彰文が依頼に来た翌日、朝早く出発したSPRのメンバーと、滝川・・綾子の3人が能登にある吉見家に到着したのは、陽の落ちかけた夕方の事だった。

機材を運ぶ必要がある為、いつもと同じように車を二台使っての移動。―――東京からの長い旅はうんざりするほどだったが、それでも運転をしているわけではないは文句を言える立場でもない。

もっとも、綾子に至ってはどこにそんな体力があるのかと思うほど素晴らしい文句を並べ立てていたが。

「・・・うっわ、すごーい」

そうして到着した吉見家を前に、は思わず感嘆の声を上げる。

目の前に広がるのは海。

日本海を望む岬に建てられた日本建築は、それだけで見ごたえがある。

「へ〜、純日本家屋か。今時珍しいねぇ」

「そう?うちも純日本家屋だよ。そりゃもう年季入ってるんだから」

勿論ところどころ補修している為ガタが来ているわけではないが、それでもずいぶんと古びた印象である事は違いない。―――もっとも、の自室だけは藤野の気遣いによって洋式に整えられてはいるが。

「何をやっている。さっさとしろ」

車から降りてすぐにそんな会話を始めた2人を認めて、ナルが呆れた眼差しを向けながらそう告げる。

それに軽く返事を返しながら、滝川とは顔を見合わせて小さく笑った。

「ほんとは、ちょっと海の方も探検に行きたかったんだけどね」

「そりゃ後にした方が良さそうだな。・・・ナルの雷は遠慮したいし」

「確かに・・・」

尚も会話を続ける2人を無言で睨みつけるナルの視線を感じて、滝川とはもう一度顔を見合わせて促されるままに吉見家へと足を向けた。

 

われた家

 

吉見家に足を踏み入れると、既に前日に飛行機で戻ってきていた彰文が出迎えてくれた。

そのまま促されるままに、彼らが住んでいるのだという母屋へと通される。―――どうやら料亭と母屋は渡り廊下で繋がっているらしい。

そうして通された座敷では、彰文の祖母だという人物が一行を待っていた。

「吉見やえと申します。本来ならわたくしがお願いに上がらなければならないところを、ご覧通りの有様でして孫を代理にやりました。なにとぞよろしくお願いいたします」

あまり身体が良くないらしく、布団から起き上がった状態のまま丁寧に頭を下げる。

それに習うようにお辞儀を返しながら、は気付かれない程度に部屋の中を見回した。

部屋の奥には床の間と大きな仏壇。―――まぁ、特に目新しいものがあるわけでもないのだけれど。

「失礼します」

そうしている内に新たに声を掛けられ、開いた襖の向こうから2人の男女が姿を見せた。

「よくおいでくださいました」

どちらも優しそうな人物で、彼らは彰文の両親なのだと言う。

父親が泰造といい、母親は裕恵というらしい。

こちらも丁寧に挨拶をされ、そればかりかお茶まで出してもらい、は思わぬ歓迎ぶりに思わず目を丸くした。―――これまで何度か霊能者として仕事に出た事はあったが、これほど丁寧に扱われた事は記憶にある限りそうは多くない。

さすが客商売・・・と思わぬところで感心していると、世間話をするつもりはないのかナルが早速話を切り出した。

「では、ご依頼の内容をもう一度おばあさんから窺いたいのですが」

「・・・はい」

ナルの申し出にしっかりと頷いて・・・―――しかしやえは話し辛そうに俯きため息を吐き出した。

「・・・何からお話したらいいのか・・・。バカなとお思いでしょうが、この家は呪われてるんでございます」

そうしてやえは話し始めた。―――この、呪われた家の現実を。

吉見の家には、気味の悪い言い伝えがあるのだという。

それは、代替わりの時には必ず変事が起こるというものなのだそうだ。

それだけを聞けば、ただの縁起でもない言い伝えで終わらせる事が出来るのだが、問題はその言い伝えがただの言い伝えではないらしいところにある。

実際に、先代・・・やえの父親が亡くなった時、変事は起きた。―――彼女の家族が、突然ばたばたと亡くなったのだ。

先代が先々代から家を譲られた時にも、同じような事が起こったのだという。

その時の事はやえも幼かったためによくは覚えていないらしいが、ただ6人いた兄弟の中で、彼女1人だけが生き残ったのだ。

「そして先日、わたくしの連れ合いが亡くなりまして・・・。すぐに葉月にあの湿疹ができはじめまして・・・一週間もしない内に、あんな風になってしまいました。背中の戒名といい、まるで葉月の首を切ってやると言っているようで・・・」

確かに過去にそんな事があったのならば、心配にならないわけがないだろう。

それ以前に、葉月の身に起きた出来事は、偶然で片付けられるものではない。

「・・・先代さんが亡くなった時の事をうかがいたいのですが、いつ頃の事ですか?」

「今から32年前でございます」

「何人の方がどのように亡くなられたかを覚えておいでですか?」

「・・・はい。家からは8人でございました」

ナルの質問に、やえは暗い面持ちで答える。

「7人の子供の内、下の5人・・・一番上の孫とわたくしの従兄弟と叔父と・・・半分くらいが事故で、残りが原因のよく解らない病気でございます」

伝えられる現実に、は思わず眉を寄せる。

代替わりの際に、8人もの人間が亡くなった。

それもまた、偶然で片付けるには不自然すぎる出来事だった。―――その当時は、もしかすると何か噂にでもなったのかもしれない。

「家から・・・という事は、家族以外にも亡くなった方が?」

あまりにも残酷な内容に眉を顰めていたの耳に、ナルのそんな問いが飛び込んできた。

そういえば、確かにやえは『家からは』と言っていた。―――だとすれば、それ以外にもいると考える方が普通だ。

そんなナルの問いに僅かに戸惑いの表情を浮かべたやえは、俯いていた顔を更に俯けて、震えるような声で答えた。

「・・・はい。店の・・・お客様が・・・」

「お母さん、きちんとお話した方が・・・」

そんなやえを見かねてか、裕恵がそう口を挟む。

それに僅かに眉を上げたナルを見つめて、躊躇いがちに口を開いた。

「母はみなさんが帰ってしまわれるのじゃないかと不安なんです」

「・・・と、おっしゃいますと?」

表情の変わらないナルの促しに、裕恵もまた戸惑ったように視線を泳がせる。

それでも数秒後、意を決したようにまっすぐにナルを見返した。

「・・・霊能者の方が3人、亡くなりました」

告げられた言葉に、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

霊能者が3人、亡くなった。

その事実に、は耐えられないとばかりに目を閉じた。

怖いのではない。―――怖いのではなくて・・・。

「・・・なるほど」

場に走った張り詰めた空気を感じ取り、裕恵もまた表情を強張らせる。―――やえは黙り込み、俯いたままで。

「助けていただきたいのは山々ですが、危険を承知でご無理は・・・」

「危険なようなら引きとめられても帰りますよ。俺たちは分ってぇのを知ってますんでね。―――だからといって、相手を見ないで帰るほど臆病じゃない」

追い詰められた様子でそう言いかけた裕恵の言葉を遮って、滝川はキッパリとした口調で言い放った。

それに思うところはあるだろうが、綾子は何も言わない。―――そもそもそれを聞かされたからと言って逃げ帰るほど、綾子のプライドは低くないのである。

そしてもまた、そうするつもりはなかった。

浦戸を相手にした時のように、自分にはどうする事も出来ないと思い知らされたのなら話は別だが、ここまで来て「じゃあ、そうします」と言えるほど薄情でもないし臆病でもないつもりだ。

「・・・とは言っても、客も危ないとなると厄介だ。どうする、ナルちゃん?」

そうして誰も異論がないと判断した滝川は、話を先に進めるべく口を開く。

滝川の言う通り、自分たちやこの家の関係者ならばともかく、事情を知らない一般人を巻き込むのは避けたい。

「今、この店にお客は?」

「いらっしゃいません。父が亡くなってから閉めてございます。従業員も葬儀の片づけが終わってから休みを取ってもらってます。今この建物にいるのは家族だけです」

既に対策は取っているらしい。

そもそも前例があるのだから警戒するのは当然なのかもしれないが、その対応の速さはさすがとしか言いようがない。

ナルもそれには異論はないのか、裕恵を見据えて小さく1つ頷いた。

「賢明な処置だと思います。―――ところで、なにか異変のようなものを感じた、あるいは妙なものを見たという事は?」

「あ・・・、ええ」

ナルの問い掛けに、彰文が我に返ったように口を開く。

「まず祖父の葬儀の日に、祖母が飼っていた九官鳥が死にました。それから3日ほどの間に飼っていた鳥が2羽、犬が3匹全部死んでいます。鳥は鳥籠の中で死んでいましたが、犬はどれも岸に打ち上げられているのが見つかりました」

彰文の説明に、麻衣とはなんとも言いがたい表情を浮かべ、揃って視線を逸らした。

想像していた以上に、あまりにも壮絶な内容だ。

むしろ人間に被害がなかった事の方が不思議に思える。

「他には?」

「店の方で幽霊を見たという従業員が何人か。窓から部屋の中を覗いていたとか・・・」

「それは場所が決まってますか?」

「いえ・・・でも多分、入江側の部屋だと思います。外から人が覗いてそれが不思議な場所というと、そちら側しかないので」

「・・・解りました」

解りやすく伝えられる彰文の説明に、ナルは簡単にメモを取りながら1つ頷いた。

どうやら何かあるのは間違いないらしい。―――最も、それが何かはまだ検討もつかないが。

「とりあえず機材を置いて様子を見ます。部屋はご用意いただけたでしょうか」

「ご案内します」

さすがに段取りが良いらしい。

ナルの要請にすぐさま腰を上げた彰文が、丁寧な態度でメンバーを促す。

そうして不安そうなやえに1つお辞儀をしてから座敷を出た面々は、彰文に案内された部屋に足を踏み入れた直後、思わず目を丸くした。

「うっわー!すっごーい、ひっろーい!こんな広い和室初めて見た!ベースにするのもったいなーい!!」

歓声を上げて部屋の中に入った麻衣に続いて、滝川ともまた用意された部屋へと足を踏み入れる。

そこは麻衣が歓声を上げても不思議ではないほど、立派な和室だった。

元々は客室として使われているのだろう。―――雰囲気も広さも申し分ない。

本当に、麻衣ではないがベースに使うのが勿体ないほど。

「ここと両隣の部屋を用意しましたので、お休みになる時はそちらをお使いください」

「ありがとうございます」

大して感情のこもっていないナルの返答に気分を害す事もなく、彰文は柔らかい笑みを浮かべてそう告げた。

「・・・ゆっくり休める時間があればいいけど」

「嫌な事言うなよ・・・」

ボソリと呟かれたの言葉に、隣に立っていた滝川が嫌そうに答える。

本当に、ただの旅行でこんな場所に来れたのなら楽しかったのだろうが。―――そんな思いを抱きながら、は窓から身を乗り出しつつ歓声を上げる麻衣に気付いてそちらに視線を向けた。

「うひゃ!!」

「ほー、これが入り江側の部屋なわけだ。なるほど」

窓から臨める景色を前に、思わずしみじみとそう呟いて。

窓の外は、言うなれば断崖絶壁だった。

すぐ下には深い色をした海が広がっている。―――足場になるような場所も見当たらない。

「確かにこっから覗くつったら、ユーレーだよね」

「ま、空を飛べる人間がいない限りはね」

顔を引き攣らせつつ呟く麻衣に軽い口調で答えて、もまた窓の外を見下ろし小さく息を吐いた。

確かに眺めは良いが、やはり何故こんな場所に家を建てようとしたのかが解らない。

この吉見家を建てた先祖は、よほどこの土地に思い入れがあったのだろうか。

「お分かりになったでしょう?」

「はぁ、よく解りました。下が海ですもんねぇ・・・」

確かに彰文の言う通り、ここから人影が覗いたのならば、幽霊だと思っても可笑しくはない。

そうしみじみと実感しながらゆらゆらと揺れる海面を見つめていたは、しかしすぐさま身を翻して彰文へと振り返る麻衣を認めて釣られるように顔を上げた。

「あ、ここ泳げます?」

「泳ぎが得意でしたら。・・・すごく深いですよ。―――泳ぐなら反対側に海岸があります」

泳ぐつもりなのか・・・と心の中で突っ込みながら、は乾いた笑みを浮かべつつ再び海へと視線を投げた。

まぁ、夏に海とくれば泳ぎたい気持ちも解らなくはないけれど。

そんなの心の突っ込みなど聞こえるはずもなく、麻衣は彰文を見返して不思議そうに首を傾げる。

「反対側・・・というと?」

まだここに来たばかりで土地勘のない彼女たちには、反対側と言われても位置関係がはっきりと解らない。

それに気付いた彰文は、思いついたように笑みを浮かべて。

「ああ、そうか。じゃあ・・・右手でOKという形を作ってみてください」

言われたとおり、右手でOKの形を作ってみる。―――これで大体のこの辺りの地理が解るらしい。

まずはOKを作った右手の人差し指の先に洞窟が。

手の先の向こう側には海があり、右側に海岸、あとは林で覆われている。

ちょうど出来た輪に沿う辺りに吉見家の料亭と母屋があり、親指の辺りには茶室が・・・―――そして手首の辺りに神社があるらしい。

そしてOKで出来た中央の穴の部分は入り江になっているという。

「・・・と、簡単に言えばこんな感じです」

言葉通り簡単な彰文の説明ではあるが、麻衣とは感心したように声を上げた。

もっとも他にも建物やらなにやらはあるだろうが、調査の間だけここにいる分にはその説明で十分だ。―――実に上手く出来ていると、右手を見つめて頷く。

「洞窟があるんですか?そこ見られます?」

「ええ、よろしければ明日ご案内しますよ」

「やったー!!」

すっかり観光気分の麻衣を微笑ましく眺めながら、窓際に置かれたテーブルセットの椅子に腰を下ろしたは、長時間の車での移動で固まった身体をほぐすように伸びをする。

確かに依頼内容は壮絶だが、今のこの雰囲気は穏やかで。

こうしていると、まるで友達と旅行に来たみたいだ。―――もっとも、友達との旅行でこんなに良い旅館に泊まれる筈もないけれど。

そんな考えを見越したように、窓の外を眺めていた滝川が不思議そうに彰文を振り返った。

「しかし、吉見さんや。こんな辺鄙なところで料亭なんて商売になんのかい?」

確かに言われてみればその通りである。

この辺りに観光地があるわけでもないし、パッと見た感じではここの店は一般人の感覚では敷居が高いように思える。

しかしそんな疑問も、彰文の言葉にすっきりと解決した。

「はぁ・・・。うちは普通の料亭さんとは少し違うので・・・。会員制の料亭といったら解るでしょうか」

会員制の料亭。

聞くだけで尻込みしてしまいそうな響きに、と滝川は揃ってなるほどと頷いた。

もしかすると、ここには公に身分を明かせない人たちも訪れるのかもしれない。

たとえば政治家や、有名人。―――あまりそういった場所に関係がない2人にとっては、思い当たるのはその辺りしかなかったけれど。

しかしそんな彰文の言葉に、目の色を変えた人物がいた。

勿論言うまでもなく、綾子その人である。

パッと表情を輝かせ、途端に機嫌を取り戻した綾子は、滝川と麻衣を見やってからかうように笑みを浮かべた。

「良かったじゃない、2人とも。はともかく、仕事でもなかったらあんたたち一生こんなところ来れないわよー」

「っていうか、何でサラッと私が除外されてんの?」

「何言ってんの。稼ぎに稼いでる家の幹部が」

こちらもサラッと返されて、は納得したような・・・それでも納得できないとでも言いたげに軽く頬を膨らませる。

実際家がどれほど稼いでいるのかはの知るところではないが、綾子の言う通り稼ぎは十分にあるのだろう。―――こうした仕事の度に支払われる給料などから考えても、相当儲けているに違いない。

もちろん家は明瞭会計が基本ではあるから、一般人からお金を巻き上げるような事はしていないが。

それに綾子は1つ肝心な事を理解していない。

確かに家はそれなりに資産があるだろうが、当主である一清が贅沢を好まない人物であるという事を。

だから毎日の食事だって一般家庭のそれと変わりない。―――そんな彼が、会員制の料亭などに手を出すとは到底思えなかった。

まぁ、それこそ内輪の話であるのだけれど。

しかし綾子のからかいにムッとしたのはだけではなかった。

言われた本人である滝川はさておき、もう1人の本人である麻衣が不機嫌そうな面持ちでじりじりと綾子へと歩み寄る。

「ほほーう。そーゆー綾子さまはどーなのさ」

「ほほほほほ。アタシには玉の輿というチャンスが残されてるもの」

「その性格で乗れる輿じゃタカが知れてらい!」

吐き捨てるように言われた言葉に、綾子の頬が盛大に引き攣った。

それを他人事のように眺めていたは、怪しくなってきた雲行きに思わず口元を押さえる。―――ここで笑っては、怒りの矛先がこちらに向きかねない。

「子供には解らない魅力ってもんがあるのよ」

「ふう〜ん。でも急いだ方がいいよ。もう30でしょー?」

「誰が30よ!まだ23よ!!」

「そう言ってる内にあっという間に来ちゃうんだよねー」

「かっわいくないわね、アンタは!!」

麻衣の嫌味に、とうとう綾子が怒りを爆発させた。―――世の中の30代に怒られそうな内容ではあるが。

しかし綾子はナルだけでなく、麻衣にまで口で負けているとは・・・。

麻衣の口が達者なのか、それとも綾子が口喧嘩に極端に弱いのか・・・―――まぁ、年齢で言えば、圧倒的に麻衣に分があるのだろうが。

それでも2人の言い合いに、笑いたいような恥ずかしいような気がしては複雑な表情を浮かべた。―――しかしその時聞こえてきた押し殺した笑い声に視線をそちらへと向ければ、同じく2人の会話を聞いていた彰文がこらえ切れないとばかりに笑みを零す。

「あ、すみません」

そんな笑い声に気付いたのか、麻衣と綾子の視線が自分に向いた事に気付き、彰文は慌てて笑みを引っ込め謝罪を口にする。

それを横目に、滝川とは今度こそ本当に恥ずかしそうに視線を逸らした。―――まさかここまで来て身内の恥を晒すようなハメになるとは。

そんな彰文の様子に漸く我に返った麻衣が顔を真っ赤にする前で、しかし綾子はどんな時でもめげないらしい。―――グッと拳を握り締めて、ずずいと彰文に歩み寄った。

「そうだ!吉見さんっておいくつ?」

「え、僕ですか?もうすぐ二十歳ですけど・・・」

返ってきた言葉に、綾子はがっくりと肩を落とす。―――相手が未成年では、流石に手を出すわけにもいかないらしい。

むしろこんな場所で依頼主に手を出し玉の輿を狙う綾子の根性の方こそすごいと思ったが、あえてそこは口に出さない事にした。

世の中、言わなくてもいい事は思うよりたくさんあるのである。

「でも二十歳って事は、とは年齢的にも良い感じじゃないの?」

「はぁ?私ぃ!?」

突然振られた話題に、他人事のように場を眺めていたが声を上げた。

視線を向けると、そこにはなにやら企むような笑顔を浮かべる綾子の姿。

一体今度は何を企んでるんだと思いつつ、は呆れたように息を吐いた。

「なによ、今度は私にも玉の輿狙えって?」

「いいじゃない、玉の輿。彰文さん優しそうだしね」

チラリと滝川の様子を窺いつつ、綾子は人の悪い笑みを浮かべつつそう話す。

仲良さそうにしているというのに一向に進展のない2人の関係に、ほんの少しのスパイスを放り込んでやろうという綾子の目論見に、麻衣はハラハラと滝川とを見比べた。

そうして隣の部屋で作業を続けるリンを見やる。

余計な事しないでよ!と声を上げたくとも、本人たちがこの場にいるため残念ながら実行できない。

どうして自分がこんなにも気を揉まなくてはならないのかという理不尽な思いも抱くが、それでも3人の微妙で・・・それでもそれなりにバランスの取れた関係を崩したくはないとそう思う。

麻衣にとっては、滝川もリンも大切な仲間なのだ。

最終的にがどちらを選ぶにしても、不用意に傷ついて欲しくないとそう思う。

それでもそれを声に出して言えない以上、今の麻衣に出来るのは固唾を呑んで見守ることだけだった。

「っていうかさ、彰文さんの意思総無視で話進めるのはどうかと思うんだけど」

「仮定の話でしょ、仮定。良い感じなんじゃないかって思っただけよ」

「綾子〜。麻衣との口喧嘩の鬱憤、こっちに回すの止めてもらえます〜?」

ケロリとした口調でそう告げる綾子に、恨めしげな眼差しを向けながらが呟く。

しかし綾子に引く気はないのか、更に言葉を続けた。

「な〜によ。この話題に触れられたくない理由でもあるわけ?」

かなりの荒療治である事は、綾子自身も認めよう。―――けれどあまり心の内が読めないの本心を垣間見れるチャンスなのかもしれないのだ。

「もう!だから・・・!!」

「麻衣!いつまで遊んでいる!!」

「はいぃ!!」

明らかにからかいの色を浮かべる綾子に向かい、が何事かを言おうとしたその時、何の前触れもなくナルの怒声が響き渡った。

それに反射的に返事を返して振り返れば、そこには冷たい視線を向けるナル。

どうやらベースの設置をナルとリンの2人で行っていたらしい。

すっかり話し込んでいた事に気付き、麻衣は慌てて作業に取り掛かるべくナルの元へと駆け寄った。

視界の端で、と滝川もまた手伝うべく動き出している。

それを確認してから、麻衣は心の底から安堵の息を吐き出した。

「ナ〜ル。それで何しろって?」

「車から機材を運んで来い」

「は〜い。麻衣、行くよ。・・・って、何気に命令口調か」

背後から聞こえるのやる気のない声に返事を返して、麻衣は慌てて踵を返す。

今ほど、ナルの怒鳴り声がありがたいと思った瞬間はないだろうと思えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かなり中途半端ですが、いったんここで。

やっぱりお話によって、ほぼ説明だけで終わっちゃう回がありますよね。

そういう場合、本当に申し訳ないような気になりますが。

というか、余計な話ばっかり入れるから長くなるんですよね。反省。

作成日 2008.2.11

更新日 2009.3.18

 

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