この世には、不思議な事が満ち溢れている。

目に映るものばかりが真実とは限らない。

それは例えば、とても恐ろしいものだったり。

それは例えば、とても悲しいものだったりするけれど。

 

素晴らしき人生の幕開け

 

けたたましい目覚ましの音と共に、は眠りの底から引き上げられた。

薄っすらと開いた眼に映るのは、見慣れた自室の天井。

働かない頭でそれをぼんやりと眺めている間も、目覚ましは休む事無く己の使命を果たすべく怒鳴り声を上げている。

ああ煩いなぁと頭の片隅で思いながらもそれに手を伸ばし、叩きつけるように目覚ましのスイッチを切ると、は何事もなかったかのように再び布団の中へと潜りこんだ。

さん。朝ですよ、起きてください」

それと同時に軽いノックと優しい声が掛けられる―――まるで彼女の次の行動を読んでいるかのようなタイミングの良さに、は潔く二度寝を諦め気だるげに身を起こした。

まぁ、毎日の事なのだから読めて当然なのかもしれないが。

「・・・起きてるよ。すぐに下りるから」

本当の所を言えば『起きている』のではなく『起きた』なのだけれど。

そんな事はわざわざ言う必要もない―――どちらにせよ、結果は変わらないのだから。

そう声を掛ければドアの向こうの人物は待ってますと言葉を残し、規則的な音を立てて階段を下りていく。

その音をぼんやりと聞きながら、は身支度を整える為ベットから下り、クローゼットから制服を取り出した。

ブラウスを着、スカートを履く―――ブレザーはまだ着る必要はないだろうと1人ごちて、先ほど言った通り部屋を出て1階へと足を向けた。

いつも通りに居間へと踏み入れば、そこにはいつもと変わりなく落ち着いた・・・と言えば聞こえは良いが、無表情で愛想の欠片もない男が鎮座している。

そのすぐ傍では、先ほどを呼びに来た声と同じく優しげな面持ちの初老の男性が1人、かいがいしく朝食の準備をしていた。

「おはよう、一清。藤野さんも」

「・・・ああ」

「おはようございます、さん」

にこやかに朝の挨拶を交わす藤野と、全く表情も変えず・・・ましてや決して挨拶ではない返事を返す一清。

ああ、ってそれって挨拶じゃないでしょ・・・―――などという突っ込みは、最早の口からは出てこない。

いちいちそんな事を気にしているようでは、ここで生活など出来はしないだろう。

指定の位置に腰を下ろせば、目の前にはほかほかのご飯とお味噌汁が差し出される。

全体的に和風な家屋と同じように、この家では基本和食が多い。

勿論も和食は好きだし文句はないが、あまりにも何もかもが似合いすぎて時々複雑な気持ちにもなるのだけれど。

この家の中で洋風を探そうとすれば、それはの部屋ぐらいしかないだろう―――それも別に彼女の趣味というわけでも何でもなく、年頃の娘の為にと藤野が気を遣ってくれた結果に過ぎないのだが。

何故かいつも着物を着用している一清を盗み見て、まさか形から入る性質でもないだろうにと心の中で零し、それも今更だと結論付けて箸に手を伸ばした。

「いただきまーす」

「はい、どうぞ」

返って来た藤野の声を耳に、はさっそく味噌汁に手を伸ばす。

今日もいつもと変わりなく、味は申し分ない。

これでもう少し食事の相手が愛想良くなってくれれば言う事ないのだけれど。

そんな事を考えながら味噌汁のおわんをテーブルに戻したと同時に、目の前に座る一清が彼女の名前を呼んだ。

まさか思っていた事を口に出していたのかと一瞬危惧するが、まさか自分がそんなヘマをするハズがないと高をくくり、は何食わぬ様子で顔を上げる。

「なに?」

「今日の予定だが・・・」

全く変わらない表情で切り出されたその言葉に、はギクリと肩を揺らす。

まさか・・・とは思うが、あまり自分の予感は外れた事がないのだ―――事こういう事に関しては。

まぁ、彼がこんな風に話を切り出す時の話題は大抵決まっている為、今更勘が当たるだの外れるなどという問題でもないのだが。

「・・・なに?」

心持ち引きつった笑みを浮かべるを他所に、一清は至って冷静そのものの様子で口を開く。

「仕事だ。お前の学校には、もう既に欠席する旨は連絡してある。食事が済んだ後着替えて来い」

有無を言わさぬ口調に、目に見えての顔が強張った。

それを拒否する権利をは持ってはいないのだけれど・・・それでも全く反論がないわけでも勿論ない。

「あのねぇ・・・いつもいつも思うんだけど、当日報告は止めてくれる?せめて2・3日前に言っておいてくれれば・・・」

「今日言おうと昨日言おうと、大した問題はないだろう」

あっさりとそう告げられ、のこめかみがピクリと痙攣する。

「どうせ結果は変わらない。まぁ・・・次回からは気を付けよう」

突き放すような言い方をした後には、すぐに譲歩の言葉を放つ―――それは今回で何度目の台詞だとも思うが、そう言われてしまっては怒鳴り返す気も失せてしまうというものだ。

それも一清の作戦の内かもしれないと思うと複雑なものはあるが、やはり彼の言う通り結論は変わらないのだから仕方ないとも思えた。

一清の言った『仕事』という言葉に、はウンザリとした様子で肩を落とす。

は・・・そして一清は、世間一般で言う『霊能力者』だ。

それは勿論彼女たちだけではなく、彼女たちの一族・・・家の者全員がそうだという一風どころかかなり変わった一族なのだ。

一族の者全てが大なり小なり霊能力と呼ばれる力を持ち、それを用い業界用語で言えば『拝み屋』を生業としている。

一族全員がそうなのだから、その規模も大きい。

そちら関係の業界ではかなり有名らしく、の名を出せば同業者の大抵は怯んだ様子を見せる。

その一族のトップである当主の座に就いているのが、の目の前に座っている若干27歳という若さを持つ無表情で愛想の欠片もない青年、一清なのだ。

そしてはというと・・・。

の当主には、必ず月華と呼ばれるパートナーが存在する。

その月華の選出は、当主の独断に委ねられている―――それは言葉を変えれば、拒否権はないも同然の事。

そうは言っても月華は実質一族のナンバー2に当たる権力を持つ為、その座を狙う者はいても拒否する者はほとんどいないだろうが。

そうしては、一清に彼の月華として選ばれてしまったのだ。

けれども、はそれを拒否した。

そこは相手が相手だけに最初はやんわりと遠回しに・・・―――それでも聞き入れてもらえなくなれば時には強引に拒否の意思を伝えたのだけれど・・・結果は見ての通りだ。

結局押し切られる形で月華への就任を強要され、それでも最後の足掻きとばかりにほんの少しの交換条件を突きつけて受け入れる事にしたのだ。

既に事故で両親を亡くしていたはそんな形で一清に引き取られ、この家に住むようになり、そうして月華として仕事をする事になった。

仕事と言っても、月華の役割は基本的には当主のサポートである。

当主自らが仕事として表に出ない限り、が狩り出される事もない―――が、勿論全くないわけでもないのだ。

仕事となれば学校は休まなければならないし、時として危険も生じる。

家柄の都合上欠席はそれなりに大目に見てもらってはいるが、そこは成績次第という条件付だ。

元々かなり偏差値の高い進学校に通う身としては、多少厳しいものがある。

まぁ、そんな事を一清が気にしてくれるわけもないのだが。

「でも珍しいじゃない。面倒臭がりの当主自らが出るなんてさ」

学校に欠席届を出されてしまった以上、拒否する事は不可能だと悟ったは諦めのため息を吐き出し、焼き魚をつつきながらそう話を切り出す。

多少の嫌味も含めて・・・―――それくらいは許されるだろうと思いつつも、一清がそんな嫌味を気にするような人物ではないという事も重々に承知した上で。

案の定一清は気にした様子もなく、湯飲みを口元へ運びつつサラリとにとっては衝撃的な一言を和やかな食卓に投下した。

「俺が行く筈がないだろう。行くのはお前1人だ、

「・・・は?」

告げられた言葉を一瞬理解できず、は間の抜けた声を上げる。

目の前の彼は、今一体何を言ったのか。

目でそう問い掛けると、それに気付いた一清はヤレヤレとため息を吐き出して。

「だから俺は行かないと言ったんだ」

馬鹿にしたような視線と共に、呆れの混じった声を投げつけた。

「ちょっ!行かないってどういう事?」

「どういう事もなにも、言った通りだ。俺が行く必要もないからな」

そう言い捨てた一清の言葉と同時に、何枚かの紙束がの目の前に突きつけられる。

ゆっくりとそれに視線を移すと、そこにはにっこりと微笑む藤野の姿が。

まさに四面楚歌。

こうなった2人からは逃れられない事を、は嫌というほどよく知っている。

基本的に月華は当主のサポートを常とし、1人で仕事に出る事はない―――筈なのだけれど、時として1人で仕事に出される事も少なくはなかった。

一清に言わせれば経験の為と言う事なのだが、にとっては迷惑以外の何者でもない。

それでも仕方がないとばかりに何とか自分自身を説得し終えたは、渋々差し出された紙束を受け取り斜め読みする。

「学校・・・旧校舎?うわ、なんだかいかにもな・・・」

「怪談ではよくあるシチュエーションですよね」

にこにこと微笑む藤野を見上げて、は乾いた笑みを浮かべる。

そんな笑顔で話す内容でもないだろうに・・・とは思うが、彼の笑った顔以外を見た事がないがそれ以上追及する事はない。

せめて笑い話にでもしなければ、やってられないというのが正直な心境だ。

「工事を始めると犠牲者が出る、ね」

「ええ。まぁ、色々と噂も絶えないようですが・・・」

そう前置きをして、藤野も給仕の手を止め同じように畳の上に座る。

は先ほど受け取った紙束を藤野へ返し、再び食事を再開した―――わざわざ読まなくとも、これから彼が詳しく説明してくれる事は解っていたからだ。

「この旧校舎が実際に使われていた18年前までは、確かに数人がそこでお亡くなりになっているようです。工事中に屋根が落ちるという事故もあったようですが、死亡者が出たという事実はありません。まぁ、怪我人は出たようですけど」

「・・・怪我人」

「しかしそれについては、業務上のミスという結論が出ています。その後・・・今から6年ほど前には旧校舎内で子供の遺体が発見されていますが、こちらも営利目的の誘拐だという事で犯人は逮捕されました。自殺した教師もいますが、こちらは遺書が残されていました。原因はノイローゼだとの事です」

今回の依頼の報告書を食事を取りながら聞いていたは、動かしていた手を止め箸をテーブルの上に戻す。

いくらこういう仕事に就いていても、食事中に聞いていたい話ではない。

そして食事の片手間に簡単に聞いていい話でもないと、は思った。

そんなを見た一清もまた、持っていた湯飲みを置き微かにため息を吐く。

「どの件も噂の域を出ないものばかりだ。確かに不吉だと言われても可笑しくないほどの出来事は起こっているが、どれも原因ははっきりしている」

「それはまぁ・・・そうだけど」

それでもこれだけ事件が続けば、噂になるのも不思議ではない―――それでなくとも学校には怪談話は付き物なのだから。

「大丈夫ですよ。調べた限りでは霊がいる可能性も低そうですし」

「別に怖いわけじゃないけど・・・」

宥めるように微笑む藤野を見返して、は少しだけ沈んだ面持ちでそう答える。

別に怖がっているわけではないのだ―――勿論、全く怖くないかといえばそうでもないのだけれど。

が感じているのは、そうではなくて。

霊と接触をすれば、相手の感情は否応なくの中に流れ込んでくる。

それは決して良い感情とはいえない―――深く、暗く、苦しく、そして悲しい。

当たり前だが、そんな感情を自分から感じたいなどとは思えなかった。

それでもそれを生業としているのだから、彼女にどうこう言う権利はないのだが。

「・・・ま、仕方ないか。んじゃ、行って来るよ」

結局早々に食事を切り上げ、は普段着に着替えるべく居間を出る―――いくらなんでも制服姿で行くわけにも行かない。

。自分の手に負えないようなら連絡して来い。助けてやらなくもないぞ」

「・・・絶対っ!連絡しない!!」

明らかな挑発にも素直に乗って、その勢いのままは自室へと戻る。

一清がわざと自分を怒らせようとしていたのは勿論解っていた―――手段は少し腹の立つものではあったが、ここは素直にありがたいと思ってやらなくもないと、は先ほどの一清と同じような物言いを心の中で返す。

部屋に戻ったは私服に着替え、手早く準備を整え再び部屋を出る。

玄関には見送りの為に藤野が立っていた―――そこに珍しく一清の姿も見つけ、は思わず軽く目を見開く。

珍しい事もあるものだと1人ごちながらも、なんだかんだ言いつつも過保護ぎみな己の上司を見上げ苦笑を漏らして。

「それじゃ、行って来るね」

「いってらっしゃいませ。どうぞ、お気をつけて」

「ヘマをするなよ」

藤野のどこまでも優しい見送りの言葉と、一清のどこまでも素直ではない見送りの言葉を受けて、は幾分か気分を浮上させつつ家を出た。

 

 

そんなの背中を見送って。

深くため息を吐いた一清を見やり、藤野は含み笑いを漏らす。

それに何だと言わんばかりに睨みつける己の主人を横目に、しかし藤野は普段と変わらぬ様子でいいえと軽い口調で返した。

自分から提案しておいて、この有様とは。

そんなにも心配ならば、意地など張らず自分も行けば良いのに。

そういえばこの青年はきっと、自分がいてはの為にはならないと言うのだろう。

確かに一清がいれば、の身の安全は保障される―――立場的に言えばが一清を守る側であるはずだというのに、一清はそれを良しとはしないから。

勿論1人を守り通せるくらいの実力が、彼にはあるからなのだけれど。

「経験はどれほどあっても困らない。今のあいつに必要なのは、自分自身の力で手に入れる経験だ」

「はいはい、その通りですよ」

「・・・・・・」

自分に言い聞かせるような呟きに返って来たのは、藤野のからかうような同意の声だった。

全て見透かされているのだという事を十分に察した一清は、不機嫌そうに黙り込みすぐさま彼を置いたまま居間へと戻っていく。

普段から大人びている彼の歳相応の姿を目に映しながら、藤野はもう一度クスリと笑った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゴーストハント夢、開始です。(オリキャラしか出ていませんが)

色々と無理のあるオリジナル設定多いですが(いつもの事)、一応原作沿いで。

でも小説沿いにするとどんどんと長くなって行きそうなので、一応はマンガをベースに進めて行きたいなぁと。

あまりオリキャラを出すつもりはないのですが、今回は一応2人だけ。

主人公の上司(?)である一清くんと、執事的存在の藤野さんです。(まぁ、あまり出番はないでしょうが)

作成日 2006.2.27

更新日 2007.9.13

 

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