「うわー、すごい眺め」

ベースでの話し合いの後、案内してくれるという彰文の言葉に甘えて、たちは麻衣が夢で見たという洞窟を確認するべく外へ出た。

流石に崖に沿って造られただけはある。―――普段の生活ではそうは見れない景色だった。

「なるほど。あれが麻衣が夢で見たっていう石段か」

危険がないようにとしっかりと作られてある柵越しに、そこを見る。

確かに麻衣の言う通り、そこに石段はあった。

 

霊魂の集う場所

 

「そうとう古いものらしいです。ここに店を建てた時からあったそうですから」

「へ〜」

「ほとんど壊れてしまっているので、今は使ってませんけどね」

彰文の説明に相槌を打ちながら、は柵から身を乗り出すようにして石段を見る。

という事は、この石段が作られたのは吉見家とは関係がないのだろうか。

たとえば、吉見家の人たちがここに住む以前に住んでいた人たちが作ったものだとか。

だとするならば、一体何の為に?

そんな疑問が浮かぶが、それが大した問題にも思えず、はすぐさま疑問を頭の片隅へと追いやった。―――今は、他に考えなければならない事は山のようにあるのだ。

「店が出来たのはいつ頃なんです?」

「曽祖父の代だと聞いています。金沢にあった店をここへ移したそうです。元々ここはうちの本家があって、曽祖父も何度か来ていたらしくて・・・―――それで、ここに店を移す事にしたようですね」

滝川の問いに丁寧に答えた彰文の説明を聞きながら、全員がなるほどと頷く。

「その本家は、いつ頃この土地に?」

「さぁ、それは・・・。菩提寺の墓に入ってる人で一番古い人は安政年間の生まれですが、それ以前になると・・・―――なんでしたら、祖母に聞いておきましょうか?」

「頼みます」

少なくとも、それで異変がこの土地自体にあるのか、それとも吉見家にあるのか解るかもしれない。

そういう意味の質問だったのだろうが、普段はそういった辺りはナルがすべて請け負っているので、滝川のこんな姿は珍しい。

まるでナルみたいだと、本人が聞けば複雑な表情を浮かべそうな感想を抱きながら視線を海へと向けたは、しかしすぐさま背後から聞こえてきた質問に思わず振り返った。

「時に、安政年間というといつ頃でしたっけ?」

「江戸時代だというのは確かですけど、詳しい事は・・・。何せ、受験から遠ざかって長いもので」

こういうところは、どうやらナルのようにとは行かないらしい。

まぁ、ナルとて安政年間がいつ頃かを正確に的確に答えられるかどうかは解らないが。

そんな彰文の言葉を聞いた滝川は、その視線を突如麻衣へと向けて。

「んじゃ、現役高校生」

「うぇ!?」

あまりにも唐突に指名を受けた麻衣は、ギクリと身体を強張らせる。

まさか自分に振られるとは・・・―――そんな思いを抱きながらも、麻衣は慌てて口を開いた。

「あ、あたしの学校じゃ、まだ源氏と平氏が戦ってんだい!」

「真砂子は?一応学校行ってんだろ?」

「一応、は余計ですわ。うちではまだ源氏の君が活躍してますの」

滝川の失礼な発言に一瞬眉を寄せつつも、真砂子はつんとそっぽを向きつつそう答える。

しかしそんな真砂子の発言に驚きの声を上げたのは、先ほど話を振られた麻衣だった。

「え!真砂子って高校行ってんの!?」

あまりといえばあまりな発言に、真砂子は思わず黙り込みジッと麻衣を睨み返す。

そんな疑問を持たれるとは思ってもいなかったのだろう。

真砂子の視線に思わず頬を引き攣らせた麻衣を認めて、滝川がからかうように口を開いた。

「芸能人で有名な某私立校だよな」

「うっそ、すげー!んじゃ、基本的に忙しいんでしょ!?よく来れたね!!」

滝川の口から告げられた事実に、麻衣は勢いよく食いついた。

芸能人の友達がいるのかと詰め寄る麻衣を認めて、真砂子は小さく息をつく。

「忙しいんですの。まだ補習の途中でしたし・・・―――言っておきますけど、出席日数を補う為の補習ですわよ」

そこは譲れないらしい。

まぁ、真砂子はテレビでもよく見る霊媒師なのだ。

芸能人とまではいかなくとも、仕事も含めればかなり忙しいのだろう。―――そこはとしても通じるところではあるけれど。

しかしそんな真砂子の発言に、麻衣は呆れたように眉を寄せて。

「なのに、ナルに会えるってんで飛んできたわけね」

さすが恋する乙女とでも言うべきか。

どんなに忙しくとも、ナルの一声でこんな場所まで来てしまう真砂子が素直にすごいとそう思う。―――自分にはとてもマネできないだろうとも。

その後、真砂子が学校に制服を着て通っているという話で2人が盛り上がっているのを横目に、滝川はそれらを放置して柵に寄りかかりながら崖の下を見やる。

「ここから入り江はまったく見えないわけか」

「あちらの茶室の向こうへ行くと、雌鼻・・・―――岬の先まで行けます。そこからなら・・・」

雌鼻?

彰文の言葉に一瞬の疑問が浮かんだものの、行ってみれば解るだろうと判断した滝川は、今もまだ言い合いを続ける麻衣と真砂子に向かい移動を促す。

それに従い移動を開始した面々の背中を見つめながら、同じく足を踏み出したは、なんとなくすっきりしない気持ちを抱えたまま思わず足を止めて。

「・・・っていうか、なんで私には聞かないわけ?」

ポツリとそう漏らすけれど、小さなその声は先を歩く滝川たちには聞こえなかったらしい。

安政年間なら、は知っている。

なにせ少し前に大学受験を終わらせたばかりなのだ。

加えて、一応は進学校で主席の座にあったのだから・・・。

そうは思うけれど、聞かれてもいないのに自分から言い出すのもどうかと思い、は大人しく口を噤む。

「えーえー、どうせ私は賢く見えませんよ」

ナルにも、頭脳労働者ではなく肉体労働者扱いされているくらいなのだ。―――もうそんな事は慣れっこだったけれど。

「おーい、何やってんだ!?さっさと行くぞ!!」

「・・・はいよ!!」

前を歩く滝川の催促の声にヤケクソ気味に返事を返して、は胸のもやもやを吐き出すべく大きく息を吐くと、力強く地面を踏みしめて歩き出した。

 

 

「うーわー、夢とおんなじだ」

彰文の案内で岬の方へと来た麻衣は、その光景に思わずため息を吐く。

これまでの経験から考えて、まるっきり疑っていたわけではないけれど、しかしこうして目の前に夢で見た光景と同じものがあるというのも不思議なものだった。

「もう少し先まで行ってみますか?」

そんな彰文の提案を断る理由はない。

先ほどのところよりも幾分簡素だが、それでも木でしっかりと作られた柵に掛けられた鍵を開けてもらい、滝川たちはその向こう側へと足を踏み入れた。

「ここから先は柵がないので気をつけてくださいね」

「ええ、それは勿論」

とて、こんな場所で怪我などしたくはない。

注意を促す彰文の言葉にそう返事を返して先へと進むと、そこは絶景が広がっていた。

そんな場所で、滝川は植えられている木に手を添えながら崖の下を覗き込む。

「へ〜、上から見るとそんな崖ってわけでもないんだな」

「いや、十分崖だから。っていうか身乗り出すのやめなよ、ぼーさん。私が背中押したら、ぼーさん海の藻屑になるよ」

「そんな微妙な忠告いらねぇよ」

勿論冗談で言った言葉だが、滝川は僅かに頬を引き攣らせながら背後に立つを振り返る。

それにヘラリと笑みを返すと、軽く頭を小突かれた。

「ちょっと、若旦那」

ホントに冗談なんだけど・・・と小突かれた頭を押さえつつ文句を零すを他所に、何かを見ていた綾子が彰文へとそう声を掛ける。

それに困った様子で振り返った彰文は、自分を呼んだ綾子を認めて。

「若旦那って・・・。僕は別に家を継ぐわけでは・・・」

「細かい事はいいから。あれ、なんなの?」

しかしそんな控えめな抗議が綾子に通じるわけもなく、仕方なく当然気にした様子のない彼女の指し示す方へと視線を向ける。

そこには抱えるほどの岩が5つある。―――等間隔で並んでいるそれは、当たり前だが自然のものではないように見えた。

しかしそんな綾子の問い掛けに、彰文は困ったように眉を寄せて。

「あれは僕にも分かりません。祖母も何だか知らないようです。墓石みたいなんで、いじらないでおくんだと言ってました」

「ふ〜ん」

「吉見さん、あれはなんですか!?」

彰文の説明に綾子が相槌を打ったその時、少し離れた場所に立っていたジョンがそう声を上げる。

それに何事かとそちらへ向かえば、ジョンは海にある岩を指していた。

大きい岩と、小さい岩。―――その2つの間には、注連縄が掛けられている。

普通に見ればただの岩だが、注連縄が掛けられているのだからきっと何か意味があるのだろう。

「ああ、あれは雄瘤と雌瘤です。大きい方が雄瘤で、小さい方が雌瘤になります」

ジョンの問い掛けに、今度はそれが何か解っているらしい彰文は明瞭にそう答えた。

「注連縄が掛けてありますね」

「ええ、でもご神事とは関係ないんだとは思うんですけど」

雄瘤と雌瘤を眺めながら、彰文はのんびりとした口調でそう言った。

あの注連縄も、近くの漁師がお正月に掛けなおしているのだという。

その説明を聞いて、なるほどとは頷いた。―――もしかするとあれは、何か海に関わる人たちのしきたりのようなものなのかもしれない。

だとするならば、吉見家とは関係がないだろう。

そんな感想を抱いたを他所に、雄瘤と雌瘤を眺めていた彰文はなんでもない声色で言葉を続けた。

「あれはね、ここから海に飛び込んだ男の人と女の人がああなったって言われてるんです」

「へぇ・・・」

彰文の言葉に相槌を打つ麻衣の声を聞きながら、は雄瘤と雌瘤を見つめながら僅かに眉を顰める。

ここから飛び込んだ男と女。

それを知っているような気もしたし、知らないような気もした。

まぁ、昔話にはよくある話だよねと自分自身を納得させるが、しかし続いた彰文の説明に思わず頬を引き攣らせる。

なんでも、この土地には伝説があるらしい。

ずっと昔、この土地には何とかという姫君がいて、その姫君には土地に住んでいる漁師の恋人がいたらしいのだが、そこに横恋慕する男が現れたのだという。

男は近くの貴族の息子で、姫君を無理やり嫁にしようとするのだが、それを嫌がった姫は恋人と駆け落ちする事を決意する。

ところがその手はずを書いた手紙を貴族の男にすりかえられてしまい、2人は会えず。

姫が間違いに気付いて慌てて恋人を探すと、恋人は貴族の息子を殺してしまっていた。

姫ではなく貴族の息子が来た事で、自分は裏切られたと思ったのだろう。

駆けつけた姫のおかげで誤解は解けたけれど、しかしもう遅かった。

そして2人は、この岬から海へと飛び込んだのだ。

それを哀れに思った神様が、もう二度と引き裂かれる事のないようにと、恋人を雄瘤に、姫を雌瘤に変えたのだという。

そんな彰文の説明を聞いていたは、盛大に頬を引き攣らせつつ視線を泳がせる。

それはまさに、昨夜見た夢の内容そのものではないか。

もちろん、その夢をそのまま見たわけではない事は自身がよく知っている。

自分が姫で、滝川がその恋人。

そして横恋慕する貴族の息子が、リン。

「・・・・・・」

目覚めた直後もなんて夢を見たんだと思わず叫んでしまったが、今ほど叫びたい気分になった事はない。

ロケーションもばっちりだ。―――ここに誰もいなければ、今すぐ叫びたい気分だったけれど。

「・・・どうした?」

そんな時に突然声を掛けられれば、流石のも驚かないわけがない。

思わず奇声を上げて身を引いたを前に、声を掛けた滝川もまた驚いたように目を丸くした。

「なんだよ、びっくりするだろーが」

「びっ、くりしたのはこっちだよ!」

思わず心臓を押さえながら抗議の声を上げたを前に、滝川は訝しげに首を傾げる。

「どうした?なんか顔赤いみたいだが・・・。気分でも悪いか?」

「べ、別に!わ、悪くないよ!!」

「・・・そうは見えねぇけど。―――なんなら先にベースに戻っててもいいぞ」

滝川の提案に、は渡りに船だと思わず頷きそうになって・・・―――しかし現実を思い出し、慌てて首を横に振った。

ベースに戻れば、当然ながらリンがいる。

こんな状態でリンと2人きりなど、耐えられるはずも無いだろう。

それならばまだ、綾子やジョンもいるこの場に残った方が精神的にマシだ。

「だ、大丈夫だよ。別に気分も悪くないし・・・」

「そうかぁ?」

そんなの言葉にも、滝川は納得できないらしい。

いつものならば、さっきの話を聞いて『手紙の受け渡し方法くらいしっかり考えとけばいいのに』くらいは言いそうなものなのに・・・というのが滝川の言い分なのだが。

しかし本人が大丈夫だというのに、これ以上言っても仕方がない。

確かに顔は赤いが、顔色は悪くないのだから、本人の言う通り体調が悪いわけではないのだろう。

そう結論付けた滝川は、ちょっとでも気分が悪くなったら言えよと念を押しつつ困ったようにため息を吐き出した。

それにホッと安心しつつも頷いたは、なんとなく胸に残った罪悪感に乾いた笑みを浮かべる。

心配してくれる滝川には、決して言えない。

自分が、あんな図々しい夢を見たなんて。

本人が知れば、なんと思うか・・・―――心の中で謝罪を繰り返しながら、は気まずさに視線を泳がせる。

実際滝川が知れば不快な感情など抱かないだろう事に、の想像は及ばない。

それは勿論、リンも。

もっとも、2人とも困ってしまうだろう事は明白だったが。

「・・・お?」

そんな挙動不審なを訝しげに思いながらも、本人が気にするなというのだからこれ以上追求するのもどうかと場を濁す為にグルリと辺りを見回した滝川は、木々の向こうに僅かに見える屋根に気付き声を上げた。

「あんなところに、なんか建物が」

「あれが神社です。神主さんもいないような小さな神社なんですけどね。行ってみますか?」

滝川の声に気付いた彰文が、そうすかさず提案する。

それに異論などあろう筈もなく、滝川は1つ頷いた。―――この際、確認できるものは確認しておいた方が良いだろう。

そうして彰文に案内されて向かった先には、彼の言った通り神社があった。

随分と年季の入ったそれは、ところどころ痛んでいるようにも見える。―――しかしそんな神社を見た綾子は、パッと表情を明るくし感心したように口を開いた。

「あらぁ、立派な神社。ちゃんと掃除もされてるじゃない」

「立派、ですか?掃除はうちの家の者が。代々、世話役をしてるんです」

綾子の賞賛の声に、彰文は困ったように微笑みながらそう説明する。

その説明を聞きながら同じように神社を見上げた麻衣は、訝しげに眉を寄せつつチラリと綾子を盗み見る。

彼女には悪いが、どこからどう見ても立派な神社とは思えない。

確かに歴史だけは問答無用に感じる事は出来るが、しかし有名な古い神社やお寺とはまったく違う寂れたその様子は、綾子のように手放しに賞賛できるようなものではない。

しかし、人の価値観はそれぞれ。

そこを無理やり否定する理由も無かった麻衣は、素直に口を噤む。―――わざわざ、綾子を不快にさせる必要などどこにもない。

「若旦那、ありゃなんだ?」

そんな綾子と麻衣の傍らで、しかし神社ではなく辺りを見回していた滝川は、あるモノを見つけて彰文へと声を掛けた。

それに習い視界を巡らせた夜子は、神社の脇にひっそりとある三つの岩を見つけて訝しげに眉を寄せる。

人が抱えるほど大きな岩。

等間隔に並んだそれは、自然のものではない事は一目瞭然だ。

そしてそれは、あの岬で見た五つ並んだ岩と同じようにも見える。―――そこに関係があるのかどうかは解らないけれど。

しかし先ほどとは違い、その三つの岩を確認した彰文はやんわりとした笑みを浮かべて。

「それはトハチ塚です」

「とはち塚?」

「十八と書いて、十八塚。なんだかは解らないんですけど、別名を三六塚とも言うんで、十八というのは一種の地口だと思うんですけど」

「地口?」

「『さぶろくじゅうはち』でしょ?」

彰文の説明に、あっと滝川は納得したように声を上げる。

「なんで三六塚というのかは誰も知らないんです。でもこれが三つでしょう?で、岬の突端にあるのが・・・」

「五つだったよね」

思い出し思わず口を挟んだ麻衣に、彰文は微笑みつつひとつ頷いて。

「ええ。ですから、岬のあれは本当は六つあって、一つは紛失してしまったんじゃないかと、祖母なんかはそう言うんですけど」

「なるほど、紛失した塚ねぇ」

彰文の丁寧な説明に、滝川は考え込むようにジッと地面を見つめる。

合わない数。

紛失したかもしれない塚。

なんとなく意味ありげな話ではあるけれど、そのどれもが確証のあるものではない。

彰文の話を聞いた限りでは、そのどれもが予想の話なのだ。―――実際はどうであるのかは、彼も・・・そして彼の祖母であるやえも知らないという。

「・・・なんか、解んない事ばっかり」

彰文や滝川には聞こえないよう小さな声でそう呟き、はひっそりとため息を吐き出す。

それもまた今に始まった事ではない。

調査の出だしは、いつもこんなものだ。

けれど、そこから答えを導き出していたナルはいない。

今回は、ナルなしに調査を進めなければならないのだ。

そして出来る限り早く解決しなければ、吉見家の人たちも・・・―――そしてナル自身の命も危うい。

それが解っていながらも、それでも何も出来ない自分を歯がゆくも思う。

ナルがあんな状態になってしまった原因の一端は、間違いなく自分にあるというのに。

そこまで考えて、はもう一度ひっそりとため息を吐き出した。

今更自分を責めてもどうしようもない事くらい、十分に解っている。

反省は大いに必要だが、それだけでは意味が無いのだ。―――重要なのは、これからどうするべきか。

そして、自分に何が出来るか。

そう考えると少し頭が痛い問題でもある。

普段は見えすぎるほど見える霊の姿も、今回ばかりはそうともいえない。

それがどういう意味を持つのかもまだ解らないし、それ故にどうすればいいのかも。

けれど、立ち止まるわけにはいかないのだ。

人任せにして、知らん顔はしたくない。

それは、こと怪奇現象において、が初めて感じる決意でもあった。

「塚いうのは、この場合はお墓の事ですよね?それが1つあらへんいうのは、吉見家の事件に関係ないですやろか?」

「それよ!!」

密かに前向きなのか後ろ向きなのか解らない決意を固めるを他所に、真剣な面持ちで三つ並んだ塚を見つめていたジョンが、そうポツリと呟く。

それに即座に反応したのは、綾子だった。

「塚がキツネの墓なんだわ。でもって、店を建てた時に勝手に移動させられちゃったわけ。その時に六つの中の一つを壊すかどうかしてちゃんと移動させなかった。その祟りで・・・」

キラキラと目を輝かせて、自信のこもった声色でそう話す。

しかしそれに待ったをかけたのは、現在の実質のリーダーでもある滝川だった。

「という想像も成り立つ、と」

「なによぉ!!」

それに折角の名推理を即座に否定された綾子が非難の声を上げる中、しかし滝川は飄々とした面持ちを崩す事無く、チラリと綾子を認めてため息を吐き出す。

「先走るな、とナル坊なら言うだろうよ。―――真砂子、どう思う?」

滝川の言葉に、綾子は思わずうっと言葉を飲み込む。―――それは、嫌というほど身に覚えがあったからだ。

そうして思わず黙り込んだ綾子を認めて、話をふられた真砂子は考え込むように口元へ手をやって。

「・・・キツネといわれて、本当にキツネだった事はないのですけど」

そう呟いて、滝川や麻衣から聞いた話を思い出す。

ナルを襲った霊は、確かにキツネの姿をしていたのだという。―――残念ながら記録には残っていないため、それを直接見ていない真砂子には確認のしようもないけれど。

「動物の気配はしませんでしたわ。お店にも、塚にも。霊はよく嘘をつきますし、人の目に映る時は獣の姿をして見える事が多いので・・・」

「他には・・・?」

「霊の気配はたくさん感じます。どんな霊なのかは解りませんわ。ただ・・・一種の浮遊霊なんじゃないですかしら?」

「・・・真砂子、それは今回も解らんって事か?」

真砂子の話を聞いていた滝川は、僅かに頬を引き攣らせながらそう問いかける。

しかし滝川の失礼な言葉にムッと表情を顰めた真砂子は、けれど表情に困惑の色を浮かべて僅かに俯いた。

「ここは変な場所ですわ。いい感じもしないけれど、かといって悪い感じもしません。家の中にも奇妙な力を感じましたけど、とてもいいものと悪いものが混ざりあってる感じでしたの。こんな感じは覚えがあるのですけど・・・」

そう言って、真砂子はへと視線を向ける。

それを真っ向から受け止めたは、困ったように笑みを浮かべた。

真砂子の言いたい事は解る。

だからこそ滝川たちに感想を求められた時、は言葉を濁したのだ。

それは、言葉で表すには難しいもの。―――少なくとも、にはそれを説明するだけの言葉は思いつかない。

「も、もしかして霊場?」

しかし不意に麻衣から漏れた言葉に、真砂子はハッと目を見開く。

「・・・そう、そうですわ。それも以前アメリカでインディアンの霊場に行った事があるのですけど、そこの感じにとてもよく似ています」

真砂子の言葉に、は訝しげに眉を寄せる。

生憎とは霊場と呼ばれる場所には行った事がない為、その感覚がこの場と同じものであるかは解らないが、真砂子がそういうのならばそうなのだろう。

問題は、どうして霊場の空気が吉見家にあるのかだけれど。

「真砂子、外国行った事あるの!?」

「一度だけ・・・。ASPRのお招きで降霊会をした事がありますの」

さすが、真砂子。

お呼ばれして海外で降霊会など、そんじょそこらの霊媒に要請される事ではない。

「ASPR?」

「アメリカ心霊調査会の事ですわ」

麻衣の驚きの声にさらりとそう説明して、真砂子は静かに目を閉じる。―――もしかすると、その時の事を思い出しているのかもしれない。

「その時に、インディアンの聖地というか・・・そういった場所に行った事がございますの」

そこは精霊に守られた神聖な場所であり、汚す者に災厄をもたらす祟りの震源地でもあるのだという。

「たくさんの霊が浮遊していて・・・―――あの場所の感じによく似ていますわ」

真砂子の説明に、全員が思わず口を噤んで彼女を見つめた。

そんな中で、同じく話を聞いていた滝川はこれまで聞いた話を頭の中で纏めつつ考えを巡らせる。

確かに真砂子は優秀な霊媒だ。

だから彼女が、この場が霊場の気配によく似ているというのならばそうなのだろう。

けれどこれまでの事件を振り返っても、彼女の能力には随分とムラがあるような気がする。

どんな霊がいるのか解らない今は、霊視が頼りなのだけれど・・・―――けれど今の段階では、それもはっきりとしない。

そこまで考えて、滝川は気付かれないようチラリとへと視線を向ける。

今回、はそれほど体調不良を訴えてはいない。

顔色を見るに、過度に我慢しているわけでもなさそうだ。

それだけを見ると、今回の相手はそれほど強い霊ではないのかもしれないと思えるが、しかしナルに憑依するだけの根性のある霊が、まったく力の持たない霊だとも考えにくい。

ここはいっそ、に霊視を・・・とも思うが、彼女の霊視はナルによって禁止されている。―――非常事態だと強行してもいいが、それをリンが許すとも思えない。

そして春頃にあった浦戸の調査を思い出すと、滝川自身もそれを口には出したくはなかった。

あまり褒められた事ではないと解っているけれど、出来る限りには危険な事はして欲しくない。―――まぁ、それは麻衣や綾子や真砂子も同様なのだが。

「・・・やっぱり、どうあっても洞窟を見ないとな」

麻衣が見たという夢。

これまでの実績を考えれば信頼に値するとは思うが、今回もそれが通用するかは解らない。

けれど、やはり確認してみない事にはどうしようもないのだ。

今の段階では、情報があまりにも少なすぎる。

それならば、せめて今手にしている情報が正しいのかそうでないのかの確認はしておかなければならない。

「・・・結局、そこに行き着くわけね」

滝川の小さな呟きを聞き取ったが、心得たとばかりに頷く。

それに僅かに笑みを返して、せめてその洞窟に少しでも有力な手がかりがある事を祈って、滝川は晴れ渡った空を仰ぎ見た。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ど、洞窟まで行けなかった・・・!(笑)

なかなかストーリーが進みません。

この調子だと、今回もまた長くなってしまいそうな予感が。

いや、この時点で十分長いんですけど。(笑)

作成日 2009.1.13

更新日 2010.4.3

 

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