夜の闇を、息を切らせながら必死に駆ける。

どうしよう。

どうして、こんな事になってしまったんだろう。

どうしようもない不安と焦燥感に追い立てられるように、ただただ足を動かしていた。

悲鳴を上げそうな肺に息苦しさを感じながらも、立ち止まる事など出来ない。

耳に響く自分の荒い息遣いに、泣いてしまいたい衝動に駆られる。

「・・・どうして!」

いっそ、泣き叫んでしまえればよかったのに。

 

岬の恋人たち

 

木々に囲まれた細い道を走り抜ければ、目の前にはぽっかりとした空間が広がっていた。

そこには1人の男が呆然と立ちつくしている。―――そうして彼の足元にいたもう1人の男の姿を認めて、自分が間に合わなかったのだと思い知る。

「・・・ぼーさん」

自分に背を向けている男へ震える声で呼びかければ、名前を呼ばれた滝川は僅かに首だけでを振り返った。

彼の右手にしっかりと握られている赤い液体の付着した包丁が、目に焼きついて離れない。

そうしてそのまま視線を地面へと辿れば、そこにはピクリとも動かないリンの姿があった。

「・・・リン、さん」

「・・・殺しちまった」

が震える声でリンの名を呼べば、抑揚のない声で滝川がぼんやりと呟く。

いつもとはまったく違うその声色に、酷く身体が震えた。

「・・・なんで」

「仕方なかったんだ」

ドサリと重い音を立てて、包丁が地面に落ちる。

の弱々しい問い掛けに、漸く滝川はへと振り返った。―――そうして感情の見えない表情のまま、ポツリとそう呟く。

仕方がなかったのだ、と。

「ここへ来たらこいつがいて・・・―――が裏切ったと思った」

「そんな・・・そんな事、私がするわけないでしょ」

どこか責めるようなの言葉に、滝川は力なくユルユルと首を横に振った。

「だけど、コイツの方が金も地位もある。やっぱりはコイツの方を選んだんだと・・・」

「そんなはずないじゃない!」

淡々と続けられる滝川の言葉を遮るように、は声の限りそう叫んだ。

どうしてそんな風に思ってしまうのか。―――何故、信じてくれなかったのか。

どうして、こんな早まったマネを・・・。

「こんな事して・・・一緒に逃げようって言ったじゃない。なんで信じてくれなかったの?」

「なら、なんでコイツがここに来るんだ。ここを知ってるのはお前だけなのに」

滝川の切実な訴えに、は泣き出しそうな表情で首を横に振った。

「手紙を刷りかえられたの。私は全然違う場所で待ってて・・・」

そこまで呟いて・・・そうして言葉を切った。

今更こんな押し問答をしていても仕方がない。

もう既に後戻りはできないのだ。―――そうして、それを望んだのは自分なのだから。

ギュッと唇を噛み締めて、は立ち尽くす滝川に歩み寄る。

そうしてべったりと血のついた滝川の右手へと手を伸ばした。

この手が、彼の命を奪った。―――他の誰でもない、自分の為に。

そう思った瞬間、滝川の右手がの腕を強引に掴み、その勢いのまま気付けばは滝川の胸に抱きしめられていた。

感じる温かさに、ジワリと涙が浮かんでくる。

滲む視界に、けれど心の底から安堵をして、そのまま滝川に身を委ねた。

「・・・これから、どうするの?」

取る道などもう決まっている。―――否、きっとそれしか方法は残されてはいない。

2人が、これからも共にいる為には。

「人を殺して、逃げるわけにはいかない」

「・・・死ぬの?」

「自首しても、どうせ殺されるだけだ」

予想通りの返答に、やはりどこか安堵している自分に気付いて、は困ったように微笑んだ。

「・・・私も、一緒に行く」

断られるかもしれないという僅かな不安は、滝川の優しい笑顔に打ち消された。

最初から、離れる気などなかったのだ。

ならばこの結末も、当然の事なのかもしれない。

そうして、滝川とは堅く手を握り合い駆け出した。

急がなければならない。―――早く、早く逃げなければ・・・。

不意に人の気配を感じて足を止めずに振り返ると、森の闇の中からたくさんの人影が見えた。

それぞれがみんな、手に鍬や鎌を持っている。

「ぼーさん、追っ手が!」

「解ってる!」

同じように焦った滝川に手を引かれながら、はただ闇雲に走り続けた。

彼らに追いつかれれば、どうなってしまうか目に見えている。

早く、早く逃げなければ・・・―――切れる息の合間にそう心の中で叫びながら走り続けると、遠目に神社の鳥居が見えた。

「・・・神社?」

なんで、神社なの?―――なんで、海じゃないの?

不意に浮かんだ考えに、は僅かな違和感を覚えた。

どうして向かっている先が海だと思ったのだろう?―――どうして、そんな風に・・・。

考えている間にも、2人は追ってくる村人たちから逃れるべく神社へと駆け込む。

しかしそこまでだった。

ずっと走りっぱなしだった足は、もう限界を訴えている。

息苦しさに倒れるようにその場に座り込めば、身体に重石がされたかのように立ち上がる事さえできない。

「・・・ごめん、もう・・・無理」

!」

追い立てるような滝川の声に立ち上がらなければと思うけれど、身体はいうことを聞いてはくれない。

その時だった。

「これ以上はもう無理だ」

静かな・・・冷静さそのものの声が、ゆっくりとその場に諦めの言葉を落とした。

弾かれたように顔を上げれば、そこにはいつもと変わらない様子のナルが立っている。

「・・・ナル?」

「包囲されてる」

キッパリと告げられた言葉に慌てて傍らに立つ滝川に視線を向ければ、彼もまた覚悟を決めたような面持ちで静かに呟いた。

「・・・ここまでか」

諦めの言葉がポツリと落ちる。

「アタシたち、どうなるわけ?」

「覚悟をすることですね」

綾子の不安そうな声に、リンが自身に言い聞かせるように告げる。

覚悟。―――そのあまりにも厳しい言葉に、が身を起こし掛けた時だった。

ザッと音を立てて、たくさんの人が自分たちを取り囲む。

追い詰められた。―――それを実感し、何とか立ち上がろうと足に力を入れれば、傍らにいた滝川が引っ張るように手助けしてくれる。

どうして・・・。

どうして、こんな事になったのだろう。

何故、私たちがこんな目に合わなければならないのか。

自分たちを取り囲む、村人たち。

それぞれ武器を手に、じりじりとこちらへ迫ってくる。

その狂気に満ちた眼差しから目を逸らす事もできないまま、は自らに向けて振り下ろされる刀を見上げていた。

「・・・必ず」

呆然としたままのの口から、ポツリと言葉が零れ落ちた。

どうして自分たちがこんな目に合わなければならないのか。

私たちが一体何をしたというのだろう。

憎い。―――その狂気と欲を瞳に宿す、彼らが。

必ず。そう、必ず・・・。

「必ず末世まで呪ってやる」

振り下ろされる刀。

それを最後に、はこれ以上ないほどの憎しみを込めて呪いの言葉を吐いた。

 

 

!ちょっと、ってば!!」

どこからか聞こえた自分を呼ぶ声と、激しく身体を揺すられる感覚に、はふと瞳を開いた。

ぼんやりとする視界には、見慣れない天井と見慣れた綾子の顔が映っている。

「・・・綾子?」

「綾子?じゃないわよ。ほら、さっさと起きなさい」

勢いよく布団を剥がれて、思わず眉間に皺を寄せる。―――そうして部屋の中が明るいことに気付いたは、朝か・・・と小さく独りごちた。

そのままゆっくりと身体を起こして、ぐしゃぐしゃになった髪の毛をガシガシとかき混ぜる。

なんだか、夢を見たような気がする。

寝起きのままぼんやりとそう考えていると、もう既に支度を済ませていた綾子がひょいとの顔を覗き込んだ。

「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫って、何が?」

「だってあんた、なんかうなされてたみたいだから」

未だ眠気の覚めない頭のまま問い返せば、綾子は少し心配そうな面持ちでそう答える。

「・・・うなされてた?」

「けっこうね。起こした方がいいかと思ったんだけど・・・」

そう呟いた綾子は、半年ほど前に関わった調査を思い出し、思わず眉間に皺を寄せた。

自分が殺される夢を見たというの身に起きた、とんでもない出来事。

危うく命を落としていても可笑しくはなかったのだ。

たかが夢でと思わなくもないが、にとっては楽観視できないところでもある。―――もっとも、当の本人が楽観視している節があるのだからとんでもない話だけれど。

綾子が心配半分呆れ半分でを見れば、彼女はまだはっきりと目覚めていないのか、ぼんやりとした表情のまま何事かを考え込んでいる。

そうして一拍を置いた頃、何の前触れもなく勢いよく立ち上がって。

「なんじゃそりゃー!!」

突然叫び声を上げたは、そのまま頭を抱えて勢いよくしゃがみこむ。

「ちょっ!何よ、突然!!」

いきなりの事でびっくりした綾子がそう声を掛けるも、は頭を抱えてしゃがみこんだまま『なんて事を・・・』だとか『そんな馬鹿な・・・』などとブツブツと呟いている。

あからさまに様子の可笑しいを訝しげに見やって、綾子は多少引き気味になりながらも口を開いた。

「なによ、もしかしてなんか夢でも見たわけ?」

「は!?い、いやいや。夢なんて見てないよ。これっぽっちも!全然!!」

核心を突いた綾子の問い掛けに、はガバリと立ち上がると慌てて首を横に振った。

こんな否定じゃかえって怪しいだけだと解っているけれど、反応してしまったものは仕方がない。

更に訝しげな眼差しを向ける綾子を見返してにっこりと微笑んだは、ほんとになんでもないからと言葉を重ねて、更に追及の手を伸ばそうと口を開きかけた綾子を遮って、さっさと身支度するべく洗面所に駆け込んだ。

バタンと音を立てて閉めた洗面所の扉に思わず背中を預けて、大きくひとつ息を吐く。

何か夢を見たような気がする・・・ではない。―――まさに、とんでもない夢を見てしまったと思わず頭を抱える。

夢だというのに、今でも鮮明に覚えている。

森の暗闇も、赤く染まった包丁も。

地面に倒れてピクリとも動かないリンも、そしてこれまで見た事がない表情で自分を見つめる滝川も。

思わず触れた手の感触も、引き寄せられた時の安堵と温かさも・・・。

「なんて図々しい。―――っていうか、厚かましいの間違いかも・・・」

夢での内容を思い出し、なんともいえない複雑な心境のまま呟いて、は洗面所の鏡を覗き込んだ。

心なしか、顔が赤い気がする。

それほど楽しい夢ではなかったはずだが、妙に早鐘を打つ心臓は収まる気配を見せない。

滝川とリンとの三角関係のもつれ。

本当に、厚かましいにもほどがある。―――どうしてあんな夢を見たのだろうか。

「・・・って、なんでぼーさんとリンさん?」

そういう問題ではない気もするけれど、まずそこに意識がいってしまうのも仕方のない事だった。

「・・・はぁ」

大きくため息を吐き出して思いっきり蛇口を捻ると、冷たい水が勢いよく流れ出す。

「・・・うう、もう全部忘れてしまえ。所詮夢だ、夢」

まるで自分自身に言い聞かせるように小さく呟いて、は何もかもを洗い流すかのように冷たい水で勢い良く顔を洗った。

 

 

わざわざ自分を待ってくれていた綾子と麻衣と共に朝食を頂きに母屋へ行けば、そこには既に滝川が食事を始めていた。

「おー、おはよーさん」

白いご飯を飲み込んでそう挨拶を向けた滝川を認めて、綾子が感心したように声を上げる。

「おはよう。なによ、結構早いじゃない」

「何言ってんの、お前らが遅いんだよ」

「私のせいじゃないわよ。がなかなか起きないから・・・」

滝川の言葉にすぐさま反論した綾子は、朝食が遅れた原因であるへと視線を向ける。―――そうしてそれに引かれて視線を移した滝川とばっちり目があったは、瞬時に昨夜の夢を思い出し思わず身体を硬直させた。

「・・・なんだよ」

「な、なんだよって何が?」

「いや、何がっていうか・・・」

それはむしろこっちが聞きたいんですが・・・?と言いたげに目を細めた滝川は、常にない様子のを認めて僅かに首を傾げる。

何か様子が可笑しい。

具体的にどこが可笑しいのかと問われると答えづらいが、確実に何かが可笑しい。

「・・・お前、なんか顔赤いけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ?うん、全然元気。ばっちり元気だから」

「・・・ああ、そう」

滝川の指摘通り僅かに頬を赤らめたは、精一杯なんでもないよう振る舞いながら用意されていた席へと腰を下ろす。

何でこんなに緊張してるんだと自分自身に疑問を抱きながら、なんだかよく味の解らない食事を口の中へ押し込んでいく。

それでも黙々と食事を続ければ、だんだんと落ち着いてきた。

所詮あれは夢なんだと自分自身に言い聞かせれば、結局はそれだけの事なのだと自分の中で消化されていく。―――いつもと変わらない滝川の様子もまた、今のにとってはありがたかった。

だからといって、この夢の内容を誰かに話せるわけもなかったが。

「そういえば、真砂子とジョンは何時ぐらいに着くって?」

「今日の朝一番の飛行機で発つって言ってたらしいから、昼前には着くんじゃないか?」

食事の傍ら、聞こえてくる滝川と綾子の会話に耳を傾ける。

まさかナルがこの事態を予測していたわけは絶対にないだろうが、昨日の内に話が纏まっていたのは幸いだった。

麻衣は疑いの眼差しを向けていたけれど、真砂子も一緒に呼んだのは正解だっただろう。―――これ以上後手後手に回らなかっただけ、ラッキーだった。

なんとなく落ち着かない気分ではあったものの、何とか朝食を終えて4人は連れ立ってベースへと向かう。

「おはよー、リン」

「おはようございます」

そうして当然のごとく、既に彼はベースにいた。

いつ見てもモニターの前に座っているリンを見ていると、一体いつ休んでいるのだろうかと疑問を覚える。―――尋ねればきっと、ちゃんと休んでますと素っ気無く返事が返ってくるのだろうが。

滝川と綾子の後ろからリンを見やりそんな事を思っていたは、ふとこちらを見たリンの視線に気付き、ドキリと心臓を跳ねさせた。

「おはようございます」

「・・・お、おはよーございます」

しどろもどろに挨拶を返せば、リンが訝しげな様子で眉を寄せる。

そんな不思議そうな顔をしなくても、自分が可笑しいのはちゃんと解ってるよ!と心の中で反論するが、生憎とそれがリンに届く事はない。

「・・・どうかしましたか?」

「い、いや。なにも?」

「・・・そうですか」

明らかに納得していないだろうリンにそれでも微笑みかければ、彼はそれ以上は何も言わずに視線をモニターへと戻した。

しかしリンの意識が自分に注がれているのが、いやというほど感じ取れる。

それにかなりの居心地の悪さを感じ、は深く深くため息を吐き出した。

一体どうして、こんな事になったのだろうか。

そもそもは、あんな夢を見たのが悪いのだ。

滝川と恋人同士で、横恋慕してきたのがリンだなんて。

本当に、図々しいにもほどがある。―――なのにそれが嫌だと思えないのは、どうしてなのか。

「どうした?」

不意に声を掛けられ、ぼんやりとしていたはハッと我に返った。

気がつけば、心配そうな表情をした滝川が顔を覗き込んでいる。

そのあまりの近さに思わず背を仰け反らせれば、すぐ背後にあった壁に強く頭を打ち付けた。

ゴンと景気のいい音を立てた頭を押さえて、うっすらと滲んだ涙を乱暴に拭い去る。―――どうやら相当痛かったらしい。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫!大丈夫だから気にしないで!」

「いや、気にしないでって言われても・・・」

そんなあからさまに様子が可笑しければ、気にするなという方が無理な話だ。

「もしかして、どっか具合でも悪いとか・・・」

「そんな事は全然ないから!まるっきりないから、大丈夫だって!!」

更に心配そうに眉を寄せる滝川に慌てて弁解する。―――視界の端で同じように心配そうにこちらを窺うリンの姿を捉えて、どうにも居たたまれなくなったはクルリと踵を返してベースを飛び出した。

「お、おい!」

「ちょっと散歩してくる!すぐ戻ってくるから!!」

そう言い残して、ばたばたと足音を響かせて去っていくを見送った滝川は、訳が解らないとばかりに首を傾げた。

「・・・なんだ、アイツ?」

「・・・さぁ?」

思わず視線の合ったリンに問い掛ければ、こちらも不思議そうな返事が返ってくる。

そんな2人を横目に、綾子が至極楽しそうに口角を上げた。

「・・・これは、とうとう意識し始めたのかしら?」

「どしたの、綾子?」

「なんでもないわ、なんでも」

あまりの勢いに呆然との背中を見送っていた麻衣が首を傾げて問い掛ける。

それに艶やかな笑みを返して、綾子は1人楽しげにの去った廊下を見やった。

 

 

あまりの居たたまれなさにベースを飛び出したは、どこに行くのかも解らないまま走り続け、そうして息が切れてきた頃になって漸く足を止めた。

大きく呼吸を繰り返しながら、チラリと辺りを窺う。―――幸いな事に、この場には自分以外には誰もいないらしい。

それを確認したは、最後に大きく息を吐き出して、疲れきった様子で晴れ渡った空を見上げる。

朝っぱらからの全力疾走は辛かったが、それでも身体を動かせば少しは気が紛れたような気がする。

「・・・もう、あんな夢見るから」

非難混じりに呟くも、夢を見たのは自分自身なのだからどうしようもない。

それも嫌というほど解っているが、それでも何かにぶつけないとやってられないというのが正直なところだ。―――人に当たっているわけではないのだから、その辺は勘弁してもらいたい。

「・・・って、それよりもここどこ?」

ともかくもとりあえずの落ち着きをみせたは、漸く現状を察したらしい。

自分が立っている場所が解らず困ったように辺りを見回すと、少し歩いた先に柵のようなものがある事に気付いてそちらに足を向ける。

「・・・うわ、すごい眺め」

そうして柵の下へと辿り着いたは、そこから下を見下ろして思わず感嘆の息を吐いた。

柵に区切られた向こう側は、切り立った崖になっている。

その下の海は崖に打ち付けられているからか、少し波が荒い。

こんなところから落ちたらただではすまないだろう。―――そんな事を考えて1人ぞっと表情を顰めたは、それでもそこから何も言わずにじっと海を見下ろした。

怖いと思う反面、海は知らず心を落ち着けてくれる。

今の自分には最適だろうとぼんやりと考えていたは、不意に視界がぐらりと揺れるのを感じた。

立ちくらみかと思わず目を閉じ柵を握り締める。

そうして異変が収まり目を開けたは、目の前に広がった光景に思わず呆気に取られた。

「・・・なに、これ」

思わず呟いてみるも、当然の事ながら返事は返ってこない。

これは夢か、幻か。

どちらかといえば、前者の方がありがたい。―――誰だって、幻を見るよりはずっといいだろう。

柵の向こうの切り立った崖は変わらない。

穏やかな海も、それとは逆に打ち付ける波の激しさも。

ただいくつか違う点を上げるとすれば、それは下から浮かび上がってくる白い光だろう。

ふわふわと、ゆらゆらと、まるで舞うように下から上ってくる。

「雪みたい・・・」

思わず呟いた表現は我ながら上手く言ったものだと思ったけれど、それが決して雪ではないことは一目瞭然だ。

どんな異常現象が起きたとしても、雪は海からは降らない。

それにふわふわと浮き上がってくるそれは、確かな形ではない気がした。

一番近い表現があるのだとすれば、それは蛍の光だろうか。

それでもこんな時間に蛍が飛ぶとは思えなかったし、こんなにも明るい場所ならば蛍自身の身体も見えるはずだろうから。

「なんだろ、これ」

思わず興味が引かれて、はそっとそれに手を伸ばす。

触れても危険なものではないような気がした。―――それはただの彼女の勘でしかなかったけれど。

そうして伸ばしたの手が、光に触れそうになったその時。

!」

不意にかけられた声にハッと我に返る。

慌てて振り返ると、少し離れた場所に立っていた麻衣が不思議そうな表情を浮かべていた。

「・・・麻衣?」

「どしたの、。そんなびっくりした顔して」

そんなにびっくりした顔をしているのだろうか。

こちらを見ている麻衣もまた、驚いたような顔をしてそう問い掛ける。

それに慌てて誤魔化すように笑顔を浮かべたは、なんでもないとばかりに首を横に振った。

「ううん、別に何でも。―――それより麻衣の方こそどうしたの?」

「ああ、真砂子とジョンが着いたって。なかなか戻ってこないから、探しに来たんだけど・・・」

「そうなんだ。ごめんごめん、ちょっとぼんやりしてた」

少しだけ頬を膨らませて抗議する麻衣に笑いかけて、すぐに行くと返事を返したは、思い出したように背後を振り返った。

そこには普段と何も変わらない景色がある。

先ほど見た、あの不思議な光はどこにもない。

「・・・もしかしてうたた寝でもしてたのかな、私」

自覚がないというのは問題だが、夢だとすれば簡単に説明がつく。

そうだ、そうにちがいない。

ー?」

「今行くって!!」

強引にそう結論を下したは、慌てて自分を呼ぶ麻衣の下へと駆け出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はしょっぱなから怪しい雰囲気になってます。

この夢を書こうと思った時、リンとぼーさんの配役に大分迷いましたが。

だって恋人の男性は漁師だっていうし、なによりリンに漁師役は似合いませんしね。(笑)

作成日 2008.6.22

更新日 2009.10.11

 

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