「ふんふふ〜ん。ふんふんふん〜」

薄暗く狭い部屋の中に、少女の楽しげな鼻歌が響く。

真っ昼間だと言うのに光源は手元を照らす小さなライトのみ。

本来なら日の光が惜しみなく差し込んでくるだろう大きめの窓には、まるで外の世界を拒むかのようにきっちりと遮光カーテンが引かれていた。

足の踏み場もないほど散らかった部屋―――年頃の少女には不釣合いな剥き出しの配線や工具などがそこらに散らばっている。

動きやすそうな作業着に身を包み、口には真白のマスクをつけて熱心に作業をしていた少女は、唯一表に出ている目を楽しげに細めた。

「ふふ、で〜きた!」

語尾にハートマークがつきそうなほど可愛らしくそう呟いて。

そうして少女は手の中の物を愛しげに見詰め、それはそれは可愛らしく微笑んだ。

 

本音と建前を使い分けられない奴が世渡り下手だとは限らない

 

目の前の現実に、銀時は一瞬本気で眩暈を感じた。

ここまでの経緯は話せば長くなるので割愛するが、銀時たちは今あるホテルにいる。

それと言うのも親切心を出して飛脚の兄ちゃんの懇願を受け入れ、郵便物を指定の場所まで届けに行き、そこで届けた郵便物が犬天人の大使館で爆発してしまったからだ。

もっと詳しく言えば、それによって彼らがテロリストだと誤解されてしまったからなのだが・・・。

窮地の自分たちを助けここまで連れてきた桂が席を立ち、桂との関係を尋ねる新八に答えた銀時の『桂、テロリスト発言』に、再びこの場に颯爽と姿を現した桂がそれに反論する。

それは問題ではない―――新八などは桂たちが攘夷志士であるという事に驚いているようだが、銀時にとってはそれはどうでも良かった。

彼にとっての問題は、桂の隣に立つ少女の方だった。

淡いピンク色の裾の短い着物―――その着物の裾からは、スパッツを履いたすらりと伸びた足が惜しげもなく晒されている。

艶やかな黒髪を綺麗に結い上げた可憐な少女は、呆然とする銀時に向かい愛らしく微笑んだ。

「久しぶり、銀ちゃん」

にっこりと微笑んで親しげに挨拶をする少女に、しかし銀時は言葉もなく硬直する。

そんな彼の様子に漸く気付いた新八が、訝しげに眉を寄せ銀時と少女を見比べた。

「銀さん、あの子とも知り合いなんですか?」

その問い掛けの裏には、『何で銀さんにあんな可愛い子の知り合いが?』という意味が多分に含まれているのだが、残念ながら今の銀時に反論する余裕はない。

不自然に落ちた沈黙に、銀時のあまりの様子の可笑しさからか、少女は笑顔のまま小さく首を傾げ銀時の顔を覗き込む。

「もう、銀ちゃんってばどうしたの?この私が久しぶりって律儀に挨拶してやってんだから、居住い正して挨拶返すくらいしたらどうだよ。その脳みそは飾り物か?大体人の顔見て、幽霊でも見たような顔してんじゃねぇよ!失礼にも程があるだろうが!あぁ!?

「・・・・・・え?」

見まごう事無き美少女の口から発せられた暴言に、一瞬何が起こったのか判断できなかった新八が無意識に声を漏らした。

慌てて周りを見回してみても、それに反応している人はいない。

改めて少女を凝視するも、相手は変わらず可愛いらしく微笑んでいるだけ。

もしかすると幻聴を聞いたのかもしれないと新八がそう判断した直後、先ほどまで呆然と少女を見詰めていた銀時が、桂と少女の背後を見やり苦い表情を浮かべた。

「どうやら俺たちは踊らされたらしいな。なぁ、おい。飛脚の兄ちゃんよ」

銀時の言葉に視線を向ければ、そこにはなにやら見覚えのある男の姿。

それが少し前にスナックお登勢に突っ込んできた男だと認識し、新八は訳も解らず訝しげに首を傾げた―――ちなみに神楽は話に付いて行く気もないらしく、1人のびのびと寛いでいる。

「全部手前ぇの仕業か、桂。最近世を騒がすテロも、今回の事も」

1人すべてを察した銀時が、いつもの呑気な声色ではなく低い唸るような声で、桂へと剣呑な眼差しを向けた。

「ええ?銀さん、それって・・・」

「それに・・・爆弾作ったのはお前だな、。まさかお前までこんな馬鹿な事してるとは思ってもいなかったぜ」

新八の戸惑いなどサラリと流して、銀時は少女へと視線を移す―――心なしか先ほど桂へとむけた眼差しよりも和らいでいるが、それでも咎めるような色は失われてはいなかった。

と呼ばれた少女は銀時の言葉に怯む様子もなく、逆に場違いなほどにっこりと微笑んで、口元へと手を添えクスクスと笑みを零す。

「やだ、銀ちゃん。私の事、テロリストだなんて・・・。私はただ爆弾作るのが好きなだけのごくごく普通の一般人なのにっ!だいたいこの私に向かって馬鹿だなんて良い度胸だなぁ、おい!

「逆切れかよ!大体、爆弾作る一般人がどこにいるって言うんだよっ!!」

まるで井戸端会議で面白い冗談を聞いた・・・的な反応と、その違和感を上回るほどの暴言に、新八は反射的に突っ込んでいた。

銀時と出逢ってから、突っ込み体質に更に磨きが掛かった気がするのは、絶対に気のせいではない筈だ。

そんな風に思わず身を乗り出して渾身の力を込めて突っ込みを入れた新八に、は更に笑みを深める―――その笑顔は思わずため息が零れそうなほど可憐なものだったのだけれど。

「や〜ね、ここにいるじゃない。その眼鏡はダテか?度が合ってないと掛けてる意味ねぇんだよ、この眼鏡がっ!!人に文句垂れる前に目玉かっぽじってよーく見やがれ!

「目玉かっぽじってどーするんですか!出来るわけないでしょうがっ!!」

その桜色の可憐な唇から紡がれる言葉は、外見をこれ以上ないほど裏切っていた。

口を開けば吐き出される毒に、笑顔の余韻に浸っている暇さえない。

どうして自分が律儀にこの人の相手をしてるんだろうという疑問が不意に湧きあがり、新八は助けを求めるべく銀時へと視線を向ける。

するとそれとほぼ同時に至極真面目な顔をして、桂が銀時に向かい口を開いた。

「たとえ汚い手を使おうとも、手に入れたい物があったのさ。―――銀時、この腐った世を建て直すために俺と共に剣を取らんか?白夜叉と恐れられたお前の力、再び貸してくれ」

「俺ぁ、派手な喧嘩は好きだが、テロだのなんだの陰気くせーのは嫌いなの。俺たちの戦は終わったの。それをいつまでもねちねちねちねち・・・」

「え!?さんの台詞はスルーなの!?そんな簡単にスルーしていいんですか!?」

真剣な面持ちで申し出る桂に、銀時はやる気なさげに一蹴する。

その後話の本筋には関係がないようなどうでもいい話題で喧嘩を始めた2人に、新八は戸惑い半分呆れ半分で声を上げた。

マイペースというかなんというか。

この2人の反応を見ていると、の発言も案外驚く事ではないのではないかと思える。

しかし発言の過激さに、新八としては突っ込みを入れずにはいられない。

「ちょっとー!銀さ〜ん!!」

「「ちょっと黙ってろ」」

どうしようもなく情けなくもそう声をかけた直後、銀時と桂に怒鳴られ、新八は頬を引きつらせながら深いため息を吐いた。

 

 

「我々の次なる攘夷の標的はターミナル。天人を召喚するあの忌まわしき塔を破壊し、奴らを江戸から殲滅する」

とりあえず、の仲裁―――という名の実力行使として、巨大ハリセンをその脳天に受けた銀時たちは、ひとまず大人しく話を聞く体勢になったらしい。

それを認めた桂がこれからの計画を力説する様を見て、銀時は呆れが多分に混じったため息を吐き出す。

そうして桂の隣でにこにこ微笑んだまま、未だにハリセンを弄ぶへと視線を向けた。

、お前もいい加減に目ぇ覚ませ。お前だって解ってんだろう?」

銀時の言葉に、新八もまたの方へと視線を向ける。

バシンバシンとハリセンで乾いた音を立てるは、しかし先ほどまでのにこやかな笑顔を消し、寂しげに微笑んでいた。

「そんな事言わないで、銀ちゃん。私はただ、人の縄張りに勝手に足突っ込んどいてこの私に礼の一つもしに来ないヴァカ共に、身のほどって奴をたっぷりその身に嫌って程教えてやろうと思ってるだけなのっ!

「・・・いや、あの」

大体この国はこの可憐で天才的なこの私が支配してやろうって思ってたのに、横から手ぇ出すなんて酷いと思わない!?だから将来的に私がこの国を支配するに当たってデカイ顔して歩いてる天人たちを地べたに顔擦りつけるくらい平伏させようって、毎日毎日努力してるんじゃない!―――それなのにっ!」

「いや、今更可愛こぶったって遅いからっ!つーか、今さらっととんでもない事言いませんでした!?」

寂しげな微笑みにしんみりとすれば、次の瞬間には恐ろしい言葉が返って来る。

さっきのあの表情は一体なんだったんだ!?と突っ込みを入れたいが、彼女の手に収まっている紙で出来ている筈だというのに重い音を響かせる凶器が怖くて言い出せない。

今口答えすれば間違いなく殺られる。

予感でも推測でもなく、そんな確信を新八は抱いた。

「やだ、新八くんってば。聞き間違いでしょ?耳の調子が悪いなら、私が診てあげましょうか?そのまま脳みその方もじっくり調べて、今後この私に逆らわないよう徹底的に改造してやろうかしら!?

うふふと笑うに、もはや新八に出来るのは愛想笑いだけだった。

ごめんなさい、聞き間違いで結構ですから改造だけは勘弁してくださいと、心の中で懇願する―――出来るか出来ないかの問題ではなく、ならやりそうで怖い。

まだ出会ってそれほど経ってはいないけれど、彼の姉との生活で培われた危険センサーが派手な音を立てて脳裏に響いていた。

そんなと新八の遣り取りを見て、桂は自慢げに笑む。

は医術の心得もあるから、なんなら診てもらうといい」

「なに普通に勧めてんすか!あんた今までの会話聞いてなかったの!?」

サラリと告げられた台詞に、新八は危険センサーの存在も忘れて反射的に突っ込む。

と共にいるのだからどんな人なのかと思ったら・・・これはかなりの天然だ、間違いなくと新八は嬉しくもない確信を得た。

「へぇ〜、はお医者さんなのか。すごいアルな」

「そうかな?えへへ」

こちらもこちらで先ほどの遣り取りを見ていなかったのか、神楽が尊敬したように目を輝かせる。

そんな神楽の言葉に照れたように笑うを見て、新八は深くため息を吐き出した。

「こうやって見てる分には普通の女の子なのに・・・」

ポツリと落ちた言葉には、これ以上ないほど実感が篭っている。

それを見ていたは宥めるように新八の肩に手を添え、下から覗き込むように新八を見上げると困ったように微笑んだ。

「ほら、攘夷戦争の時とかってやっぱり怪我人が多いじゃない。今なんて尚更、怪我したってお尋ね者だから病院なんて行けないし」

「・・・確かに」

困ったように・・・ほんの少しだけ寂しそうに微笑むに、新八は素直に同意する。

きっとはそんな事情の中、怪我を負って苦しんでいる仲間たちを見過ごす事などできず、必死に医術を学んだのだろう。

の思わぬ一面を知って、その仲間を想う心に感動を覚えた。

そんな新八を見て、もにっこりと微笑む。

「こう見えても私、結構何でも出来るんだよ。まぁ、医術の心得はあるって言っても、独学の上に無免許なんだけどねえへ」

「えへ、じゃないでしょー!?そこ!笑って誤魔化さない!!」

しかし次の瞬間発せられた言葉に、先ほど感じた感動も忘れて新八は力の限り突っ込んだ。

今、とてつもなく恐ろしい台詞を聞いた。

なんでオチをつけるかな!そのまま素直に感動させといてくださいよ!!と声の限り叫ぶ。

するとは先ほどまでの殊勝な態度を一変させ、面倒臭そうに顔を背け舌打ちすると、畳の上にドカリと座り込んだ。

「あーもう、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーなぁ、この眼鏡がっ!!

「逆ギレですか!?つーか僕を眼鏡で定着させないで下さいっ!!」

この起伏の激しい会話はなんなのだろうか。

確かに銀時の友達であるならば普通の人間など想像できない事は否定しないが、それにしても個性的過ぎる。

可憐な少女を演じているのかと思えば、それを演じきるつもりはないらしい。

未だに目の前で新八に対する暴言を吐き続けるを見詰めて、新八は深いため息を吐く。

もう、帰りたい。

新八が心の底からそう思った時だった。

「御用改めである!神妙にしろ、テロリストども!!」

何の前触れもなく叩きつけるように襖が開かれ、そこから男の鋭い声が走った。

突然の出来事に目を丸くしてそちらを見れば、黒い制服を着込んだ物騒な集団―――新八は彼らに見覚えがあった。

「真撰組だ!!」

「いかんっ!逃げろぉ!!」

混乱に見舞われた攘夷志士たちが慌てふためく中、こちらも慌てた様子の桂が声を上げる。

その号令を合図に攘夷志士たちが脱出しようとするが、既に真撰組はこちらを囲んでいるのか、容易に逃げられる隙はない。

チッ、わざわざこんな所までご苦労なこったなぁ!よっぽどの暇人か、お前らは!

「いや、暇人っていうか・・・それがあの人たちの仕事だから」

こちらも同じく追われる立場である筈のは、しかし動じる様子なく真撰組を一瞥して暴言を吐く。

そんな場合じゃないだろうと思いつつも突っ込みを入れた新八は、自分の身にも危険が迫っている事を察して慌てて立ち上がり駆け出した。

もここで捕まる気はさらさらないらしく、重い腰を上げて新八の後に続く。

大体、人には廃刀令とかなんとか言って刀持つなとか強要してるくせに、自分たちはお上の威光を笠に来て堂々と刀下げてるとはどーいう了見だ、コラァ!こんな風にか弱い乙女を追っかけまわす暇あるんなら、もっと世の為に働いたらどーだよ!

「世の為に働いてるから、今あんたたちを捕まえようとしてるんでしょーがっ!」

銀時をボスに仕立て上げようとする桂の隣で、納まりきらない憤りを吐き出しながら走るは、今にも真撰組に襲い掛かりそうで恐ろしい。

それでも、いくら攘夷派といってもは華奢な女の子なのだ―――捕まってしまえば逃れる術はないだろうと思い、新八は何とか宥めながらと共に走る。

しかし暴言を吐きながら走っていたからか、それとも追いかけてくる真撰組隊士―――土方の足が速かったのか、後ろから伸びて来た手が懸命に走るの腕をがっちりと掴んだ。

「捕まえたぜ!」

「きゃっ!は、放して下さいっ!」

「なんだ?テメェも攘夷志士なのか?人は見かけによらねぇっつーか・・・」

とりあえず、咄嗟でも可愛らしい反応は出来るらしい。

外見に似合った女の子っぽい悲鳴を上げたは、自分の腕を掴んでいる隊士を見上げて抗議する―――心なしかその瞳は潤んでおり、一見小動物を思わせるその態度に、腕を掴んだ土方は戸惑いの声を上げた。

その一瞬の隙を見逃さず、は潤んだ瞳のまま土方に向けて言い放った。

つーか放せって言ってんだろうがっ!人を見かけだけで判断してんじゃねーよ!女だからって甘く見てると痛い目見せるぞ、コラァ!大体見かけだけで言ったらお前らの方が悪人面だろがっ!

「てめっ!!」

「ちょっ!さーん!!」

どうしてこの場面でそんな発言をしてしまうのか。

そのままか弱い女の子を演じていれば、相手だって手を放したかもしれないというのに。

案の定、土方は動揺して緩みかけた手を更に強く掴み上げ、眉間に深い皺を刻み腹立たしげにを睨みつけるのを、新八はただおろおろと見守る。

しかしは止まらない。

この状況ですらもにっこりと笑顔を浮かべ、土方に向けて悠然と言い放つ。

大体相手が攘夷志士かも確かめねーで捕まえるバカがどこにいるんだよ、あぁ!?もし私が囚われの一般人だったらどーするつもりだよっ!?

その言葉に、土方がピクリと眉を上げた。

その線も捨てきれないと思ったのかもしれないし、この後に及んでのの暴言に更に怒りを募らせたのかもしれない―――それは本人でなければ解らない事だったけれど、この状態のを放っておく事は出来ないと思ったのか、騒ぎを聞きつけた銀時が慌てての元へと戻ってきた。

「おいおい、っ!」

テメェも助けに来るのが遅いんだよ!か弱い乙女が捕まってんだから、何を置いても一番に助けに来るのがテメェの務めだろーがっ!

そうして宥めるつもりで声をかけたのだが、頭に血が上っているには通じない。

自分を助けに来た筈の銀時にさえも暴言を放つ―――それでも全く笑顔が崩れないのだから、新八はそこにの恐ろしさを見た。

しかし銀時とて、そこで黙っていられるほど従順ではなかった。

「俺のせいじゃねーだろ?大体、お前は人に助けられなくても自力で脱出できんだろーが」

こーいう場面では、乙女は静かに助けを待つもんだって決まってんだよ!

助けにきた事も忘れて口喧嘩を始めた2人。

だからそんな場合じゃねーだろ!と呆然としつつも新八が突っ込もうとしたその時、未だにの腕を掴んだままの土方が呆れたように突っ込んだ。

「・・・つーか、全然静かじゃねーだろ」

ボソリと小さな声での突っ込みは、しかしにも届いていたらしい。

すぐさま表情を笑顔から怯えのそれへと変え、銀時に向けて掴まれていない方の手を伸ばした。

「銀ちゃん!私、怖い!助けて!!」

「今更、遅っ!!」

悲劇のヒロインを見事演じきるに対し、土方も思わず突っ込む。

その隙にその華奢な身体からは考えられないほどの力で土方の手を振り解いたは、傍にいた銀時を土方の方へと押しやり、ボソリと耳元で何かを囁く。

それに対し僅かに顔を青ざめさせた銀時を尻目に、は新八に向けて綺麗に微笑んだ。

「さ、ここは銀ちゃんに任せてとっとと逃げましょう」

「・・・あ、はい」

有無を言わせぬその態度に、新八は素直に頷く他なかった。

 

 

「無駄な抵抗は止めな!ここは15階だ。逃げ場なんてどこにもないんだよ!」

襖の向こう側から、容赦のない脅しの声が掛けられる。

結局あの後、すっかり真撰組の周りを固められていた為逃げ出す事が出来なかった攘夷志士と万事屋は、なんとかある部屋に逃げ込み立てこもった。

部屋にいる攘夷志士の数は決して少なくなく、隙を見て逃げるなどという芸当が出来るとは思えない。

強行突破をするにも、しっかりと周りを固められている為難しい―――真撰組が言うように15階に位置するこの部屋の窓から逃げ出す事も不可能だった。

「ちっ。遠慮なく馬鹿力で掴みやがって。手首に痣が出来ちまっただろーが。この礼はいつかきっちり返してやる

そんな危機的状況の中でも、には全く変化がないらしい。

土方に力の限り掴まれた手首は赤黒い痣となっており、の外見的特徴からしても見ているだけで痛々しいけれど、彼女の言動から残念ながら同情を誘う事はなかった―――寧ろその事に関して仕返しされるかもしれない真撰組の方が心配だと、緊迫感溢れる空気の中、新八は呑気にもそんな事を考える。

「ターミナル爆破の為に用意しておいたんだが、仕方あるまい。これを奴らにおみまいする。その隙にみんな逃げろ!」

そんな八方塞状態の中、桂は重々しげに息を吐くと、懐から何かを取り出しそれを全員に見えるように差し出した。

丸い、掌サイズのそれは、桂の言動から察するに爆弾なのだろう。

その爆弾を見たは先ほどまでの不機嫌そうな表情を一変させ、嬉しそうに微笑みながら傍らに座り込む銀時へと話し掛けた。

「銀ちゃん、みてみて。これ私が作ったの。すごいでしょう?」

桂から爆弾を奪い取り、見るからに自慢げにそれを銀時の目の前に差し出す。

爆弾作りが趣味というだけあり、やはり自分が作ったものには愛着があるのか、その嬉しそうな様は幼い子供のように無邪気である―――手にしているのが爆弾でなければ、思わず微笑み返したいくらいのどかな光景ではあるのだけれど。

「あー、すごいすごい・・・っていうか、こんな物騒なもん作って嬉しそうにしてるんじゃありません!」

「えー。あのターミナルだってぶっ飛ばせるくらいの超強力なやつなのに。ふふふ、ターミナルが吹っ飛んだ後の幕府のお偉方の慌てた顔が目に浮かぶわ。今まで散々人の事を追いまわしておいて、自分たちは甘い汁吸いまくってたそのツケを払ってもらうわよぉ

思わず爆弾から身を引いて軽くたしなめる銀時に、不満そうな表情を浮かべたは、次の瞬間にやりと口角を上げ恐ろしい笑みを浮かべる。

何を想像しているのかは、心の安息の為に知らない方がいいだろうと新八は知らぬ顔をして、これからどうするかと頭を悩ませ始める。

は爆弾作れるアルか。すごいな」

「そう?そんなに褒められると照れちゃう」

そうして銀時にも相手をしてもらえなくなったは、素直に自分を誉める神楽と世間話を始めたらしい。

そんな会話を聞き流しながら、銀時と同じく桂に爆弾を使う事を諦めさせる為に説得を始めようとした・・・のだけれど。

「これ、どうやったら動くアルか?」

不意に聞こえて来た物騒な発言に、新八はピクリと僅かに肩を揺らす。

嫌な予感がした。

それはもう、彼の危険センサーが大音量で警告音を発するほどに。

「え〜っとね。これはここのボタンを・・・」

「・・・あ」

神楽の質問に真剣に説明を始めたに、慌てて止めようと振り返ったその時、2人の間の抜けた声に背筋に悪寒が走った。

まさか・・・と、頭の中で声がする。

どうかこの予感が当たっていませんように・・・と心の底から願いながら、恐る恐ると神楽を見た新八は、そこに浮かんでいる乾いた笑みに嫌な予感があたってしまった事を悟った。

「いじくってたらスイッチ押しちゃったヨ」

聞きたくなかった現実を改めて耳にし、室内に今までにないほどの緊張感が猛スピードで駆け抜けた。

そうして次の瞬間、人々は弾かれたように動き出す。

ー!お前これの製作者だろ!?早く止めろ、これ!」

「ちょっと銀ちゃん、落ち着いて!爆弾っていうのは爆発してこそ意味があるものでしょ?スイッチ押しちゃったんなら、潔く爆発させてあげてよ

「どんな理屈だ、それぇ!!」

冷や汗を大量に流しつつ詰め寄る銀時に対し、こんな状態になってすらも動じた様子のないは、あっさりとそう言い放つ。

そうしてピッという短い音を立てて確実に爆発の時を待つそれを銀時に押し付け、それはそれは綺麗な笑みを浮かべた。

「大体この私が、自分で作った爆弾に解除できるような穴残すわけないでしょ?今までの付き合いからそれくらいは察しろよ、天然パーマネント

静かな声で告げられた言葉に、慌てふためいていた全員が一斉に動きを止める。

今、ありえない言葉が聞こえたような気がする・・・と、新八はぎこちなく首を動かしへと視線を向けて、否定の言葉を願いながら問い掛けた。

「え〜ッと・・・さん。それじゃ、解除方法は・・・」

「勿論ないわ。大丈夫、どんな腕のいい爆弾処理班でも解除できない優れものだから

「そんな保証いらねぇよ!」

自慢げな、輝くような笑顔でそうのたまったに、爆弾を持っている銀時が声の限りそう叫んだ。

 

 

「やれやれ、あいつはいつまで経っても変わらんな」

ホテルの屋上で。

神楽に15階から突き飛ばされた銀時が、それでも何とか爆弾を宙に放り投げ、被害を最小限に留めるその様を見詰めて、桂は苦笑いを浮かべて呟いた。

眼下には向かいのビルの垂れ幕に掴まり、命の危機を逃れた銀時の姿がある。

そんな銀時の姿を目に映して、もまた苦笑いを浮かべた。

「ほ〜んと。中身はいつまで経っても子供みたいなんだから。男は何歳になっても少年の心を持ってるもんだ、なんて自分勝手で傍迷惑な主張がいつまでも通じるほど世の中甘くねぇんだよ、ボケがぁ!・・・って、たしなめてあげればよかった」

微笑ましい光景ではあるが、会話の内容はどこまでも見た目とは裏腹だ。

「お前も久しぶりに銀時に会えて嬉しかっただろう?」

「そーねぇ。ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも」

こんなにも楽しそうに笑うは久しぶりに見た気がして、桂の表情も少しだけ明るいものへと変化する。

なんだかんだと言ってはいても、仲間との再会はにとっても嬉しいものに違いない。

今は道を違えてしまってはいても、にとって銀時が特別な存在である事に変わりはないのだから。

そして自分たちがこうして無事に逃げ果せたのは、銀時の活躍のお陰でもあるのだから感謝の気持ちも勿論あったけれど。

「それにしても爆弾の規模が思ったよりも小さかったな。あれじゃターミナル吹き飛ばすなんて無理だよね」

「そうだな」

「あ〜あ、失敗かぁ。結構自信作だったんだけど・・・」

先ほどの爆発を思い出し、はほんの少し肩を落とす。

爆弾を作るに当たって、一番の問題はやはり実験が難しいという事だろう―――もしも実験で爆弾を爆発させれば、被害がなくとも真撰組なりが出張ってくるに違いない。

それで警戒を強くされれば動きづらいし、更に危険視されてはこちらの身も危うい。

今度はもっと精密に作らないと・・・と一人呟くを横目に、桂は浮かべていた笑みを消して複雑そうな面持ちで軽く眉を寄せた。

「・・・、あいつの元へ行っても構わないのだぞ」

そうしてポツリと落ちたその言葉に、爆弾について考え込んでいたは勢い良く顔を上げた。

目を丸くしてまじまじと桂を見詰めると、桂もまた真剣な表情でを見返す。

一瞬冗談を言われたのかとも思ったが、桂がそんな冗談を言うタイプではない事を知っているは、困ったように笑みを浮かべた。

「どうしたの?急に・・・」

「いや、ふと思ったのだ。お前はあいつを・・・」

「小太郎ちゃん」

何かを言いかけた桂の言葉を遮り、はにっこりと笑む。

隠してはいるのだろうが、微かに見え隠れする不安を感じ取り、はそれを払拭する為にもいつも通りの態度で口を開いた。

「何言ってるの。ロクな稼ぎもないのに子供2人も抱えてる野郎のところに行ったって、私の崇高な趣味である爆弾作りがろくに出来ないじゃない。ヅラを隠れ蓑に存分に試作品試せるこの状況逃してたまるか!・・・なんて」

「ヅラじゃない、桂だ」

律儀に言い直して、桂はじっとを見下ろした。

それに気付いたが、ゆっくりと手を伸ばして桂の着物の裾を掴む。

「それに、大丈夫。私は小太郎ちゃんの事大好きよ」

柔らかく微笑むの顔には迷いがない。

確かには口は悪いけれど、無意味な嘘をつくことはない。

そうして桂は知っていた―――遠慮なく吐かれる暴言の中に、時として素直ではない彼女の本音が隠されている事も。

彼女の物言いからは解り辛いが、長く共にいる桂はその中に含まれる真意を確かに読み取る事が出来た。

「・・・そうか」

それを正確に読み取った桂は、納得半分・・・―――そして安心半分で小さく微笑む。

『大好き』など、恥ずかしい台詞は臆面もなく言えるというのに、何故自分と一緒にいると素直に言えないのか。

しかしそんな不器用なが可愛らしく思えてしまうのも確かで。

自分が理解できていれば良いのだと勝手に結論付けて、桂は自分たちを待つ攘夷志士たちの元へと足を踏み出す。

背後から、しっかりとが付いて来ている事を確認しながら。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

銀魂夢、第一弾。

やっぱり銀魂のあのテンポの良いギャグを、文章として現すのはとても難しいのだと実感しました。

今まで書いた事のない主人公ですが、意外に楽しかったり。

銀魂夢だけは台詞だけを先に書いて、後から間の文章を付け足すという私にとっては前代未聞な書き方をしたのですが・・・台詞だけの方がテンポが良かったように感じます。(痛)

とりあえず主人公、攘夷志士設定で。

今のところ、珍しくお相手は決まっておりません。(寧ろこの主人公の場合、恋愛に発展するのかどうかさえも怪しい)

桂を中心に銀時、土方、高杉を絡ませつつ、沖田と神楽とマブダチ状態、全力で新八に突っ込まれつつ我が道を突き進ませられたらなぁ、と。

作成日 2006.8.8

更新日 2007.9.13

 

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