「異人殺し。―――この場合の異人は『よそもの』みたいな意味でしょうね」

面白い話を聞いたと、唐突にそう話し出した安原の話は、妙に物騒な響きをしたものだった。

「昔は村というのは閉鎖社会だったわけです。村人みんなが親戚でご近所さん、みたいなね」

なるほど、とその話には頷けるところがあった。

実際に昔を生きていたわけではないが、よく耳にする昔の話にはそういったところがある。

今でも田舎の方ではそういうところもあるだろう。

住人がそれほど多くはない地域だと、そこに住んでいる人は全員知り合いだ。

そこに見知らぬ人が来れば目立つのは当然の事。―――勿論、今は昔ほど物騒な考えを持っている人はそういないだろうが。

「たとえば、そこに諸国を回っている行商人が来たとします。彼は村人とは地縁・血縁的に何の関係もない。村人とはまったく異なったヒト」

村人とは、まったく関係のない人。

「すなわち、『異人』です」

安原は、言った。

 

マレビトの行方

 

「で、その『異人』を殺したという昔話が各地に残っていまして、これを『異人殺し』と分類するわけです。しかも『異人殺し』と呼ばれる昔話の場合はもっと『異人』の範囲が狭くてですね。いわゆる『マレビト』が殺されるのが常なんですが・・・」

「まっ!ちょちょちょ、ちょい待って!!」

淡々とした口調で何の淀みもなくすらすらと話される内容についていけず、麻衣は安原を止めるべく慌てて声を上げた。

それにきょとんとした面持ちで、まるでどうしたんですか?と言わんばかりに自分を見る安原を見返して。

もうちょっとゆっくり、解りやすく説明してくれないかなという思いを飲み込んで、麻衣はまず浮かんだ疑問を解消するべく問いを投げ掛けた。

「その『マレビト』ってなんなの?」

他の人たちは安原さんの説明についていけてるのかな?という疑問を抱きつつ問うと、安原はなるほどと納得したようにひとつ頷く。

「これは失礼」

確かに自分の説明は唐突すぎたかもしれないと思い直す。

こういった昔の話を知らない事は、別に不思議なことではない。

「『マレビト』というのは、折口信夫の用語で・・・ってそれはいいか。『マレビト』は『来訪神』―――つまり来訪する神の事ですね」

どこからか村へやってきて、村人を祝福したり訓戒を垂れたりする。

これが拡大されて、同じように他所から村へ来て神の代理をする人の事を『マレビト』と呼ぶようになった。

「代理って事は、祝福とかクンカイとかその人がするわけ?神様みたいに?」

「ですね」

不思議そうな顔をする麻衣の問いに、安原は簡潔に頷く。

しかし神様の代理をするといわれても、それが具体的にどんなものなのかが麻衣には解らない。

どんな事をすれば、神様の代理になるのか。

そもそも、神様の代理なんて人間に出来るのかどうかさえも・・・。

そんな麻衣の疑問に、安原はひとつ頷いて見せて。

「それに超自然的な力・・・―――それこそ神さま仏さまや精霊みたいなものと上手く付き合える人が、普通の人に出来ない事をして行くんです」

「神さまと上手く付き合える人?」

「予言や豊作祈願、雨を降らせたり狐を落としたり・・・―――あるいは妖怪退治や怨霊の除霊や・・・」

「えっ!?」

安原の説明を真剣に聞いていた麻衣は、ふと聞き覚えのあるフレーズに気付いて思わず声を上げた。

予言や豊作祈願や雨を降らせるなんて事はさておき、狐を落としたり怨霊の除霊をしたりなんて、それじゃあまるっきり霊能者そのもののようではないか。―――それならば・・・。

「んじゃ、あたしたちも『マレビト』って事?『よそもの』だし悪霊退治もするし・・・」

「そう!そうなんですよ!!」

麻衣の言葉に、安原は身を乗り出す勢いで頷いた。

まさにその通りなのではないかと、安原はそう思ったのだ。

つまり、あっちこっちを渡り歩く巫女とか坊主とかそういう人たちを『マレビト』と言い、そういう『マレビト』を殺すという昔話のパターンが日本にはあって、それを『異人殺し』の民話と呼ぶわけだ。

「大体が村へ来た『マレビト』がやなヤツだとか金を持ってたって理由で殺されて、その結果祟りが起こるという話です」

『マレビト』というのは、軽蔑されると同時に畏怖の対象でもあった。

だから彼らの命は軽視されて、些細な理由で殺されてしまう。

けれど殺した後に祟る存在でもあったのだ。

本当に祟りがあったのかは定かではないが、ともかく『マレビト』を殺してただで済むわけがないという恐れの表れが伝説となって残ったのだろう。

「わかるなぁ。あたしたちもバカにされたり意味もなくありがたがられたりするもんね」

「でしょう?」

麻衣の同意に、安原もまた相槌を打つ。

それを横目で眺めながら、は人とは昔から勝手な生き物なのだと改めて思った。

自分にとって都合が悪いからと相手を殺しておいて、殺した後になって恐ろしくなって畏怖する。

昔から、人は自分とは違う者を排除していたのだ。

自分たちと違うもの、理解できないものは、間違っているのでありあってはならないもの。

そういう考えが、きっと人の心の根本にある。

それは恐怖から来るのだろうか?

勿論それはにだって言えることだ。―――だけではなくここにいる他の人たちも、

全ての人間に言える事。

だからといって、その考えを肯定するわけではない。

たとえそうであったとしても、それを実行するかどうかはその人次第なのだ。

そして今とは違い、情報というものが絶対的に足りなかった昔は、そういう事が当然の事のようにまかり通っていたのだろう。

「それで、ここに残る『異人殺し』ですが・・・、これには2つパターンがあります」

そう言って安原は手元にあるノートを捲った。

「どっちが本当なのか、どっちもあった事なのか、それともどちらもなかった事なのか。それはよく解りませんけどね」

 

まず、タイプA。

昔、村に3人の修験者がやってきた。

彼らは『おこぶさま』を見て、これは祟りを成すものだといい除霊を行った。

すると『おこぶさま』は金の仏像に変わり、修験者はこう言った。―――『ありがたい仏像が波に洗われてこんな姿になった為に祟るのであろう。都にお堂を建てて祀る事にしよう』と。

ところが村の長者がこの金の仏像欲しさに行者を海岸で殺してしまう。

すると行者を殺すと同時に、仏像は元の木の棒に戻ってしまった。

ほどなく長者の家は不幸が続いて絶えてしまったので、行者の祟りと言われる。

 

そして、タイプB。

昔、村に3人の座頭がやってきた。

彼らは『おこぶさま』を見て、ありがたい神様だから社を建てて祀るべきだという。

しかしこの年の凶作で、村人にそんな余裕はなかった。

しかも村人の1人が、座頭たちが大金を持っているのを見てしまう。

村人は長者の家に座頭たちを招いて、食事に毒を混ぜて殺し、金を奪って死体を海に捨てた。

以来、嵐や高波が続いたので村人は後悔し、『おこぶさま』を祀る社を建て座頭の塚を建てた。

それで災害はやみ、以降は豊作に恵まれた。

 

安原の説明に、全員がなんともいえない面持ちでお互い顔を見合わせる中、滝川がため息混じりに呟く。

「どっちの話も『おこぶさま』か・・・」

「この2つ、共通事項が多いんですよね。村に3人の『マレビト』がやってきて『おこぶさま』について何かを言う。しかし『マレビト』は欲ボケした村人によって殺されてしまう」

犯行には『長者』が関係していて、死んだ・・・―――あるいは死体を捨てた場所は海。

結果、村に悪いことが起こる。

「両方とも話の大筋は同じなんですよね。単なる伝説とは思えないんですよ」

「つまり過去、実際にそういう事件があったんじゃねぇかって?」

「だと思うんです。モデルになる事件があって語り継がれていく内に、2つのタイプに分裂してしまったんじゃないかって」

安原の言葉に、話を聞いていたは難しい顔をして頷いた。

昔から伝わる伝説というのは、実際に起こった事件や出来事などがベースになっている事がある。

それを踏まえれば、今回のこの話がそうなっていても可笑しくはない。

これだけ共通点があるのだ。―――まったくの無関係という方が不自然なのかもしれない。

「で、郷土史を調べてみたら出てきました。『御小仏様のこと』という伝説が」

そう言って手渡された冊子を眺める滝川の隣で、麻衣が不思議そうに首を傾げた。

「御小仏様?おこぶさまじゃなくて?」

「ええ、でもタイプAとよく似た話なんですよ」

この辺りの海岸に木の棒が打ち上げられて、お坊さんに見せたところ、これはありがたい仏さまだと言ったのだそうだ。

お経を唱えるとそれは金の仏像に変わったが、一夜明けたら元の木の棒に戻っていた。

それでもそれ以来、それを『御小仏様』と呼んで祀る事にした、と。

確かに先ほど聞いたタイプAの話とよく似ている。

しかしそれが本当にあった話だとは、にはとても思えなかった。

木の棒がお経によって金の仏像に変わるなど、そう信じられる事ではない。―――信仰心が薄い人間には特に。

「・・・3人の行者、もしくは座頭」

そんな事を滝川の手から回ってきた冊子を眺めながらぼんやりと考えていたは、不意に零れた滝川の呟きに顔を上げた。

同じくその呟きを拾ったらしい安原が、不思議そうに首を傾げる。

「なんです?」

「神社にあった塚だよ」

「ああ、『十八塚』ですか」

言われて記憶を探れば、ごく最近見たばかりのそれはすぐに思い出せる。

塚というからには誰かの墓なのだろうそれは、随分と朽ちた様子で佇むようにそこに在った。

「塚が3つあっただろう?『三つの六塚』じゃねぇのか?」

「なるほど、ありえますね。でも『六塚』って?」

「『六部塚』ってのは?」

「ああ!『三つの六部塚』が略されて『三六塚』か。そうするとタイプBの最後の部分とピッタリ当てはまるんだ。『社を建てて塚を建てた』っていう」

「ぼーさん!ぼーさん!ろくぶって?」

ポンポンと進んでいく話のテンポに乗り切れていなかった麻衣が、訳が解らないという表情を前面に押し出しながら滝川へと助けを求めた。

『六部』だの『三六塚』だの、まったく意味がわからない。

他のみんなは口を挟まないが本当にこの会話の内容が解っているのだろうかという、今日何度目かの疑問を抱きながらも滝川の服の裾をちょいちょいと引っ張れば、彼は特別麻衣を馬鹿にする様子もなく丁寧に説明してくれた。―――ここら辺が、ナルとは違う。

六部とは、全国六十六箇所の霊場を回る行脚僧の事で、写経した法華経という経典を一部づつ納める事から『六十六部』や『六部』と呼ばれるのだという。

そして諸国をうろつく行脚僧の事も、そう呼ぶようになった。―――つまりは『マレビト』だ。

「・・・そうか!」

そんな滝川の説明を聞いていた安原は、ふと何かを思い出したように広げた資料へと手を伸ばした。

それにどうしたのかと目を丸くする麻衣を他所に、安原はガサガサと資料を漁って。

「ど、どしたの?」

「『六部塚』についての伝承ですよ。どこかに・・・―――これだ!!」

そうして探し出した資料を見て、安原は声を上げた。

確かにその冊子には『六部塚』と書かれてある。

「いつのことだかは書いてありませんが、昔この辺りで飢饉があって村人が一揆を起こしたんです。けれど結局は鎮圧されてしまうんですね」

なるほど、歴史の授業でもそういう話はよく聞く・・・とは頷いた。

歴史に残っているだけでもよく聞くのだから、実際に歴史の教科書には書かれていないものもたくさんあるのだろう。

「その時に首謀者を差し出せば村人の命は助けてやると言われて、村人は首謀者を引き渡してしまうんです。首謀者は逃げ出すんですけど、『六部塚』で追っ手に捕まり、その場で首を切られてしまう」

一揆は村人たちの為でもあったはずだというのに、結局はその村人たちに裏切られ命を奪われた。

その時の怒りや絶望はどれほどのものだったのだろうか。―――そこまで考えたは、ふと思い当たる感情に僅かに眉を寄せた。

「それ以来、村に疫病が流行ったりおかしな事が続いたので、首謀者の祟りだって事になったんです。それで『六部塚』の隣に墓を建てるんですが、変事は少しもやまない。結局そこに寺を建て手厚く墓を祀ると漸く怪異が収まった・・・とあります」

「『六部塚』の隣って・・・ここの事じゃないの?」

話を聞いていた綾子が顔を引き攣らせながらトントンと自分の座っている場所を指す。

もしかして吉見家に起こっている怪異の原因はそれなのではないだろうかと暗に告げる綾子に対して、安原は「まだ、ありますよ」と更に話を続けた。

「やはり一揆の首謀者が『六部塚』の近くで首をはねられた。墓を建てて手厚く葬ったが、その墓に悪戯をすると首に妙なできものが出来、やがてそこから腐って首が落ちるという」

「首に妙なできもの・・・?」

それはまさに、葉月の首に出来たものではないのだろうか?

あの、まるで首を切ってやるとでも言わんばかりの痣。

そして少女の背中に刻まれた戒名。

葉月が墓に悪戯をしたかどうかは解らないが、吉見家の怪異に一揆の首謀者の霊が関係しているのならばその話にも信憑性がある。

「郷土史によると、この辺りで一揆が起こったのは1度だけですね。―――文久2年。つまり1862年にこの辺りで一揆が起こり、その首謀者5人が断首されたとあります」

「・・・5人」

安原の説明に、夢に見た光景をまざまざと思い出したはギュッと唇を噛み締めた。

夢で見た光景。

そして滝川と共に向かった寺で見た幻のようなもの。

そこにいたのは自分たちだったが、確かに揃っていた人数は5人だった。

たくさんの足音。

自分たちを囲む大勢の人間。

手には刃物を持ち、充血した眼差しでこちらを見つめる人々。

自分の口から零れ落ちたのは『裏切り者』という小さな呟き。

やりきれない想い。

湧き出してくる憎しみ。

そんなものを、は鮮明に覚えている。―――まるでそれを体験したのが、自分であったかのように。

と・・・―――そして麻衣の微かな動揺に気付かず、滝川が思案するように口を開いた。

「その文久2年のと『六部塚』関係の一揆は多分同じもんだろうな。首謀者は5人。その墓を神社の隣に・・・―――庭の石がそうか!」

吉見家の庭に並んであった5つの石がそれなのだと解釈し、全てが繋がったとばかりに指を鳴らす滝川を見つめながら、は小さく息をつく。

村人に裏切られ、追われ殺された一揆の首謀者。

『末世まで祟ってやる』

脳裏に甦るのは、これ以上ないほどの憎しみが篭った声。

あの夢はこれの事だったのか、と漸く腑に落ちたとばかりにもう1度ため息を吐き出した。

殺された首謀者たちは、最期のその言葉通りにこの地の人間を祟っているのだろう。―――それが村人たちの子孫だと信じて?

だとすれば、何も知らずに越してきた吉見家の人たちは運が悪かったのかもしれない。

勿論、運が悪かったで済まされる問題ではないけれど。

「さぁ〜て、ほんじゃ行ってみっか」

漸く謎が明らかになったと同時に自分たちの相手が解ったとあり、滝川はため息を吐き出しつつも重い腰を上げた。

あまり気は進まないが、行動しないわけにはいかない。

「一揆の5人と3人の六部、どっちが犯人だと思う?」

「どちらか限定するには手がかりが少なすぎますよ」

「むしろどっちも犯人だって可能性もあるよね。ここで起こってる怪奇現象、半端な規模じゃないもん」

安原に続いて飄々とした態度でそう告げたへげんなりとした表情を向けて、しかし立ち上がった滝川はグッと大きく伸びをすると肺の中の空気を一気に吐き出した。

「となりゃ・・・―――ジョン、手分けしようぜ」

「ハイ」

手っ取り早く片をつけたい滝川の申し出に、ジョンも苦笑交じりに立ち上がる。

今この場にいる人間の中で、強い力を持った霊を除霊出来るだけの力を持っているのは滝川とジョンだけだ。

それだけに2人の負担は大きいが、ここは任せるしかない。

それでもまるっきり2人にまかせっきりにするつもりはにはない。

たとえ大した事は出来ないだろうが、いれば何かの役には立つかもしれない。―――足手まといになる事だけは絶対に避けたいが。

同じような思いで腰を上げる面々を横目に、真っ先に立ち上がっていた滝川が流れるようにモニターの前に座ったリンへと視線を向けた。

「リンさんや、あんたはどーする?」

除霊をしているところは見た事がないが、おそらくは高い実力があるだろうリン。

彼が戦力に加われば少しは優位に立てるかもしれない。

しかしリンはチラリと振り返った体勢のまま、キッパリとした口調で告げた。

「私は行けません。今日の騒ぎで式を1つ飛ばされたので、ここにいないとナルが無防備になりますから。暫くすれば戻ってくるでしょうが・・・―――ひとつ申し上げてよろしいですか?」

「なんだ?」

「力を分散させない方がいいと思います。猛烈な抵抗があると思いますよ」

それはこれまでの怪奇現象を見ていても、想像に難くない。

そして珍しいリンからの忠告。―――無視する理由はなかった。

「・・・しゃーない。数の多い方から片付けるか。一揆の5人から・・・」

時間と手間は掛かるが、それが一番安全だろう。―――そう結論を下し、滝川が同じく準備をしているジョンへとそう声をかけた時だった。

ドオン、という音と共に地面が揺れる。

「な、何!?」

それに思わず声を上げたその直後、今度はバタバタという誰かが走り回るような音が響き渡った。―――1人や2人という規模ではない。

「誰かが走ってるの!?」

誰か、など問うまでもない気がした。

吉見家の人たちではないだろう。―――仮にそうだとしても、たとえあの大家族全員が家中を走り回ったとしたってこんな大きな音はしないはずだ。

突然の出来事に全員が困惑する中、今度はピーという電子音が鋭い声を上げる。

それに何事かと振り返る前に、こちらはまったく動じた様子のないリンが冷静な声色のまま告げた。

「滝川さん、温度が下がります」

その言葉に合わせるように、計測器の温度が急激に下がり始めた。

そうしてモニターに映っている映像にノイズが入り、それはあっという間に黒い画面へと塗りつぶされる。―――そうしてそこに浮かび上がった『ERROR』の文字。

「駄目です。サーモグラフィーは全てエラー」

既にエラー音さえ上げなくなったモニターと向かい合っていたリンがキッパリとそう言い放つ。

「モニターが・・・!!」

それと同時に、吉見家の至る所に置かれた監視カメラの映像が映し出されていたモニターも、事切れたように一斉に消えていく。

残ったのは、ザーという無情な砂嵐の音だけ。

全員が、もう何も映さなくなったモニターを見つめ呆然と立ち尽くした。

「・・・えげつない事するなぁ」

思わず呟いたに、隣に立っていた安原が小さく笑う。

こちらが行動しようとした矢先の出来事。―――確かにえげつない。

「先手を打たれる、というやつですね」

「尋ねていこうと思ってたのに、向こうから出向かれちまったよ」

安原の呟きに、滝川がため息混じりに答える。

それに更に笑みを零した安原は、意外と余裕があるのかもしれない。

「それってもうけじゃないですか?」

「相手が美人ならな」

「そうか、見苦しい女性だと迷惑なだけか」

「そういうのに限ってしつこいんだ」

「経験者の言葉は重みがあるなぁ」

ふざけたように言葉を交わす安原と滝川の会話を聞いていた麻衣が、がっくりと肩を落とす。―――なんなんだ、この緊張感のなさは。

しかしそれに便乗して、までもが呆れた面持ちで口を開いた。

「経験者ねぇ。なんかぼーさんの過去が垣間見えた気がする」

「あら、ちゃん。もしかしてヤキモチ?」

の言葉にニヤリと笑みを浮かべてからかう滝川に向かい、当のは気持ち冷たい視線を送って。

「ヤキモチっていうか、ちょっと引くなぁ。バンドでキャーキャー言われながらそんな風に思ってたんだ。夢見る少女が聞いたら絶対に幻滅するんだろうなぁ」

「おいおい・・・」

「ジョンはこんな人たち見習っちゃ駄目だからね。人間、誠実が一番よ」

「・・・あはは」

話の矛先を向けられたジョンが、なんと返していいのか解らず乾いた笑みを浮かべる。

もはや緊張感のきの字も見当たらなくなったその中で、綾子が呆れたように肩を竦めた。

「あんたたち、くだらない事ばっか言ってんじゃ・・・」

少しだけ軽くなった空気の中、いつも通り文句を口にしかけた綾子は、しかし不意に聞こえた不気味な音に思わず口を噤む。

他の面々もその音に気付いたのだろう。―――全員が再び顔を強張らせながらそっと周囲の様子を窺った。

「・・・な、なに?」

聞こえてくるのは、何とも言えない音だった。

この音を、聞いた事がある。

「・・・恐竜の寝息?」

昼間の騒ぎが起きる前に、モニター越しに聞いた音。

昨夜のデータに録音されていたというそれを『恐竜の寝息』みたいだと形容したのはジョンだ。

じかに聞こえるそれに怯えながらも辺りを見回す麻衣へ、それが何の音なのかを理解した滝川は静かな声で促す。

「いや、よく聞いてみろ」

言われるままに耳を澄ませば、それが一体なんなのかが麻衣たちにも漸く理解できた。

「・・・これ、お経?」

それはお経だった。

あちらこちらから聞こえてくるそれが重なり合って、まるで恐竜の寝息のように震えるような鈍い音に聞こえていたのだろう。

「相手が六部ならさもありなんってところだな。3人の方が犯人か。―――よし、麻衣たちはここに残れ。俺とジョンで様子を見てくる」

そう言って颯爽とベースを出て行く滝川に続き、ジョンも慌てて後を追った。

それをジッと見つめていたもまた、弾かれたように駆け出す。

!?」

「私も行ってくる!麻衣たちはナルをお願い!」

!!」

驚いたように声を上げる麻衣へとそう声をかけてベースを出る直前、咎めるようなリンの声が聞こえたけれど、は足を止める事無く滝川たちを追って行った。

「アタシも行くわ」

それに続いて綾子もまた足を踏み出す。―――が、それは麻衣の手によって阻まれた。

「残れって言われたでしょ!?あたしたちが行っても邪魔になるだけだよ!」

もうこの時点でまでもが滝川たちについていってしまったのだ。

向こうで何が起こるか解らないが、万が一何かあった場合、滝川とジョンの2人だけで霊を相手にしつつと綾子の2人を守るなんて出来るとは思えない。

出来ればも引き止めたかったが、彼女の方が行動が早かったのだ。―――咄嗟の時の行動の早さは流石だとこんな時だというのに麻衣は思わず感心する。

しかし綾子はそれで納得しなかった。

自分の腕を掴む麻衣へと苛立たしげな視線を向けて、同じような声色で口を開いた。

「あんたと一緒にしないでくれる?アタシはこれでもプロなんだからね!」

その綾子の言葉にカチンと来た麻衣は、あからさまに眉を寄せる。

「その割には役に立った事ないじゃない!」

「仕方ないでしょ!?こっちにだって都合があるんだから!―――ここなら出来る」

思わず綾子が一番突かれたくないだろう事柄を口走った麻衣は、しかしまっすぐに前を見据えてキッパリと言い切った綾子を認めて思わず目を見張った。

ここなら出来る?

いつもの根拠のない自信とは違う確かな力強さを感じるその声に、麻衣は思わず掴んでいた綾子の腕から手を離した。

「それって、どういう・・・?」

しかしその答えを聞く暇はなかった。

麻衣が問いかけたと同時に、ベースを照らしていた灯りが一斉に落ちる。

それに咄嗟に顔を上げた麻衣の驚きの声を遮って、真砂子が短い悲鳴を上げた。

「真砂子、どうしたの?」

「・・・あれ」

一体何があったのだと真砂子を見れば、彼女は窓の外を指差しながら恐怖に目を見開き震えている。

それにひかれるように真砂子の指差す先を見た麻衣たちは、そこに何があるのかをすぐさま理解し身体を強張らせた。

広い大きな窓の上。

そこから、1本の腕が伸びている。

全員が息を飲んで見守る中、それはゆっくりと這うように動き出して。

「・・・ひっ!」

誰かが短い悲鳴を上げた。

窓に、人が張り付いている。

それはもう決して生きている人間ではないと一目で解る姿で、さかさまの状態で窓に張り付きながらもぞもぞと動いていた。

誰もが言葉もなく、目を逸らすことも出来ずにその光景を見つめる中で、窓に張り付く人はだんだんとその数を増していく。

大人もいれば、子供もいた。

もしかするとこの人たちは、この海で亡くなった人たちなのかもしれない。

次々と姿を現した彼らは、次に窓を叩き始めた。

最初はノックでもするように・・・―――それはだんだんと激しさを増し、ついには窓を伝って部屋の空気が震え始める。

「・・・安原さん、こちらへ」

一歩後ろに下がった真砂子が、呆然と立ち尽くす安原を促した。

彼に自分の身を守る術はない。―――誰かが彼を守る必要があった。

真砂子の促しに応じて、安原が正座をしてお経を唱え始めた真砂子の隣に座り込む。

部屋の中には、ダンダンと殴るように窓を叩く音が響き渡る。

この後の展開は、嫌でも想像がついた。

防弾ガラスならともかく、普通の窓ガラスがそう耐えられるものではない。

そう思ったその時、窓ガラスに小さく亀裂が入ったのを麻衣は見た。

「窓が割れ・・・!!」

咄嗟に麻衣が声を上げたと同時に、派手な音を立てて窓ガラスが割れた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

また中途半端なところで・・・。(心の声)

前回に引き続き、今回もただ原作をなぞっただけの内容になってしまいました。

むしろ今回は酷い。ほとんど主人公の出番ありませんしね。

でもこういう説明の部分を省くと、訳が解らなくなりますし・・・。困った。(笑)

作成日 2010.3.6

作成日 2011.8.14

 

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