飛び散ったガラスの破片で負傷した校長たちを介抱する滝川とジョンの姿を遠目に見詰め、はその整った眉間に皺を刻んだ。

まるで綾子の除霊に反発するように起こった出来事。

それはにとっても、予想外の出来事に他ならない。

「・・・一体、何がどうなってるんだか」

緊迫したその雰囲気の中、はヒョイと肩を竦めてため息を零す。

隣に立っていた真砂子が不謹慎とも言えるその言葉に注意を促そうと、自分よりも少しばかり身長の高いを見上げて。

しかし口調とは裏腹に、その瞳が酷く真剣な色を宿しているのに気付いて、真砂子は咄嗟に口を噤んだ。

彼女のこんな瞳を見るのは、何度か仕事を一緒にした事のある真砂子にとっても初めての事だった。

 

姿なき

 

「心配ありませんわ、だって」

何とかその場を収拾しベースに戻って来たたちは、気を緩める暇もなくその言葉と共に投げかけられる嘲笑を受け取った。

その言葉を発した黒田の視線は、真っ直ぐ綾子へと注がれている。

「除霊なんてできてないじゃない。校長先生に怪我までさせちゃって・・・」

「・・・・・・」

何の遠慮もなく向けられる中傷に、綾子は悔しげに・・・そして腹立たしげに黒田を睨みつけた。

勿論黒田が綾子に突っ掛かるのも、初対面での出来事が尾を引いているからだろう。

それは綾子の自業自得といえばそれまでだと思えたが、それでもにとっては聞いていてあまり気持ちの良いものではない。

綾子とて別にわざと失敗をしたわけではないのだ―――確かに失敗による弊害はあるだろうが、決して責めるべき事ではないとは思う。

「・・・あれは事故ですわ」

一瞬にして頭に血が上った綾子が反論すべく口を開きかけたその時、涼やかな声が静かにそう告げる。

その声の主が誰であるかを瞬時に察したと麻衣は、信じられないと言わんばかりの表情で発言した真砂子へと視線を向けた。

まさかあの真砂子が、他人のフォローに入るとは・・・―――それもどう贔屓目に見ても気が合いそうにない相手の為に。

なんなら黒田と一緒になって嫌味を披露しそうな人物だっただけに、驚きは隠せない。

「そうよね。あたしはちゃんと・・・」

「除霊出来たという意味ではありませんわよ。ここには初めから霊なんていませんの」

綾子としても予想外の人物ではあったが、フォローが入った事によりパッと表情を明るくさせて口を開いた―――が、しかしやはり真砂子に綾子のフォローをするつもりは微塵もなかったらしい。

キッパリとそう言い切って、綾子と黒田を呆れた眼差しで見詰める。

それに再び頭に血を上らせた綾子が、今度こそ激昂した―――怒りを露わに、黒田と真砂子に向けて反論を始める。

勿論2人にも引く気はないらしく、ぎゃあぎゃあと耳を塞ぎたくなるほどの声量での言い合いが開始された。

どこかで鳴ったような気がする戦いのゴングをサラリと聞き流し、は目の前で起きた喧嘩をなかったものとして、麻衣と共に現実逃避するべくモニターに視線を移す。

まぁ、そこに何かしら特別な映像が映っているわけではないのだけれど。

「どっちなんだよ、くっそーっ」

「・・・麻衣。言葉遣いが乱れてるよ、すごく」

「うそっ!あたし声に出してた!?―――って、あれ?」

イライラを隠すでもなくモニターを見詰めていた麻衣は、不意に真顔を見せ訝しげに声を上げた。

それを聞き留めたナルもまた、訝しげに問い返す。

すると麻衣はあるモニターを指差し、ナルの方へと振り返り抱いた疑問を口にした。

「昨日カメラ置いた教室。真ん中に椅子なんてなかったよね・・・?」

「・・・誰か、西の教室に行ったか?」

差されたモニターを覗き込んだナルは、振り返らぬまま後ろに立つ滝川らに声を掛ける。

すると麻衣の隣でモニターの設置された机に寄りかかっていたが、軽い調子で声を上げ挙手した。

「あ、は〜い。私行ったよ」

「あ、そうなんだ。良かったぁ、が動かしてたんだ」

「いや、動かしてないよ」

あからさまに胸を撫で下ろす麻衣を横目に、は事も無げにそれを否定する。

それに再びギクリと身体を強張らせた麻衣を他所に、ナルはゆっくりとへ視線を移す。

「・・・何時?」

「ん〜・・・綾子が除霊を始める前、かな。私も一応お仕事をしようと思ってね。旧校舎内を歩き回ってたの。―――全部の教室回ったはずだから、多分そこにも行ったと思うよ。ね、ぼーさん」

「あ?ああ・・・」

「・・・ふ〜ん。あんた、この子と一緒に行動してたんだ」

「・・・なによ。その探るような楽しげな眼差しは」

同意を求めたに滝川が躊躇いがちに頷くと、すぐさま綾子が口を挟む。

その瞳はからかいがいのある玩具を見つけた子供のようで、滝川は嫌な予感を感じて微かに身を引いた。

そんな滝川を助ける・・・気はナルには勿論全くなかったが、このままでは話が進まない事を察し、「・・・で?」と続きを促す。

「ああ。それでまぁ、校舎内を見て回ったけど、真ん中に椅子が置いてある教室なんてなかったよ」

もう使われなくなって長い旧校舎。

勿論何も置いていない教室も多い―――その中で教室の真ん中にポツリと椅子が置いてあれば、嫌でも目に付くだろう。

の返答に、ナルは無言でテープの巻き戻しを始める。

それを無言で見詰める人々の中、止められたVTRから先ほどの綾子の除霊シーンが再び流れ始めた。

「あっ!!」

不意に麻衣が声を上げる。

全員が問題の教室が映ったモニターを見詰める中で、話に登っていた椅子は引きずるような音を立ててゆっくりとゆっくりと部屋の中心へと移動していく。

「・・・どういう事?」

「・・・・・・」

怯えた様子で麻衣が問い掛けるも、ナルはモニターを見たまま口を開かない。

その代わりとでも言うように、同じくモニターを見ていた黒田が口を開いた。

「ポルターガイストじゃないかしら。確か『騒がしい幽霊』って意味だったと思うわ。霊が音を立てたり物を動かしたりするのよ。そうでしたよね、渋谷さん」

同意を求められたナルはゆっくりとモニターから黒田へと視線を移し、そうして気付かれないほど小さくため息を零す。

「詳しいね。―――だけどポルターガイストだとは思えないな。ポルターガイストが動かした物は暖かく感じられるものなんだが・・・あの椅子に温度の上昇は見られない。そんな例はあまりないんだ」

「そやけど、ポルターガイストの条件は満たしとるのとちがいますか?」

ナルの説明に、今度はジョンが問いを投げかける。

それに対し、ナルは微かに眉を上げて口角を上げた。

「・・・ティザーヌだね」

E・ティザーヌ。

爆撃・ドアの開閉・爆音・ノック音など、全部で9項目から成るポルターガイストの分類をした、フランスの警官の名前だ。

「・・・ま、確かに当てはまりはするけど」

「ここで起こった現象は、ドアが勝手に閉まる。物が動く。ガラスが割れた事を入れても3項目。―――僕はポルターガイストにしては弱いと思う」

机に寄りかかったまま気のない様子で呟くに、ナルはキッパリとそう言い切る。

その意見に対して、にも反論はなかったのだけれど・・・。

「じゃあ、黒田さんが襲われたのは?」

「なんだってぇ!?」

話を真剣に聞いていた麻衣のささやかな疑問に、滝川が大声を上げた。

それをまるで無関心に事の成り行きを見ていたの眉が、ピクリと動く。

本当だと進言する黒田をそのままにがナルを横目に見ると、彼は余計な事をと言わんばかりの目付きで麻衣を睨みつけていた。

黒田が霊に襲われた。

その話には黒田をジッと見詰める。

「・・・襲われた、ね」

決して第三者には聞こえないほど小さく、口の中で呟いて。

滝川と綾子の猛攻に渋々映像を見せる事になったナルは、諦めなのかため息を吐き出しつつ、モニターへと手を伸ばす。

しばらくして問題の映像が流れ終わった後には、水を打ったような静けさが広がっていた。

旧校舎に入った黒田が階段を上がって来たところで、不自然に途切れた映像。

それを真剣な表情で見ていた滝川は、同じくその映像を見ていた真砂子へと視線を向けた。

「・・・真砂子ちゃん、感想は?」

投げ掛けられた言葉に、真砂子は微かに身体と表情を強張らせる。

「・・・その方の気のせいですわ」

「いい加減に認めたら!?ここにはよくない霊がいるのよ!!」

いつものはっきりとした声色とは違い、どこか心細そうな声でそう告げる真砂子に、黒田が怒鳴り声を上げた。

「もう一度、中を見てきますわ」

「素直に『間違いでした』って言えば?」

踵を返し教室を去ろうとする真砂子の背中に、綾子もまたそう言葉を投げかけた。

なんとも険悪な雰囲気が漂う中、は無言で真砂子の背中を見詰めて。

「・・・この校舎に霊はいませんわ」

最後にそう・・・まるで自分に言い聞かせるように小さく呟き、教室を出て行く真砂子を見送って、そこでは漸く長く息を吐き出した。

もうちょっと他人を労わるとか出来ないものかと綾子と黒田を盗み見るが、真砂子とて今までの態度を考えれば仕方ないのかもしれないとも思う。

こういった職業に就く者達は総じて自尊心が高い者が多いのだし、真砂子とて労わられれば余計に惨めになるだけだろうと。

「・・・ショックやったようですでんな」

「当然だな。普通の人には見えないモノが見えるから霊能者なんだ。間違えたらもうそれは霊能力とは言わない」

こちらは元来の性格からなのか・・・心配するように呟いたジョンに対し、お世辞にも人を気遣うとは無縁と思えるナルがそうフォローを入れる。

その事実に驚きを抱いたのは、どうやらだけではなかったらしい―――隣に立つ麻衣もまた、目の前の光景が信じられないとばかりに目を見開いていた。

もまた、珍しい物を見たとナルを凝視する―――もしかすると、意外と・・・。

「・・・渋谷さんって、メンクイなのね。ずいぶん庇うじゃない」

憮然とした表情で口を開いた黒田に、と麻衣が揃って黒田の方を振り返る。

考えていた事が思わず口に出ていてしまったのかと咄嗟にそう思ったが、まさか自分に限ってと苦笑を漏らした―――素晴らしい上司のお陰で、本音と建前は上手く使い分けられる自信は無駄に持っている。

「彼女の仕事については知っているし、才能は高く評価している。だから相応の敬意を払っているだけだが?」

しかし黒田の咎めるような言葉にも、ナルは眉1つ動かさない。

勿論そう思っているという事に間違いはないのだろう―――それでも綾子にとっては面白くないらしい。

「だったら、あたしたちにももっと敬意を払って欲しいものね」

「松崎さんのどこを高く評価すれば良いのでしょうか?」

ナルに突っ掛かるも涼しい表情で返って来た言葉に、再び綾子の頭に血が上る。

「なんですってぇ!?」

口では勝てない事はすぐに解りそうなものなのに・・・どうして彼女は懲りずに突っ掛かるのだろうかとがそう思ったと同時に、綾子の怒りに満ちた声が教室に響き渡る。

そうして、それと同じくして、何かが弾けるような軽い音が耳を突いた。

パシリと小さなその音が、断続的に教室内に響く。

「・・・ラップ音か?」

「えっ!?それってユーレイが出る時にするっていう、アレ?」

滝川の小さな呟きに、敏感に麻衣が反応した。

それに対して眉を顰めて教室内を見回したは、小さく首を傾げる。

「・・・っていうか家鳴りじゃないの、これ」

「家鳴り?家鳴りって、家屋の木が伸縮する時にするやつ?」

「そうそう。私の家も結構古い建物だから、これとよく似た音するよ」

「・・・お前、霊能者の発言とは思えないんだけど」

と麻衣の会話を聞いていた滝川が、呆れた表情で2人を見る。

確かに・・・と麻衣も心の中でこっそりと思う―――別に何かにつけて霊の仕業にする必要もないけれど、それでも幽霊が出るという校舎内でこれまで散々妖しい事や不思議な事が起こっているというのに、この音を聞いても家鳴りで済ませてしまうとは。

緊張感がないというか、それとも真剣味が足りないのか。

「・・・でもさ」

滝川の言葉に心外とでも言うように顔を顰めたは、何事かを反論するべく口を開いた。

「・・・っ!?」

それとほぼ同時に、ビキッと耳を貫くような鋭い音を立てて、黒板に亀裂が入る。

反射的に黒板へと視線を向けたは、微かな悲鳴が聞こえた気がして軽く目を見開いた。

「原さんっ!!」

突然の事に気を取られていたは、ジョンの焦った声に弾かれるように振り返る。

「原さんが、2階の教室から落ちたですっ!!」

おそらくは彼にも微かな悲鳴が聞こえたのだろう―――すぐさまモニターを確認したジョンが、そこで見た光景に慌てて声を上げた。

それに反応して、はポケットから携帯を取り出しすぐさま通話ボタンを押す。

「もしもし。すぐに救急車を一台。はい、場所は・・・」

学校の場所を告げて通話ボタンを切ると、今度はすぐさま踵を返す。

っ!!」

「麻衣は校門で救急車を待って。到着したらすぐに案内して!」

「あ、うん。解った!」

既に真砂子の元へ向かっている滝川達の後を追うように、も教室を飛び出した。

「もー、ほんとになんだって言うのよ」

全速力で廊下を駆け抜けながら、は焦れたように呟き手の中にある携帯を強く握り締めた。

 

 

事故が起こったのは、先ほど椅子が動いていた西の教室で・・・だった。

壊されたままの西側の壁に風雨避けの柔なベニヤ板が貼っており、そこに真砂子が寄りかかった為重みで裂けたのだとナルは推測する。

真砂子自身も、アレは自分の不注意だと・・・―――事故だったと主張している。

しかし先ほどの遣り取りもあり、この旧校舎には霊がいると主張している綾子は厳しい表情で口を開いた。

「ただの強がりじゃないの?あたしはここに悪霊がいると思うわ」

「ああ。お前さんが除霊しそびれた奴がな。・・・こいつは危険だぜ」

綾子の話に口を挟んだ滝川は、苦い表情を浮かべて綾子を見る。

「そうなのっ!?」

「除霊に失敗した霊は手負いの熊と同じだ。とても凶暴になる」

「じゃあ!真砂子の怪我は巫女さんのせいなんじゃない!!」

2人の話に驚きに目を見開いた麻衣が、更に口を挟んだ―――確かに除霊が失敗し、そのせいで霊が活性化し真砂子の怪我に繋がったのならば、綾子は全くの無関係というわけではない。

しかし真砂子はここに霊はいないと主張している。

「なによ!!」

「早まるな。ビデオを見る限り、アレは事故だ」

咄嗟に反論すべく綾子が声を上げると、普段の冷静さを保ったナルの声がその場を制止する―――誰も彼もが感情的になり、冷静な判断が出来ないでいるように思えた。

ナルの声に一旦は口を噤んだ麻衣だが、それでも抑えきれない感情を吐き出すように、思い詰めた表情で口を開く。

「でも!ちゃんとした理由があるかもしれないけど。事故とか自殺とかが続くから、幽霊屋敷とか不吉だとか言われるわけでしょ?じゃあ、どうして続くの?そこが不思議なんじゃない!」

「確かにそうだが・・・」

ナルもそれに対する答えは持っていないのか、控えめな肯定だけを示して。

それでも全ての答えを出すには、まだ早いとそう思う。

確かにこの旧校舎はどこかが変だ―――納得できない事が多すぎる。

機械に反応はなく、気温の低下もイオンの偏りもないし、静電気量も正常。

データは完全に正常値を示している。

「でも巫女さんが閉じ込められたのは?私が襲われたのは!?ビデオが消えてたり、ガラスや黒板や・・・椅子が動いたのは!?」

「だから納得がいかないと言っている」

黒田の叫ぶような詰問に、ナルはため息混じりにそう答える。

データでは、霊の存在は認められないというのに。

それでも現象だけは、しっかりと起こっている―――その矛盾は一体なんなのだろう。

「いないフリが出来るくらい強い霊かもしれないじゃねーか」

「・・・・・・」

頑なに霊の存在を認めようとしないナルに、滝川は呆れ混じりの視線を投げ掛ける。

ここまではっきりとした現象が起きているのに、どうして認めようとしないのかと。

全員の視線を集めるナルは、考え込むように眉を顰めて―――そうしてふと顔を上げると傍に立つ滝川とジョンへ視線を送った。

「ぼーさんの意見は?」

「地縛霊」

「君は、ジョン?」

「わかりまへんです。そやけど危険いうのには賛成です」

はっきりと言い切る滝川と、控えめに・・・それでも危険だけは肯定するジョン。

そんな2人から視線を逸らして、ナルはまるで他人事のようにこの状況を静観しているへと視線を送った。

「君は?・・・さん」

ナルのその問い掛けに、この時になって滝川は漸くの調査結果を聞いていない事を思い出した。

食事を終えて旧校舎に戻った後ゆっくりと聞こうと思っていたのだが、綾子の除霊やその後の出来事に気を取られすっかり忘れていた。

家の現月華といえば、非常に霊視能力に優れているという。

彼女ならばはっきりと霊の姿を確認できたかもしれないと、滝川はそう思った。

「あれ?名前で呼んでってお願いしなかったっけ?」

しかし真剣な眼差しで問い掛けるナルに対し、はすっとぼけた様子で首を傾げる。

それに微かに眉間に皺を寄せつつも、ナルは1つため息を吐いて再び口を開いた。

「・・・、君の意見は?」

言い直された自分を呼ぶ名前に満足げに微笑んだは、座っていた机からぴょんと飛び降りると真っ直ぐナルの前へと歩み寄る。

そうして自分よりも少し高い位置にあるナルの顔を見上げて、にっこりと微笑んだ。

「私も真砂子と同じだよ」

「・・・・・・」

「この旧校舎に霊はいない。全くさっぱり、綺麗なものだよ」

キッパリとそう言い切ったに、滝川と綾子が信じられないとばかりに声を上げる。

その声に反応して振り返ったは、自分を見詰める5人の瞳を見詰め返した。

「いないよ。この旧校舎に、霊は1人もね」

「いないって・・・こんだけの事が起こってて、よくそんな・・・」

「だっていないものはいないんだもん」

呆れの眼差しを注がれていても、は全く気にした素振りもなくケロリとそう告げる。

「さっきも言ったでしょ!?ここには霊はいるのよ!現に巫女さんが閉じ込められた事や私が襲われた事はどう説明するつもり?」

「・・・さあ?気のせいとか?」

「・・・・・・っ!!」

逆上したように声を荒らげ食って掛かる黒田をサラリと流して、は困ったようにそう呟く。

どう説明するつもりなのかと問われても、にはそう答える以外ない。

彼女は自分の能力を用い、そしてこの旧校舎に霊はいないと判断した―――はそれをただ正直に伝えたに過ぎない。

「別に信じて、なんて強要するつもりはないよ。私が見えるものをみんなに見せる事が出来ない以上、私ははっきりとこの旧校舎に霊はいないって証明できないもの。ただ私は意見を求められたから、今自分が持っている確実な情報を伝えた。それを信じるも信じないも、本人たちの自由だよ」

最初から人の意見を聞き入れる気がある者ならば考慮してくれるだろうし、自分の考えと合わない意見を否定する者ならば何を言っても無駄だとは知っている。

それに確かにこうして行動を共にしているが、根本的に自分たちはチームを組んでいるわけではないのだ。

だから信じてくれようとくれなかろうと、基本的ににとってはどちらでも良い。

「まったく。これだから物事を冷静に判断できない小娘は・・・」

綾子はどうやらの言い分を聞き入れるつもりはないらしい―――あからさまにバカにしたような視線を送り、ため息を吐き出す。

それを認めたも同じようにため息を吐き出して、そうしてふと傍に立つ滝川の顔を見上げた。

「・・・どうしたの、ぼーさん」

「・・・仮に。仮にお前さんの言う通り、ここに霊はいないとしてだ」

真剣な表情を浮かべる滝川を見上げ、はふむと呟く。

どうやら滝川は真っ向から否定する気はないようだ―――まぁ、信じてくれているともいえないが。

「うん、霊はいないとして?」

「それじゃ、ここで起こった出来事についてはどう説明する?さっきの麻衣の言葉じゃないが、理由が解っていてもそれが続く事が謎なんだろう?」

チラリと麻衣の様子を窺えば、彼女も真剣な眼差しでを見詰めている。

ゆっくりと視線を巡らせれば、おろおろとした様子のジョンや、人を呪えそうなほど鋭い目付きで睨む黒田の姿が映った。

「・・・どう説明するって」

「うん?」

「それをこれから調査するんじゃないの?」

当然とばかりに言い放つに、意気込んでいた滝川はがっくりと肩を落とした。

あれほどはっきりと言い切るのだから、何かしら確信にも似たものでもあるのかと思いきや・・・どうやらそうではなかったらしい。

つい先ほど見せた鋭い雰囲気や大人びた雰囲気など微塵も感じない様子で、は困ったように笑っている。

「・・・そういうナルは?」

そうして話を摩り替えようしているのが見え見えの態度で振り返ったは、そこで無表情で立つナルへと問いかけた。

「・・・今のところは意見を保留する。少し調査の角度を変えて見ようと思う」

しばらくの間の後そう言うと、ナルはくるりと踵を返した。

どうやら車の中で何か調べモノをするらしい―――そう言い残すと、麻衣にモニターの監視を任せ教室を出て行った。

「・・・調査の角度、か」

去って行くナルの背中を見送って、はボソリと呟く。

今回の件が霊の仕業ではないとするならば、確かに調査の角度は変える必要がある。

けれどもとしては何を調査して良いのか解らなかった。

今まで当主と共に出る仕事は、事前の調査もあり間違いなく霊が絡んでいたものばかりで。

だからこそ、霊が原因ではないこの状況で何を調べて良いのかが解らない。

「ほんなら、ボクは・・・」

「おっ!いよいよエクソシストのお出ましか?」

静まり返った教室内で、ジョンが控えめに声を発した―――それを聞き止めた滝川が、からかい半分興味半分といった様子で声を掛ける。

「なにか手伝おうか?」

「よろしいです。それより祈祷を始めたら機械に注意せぇやです。何か反応があるかもしれへんです」

「・・・うん」

手伝いを申し出た麻衣をやんわりと留めて、ジョンは柔らかく微笑む。

そうしてお祓いをするべく準備に入ったジョンを見詰めて、は困ったようにモニターに視線を移した。

「・・・本当に霊はいないと思うのか?」

不意に声を掛けられ顔を上げると、いつの間にか隣には滝川が立っている。

それに微かに微笑み返して、はコクリと頷いた。

「思うも何も・・・いないよ、ここには」

「ほー、すごい自信だな。ちなみに今まで仕事で失敗した事は?」

「一度もないよ。霊がいるならちゃんと見えたし」

「そりゃすごい能力だな」

「でも、ぼーさんは信じてないんでしょ?」

「・・・・・・まぁ、そうだな」

軽い口調で茶化すように告げられた言葉に、困ったように苦笑漏らして。

躊躇いがちに・・・けれどはっきりとそう言い切る滝川に、はクスクスと笑みを零す。

「ま、信じてもらえなくてもいいよ。そのうちはっきりする事だろうし」

「・・・その自信は一体どっから来るんだか・・・」

「いいじゃない。自分に自信を持つのは悪い事じゃないでしょ?」

「ま、そりゃそうだが・・・さすが、家の月華は言う事が違うね」

「・・・・・・そう、だね」

キッパリと断言するに、滝川は感心したようにそう呟いた。

しかしはほんの少し眉を上げただけで、ゆっくりと俯くと気のない返事を返す。

けれど滝川は確かに見た―――俯く寸前、が微かに眉間に皺を寄せたのを。

それでも一拍後に再び顔を上げたの表情は穏やかで、もしかすると先ほど見たのは見間違いなのかもしれないとそう思った。

「あ、そろそろジョンのお祓いが始まるみたいだよ」

目の前でコロコロと印象を変えるをぼんやりと見詰めていた滝川の耳に、のそんな声が届く。

それに引かれるようにモニターを覗き込むと、暗視カメラに切り替わった少し荒い画像がそこには映し出されていた。

ゆっくりと歩み出し、教卓の前に立ったジョンは、言葉を発しながら片手で聖水を振り撒き始める。

「・・・お祓いって、実は初めて見るよ」

「しっ!黙って見てろって」

ボソリと呟いた言葉にお叱りの声が掛かり、は素直に口を噤む。

そうしてジョンが聖書を開き、澄み切った声で口を開いたその時だった。

画面の中で、ジョンが何かを気にしている素振りを見せる。

それに気付いて音量を上げると、スピーカーから先ほど聞いたピシっという小さく弾ける音が漏れて来た。

「これ・・・ラップ音じゃない?」

同じくモニターを見ていた黒田が、微かに目を見開き呟く。

その言葉に反応したのか、麻衣は座っていた椅子から勢い良く立ち上がった。

「・・・どうしたの、麻衣?」

「天井。・・・なにか・・・」

「おい!嬢ちゃん!!」

訝しげに問い掛けるにそれだけを返すと、おもむろに踵を返して一目散に教室を出て行く―――滝川の制止の声にも答えず、そのまま廊下を走って行った。

「・・・どうしたんだろう?」

「さあな?」

お互い顔を見合わせて首を傾げていると、画面から麻衣の声が響いてくる。

『ジョン!危ないよ、出て!!』

『・・・麻衣さん』

『早く!天井が落ち・・・』

その切羽詰った声に2人が再びモニターに視線を戻したその時。

麻衣の短い悲鳴と何かが落下する重い音が、スピーカーの中から飛び出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どこで切っていいのやら・・・。

とりあえず予定していたところで切れなくなってしまい、そのままだらだらと続けた結果がこれですが・・・。(目も当てられない)

ほぼ漫画ベースで。主人公の出番があまりありません。

そして主人公を普通に普通にしようと思うのに、どんどんと違う方向に進みつつあるものを何とか修正しつつ、ちょっとあやふやになってきていますが。

そしていつもの事ながら、夢要素はどこへ?

作成日 2006.3.6

更新日 2007.9.13

 

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