結局のところ、問題となっている洞窟を見てみない事にはどうしようもないと判断した一同は、彰文の案内でその洞窟へと向かった。

のだけれど。

「きゃ!もう、歩きにくいわね!!」

あまりの足場の悪さに、足を滑らせ危うく転びそうになった綾子が悪態をつく。

それに心の中で同意しながらも、は呆れた視線を向けて。

「そんな高いヒール履いてるからだよ。知らないよ、海に落ちても」

「煩いわね!」

噛み付く勢いで反論する綾子に、は遥か頭上を見上げてため息を吐く。

高い高い崖には、なんとも心もとない階段がついている。

幸いな事に海岸の方から洞窟へ行く道があったからよかったものの、この階段を下りる事になっていればどうなっていたか。

少なくとも、綾子は階段を転げ落ちていたかもしれない。―――そう思うと、本当にラッキーだったと改めて思う。

そうして、岩肌がむき出しになった足場の悪い道を抜けて。

その洞窟は、ひっそりと隠れるように存在していた。

 

からくるもの

 

「少し暗いので気をつけてくださいね」

彰文のそんな忠告を受けつつ足を踏み入れた洞窟は、確かに彼の言う通り薄暗かった。

勿論、洞窟に電気が通っているはずも無いのだから、暗い事は予想の範囲内だったけれど。

「うわー、なんか洞窟ってわくわくするよね。冒険してる、みたいな気がして」

「・・・あんたねぇ。もうちょっと緊張感とかないわけ?」

「いいじゃん、多少気楽な方が」

綾子の呆れた声をさらりと流して、はグルリと洞窟内を見回す。

確かに何か感じるけれど、それは吉見家と同じく言葉するには難しい。

これが真砂子の言う霊場というものの空気なのかもしれないが、生憎とその場に行った事がない為、にはそれを確信するだけの材料が無かった。

「どう、真砂子?」

そんな中、麻衣が同じく洞窟内を見回す真砂子へそう声を掛ける。

それに促されるように、真砂子は静かに口を開いた。

「同じですわ、あの山と。アメリカで見た霊場と同じ・・・、今も霊が流れ込んできています」

彰文の話では、この洞窟には死体が流れ着くのだという。

もしかするとそれもこの場の空気と何か関係があるのかもしれない。―――まぁ、はっきりと断言は出来ないけれど。

そんな麻衣と真砂子のやり取りの中、一足先にそれほど深くは無い洞窟の最深部に足を勧めた滝川は、そこに小さな祠があるのに気付き彰文へと振り返った。

「これの掃除も若旦那んちでやってるわけか?」

「ええ。母屋の仏壇と店にある神棚と・・・―――家はそういうのにうるさいですから」

大きさは、ダンボールを2つ積み重ねたぐらいだろうか。

見た目は神社にあるような、普通の祠だ。

しかし滝川の声に引かれて自然とその祠へと視線を向けたは、目の前の光景に僅かに眉を顰める。

確かに、そこには祠がある。

けれど、その祠が歪んで見える気がするのは気のせいだろうか?

「・・・なに?」

小さく呟き、思わずごしごしと目元をこすってもう1度祠を見やると、そこにはクリアな視界が広がっている。

「・・・疲れ目かな」

特別、夜更かしはしていないのだけれど。

思わず首を捻るが、しかしその祠をジッと見つめていても、先ほどのような歪みも何も無い。

きっと気のせいだろうと楽観的にそう結論付けて、は改めて会話を続ける滝川と彰文を見やった。

「子供の頃は大変でした。子供の手伝いっていうと、そういうのの掃除なんですよね」

「わかるわかる。俺んちも寺だったからさ〜」

苦笑交じりに呟く彰文に、実感できる部分が多くあるらしい滝川が懐かしむように笑みを浮かべて頷く。

それを認めたは、悪戯っぽく笑みを浮かべて。

「へ〜、ぼーさんがぼーさんやってた姿なんて想像できない」

「なんだとう?調査ん時見てるだろうが、俺の勇士を」

「ああ、そうだったそうだった。うん、頼りになるよね。頼りにしてるよ、ぼーさん」

「そのやっつけ仕事的な発言、やめてもらえます?」

尚も笑みを崩さないの頭を、滝川は乱暴にかき混ぜる。

それに咄嗟に文句を口にしながらも、は気付かれないよう小さく口元に笑みを浮かべた。

滝川はそう言うけれど、先ほどの言葉は嘘ではない。

本当に、頼りにしているのだ。

ナルがいない今、滝川がいなければ調査を続ける事など出来なかっただろう。

そしてこれまでも、横暴とも思えるナルの指示に従ってこられたのも、滝川のさりげないフォローや気遣いがあったからだとは知っている。

もちろん、それを素直に口に出す事はしないけれど。

「もー、この2人はいっつもこうなんだから・・・」

じゃれあう滝川とと、それを微笑ましげに見つめている彰文を横目に、綾子はため息混じりにそう呟く。

仲がいいのは結構な事だが、2人のやり取りに色気のいの字も感じられない。

そんな事は自分が心配してやる必要などないとは思っていても、元来面倒見のいい綾子にしてみれば、なんとももどかしい気分になるのだ。

「ちょ、ぼーさん!痛いって、マジで!!」

「俺の心の痛みに比べたら大した事ないだろーが」

「あはははは」

「笑うなっつーの」

尚もじゃれあう2人に、なんとなく話が逸れた事を感じ取った麻衣が、話を戻すように綾子を見やり慌てて口を開く。―――このままだと、いつまで経っても話が進まない気がしたのだ。

「で、でも綾子の家も神社でしょ?大変だった?」

「残念でした。アタシのうちは別に神社じゃないもーん」

「違うの!?」

しかし麻衣のそんな言葉は、綾子の思わぬ言葉に一蹴された。

仮にも巫女を名乗るくらいなのだから、当然綾子の家は神社なのだと思っていたのだが・・・―――まさかそんな落とし穴があったとは。

僅かに驚く麻衣を他所に、綾子は得意げに口角を上げて。

「アタシ、手伝いなんてした事ないのよねぇ。ほら、お嬢育ちで、その上一人っ子で甘やかされてきたからー」

それは果たして自慢になるのかどうかという突っ込みは、この際置いておいて。

綾子の得意げな表情に盛大に頬を引き攣らせた麻衣は、けれど好奇心には抗えず更に質問を投げ掛ける。

「じゃ、綾子んちってなにしてんの?」

甘やかされて育ったという下りはともかくとして、自分でお嬢というのだからまさしくそうなのだろう。

一体綾子の家は何をしているのだろうかとそれを言葉に乗せれば、綾子はキッパリと言い放った。

「医者よ」

「えぇ!?医者って、あのお金持ちで有名な医者の事!?」

別に医者は金持ちの代名詞ではないとは思うけれど・・・―――そんな突っ込みをする者は、残念ながら誰もいない。

そんな麻衣の驚きように気を良くしたのか、綾子は更に言葉を続けた。

「個人で総合病院をやってたから、まぁ金持ちだわね。なんでも家政婦さんがやってくれたしなー」

「か、家政婦!!」

お金持ちは、案外身近にいたようだ。

家政婦などドラマの話ではよく聞くが、実際に家政婦を雇っているというお宅など麻衣は聞いた事が無い。

思わぬ真実の暴露に、麻衣はポカリと口を開けて綾子を見つめる。

この時点で、再び話が逸れている事に、果たして彼女は気付いているのか。

そんな麻衣と綾子のやり取りを他所に漸くじゃれあいを終えた滝川は、改めて屈みこみ祠の中を覗きこむ。

そうしてそこにあるものに気付き、訝しげに眉を寄せた。

「若旦那。中に入ってる、こりゃなんだ?」

「え、なになに?」

滝川の言葉に引かれ、もまた祠の中を覗きこむ。

そこにはポツリと、木のようなものが祀られてあった。

「流木ですよ。多分、そうだと思うんですけど・・・。『おこぶさま』って言うんです」

同じく祠を覗き込んで、彰文は不思議そうな顔をする滝川とにそう説明する。

「おこぶ・・・あの岩の?」

「あれとは別なんじゃないかな?頭と手があって、なんだか人間みたいでしょ?しかもこの手って、こう見えませんか」

そう言って、彰文は右手の手のひらを見せるようにを胸の前で開き、左手の手首を返して同じく手のひらが見えるようにポーズをとる。

それに思わず同意を返した滝川に頷いて、彰文はチラリと祠へと視線を向けた。

「これって仏像によくあるポーズなんですよね。それで祀ってあるんだと思います」

確かに言われてみれば、そんな感じに見えなくもない。

それで、わざわざ祠まで建てて祀ってあるのだろうか。

「・・・おこぶさま、ねぇ」

また解らない事が増えたとばかりに小さく呟いて、屈みこんでいた身体を伸ばしたは小さく息をつく。

雄瘤と雌瘤に、十八塚。

それに加えて、謎の祠に祭られた流木。

謎は増えるばかりで、その先は一向に見えない。―――まぁ、それもいつもの事だけれど。

「・・・今回も厄介そうだなぁ」

誰にも聞こえないよう小さく小さく呟いて、はもう一度ため息を吐き出した。

 

 

彰文の案内で吉見家の敷地内を見て回り、もう他にめぼしいものは無いだろうと判断した面々は、その足でベースへ帰還した。

色々と曰くありげなものはあれど、今回の事件に関係があるのかどうかは今のところ解らない。―――まぁ、それを調べるのが仕事といえばそれまでなのだけれど。

「・・・えびす、か」

不意にポツリと漏れた滝川の言葉に、くつろいでいた麻衣は思わず顔を上げた。

その聞き慣れない言葉に、不思議そうに首を傾げる。

しかしそんな麻衣に気付いた様子のない滝川は、ひとつため息を吐き出した後、機材と向かい合っているリンへと視線を向けた。

「なぁ、リンさんや。下の洞窟に機材を置けねぇか?」

「海水の心配さえなければ置けなくはありませんが、電源が・・・―――バッテリーは2時間しか持ちませんし、1つしかありません」

キッパリと返ってきた返事に、同じくくつろぎつつ話を聞いていたは困ったようにため息を吐き出す。

文明の利器も、所詮は電気がなければどうしようもないのだ。

勿論あんな洞窟に電気など通っているはずもない。

バッテリーがいくつかあるならば、面倒だが2時間おきに交換に行くという手もあるだろうが。

そんなの考えを読んだのか、モニターを見つめていたリンは僅かに振り返って。

「インターバル・タイマーを使う手もありますが・・・」

「なんじゃ、そりゃ?」

「一定時間ごとにスイッチのオン・オフをする装置です。たとえば、1時間ごとに10分だけ撮影をするというような・・・。これだと最高、なんとか半日は持たせられますが」

「肝心要のところでスイッチが切れる可能性もあるわけだ」

「っていうか、それってほとんど映らない可能性の方が高いんじゃない?」

リンの説明と、追い討ちを掛けるの言葉に、滝川はがっくりと肩を落とす。

確かに、何時何が起こるか解らないこの現状で、1時間に10分だけの限られた撮影などどれほど価値があるのか。

やっぱり無理か〜と思わずぼやく滝川を認めて、リンはその視線を部屋に残っていた彰文へと向けた。

「崖の高さはどれくらいありますか?」

「えっと・・・10メートルちょっとです」

彰文の返答に、リンはなるほどと小さく頷いて。

そうしてその視線を再び滝川たちに向けると、無常とも思える一言を言い放った。

「それなら、なんとかここからケーブルを降ろせるでしょう。機材を運び込む労力さえ惜しまなければ」

その言葉に、滝川たちは思わず乾いた笑みを浮かべる。

「結局は肉体労働なわけね」

もうこの際、笑うしかない。

いつもいつも思うのだが、SPRの活動は一般的な霊能者のイメージとは程遠い。

どうしてかいつもいつも肉体労働に狩り出されているは、崖の上から洞窟までの道のりを思い出しがっくりと肩を落とした。

あの狭く足場の悪い海岸を、何十キロとある機材を抱えて歩く羽目になるとは・・・。

「こういうところは、ナルがいてもいなくても変わらないんだよね」

今は閉じられた襖へと視線を向けて、は諦めたように大きくため息を吐き出した。

 

 

「ぼーさん。さっき言ってた『えびす』って、なに?」

すっかりと慣れた手つきで機材を運ぶ準備をしていた麻衣は、ふと先ほどの滝川の言葉を思い出し、隣でケーブルを纏める彼へとそう声を掛ける。

それに訝しげに顔を上げた滝川は、そういえばさっきそんな事言ったっけ・・・と思い出しながら、不思議そうな顔をして自分を見ている麻衣を見返し口を開いた。

「ん〜、そうだな。要は漂着物って事かな」

「漂着物っていうと・・・?」

「海岸に流れ着いた珍しいものって事だ」

それは海中の石や死体、鮫や鯨など。

とにかく、滅多に見られないものが海岸にやってくると、これを豊漁の兆しだといって喜ぶ風習が漁村にはあったのだ。

「・・・死体」

滝川の説明に、麻衣は僅かに頬を引きつらせる。

海中の石などはなるほどと納得できるけれど、流石に死体までは共感できない。

そんな麻衣を認めて小さく笑った滝川は、更に説明を続ける。

「そういう漂着物を、そもそも『えびす』というらしい」

特に珍しい形の石。

ありがたい形の流木。

そういうものは良い事の前触れだといって、後生大事に祀ったりしたというわけだ。

「ほら、あの『おこぶさま』とかいう流木もそうでしょ?」

「うおっ!急に話に入ってくるなよ」

淡々と説明をしていた滝川の背後からひょっこりと顔を出し、更に口まで出したに、滝川は驚いたのか胸を押さえながら頬を引き攣らせる。

しかしそんな滝川の様子などさらりと無視して、は放置されたままだったケーブルに手を伸ばしつつジロリと滝川を睨みつけた。

「手が止まってますよ、滝川さん」

「だから滝川さんっていうのはやめろって」

わざと強調してそう呼ぶを非難しつつ、滝川はの手からケーブルを受け取り作業を開始する。

そうして今度は手を動かしつつ、今もまだ説明を待っている麻衣へと視線を戻した。

「実際に神社のご神体が漂着物だったりする事もあるしな」

「へぇぇ〜」

滝川の説明に、麻衣は感心したように声を上げる。

自分の知らない事は、本当にたくさんあるモノなのだ。

しかしそんな麻衣の感嘆の声に、滝川は僅かに眉を顰めて。

「だが、反対に『えびす』が悪い事の前触れだったりする事もある。台風とか、津波とかな。―――だから、まぁ・・・最初は『えびす』ってのは『海からくるもの』を神格化したんだろうな。元々は『夷』っていう字を書くんだが、それが後に商売繁盛の神様になって、文字もおめでたい『恵比寿』という字を書くようになった、と」

そこまで一気に説明をし終えて、滝川は苦笑交じりに麻衣を見る。

どうやらいきなり大量の知識を詰め込まれ、少し混乱しているようだ。

まぁ、麻衣の普段の生活にはほとんど関係がない事ばかりなのだから、そうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。

「もともと日本には『常世』という信仰があってな。常世っつーのは、平たく言やぁ不老不死の国だ。それが海の彼方にあると信じられていた。『海からくるもの』ってのは常世から来るもんだと思われてたんだな」

「・・・海からくるもの」

ま、こんなところだな。

そう付け加えて話を締めた滝川に、しかし麻衣は考え込んだ様子でボーっとどこかを見つめている。

それを横目に機材の準備を終えたは、先ほどの滝川の説明を思い返しながら感心したように頷いた。

「ぼーさんって、そうやってるとほんとにぼーさんみたいだね」

「・・・なにそれ。嫌味ですか?」

「やだなぁ、褒めてんのに・・・。もうちょっと素直に人の言葉を受け取ろうよ」

「お前が言うな、お前が」

苦笑交じりにそう返され、お返しとばかりに頭をかき回される。

それに反抗しつつも、その手が酷く心地良く思えて、は気付かれない程度に目を細めた。

いつの間にか、当たり前になっている空間。

いつも一緒にいるわけではないのというのに、こうして調査の度に顔を合わせ、そうして当たり前のように同じ時間を過ごす。

それは当たり前のようでいて、実はとても尊いものだとは知っている。

だからなのかもしれない。―――余計な茶々を入れてしまうのは。

そうすれば、絶対に誰かしらが反応してくれる事を知っているから。

「さ、それじゃ気は重いけど機材を運んじゃいましょうか」

「そうだな、気は重いけどな。―――ほら、麻衣。行くぞ」

「あ、うん」

それでもやるべき事はやらなければいけないとそう口火を切れば、同じように滝川も機材を持って立ち上がる。

何かを考え込んでいた麻衣もまた、それに習い機材を手に立ち上がった。

「さ〜てと、じゃあまずは・・・」

とりあえず一番重いカメラから運んでしまおうかと口を開きかけたその時、不意に名前を呼ばれたは自分を呼んだリンを認めて、どうしたのかと首を傾げつつ振り返る。

そんなをジッと見つめながら、リンは手元の紙束を彼女へと差し出して。

「あなたにはこの記録の処理をお願いします」

「え、私?」

「ええ」

キッパリと返され、は困ったように部屋を見回す。

確かに綾子や真砂子が、そんな手伝いをするとは思えない。

「じゃあ、機材は・・・?」

「あ、そっちはあたしたちがやっとくから!」

戸惑ったようなの言葉に、すかさず麻衣がそう声を上げる。

それには思わず目を丸くするが、麻衣がそういうのなら・・・と小さく頷いて。

「んじゃ、まぁ頑張って」

「うん、もね」

ガッツポーズを返され、は更に不思議そうに首を傾げる。

確かにリンに手渡された記録の纏めは面倒臭そうだが、気合を入れて頑張らなければならないのはむしろ麻衣たちではないかとそう思うのだけれど。

けれど何故か急にやる気に満ちた麻衣を見たは、そのままのノリでガッツポーズを返し、改めてリンへと向き直った。

そんなの背中をジッと見つめていた麻衣は、チラリと横目で滝川の様子を窺う。

麻衣は、特別リンとの仲を応援しているわけではない。

滝川も大切な仲間だし、それはリンも同じだ。

どちらか片方に肩入れをする気は、麻衣にはなかったけれど。

それでもきっと、リンは仲が良い滝川とを見て思わず声を掛けたのではないかと、同じく恋をする麻衣はそう思った。―――だから・・・。

「ごめんね、ぼーさん」

「・・・なにが?」

「ううん、なんでもない」

麻衣の小さな謝罪にしらばっくれた滝川を認めて、麻衣は困ったように苦笑を浮かべる。

とても居心地の良い、温かい空間。

けれど、それはきっと永遠のものではないだろう。

滝川とリンとの関係も。

そして自分とナルと真砂子の関係も。

どんな結末があるのかは解らないし、もしかすると誰も報われない可能性もある。

いつまでも、立ち止まってはいられないから。

それでもしばらくはこんな時間が続いてくれればいいと心の底から祈りつつ、麻衣は困ったように微笑みながら自分の頭をかき回す滝川の手を素直に受け止めた。

 

 

滝川と麻衣の頑張りで洞窟にセットしたカメラから送られる映像をぼんやりと眺めながら、は小さくため息を吐き出す。

ナルが眠りについてから、ほぼ1日。

これといって、思ったような進展は何もない。

事件らしい事件が起きていない事がせめてもの救いだが、このまま膠着状態に陥れば自分たちがどんどん不利になってくるのは目に見えていた。

けれどどう手を打てばいいのか解らないのが現状だ。

それにもう1度ため息を吐き出したは、ふとベースに滝川の姿がない事に気付いて不思議そうに首を傾げた。

「あれ、ぼーさんは?」

「誰かに電話するとか言ってたわよ。女かしらね?」

直後返ってきた綾子の返事に、は訝しげに眉を寄せる。

「・・・ぼーさん、彼女いないって言ってなかったっけ?」

咄嗟にそう言葉を返せば、綾子はニヤリと至極楽しそうに笑ってみせた。

「なによ、気になるの?」

「べ、別に!」

なんだか意味ありげな綾子の視線に思わず顔を背けながら、は慌ててそう答える。

気になるかどうかといえば、まぁ・・・まったく気にならないわけではないけれど。

それでも今そんな事を言えば、綾子にからかい倒されるのは目に見えている。

別に彼女が邪推するような、そんな理由ではない・・・筈なのだけれど。

そこまで考えたの脳裏にふと昨晩見た夢の光景が浮かび上がり、はそれを振り払うようにぶるぶると頭を振る。

あの夢を見てから、なんとなく調子が悪い。

体調が悪いわけではない。―――なんとなく、気分の問題だ。

そんなの挙動不審な行動に更に興味津々の視線を向ける綾子に気付き、は慌ててこの場の空気を変えるべくモニターと向き合うリンへと矛先を向けた。

「リンさ〜ん、何か異常は?」

「ありません」

「・・・あ、そう」

キッパリとした無駄のない短い返答に、はがっくりと肩を落とす。

話題転換に、リンを選んだ事が間違いだったのだろうか。

せめて、もう少しおしゃべりに付き合ってくれてもいいのに・・・とそう思いながら、はテーブルに頬杖をつきつつリンを見上げて口を開いた。

「ねぇ、リンさん」

「なんですか?」

「そういえば、リンさんは彼女いたんだっけ?結局、まどかさんは違うんでしょ?」

何の気もなしにそう問いかけたに、ジッとモニターを見つめていたリンが驚いた様子で振り返る。

そんなリンの様子にまでも驚き目を丸くする。―――自分は、何か変な事を言っただろうか?

そう考えて、改めて自分の発言を思い返したは、自分の発言の内容に気付いて気まずげに視線を逸らす。

話題を変えるつもりが、自ら墓穴を掘ってしまった。

けれどリンなら何事もなかったかのように綺麗さっぱりスルーしてくれるだろう。

そう、思っていたのだけれど。

「・・・気になるんですか?」

しかし直後リンから投げ掛けられた問いに、はバッと顔を赤らめた。

「きっ・・・!―――なんなんだよ、あんたらは!よってたかって人をからかって!」

今もまだニヤニヤと笑う綾子と、真剣な顔をして自分をジッと見つめるリンを交互に見ながら、は気まずさに声を上げる。

墓穴を掘ったのは自分だと解っていながらも、なんとなく納得できないこの空気。

らしくない事が十分に解っているだけに、なおさら居心地が悪い。

「だぁ〜って、アンタがそんな話題出すなんて思ってなかったから・・・」

「そ、それはあれよ。ちょっとした世間話っていうか、ちょっとした話題の糸口っていうか・・・」

追い討ちを掛ける綾子に、しどろもどろになりながら弁解する

しかしその言葉に、いつもの説得力はない。

それを察した綾子が、ここぞとばかりに追及の手を伸ばそうとしたその時だった。

突如バタバタと廊下から足音が響き、彰文の慌てた声が飛び込んでくる。

それにどうしたのかと立ち上がったは、そのまま廊下へと顔を出して。

「彰文さん?どうし・・・」

「大変です、兄が!!」

ちょうどお風呂に行っていた麻衣も戻ってきたところだったらしい。

どうしたのかと問いかける麻衣の声にも、彰文は顔色を悪くしたままそう声を上げるばかりで。

それに何かあったのだと察した麻衣とは、お互い顔を見合わせて先導する彰文の後を追った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

こんなにも話の締めに苦しんだのは久しぶりのような気がします。(どうでもいい)

まったく話が進まない『呪いの家』。

せめて、血ぬられた迷宮編よりは短くしたいと思ってるんですが。

作成日 2009.1.20

更新日 2010.5.23

 

戻る