「あれ?さんじゃねぇですかぃ?」

背後から独特の口調と間延びしたやる気の感じられない声に呼び止められ、その声に聞き覚えのあったはくるりと後ろを振り返った。

「あれ?沖田くんじゃない。久しぶりだね〜」

予想した通りの人物の姿に、はにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をする。

実際のところ、下着泥棒の件で顔を合わせていたので久しぶりと言えるほど会っていなかったわけではないが、そこはそれ。

機嫌が良いのか、こんな所で何やってるの?またサボり?土方くんに怒られるよ〜。などとが珍しく毒のない世間話を振ると、しかし沖田は何かを考え込むようにじっとを見詰め、こちらも珍しく真面目な面持ちでゆっくりと口を開く。

さん。ちょっと頼みたい事があるんですが・・・」

改まって告げられたその申し出に、は目を丸くして小さく首を傾げた。

 

信じる者は救われるなんていうけど、それが裏目に出る時もある

 

今、真撰組は大いなる危機に見舞われていた。

攘夷志士に奇襲を掛けられた?

いやいや、それならばそれで望むところだ。―――だてに武装警察と呼ばれてはいない。

どんな輩が襲ってきても負けない自信はある。

万が一勝てずとも、最後まで戦い抜くだけの覚悟もある。

むしろ攘夷志士に奇襲を掛けられた方がどれだけマシだったか・・・。

「みんなうわ言のように赤い着物の女と言ってるんですが、稲山さんが話してた怪談のアレかな?」

「バカヤロー。幽霊なんていてたまるか」

座敷で呑気にお茶を飲みながら独りごちた沖田の呟きに、土方はすぐさま言葉を返す。

今、真撰組を襲っている大いなる危機とは、沖田の発言通り『幽霊騒ぎ』に他ならない。

この茹だるような暑さが続く夏の日々、隊士たちは夜中に集まり定番の怪談話に興じていた。

その怪談が予想以上に恐ろしかったのだとか、途中で乱入した土方の方が恐ろしかったのだとか、そんな事は問題ではない。

本当ならばそれは『ああ、怖かったなぁ』で終わる筈の些細な出来事だった筈なのに。

その日から隊士たちが次々と倒れ、寝込んでしまっている事が大きな問題だったのだ。

その寝込んだ隊士たちが、うわ言のように『赤い着物の女が・・・』とうなされている事も原因の一つだ。―――何せその時にしていた怪談の内容が、まさしく赤い着物の女にまつわる話だったのだから。

すぐさま否定した土方に、しかし縁側に腰を下ろしじっと庭を見詰めていた近藤が、重々しい口調で口を開く。

「幽霊を甘く見たらとんでもない事になるぞ、トシ。この屋敷は呪われてるんだ。きっととんでもない霊に取り憑かれているんだよ」

普段おちょくられている時とは違う至極真面目な雰囲気を漂わせる近藤に、土方はヒクリと頬を引き攣らせる。

この屋敷が呪われている?

とんでもない霊に取り憑かれている?

「何をバカな・・・いや、ないない」

「本当にそうかな〜?」

そんな非現実的な事があってたまるかとばかりに吐き捨てた土方だが、次の瞬間背後から掛かった声にビクリと肩を震わせた。

「うおっ!?おま・・・なんでこんなとこに・・・」

慌てて振り返ってみれば、そこにはにこやかな笑顔を浮かべて小さく手を振る見慣れた女性の姿。

「ふふふ。下着泥棒ぶり、土方くん」

「嫌な言い方すんじゃねぇよ!」

まったく気配を感じなかっただとか、なんでここにいるのだとかいう疑問は、の笑みによって強制的に喉の奥に押し込められる。

隊士でもないのに見慣れたとはどういう事だと思わなくもないが、えらく謎が多いこの女性は出会ってからこちら、自分と顔を合わせることが多い。

出会いが出会いだっただけに怪しいことこの上ないのだが、こうも堂々と目の前に現れればいっそ清々しいくらいだ。―――今の土方には、攘夷グループについてを問い詰めるなどという考えは微塵もなかった。

そんな土方の胸中など気にした様子もなく、は当然のように土方の隣に座り、珍しく沖田直々に淹れられたお茶を礼と共に受け取ってから、思い出したかのように口を開いた。

「それはそうと、真撰組って今大変なんだって?幽霊に取り憑かれたって?それで隊士の半分以上が寝込んじゃったんだって?ふふふ、天下の真撰組が幽霊に怯えてトイレにも行けないなんて、案外肝っ玉小さいのねぇっていうかこんな面白そうなネタ使ってどうやって遊んでやろうかな・・・―――なぁんて!大丈夫?私、土方くんの事が心配で心配で・・・」

「嘘つけっ!本音が全部だだ漏れなんだよ!!」

笑顔で痛いところを問答無用でつつかれ、土方は青筋を浮かべながら怒鳴り返した。

最後の最後でしおらしく言葉を付け加えられても、効果など微塵もない。―――それなのに演技である筈のの潤んだ眼差しに、ドキリと鼓動が跳ねたのはこの際気にしない方向で・・・。

「つーか、なんでお前がその事知って・・・って総悟ぉ!!」

それよりも何故真撰組隊士でもないが、隊内の極秘事項とも言える出来事を知っているのかを考えた土方は、すぐさまその原因であろう沖田を睨みつける。

しかし日頃から土方をからかい倒す事を楽しんでいる沖田が、たかが睨みつけられただけで堪える筈などない。―――飄々とした態度のまま、沖田は何事もなかったかのように湯飲みへと手を伸ばした。

「落ち着いてくだせぇ、土方さん。俺はただこの状況を何とか収めようと思って、さんに幽霊退治をお願いしただけでさぁ」

「そうよ、土方くん。沖田くんの健気な想いを汲み取ってやるのも上司の勤めでしょ」

ついでにさんと一緒んなって、土方さんをからかってやろうと思っただけでさぁ

「そうよ、土方くん。こんな面白いイベントを逃す手はないでしょ。文句ばっかり言ってないで、大人しく私と沖田くんを満足させるくらいあたふたしてくれなきゃ

「当然みたいな顔して言ってんじゃねぇよ」

両隣から遠慮なく向けられる本音に、土方はヒクヒクとこめかみを引き攣らせる。

どうしてやろうかと物騒な事を思うが、どうすればこの2人をしてやれるのかが思いつかない。―――それが思いつくなら、もうとっくに実行している。

あと少しで怒りが爆発しそうな土方をチラリと横目に窺って、は湯飲みをテーブルに戻すと宥めるように控えめな笑顔を浮かべた。

「心配しないで。こう見えても私、結構何でも出来るんだから。まぁ、どっちかっていうと霊を祓うよりは誰かを呪う方が得意だったりするんだけど

「恐ろしい事サラッと笑顔で言ってんじゃねぇ!!」

「そりゃすごい。ぜひ俺にも秘訣を教えてくだせぇ」

「てめぇもマジで聞いてんじゃねぇよ!!」

本当に宥めるつもりがあるのかどうか・・・―――逆に怒りを煽っている気がしないでもないが、それにしっかりと乗っている土方も土方だ。

この時点で2人に遊ばれている事に、果たして彼は気付いているのか。

まぁ、気付いていても気付いていなくとも、結果は変わらないのだろうけれど。

「局長!連れてきました!!」

このままでは土方の頭の血管が切れるのもそう遠くないだろうと思われた頃、軽やかな足取りで廊下を走る音が聞こえたと同時に、幽霊騒ぎで沈んでいるとは思えないほど明るい山崎の声がその場に響き渡る。

それに対し、縁側から庭を眺めながら3人の遣り取りを聞いていた近藤が、パッと表情を明るくして声の方へと視線を向けた。―――どうやら先ほどからの3人の談笑に混じる事が出来ず、寂しかったらしい。

「おう!山崎、ご苦労!!」

「町で探してきました、拝み屋です」

歓喜に満ちた声に迎えられた山崎は、自分を見る近藤に満面の笑みを返して。

そうして自分が連れてきた3人組へとチラリと視線を向けて、得意げに近藤へと紹介する。

「・・・どうも」

一方、紹介された人物は覇気のない声色で一言挨拶を返すのみ。

山崎の大きな声に釣られて部屋から顔を出した土方は、廊下に立つ3人の人物たちを見てこれ以上ないほど眉間に皺を寄せた。

「なんだ、こいつらは。サーカスでもやんのか?」

「いや、霊を祓ってもらおうと思ってな」

これ以上ないほど訝しげに問い掛けた土方に、しかし近藤は気にした様子もなくあっさりとそう告げる。

「おいおい、冗談だろ?こんな胡散臭い連中・・・」

土方がそういうのも、可笑しな事ではなかった。

真ん中に立つ男は顔に包帯をグルグルに撒きつけ、人相どころか表情さえ伺い知れない。

その隣に立つ小柄な・・・おそらく娘だと思われる者は、典型的なチャイナ服にサングラスという妖しい事この上ない格好で。

唯一3人の中では比較的まともな格好をしているといえなくもない少年も、やはり街中にいれば確実に浮いてしまうだろう事は確実だった。

霊などという目には見えないモノを相手にしている商売であるにしても・・・例えどれほど切羽詰っていたとしても、絶対に関わり合いたくない人種だと言える。

そんな3人を前にして、土方は微妙な表情を浮かべていたが、しかし同じく廊下に顔を出したは違った。

その3人を前にして小さく笑むと、大袈裟な動作で近藤の前へと出て項垂れるようにしてその場に座り込む。

「近藤さんってば酷い!!この私を呼びつけておいて、他の人間にまで手を出してっ!!近藤さんがそんな人だとは思わなかった!」

「・・・っ!!」

突如姿を現したを目にして、3人の霊能者たちが思わず息を飲む。―――幸いな事に、それに気付いたのはだけだったが。

筋金入りのわざとらしい口調で近藤に向けてそう叫ぶに、近藤は慌てたように顔の前で手を振りつつ懸命に言葉を捜しながら口を開く。

「いや、違うよちゃん。やっぱりこういうのは念には念を入れてっていうか。別にちゃんの実力を疑ったわけじゃなくて!!」

「私、近藤さんの事信じてたのにっ!!」

「ああ!ちゃんごめんよ。謝るから泣かないで!!」

悪乗りして泣きまねまでするに、しかし近藤は大慌てで慰めに入る。

良くも悪くも、近藤は人が良すぎた。

「・・・近藤さん、完璧に遊ばれてますねィ」

「おーい。いい加減やめてやれよ。近藤さん本気で泣きそうだから」

そんな2人の遣り取りを他人事のように眺めていた沖田と土方が、やはり他人事のように口を挟む。―――他人事のようにではなく、もはや完全に他人事ではあったが。

「・・・ん?なんだお前ら。急に固まりやがって・・・」

そんな中、漸く土方が山崎の連れてきた霊能者たちの様子がおかしい事に気付いた。

訝しげに3人を下から見上げ、興味なさげに声を掛ける。

それに引かれて3人に視線を向けた近藤も、改めてへと視線を戻し不思議そうに首を傾げた。

「あれ?もしかしてちゃんの知り合い?」

「・・・いや、それはその・・・」

こんな妖しげな知り合いなんていねーよ。って言いたいところだけど、改めて自分の周りにいる人間を見てみるとそう言い切れないところが痛いというか面白いというかむしろ退屈しなくて済むだけ望むところだ的な心境ではあるけれど、あえてノーコメントで

近藤の素朴な問いに口ごもるミイラ男とは対照的に、は笑顔で肯定するでも否定するでもなくのたまう。

いかにも何かあります的なその状況で、しかしそれを打破すべく、チャイナ娘が助け舟を出すかのように唐突に土方を指差した。

「あら。お兄さん、背中に・・・」

「なんだよ・・・、背中になんだよ」

何の前触れもなくチャイナ娘に指摘された土方が、僅かに頬を引き攣らせながら睨み返す。

しかし凶悪な土方の目付きに動じる事無く、チャイナ娘は隣に立つミイラ男へと何事かを耳打ちした。

自分を指差しこそこそと何事かを話し合われるのは、当たり前だがいい気がしない。

そんな2人の態度に土方は更に表情を歪めるが、ミイラ男はそれに構わず大袈裟に噴出した。

「ぷぷっ!ありゃもうダメだな」

「何こいつら!斬っていい?斬っていい!?」

明らかに人を馬鹿にしたような物言いに、大して高くもない土方の沸点は瞬間的に頂点に達した。―――躊躇いもなく刀を抜こうと手を掛けた土方だが、しかしそれはいつもならば騒動を悪化させて楽しんでいる筈のに止められる。

「落ち着いて土方君。いくら土方くんの背中にごにょごにょでも、見捨てたりなんてしないから安心して。大丈夫、ちゃ〜んと構ってあげるから」

「なに!?なんで一部だけ声顰めんの!?俺の背中に何があるってんだよ!!」

「ふふふ」

「おい!答えろよ!!おいー!!」

土方の悲痛な声が屯所に響き渡る。

どうやらは土方の行動を止めたのではなく、土方をからかう事を優先させただけのようだ。

力の限り怒鳴る土方と、それを軽く交わしながら更にからかいの手を伸ばすをただ無言で眺めていた沖田は、再び湯飲みに手を伸ばしながら小さく独りごちる。

「さすがさん。完璧に遊ばれてやすね、土方さん」

その呟きは、残念ながら誰の耳にも届かなかったけれど。

 

 

「ザッと屋敷を見させてもらいましたがね。こりゃ、相当強力な霊の波動を感じますなぁ、ゴリラ」

「あ、今確実にゴリラって言ったよね?」

とりあえず場所を客間に移して、改めて向かい合うと同時にミイラ男は前触れもなくそう切り出した。

さり気なく語尾につけられた、おそらくは自分を指すだろう不名誉な名称に近藤がすかさず突っ込むも、その場の誰もがそれを気にした様子なく会話を続行する。

「まぁ、とりあえず除霊してみますかね。こりゃ料金も相当高くなるゴリよ」

「おいおい、なんか口癖みたいになってんぞ」

引き続いて口を挟んだチャイナ娘に向かい、どうでもいいと言わんばかりの口調で突っ込む土方に対し、真っ先に茶化しに入りそうな沖田とは酷く真面目な表情のまま、じっとチャイナ娘を見詰める。

「して、霊はいかようなものゴリか?」

「料金ってどれくらいぼったくるつもりゴリか?」

うつった!!

真面目な表情のまま、何の違和感も感じさせない沖田とに、近藤が驚愕の面持ちですかさず突っ込む。

しかし控えめな近藤の突っ込みなど、残念ながらこの場の人間の耳には届いていないようであっさりと無視されていたが・・・。

「ぼったくるなんて人聞きの悪い。必要経費ですよ、必要経費。それでですね、この屋敷に憑いた霊なんですが・・・」

「えーと・・・工場長」

「えー・・・ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長の霊です」

控えめにの発言を否定した青年が、チャイナ娘に向かい言葉を促すと、チャイナ娘はうろうろと視線を泳がせながらポツリと呟いた。

すかさずミイラ男がフォローに入るが、なかなかに苦しいフォローではある。

しかしあえてそれに突っ込みを入れる事無く、はバッと両手を両頬に当て、俯いて畳をじっと見詰めながら小さく震えて見せた。

「やだ、怖い!それなら相当スプラッタ風の幽霊なんじゃないの?やっぱり幽霊は見た目からグロテスクな方が萌えるよねぇ

「萌えるってなんだよ!!つーか萌えんのかよ、幽霊相手に!!」

やはりどこまでも言動と行動が一致していない。

もう既に突っ込み要員と化してしまった土方が懸命に突っ込みを入れるも、それはいつも通りやる気の感じられない沖田の声によって軽く流された。

「あのー。みんなが見たって言ってるのは、女の幽霊なんですが・・・」

「間違えました。ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊です

「なげーよ!工場長のくだりいるかぁぁ!?」

「可哀想よねぇ。ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるなんて。見てみたいよねぇ。どの辺が似てるのかな?」

「おめーも乗ってんじゃねぇ!」

「もう、土方くんってば。あんまり興奮すると血圧上がるよ?それでなくてもマヨネーズの食べ過ぎでコレステロール値とかえらい高そうなんだから、ちょっとは落ち着いて。なんならこの私自ら人体解ぼ・・・じゃなくて検査でもしてあげようか?それとも潔く黙らせてあげた方がいい?

「いらねーよ。・・・つーか誰のせいだ、誰の」

満面の笑顔で提案してくるを見返して、土方は脱力したように肩を落とした。―――それでも一言付け加えるのを止めない辺り、彼も日頃から沖田によって鍛えられているのだろう事が窺える。

というよりも、話が可笑しな方向へと向かっているのは果たして気のせいなのか。

姿形だけではなく発言までどこまでも胡散臭い3人の霊能者を睨み上げて、土方はさてどこから追及してやろうかと考えを巡らせる。

しかしその僅かな隙を突いて、土方よりも早く口を開いたミイラ男が唐突に立ち上がり、部屋の中には入らず縁側で静かに待機している山崎へと歩み寄った。

「とりあえず、お前。山崎とか言ったか・・・」

「え?」

「お前の身体に霊を下ろして除霊するから」

立ったまま上から見下ろして、戸惑う山崎に向かいそう言い放つ。

いつの間にか残りの2人も取り囲むように山崎の傍へと移動している。

「えっ!ちょ・・・除霊ってどーやるんですか?」

真撰組観察方として培った・・・―――日頃はあまり発揮されない勘で身の危険を感じ取り、山崎は逃げるように身を引くが、生憎と周りを固められている為それは叶わない。

目に見えて顔を引き攣らせた山崎に向かい、ミイラ男はキッパリと・・・拒否を許さない声色で言い切った。

「お前ごとシバく」

「なんだぁ!それ誰でも出来るじゃねーか!―――ぐほっ!!」

咄嗟に反論した山崎だが、すぐさま感じた衝撃に意識が遠のいていく。

それを確認したチャイナ娘が、素早く気を失った山崎の背後へと移動し、力無く垂れている両腕を操ってヒラリと手を振って見せた。

「ハイ!今コレ入りました!霊が入りましたよ〜、コレ!」

「霊っつーか、ボディブローが入ったように見えたんですけど」

「綺麗に入ったよねぇ。いっそ清々しいくらい」

「いや、そこ嬉しそうにするとこじゃないから」

嬉々としたチャイナ娘の主張に冷静な突っ込みが入れられるも、勿論ミイラ男たちはそれをあっさりと流す。―――おまけに気を失った哀れな山崎も一緒に当然の如く流された。

もはや呆れた眼差しでその様子を見ている土方たちを前に、しかしミイラ男たちはめげる事無くサクサクと話を進めようと口を開く。

「違うヨ。私入りました。え〜、皆さん。今日でこの工場は潰れますが、責任はすべて私の・・・」

「おいぃ!!工場長じゃねーか!!」

「アレ?なんだっけ?」

ミイラ男の突っ込みに、チャイナ娘は不思議そうに首を傾げる。

取り繕うようにミイラ男と青年が同時に口を開いた。

「バカ!ベルトコンベアに挟まれて死んだ女だよ!」

「ベルトコンベアに挟まれてる女なんているわけないでしょ!ベルトコンベアに・・・あれ?」

「違う違う。ベルトコンベアに挟まれて死んだ工場長に似てるって言われた女が報復に工場吹き飛ばしちゃったせいで幽霊になった工場職員たちよ」

「ああ、そうそう・・・え?」

言い合う3人とは違う所から鈴の鳴るような可愛らしい声で物騒な台詞が飛び込み、釣られてそれに勢い良く相槌を打ったミイラ男が、その言葉の内容を理解し小さく首を傾げた。

既に何がなんだか解らなくなっていた。―――もはや言葉遊びのレベルである。

「それはまた、壮絶な修羅場ですねィ」

一瞬で静まり返ったその場に、沖田がしみじみと呟いた。

どこかでチリーンと涼しげな風鈴の音がする。

その小さな可愛らしい音は、どこか不思議と戦闘開始のゴングを思わせた。

「んなわけねーだろ!・・・テメェらぁ!!」

今まで溜めに溜めた鬱憤を晴らすかのように、土方が腹の底から声を張り上げる。

それを楽しそうに横目で眺めながら、は取っ組み合った格好のまま硬直するミイラ男たち・・・―――否、見慣れた万事屋の3人に向けて柔らかく微笑んだ。

「残念だけど変装解けちゃってるよ、銀ちゃん。寧ろそれって変装って言うより仮装っていうか、そんないかにも妖しげな人間いねぇよ!って突っ込むべき?つーかいつまでベルトコンベア話引っ張るつもりだよ

の呆れたような・・・けれど楽しげに緩められた表情と、怒りを露わに睨みつける土方を交互に見詰めて、銀時たちは思わず顔を見合わせた。

この状況はヤバイ、ヤバ過ぎる。

急激に下がった空気の温度を肌で感じながら、3人はこれから訪れるであろう修羅場に一斉に顔を青ざめさせた。

 

 

「・・・クソ暑いってのに、みんな元気ねぇ」

屯所の庭の大きな木に宙ずりにされている銀時たちと、その正面に立ち、表情こそは変わらないが目が輝いている沖田の遣り取りをぼんやりと眺めながら、は興味なさげに呟いた。

どうやらこの状況に早くも飽きてしまったらしい。

宙ずりにされている銀時たちをからかう絶好の機会ではあるが、彼女としては何の抵抗も出来ない銀時らをからかう事に楽しみを見出せないのかもしれない。―――やはり相手が全力で抵抗してこそ、からかいがいがあるというものだ。

「いや、そんなしみじみと・・・。トシ、そろそろ下ろしてやれ。いい加減にしないと総悟がSに目覚めるぞ」

「何言ってんだ。あいつはサディスティック星から来た王子だぞ。もう手遅れだ」

「そうよね、目覚めるって言うより根っからのSだもんね。沖田くん、生き生きしてるし」

近藤の控えめな申し出に、しかしまったく動く気配なく、土方はやる気なさげに煙草の煙を空に向けて吐き出す。

仕方がないとため息を吐き出し沖田に声を掛けると、かなりの時間を宙ずりの状態で過ごしていた銀時たちは、漸く地に足を付けることが出来た。―――地に足を付けるというよりは、立つ事も出来ずにそのまま地面に転がっているのだが。

「あ〜、気持ち悪いヨ」

「うぇ〜」

それを縁側から座ったまま見ていた土方は、頭に血が上り、見るからに顔色が悪い万事屋の3人に歩み寄り見下ろして、眉間に皺を刻みながらもう一度煙草の煙を吐き出した。

「本来ならオメーらみんな叩き斬ってやるところだが、生憎テメーらみてーなのに関わってるほど俺たちも暇じゃねーんだ。消えろや」

静かにそう言い放ち、これ以上構ってられるかとばかりに踵を返した土方だったが、直後背後から掛けられた声にその歩みを止めた。

「あー、幽霊怖くてもう何も手がつかねーってか?」

からかうようなその声色に、土方のこめかみに青筋が浮かぶ。

元々気が長い方だとはとてもいえない土方である。―――そんな彼が銀時の明らかに楽しげな嫌味を聞き流す筈がなかった。

鬼のような形相を浮かべたまま殊更ゆっくりと振り返り、頬を引き攣らせながら低く這うような声色で言葉を放つ。

「テメェ、何言って・・・」

そうなのよ!もう幽霊が怖くて怖くて一人で屯所の中も歩き回れないって言うか、物音がすれば震えて腰が抜けちゃって歩けなくなるほど怖いんだって!いつどこから幽霊が襲ってくるかと思うと夜も眠れずに、布団の中で膝を抱えながら泣いてたり・・・

「オイ!!」

しかし土方の声は嬉々として声を大にして話すによって遮られた。

怒りもそのままに思わず突っ込みを入れるが、生憎とそんな程度の制止で留まってくれるほど、この場にいるメンバーは生易しくない。

土方の言葉など聞く耳も持たず、の話だけを脳で処理した神楽が、呆れとも同情とも取れる冷めた目を真撰組の面々へと送った。

「かわいそーアルな。トイレ一緒についてってやろーか?」

「武士を愚弄するかぁ!!トイレの前までお願いします、チャイナさん!!」

「お願いすんのかい!!」

なんだかもう真撰組うんぬんを前に、1人の人間としての威厳さえ失われそうである。

それでも怖いものは怖い。―――誰にだって苦手なものはあるのだ。

そうして神楽に連れられてトイレへと向かう近藤をなんともいえない眼差しで見送って、銀時は改めてその場でにこにこと笑顔を浮かべているへと視線を向けた。

「・・・で?なぁ〜んでお前がここにいんのよ、

正体がバレてしまったのならば、もう大人しくしている理由はない。

すっかり開き直った銀時は、山崎にここへ連れて来られた時に感じた疑問を口にする。

依頼人が真撰組だという事にも驚いたが、その屯所に当然の如くが馴染んでいるのにも銀時は驚いていた。

お前攘夷志士じゃねーのかよ、と突っ込みたい。

勿論そんな事をすればどんな制裁が待っているのか簡単に想像できるので、あえて実行したりはしないけれど。

そんな銀時に微笑みかけて、はからかうように小さく首を傾げた。

「昨日偶然町で沖田くんと会ってね。真撰組が今幽霊騒ぎで大変だから何とかしてくれないかって頼まれたのよ」

「なんとかって・・・お前に頼んで何とかなんのかよ」

「やだな、土方くん。私が出来ないことに手ぇつけるわけないでしょ」

訝しげに問い掛ける土方に向けて、当然とばかりにそう言い放つ。

その自信はどこから来るのだと不思議に思うが、しかし躊躇いもなくそう言い切られるとそうなのかもしれないと納得してしまう何かをは持っていた。

しかし銀時はにこやかに微笑むを胡散臭げに眺めながら、いつものやる気が感じられない声色で呟く。

「ほー、そら初耳だなぁ。お前霊感なんてあったっけ?」

あるわけないじゃない

「・・・は?」

またもやキッパリと言い切られ、銀時と土方は間の抜けた声を上げる。

そんな2人を楽しげに見詰めて、はコロコロと笑った。

「自慢じゃないけど、私幽霊なんて一度も見たことないし」

「・・・おい、待てコラ」

「それに、幽霊なんて見えなくても追っ払うくらい出来るわよ」

眉間に皺を寄せて何かに耐えるように口を挟む土方に、しかしはそれを物ともせずにサラリとそう言い放つ。

それだけ自信満々なのだから、何か考えがあるのだろうと察した銀時は、内心聞かない方が良いと思いつつも、自身の頭の中に響く警告音を無視して恐る恐る問い掛けた。

「・・・どうやって?」

その問い掛けに、はそれはそれは可愛らしい笑顔を浮かべて。

「どうって・・・呪われてるのはこの屯所なんでしょ?だったらこの際景気良く幽霊ごと屯所を爆弾でぶっ飛ばしちゃえば、万事オッケーよね

「オッケーじゃねぇ!何とんでもねぇ事あっさりぬかしてやがる!!」

だってもう面倒臭いじゃない。うだうだやってないで悩みも一緒に吹き飛ばしちゃおうよ」

「却下ぁ!!」

やはり結局はそこに落ち着くらしい。

の爆弾好きは今に始まった事ではないが、彼女の言い分を通していれば、その内江戸中が荒野と化すのではないかと思う。

まぁ、いくらといえど、それをすべて実行に移すほど非常識ではないと・・・今はそう信じるしかない。―――勿論にも本当にそれを実行に移す気はなく、ただ銀時や土方の反応で遊んでいるだけなのだが・・・。

「えー!つまんないっ!!」

「そう言う問題じゃないからっ!!」

銀時と土方の抗議にプクリと頬を膨らませたに更に突っ込みを入れて、銀時は疲れを隠す事無く大きくため息を吐いた。

見れば土方も疲れたように肩を落とし・・・今までの勢いはどこへ言ったのか、力無く口を開いた。

「・・・てめーら、頼むからこの事は他言しねぇでくれ。頭下げっから」

「なんか相当大変みたいですね。大丈夫なんですか?」

流石に土方が哀れ過ぎて、新八が窺うように声を掛ける。

寧ろを引き込んだ時点で大丈夫なものも大丈夫じゃなくなりそうなのだが、新八はあえてそこは追及しない事にした。

「情ねーよ。まさか幽霊騒ぎごときで隊がここまで乱れちまうとは・・・」

「本当にね〜」

「そこ。余計な茶々入れない!」

とうとう本当に落ち込んでしまった土方にもからかいの手を緩めないを、新八が控えめに制する。

しかし今の土方はそれに反応する事も疲れたのか、項垂れたまま言葉を続けた。

「相手に実体があるなら刀でなんとでもするが、なしときちゃあこっちもどう出れば良いのか皆目見当もつかねぇ」

「え?おたく幽霊なんて信じてるの?痛い、痛い、痛いよ〜、お母さ〜ん。ここに頭怪我した人がいるよ〜」

「お前・・・いつか殺してやるからな」

落ち込む土方を他所に、銀時はここぞとばかりにからかいの手を伸ばした。

土方がどれほど凶悪な目で睨みつけてきても、痛くも痒くもない。―――まさしく自分にはまったく関係がなく、効果的に相手をからかえるネタを逃す筈がなかった。

「まさか土方さんも見たんですかぃ?赤い着物の女」

そんな銀時と同様に、こちらはからかうではなく眉を寄せて沖田が訝しげに問い掛ける。

この良くも悪くも現実的な男が、まさか怪談を本気で信じているのだろうか?

そんな沖田の問いに、土方は先日の夜の事を思い出す。

ちょうど怪談をしていたその日・・・庭で自分を呪い殺そうとする沖田へ抗議する為に開けた自室の窓の向こうで・・・―――屋根の上にチラリと見えたあの赤い人影は・・・。

そこまで考えて土方は舌打ちと共に軽く首を振る。

アレが幽霊であるはずがない。―――幽霊などこの世にいるわけがないのだ。

ならば、アレは一体・・・。

考え込んでいた土方は、小さくため息を吐き出して沖田を見やる。

そうして1つの結論を出した。

「解らねぇ。・・・だが妙な気配を感じた。ありゃ多分人間じゃねぇ」

「痛い痛い痛い痛い痛いよ〜、お父さ〜ん!」

「ばんそうこう持ってきて〜。出来るだけ大きな人1人くらい包み込めるくらいの」

「おめーら、打ち合わせでもしたのか!」

発言したと同時に銀時と沖田から向けられた揶揄に、土方は掴みかかりそうな勢いで突っ込んだ。

ああ、だから嫌なんだこいつらは・・・と表情を引き攣らせながら何とか耐えていた土方に、隣に立つが鈴の鳴るような声で軽やかに笑う。

「やーね。土方くんからかうくらい、打ち合わせなんてなくっても十分よ

「そんな自信満々に言われても・・・」

フォローでもボケでもない発言に突っ込む事も出来ず、新八は心なしか肩を落としながらも、そういえば・・・とふと脳裏に浮かんだ出来事を思い出す。

「赤い着物の女か・・・。確かそんな怪談ありましたね」

何気なく・・・本当に何の気もなくポツリとそう漏らした新八の言葉に、先ほどまで騒がしかった場が一瞬で静まり返った。

それに気圧されつつも顔を上げた新八は、自分に注がれる視線に何を求められているのかを察し、おぼろげなその話を記憶の奥から手繰り寄せながら口を開く。

「僕の通ってた寺子屋でね、一時期そんな怪談が流行ってたんですよ。え〜っと・・・なんだっけな?・・・夕暮れ時にね、授業が終わった生徒が校舎で遊んでるとね、もう誰もいない筈の校舎に・・・」

「こ、校舎に・・・なんだよ」

ポツリポツリと話し出した新八をいつの間にか取り囲むようにして、トイレに行った近藤と神楽を除く全員が次の言葉を待つ。

この展開で行くと、大体次の言葉は簡単に予測がつくんだけど・・・とがぼんやりとそう思いながら聞いていると、意外に乗り気の新八が心持ち声を低くして静かな口調でそれを告げた。

「赤い着物着た女がいるんだって」

ひそりと漏れたその言葉に、誰かが息を飲む音が聞こえる。

赤い着物の女の幽霊が出るという疑惑のある真撰組でするには、まさしくタイムリーな怪談話ではある。―――あまり怪談話に興味がなかったも、その場の雰囲気に飲まれてか、真剣な面持ちで新八の次の言葉を待った。

「それで、何してんだって聞くとね・・・」

含むような・・・もったいぶるような声色で新八が口を開いたその瞬間、異変は起こった。

「ぎゃああああぁああぁぁぁぁあああ!!」

夕暮れ時。

赤い夕日が差し込む屯所の中。

固唾を飲んで新八の次なる言葉を待つ一同の耳に、その場の雰囲気に相応しい近藤の悲鳴が響き渡った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

書くか書かないか迷った末に、貴重な真撰組との絡みがかけると意気込んで作成した話。

ムダに長くなった上に、またもや前後編になった話。

ちょっと止めとけば良かったかなぁと思いつつも、書きかけたんだからと意地で書きつづけた話。

かなり失敗感が目立ってます。(ダメダメ)

ちょっと主人公のはっちゃけ感が最近足りないような気も。

とりあえず後編を待て、見みたいな。(ごめんなさい)

作成日 2006.10.4

更新日 2007,11.2

 

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