「ふぁ〜あ・・・」

隠す事もなく乙女にあるまじき大きな欠伸を漏らし、寝すぎて固まった身体を伸ばす。

このご時世に惰眠を貪るとはいい身分だとどこからか苦情が来るかもしれない、などとぼんやり考えながら、本日のアジト留守番を担当している喜助は、まだ寝ぼけているのかトタトタと覚束無い足取りで廊下を歩いてくるに声をかけた。

「おはようございます、さん」

「・・・おはよー」

目を擦りながら部屋へと入り、喜助が手早く用意した食事が並ぶテーブルにつくは、寝起きというのを差し引いても可愛らしい。―――寧ろ寝ぼけてくれている方が、何を企んでいるのか解らない普段の彼女よりも数倍安全だ。

「他のみんなは・・・?」

「桂さんを始め、全員街へ情報収集に出ています」

「ふ〜ん、みんな真面目だねぇ・・・」

桂と、そしてその他少数は、一定期間を空けてアジトを変え、それぞれが変装してあらゆる情報を集めている。―――今はボスである桂の命令でテロ行為は控えている為、常時が常時そんな感じである。

勿論それにが加わる事は滅多にないけれど・・・。

「あの・・・それよりもさん。実は今朝早くからお客様が見えてるんですけど・・・」

「・・・お客?」

綺麗に焼かれた卵焼きに箸を伸ばしていたが、訝しげに顔を上げる。

今朝早くから来ていたのに彼女を起こしに行かなかったのは、意外と寝起きの悪い彼女の逆鱗に触れない為だ。

「お客って・・・誰?この場所知ってる人なんて限られて・・・」

「おー、久しぶりじゃのう、!元気にしとったか!?」

疑問の声を被さるように、物音の少ない家の中に場違いなほど明るい声が響き渡る。

その聞き覚えのある声に顔を上げれば、太陽の光を背に受け、逆光の中廊下に堂々と立つもじゃもじゃヘアーの男の姿が・・・。

刹那、喜助の耳に届いたの手に収まっている箸の小さな悲鳴を、喜助は気のせいだと懸命に己に言い聞かせた。

 

理由のない行動に良いも悪いもない

 

本当に驚いた時には声も出ないものである。

目に映る惨状を前に、桂はそれを身を以って実感した。

「な・・・なんだ、これは一体」

深く被っていた傘を外し玄関に落とした桂は、呆然と呟きながら答えの返って来ることのない疑問を口にする。

元々仮住まいのアジトであるから、それほど物は置いていない。

しかしそれを差し引いても、今朝彼がアジトを出て行ったときとは比べようもないほど家の中は荒らされていた。

泥棒でも入ったのだろうか・・・?

自慢ではないが指名手配の身。―――残念ながら貧乏暮らしをしている彼らには、盗まれて困るものなどほとんどないけれど。

寧ろ相手が泥棒ならば良い。

しかしもしもこの惨状が泥棒のせいではないのだとしたら・・・?

己の脳裏に浮かんだその考えに、桂は血の気が引いていくのを感じた。

何度も言うが、桂は指名手配されている身の上である。―――真撰組を始めとして、桂を捕縛しようとする者は決して少なくない。

そんな彼らが何らかの方法でこのアジトを探り出したのだとしたら?

そして桂捕縛の為に、この家に攻め込んできたのだとしたら?

「何と言う事だ・・・っ!!」

弾かれたように草履を脱ぎ捨てて、桂は大して広くもない家中を走り回った。

幸いな事に、今日はほとんどの者が出払っている。―――もしも真撰組が乗り込んできたのだとしても、桂自身も留守にしていた為に無駄足に終わった事だろう。

しかしこの家にはと留守番役が数名いたのだ。

いつもフラフラと出歩いている彼女ではあるが、昨夜は遅くまで何かの作業をしていたらしく、今朝桂が家を出る頃になっても起きては来なかった。

おそらくは心行くまで睡眠を貪るまでは起き出しては来ないだろうと踏んで、彼女の逆鱗に触れないように決して起こすなと留守番役に念押しまでしたのだ。

こんな事ならば、超絶不機嫌なの八つ当たりを受けてでも無理矢理起こして一緒に連れて行けばよかった、と心の内で悔いながら家の中を走り回っていた桂は、主に食事をする時に使われる少し広めの和室に倒れている男の姿を見つけ、大きく目を見開いた。

「・・・喜助っ!?」

大きめのテーブルに散乱している、おそらくはの食事だったもの。

ほとんどが手付かずで放置されている事から見て、おそらくは食事中に襲撃されたのだろう。―――その食事を取っていただろうの姿はここにはない。

テーブルの向こう側にうつ伏せになって倒れている喜助は、桂の呼び声にピクリと小さく身体を震わせた。

「・・・桂、さん」

「喜助!どうした、何があったっ!?」

弱々しい喜助の自分を呼ぶ声に、すぐさま駆け寄り力の入っていない体を抱き起こした桂は、矢継ぎ早にそう問い掛ける。

ぐずぐずしている暇はない。―――が捕まったというのならば、すぐにでも助けに行かなければ。

「桂さん・・・」

「犯人は誰だ!?誰がお前をこんな目に・・・」

「・・・さん、が」

「・・・・・・は?」

悔しさを滲ませた声で唸るようにそう問うた桂の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。―――訝しげに喜助を見据えると、気まずそうに視線を逸らされる。

「・・・もう一度聞くぞ。一体誰にやられた?」

「・・・ですから、さんに」

今度こそ疑いようもなくはっきりと返って来た答えに、桂は喜助を抱き起こしていた手を離す。

その際、ゴンという音と共に喜助の小さな悲鳴が聞こえたけれど、それはこの際大した問題ではない。

大きく深呼吸をしてひとまず落ち着く為に畳の上に座り直した桂は、改めて畳の上で蹲りながら後頭部を抱える喜助に向き直った。

「どういう事なのか、しっかりと説明してもらおう」

この惨状の全ての原因がなのならば、彼女の身の心配はない。―――寧ろ彼女が暴れてこの程度で済んだ事を幸運に思うべきなのか。

しかしが何の理由もなく暴れるとも思えない。

確かに寝起きの彼女は表面上はにこやかなくせして、中身は獰猛な悪魔のようではあるけれど、虫の居所が悪いというだけでここまで暴れたりはしない・・・筈だ。

桂のむっつりとした表情を見上げて漸く身を起こした喜助は、散乱した食器へと視線を泳がせながらポツリポツリと話し出した。

「今朝、桂さんがここを出られた後、さんにお客様がいらっしゃったんです」

「・・・に客?」

「はい。でも寝ているさんを起こすのは自殺行為でしたし、事情を話すとさんが起きるまで待っているというので、そのまま待っていてもらったんですが・・・」

「ちょっと待て。の客とは一体・・・?」

「・・・えぇっと」

話を遮って疑問を投げかけるけれど、喜助は気まずそうに視線を泳がせるだけで桂の問いに答えようとはしない。

それを訝しく思いながら見据えると、その視線に耐えかねたのか・・・喜助は言い辛そうに口を開いた。

「・・・坂本さんです。坂本辰馬さん」

「坂本!?坂本がここへ来たのか!?」

思わず立ち上がった桂を見上げて、喜助は恐る恐る1つ頷く。

「奴は何の用でへ会いに来たのだ!?」

「それは私には・・・。なんだかものすごく噛み合わない言い合いをしていた後、いつもの如くさんが笑顔でキレて・・・」

その時の出来事を思い出したのか、喜助がブルリと身を震わせる。

この惨状を見て、それがどのくらい恐ろしかったのかが簡単に想像できた。―――今回の一番の被害者は、誰がなんと言おうと彼だろう。

「それで?あいつらはどうした?」

「あの・・・それが、めちゃくちゃテンション高い坂本さんに引っ張られるようにして何処かへ連れて行かれました。まだ俺の耳にあの坂本さんの笑い声が残ってます」

げんなりした表情で肩を落とす喜助。

あの未知生命体のようである坂本と、マジ切れしたを一手に相手にしたのであれば、彼のこれほどの憔悴ぶりも頷ける。

「坂本はをどこへ・・・。まさか・・・!!」

そんな喜助を放置し、考えを巡らせていた桂は思い至った結論に顔色を悪く染めた。

以前から聞いた事がある。―――坂本は、を勧誘していたという事を。

まさかの返事を待ちきれずに強引に迎えに来たのでは・・・と導き出された結論に、桂は項垂れるように両手をついた。

「・・・桂さん」

そんな桂の様子を見ていた喜助が、困惑したように彼の名を呼ぶ。

坂本がどういう考えなのかは解らないが・・・―――というか何も考えてなさそうであったが、あのに限って何も言わずに桂の元を去る事はないだろう。

桂率いる攘夷派グループにとっても、そして桂自身にとっても、の存在はなくてはならないものだという事を、彼女自身知っている筈である。

そしてなんだかんだと言いつつ、解り易く解り辛く結局は桂に甘いが、桂を悲しませるような事をするとは思えない。

「大丈夫ですよ、桂さん。さんの事だから、その内にひょっこり帰って来ますよ」

「・・・そうだろうか?」

「そうですって!」

「・・・いや、しかし」

普段は頼りがいあるリーダーの桂ではあるが、が絡むとこうも弱々になってしまう。

こんな所は、クールでありながら熱い心を持つ、何でも器用にこなしてしまう桂をグッと身近に感じられる隠れた魅力である事も確かなのだけれど。

「・・・早く帰って来てくださいよ、ほんと」

これから地の底まで落ち込んだ彼を励まさなければならない喜助は、桂には聞こえないほど小さな声で、どこにいるかも解らないに懇願した。

 

 

「宇宙旅行、ねぇ・・・」

そこらに大量に積まれてあるパンフレットの1つを手に取って、それを興味なさげにパラパラと捲りながらはそう独りごちる。

坂本辰馬のアジト襲撃から一夜明けて、は今多くの人々が集うターミナルにいた。

突然尋ねてきた坂本との再会は、にとっては予想外の出来事である。

エリザベスを送り付けられたりと、交流はあったが・・・―――というより寧ろ坂本からの一方的なものではあったが、こうしてお互い顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。

それが突然尋ねて来たかと思えば強引に連れ出され、どこに連れて行かれるのかと思えば上機嫌の坂本に飲み屋に連れて行かれ、朝になって漸く帰れるかと思いきや、次はこうしてターミナルに引っ張られ。

いい加減に目的をはっきりとさせろと、的には控えめに・・・第三者から見れば大層過激に主張してみれば、これから宇宙旅行に出掛けるのだと、坂本はの意見などお構いなく笑顔でそうのたまった。

そこで一発派手に切れて成敗してやろうかとも考えたが、それで坂本がどうにかなるとも思えず、ここまで来て漸くすべてを諦めたは目先を変えて宇宙旅行のパンフレットを見ていたのだけれど。

「・・・宇宙旅行、かぁ」

もう一度同じ台詞を呟いて、持っていたパンフレットをゴミ箱へと投げ捨てる。

別に宇宙旅行が嫌いな訳ではない。―――というよりも寧ろ行った事がないのでどんなものか解らないというのが正直なところだ。

経験のない事を体験するのは、にとっても興味深い事なのだが。

では何故がここまで今回の宇宙旅行に乗り気ではないのかと言えば、それもはっきりと言える理由があるわけでもない。

ただ、ほんの少し、嫌な予感がする・・・気がするのだ。

寧ろ坂本が絡んでいる時点で、平和で穏やかな旅行など望めそうにもないが。

「それにしても辰馬ちゃんってば。この私をこんな所に放置して一体どこに行ったんだろ?つーか私をここに連れて来たのはテメェだろうが。子供みてぇにフラフラフラフラ歩き回ってんじゃねーよ。落ち着きがないにも程があるだろうが、あぁ!?

ぶつぶつと小さな声で悪態をつくは、周りの人間が自分を遠巻きに見ている事に気付いていない。

ちょっとトイレに行ってくると、酔っ払い丸出しの足取りで歩いて行った坂本を見送った時からこうなるだろう事は予測済みではあったが、まさか一時間近くも戻って来ないとは思わなかった。

「おー、。どないした、そんな浮かない顔ばして。わしがおらなんで寂しかったか〜?あっはっはっは!」

このまま船出ちゃうんじゃないの?と半ば呆れながらにそう思いため息を吐き出すと、何か重い物を引きずる音と共に待ち人の声が聞こえてはふとそちらに顔を向けた。

そうして目の飛び込んできた光景に一瞬固まったは、しかし次の瞬間にっこりと極上の笑顔を浮かべて。

「あら、辰馬ちゃん。素敵な被り物ね。どうしたの、それ?」

努めて笑顔で返したに、坂本は自分の頭にかぶりついた定春をそのままに、惜しみなく血を流しながら困ったように眉を顰めた。

「なんの事じゃ?それよりも二日酔いで頭が痛いきに、なんでもいいから薬出してくれんか?あ〜、あと酔い止めも頼む。わしは船に弱いきに」

寝言は寝てから言えよ、もじゃもじゃ。了承もなしに勝手に人をこんな所に連れて来といて自分の要望通そうなんて甘いんだよ、コラァ!酒にでも乗り物にでも思う存分酔ってろってんだ」

「あはははは〜。相変わらずおまんは手厳しいの〜」

「ふふふふふ。褒め言葉として受け取っておくわ」

の暴言にもまったくめげる事無く明るく笑う坂本に、もにっこりと微笑み返す。

確かにの調合する薬はよく効くが、彼女の性格上何を混入されているか解らない部分が大きい為、余裕のある場合にそう強請られる事は滅多にない。

そうして彼女の棘だらけの言葉にもまったく怯む事無く笑って済ませる坂本は、にとっては扱い辛いタイプの筆頭であった。

それでもこうして定期的に酔い止めの薬を依頼し受け取りに来る坂本と交流を続けているのは、決して嫌いではないからではあるのだが。

「おぉ?もうすぐ船が出るみたいじゃ。おんし、宇宙旅行は初めてじゃろ?楽しみにしとけ〜、宇宙には面白いもんが山ほどあるきに!」

二日酔いはどこへやら、とても人の事を言えた義理ではないが、子供のようにはしゃぐ坂本の強引さに苦笑を漏らしつつ、は手を引かれるままに坂本と歩調を合わせる。

「ねぇ、本当に行くの?私すっごく嫌な予感がするんだよね。自慢じゃないけどこういう予感って外れた事ないのよ。って言ってるそばから手ぇ引っ張るんじゃねぇよ

「あはははは〜、出発じゃ〜!!」

珍しく真面目な表情と声色でそう告げるなど気にした様子もなく、坂本は頭に定春をかぶり付かせた異様な格好のまま、抵抗するの手を引いて搭乗ゲートへと向かった。

 

 

、どうじゃ〜?初めての宇宙旅行の感想は」

抵抗も虚しく船に引きずり込まれ、とうとう宇宙へと旅立ってしまった船の一席に身体を落ち着かせたは、隣に座る坂本のご機嫌な問い掛けににっこりと微笑み返した。

人の事無理矢理引っ張って来といて、呑気に感想求めてんじゃねーよ!っていうかそれいつまでつけてる気?

「何がじゃ?それよりもまだ二日酔いが収まらんの〜。頭がズキズキするきに」

未だに定春に噛み付かれたまま器用に席に座っている坂本は、まだその事実に気付いていないのか、の暴言もサラリと流して呑気に頭を掻きながらも呟く。

それを見ていたはほぼ100%呆れで構成された視線を向けつつ、そろそろ頃合かと諦めのため息を吐き出す。―――本人にとってはかなり不本意だが、昔からマイペース過ぎる坂本にこれ以上何を言っても無駄だという事は経験上よく理解していた。

だからといって、何事もなかったかのように平然と接してやるような親切心など、勿論は持ち合わせていなかったが。

「何か悪い病気なんじゃないの?例えば頭にカビが生えてるとか。ああ、ごめんね辰馬ちゃん。今更改めて言う事でもないよね

ふふふ、と可愛らしく微笑んで遠慮なく毒を吐くに、その言葉の内容を理解していないのか・・・それとも理解した上で流しているのか、坂本も大声で笑い声を上げた。

「面白いこと言うの〜、は。あっはっはっは・・・ぐふっ!」

しかし次の瞬間、先ほどまでの様子と一変して突如蹲った坂本に、それが何の症状であるかを当たり前に知っているは、隠す事無く呆れの表情を浮かべつつ口を開く。

「辰馬ちゃん、もう酔ったの?それだけ弱いなら船に乗るの諦めたら?」

そもそもほんの数分乗っただけで船酔いするほど船に弱いというのに、何故わざわざ船に乗ろうとするのか・・・―――本人に問えば『船が好きだから』とあっさり答えが返って来るのだろうが、その底なしのチャレンジ精神はいっそ感心するほどである。

「忘れとった。わしはに酔い止めのクスリば貰いに行ったやが。もう前に貰ったのはなくなってしもうたきに、新しいのくれ」

わ〜、アレが将来私が支配する予定の星なのね。きれ〜い

「あはは〜。サラッと流されてしもうた。しかもさり気にものすごい事言っとるがや」

添乗員の促すままに窓の外へと顔を向けたの一見無邪気な・・・しかしどこまでも危険な言動も、坂本の手に掛かれば笑い話で終わってしまうらしい。

しかし他の客の迷惑など顧みず大声で笑っていた坂本は、またもや様子を一変させて勢い良く座席から立ち上がった。

「うぅ!もういかん!トイレ!トイレはどこじゃ!?」

どうやら船酔いが危険なラインまで来たらしい。

立ち上がり慌てて通路を歩き出す坂本を我関せずと無視していたは、しかし急に痛いほど引っ張られた自分の手に気付き、思いっきり眉を寄せて顔を上げた。

「ちょっと辰馬ちゃん!私の手引っ張らないでよ!私はトイレなんかに用はないんだから!行くなら一人で行ってっていうか手ぇ離せや、コラァ!!

ぎゃあぎゃあと声を張り上げても、がっちりと掴まれた手は離される事はない。

そうして散々悪態を吐き続け、漸く手が離されたのは、目的地であるトイレへと着いてからだった。

流石にトイレの中にまで引きずり込むつもりはなかったのか、トイレの入り口での手を離した坂本は、一目散にトイレの中へと駆け込んでいく。―――そうして手持ち無沙汰にトイレの前で彼を待つ事になったは、ウンザリとした様子でおそらくはトイレの中で苦しんでいるだろう坂本へとやる気のない様子で声をかけた。

「辰馬ちゃ〜ん。もうこの際全部吐いちゃった方が楽になるんじゃない?そうそう、もう気持ち悪いとかごちゃごちゃ抜かせないように内臓ごとぜ〜んぶ吐いちゃったら?大丈夫!辰馬ちゃんのどんな時でもマイペースな恐ろしいくらいの図太い神経と根性があれば内臓くらいなくたって生きていけるわよ

いや、無理だろう・・・と突っ込んでくれる人物は残念ながらこの場にはいなかった。

寧ろ坂本ならば本当に生きていけそうだと、が自分の発言にしみじみと納得したその時、いままで沈黙を守ってきたトイレのドアが閉まった時同様勢い良く開いた。

「あ〜、気持ち悪いがや」

「ちょっと、辰馬ちゃん!今にもリバースしそうな勢いでにじり寄って来ないでよ!条件反射でぶっ飛ばしちゃっても責任取れないよ?

「あ〜、もう限界じゃ。、クスリ〜」

にこやかな表情で相変わらず物騒な発言をかますだが、しかし坂本は坂本でそれに反応している余裕はないらしい。―――片手で口元を押さえながら、今にも爆発しそうな酔いと戦いながら苦しげに呻く。

そんな坂本の姿に、流石のもほだされたのか、仕方がないとばかりに肩をあげ、やれやれとため息混じりにスッと手を差し出した。

「あげてもいいけど・・・はい」

「なんじゃ〜?ああ、そうか。ほれ」

差し出されたの手を見た坂本は、思いついたようにその手に自分の手を重ねる。

その瞬間、の笑みが更に深くなった。

「・・・辰馬ちゃ〜ん。誰も今更テメェの握手なんて求めてねーんだよ、ヴォケが!世の中はギブアンドテイク!欲しいもんがあるならしっかり出すもん出せや、コラァ!!―――なぁんて。何かを得る為には何かを失うものよって昔教えてあげたでしょ」

「ああ、そうじゃったそうじゃった」

恐ろしいほど綺麗な笑みと共に手を捻り上げられ、坂本は漸く彼女の意を察したのか、酔いと戦いながらも豪快に笑って懐へと手を伸ばす。

しかし懐から出てきた財布は見るからに薄く、その中にはおそらく何も入っていないだろう事は確認せずとも明白だった。

坂本自身もそれを察したのか、視線を財布からへと移し、ポリポリともじゃもじゃの頭を掻いて。

「え〜と・・・ああ、すまん!昨日飲み屋で全部使ってしもうたわ。あっはっはっは!」

笑って誤魔化そうという坂本の真意に、は鈴がなるような声で可愛らしく微笑んだ。

「ふふふふふ。もう、しょうがないんだから、辰馬ちゃんってば!一遍死んで来い!!

「ぐふっ!!」

そうして笑顔のまま、酔いで足元がふらつく坂本の背中を容赦なく蹴り飛ばす。

寝込みを無理やり連れ出され、夜通しで酒盛りに付き合わされた挙句、拉致同然に宇宙に連れ出されたのだ。―――報復の一つや二つ、しても罰は当たらないはずだ。

は自分ルールにのっとってそう判断した。

そうして坂本はの強烈な蹴りを背中に受け、成す術もなく悲鳴と共に自動ドアの向こうの客席へと倒れこむ。

それと同時に誰かに体当たりをかました気がするけれど、そんな事はの知るところではない。―――体当たりをかましたのはではなく、坂本だからだ。

しかし彼の悲劇は、これだけでは終わらなかった。

「定春!このヤロー、定春ば返すぜよー!!」

「あふぁ!!」

客席に倒れこんだ坂本に追い討ちを掛けるように、偶然そこに立っていた神楽の手によって、定春を連れ去ったと信じ込んでいる彼女の渾身の攻撃をその身に受ける。

「やだー、辰馬ちゃん踏んだり蹴ったり〜。きっと人を無理矢理拉致した挙句に引っ張りまわして宇宙連れ出した罰が当たったのよ

再び跳ね返り床に倒れこんだ坂本を上から見下ろして、はくすくすと笑みを零してそう言い放った。―――どうやら彼の心配をする気は毛頭ないらしい。

そんなを認めて、同じく偶然宇宙旅行へと来ていた銀時たちが、ここにはいないはずの彼女を認めて思わず声を上げた。

さん!?」

!お前・・・なんでこんなとこに・・・」

まさかこんなところで会うとは思ってもいなかったらしい。

勿論、だとて宇宙旅行に行く気などもともと有りはしなかったのだから、銀時たちの考えもあながち的外れではないのだけれど。

坂本から驚いて絶句する銀時たちへと視線を移して、はにっこりと微笑みながら、今目の前で倒れている男の所業を彼らに愚痴ろうと思ったその時だった。

ドンという鈍い音とほぼ同時に、制服を来た男が客席に飛び込んでくる。

青ざめて顔を引きつらせたその男に、は嫌な予感が更に高まるのを感じた。

「うわぁぁぁ!爆発だぁー!!」

「大変だ!操舵室で爆発が!操縦士たちも全員負傷!!」

機内に響き渡る切羽詰った声に、乗客たちは引きつった顔を更に引きつらせる。

ここまで来て、はこの宇宙船の中で何が起こっていたのかを、今更ながらに理解した。

「ふふ・・・終わりだよ、お前ら。天人を迎合する売国奴どもなどみんな死ねばいい」

運悪く坂本に押しつぶされたハイジャック犯が、勝ち誇ったようにそう声を上げる。

高笑いするその男を見下ろして、は僅かに口角を上げた。

「ふふふ。―――攻撃は最大の防御!先手必勝!が私の信条よ!オラァ!!つーかハイジャックなんて舐めた真似して、一般人巻き込んでんじゃねーよ!やって良い事と悪い事の区別もつかねーのか、このヴォケがっ!!

「ぐふっ!!」

容赦のない蹴りが、ハイジャック犯へと見事に決まる。

そうして完全に落ちた犯人を見下ろしたは、フッと息を吐き出してから、改めて両手を頬に当て小さく震えて見せた。

「あ〜、怖かった!」

「いや、そんな何事もなかったかのように振舞われても同意できませんから。っていうかめちゃくちゃ正論ですけど、さんの口から聞くとなんだか素直に頷けませんよね」

「・・・確かヅラもターミナル破壊しようとしてなかったか?」

「あ、そうだ!私、辰馬ちゃんに酔い止めのクスリ渡さなくっちゃ!」

ひっそりと入れられた突っ込みを当たり前に流して、は今もまだ倒れたまま動かない坂本へと向き直る。

いつもならそんなに更に突っ込みを入れる新八だが、今はそれどころではない。

先ほど聞かされた現実的な問題に、新八は今更ながらに顔を青ざめさせた。

「それよりも何とかしないと!この船墜落しちゃいますよ!!」

美人薄命って本当だったのね。宇宙船と共に散る命なんて壮大なストーリーよね」

「言ってる場合ですか!」

こんな状況でもまったく態度が変わらないをいっそ尊敬しつつも、新八は条件反射となった突っ込みを入れる。

しかし本当の本当に、そんな事をしている場合ではなかった。

宇宙船の要である操舵室が爆破され、そしてこの船の命運を握っているだろう操縦士たちは負傷し操縦どころではない。

小さい窓から少しづつ高度が落ちていく様を目の当たりにし、流石に銀時も少しの焦りを覚えた。

そんな時、先ほどに蹴り倒され、そうして神楽にまで蹴り返された哀れな男が目の端に映り、その男が誰なのかをすぐに察した銀時は、いまだ床に倒れたまま唸り声を上げている男の耳を引っつかんで、急いで操舵室へと走り出す。

「いたたたたっ!なんじゃー!誰じゃー!わしをどこへ連れてくがか!?」

「テメー、確か船好きだったよな。操縦くらいできんだろ!?」

坂本の抗議の声に構っている場合ではない。

銀時は否定を許さない物言いで、耳を引っ張られ声を上げる坂本へと言い放った。

「っていうかこの後に及んで出来ないとかぬかすなら、本気で地獄に叩き落してやる」

ちゃっかり付いて来ていたの言葉に、これまでにないほどの本気が含まれている事に気付き、銀時は微妙に頬を引き攣らせる。

ならば本気でやるだろう。―――それこそ、たとえいくら能天気な男だとて、本気で後悔するほどの報復をして見せるに違いない。

しかし幸運な事に、の声は耳を引っ張られたまま引きずられている坂本には届いていなかったようだ。

「なんじゃ?おんし何でそがな事知っちゅうが!?あり?どっかで見た・・・」

それをしているのが誰なのかを確認して、そうして坂本は大歓声を上げた。

「おおー!金時やなか!?おんし何でこんなとこおるか!!金時がおる!金時がおるぞ!久しぶりじゃのー、金時!珍しいところで会ったもんじゃ!こりゃめでたい!酒じゃ、酒を用意せぇ!!」

「銀時だろーがよぉ、銀時!お前もし俺が金時だったらジャンプ回収騒ぎだぞバカヤロー」

「もう、辰馬ちゃんってば。相変わらず子供みたいなんだからっつーかいい加減状況読めよ、このヴァカがっ!!

銀時とからの実害を伴うダブル突っ込みを受けて、そうしてその拳までもを受けた坂本は、盛大に廊下の壁にぶち当たり、またもや意識を手放しそうになった。

しかしここで逃がすではない。―――坂本のもじゃもじゃとした髪の毛をわしづかみにし、顔を近づけてそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべて言った。

「いい、辰馬ちゃん。ものすごく心の底から不本意だけど、この船に乗る人達の運命は辰馬ちゃん次第なの。本当なら絶対に任せたくないんだけど、こうなっちゃったからには仕方ないからせいぜい気張っていけや

本当に、坂本が関わるとロクな事にならない。

そんな事を再度実感しながら言い放たれた言葉には、これ以上ないほどの怒気が込められていた。

流石の坂本も、わけが解らないながらも頷くしかなかったという。

 

 

「あれ?何か踏んだがか?」

「いいのよ。いずれはこの私の足元に平伏す事になるんだから

操舵室に足を踏み入れた直後、坂本に踏まれた哀れな操舵手は、のそんな一言で切って捨てられた。

そういう問題かよと銀時は心の中で突っ込みを入れるも、あえてそれを口に出す事はしない。―――何度でも言おう、それどころではないのだ。

「おい!早くしろ!!」

未だに操舵室の入り口付近でのんきにも談笑する坂本とに向かいそう言い放ち、銀時は自分もまた見慣れない機械の前に立つ。

改めて見てもやはり何がどうなっているのかは解らない。

宇宙船はもとより、それほど機械に触れるような生活は送っていないのだ。

「銀さん、ヤバイですよ!みんな念仏唱え出してます!!」

客室の様子を見に行っていた新八が慌てた様子で操舵室に駆け込むと、が僅かに目を輝かせながら機械に興味を示したらしい坂本を見送って振り返る。

「ふふふ、念仏唱えりゃ神様が助けてくれるとでも思ってんのかよ。はっ!おめでたいやつらだなぁ、おい

さん、なんか神様に恨みでもあるんですか?」

前々から思っていたのだが、どうしてはこんなにも根性がひん曲がっているのだろう。

まぁ、銀魂キャラにまともな人間がいるかどうかと聞かれれば返しづらいところだけれど。

そんな新八の想いを読み取ったのか、銀時はから自然と視線を逸らして機械に向き合う坂本へと目をやった。―――触らぬ神には祟りなしと、その表情が物語っている。

「心配いらねーよ。あいつに任せときゃ・・・」

「・・・え?」

しかし銀時から発せられた言葉は、この最悪の状況の中で唯一希望を感じられるものだった。

「昔の馴染みでな。頭はカラだが無類の船好き。銀河を股に駆け回ってるような奴だ。坂本辰馬にとっちゃ、船を動かすのは手足を動かすのと同じ事よ」

「下手の横好きってどういう意味だったっけ?」

この状況で恐ろしい言葉吐くんじゃねーよ

あくまでもは状況をどこまでも悪化させたいらしい。

せっかく気分も少しは軽くなったような気がしていたというのに、の一言で新八は盛大に頬を引き攣らせる。―――しかしのこの発言が、何も状況を悪化させるためだけに吐かれたのではない事を、この場にいた全員は直後に嫌というほど理解させられた。

「よーし、準備万端じゃ!行くぜよ!!」

坂本は目の前にあったものを掴んで、意気揚々と声を上げる。

その様子は随分と頼もしく見えもするのだが、唯一の問題点は彼が手に握っているのが舵ではなく意識を失っている船長の頭だというところか。

「ホントだ、頭カラだ」

思わずそう突っ込んで、新八はこの時本気で自分の不運さを実感した。

こんな人に自分の命を預けなきゃならないなんて・・・と、さまざまな出来事を経ていつの間にかそれなりに強くなった心臓も縮みそうになる。

「おーい!もう一発行くか!?」

「あっはっはっは!こんなデカイ船動かすん初めてじゃき、勝手が解らんち」

同じく引き攣った笑みを浮かべて拳を振り上げた銀時に、しかし坂本は悪びれもせずにそういって豪快に笑い声を上げた。

この人は本当に馬鹿なのか、それとも肝っ玉が据わっているのか・・・―――どちらとも図れず新八は更に頬を引き攣らせる。

そんな坂本を彼の隣でおとなしく見ていたが更に笑みを深めて拳を握り締めたのを、不運な事に新八は目の当たりにしてしまった。

何も知らない人が見れば見ほれてしまいそうな微笑も、彼女の人となりを知っている新八にとっては、まるで悪魔の笑みのように見える。

そのまま何の躊躇いもなく、の拳は渾身の力と共に坂本の頭上へと振り下ろされた。

「なんで殴るんじゃ!」

なんとなく

当然の事ながら抗議の声を上げる坂本に向かい、あっさりとそう言い切って。

その微笑から何を読み取ったのかは定かではないが、坂本はすぐさま視線を機械へと戻し、気を取り直して声を上げた・・・のだけれど。

「よし、後はわしに任せ・・・ウプッ!!」

「ぎゃー!こっち来んな!お前、船好きのクセに思いっきり船酔いしてんじゃねーよ!船好きのクセによぉ!!」

唐突に口元を押さえて銀時へと倒れこんだ坂本に、当の銀時は更に顔を青ざめさせながら素早い動きで後ろへと飛び退る。

そんな2人の様子を見て、は今思い出しましたとでも言いたげにポンと手を打った。

「ああ、そういえば辰馬ちゃんに酔い止め飲ませるのすっかり忘れてた。えへっ」

えへっ、じゃないでしょー!!と突っ込みたくても、現状がそれを許さない。

彼女が確信犯なのか、それとも言葉通り本当に忘れていたのかは判らないが、いろんな意味で彼女はやはり強者だと新八はこの時しみじみと実感した。

「いや、船は好きじゃけれども船に弱くての」

「何、その複雑な愛憎模様!?―――もう、僕に貸して下さい!!」

苦笑いを零しながらもそう言い訳をする坂本を見かねて、とうとう新八が切羽詰った様子で舵を握る。

この人たちに任せていたら、うっかり人生が終わってしまいそうだ。

しかしそんな新八と同じ想いを抱いたのかどうか・・・、神楽がその新八から舵を奪うようにしてこちらへ向かってきた。

「いや、新八!もういいから私に任すヨ!私文集に将来の夢パイロット書いたヨ!!」

関係ないから!と反論する前に、今度はが笑顔でがっつり舵を握る。

「私1度宇宙船とか操縦してみたかったのよね。大丈夫!前に何回か車とか運転した事あるけど、全部軽い事故で済んでるから!

「怖ぇーよ!!―――もういい、俺がやる!普通免許持ってっから、こんなん原チャリと同じだろ!?」

「いやっスよ!あんたらに命預けてたら、何回転生しても足りねーよ!!」

もはや全員が軽いパニックに陥っていた。

それぞれが主張しあい、舵を奪い合う様を傍目で見ていた坂本は、こういう展開にありがちな未来を予想し、意を決したように1つ頷く。

「このパターンは全員でいがみ合う内に舵がポッキリっちゅーパターンじゃ。それだけは阻止せねばならん!―――ふぬおっ!!」

そうして彼らを止めるべく勇ましく足を踏み出した坂本は、しかしその状況を更に悪化させる事に成功した。

思いっきり何かに蹴っ躓き、銀時たちが奪い合う舵へと倒れこんでいく。

慌てて全員が避けたその時、バキッという嫌な音を耳に、坂本は現状を正しく理解した。

「あっはっはっは!そーゆーパターンで来たか!あっはっはっは、どーしよ、はっはっは」

「あっはっは、じゃねーよ!あぁ!?

無残にも折られてしまった舵を前に、坂本は成す術もなく大きな声で笑う。

もうこうなってしまえばどうしようもない。

後は運を天に任せるしかない。

ぎゃあぎゃあと騒ぎあう銀時たちを横目には深く深くため息を吐いて、本格的に下降を始めた窓の外に視線を向けた。

「小太郎ちゃん、ちゃんとご飯食べてるかしら?」

絶体絶命の宇宙船で。

今まさに死闘が行われそうなその場所で、はのんきな声でそう呟いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何度も言いますが、私はリアルタイムのアニメでの銀魂しか知らない為、勝手に桂ファミリー(?)捏造。

喜助はオリキャラです。(オリキャラって言うか、名前がないとややこしいので適当に)

っていうか、本人出ずに話だけ聞いてると、主人公滅茶苦茶酷い人みたいに聞こえますよね。(みたいっていうか、まんまそんな感じですけど)

作成日 2007.4.5

更新日 2007.11.30

 

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