「あ〜?下着泥棒だぁ!?」

行きつけのファミレスにて、注文したパフェを受け取った銀時は、早速スプーンでクリームを掬いつつ、明らかに興味なさげに声を上げる。

それを正面に座りつつ真剣な表情で見返して、話題を挙げた新八は切羽詰った様子で口を開いた。

「そうなんですよ。僕が万事屋に泊り込んだ時に二回もやられたらしくて・・・。何とかならないですかね?」

「あー?何が何とかならないんだっけ?」

「だから、下着泥棒ですよ」

パフェに夢中で上の空な銀時に、新八は我慢強く話し続ける。

「あー?下着泥棒だぁ?」

「そうですよ。僕が万事屋に泊り込んだ時にもう二回もやられてるらしくて・・・。何とかならないですかね?」

「あー?何が何とかならないんだっけ?」

「だーから!下着泥棒ですよ!!」

まともに話を聞く素振りすらない銀時に焦れて、新八は大声を張り上げた。

その話の内容に、店内が一瞬にして静まり返る。―――好奇の視線が自分たちに集まっているのに気付き新八が気まずそうに頬を引き攣らせると、流石に新八が哀れに思えたのか、銀時がパフェを食べる手を止めて、それでもやはりやる気なさげに頷いた。

「あー、下着泥棒な」

「ちゃんと聞いてんじゃねぇかよ、この人は・・・」

漸く得られた同意に喜ぶよりも前に軽い殺意を覚える。

元々銀時がまともに自分の話を聞いてくれるかどうかは怪しかったが、店内に響き渡るほどの大声で『下着泥棒』などと声を張り上げてしまった自分を思えば、話を聞く体勢になってくれたとはいえ流石に感謝までは出来そうにない。

とはいえこの機を逃す筈もなく新八が話を続けようとしたその時、何の前触れもなく壁に直接くっ付けられてあるテーブルが揺れるほど激しく手が叩き付けられ、またもや静まり返った店内を意識しつつ新八がそっと顔を上げると。

「銀ちゃん。私、銀ちゃんにお願いがあるんだけど」

眩しい程の鮮やかな天使の笑顔を浮かべた悪魔が、そこにいた。

 

個性的って協調性に欠ける時の言い訳にはピッタリかも

 

ともかくも、突然姿を現したが新八の隣へとすわり、ちゃっかりと注文した飲物が運ばれてきた頃、未だパフェを食べ続けていた銀時が漸く重い口を開いた。

「もしかしてお前の頼みたい事ってのも・・・」

「そうよ。ものすごくタイムリーな話だけどその通りなの」

主語の抜けた問い掛けではあったけれど、銀時の問いは正確に汲み取られたらしい。

現れた時とは違う神妙な顔つきで、僅かに俯き沈んだ声でそう告げるは、どこからどう見ても悩みを抱えた美少女そのものだ。

ただし、彼女の本質を嫌というほど思い知っている新八にとっては、これからどんな発言が飛び出してくるのか戦々恐々であったが。

「最初は仲間の誰かが血迷って盗んだのかとも思って徹底的に問い詰めたんだけど、どうやら違うみたいで・・・。あれだけ尋問して吐かないんだから、間違いないわ

「何したんですか、あんた」

やはり期待は裏切られないらしい。

愁いを帯びた面持ちで言われても、言葉の裏にびっしりと詰め込まれている吐露されない部分が想像されて、思わず背筋に悪寒が走る。―――が一体何をしたのかは想像したくもないが、彼女の仲間たちが地獄を見たのは明白だろう。

しかしそんなの様子にはもう慣れっこなのか、銀時はさして気にする素振りもなく、最後の最後に残ったパフェをズズズと音を立てて飲み干して、口の周りについたクリームもそのままにしたり顔でスプーンを振る。

「昔の人はよ〜、着物の下はノーパンだったらしいぜ、町娘とかギャルとか女の子とかお姫様も全員。お姫様なのに着物の下はもう暴れん坊将軍だよ、お前。そのギャップが良いんだよ。おしとやかな顔して暴れん坊将軍かい!みたいな」

ほんの少し夢心地な様子で口元を緩ませ力説する銀時に対し、ふつふつと湧き上がる怒りを抑え今まで奇跡的に大人しく話を聞いていた妙が、にっこりと恐ろしい程の笑顔を浮かべてテーブルに乗り出し銀時の襟元を掴み上げた。

「てめーのノーパン談義はどうでもいいんだよ。こちとらお気に入りの勝負パンツ取られてんだぞ、コラ」

「そうよ。どこの誰かも解らない変態の手に私のパンツが握られてるなんて、寒気を通して絶える事のない怒りが湧き出してくるわ。銀ちゃんもグダグダグダグダ言ってねぇで、可愛らしい昔馴染みのお願い快く引き受けろよ

ああ、やっぱりこの2人って似てる・・・―――と何処か遠い目をしながら、新八は身体を縮こませて黙々と飲物を口に運び続ける。

話の内容は彼女たちが全面的に被害者なのに対し、会話はどこまでもそれらしくないのは何故なのだろうか。

今更ながらにを自分の隣へと促した事が悔やまれた。

両脇を見目麗しい少女で固めている様は両手に花状態に見えるが、新八当人からすればまさに生きた心地がしない。―――いつ怒りのとばっちりを受けるか・・・そうなれば一番危険なのは自分以外に他ならない。

「勝負パンツって、お姉さん誰かと決闘するんですかい?」

「あたぼーよ。時と場合によっちゃ、無制限一本勝負だ、コラ。なめんなよ」

そんな2人に詰め寄られているというのに、銀時はいつもと変わらず魚の死んだような目で飄々としている。

ここまで来れば、その神経の図太さもある意味才能だ。

そうして銀時は自分の襟首を掴んで殺気が漲った妙からへと視線を移すと、面倒臭そうに頭を掻く。

「つーか、。お前俺のとこに来ねぇでヅラに頼めよ。お前の為ならあいつは喜んで動くと思うがね」

そう言いながらも、銀時の表情はまんざらでもなさそうだ。―――が桂ではなく自分のところに来たのが、表情にはほとんど表れずとも嬉しいらしい。

そんな銀時の言葉にはとんでもないとばかりに目を丸くし、妙と同じくテーブルの上に身を乗り出し顔に指を突き出した。

「それが出来たら最初から銀ちゃんの所には来てないわよ。もし小太郎ちゃんに下着泥棒の事がバレたらどうなると思うの!?小太郎ちゃんの事だから、自分が指名手配犯だって事も忘れて下着泥棒捕縛の為に暴走するに違いないわ!それはそれで面白そうだけど、小太郎ちゃんが捕まったら私っ!!」

「いや、今更悲劇のヒロインぶったって遅いですから」

そうして悲しげに顔を背けてさり気なく口元に手をやるだが、どこまでも言動と行動が一致していない様子に、新八は己の身の危険も忘れて思わず突っ込んだ。

「っていうか、仲間全員を尋問してたってのに、気付かない桂さんも桂さんじゃ・・・」

「そこが小太郎ちゃんの扱いやすいとこ・・・良い所なのよ!

「うっかり本音が漏れてますよー」

にっこり笑顔で力説するに、新八は半目で視線を向ける。

今までの彼女の言動から見ても桂は大層特別に大事にされているようだが、こういうちょっとした発言がそれに全面的に頷けないところだ。

一体彼女にとって桂はどんな位置にあるのだろうかという疑問も浮かぶが、聞いても素直に教えてくれるとは到底思えず、新八はそうですかと無難な返事を返す。

そんな2人の様子を眺めながら、銀時は再び妙へと視線を向けた。

「・・・んで、何が望みだ。決闘に必要だから取り戻してぇのか?戻ってくれば気が済むのか?」

「パンツを取り戻した上で、パンツを盗んだ奴を血祭りにしたい」

「姉上・・・」

真顔でキッパリと言い切る自分の姉の姿に、もう返す言葉がない。

長年の付き合いから、彼女がどれほど本気なのか理解できるから恐ろしい。―――彼女はやると言ったら必ずやる。

「もう発言がパンツ履く現代人の発言じゃねーよ。2・3万年前の裸で槍持って野を駆ける人の発言だよ」

こちらも半目で静かに突っ込んでから、視線を妙から逸らすように窓の外へと向けた。

こうして見る景色は平和そのものだというのに、どうして今の自分の周りの空気は殺伐としているのか。

そんな銀時の心情を読み取ってか、が励ますようににっこりと微笑みながら銀時の肩へと手を置いて。

「血祭りなんかじゃ生温いわ。もう生きてるのが嫌っていうほど己の存在がいかに愚かなのかを思い知らしめた後、パンツを盗まれるという出来事を経て得た私の繊細な心の傷を癒す為にがっぽりと慰謝料を巻き上げなきゃ!

「どっちが悪人か解らなくなるような発言は止めてください、さん。僕ちょっと下着泥棒に同情しちゃいますよ」

慰めるどころか追い討ちをかける発言に、新八は頬を引き攣らせる。―――下着を盗む奴が全面的に悪い筈なのだけれど、結果的にこの2人を敵に回してしまった犯人がどことなく不運に思えて仕方ない。

きっと彼女たちは何が何でも犯人を捕まえ、そうして心行くまで制裁を下すのだろう。

最も敵に回してはならない相手を敵に回してしまった犯人の行く末は、間違いなく明るいものではない筈だ。

「下着ドロなんて女の敵アル。姉御、、私も一肌脱ぎますぜ」

「まぁ、神楽ちゃん!―――よし、よく言った!付いて来い、杯を交わすぜ」

それに加えて、妙やとはまた違った意味で危険度が非常に高い神楽までもが参戦を表明し、今まで何とか平静を保っていた新八はザッと顔を青ざめさせた。

「待て待て!死人が出るよ!!君ら2人ヤバイって!!」

咄嗟に2人を止めようとするも、元から人の話など聞く耳持たない者たちのこと。―――今回も例外に漏れずサラリと新八の抗議を無視した妙と神楽は、闘志を漲らせながらも揃って去って行く。

「まずいよ、最凶コンビがユニット組んじゃったよ。―――さんまで行かなかったのは不幸中の幸いだけど」

そうして頬を引き攣らせつつも、何故か2人と共に行くでもなく残ったに視線を向けて、最悪の事態は免れたと安堵の息を吐く新八を見やり、は口元に手を当て鈴が鳴るように笑った。

「ふふふ」

「なんですか、その笑いは・・・」

見た目が穏やかであるだけに、恐怖も一入。

がここに残ったのは寧ろ不幸中の幸いでもなんでもなく、未だ危険が去っていない事を示しているのではないかと、新八はこめかみに汗が流れるのを感じた。

「ほっとけよ、ホシの目星はもうついてるだろ?」

しかし銀時は去って行く妙らに視線を向けることもなく、未だに窓の外を眺めたままやる気なさげに呟く。

そんな銀時の発言に新八は目を丸くして、次いで眉間に皺を寄せると恐る恐る問い掛けた。

「え!?一体誰、が・・・」

「・・・ふふふ」

新八の問い掛けに答えるように、が小さく笑みを零す。―――そうして次の瞬間、が身じろぎしたと同時に無慈悲な音が響き渡る。

それに嫌な予感を感じ示されるままテーブルの下を覗き込むと、そこには・・・。

「なんだぁぁぁ!!まさか俺を疑ってるのか、貴様らぁ!!侍が下着泥棒なんて卑劣な真似するわけねーだろがよ!!」

見事に足蹴にされ、鼻から血が出ているにも関わらず勢い良くテーブルの下から這い出てきた真撰組局長・近藤勲の姿に、新八は驚くほどあっさりと納得した。

「近藤さん。とりあえず鼻血拭いたら?そのままだと変態に拍車が掛かってちょっと目も当てられないっていうか、そんな人と一緒にいて同類だと思われたくないし

微笑みながらテーブルのナプキンを差し出すの姿は、見まごう事無く天使のようだった。―――その発言はどこまでも酷かったが。

しかし近藤を除いて、この場にいるのは既にの発言に慣れてしまった者ばかり。

その近藤も今はの言動に耳を傾ける余裕がないのか、あっさりと聞き流している為、何の問題にもならなかった。

銀時は未だに床に這いつくばる近藤の傍らにしゃがみこみ、ジト目でキッパリと言い切る。

「侍がストーカーなんてするわけねーだろが」

「ストーカーはしても下着ドロなどするか!訴えるぞ、貴様!!」

「訴えられるのはテメェだ」

どうやらストーカーだという自覚はあるらしい。

近藤は必死に言い募るけれど、残念ながら彼の今までの行動からあまりの説得力はなく、逆に言い返される始末。

そんな中、注文したオレンジジュースを優雅な動作で口へ運んだが、遠い目で嘆くように呟いた。

「嫌ねぇ・・・ストーカーな上に下着泥棒なんて、真撰組の名が泣くわよね。っていうかきっと泣くのは土方くんだろーけど。街の秩序を守るべき組織がこの体たらくじゃ、私が天下を治めるのも時間の問題ね

ちゃん!俺じゃないからっ!!」

何気に問題発言が飛び出しているが、近藤はそれさえも気付かないらしい。―――もしくは気付いていて冗談として流しているのか。

それはさておき、近藤は椅子に座りオレンジジュースを飲むの膝元へと這い寄り、縋りつきながら必死の形相で訴える。

一見すれば恋人同士の痴話げんかのもつれにも見えるから不思議なものだ。―――勿論捨てられる男が近藤で。

「これで真撰組も解体かぁ?いやぁ、めでてーなぁ、

「ふふふ、口ほどにもなかったね」

縋りつく近藤を鬱陶しそうに手で追いやりながら、ニヤニヤと口角を上げる銀時と同じくも可愛らしく微笑む。

それにザッと顔を青くした近藤は、唐突に新聞を取り出し意地悪く笑む2人に見えるように差し出した。

「待て待て待て!これを見ろ、これを!!」

「・・・なんスか、これ。―――『またも出没、怪盗フンドシ仮面』

あまりの近藤の哀れさに渋々ながらも新聞を受け取った新八が、一面にでかでかと書かれている文字を読み上げ訝しげに眉を寄せる。

それに興味を引かれたのか、銀時とも紙面を覗き込んだのを確認して、近藤は漸く立ち上がると改めて口を開いた。

「最近、巷を騒がしてるコソ泥だ。その名の通り、風体も異様な奴でな。真っ赤なフンドシを頭に被り、ブリーフ一丁で闇を駆け、綺麗な娘の下着ばかりをかっさらい、それをモテない男たちにバラまくという奇妙な奴さ」

「なんですか、それ。ネズミ小僧の変態ヴァージョン?」

「っていうか、それだけ変態丸出しの変態も今時珍しいわよね。あれかな?みんなに指差されて変態だ〜って罵られたいとか?もしかしてマゾ?うわ、変態の上にマゾでヒーロー気取りなんて救いようがないじゃない

「・・・ボロクソですね」

一見感心したように・・・しかしその実あっさりと鼻で笑いとばして、は再び席へと戻りジュースの残ったグラスを手に取る。

そんなを他所に、同じく新聞を覗き込んでいた銀時がハッとしたように己の懐に手を伸ばし、納得したように問題のそれを取り出した。

「そうか、このパンツにはそーいう事情が。俺ぁてっきりサンタさんのプレゼントかと」

「あんたも貰ってんのかい!!」

懐から取り出した目にも眩しいパンツに、新八は思わず突っ込む。―――まさかこんな身近に、変態下着泥棒の恩恵を受けていた者がいたとは・・・。

「やだ〜、そんな変態なサンタさんなんて。子供の夢を壊す以前の問題に、そんな奴が目の前に現れたらハリセンでぶちのめした挙句、勢い余って絞めちゃうかも

「コラコラコラコラコラ」

驚愕の面持ちで突っ込みを入れる新八とは対照的に、はあくまで可愛らしく、邪気のない笑顔を浮かべて邪気が多分に含まれた台詞をのたまう。

彼女が言うと本当に実行しそうな気がして、新八は反射的にそちらへも突っ込みを入れた。

確かに下着泥棒は許せないが絞めるのは良くない、断じて。

しかし突っ込み精神に溢れた彼の必死な様子に追い討ちをかけるように、未だにパンツを手に立つ銀時を認めて近藤は勝ち誇ったかのように笑い声を上げた。

「ふははははははっ!そりゃ、お前、モテない男とみなされた証拠だよ。哀れだな〜」

高らかに笑う近藤。

けれどその彼の懐からも決して見逃せない物体を認めて、新八はジト目で近藤を見やる。

「おーい、見えてるぞ。懐からモテない男の勲章が零れ出てるぞ〜」

「かっ!これは違うぞ〜!フンドシ仮面の施しパンツじゃねーぞ!!」

「だったらもっとマズいだろ」

見るからに動揺が激しい近藤を見返して、新八は鋭い突っ込みを入れ大きくため息を吐く。

「どっちもどっちだね。2人して醜い底辺の争いなんて虚しいだけだから止めたら?

とうとうオレンジジュースを飲み干したが、無駄に張り合う銀時と近藤に哀れげな視線を向けて呟いた。―――しかしその言葉に配慮は一切ない。

明らかにボケと突っ込みの比重が可笑しい気がする。

もしも自分がこの場にいなければ、この場は一体どうなっていたのだろうかと考えて、新八はすぐさまその想像を討ち捨てた。―――おそらくは確信犯でボケ倒しているだろう銀時と、素で暴走する近藤、そしてこちらも確信犯で相手を翻弄し楽しむを野放しにするなど、そんな恐ろしい事は考えたくもない。

「ともかく、私とお妙さんの下着を取ったのはこの変態なのね?」

そうして新八は密かに苦悩している中、この話の遣り取りに飽きたのか・・・が強引に話を結論へと導く。

それに漸く自分が下着泥棒ではないと理解してくれたと判断したのか、近藤が少しだけ表情を明るくして力強く頷いた。

「そう、それ!!今や江戸中の娘が被害に合ってる。しかし民衆・・・特にモテない野郎どもにはなまじ人気があるため、同心連中も捕まえるのになかなか苦労してるようだ」

「けっ!ただの変態のくせに、いっぱしの義賊きどりか!気に食わねー・・・気に食わねーぜ。なんで俺がモテないの知ってんだぁぁぁぁ!!」

近藤の話に、今まで無言でパンツを握り締めていた銀時が声を上げ、握っていたパンツを勢い良く引き裂いた。

突然の乱心振りに新八と近藤が慌てる中、すっかり中身がなくなってしまった空のグラスをじっと見詰めていたは、そこに映る自分の顔を見詰めニヤリと口角を上げる。

「ふふふ。この私を怒らせるとどうなるか・・・嫌って程思い知らせてやるわ」

小さな声で呟かれた、更に新八の胃を痛める効果を存分にもつだろうその不穏な言葉は、幸運にも騒ぐ彼らの耳には届かなかった。

 

 

「第35回、チキチキフンドシ仮面を捕まえろ、大・作・戦〜!」

「第35回って・・・」

場所を新八の実家である道場へと移して、銀時は集った面々の士気を高める為・・・にはなりそうにないやる気のない声色でそう宣言した。

新八の呆れの声もなんのその、道場の壁にはいつの間に作ったのか・・・手書きの垂れ幕まで掛けられている。

いやに盛り上がるその中で1人戸惑っている新八を他所に、銀時はマイクを手に傍らに立つ近藤へと視線を向けた。

「では、主催者の近藤勲さんよりご挨拶をいただきま〜す」

銀時からの指名を受けた近藤は、真撰組局長としての威厳ある面持ちでマイクを受け取り壇上へと上がる。―――そうして至極真面目な面持ちで、集う面々に向かい口を開いた。

「え〜、真撰組は町の平和を守る為にある。平和とはなんだー!人々が安心して住める事。幸せに過ごせる事。1人1人の小さな幸せが町全体の平和を作るのだ」

「・・・ふふ」

「であれば、新八君!姉上のパンツを守る事も、真撰組の使命なのだよ」

だがしかし、最初こそそれらしく語られていた話の内容は、妙のにこやかな微笑みによってとんでもない方向へと飛躍した。―――どこをどうすればそう繋がるのか、話を振られた新八は思わず頬を引き攣らせる。

そんな騒がしい雰囲気の中、明らかに棒読みの感心した声が彼の背後から響いた。

「やー、うちの局長は底の浅い言い訳させたら天下一品ですねぃ」

「ほ〜んと。話の持って行き方が強引過ぎるって言うか、下心みえみえっていうか。うまい事お妙さんに操られてるところがこれ以上ないってほど哀れさを誘うけど、まぁ本人がそれで満足してるんだから余計なお世話よね。どうせ私には関係ないし」

「おーい!」

仲良さげに2人並んで辛辣な台詞を吐くと真撰組の沖田は、近藤からの抗議の声にも頓着した様子なく、こちらもやる気なさげにあくびなどを漏らす。

「っていうか、なんで真撰組までいるんですか?」

それに現実に引き戻された新八が、今更ながらの疑問を口に出した。―――確かにファミレスでストーカー中であった近藤と対面はしたが、そもそも真撰組を呼んだ覚えなどない。

間違いなく近藤が呼び寄せたのだろうが、まさかたかが下着泥棒の件だけで?という疑問が浮かび上がる。

しかし沖田は新八の疑問に笑みを返し、その視線を他隊士の集団へと向けた。

「復讐でさぁ。ね、土方さん」

そうして告げられた不穏な言葉と共に、隊士らがザッと一斉に身体を引く。―――そこにいたのは、両膝を床につき静かに座る真撰組副長の姿。

「土方さんに施しパンツを贈るたぁ、馬鹿な事する奴がいたもんでさぁ」

物静かな様子の土方を見下ろして、沖田が楽しげに呟く。

それに便乗したもまた、楽しそうな声色で・・・けれど表情だけは驚きを浮かべて土方を凝視した。

「えぇ!?もしかして土方くんもフンドシ仮面なんていう変態から施しを受けるくらい寂しい生活を送ってたの!?・・・私、土方くん信じてたのにっ!!」

の悲痛な声に、土方はカッと音がしそうなほどの勢いで目を見開き、沖田が取り出したパンツに向けて抜刀する。

それは見事に細切れに切り刻まれ、ふわりふわりと宙を舞った。

「許さねぇ!!」

「目がマジだよ、この人!」

眼光鋭く宙を・・・そして切り刻まれたパンツの残骸を睨みつける土方の尋常ではない様子に、流石の新八も突っ込むどころではなく一歩後退した。

今彼に関わろうものなら、巻き添えで斬りかかられかねない。

「おいおい、煽ってんじゃねーよ」

あ!もしかしてそのパンツ、私のだったりして

「・・・なっ!?」

その様子をまるっきり他人事のように眺めていた銀時が口先だけで諌めるが、絶好のからかいネタを前に、がそれだけで引くわけがない。

無残にも細切れの姿で床に落ちたパンツの破片を指で摘み上げ、しげしげとそれを眺めるが爆弾発言を投下した。―――それに一気に顔を赤らめて絶句する土方を見下ろして、沖田は意地の悪い笑みを浮かべる。

「あ、土方さん今勿体無いことしたなぁとか思いませんでしたかぃ?」

「ばっ!総悟!!」

沖田の発言に弾かれたように顔を上げる土方だが、その常にないほど真っ赤な顔のままの反論はこれっぽっちの説得力もない。

「そうなの?それなら折角だからもう一枚あげようか?」

「バカか、テメェは!!」

攻撃の手を緩める事無く更に投げ掛けられた言葉に、我慢ならないとばかりに土方が怒声を上げる。

「こらこら、更に煽ってんじゃねーよ」

それをやはり他人事のように眺めていた銀時は、やはり口先だけで諌める。

別に土方の事が好きだというわけではないが、こうなってくると土方が哀れに思えてならない。

沖田だけでもままならないというのに、彼がと手を組んだ以上、どうあっても土方に勝ち目はないだろうとこれまた他人事のように思いながら、銀時はポリポリと頭を掻く。

勿論、助けに入ろうなどという正義感に溢れた人物はこの場には誰もいなかった。

 

 

「ドキ!女だらけのフンドシ仮面を捕まえろ、大・作・戦〜!」

「なに、女だらけって!」

一通り土方をからかい満足したと沖田が漸く攻撃の手を緩めたその頃、銀時は改めてそう声を上げた。

いつものように突っ込みを入れる新八を軽く流して、歓声を上げる面々を見て満足げに頷く。

「さ、仕切り直しって事で。今回、志村妙さんの全面協力の元、囮作戦を取る事にしました〜」

銀時が高らかにそう宣言した後、しずしずと物静かな様子で設置された壇上に上がった妙は、懐から一枚のパンツを取り出しそれを集まった面々に見えるように高く掲げた。

「勝負パンツを提供するわ」

「おお〜!!」

意気込みすら感じられる妙の声に、集った男たちが更に歓声を上げる。

そうしてそれに気を良くしたのか、銀時のダメ出しの度に新たなパンツを取り出す妙を見詰めて、新八はがっくりと肩を落として盛大なため息を吐き出した。

「つーか、姉のパンツ何枚も見る羽目になる弟の気分にもなってくださいよ。家族で見るドラマのラブシーンよりもいたたまれない」

壇上から視線を逸らし、悲哀の篭った眼差しで遠い目をする新八。

そんな彼を横目に、酢昆布を咥えた神楽が納得するようにしみじみと呟いた。

「こうやって少年は大人の階段を上っていくアルね」

「そうね。現実ってそういうものよね」

「そこ!安易に纏めない!!」

まったく興味がないと言わんばかりの素っ気無い物言いに、新八は沸きあがる憤りを突っ込みに乗せて声を上げる。

もう少し思いやりってもんがないのか、ここの人たちは・・・と声には出さずに心の中でそう漏らすと、それを読み取った沖田が慰めるように頷く。

「姉のパンツくらい、どうって事ありませんやね。土方さんなんて親父のブラジャー姿見た事あるくらいですから」

「へぇ〜、土方くんのお父さんって随分と個性的なのね。っていうかどこもかしこも変態だらけかよ。世も末だなぁ、おい

「なるほど。その時のショックで、瞳孔開きっぱなしなんだな」

「なるわけねーだろ!!」

沖田はどうやら新八を慰めるのではなく、更に土方をからかう方に意欲を燃やしたらしい。

それに便乗して土方をからかうと銀時を横目に、もう何も言うまいと新八は現実逃避さながら過去の平和だった頃の思い出を振り返る。

しかしそんな新八など構う事もなく、今度は銀時がへと視線を向けてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

、お前もなんか提供しろって、ほら!」

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながらの銀時の提案は、下心がみえみえどころか隠されてもいない。

どうして男はパンツ一枚でこうも盛り上がれるのだろうかと呆れ混じりに思いながら、はそれを思わせない麗しい笑みをその顔に浮かべた。

「そ〜お?んじゃ、私のこの爆弾形パンツなんてどう?かなり刺激的だと思うんだけど

「それパンツじゃないから!まんま爆弾でしょ!?刺激的すぎますよ!!」

言葉と共に取り出された丸い物体に、過去の思い出を振り返っていた新八が反射的に突っ込みを入れる。

今の彼には過去を振り返っている余裕すらもないらしい。―――そのまま放置しておけば、気が付いたら家が吹き飛んでいたなどという恐ろしい現実を突きつけられかねない。

もう誰かなんとかしてよと、もはや収拾がつかなくなった場の中で声にならない声を上げたその時、まさに救世主の如く下着泥棒捕獲の提案者である妙が、それはそれは綺麗な笑顔を一同へと向けて。

「こちとら命とパンツ賭けてんだよ。ごちゃごちゃもめてる暇があったら働け、ボケェ!!

「は、はい」

まさに鶴の一声。

殴りかからんばかりの勢いでそう怒鳴り声を上げた妙の一声で、今まで騒いでいた男たちが弾かれたように行動を開始する。

やはりこの世で一番強いのは女だと、忙しなく動き始めた男たちを尻目ににこにこと笑顔を浮かべる妙と、そして呑気に酢昆布を食べる神楽を呆然と見詰めて、新八は今更ながらにしみじみとそう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

下着泥棒編。

パンツパンツと連呼してすみません。いやでも、パンティよりは良いかと。(笑)

銀魂はどこもかしこも面白くて、なかなか内容を削れません。

なのでそのまま書いていくとやっぱり一話には纏められず、だらだらと次に続いたり。

今回初めて妙を出しましたが、主人公とキャラ被ってるじゃん!と今更ながらに気付きました。

そして何故か土方がえらい扱いになっていてすみません。(主人公に気がある設定にしてしまうと、どうしてもこんな扱いに)

ちなみに沖田と主人公はマブダチ設定で。(土方からかい友達希望)

作成日 2006.8.29

更新日 2007.10.12

 

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