突如旧校舎内に響き渡った女の悲鳴。

悪霊の棲むという曰く付きのそこで、前触れもなく起こった事件。

そしてついに、第一の被害者が・・・!!

「・・・なんて展開になったら、そりゃもうスリリングなんだけど」

「そんな呑気な事言ってる場合か!!」

おそらくは綾子の悲鳴だろう発生源へと駆けつける中、そうボソリと呟いたに同じく廊下を駆けていた麻衣がすかさず突っ込む。

そんな緊張感があるのかないのか解らない状況の中で。

 

それはとても確かな

 

「とりあえずまぁ、無事で何よりという事で」

この状況を無事というのかどうかはさておき、突然開かなくなったドアのせいで教室内に閉じ込められた綾子は怪我1つなく救出されたのだから良しとして。

麻衣から送られる呆れた眼差しを綺麗に流し、怒りを滲ませた声色で先ほどの状況を説明する綾子を眺めて、はふむと頷いた。

校舎内を見て回っていた綾子は、教室に入ったところ、いつの間にか閉まっていたドアが原因で閉じ込められたのだという。

自分で閉めたのではないかという滝川の問いにも猛烈な抗議を送って、買って来た缶コーヒーをゴクリと喉に流し込む。

結局は滝川とナルの2人がかりでもドアを開ける事が出来なかった為、滝川が力に任せてドアを蹴破る事で綾子は無事に教室から出る事が出来たのだ。

いくら使われていない旧校舎とはいえ、器物破損に値するのではないかとはピントの外れた考えを抱くが、そうだとしても弁償を求められるのはどちらにしても自分ではないのだからと、突然荒いだ綾子の声に我に返り、は早々に疑問を放棄した。

「絶対にここ、何かいるわよ!」

「霊はいませんわ。なんの気配も感じませんもの」

自ら身に危険を感じた綾子が、物凄い剣幕でそう捲くし立てる。

しかしその推測は、静かな落ち着いた声に一蹴された。

「・・・なによ、あんた」

「仮にも霊能者なのでしょう?あの程度の事で声を上げるなんて情けなくなりません?」

「小娘は黙ってなさい!あたしは顔で売ってるエセ霊能者とは違うのよ!」

「容姿をお褒め頂いて光栄ですわ」

段々と話がずれて来ているような気がする。

綾子と真砂子の遣り取りに呆れた眼差しを向けつつ、は困ったように頭を掻く。

ここは止めるべきなのだろうとは思うのだけれど、どうにも率先して割り込みたい空気でも話の内容でもない―――女の喧嘩は恐ろしいのだと、年頃の女子として同じ女を身近に見ているは十分に察している。

触らぬ神に祟りなし。

まさに、その通りなのだ。

「あたしはこの場所に住んでる地霊の仕業だと思うわ」

真砂子と睨み合っていた綾子は、気を取り直して彼女から顔を背けるとそう断言する。

その発言に対し、あまりこういった事に知識の薄い麻衣が不思議そうに首を傾げた。

「チレイ?地縛霊のこと?」

「んー、違うわね。地縛霊っていうのは何か因縁があって、その場所に囚われてる人間の霊をいうの。地霊は土地そのものの霊・・・精霊の事ね」

綾子の説明に、麻衣はなるほどと相槌を打つ。

それを見ていた滝川が、綾子に続いて口を開いた。

「俺は地縛霊の方だと思うけどなぁ。この校舎、昔なんかあったんじゃねぇ?」

手に持った缶コーヒーを弄びながら、滝川は言葉を続ける。

「んで、その霊が棲み家を無くすのを恐れて工事を妨害してる感じじゃねぇ?」

「君はどう思う、ジョン?」

滝川の意見に、ナルは先ほどから黙っているジョンへと話を振った―――声を掛けられたジョンは真剣な表情でナルを見つめ返す。

「ボクにはわかりまへんです。ふつう幽霊屋敷の原因はスピリットかゴーストですやろ?」

「スピリット・・・精霊か。―――ゴーストは幽霊。聞いているか、麻衣」

「ご親切にどーも!!」

バカにしたようなナルの口調に、麻衣は引きつった表情で礼を返す。

どこから手に入れたのか、釘を弄びながら、ナルはジョンの言葉に耳を傾ける。

原因がスピリットならば、そこが地霊ゆかりの土地であるか、その場所に悪魔を呼び出した事があるか。

ゴーストが原因なら、それは地縛霊という事になる。

そう言い終えた後、綾子と滝川両名に地霊だ地縛霊だと詰め寄られたジョンは、怯えたように顔に笑みを張り付かせ後退さる。

「・・・君はどう思う?」

まるで脅されているようなジョンを大変そうだと他人事のように眺めていたは、唐突に意見を求められ目を丸くしてナルへと視線を向けた。

それと同時に、ジョンへと詰め寄っていた滝川と綾子もへと視線を送る―――そこには自分の意見こそが正しいだろうと言う無言の重圧があった。

それに対し、は誤魔化すように乾いた笑みを浮かべて。

「具体的な発言は、今は控えたいと思うんだけど・・・」

「何故?」

「何故って・・・私はまだ、ちゃんと調査していないからね」

正直にそう告げる。

「ちゃんと確かめられる手段があるんだから・・・それをする前に推測だけで話をしたくないの」

推測はどこまでいっても推測でしかない。

それをするのは、行き詰まった時だけで十分だとは思う。

の言い分を認めたのか、ナルは納得したように小さく頷いて・・・―――それでも、早く確かめて欲しいものですねという嫌味も忘れずに。

「とにかく祓い落とせばいいんでしょ!?あたしは明日、除霊するわよ。こんな事件、いつまでも関わってらんないもの」

早々に話し合いに見切りをつけた綾子がそう言って教室を出て行くのを、真砂子はため息混じりに見送る。

「無駄ですわ。霊はいないと言ってますのに・・・」

「でも、ここ色んな噂があるよ。それにさっき巫女さんが閉じ込められたのは?」

「あの方の気の迷いですわ」

一応フォローするわけでもないのだが、麻衣がそう疑問を投げかけると、しかし真砂子はキッパリとそう言い切る。

その自信はどこから来るのだと思わず突っ込みたくなったが、霊の姿を見る事ができない自分には分からない事なのだろうと結論付けて、麻衣は少しだけ考え込む。

「でも・・・ナルとぼーさんの2人がかりでも開かなかったドア。それをぼーさんが言ってたみたいに、巫女さんが自分で閉めたりできるかなぁ・・・」

「建て付けが悪かったんじゃないの?」

「うわっ!!」

自分の考えに返事が返ってきた事に、麻衣は思わず声を上げた。

どうやら考えが口に出ていたらしい―――隣に立つがにこにこと微笑みながら、優しい眼差しで麻衣を見つめていた。

「麻衣は頑張り屋さんだね。私、そういう子好きだよ」

「え?あ・・・それはどうも」

どう答えて良いのか解らずとりあえず礼を口にすると、は笑みを更に深める。

「・・・でも、さっきの話だけど。建て付けが悪いくらいで、閉じ込められたりする?」

「う〜ん、するんじゃない?私の家にも建て付けの悪い部屋があるけど、開けるのに結構コツがいるんだよね。―――例えば、開ける前に思いっきり蹴るとか」

「・・・がどんな家に住んでるのか、凄く気になるんだけど」

普通でしょと首を傾げるから視線を逸らし、麻衣は遠い目で窓の外を眺めた。

確かにの住む屋敷・・・と呼べるほど広い家は純日本家屋であり、それなりに年季が入っている事は否定しないが。

「それよりも良いの?あっち放っておいて」

今日一日の目まぐるしい出来事を思い出してため息を吐いていた麻衣の耳に、の少しだけ楽しげな声が届く―――それに引かれるように視線を向けると、そこにはナルに声を掛ける真砂子の姿が。

先ほど綾子に対して辛辣な言葉を吐いていた時とは違い、静かに・・・けれど不思議そうにナルを見つめ首を傾げている。

「ほー・・・」

「・・・こんな所でナンパかよ」

「やるなぁ、真砂子」

三者三様の感想を漏らし、滝川と麻衣とは2人の遣り取りを観察する。

まぁ『どこかで会った事がないか』という手口は、ナンパとしては古すぎるだろうが。

ともかくも日が暮れるということで引き上げる事を決めたナルと麻衣に、もまた今日はとりあえず帰るかと暮れかけた空を見上げる。

続々と現れた霊能者たちと、その1人を巻き込んだ事件に気を取られ、全く仕事をしていない事を思い出しながら、さて帰ったら当主にどう説明しようかと思案した。

ともかくこの状態から行くと、明日も学校を休まなければならない事は明白である。

本音を言うならば、さっさと片付けたかったのだけれど・・・―――真砂子の言い分を認めるならば霊はいないそうなのだし、いつまでも関わっている理由もない。

それでも一度引き受けた仕事を途中で投げ出すほど、は無責任ではないつもりだ。

「・・・ま、見てみれば解るか」

そう簡単に結論付けて、引き上げるナルたちと共に旧校舎を後にした。

 

 

翌日、とりあえず当主を説き伏せ悪あがきではあるが一限と二限だけ学校に出たは、その後学校を早退し麻衣の高校へと向かった。

藤野の送迎の車の中で私服に着替え校門前で下ろしてもらい、頑張ってくださいとにこやかな微笑みを浮かべる藤野に見送られ旧校舎へと足を向ける。

そこは昨日と変わらず、不気味な雰囲気を放っている―――旧校舎付近におそらくはナルの所有物であろう車を見つけ、やはり今日もいるのだと内心安堵した。

いくらなんでも、この校舎内を1人でうろつき回りたいわけがない。

常に一緒にいなくとも、自分以外の誰かが旧校舎内にいると思うだけで全然気持ちは楽なのだ―――何かあった時、あのナルが助けてくれる事を期待しているわけではないが。

「おー、。今日も来たのか」

突然背後から掛かった声にゆっくりと振り向けば、そこには明るい笑顔を浮かべる滝川の姿が。

まぁあれで引き上げるとは思っていなかったが、やはり今日も彼は来ていたらしい。

そっちこそと返せば、当然だろうと返事が返ってくる。

「んで、今日はお前さんも仕事をするんだろ?」

「まぁ、一応はそのつもりだけど・・・」

「んじゃ、俺も一緒していいか?噂の家の月華の仕事振りとやらに興味があるんでね」

好奇心を隠す事もない滝川の表情に、は呆れたようにため息をついて。

こんな風に興味を抱かれる事は、大して珍しい事でもないのだけれど。

寧ろ、常に好奇心と嫉妬と憎悪と嘲笑が複雑に入り混じった眼差しを向けられる事の方が多い―――そういう意味で言えば、まだ彼の様子は可愛らしいものではある。

「・・・別に特別な事するわけじゃないんだけど」

「いいじゃねぇか。ほら、さっさとお仕事お仕事」

それよりも寧ろ貴方の方がお仕事したら?と反論したい気もしたが、別に傍で見物される事に支障がない事も確かなので、滝川の気が済むのならばそれでいいかと思い直した。

さっきもいったが、旧校舎内を1人で歩き回る事を考えれば、マシな状況かもしれない。

旧校舎内に足を踏み入れ、さっそくナルたちのベースへと向かう。

勿論授業中なので麻衣の姿はない―――ナルも別の所で仕事をしているのか、今は姿が見えなかった。

そんな中、は空いた机を見つけそこへ向かい椅子に座ると、ゆっくり目を閉じて深呼吸を1つ―――何をするつもりなのかと訝しげに眉を寄せる滝川をそのままに、手を自分の耳元へと伸ばした。

「・・・何をするつもりなんだ?」

控えめに掛けられた問いにも答えず、自分の耳を飾っている緑の石のピアスを外す。

もう片方も取り外して、それを机の上に敷いた白い布の上に静かに置いた。

そうして最後に左手首を飾っている、同じく緑の石で作られたブレスレットを外して。

ゆっくりと深呼吸を繰り返した後、は静かに瞳を開いた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

無言のまま真っ直ぐ前を見詰めるの傍らで、一体何が起こるのかと滝川も固唾を飲んで見守る―――しかし一向に何の変化も訪れる様子はなく、焦れて思わず声を掛けた。

「・・・・おい」

「さてと、行こうか」

その声を合図にとばかりに唐突に立ち上がったは、訝しげな表情を浮かべる滝川を見上げにっこりと微笑む。

その有無を言わさぬ声色に反射的に頷いた滝川は、歩き出したの後を慌てて追いかけた。

まずは昨日綾子が閉じ込められたという教室へと向かう。

蹴破られた扉を踏みつけながら室内に入ったは、ゆっくりと慎重に部屋の隅々に目を通す―――暫くの間そうしていたは、ふむと小さく頷きすぐに次の教室へと向かった。

何がなんだか解らないまま、ただの後を付いて行く滝川。

旧校舎内全てを見て回る頃には既にそんな遣り取りにも飽きてしまい、漸く再びベースに戻ってきた頃には、滝川の表情には疲れが滲んでいた。

そんな滝川をも綺麗に無視して、は椅子に腰を下ろすと先ほど外したピアスとブレスレットを再び身につける。

そうしてまるで儀式のように深呼吸を1つ繰り返し、やはり己の傍らに立つ滝川を座ったまま見上げてにっこりと微笑んだ。

「お疲れ様、ぼーさん」

「ああ、俺がいるって事は認識してたんだな」

「それは勿論」

「・・・綺麗さっぱり無視されてたから、てっきり気付いてないのかと思ってたよ」

「それは失礼。神経を集中させていたものだから」

滝川からの嫌味をにっこりと微笑みながら受け流して、は疲れたように肩に掛かった髪の毛を払いのける。

「それで?さっきのは一体なんだったんだ?それにそのピアスとブレスレット・・・」

「ああ、これはね。ちょっと特別製なの」

そう言って滝川の視線が向けられた己のピアスを軽く弾いて、はクスクスと笑みを零した。

「・・・特別製?」

「う〜ん。まぁ、簡単に説明するとね。私は霊を見る力がとても強くて・・・」

微笑んでいたの表情に、微かに憂いの色が浮かぶのを滝川は見逃さなかった。

彼女と知り合ってまだ2日。

けれどそのどの場面でもこんな表情は一度も見せた事がない―――こうして見ると、がまだ高校生だと忘れてしまいそうになる。

「解りやすく言うと、普通に見えるんだよね。ほんと、まるで生きてる人と同じくらいに」

ため息混じりに吐き出された言葉に、滝川は目を丸くする。

生きている人間と同じくらい霊の姿がよく見える霊能者など、初めて聞く。

確かにそれくらいの力がなければ、あの霊能者一族の月華は務められないだろうとも思うが・・・―――それでもその話が本当ならば、なんとも強力な能力だ。

「でもそれじゃ、日常生活に支障がないか?」

「うん。だからこのピアスとブレスレットをね・・・付けてるの」

そう言って掲げられたの左腕に掛かるブレスレットが、蛍光灯の灯りを受けて鈍い光を放っている。

「このピアスとブレスレットに使われている緑の石はね。何でも力を抑える効果があるんだって」

「・・・ああ、そういう話は聞いた事はあるけど」

「そこに当主様直々に色々と細工を施して、これを付けている間は私の力を押さえ込んでくれてるの」

「へー・・・」

「・・・って、言ってた」

感心したように声を上げる滝川に、つい先ほどまで真剣な声色で話をしていたがコロリと口調を変えてそう言い放つ。

そうして少し照れたように微笑んで、実は私も詳しい事はよく解らないのと零した。

けれどとりあえずそのピアスとブレスレットがの能力を抑えている事に違いはない。

これのお陰で、は多少の不具合があれども比較的穏やかに日常を過ごせているのだから。

「まぁ、これを付けてても強い力を持った霊とかはやっぱり見えちゃうんだけど。それでも大抵の霊ならこれが守ってくれるから」

そう言って愛しげにピアスに触れて、は穏やかな笑みを浮かべる。

こうして強い力を持つという事も大変なのだと、滝川はそう思った。

ピアスがなければ日常生活に支障が出るなど・・・―――きっと今まで散々苦労をして来たのだろう。

「でも、今日はありがとうね。ぼーさんが一緒にいてくれたから、ちょっと気が楽だった」

考え込んでいた滝川の耳に、柔らかいの声が届く。

顔を上げれば穏やかに微笑むの顔―――今まで向けられていたものとは少し違う、親しみの篭った眼差し。

「・・・そ、そうか?」

「うん。何かあったらぼーさんを盾に逃げれば良いと思ったし」

それに照れて思わず視線を逸らしたが、返って来た言葉にがっくりと肩を落とす。

ああ、やっぱりこういう落ちだったのかと思いつつ、悔し紛れに乱暴にの頭を撫でた。

「礼はデート一回で良いよ」

「それ、セクハラっぽい」

「煩い」

冗談交じりに悪戯っぽく微笑むに同じく笑みを零した滝川は、そう言ってもう一度の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

 

 

ともかくも一応の調査は終わったという事で、と滝川は気分転換も兼ねて少し早い昼食を取る為学校を出た。

平日という事も有り客の少ないファミリーレストランで食事を取った後、2人はブラブラと再び学校へと戻る道を歩く。

そういえば先ほどの調査の結果がどうだったのかを聞いていなかったと、旧校舎が見えてきた頃漸く思い出した滝川は隣を歩くへと視線を向けるが、はお腹がいっぱいになり機嫌が良いのか、柔らかな笑みを浮かべながら鼻歌などを歌っている。

その姿を見ていると、何故か仕事の話をするのが無粋な事のように思えて、滝川は開きかけた口を閉じた。

どうせ旧校舎に戻れば嫌でも仕事はしなければならないのだ―――それならば結果を聞くのはその時で良いだろうと。

それにこうして昼食に出るという事は、おそらくそれほど切羽詰った状態でもないのだろうと結論を出した。

「ねぇ、ぼーさん」

鼻歌を歌っていたが、唐突に顔を上げ背の高い滝川を見上げる。

突然話し掛けられた滝川は、ずっとを見ていた事を悟られないよう慌てて視線を逸らし、なんだぁと気の抜けた・・・なんでもないかのような声で返事を返した。

「何でぼーさんは、霊能者になろうと思ったの?」

「・・・そりゃまた、突然だな」

「ん〜・・・ま、ちょっと気になってさ」

それは自分の事が・・・だろうか?―――それとも一般的に見て、だろうか?

の口調からはどちらとも判断し難い。

まぁ、この場合はおそらく後者なのだろうけれど、とため息を吐き出して。

「何でって言われてもなぁ・・・。別になろうと思ってなったわけじゃねぇし」

「ああ、そっか。実家が高野山でお寺してるんだっけ?」

「そうそう。ほんで山を降りたは良いけど、やっぱ坊主って事で色々と相談されたり駆り出されたりする事が多くてな〜。それで・・・」

「霊能者なんてやってるんだ。・・・ふ〜ん」

自分で聞いたというのに気のない返事を返して、は視線を滝川から前方へと戻す。

「そういうお前は、何で霊能者なんてやろうと思ったんだ?」

「愚問でしょ」

「・・・ああ、そうだった」

素っ気無く返って来た答えに、滝川は納得したように頷く。

確かに愚問だったと、思わず苦笑を浮かべた。

霊能者一族に生まれた、高い能力を持つ者。

それだけで霊能者になるには十分すぎる理由だろう―――そこに本人の意思が反映される事はないのかもしれない。

「・・・この仕事、嫌か?」

ブラブラと歩みを進めるを見下ろして、滝川は静かに問う。

先ほどの問いと現在のの様子から見て、そうなのではないかと思えた。

「ん〜・・・。ま、嫌かどうかはこの際置いといて」

「置いとくのか・・・」

全く答える気がなさそうなその口調に、滝川はわざとらしくがっくりと肩を落とすマネをする。

人に聞いておいて自分は答えないつもりなのかとも思ったが、無理強いをしてまで聞くほど重要な質問でもない。

聞いても現状は何も変わりはしないし、自分に何かしてやれるわけでもないのだからと。

そんな滝川の心情を知ってか知らずか、は少しだけ歩調を速めて滝川の前へと回り込むと、不思議そうな表情を浮かべている彼から距離とってクルリと身を翻した。

フワリ、とのミニスカートと長い黒髪が宙に舞う。

「でも、それで自分の存在が証明できるなら、簡単な事だと思わない?」

「・・・・・・」

にっこりと。

向けられた綺麗な微笑みに、滝川は言葉を無くしその場に立ち尽くした―――まるで魅入られたようにを凝視する。

その笑みの奥に、相反する感情を見つけたからかもしれない。

まるで全てを悟った大人のように笑う少女に、掛けてやる言葉が見つからなかった。

「さ、早く戻ろう。そろそろみんな集まってる頃だと思うし・・・」

「あ・・・ああ」

漸くそれだけを返し、前を歩くの後を追うように滝川も足を踏み出す。

高校3年生と言えば、もう大人と言ってもいい年頃だ。

人によっては酷く大人びた者もいるだろう―――だからが大人びた表情を見せても、それほど不思議はないはずなのだけれど。

それでも先ほど見たあの笑みを、大人びたという言葉だけで片付けて良いのか滝川には解らなかった。

言葉を変えてしまえば、それはまさに絶望にも似た・・・。

「どうしたの、ぼーさん。早く行くよ」

「・・・解ってるって」

気付けばずいぶんと先を歩くに急かされ、滝川は歩く歩調を速める。

一体どんな風に今日までを過ごして来たのか・・・それを聞いてみたい衝動に駆られた。

けれどそれは好奇心で聞いて良い事ではないと、滝川は解っている―――そしてまだ出会って2日しか過ごしていない自分が聞くべき事でもないと。

どうにもすっきりしない気分を抱えたまま、それを誤魔化すように乱暴に髪を掻き毟って。

全て忘れてしまおう・・・見なかった事にしてしまおうと都合の良い結論を下して、滝川はと共に旧校舎へと戻った。

 

 

「まあ、よく見てるのね。軽く祓ってやるわよ」

と滝川が旧校舎に戻った頃、ちょうど昼休みを利用して、昨日言っていた通り綾子が除霊を行うところだった。

「ほんとに出来んのかねぇ・・・。ま、見物ぐらいしてみるか。とボウヤはどうする?」

「・・・神道式の除霊というのは見た事がないな。見てみようか」

「そうだね。ここはしっかりと綾子の勇姿を見守ってあげないと」

姿を消していたナルもその場に顔を見せ、綾子が除霊をするという事を聞きつけた麻衣や黒田もその場に姿を現す。

いつの間に来ていたのか、ジョンと真砂子も同席し、校長が見守る中厳かな雰囲気で綾子の祈祷は始まった。

巫女服に身を包んだ綾子は、玄関ホールに設置された台の前に立ち、普段とは違う静かな声で祝詞を唱え始める。

「・・・ふむ」

シンと静まり返ったその空間に、綾子の放つ祝詞が響き渡った。

それを少し離れたところで見物していたは、思わず込み上げてきた欠伸を何とか噛み殺し、目尻に浮かんだ涙を軽く拭う。

確かに祝詞は祝詞なのだけれど・・・―――なんだか酷く平坦な気がしてならない。

ただの文字の羅列を、ただそのまま口にしているような・・・。

何かが足りないような・・・とても重要な何かが欠けてしまっているようで。

暫く続いた綾子の祈祷は、そのまま何事もなく終わりを迎え。

ふうと小さく息をついた綾子を認めた校長は、にこやかな笑顔を浮かべて綾子の元へと歩み寄った。

「これで何の心配もありませんわ」

自信に満ち溢れた面持ちでそう言い切る綾子に、校長は感激したとばかりに口を開く。

「いやあ!お見事でした。何と言うかこう・・・まさに神々しいという表現がぴったりで。どうですか、今夜一席設けますが・・・」

「一応、除霊した後は泊り込んで様子を見ますので・・・」

その申し出を丁重に辞退し、にこやかに雑談を交わす綾子と校長を眺めて、は気付かれないほど小さくため息を零した。

霊がいるかどうかはともかくとして、校長が安心できたのならば綾子の除霊も全くの無駄ではないだろう―――どうせこのまま、何も起こる事などないのだから。

そう結論を下し、は固まった身体を伸ばして、同じくこの場を去ろうとするナルたちと共に踵を返す。

の仕事は、昼前に校舎内を見回った事で出た結論に基づき、既に終了しているのだ。意外と簡単に終わったなぁと心の中でそう呟いたその時、ギッっと何かの鳴る音がその場に響いた。

異質な音に、全員の動きが止まる。

その音の原因が何かと考える前に、ギシリと再び先ほどよりも大きな音が鳴り、窓の、玄関のガラスに亀裂が入った。

次の瞬間、パンと弾けるようにガラスが割れ、飛び散ったガラスの欠片がすぐ傍にいた綾子と校長へ降り注ぐ。

「きゃあ!!」

「おいっ!大丈夫か!!」

「血が出てはります!!」

短く悲鳴を上げた綾子に続き、滝川とジョンがすぐさま状況を読み、負傷した校長たちの元へと駆けつける。

そんな2人とは対照的に、は隣で立ち尽くす麻衣の様子に気付き、大丈夫だと安心させるように声を掛けた。

「・・・。これって・・・巫女さんの除霊が失敗したって事?」

「う〜ん・・・。失敗したっていうか・・・」

目を見開き恐る恐るそう問い掛ける麻衣に対し、は困ったように眉を寄せて言葉を濁す。

明確な答えが返って来ない事に焦れた麻衣が更に口を開こうとすると、それはのこの場にはそぐわない気楽な声によって遮られた。

「ま、詳しい事は落ち着いてからにしよう。みんなそれぞれ意見もあるだろうし、ね」

そう諭されてしまえば、麻衣にはそれ以上問う事など出来ない―――の声はとても明るく軽いものだったが、そこには拒否を許さない響きがあった。

渋々といった様子ではあったが確かに頷いた麻衣を認めて、は視線を未だ混乱を見せる玄関ホールへと移す。

「・・・なんで」

誰にも聞こえないよう小さくそう呟いて。

彼女にとっては不可解な現象の起こったその場を、微かに眉間に皺を寄せたは、じっと静かに見詰めていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

この連載でのメインであるぼーさんと、ちょこっと絡ませてみたり。

いや、もう1人メインはいるのですが、今回のお話では出番がないので・・・。(と書くと誰の事が丸分かりですか)

一応主人公のお相手は、ぼーさんと今回出番のない彼の予定。

まぁ、所長とか清らかなエクソシストとか笑顔の少年たちとも色々絡ませるつもりではいますが・・・(そして女子たちとも友情を育む予定ですが)とりあえずメインたちとの複雑であやふやな三角関係を主軸にしたいと・・・。(といってもそれほど複雑ではないですが)

今までとは違い、極力普通の女の子っぽくなればと思っています。

作成日 2006.3.3

更新日 2007.9.13

 

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