日暮れを迎えた歌舞伎町では、たくさんの店が開店の準備に追われている。

そんな中、その内の1人である見目麗しい少女が、両手一杯に紙袋を抱えてある店の敷居を跨いだ。

「ただいま〜!」

元気な声と共に店の中に足を踏み入れた少女は、誇らしげな顔を向けながらにっこりと綺麗に微笑んで。

「見て見て〜。またこんなにおまけしてもらっちゃったの。ラッキーで・・・」

しかし大きな紙袋を店のテーブルに置いた少女の笑顔が、突如凍りつく。―――その理由は目の前の人物の存在にあったのだけれど。

「・・・なにやってんの、銀ちゃん」

多分に呆れを含ませた声色でそう呟いたは、立派なおかまに仕立て上げられた銀時を見つめて僅かに頬を引き攣らせる。

普段のにしては珍しく動揺しているようだ。―――少なくとも、はこの場所で銀時と顔を合わせる事になるとは想像もしていなかった。

「何ってお前・・・見て解んねぇか?」

「ああ、そっか。銀ちゃんってばとうとうそっち方面に目覚めちゃったの?いつもいつも人の予想を遥かに超えていく人だとは思ってたけど、さすが銀ちゃん、大物だね」

「違ぇよ!」

すぐさま我に返ったは、普段となんら変わらない態度でそうのたまう。

銀時がどれほど否定しようと無駄な事だった。―――何故ならば、には最初から聞く気など毛頭ないからである。

「そうだ!せっかくだから記念撮影しようよ。ほら、小太郎ちゃんも早く〜」

「小太郎ちゃんじゃない、ヅラ子だ」

それどころか、嬉々とした表情で女装した桂まで呼び寄せ写真を撮るつもりらしい。

しかし銀時には解っていた。―――ここで写真という名の証拠を握られるのが、どれほど後々の自分にとって危険な事なのかどうかを。

「はい、チーズ」

人の話を聞けェ!!

問答無用でカメラを向けるに、無駄な抵抗だと知りつつ銀時はそう叫び声を上げた。

 

開き直った奴ほど性質の悪い奴はいない

 

結局のところ、記念写真という名の後々の弱みとなるだろう証拠品をむざむざとに提供してしまった銀時は、不貞腐れた表情でジロリとを睨み付け口を開く。

「んで、オメーはこんなところで何してんだ?ここはあれだぞ。ほら、オカマバー。さんはいつからオカマになったんですかー?」

そのセリフ、そのままバックリお返しするよ。銀ちゃん、いつからオカマになったの?それとも昔っからそういう趣味があったの?」

1を言えば10も20も返ってくる。―――それがである。

今回も例外なくしっかりと毒を含んだ言葉を笑顔と共に向けられた銀時は、彼女の言葉に今の自分の姿を思い出し視線を泳がせた。

「バカ言ってんじゃねーよ。これは・・・ほら、あれだ。なんつーか・・・」

しかしとりあえずの否定はしても、しっかりとした言い訳があるわけではない。

まさかオカマを化け物呼ばわりした挙句に逆切れされ、しかも無理やり拉致されてこんな格好をさせられているなどとは言えない。

を相手に今更格好つけるも何もない気がするが、そこはそれ。―――ささやかな抵抗とでも言っておこうか。

しかしはそんな銀時の思いに気付いているのかいないのか、先ほどまで浮かべていた笑みを更に深くし、買ってきたまま放置してあった食材の入った紙袋へと手を伸ばしながら口を開く。

「こんなにもショックを受けてる私に向かってバカ呼ばわりしといてどもってんじゃねーよ

「はぁ!?ショックだぁ〜?」

の言葉に、銀時は訝しげに声を上げた。

どこからどう見ても、今のがショックを受けているようには見えない。

そもそも何故がショックを受ける必要があるのかと思い視線を向けると、はバカにしたように鼻だけで笑ってひとつ大きく頷いた。

「そうよ。突然友達がオカマの格好して目の前に現れた私の気持ちも察してよ。綺麗?な思い出がドロドロよ!しかも似合ってるならまだしも、それじゃ公害以外の何者でもないじゃない!!

俺だって好きでこんな格好してんじゃねーよ!大体なんで綺麗?って疑問系なんだよ。そこは綺麗で終わらせろよ!つーか、ヅラだって同じだろうが!!」

「銀ちゃんこそ何言ってるのよ!小太郎ちゃんはとっても似合ってるからこれはこれでいいのよ!!

「どんな理屈だ、それぇ!!」

少し離れたところで店のオカマと話をしている桂を見て自慢げに胸を張ったに向かい、銀時は力の限り突っ込みを入れる。

確かに似合っているかもしれない。

少なくとも、この店にいる他のオカマと比べれば、まだ女らしく見える方だろう。

しかし果たしてそういう問題なのかと問いかけたくなるが、ここで迷う事なく肯定の返事が返ってくればこれ以上どう突っ込めばいいのか解らない。

こうして考えれば、いつもいつもしっかりと突っ込みを入れている新八の苦労が思い出され、あいつはあいつで頑張ってんだな・・・と人事のように思った。―――勿論、だからと言ってこれからの行動が変わるかといえばそれはまた別問題だけれど。

一方、激しく突っ込みを入れた直後から遠い目をして黙り込んでしまった銀時を見返して、は深くため息を吐き出す。

銀時が自分の趣味で女装をしているのではない事くらい解っている。―――それが本当に趣味だったとしても、にとってはどちらでも構わないのだけれど。

「どーせ西郷さんにケチつけて引っ張り込まれたんでしょ。つくづく思うけど、学習能力ないよねぇ、銀ちゃんって」

それでもこれ以上堂々巡りの話をしていても仕方がないと思い直し、は更なる銀時へのからかいの追及の手を緩めて、おまけをしてもらった新鮮なりんごを手に取りそう話を切り替えた。

「ウルセェ。んで、お前はここで何してんだよ。つーか何でここにヅラがいるわけ?」

「バイトだよ、バイト」

「バイトだぁ?何でよりによってオカマバーでバイトなんて・・・」

思わず上げかけた疑問の声を遮って、は持っていたりんごを銀時へと差し出す。

どうやら食べていいらしく、銀時は遠慮なくそれにかぶりついた。―――甘味とはまた違った意味でとても甘いそれに、ほんの僅かに口角が上がる。

それを見ていたは再び仕分けの作業を始めながら、したり顔で話し出した。

「指名手配犯がそこらの喫茶店でバイトなんて出来るはずがないでしょ。ここなら歌舞伎町四天王の西郷さんの庇護の下、女装という名の変装をすれば人の目も誤魔化せるじゃない。一石二鳥っていうか、ここくらいでしかバイトできないよ、小太郎ちゃんは」

まったくもってその通りである。

そもそも指名手配犯が接客業をしようというところから間違っているのかもしれないが、確かにこの場所ならば絶好のカモフラージュになるだろう。―――おそらくは真撰組も、あの桂小太郎がオカマバーで働いているとは思わないに違いない。

しかし銀時の疑問はそれだけではなかった。

「んで、何でオメーまでここで働いてんだ?」

彼の疑問は、まさにそこである。

どちらかといえば、は雑用には向かない。

いや、何でも器用にこなす彼女ならば雑用だとて朝飯前なのかもしれないが、が自ら率先して雑用を買って出るような人間だとはとても思えない。

どちらかというと、笑顔で無理やり雑用を押し付けるという方がイメージにはぴったりだ。

もっとも、の意外とも思えるほどの面倒見の良さを知っているだけに、表立ってそう口にする事はなかったが・・・。

少なくとも面倒見が良くなければ、幕府に追われる攘夷派の参謀などやってはいられないだろう。

「何言ってるの。あの世間知らずで天然爆発な小太郎ちゃんを野放しになんて出来るはずがないでしょ?」

「オメーはあいつの母親か。―――つーか、何でヅラの奴、急にバイトなんてする気になったんだ?」

今更過ぎるほど今更だけど、私たちの経済状況を憂いて・・・かな?」

用済みになった紙袋を折りたたみながら、は小さく首を傾げて曖昧にそう答える。

こういうところは意外に庶民的だとぼんやり思いながら、銀時は芯だけになったりんごの残骸をゴミ箱へと放り投げ、そういえば・・・と新たに浮かんだ疑問を投げ掛けた。

「へー・・・。そういやぁ、今更だけどお前らどうやって生活してんの?」

「どうやってって収入の事?大体の収入の割合は、5割が辰馬ちゃんに頼まれて高値で売りつけてる酔い止め薬の収入でしょ。3割が無許可だけど一般に売りさばいてる薬で」

「よく捕まらねーな」

「ふふふ。この私がそんなヘマするはずないじゃない」

頬を引きつらせて呟いた銀時に向かい、は爽やかな笑顔を振りまく。

無免許医師というのもかなりの問題だが、実際問題として彼女が診るのは病院に駆け込めない仲間だけである。

何があっても被害が仲間内だけで済むという事実を前に、百歩譲って無免許である事は聞き流せたとしても、その上無許可で薬を売りさばいているというのは問題以前である。

しかしだからといって、今更銀時が文句を言ったところで、もうどうしようもない事も事実だけれど。

後は何の問題も起きない事を祈るしかないと後ろ向きな考えで結論を出してから、銀時は改めて話の先を促した。

「・・・で、あとの2割は?」

「1割は仲間がちょろっとバイトして稼いだお金よ」

「・・・残りは?」

何の含みもなく聞いた問いだった。

しかしは一瞬動きを止め、そうして一拍置いた後にっこりと微笑んで、目の前に詰まれた果物を抱え上げるとクルリと踵を返す。

「あ、そうだ!私、買ってきたもの仕舞わなきゃ!」

「おい!スルーかよ!残りの1割は何なんだよ!気になってしょうがねーよ、コノヤロー」

あからさまな態度に思わず立ち上がり、身を乗り出してそう声を上げる。

そうして何とかを捕まえて真実を問いただそうと銀時が手を伸ばしたその時、店内に悲鳴のような怒鳴り声のような・・・西郷のそんな大きな声が響き渡った。

「てる彦ぉぉぉ!!」

何事かとそちらへと顔を向ければ、店の入り口に怪我をした子供の姿が。

どうやらこの店の関係者らしい。―――西郷さんの息子さんだよと小さな声で耳打ちするに、なるほどと銀時はひとつ頷いた。

「何があったのー、こんな大怪我して!病院よ、早く病院に行かなきゃ!」

慌てた様子で息子の元に駆け寄った西郷は、見るからに混乱していた。

確かに怪我はしているが、見た感じそれほど酷いものはない。

しかしそれが転んだだけでつくような怪我ではない事は、数々の修羅場を潜り抜けてきた銀時たちにはすぐに解る。

西郷もどうやらそれを察したのだろう。―――心配そうな顔で息子へと駆け寄った西郷は、自分の方が倒れそうなほど表情を曇らせての方へと振り返った。

「あ、そうだ。ちゃん、あんた医者なのよね?すぐにこの子診てやってちょうだい!」

「構わないけど、無免許だから。後で責任取れとか言わないでよ?

「赤ひげよ!赤ひげ呼んで!!」

笑顔であっさりとそう言ったから素早く目を逸らして、西郷はもう一度改めてそう声を上げた。

そんな西郷を見て気を悪くする様子もなく、はふふふと可愛らしく笑って見せる。

「やだな、西郷さん。自分で言うのもなんだけど、私って結構優秀なんだよ?っていうか子供のケンカの怪我の治療くらい免許なんかなくたって平気よ」

「とかなんとか言いながら、その手に持ってるのはなんですかー」

セリフの前半はともかく、後半はまったくもってその通りだ。―――特別酷い怪我がないのならば、わざわざ病院に連れて行く必要はない。

しかしそう言いつつも、の手にしっかりと握られているものを目撃してしまった銀時としては、そのままスルーするわけにもいかなかったが。

室内の明かりを反射してキラリと光るメスに、銀時は僅かに頬を引き攣らせた。

「ふふふ。せっかくだから検査もしてあげようと思って」

「明らかに解剖しようとしてるだろ、お前」

えぇ!?んー、痛いのが嫌ならこれなんてどう?この薬を飲めば悪いところが一発でわかるのよ。ねずみを使って実験済みだから安心して」

「・・・ちなみに人間では?」

ふふふ〜。てる彦くんが初めて・・・みたいな?

「早く赤ひげ呼んでー!!」

の恐ろしい言葉に、西郷は力の限りそう叫んだ。

その薬がどれほどすごいものなのかは解らないが、そもそも傷の手当という当初の目的がごっそり抜け落ちているのは気のせいなのか。

ともかく、息子を怪しい薬の実験台にするわけにはいかないと混乱する西郷を見て、事の中心にいるはずだというのにすっかり蚊帳の外に追い出されていたてる彦が慌てて口を開いた。

「大丈夫だよ、父ちゃん。かすり傷・・・ぐほっ!!」

「父ちゃんじゃねぇ!母さんと呼べぇ!!」

何とかフォローしようと口を開いたてる彦は、しかし混乱の境地にいる自分の父親に強力なパンチを食らわされてぶっ飛ぶ。

その決定的瞬間をはっきりと目撃してしまった銀時とは、言い合いをしていた事も忘れて思わず固まった。―――否、固まったのは銀時だけで、おそらくはこの状況に慣れているのだろうは平然と笑顔を浮かべていたが。

「西郷さんはてる彦くんを助けたいの?それとも追い討ち掛けたいの?どっち?

見事にぶっ飛ばされたてる彦を助け起こしながら、は笑顔でそう言い放つ。

むしろそれはお前の言うセリフじゃねーだろ・・・という銀時の突っ込みは、真剣に悩んでいるだろう西郷によって当然の事ながら綺麗さっぱり流された。

「てる彦、あんた最近いつも怪我して帰ってくるじゃない。一体塾で何やってるの?何か隠してるだろ?」

「し、心配しないでよ、母ちゃん。帰りに友達とチャンバラごっこしてるだけだから」

詰め寄る西郷に、てる彦は明らかな作り笑いを浮かべながらせわしなく両手を振る。

そうしてまだ何か言いたげな西郷に背を向けると、気にしないで!と言い残してそのまま店の奥へと駆けて行った。

「ちょ!待ちなさい、てる彦ぉぉ!!」

慌てて西郷が声を掛けるが、てる彦は彼の制止の声も無視して店の奥へと姿を消した。

残されたのは、てる彦がぶっ飛ばされた際に倒れてしまった無残な椅子と、そうして呆然と立ち尽くす父親・西郷の姿。

「てる彦くん、反抗期かしら?つーか反抗したくなる状況揃いも揃ってる事は否定できそうもないけど

それをまるっきり他人事のように眺めていたは、コクリと小さく首を傾げる。

もともとてる彦は素直ないい子なのだ。―――多少・・・いや、多分に世渡りが下手そうな気もするが、グレて喧嘩をするような子供ではない。

てる彦がどうして毎日怪我をして帰ってくるのか・・・、そして何故その原因を父親に話そうとはしないのか、その理由がまったく解らないわけではないけれど。

その時、不意に無言で状況を見守っていた桂が何かを拾い上げるのを目に映り、は部屋の隅にいる桂の元へと歩み寄り、もう一度小さく首を傾げた。

「どうかした、小太郎ちゃん?」

「ふむ。これは・・・」

桂の手には一枚のプリント。

そこに書かれてある文字を読んで、てる彦の様子の可笑しさの一端に漸く納得した。

「へぇ〜。授業参観のお知らせかぁ〜。なるほどなるほど」

うんうんと何度も頷いて、桂の手の中にあるプリントを見つめる。

授業参観に来て欲しいけど、でもなんだか気恥ずかしくて来て欲しくない・・・などという可愛い子供の悩みなどではないだろう事は、彼の特殊な家庭環境を見ればすぐ解る。

そしててる彦が、父親の事を嫌ってなどいない事を知っているは、彼が今何に悩んでいるのかに大体の当たりをつけた。―――おそらく、その読みは間違っていないだろう。

そんな事を考えていたは、桂がプリントを折りたたみどこかへと向かおうとしているのに気付いて小さく微笑んだ。

おせっかいではあるのだけれど、そこが桂の良いところでもある。

こういう桂のまっすぐなところが、はとても好きだった。

「行ってらっしゃい、小太郎ちゃん」

人知れずてる彦の後を追う桂にひらひらと手を振って、はにこやかに声を掛ける。

桂に任せておけば大丈夫だろう。

そう結論付けて、がんばってねと言葉を続ければ、桂は顔だけで振り返って。

「小太郎ちゃんじゃない、ヅラ子だ」

もはや口癖となったその言葉を残して去っていく桂を見て、はくすくすと笑みを零した。

 

 

急遽足りない食材を補充するため、は再び買出しにと街へ出た。

こういう仕事をするのは初めてだが、意外に悪くない。―――店主たちに愛想を振りまけばおまけをしてくれるのが、なんともいえない達成感を感じさせてくれる。

たまにはこんなバイトもいいかも・・・―――そんな事を考えていたは、ふと見覚えのある子供たちを目の端に捉えて小さく首を傾げた。

「あの子たちって・・・てる彦くんとよく一緒にいる・・・」

友達、と簡単に言い切ってしまえるかどうかはさておき、彼の知り合いには違いない。

しかしその少年たちの中に、てる彦の姿はなかった。―――それどころか、少年たちは酷く慌てた様子をしている。

ふと嫌な予感に襲われて、はそちらへと足を向けた。

「ちょっと待って」

焦れた様子で駆けて行く少年の襟首を掴んで引き止めると、にっこりと微笑を浮かべて優しげに問いかけた。―――もっとも、その声色は優しさだけで構成されたものではなかったけれど。

「君たちこんなところで何してるの?てる彦くんは?」

「あ・・・その・・・」

「ん〜?うじうじしてねぇで、はっきりきっぱり言ってみろ

「・・・実は」

少年たちの話を聞き終えたは、眉間に皴を寄せつつ持っていた荷物を少年たちに押し付けて駆け出した。

子供はバカをしでかすものだと解っていても、このバカは早々見過ごせるものではない。

もっともそれをあの聡いてる彦が解っていないはずはないのだろうけれど。―――それでも事に及んだ彼の心境は、短くとも近くで接していたには理解できた。

話に聞いた場所へと辿り着いたは、さてどうするかと古びた屋敷を見上げる。

中に入る事は難しくはないが、どうやっててる彦を探し出すか。

発見が遅れれば遅れるほど、彼の身の危険は増大する。―――とそんな事を思っていたその時、屋敷の中から空気を切り裂くような絶叫が響き渡った。

その声に聞き覚えがあるような気がして・・・は安堵と呆れが入り混じったため息を吐き出し、木で出来た塀へと手を掛ける。

本当に、厄介事に巻き込まれる天才たちだと、そう思う。

それでも彼らがいるのならば最悪の事態は免れるだろう。―――とて、お世話になっている人の子供の身の心配くらいはするのだ。

そして、あの心優しい少年を、は嫌いではなかったから。

「しょうがないなぁ、もう。手が掛かるんだから」

それは一体誰へと向けられた言葉だったのか。

ふわりと天使の微笑を浮かべて小さく呟いたは、身軽に塀を飛び越え中へと突入した。

 

 

「てる彦くん、大丈夫〜?」

「お姉ちゃん!?」

度胸試しと称してこの広大な敷地の中に足を踏み入れたもっとも危険に晒されていた筈のてる彦は、怪我ひとつなく木の上に避難していた。

おそらくは偶然なのかはたまた彼を助けに来たのか、この場にいるだろう銀時と桂によって安全なそこへと逃がされたのだろうけれど・・・―――ふと辺りを見回して、2人の姿がない事に気付き、は小さく首を傾げた。

「僕は平気だけど・・・でもお姉ちゃんたちが!!」

「小太郎ちゃんたちの事?大〜丈夫よ、あの2人は殺したって死なないから

くすくすと笑みを零して、そうしててる彦が示した方へと視線を向ける。

大丈夫ではあるだろうが、それでも助けないわけにはいかない。

何とかてる彦を木の上から下ろし、本当に手が掛かる人たちだと思いつつ足を踏み出したは、しかし叫ぶように掛けられた強い声にその足を止めた。

「僕も行く!僕も・・・男だから!!」

「何言ってるの。ここには化け物がいるんでしょ?男とか女なんて関係ないわ。自分の身も守れないような人を連れて行けるわけないでしょ。そこでおとなしく待ってなさい」

離さないとばかりに自分の着物の裾を握る子供を見下ろして、は素っ気無く返す。

基本的に、は相手が子供であろうと甘やかす事はしない。

自分を逃がしてくれた銀時や桂を助けたいと思うてる彦の気持ちは解らなくはないが、だからといって少年の懇願をそのまま受け入れるつもりはなかった。

まぁ、どんな化け物がここにいるのだとしても負けるつもりは毛頭なかったが、それでも銀時と桂を助けなければならない以上、これ以上の負担は軽減したい。

しかしてる彦はの冷たい眼差しにも怯む事無く、更に強く着物の裾を握り締めると、強い声色で言い募った。

「お願い、お姉ちゃん!!」

まっすぐに向けられる眼差しに、はうっすらと目を細める。

戦えない子供など足手まといだ。

ここで彼を昏倒させ、敷地の外へと放り出す事も出来た。―――しかし・・・。

「・・・好きにしなさい。その代わり、自分の身は自分で守りなさいよ」

そう言い放って、はてる彦に背を向けた。

てる彦が2人を助けるなど、本当にそんな事が出来るとは、も勿論思っていない。

ここにいる化け物がどんなものかは知らないし、本当にそんなものがいるのかどうかも解らないが、てる彦のような子供が野犬相手にも戦えない事は解りきっている。

それでも突っぱねられなかったのは、彼の目が真剣だったからだ。

好奇心や度胸試しなどという想いはどこにもない。―――ただ2人を助けたいと、心からそう思っていたからだ。

それならば仕方ない。

このまま放置しても、彼はきっと帰りはしない。

後をこそこそとついて来られるよりは、行動を共にした方が何倍もマシだ。

「うん!!」

仕方がないとばかりにため息を吐いたの後ろから、てる彦の元気な声が返事をした。

 

 

「なんでこーなるのー」

目の前の光景に、は呆然と呟いた。

これほどコメントに困る光景は珍しい。

少し前、幽霊騒ぎを治めるという名目で遊ぶ気満々に真撰組の屯所へと行き、そこで便器に顔を突っ込んだ近藤を見た時以来の衝撃だ。―――思い返してみれば、あの時も今も見た感じにそれほど違いはないような気もするけれど。

「お姉ちゃん!しっかりしてよ、お姉ちゃん!!」

真剣に彼らの心配をしているてる彦が、いっそ滑稽に思えて仕方がない。

もうこの際笑って済ませたいところだけれど、そんな事はただの現実逃避に過ぎないという事を理解していたは、渋々ながらに地面に埋められ顔だけを覗かせる銀時と桂の前に跪いた。

「だいじょーぶ、2人とも」

我ながら白々しい心配だとは思ったけれど、こうして助けに来てあげただけでもありがたく思ってもらいたい。

今回のは、一応お世話になっている人の息子を、珍しく親切心を出して助けに来ただけなのだ。―――曲がりなりにも攘夷志士ならば、これくらい自分で解決して欲しいものである。

てる彦との呼びかけに応じてか、埋められていた銀時と桂が揃ってゆっくりと目を開けた。

「よぉ。元気だったか、坊主」

むしろそれはこちらが聞きたいくらいだ。

「まったく、心配かけおって。怪我はないか?」

そのセリフ、そのままバットで打ち返すよ

まったくその通りである。

客観的に見て、今心配されるのは間違いなく彼らの方だろう。

てる彦の言葉に自分の現在の状態に漸く気付いたのか、銀時が隣に埋められている桂を見やってぼんやりとしたまま口を開いた。

「ヅラ、お前エライ事になってるぞ。身体どこやった?」

「お前も生首になってるぞ。ナムアミダブツ

「新八ぃぃ!神楽ぁぁ!定春ぅぅ!!さようならー!!」

勝手に盛り上がって念仏を唱える桂と叫ぶ銀時に、はぴくぴくとこめかみを引き攣らせて、どこから取り出したのか巨大はりせんを大きく振りかぶった。

「もう、やだ2人ってば」

可愛らしい声と共に振り下ろされた巨大はりせんは、微塵の狂いもなく銀時と桂の脳天にヒットする。

そうして漸くの存在に気付いた銀時が、不思議そうな表情を浮かべてぼんやりとを見上げた。

「っていうか、お前こんなところで何やってんだ?」

むしろそれは私の方こそ聞きたいけど。銀ちゃんたちこそ、こんなところで土に埋められて何してるの?もしかして新手の遊び方?それとも植物気分でも味わってるの?それならそうと言ってくれないと!心配しないで。ちゃ〜んと水遣りしてあげるからね」

「いやいやいや、ちょっと待ってくださいさん」

「な〜に?これ以上何かほざきたい事でもあるの?

それににっこりと微笑みかけてすごんで見せれば、銀時は引き攣った笑みを浮かべて目を泳がせた。―――どうやらの機嫌が下降気味な事に気付いたらしい。

「落ち着いてよ。2人とも埋められてるだけだって」

「そうか。もう心配はいらん、助けに来た。というか2人とも、助けてくれ

埋められたままの2人に向かってそう言ったてる彦に、桂は漸く自分の状態を理解したのだろう。―――しかし表情を変える事無くそう言ってのけた桂に、は呆れたような表情を浮かべて小さく息を吐いた。

「もう、小太郎ちゃんってば。一体ここに何しに来たの?」

「勿論、てる彦を助ける為だ」

この状況で、しかもその状態で真顔でそう答えるか。さすが小太郎ちゃん」

「ありがとう、

ふふふ、褒めてないよ

の言葉にほんのり笑顔を浮かべて答える桂と、にっこりと微笑を浮かべる

一見すれば和やかな図に見えなくもない。―――桂が土に埋められていなければ。

まったく堪えた様子のない桂を前にこれ以上の説教を諦めたは、さてこれからどうしようかなと辺りを見回す。

いかにであったとしても、こうも見事に埋められている2人を掘り出すのは簡単ではない。

爆弾で土ごとふっとばせれば話は早いのだが、流石にそれはやりすぎだろうと珍しく常識的な判断を下した。―――もしかすると桂がここにいなければ、その手段に出ていたかもしれないと予想した銀時が密かにホッと胸を撫で下ろしていた事を、幸いな事にが気付く事はなかったけれど。

そうして何か良いものでもないかと周囲に視線を巡らせていたは、前方数メートル先にある物体に思わず頬を引き攣らせた。

「ポチめ〜、こんな遊びを覚えおって。うぃ奴じゃ」

頭の上から抜けるような気の抜けた声でそうぼやく天人を見つめ、すべての原因の源が何なのかを察する。

触覚を生やしたどこかの国の皇子だと言うはた迷惑な動物好きが飼っているペットが、今回もまた騒動を引き起こしたのだろう。―――いまどきポチなんて犬にも付けないわよなどと心の中だけで呟いて、ははりせんを握る手に力を込めた。

「皇子。ポチはねぇ、エサを保管する時こうして埋める癖があるんです。どーしてくれんだよ、バカ皇子!俺の人生もゲートボール大会もお前の頭も全部パーだ!!」

「うるせー、くそジジィ!ここ出たら絶対クビにしてやっからな!」

「やってみろよ!どーせみんなここで死ぬんだよ!ヒッヒッヒッ・・・」

ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーんだよ、さっきから!大体テメェらいつもいつも人に迷惑掛けやがって!そろそろペットに嫌われてる事に気付け、このヴァカ皇子がっ!!テメェの人生もゲートボール大会もどーでもいいんだよ、ヴォケジジィ!役に立たねぇんならせめて口閉じて静かにしてろ!!―――なぁんて。騒ぐとポチが寄ってきちゃうかもしれないから、少〜し黙っててくれます?」

「「は・・・は〜い」」

はりせんをチラつかせてそう声を掛ければ、先ほどまでうるさいほど騒いでいた彼らはピタリと口を噤む。

学習能力がないとばかり思っていたけれど、危険回避能力くらいは備わっているらしい。

もっとも、この程度の暴言を吐いたからといって、の溜飲が下がるわけではないが。

この件がすんだらどうお仕置きしてやろう・・・と密かに目論むを他所に、埋められたままの銀時と桂を見ていたてる彦は堪えきれずに小さく鼻をすすった。

「ぐすっ・・・みんなごめん。僕のせいでこんな事になっちゃって・・・。何やってんだろ、僕。こんなたくさんの人に迷惑掛けて・・・。何が男の証拠を見せてやるだよ、こんなの男のする事じゃないよね。でもやっぱり父ちゃんの事バカにされるの悔しくて。父ちゃんはあんなだけど、僕より男らしいの僕知ってる。誰よりも心が綺麗なのも知ってる。でも誰もそんなもの見えないし、見ようともしない。悔しい・・・僕、悔しいよ」

零れ落ちそうな涙を何とかこらえ、声を震わせてそう話すてる彦に視線を向けて、は今日何度目かのため息をこっそりと吐き出す。

「確かにこんな事しても男の証拠にはなりはしないよね。つーかそれこそ子供の浅知恵っていうか大抵の子供はそんな事するのよね。万引きできなきゃ弱虫〜みたいな。テメェら自分がどれだけバカな事してるか気付いてねぇのかよ、みたいな。それ出来たからって勇敢な男ってわけじゃねーんだよっていうか寧ろ犯罪者の仲間入りだっつーの

、言い過ぎだぞ」

少し咎める色を含んだ桂のたしなめる声に、それでもは引かない。

まっすぐにてる彦を見つめて、冷たさの混じった笑みを口元に浮かべた。

「大体ねぇ。人なんてみんなそんなものなのよ。大抵の人間は外見しか見ずにそれで想像膨らませて勝手に理想像作り上げるんだから。良い例が私でしょ?愛想笑いでみんなすっかり騙されるんだから。今からそんな事嘆いてたら、この世の中渡って行けないよ」

っ!!」

今度こそ上げられた桂の声に、は小さく息を吐いた。

まっすぐに向けられるてる彦の眼差しを見つめ返す。―――気丈なようにも見えるけれど、少年の強く握られた拳が微かに震えているのが解った。

今回彼がした事は、とても愚かな事だとは思う。

下手をすれば命を失ったかもしれないのだ。―――それを愚かだと言わずに何と言うのか。

それでもてる彦は、ちゃんとそれを理解している。

ちゃんと理解し、反省し、そしてその責任を自分なりに取ろうとしている。

西郷さんもああ見えてちゃんと子育てしてるのね、と目を逸らさずに自分を見つめるてる彦を見返して、は口元に小さく笑みを浮かべた。

「・・・だけどね。その人の内面をちゃんと見てくれる人も確かにいるのよ。小太郎ちゃんや銀ちゃん、それにてる彦くんがちゃ〜んと私を見てくれるように。カマっ子倶楽部にいるいかついお姉さんたちも、ここにいる私たちも、ちゃ〜んと君のお父さんがどういう人か理解してる」

「お姉ちゃん・・・」

「たくさんの人に解ってもらえなくたっていいじゃない。その他大勢よりも、たった1人でも理解してくれる人がいれば、それはとても幸せな事なのよ。西郷さんは幸せ者ね。だってたった1人の大切な大切な息子が、ちゃ〜んと理解してくれてるんだから」

のやんわりと包み込むような優しい声に、てる彦は大きく目を見開いた。

先ほどまでの冷たい眼差しとは違う、柔らかい瞳。

向けられる柔らかな微笑。―――そのどれもが、いつもののようであってそうではない事にてる彦は気付く。

そうして向けられた言葉は、今のてる彦が一番欲しい言葉でもあった。

「・・・お姉ちゃん」

ポンポンと優しく自分の頭を撫でるを見上げて、てる彦はポツリとそう呟く。

しかしそんなてる彦の言葉を遮ったのは、の脅しで口を噤んでいたハタ皇子の悲鳴だった。

ハッとして視界を巡らせれば、そこにはこちらを威嚇する大きな動物の姿。

まったく、バカ皇子もとんでもないものを連れてきたものね・・・と小さくため息を吐いたその時、またもやハタ皇子の悲鳴が上がった。

「き、来たぁぁ!ポチぃ!食べるならジィにせい!余は脂ばっかりで身体に悪いぞ!!」

「何言ってんだ!ジィは食べたら骨が刺さるぞ、これ絶対!皇子にしとけっ!!」

人がいい話してるって時に、醜い争いしてんじゃねーよ、このバカコンビがっ!!

ぎゃあぎゃあと騒いでお互いを犠牲にしようと声を上げている2人に、はにっこりと微笑みながら暴言を吐いた。

しかしそんなやり取りをしている暇などない。―――こちらがどれほど混乱状態であろうと、相手は待ってはくれないのだ。

「おいおい、こっち来てんぞっ!!」

襲う気満々でこちらへと駆けてくる動物に、銀時が思わず声を上げる。

それを見たてる彦は、ハッと銀時たちを振り返り、大慌てで埋められている彼らを掘り出すために素手で土を掘り返し始めた。

「もういい!てる彦、早く逃げろ!!、お前も早くっ!!」

「そうだ!オメーたちまでおっ死ぬぞ!!おい、聞ぃてんのか!?」

そんな2人に、桂と銀時は咄嗟にそう声を上げた。

埋められて動けない自分たちならばともかく、自由な身である2人は逃げる事が出来るのだ。

まだ子供であるてる彦があの素早そうな動物から逃げ切れるかどうかは怪しいところだけれど、がいるのだから何とか身の安全は保障されるだろう。

「うるさーい!僕は男だ、絶対逃げない!!」

「それじゃあ、私だけ逃げるわけにはいかないわよね。まったく・・・」

しかしてる彦は2人の言葉に耳を傾ける事もなく、一心に土を掘り続けている。

に至ってはそれを手伝う素振りさえ見せず、その場に悠然と佇んでいた。

もうすぐそこまで獰猛な動物は迫っている。―――ごちゃごちゃと言っている時間はない。

「そんな事言ってる場合かっ!早く・・・!!」

必死に声を荒げる銀時を尻目に、はふうと小さく息を吐き出し懐から何かを取り出した。―――それは太陽の光を受けて、銀色に煌く。

っ!!」

それが何かを察した桂が、彼女の行動を制止させようと名を呼んだ。

獲物を目掛けて猛獣が地を蹴る。

土に埋められたままの銀時と桂、そして2人を助けようとするてる彦と、挑戦的な笑みを口元に浮かべるへと向かって。

「「俺は男だって?知ってるよ、そんなこたぁ!!」」

伸びる2本の腕。

「最後の最後で逃げない。これが戦う者の鉄則よ」

鋭い牙を受け止める、白銀の太刀。

数センチ先にある猛獣を呆然と見上げるてる彦の目に映るのは、それらだけだった。

視界を巡らせれば、左右から片手だけで猛獣を抑えている銀時と桂の真剣な表情と、向けられた牙を防いでいるの確信犯の笑み。

「オメーもオメーの父ちゃんも男だ。誰が見てくれねーって?バカ言うな。見えてる奴には見えてるよ、んなもん」

「少なくとも、ここに3人いる事だけは覚えとけ」

「そう言ったでしょう、てる彦くん」

それぞれ向けられる言葉に、てる彦はこみ上げてくる涙を堪える。

それは、何よりも欲しかった言葉。

自分の大切な大切な家族を認めてくれる、欲しかったのはそれなのだ。

「・・・お姉ちゃ・・・」

「フン、生意気言いやがって」

口を開きかけたてる彦の背後から、野太い声が降ってきた。

揃ってそちらへと視線を向ければ、そこには何故か白フン一丁の西郷の姿が。

そうして西郷はそれぞれの視線をさらりと綺麗に流して、3人が抑えている猛獣へと手を伸ばした。

「かっ、母ちゃん!?」

その後は、あっという間の出来事だった。

あれほど大きくあれほど獰猛な猛獣を相手に、西郷は圧倒的な強さで相手をねじ伏せる。

その姿を呆然と見ていた桂が、思い出したように声を上げた。

「思い出したぞ。白フンの西郷。天人襲来の折、白フン一丁で敵の戦艦に乗り込み、白い褌が敵の血で真っ赤に染まるまで暴れ回った伝説の男。―――鬼神、西郷特盛。俺たちの大先輩だ」

荒々しく猛獣と戦う西郷により、古い屋敷はどんどんと破壊されていく。

そうして本当にあっという間に猛獣を倒した西郷を見て、はくすくすと笑みを零しながら、至極楽しげに小さく首を傾げた。

「なんだか格好良さげな言葉でカモフラージュしてるけど、傍目から見ればただの変態っていうか、むしろ何で白フン?

の暴言の合間に入れられたささやかな疑問に答えられる人物などいない。

そうして戦いを終えて戻ってきた西郷に、同じく呆然と彼を見ていたてる彦が怒られる事を予期してか緊張した面持ちで見上げた。

「か、か・・・か、母ちゃん。ごめん、僕・・・」

「バカヤロー、父ちゃんと呼べ」

どっちだよ

西郷の常日頃の要望通りに彼を母と呼んだてる彦を張り飛ばした西郷に、は輝くような笑顔でそう突っ込む。

今回の事にだけ関して言えば、彼女の突っ込みは至極もっともであったが。

しかしそんなの突っ込みまでもをさらりと流して、西郷は埋められたままの銀時と桂に向き直り、じろりと睨みを効かせて口を開いた。

「おい、テメーらはクビだ。いつまで経っても踊りは覚えねーし、ロクに役に立たねぇ。今度私らを化け物なんて言ったら承知しねーからな」

「馬鹿な事言わないでよ、西郷さん。銀ちゃんや小太郎ちゃんはともかく、この私が役に立たないなんてあるわけないでしょっていうか、私のおかげでどれだけ経費削減できたと思ってんだよ、コラァ。・・・と言いたいところだけど、別にこれ以上働きたいわけじゃないから、今回の暴言は特別に綺麗さっぱり流してあげる事にするわ。せいぜい感謝してね。―――ああ、そうそう。これまで働いた分の給料は後日受け取りに行くから、逃げるんじゃねぇぞ。なぁんて!」

言い放つ西郷に、間髪入れずにも負けじとそう言い返す。

輝くような笑顔でノンブレスでまくし立てられた暴言に、彼女らしいと西郷は小さく笑みを零した。

「解ってるよ。それから・・・なんかあったらいつでも店に遊びに来な。―――たっぷり、サービスするわよ」

最後にウィンクを残し、気絶したてる彦を抱えて去っていく西郷の背中を見送って、桂は安心したように微笑んだ。

「どうやらいらぬ心配をしたようだな」

「ま、親子の問題は親子で解決するのが一番でしょ。それよりもどうする、小太郎ちゃん。クビになっちゃったね。結構気に入ってたんでしょ、女装」

「まぁ、仕方あるまい」

「ああ、女装が気に入ってたって下りは否定しないんだね

さらりと返された桂の言葉に、はにっこりと微笑んだ。

別に桂に女装趣味があったとしても、としては似合っているのだからまったく異論はないのだけれど。

「それはそうと、さ〜ん」

そんな事をぼんやりと考えていたの耳に、銀時の気の抜けた声が届く。

そうして改めて銀時の事を思い出したは、それを悟られまいと更に笑顔を輝かせてクルリと振り返った。

「どうしたの、銀ちゃん」

「俺たちどうやってここから出るんですかね〜?」

地面から首だけを出したまま、魚の死んだような目で上目遣いに見上げられ、そうしては漸く一番厄介な問題が残っている事を理解して頬を引き攣らせた。

すっぽりと埋められたままの銀時と桂。

そして今、この場に残っているのは1人。

ちくしょう、西郷さんをあのまま帰すんじゃなかった!と心の中で舌打ちしながら、はにっこりと微笑を浮かべたまま首を傾げた。

「・・・さぁ?」

無責任にも言い放たれたの言葉に、銀時の絶叫が響いたのは直後の事だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だからいい加減長いんだってばっ!(セルフ突っ込み)

最後まで読んでくださった方、本当に大変申し訳ございません。

これだけ長いと読むのも大変です。(そして相変わらず山場も落ちも面白さもなく)

しかしせっかくの桂との絡みを飛ばせませんでした。

というか桂一派の攘夷志士設定だというのに、彼との絡みが少ないとはこれ如何に。

作成日 2007.5.26

更新日 2008.1.11

 

戻る