「なんだよ、ありゃあ・・・」

今は本来の静けさを取り戻した旧校舎を見上げ、滝川がポツリと呟く。

あれほど騒がしかった旧校舎は、全員が外に飛び出すと同時に静まり返った。―――まるで邪魔者を追い出した事に満足したかのように。

「今のはなんだ?あれも地盤沈下だってのか?立派なポルターガイストじゃねぇか!?」

「建物が歪んだ音どころか、絶対誰かが壁を叩く音だったわよ!!」

「それにしちゃ、派手すぎたがな。巨人でもいたんじゃねぇのか?」

「校舎を沈めてるのもそいつかもねぇ」

吐き捨てるようにそう言う滝川と綾子に対し、麻衣がムッと顔を顰める。

それを横目に眺めながら、は静けさの中に佇む旧校舎と・・・そしてそれを呆然と見上げるナルに視線を向けた。

旧校舎の怪奇現象の原因は地盤沈下だと、彼は言った。

事実、これまで起こった事はすべてそれで説明がつくし、ナルが人にその答えを提示したという事は、確固たる証拠もあったのだろう。―――見るまでもなく自尊心の高そうな彼が、不確かな答えを提示する筈がない。

しかし今ここで、地盤沈下では説明の出来ない事が起こったのだ。

ぎゃあぎゃあと声を荒げて文句を言う滝川と綾子の声を聞きながら、は小さく息を漏らした。

 

 

振りる事もなく

 

 

「ホントにもう、一体何がどうなってんだか・・・」

ぶつぶつとボヤきながら、は1人旧校舎内を歩いていた。

あんな事があった直後、不気味さを増したような気さえする夜の旧校舎を歩くのは遠慮したかったがそうも言っていられない。―――はここに遊びに来たのではなく、仕事をしに来たのだから。

いつからこんなに仕事熱心になったんだろうと自分自身を揶揄しつつ、ブラリブラリと当てもなく歩き回る。

あれは確かにポルターガイストだった。

建物の歪む音など目ではないほどの衝撃音。

窓に亀裂が入りガラスが割れたのは地盤沈下でも説明がつくが、ドアが開いたり閉まったりした事までは別問題だ。―――揺らされているわけでもないのに、ひとりでにドアが開いたり閉まったりなどするわけがない。

旧校舎の木で出来た古いドアが、自動ドアならば話は別だが。

「あはは、そんなわけあるかーってんだ!」

自分で自分の考えを笑いとばし、一通り旧校舎内を回って玄関口まで戻ってきたは、改めて周りを見回してがっくりと肩を落とす。

そうして外していたピアスとブレスレットを身に付けると、不貞腐れたように木造の階段に腰を下ろした。

改めて見回ってみても結論は変わらない。―――この旧校舎に、霊はいないのだ。

もしかして自分が見えなくなっただけで、本当はここに強力な霊がいるのかもしれないと思わなくもないが、今はこの場にはいない真砂子もまた同じ結論を出した事が自分の目を信じられる支えとなっている。

いくらとはいえ、これだけの事が起こっていてそれを否定し続けるほど図太い神経は持っていない。―――誰がどう見ても霊の仕業としか思えない所業の前に、弱気になってしまうのも仕方のない事だと言える。

それでもが否を撤回しないのは、改めてこうして見回っても霊の姿を見つけられない事に加えて、それなりに自分の能力に自信を持っているからである。

自惚れているのとは違う。

自信過剰になっているつもりもない。

ただ、今まで自分に見えなかったものはないという事実に基づいた結論である。

とはいえ、今それを言ったとしても受け入れてもらえない事は確かだ。

それを認めさせるには、何故こんな事が起こったのかを証明しなくてはならない。―――ナルがしたように、今度は自分の力で。

「・・・って言ってもなぁ」

それが簡単に証明できるならとっくにやっている。

ナルの地盤沈下説を聞いた時にはすっきりとした胸の内に、再びもやもやとしたものが広がっていく。

解らない事があれば知りたくなる。

それを知る為に手を尽くす事も苦に思わない。―――その探究心がどれほど強いものなのかは、彼女の勉学にも現れていた。

勿論、それには彼女自身の意地と努力も深く関係しているのだが・・・。

そういえば・・・と、自分の通う学校名を告げた時の滝川と綾子の驚きようを思い出しては小さく笑みを零す。

驚かせるつもりで言ったのだが、まさか想像通りの反応を返してくれるとは。

〜。そこちょっとごめん、通して〜」

1人クスクスと笑みを零していると、不意に背後から声を掛けられた。

振り返ると重そうな機材を抱えた麻衣が、危なげに階段を降りて来る。―――その後ろには同じく重そうな機材を抱えたジョンが、前を歩く麻衣を心配そうに窺っていた。

「あれ、それ片付けちゃうの?」

「うん。もし旧校舎が崩れちゃったら大変だし・・・」

麻衣に道を譲りながら尋ねたに、はっきりとした返事が返って来る。

ナルの手伝いをしていると言っていたが、麻衣とナルは出会って間もないのだと彼女に聞いた。―――だというのに、しっかりと責任を持って手伝いをしている麻衣を良く出来た子だと感心しながら、は麻衣の抱える機材の1つに手を伸ばした。

「私も手伝うよ」

「いいの?、仕事は?」

「あー、とりあえず見回ってきたけど・・・」

「・・・どうだった?」

「成果なし。幽霊の姿なんて1つも見えなかったよ」

かなりの重みのある機材を抱えながら、はわざとらしく肩を落とす。

それに苦笑いを零す麻衣とジョンは、お互いに顔を見合わせた。

ナルの言葉を信じている麻衣としては、幽霊はいないというの言葉は頼もしいに違いはないのだが、自分にはそれが正しいのかどうかの判断が下せない為、どう言葉を返していいのか解らない。

幽霊はいると主張する滝川と綾子と黒田に対し、ナルとと真砂子はいないと主張する。

同じ霊能者なのに、どうしてまったく違う結論になるのだろうか?

そして本当はどうなのか・・・―――答えを知りたいと思うけれど、つい先日助手の代理となった麻衣には答えを出す術はない。

「ぼーさんと綾子は?」

「除霊するんだって。ベースでなんかよくわかんない呪文みたいなの唱えてたよ」

「ふ〜ん」

2人の所在を尋ねておいて気のない返事を返すを見て、麻衣は苦笑を零す。

そうして1つ、深くため息を吐き出して。

「この旧校舎、一体どうなってんだろ?」

「さぁ〜。どうなってんだろうね〜」

途方に暮れて旧校舎を見上げる麻衣との傍で、ジョンもまた困ったように微笑んだ。

 

 

「麻衣さん。2階にレコーダー、セットしましたです」

「こっちも終わったよ〜」

とりあえずする事がないからと麻衣の手伝いを申し出たは、校舎内にレコーダーをセットするというそれほど難しくはない仕事を終えて戻って来た。―――ちょうど作業を終えたジョンと共に麻衣に声を掛けると、腕時計を見ていた麻衣が小さく笑みを浮かべて顔を上げる。

「あ、ありがと。ごめんね、手伝わせちゃって」

「かましまへん。ほんならボクもちょこっと中を見てきますよって・・・」

「うん、気をつけてね」

そうしてにこやかな笑みを浮かべて校舎内の見回りに行くジョンを見送って、は疲れた〜と声を上げて階段に座り込んだ。

「んじゃ〜、これからどうする?」

唐突に掛けられた声に、麻衣は困ったように顔を顰めて、と同じく階段に腰を下ろす。

「ん〜・・・。これ以上なにしたらいいのか解らないし。ナルを待つって決めたのはいいけどさ・・・あいつホントに戻って来んのかね」

「さぁねぇ。まぁ、このままうやむやにするようなタイプには見えなかったけど」

「・・・確かに、プライド高そうだし」

「ね。白黒きっちりつけます〜、みたいな」

軽い口調で言い合って、顔を見合わせてクスクスと笑う。

年齢が近い事もあって話しやすい2人は、出会って間もないというのにすぐに打ち解けた。

こんなにも不気味な夜の旧校舎で、1人でいるのは正直かんべんしてほしいと思っていた麻衣は、出会った時から変わらないのほほんとしたの態度をありがたいと思う。

幽霊なんて見た事がないし、怪談話が嫌いではないとはいえ、やっぱり幽霊が出ると言われれば怖いものだ。―――まさにその場にいるのならば尚の事。

こうして軽く談笑できる相手がいるのといないのとでは大違いである。

ほんの少し明るくなった空気の中、2人が世間話などをしながら笑っていると、それでも静かな旧校舎内にカツンと小さな靴音が響いた。

「ナル!?」

その音に、漸く何も言わずに何処かへと姿を消したナルが戻ってきたのかと勢いよく顔を上げた麻衣は、しかしそこに立つ意外な人物を目に映して目を丸くした。

「・・・黒田さん」

「あれ、帰ったんじゃなかったの?こんな夜遅くに来るなんて、何かあった?」

「あ・・・その、気になって・・・」

同じく驚いた様子で問い掛けるに気まずそうにそう返した黒田は、2人に歩み寄り状況の説明を願い出る。

「黒田さんが帰った後に、ぼーさんと・・・綾子がもう一回お祓いしたよ。今は見回りしてる」

「渋谷さんは?」

「どっか行っちゃった。―――あー、もう。悪霊なんてホントにいるのかな?」

黒田の問いに答えた後、麻衣は鬱憤を晴らすかのようにそう声を上げた。

こんなにも不確かで、そうして事実を知る術がない状況は、思った以上にストレスが溜まる―――幽霊が出るかもしれないという緊張も加えて。

そんな麻衣に対し、少しだけ表情を強張らせた黒田がキッパリと言い切った。

「わたしは見たのよ」

「あ・・・そっか。そう言ってたよね。う〜ん・・・」

黒田の言葉に困ったように唸り声を上げる麻衣の素直さを微笑ましく思いながら、は凝った肩を解しながら立ち上がる。

例えばナルが戻って来たとして、それで真実は本当に明らかになるのだろうか。

ナルの実力を疑っているわけではないが、そう簡単に答えが出るような問題ならこんなにも苦労はしていない。

しかしどれほど考えても、にはこの怪現象の原因など解らないのだ―――こうなったらそちら方面の知識が豊富なナルに期待するしかない。

そんな前向きなのか後ろ向きなのか解らない決意を固めていると、再び足音が響いた。

3人揃って視線を巡らせると、勝ち誇ったように微笑みながら綾子がゆっくりと階段を降りて来るのが目に入る。

「あら、子供の遊ぶ時間じゃないわよ。お家に帰りなさい。除霊は成功したわよ」

「前にもそう言って失敗したじゃん」

「今度は大丈夫よ!!」

麻衣の鋭い突っ込みに先ほどまでの余裕を吹き飛ばされた綾子は、即座にそう言い返す。

しかし黒田の静かな声に、更に文句を言いかけた綾子は思わず口を噤んだ。

「まだ除霊出来てないわ。・・・感じるもの。まだ霊がたくさんいる」

何もない宙を見上げて呟く黒田に、しかし綾子はふんと吐き捨てるように短く笑って。

「また霊感ごっこ?やめときなさいよ、こっちはプロなんだから」

「その割には大した事ないじゃない」

斬り捨てるように言った綾子に対し、黒田もまた冷たくそう言い放つ。

それに瞬時に頭に血を上らせた綾子が声を荒げる前に、別の声が割って入ってきた。

「だーいじょうぶだって。綾子はともかく、俺がやったんだから」

からからと笑いながら、見回り中に合流したのかジョンと共にこちらへと歩いてくる滝川の言葉に、綾子はムッと表情を歪める。

そうして始まった恒例ともなった2人の言い合いを聞きながら、なんでこうもみんながみんな険悪な雰囲気を作ろうとするのかとは心の中だけで呟いた。

いい大人がまるで子供みたいな言い合いをするのを見て、高校生である麻衣の方がよほど大人なのではないかとため息を吐き出す。

から知らずそんな賞賛を向けられた麻衣が、ぎゃあぎゃあと騒ぐ滝川と綾子に向かい苛立たしげに声を上げかけたその時。

ふと微かな物音が聞こえた気がして、はハッと顔を上げた。

「今のって・・・」

ポツリと漏れた声に、と麻衣は思わず顔を見合わせる。

確かに聞こえた・・・―――誰かの、軽い足音が。

瞬時に静まり返ったその場に、パタパタと誰かが駆ける音が響く。

「・・・誰か、いる?」

「まさか!・・・全員ここに」

麻衣の強張った小さな呟きに、弾かれたように滝川がそう言い返した。

しかし足音は消える事無く、パタパタと音を立てて走り回る。―――そうしてその足音が、カツンと小さな音を立てながら目の前の階段を下りる音がした。

途端、空気が張り詰める。

こちらからは死角になった階段を、誰かの足音がゆっくりと降りて来る。

全員が口を噤んで、その誰かが姿を現すだろう踊り場を睨みつけるように見詰めた。

ここに集まった全員はこの場にいる。

例外は姿を消したナルだけだけれど、彼が戻った形跡はない。―――万が一気付かれずにナルがここに戻っていたとしても、彼の足音があれほど軽い筈がない。

ゴクリと誰かの唾を飲む音が聞こえた気がした。

カツンと思った以上に響く足音が、死角となった階段の最後の段差を降りきって。

それを最後に音が途切れたのを察して、滝川が弾かれたように階段を駆け上った。

それほど多くはない階段を飛ぶように上りきった滝川が、強張った表情のまま死角となった階段を覗き込む。

「・・・だ、誰かいる?」

ともすれば震えそうな声で問い掛けた麻衣だったが、次の瞬間返って来た滝川の言葉に、思わず恐怖も忘れて目を見開いた。

「・・・いや、気のせいだろう」

強張った声色を解きほぐすかのようにホッと息をつきながらそう返した滝川に対し、麻衣は頭に瞬時に血が上ったのを自覚しつつも何とか気を落ち着かせながら声を上げた。

「ちょっ!気のせいって今のが!?あたしちゃんと聞いたよ!みんなだって・・・ぼーさんだって聞こえたんでしょ!?」

「風の音よ」

言い募る麻衣の言葉に、少しだけバツが悪そうに表情を顰めながらも綾子がそう言い放つ。

その信じられない言葉に、何とか押さえていた麻衣の怒りが爆発した。

「いーかげんにしなよっ!除霊に失敗したんだろっ!?さっきあんたたちナルにえらっそーに説教たれてたくせに!そん時ナルがそんなくだらない言い訳した!?」

「麻衣、落ち着いて・・・!」

押さえる事無く声を荒げる麻衣に、隣にいたが止めるように肩に手を伸ばす。

確かに滝川と綾子の言い訳は見苦しいものではあるが、今はそんな事を言い争っている場合ではない。―――そしておそらく滝川と綾子本人も、自分の言い訳がただの言い逃れだという事が解っている筈だ。

ともかく再び怪現象が起こった今は、先ほどの二の舞にならないよう旧校舎から逃げる方が先決だろう。

しかし怒りを爆発させた麻衣にはの声も届かないらしく、悔しさに泣き出しそうに表情を歪めたまま振り絞るように声を上げる。

「大人のクセにみっともない真似・・・」

そしてそれを遮るように・・・もしくは麻衣の怒りに触発されたのか、ドンと壁を叩く一際大きな音が旧校舎を揺るがした。

「ノック音っ!?」

「また?」

途切れる事無くドンドンと響く大きな音。

その激しすぎる振動のせいか、今は光の灯っていない蛍光灯が弾け飛ぶ。

それに合わせて、先ほど響いたのとは比べ物にならないほど大勢の人が駆けるような音。

それらに一瞬にして我に返った麻衣は、恐怖に顔を引き攣らせての手を握り締めた。

「足音がさっきより増えてはります!」

「屋内運動会かよっ!―――おい、外へ出ろ!天井に気をつけろよ!!」

尋常ではないポルターガイスト現象に我を失う事無く飛ぶ滝川の指示に、戸惑いを隠せないまま麻衣は小さく返事をして踵を返す。

「・・・

「外に出れば大丈夫だから。ほら、天井もだけど足元にも気をつけてね」

不安げに振り返る麻衣の背中を押しながら、は安心させるように明るい声色でそう告げる。

しかし声色と内心は必ずしも一致してはいなかった。

今も尚響き続けるノック音を耳にしながら、は前を走る麻衣の安全を確認しながら僅かに眉間に皺を寄せる。

ちょうど滝川達が除霊をしている頃、は1度旧校舎内を見回っていた。

その時もまた、最初に見回った時と同じく霊の姿は見られなかったはずだ。

この旧校舎に霊はいなかったはずなのに・・・なのにどうしてポルターガイストが起こるのだろう。

いや、そうじゃない。

が気になっているのはそこではない。

どうしてポルターガイスト現象が起こるのに、自分の目には霊の姿が映らないのか。

霊の姿が一番見えやすいのは、活動をしている時だ。―――例えどんなに上手く隠れていたとしても、その現象が起こっている時に隠れきる事など出来る筈がない。

なのにどうして・・・?

「嬢ちゃんっ!!」

玄関へと向かい走りながら考え込んでいたは、飛んだ滝川の鋭い声にハッと我に返った。

目の前には倒れそうな靴箱と・・・そうして強張った表情でそれを支えるように手を伸ばす麻衣の姿。

「麻衣っ!!」

意識せずに体が動いていた。

自分に向かい倒れてくる靴箱を呆然と見上げる麻衣に手を伸ばし、彼女の身体を衝撃から回避させる事が難しい事を察して、その強張った身体に抱きつく。

腕の中で麻衣が息を呑む。

っ!!」

倒れる靴箱の衝撃を感じる事もないまま、滝川の自分を呼ぶ声を最後には意識を失った。

 

 

緩やかに浮上する意識の中、はまどろみながら薄く目を開けた。

辺りはまだ暗い。―――少しの光も届かないそこをぼんやりと見上げて、自分の部屋って遮光カーテン使ってたっけ?となんとも場違いな事を思った。

ちっとも考えが纏まらないどころか、更に眠りに引きずり込まれそうな感覚に身を委ねながら、そういえば今日って何かあったっけと取りとめもない事を考える。

ああ、確か先週課題が出てたなぁ・・・あれって頭使わない割には結構面倒臭かったんだよねと、時間ばかりがとんでもなく掛かった記憶があるそれを思い出して。

「ちょっと!課題の提出期限いつだったっけ!?」

思わず上げた自分の声の大きさに目を覚ましたは、はたと我に返ってどこまでも続く暗闇の空間を呆然と見詰めた。

「・・・あれ?」

真っ白になった頭の中、多少引き攣った笑みを貼り付けて首を傾げる。

ここってどこ?と考えるより前に先ほどの出来事を思い出したは、自分があの騒ぎの中気を失ってしまったのだと認識した。

そうしてそれを認識したと同時に、脱力して再びその場に倒れこむ。

「・・・夢の中でまで課題の事が忘れられないなんて・・・私って病んでる」

それは多少、成績を落とさない事に意地になってる気もしないではないが・・・いや、多少どころではなくかなりと言っても支障がないけれど。

それでも夢にまで見るほど自分を追い詰めているつもりもなかったのだけれど。

あ〜、私ってずっとこんな生活続けてくのかな〜などと、自嘲の笑みを浮かべながらが身を起こしたその時。

「・・・大丈夫?」

不意に掛けられた聞き覚えのある声に、はゆっくりと振り返った。

「・・・ナル?」

唐突に、何の前触れもなく目の前に現れたその人物をまじまじと見詰め眉間に皺を寄せたに向かい、ナルはそれを肯定するかのようにフワリと微笑む。

その初めて見る笑顔を目の当りにし、図らずも硬直してしまったを他所に、ナルはありえないほど優しく笑みを零した。

「・・・な、なんで」

続けようと思った言葉が、そんなに優しく笑ってるの?なのか、ここにいるの?なのかは解らない。

しかし天地がひっくり返ってもありえそうにないその光景に、はハッと我に返った。

ナルはこんな風に笑う人だったか?

そう自問すれば、返って来る答えは否だ。

自身、まだ知り合って間もないナルの事をよく知っているとはとてもじゃないけど言えないが、それでも・・・例え相手が怪我人であっても、ナルがこんな風に相手を気遣うとは失礼だけれど思えない。

どちらかといえば叱咤激励する方が彼には合っている。

「麻衣の事なら心配は要らない。ただ眠っているだけだから」

の沈黙が麻衣を心配しているからだと取ったのか、ナルは柔らかな表情のまま静かにそう告げる。―――確かに麻衣を心配していたにとって、その言葉は大きな安心を生むものではあったけれど。

「・・・ナル」

「・・・・・・」

弱々しい彼女の声に、しかしナルは答えない。

ただやんわりと微笑んだまま、優しい眼差しでを見詰めている。

その眼差しを真っ直ぐ見返して、は弱々しい声色のままポツリと呟いた。

「あなたは・・・だれ?」

『・・・いっ!』

の言葉に、ナルが軽く目を見開く。―――それと共にどこからか聞こえる微かな声が、彼女の意識を掻き乱した。

『・・・おいっ!!』

今度こそはっきりと聞こえた呼び声に、しかしはそれを無視して目の前に立つナルへと声を上げた。

「あなたは・・・っ!!」

『・・・おい、っ!!』

重なり合う声。

薄らいでいく視界の中、最後に見たのは。

柔らかく・・・けれどほんの少しだけ物悲しさを感じさせる笑みを浮かべたナルの顔だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい、とりあえずこの辺で。(笑)

なんとも突っ込みどころ満載ではありますが、それはまたおいおいという事で。

この回は原作通りにという事でさくさくと書き進められたところではあるのですが(なにせ原作丸写し状態)、途中でデータが消えかけ四苦八苦したという曰くつきの回です。(どうでもいい)

何とか途中までは無事だったのですが、消えた部分を思い出しながら書くのってなかなか難しいですよね。

自分で書いたものなのにうろ覚えって言うのも問題ですが・・・。(笑)

作成日 2006.10.19

更新日 2007.9.17

 

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