首を傾げる。

そんな綾子をまっすぐ見返して、麻衣は殊更真剣な面持ちで口を開いた。

「だって、壊れたはしごや瓦礫もあたしたちと一緒に落ちたんだよ?なら、どっちも同じような場所に落ちるんじゃないの?」

「・・・そっか。瓦礫がゴロゴロしてる場所に落ちて当然よね」

確かにそう考えれば、奇妙な違和感が湧いてくる。

「でしょ?それがなかったって事は・・・」

「誰かが砕くかのけるかした・・・」

辿り着いた結論に、麻衣と綾子は瞳を輝かせる。

そんな2人を眺めながら煮物に手を伸ばしたは、気付かれないようこっそりと息を吐く。

なんでもないところから紆余曲折を経て真相に近づく。

そういった事柄がないとは言わないが、こうも顕著に目の当たりにしたのは初めてだ。

これも噂好きの女の成せる技なのか、それともこの2人の洞察力が並外れて高いのか。

どちらにしたって、検証の対象になっているナルにとっては嬉しい事ではないだろうが。

まるっきり他人事のようにが心の中で感想を漏らしたその時、しかし瞳を輝かせていた麻衣が違和感を感じたように眉を寄せた。

「・・・ん?でも気功法使えるなら、あのキツネみたいなのが飛び掛ってきた時、なんで撃退しなかったの?」

不意に零れた麻衣の疑問に、の箸がピタリと止まる。

それに気付く様子もなく、麻衣は更に疑問を口にした。

「そういえば・・・なんでリンさん、あの時に止めたんだろ?」

「そうねぇ。気功法でも使っちゃいけない理由でもあるのかしら?」

気功法を使ってはいけない理由。

綾子の言葉を心の中で反芻しながら、は僅かに表情を歪ませた。

こんな風に自分が責任を感じていてもナルが目覚めるわけではなく、ただ悪戯に滝川たちへ心配をかけるだけだと解っていても、やはり後ろめたさは簡単に消えたりはしない。

確かに自分は霊媒だが、霊を退ける力も持っている。

真砂子とは違い、そこの辺りを割り切る事がには出来る。―――まぁ、辛くないかと言われれば頷けないが。

それでもその力を持っているというのに、けれど一番重要なところでそれを活用できない自分が悔しかった。

あの時、キツネのような霊の存在に感じた違和感。

それを見極める為に咄嗟の行動が遅れたというのに、その違和感の正体さえも掴めていないのだからどうしようもない。

「・・・はぁ」

人知れず小さくため息を吐いて、は憂鬱な気分を振り払うようにお茶碗に手を伸ばす。

そうしてほかほかに炊き上げられた白いご飯を茶碗によそい、立ちのぼる湯気を見つめてグッと目元に力を込めた。

いつまでも落ち込んでいても仕方がない。

今の自分は、自分にやれる事を全力でやるだけだ。

改めてそう決意を固め、は白いご飯に箸を伸ばす。

そんな食欲旺盛なを横目に見やり、綾子はげんなりとした表情を浮かべて。

「・・・あんた、一体どれだけ食べるつもりなの?」

これまでをスルーして話をしていた綾子が、疲れたようにお茶をすすりながら呆れたように呟いた。

 

 

「奈央さんがいない・・・?」

ベースに顔を出した彰文の言葉に、全員が驚き目を見張った。

その言葉には無意識に時計へと視線を向ける。―――もう既に日付を跨ごうかという時間だ。

そういえば綾子が護符を配っている時にはいなかったと言っていた。

てっきり買い物にでも出かけたのかと思っていたが、流石に時間が経ちすぎている。―――そもそも、買い物に出ただけならばこんな夜中になっても帰って来ないはずもないだろう。

家にいるのが怖くてどこか友達のところにでも泊めてもらっているのだろうか?

しかしそれならば連絡くらいあってもいい筈。―――何よりも、家族を置いて自分だけが逃げるとも思えない。

同じ事を考えていたのか、彰文は見るからに顔を青ざめさせながらひとつ頷いた。

「ええ、外出したにしてもこんな時間まで連絡もないなんて事は今までなかったので・・・」

「お店の方にもいないんですか・・・?」

「いいえ・・・。部屋に財布やなんかが置きっぱなしだったので、そんなに遠出も出来ないと思うんですけど・・・」

確かにどこかに出かけるのに財布を置いていくなど考えられない。

その事実に、全員の脳裏に嫌な予感が走った。

彰文も同じなのだろう。―――だからこそ、こんなにも不安そうな顔をしているのだ。

「捜すの手伝います。―――リン、ここ頼んでいいか?」

「ボクも行きます」

「あ、私も・・・!」

緊急事態に立ち上がった滝川に続き、ジョンもまた名乗りを上げる。

それを認めたも一緒に立ち上がるが、それは無言のリンに腕を捕まれるという行為に阻まれた。

「ちょ、リンさん・・・!」

抗議の声を上げるも、リンは無言で首をゆるりと横に振る。

掴まれた手にはそれほど力は加えられていないが、振り払う事の出来ない何かがある。

「・・・解ったわよ」

捜しに行くといった滝川にも視線でダメ出しされ、は諦めたように小さく呟いた。

 

 

滝川とジョンがいなくなったベースは、緊張と静寂に満ちていた。

リンは相変わらずモニターから視線を逸らさず、綾子と麻衣は窓際にあるソファーに座って身動きひとつしないし、テーブルの傍に正座をした真砂子もじっと自分の握り締めた手を見つめたまま。

部屋の隅に座って壁に背中を預けていたは、そんな全員の様子をぼんやりと眺めながら、喉に詰まったような息を小さく吐き出した。

「・・・今、何時?」

「ん、1時ちょっとすぎ」

麻衣の問い掛けに、時計を見た綾子が短く答える。

あれからもう1時間が経ったのだ。―――もっともっと長い時間こうしているような気がして、はもう1度息を漏らす。

こうしてジッとしているのは苦手だ。

出来る事なら、自分も奈央を捜して回りたい。

不安な時は、少しでも動いていれば気が紛れるというのに・・・。

けれどリンや滝川が自分の行動を制する理由も解っていた。

きっと、自分の身を心配してくれているのだろう。

それが解っているからこそ、は強気に出られないのだ。―――まぁ、それでも自分の我を通す事もあるけれど。

「やっぱり、あたしたちも捜しに行った方がよくない?」

「足手まといになるのがオチですわよ」

麻衣もと同じ心境なのかそう口を開くけれど、それは静かな真砂子の声によって一蹴される。

それでも落ち着かず、でも・・・!と麻衣が声を上げたその時だった。

ガラリと襖が開き、弾かれたように視線を向ければそこには奈央を捜しに行った滝川・ジョン・彰文の姿がある。

「おかえり。どうだった?」

無事だった3人の姿に知らず知らずホッと安堵の息を吐き出し、期待を込めて視線を向けるも、返ってきたのは期待には程遠い言葉だった。

「・・・ダメ。明日帰ってこなかったら捜索願を出すってさ」

「・・・そう」

捜索願を出せば、警察は動いてくれるだろうか?

何よりも、たとえ警察が動いてくれたとしても、それで奈央が見つかるのだろうか?

彼女が自分の意思でどこかへ出て行ったのなら構わない。

けれど財布も持たずにどこかへ行くなど普通は考えられないし、だとするならば奈央の失踪には彼女の意思は含まれてはいないのではないかとも思う。

せめて、無事でいてくれたら・・・―――重苦しい空気が漂うベースで、が心の中でひっそりとそう祈った時だった。

「滝川さん、これを」

今までずっと無言でモニターを見つめていたリンが、帰ってきたばかりの滝川へそう声をかける。

それにどうしたのかと訝しげな表情を浮かべながらリンに歩み寄った滝川は、促されるままにモニターの画面を覗き込む。

それは、入り江にある洞窟が映されているモニターだった。

わざわざケーブルを引いてカメラを設置した苦労は忘れられないが、そこに何があるのだろう?

そんな思いを胸にジッとモニターを覗き込む滝川の背中を見ていたは、少しづつその背中が強張っていくのを確かに感じた。

それと同時に屈めていた上体を起こし、常にはない鋭い眼差しでリンを見返した滝川は、緊張感を孕んだ声色で口を開く。

「リン、懐中電灯はあるか?」

「車に載せてあります」

「ジョン、来い!麻衣たちはここにいろ!」

いつもとは違う有無を言わせぬ声で指示を飛ばした滝川が身を翻すのを目に映しながら、は自然とモニターへ視線を移す。

「ちょっと、ぼーさん!」

「若ダンナはこの場を頼む!」

麻衣の抗議の声も無視し、彰文にそれだけを言い残すと、滝川はリンとジョンを連れてベースを飛び出していった。

「ぼーさん!!」

無駄だと解っていながらも麻衣は声を上げるが、やはり滝川たちの戻ってくる気配はしない。

一体どうしたのだろうかと疑問に思いつつ困ったように振り返った麻衣は、が今は無人となったモニターの前へ移動している事に気付き、訝しげに首を傾げた。

「どうしたんだろ?―――、なんか映ってる?」

ため息交じりの問い掛けに、けれどは何も答えない。

「・・・ちょっと、?」

それに眉を寄せた綾子がの傍により、同じようにモニターを覗き込む。

みんなして慌てて、一体何が映っているのかと目を凝らすが、特に目立つものは何もない。

「別に変わったものは映ってないと思うけど・・・」

「だよねぇ」

麻衣もまたモニターを見つめそう呟くと、綾子が訳が解らないとばかりに同意する。―――けれどは、それに頷く事が出来なかった。

「・・・あれ?」

しかし何かに気付いたのか、不意に麻衣が声を上げた。

「何かあった?」

「ここのところ、なんか引っかかってない?」

それにピクリと肩を揺らしたに気付く事無く、綾子は麻衣が指差すそこへ目を凝らす。

「どれ?」

「ほら、ここ。波に押されてゆらゆらしてるの・・・」

モニターの画像は荒く、辺りが暗い事も手伝って、その小さな『何か』がなんなのかよく解らない。

「なんです?」

それにつられて同じようにモニターを覗き込んだ彰文に気づき、は咄嗟に彰文を押しのけようと身体を動かした。

「あ、ぼーさんたちだ。やっぱりこれに気付いたんだよ」

けれど一歩遅く、モニターに駆けつけたらしい滝川たちの姿が映し出された。

滝川たちはその『何か』に駆け寄り、ジョンとリンの3人がかりでそれを引き上げる。

その光景を目を逸らす事も出来ずに見つめていたは、触れていた彰文の身体が徐々に強張っていくのに気付く。

そうしてその場にいた面々は、漸くそれが『何なのか』を察した。

「・・・え?―――まさか、人・・・?」

麻衣の言葉に弾かれたように立ち上がった彰文が、耐えるように唇を噛み締めながら駆け出した。

「彰文さん!!」

そうしてそのままベースを飛び出していった彰文を追いかけるべく、もまたベースを飛び出す。

今、彼を1人にするわけにはいかない。―――この家にはどれほど霊がいるか解らないのだ。

そうして彰文を追いかけそのまま外に飛び出したは、しかし彼の姿を見失い、焦れたように辺りを見回してから洞窟のある入り江目指して再び駆け出した。

間違いなく彰文はそこへ向かったのだろう。

そうして洞窟へと降りる階段の辺りへ向かったは、そこで立ち尽くす彰文を見つけてホッと安堵の息を吐き出した。

「・・・彰文さん」

声をかけるが、彰文は振り返らない。

ジッと崖の下へと視線を向けたままピクリとも動かない彼の隣に並び視線を辿ると、そこには『何か』を抱えてこちらへ向かってくる滝川たちの姿が見えた。

「・・・、お前なんでここに・・・」

の姿を認めた滝川が、咎めるようにそう呟いた。

しかし彼女の隣に彰文が立っているのに気付き、口を噤む。

そうして抱えてきた『何か』をそっと地面に横たえて言葉を捜し視線を泳がせる滝川たちも目に入らない様子で、立ち尽くしていた彰文は崩れるようにその場に膝を着いた。

白い布を掛けられたそれが何であるかなど、今目の前にしては疑いようもない。

それでも一縷の望みを込め震える手で白い布を捲った彰文は、息を飲みその目に絶望の色を映す。

「・・・姉さん」

震える彰文の声に、はじわりと目頭が熱くなるのを感じた。

けれどグッと唇を噛み締め、俯く事でそれに耐える。

今泣きたいのは彰文の方だ。―――自分までが一緒になって泣く訳にはいかない。

「・・・若ダンナ、すまん」

奈央を引き上げる時に波に打たれたのだろう。―――びしょぬれになった滝川の悔しさが滲んだ声に、彰文は耐えるように拳を握り締めながら首を横に振った。

「警察を呼んできます」

誰もが口を開くことの出来ない重く悲しい空気の中、リンはいつもの冷静な声色でそう告げ、警察へ連絡するべく母屋に向かう。

いつもと変わらない彼のそんな様子には漸く少しだけ平静を取り戻し、それに感謝しながら暗い暗い空を見上げ震える息を吐き出す。

どうしてこんな事になったのだろう。

こういう事態を防ぐ為に来たというのに、とうとう犠牲者が出てしまった。

栄次郎の時も、靖高の時も。―――そして子供たちや陽子の時も、危ないところで何とか凌いできたというのに。

否、それはたまたま運が良かっただけなのかもしれない。

いつだって、こうなってしまう危険性はあった。

それを防ぐ事が出来なかったのは、自分たちの力不足だったのだ。

「・・・もし、ナルがいたら」

もしナルがいたら、彼女は死なずに済んだのだろうか?

ならば、あの時自分はナルに庇われるべきではなかったのだ。

ナルではなく、自分が霊に憑かれていれば・・・―――そうであったなら、こんなにも厄介な事にはならなかった。

ナルも無事で、奈央も命を落とすこともなく。

自分だって、ジョンに簡単に霊を落としてもらえていたかもしれないというのに・・・。

「・・・

不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、は振り返った。

そこには警察に連絡を終えたらしいリンが、何か言いたげに立っている。

の考えている事が解るのだろうか?

そんな馬鹿な事を考えながら、それでもはなんでもないというように引き攣った笑みを浮かべ、リンの視線から逃れるべく座り込んだまま動かない彰文へと視線を向ける。

「・・・ごめんなさい、彰文さん」

誰にも聞こえないほど小さな声で呟いて、は強く拳を握り締める。

こんなにも霊能者としての自分の力不足を思い知らされたのは、生まれて初めてだった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

く、暗い・・・!

この展開的には当然なのですが、暗い雰囲気になればなるほど主人公の存在が薄くなっていくのが厳しいです。(余計な茶々入れられませんしね)

今回は主人公に頑張ってもらおうと思ってはいるのですが、今のところ目立った成果を上げられていません。

まぁ、これからですよね。これから!(笑)

作成日 2010.2.11

更新日 2010.12.5

 

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