今日も賑やかな歌舞伎町に、1人の少女がいた。

丈の短い薄いピンク色の着物の裾から伸びるスパッツを履いたスラリとした足が、行く先を決めかねるように躊躇いがちに踏み出され、歩みを進めるたびに後ろで纏め上げられた艶やかな黒髪の先がピョコピョコと跳ねる。

通り過ぎる男たちが自分を振り返っている事にも気にしない少女は、ピタリと足を止めて困り果てたように闇色に染まった空を仰ぎ見た。

「もう、小太郎ちゃんもエリザベスもどこに行ったんだろ」

ため息混じりに吐き出された言葉は、騒がしい街の喧騒に掻き消された。

 

事件は街中で起きてるんじゃない!万事屋で起こってんだ!

 

街中を歩いても目的の人物の姿を見つける事が出来なかったは、すぐさま捜す事を放棄して万事屋の前に立っていた。

心当たりを捜しても桂が見つからない時は、かなりの高確率でここにいる事が多い。

もしも彼がここにいなくとも、銀時や新八に誠心誠意のお願いという名の脅しを掛けて捜しに行ってもらえばいいと、当てもなく街中を捜し歩く気など毛頭ないは迷う事無くその結論を出した。

「こんばんは〜!」

しかし、呼べど待てど誰も出てこない。

チャイムを押しても同様で、は困ったように眉を寄せる。

中には灯りが付いている。―――気配を探ってみれば、人がいる事には間違いなさそうだ。

もしかして居留守でも使ってるつもりなのかしら?とも思うが、自分が来て銀時が居留守を使うとも思えない。

自分で言うのもなんだが、それなりに理不尽な事をしても銀時は決してを拒みはしないのだ。―――昔も、そして今も。

「う〜ん、どうしようかなぁ?」

困惑を隠す事無く表し、誰が見ていなくともは可愛らしい仕草で首を傾げる。

出てくるまで嫌がらせの如くチャイムを押し続けるか。

それともここは一発、爆弾で玄関を破壊して中に侵入するか。

浮かぶ提案はどれも傍迷惑なものばかりだったが、残念ながらこの場にはそれに突っ込む者はいない。

それでもは、流石に玄関を吹き飛ばすのは銀時が可哀想だというかお登勢に悪いと思い直し、素直に玄関に手を掛け、鍵の掛かっていない引き戸を開けた。

「こんばんは〜!銀ちゃん、いないの〜?」

玄関には銀時らの靴と、それに加えて女物の草履が二足。

お客様がいて出て来れないのかなと思いながらも遠慮なく万事屋に侵入したは、襖を開けたその先に広がる光景を前に、彼女にしては珍しく呆然と立ち尽くした。

それなりに広い和室の真ん中には、大きなテーブルがひとつ。

その上にはカセットコンロが置かれているが、肝心の鍋がない。―――視界を巡らせると、捨てられたように畳の上に鍋が転がっていた。

そうして燃え尽きたように呆然と立ち尽くす銀時・新八・お登勢と猫耳の生えた女性の正面には、憮然とした表情を浮かべている神楽が。

「・・・これって何事?」

ポツリと呟いた言葉は、静かな部屋の中に空しく響く。

しかしそれにも反応を返さない面々を見詰めて困ったように肩を竦めたは、部屋の片隅に捜し人の姿を見つけてため息を吐き出した。

この状況から見て、そして室内に漂う香ばしい香りに、はすぐさまそこで何があったのかを察する。

細かい事はともかく、おそらくはその結末をも察して、はまたもや軽くため息を吐いた。

 

 

とりあえず茫然自失状態に陥っている銀時らに容赦のない鉄槌を食らわせ正気に戻したは、いまだ散らかったままの部屋の状態を気にする事もなく腰を落ち着け、先ほどの出来事の一部始終の説明を求めた。

後頭部に感じる激しい痛みを何とか堪えて、変わらず笑顔を浮かべながらも無言の脅しを掛けるに身の危険を感じた新八が、己の心情部分などを省き、差し障りのない程度に先ほどの出来事を説明した。

新八曰く、珍しく肉が手に入ったのですき焼きパーティをしたのだが、あれこれ来客があり結局は食べられなかったのだと。

来客があっただけで、鍋が畳みの上に転がるような出来事があるとは思えない。―――そう判断した夜子は、間違いなく繰り広げられた壮絶な戦いを脳裏に思い描いた。

それに思わず呆れた表情を浮かべたを、同じく畳に座り込んだ銀時がジト目で見詰める。―――どうやら先ほど牛肉を食べられなかった事と、その後に受けたの渾身の攻撃に軽く機嫌を損ねたらしい。

「・・・んで、おめぇは何しに来たんだよ」

憮然とした様子を隠そうともせず素っ気無くそう問い掛けた銀時に対し、はまるで何事もなかったかのようににっこりと微笑んで。

「小太郎ちゃんを捜しに来たのよ。どこを捜しても見つからないし、ここじゃないかなと思って。まぁ、ここにいなくても銀ちゃんが探してくれるだろうって思って」

「お前また俺を使うつもりだったろ!?絶対使うつもりだったろ、こんちくしょー」

遠慮なくキッパリと言い切るに、銀時がヤケクソ気味にそう叫ぶ。

もしもここに桂がいなければ絶対にそういう展開になっていただろうと、その想像がリアルすぎて泣けてきそうだ。

「とりあえずヅラはそこにいるから、とっととあいつ引き取ってくれ」

「それよりも私のどが渇いたから、新八くんお茶淹れて来て」

「あんたまた僕を使う気ですか!?」

サラリと銀時のセリフを流して、はにっこり笑顔で新八へと振り向いた。

その当たり前だとでも言わんばかりの様子に思わず抗議の声を上げるも、しかしやはりというか新八のそんな些細な抗議などに通じるはずもなく。

「いいじゃない。使えるものは使っとかないと」

「いやです!絶対に嫌ですからね!!」

またもやあっさりとそう言い切るに、新八は断固として拒否を示した。

がどういう人物なのかを嫌というほど知っている彼にしては珍しいほどだったが、おそらくは先ほどの肉争奪戦の闘争心が残っていたのだろう。―――そうして、最後の最後で肉を食べる事が出来なかった悔しさも。

そんな新八を見つめて、は大げさにため息を吐き出すと、彼女にしては珍しくそれ以上言葉を続ける事もなく、至極あっさりと今度はその矛先をダウンしている桂の元にいる白い物体へと向けた。

「・・・も〜、しょうがないなぁ。それじゃエリザベス、お茶淹れて来て」

『すぐに!』

ダウンした桂の世話をかいがいしく焼いていたエリザベスは、しかしのその一言でさっと立ち上がり、そうして遠慮のえの字もなく台所へと足を向ける。

そのあまりにも完璧に躾されたエリザベスを見て、そうしてそれに何の違和感も抱いていないだろうを見て、銀時はどこか遠い目をしながらしみじみと呟いた。

「お前、もうすっかりあのペンギンオバケに馴染んじまったんだな」

「思ってたよりも結構役に立つんだよね、エリザベス。それにいつまで経っても自分で墓穴掘って自分で墓穴の中に入る銀ちゃんたちとは違って、結構世渡り上手っていうか賢いし」

にっこりと微笑み、銀時たちにそう言い放っては鈴の鳴るような声で笑みを零す。

それにしっかりと否定できないところが辛いところだと、新八は台所で妙に慣れた手つきでお茶を淹れるエリザベスを見てそう思った。―――エリザベスが世渡り上手なのかは知らないが、自分たちが自分で墓穴を掘って自分で墓穴の中に入っているという自覚は多少なりともあったからだ。

そうしてエリザベスが淹れてきたお茶を受け取り、それを一口口に含んでゆっくりと息をつくと、は未だ目を覚まさない桂へと視線を向けて困ったように眉を寄せた。

「それにしても、困り者だよね。出掛ける時はちゃんと行き先を言ってからにしてねってお願いしてるのに、小太郎ちゃんってばたまに忘れて出てっちゃうんだから・・・」

「あの人ももう大人なんですから、たまにはいいじゃないですか」

こちらもまた苦笑いを零しつつ、新八はそう答える。

確かに桂は指名手配をされる身であり、きっと身の危険も多いのだろう。

が心配する気持ちも解らなくはないが、桂とて小さな子供ではない。―――たまには1人で街をぶらつきたい日もあるだろうと、新八は心の中でそう思う。

そうして、どうして自分は桂の弁護をしているのだろうと、新八は改めてその違和感に気付き、乾いた笑みを浮かべた。

そんな新八の心情を知ってか知らずか、それでもは困ったような表情を崩す事なく桂を見やり、そうして右手を口元へと当てて「う〜ん・・・」と小さくうなり声を漏らして首を傾げる仕草を見せる。

「でもねぇ、小太郎ちゃんってどこか危なっかしいっていうか・・・。今回みたいに居場所が解らなくなる前に、そろそろ小太郎ちゃんにも発信機付けた方がいいかな?

それ犯罪ですから

あっさりと恐ろしい事を平然とのたまうに、コンマ一秒で新八は即座に突っ込んだ。

なら本当にやりそうで怖い。―――否、彼女はやると言ったら本当にやるだろう。

「や〜ね、新八くん。私たちがしてる事事態がもう既に犯罪なんだから、今更発信機の一つや二つ付けるくらいどうってことないわよ

「笑顔で恐ろしい事言わないで下さい。というか犯罪だって解ってるならやめたらどうですか?」

「人にはね、いけない事だと解っていても成さなくてはならない事もあるのよ」

「何もっともらしい事言ってんですか!どんな理由があろうと、テロ行為はダメですよ!」

つらつらと弁解・・・にはとても聞こえないが、おそらくはそのつもりなのだろう言葉を並べ立てるに、新八は釘を刺すように念を入れて突っ込みを入れる。

こんな言葉くらいで彼女が思い止まってくれるとは到底思えないが、それでもそのまま黙って見過ごす事など自称常識人である新八に出来るはずもない。

それ以上に、もしもこの後彼女の手によってテロが行われた場合、たとえその被害が自分に向かなかったとしても、後味が悪くなってしまう事に変わりはないのだろうから。

そんな新八の渾身の突っ込みに心を動かされたのか、目を丸くしてきょとんとしていたはじっと新八の顔を見返し、そうして納得したようにコクリとひとつ頷いた。

「そうよね、ダメよね。大丈夫、最近は様子見だけで大人しくしてるんだから」

「それ、自慢げに言う事じゃないから」

どうやら心配は失敗に終わったらしい。―――それこそ最初から解りきっていた事ではあるが。

それでも今は彼女もテロなどを行うつもりがないようだという事だけは解ったので、それ以上口を挟むのはやめておこうと新八はおとなしく口を噤む。

それが自分の心の平穏にとって、一番良い事なのだと察していた。

それにしても・・・と、新八はエリザベスが淹れたお茶を飲みながらすっかり寛いでいるを見てため息を零す。

今もってまったく帰る気はなさそうだ。

さっきの騒ぎで疲れ果てている身としては、早々にお引取り願いたいのだけれど。

それでもそんな事を言えばどんな暴言が返ってくるか簡単に想像できて口に出来ない。

何度も言うが、もうさっきの肉争奪戦で身も心も疲れきっているのだ。

「・・・うっ」

新八が心の中でどうやってにお引取り願おうかと策を巡らせていたその時、部屋の片隅に放置されていた桂が小さなうめき声を上げた。―――それに気付いたは湯飲みをテーブルの上に置き、表情を輝かせて振り返る。

「あ、小太郎ちゃん気が付いた?」

「・・・?何故お前がここに」

パタパタと軽い足音を響かせて駆け寄り顔を覗き込んだに、桂は不思議そうな表情でゆっくりと身体を起こした。

「暗くなっても小太郎ちゃんが帰って来ないから捜しに来たんだよ」

「母親ですか、あんたは」

プクリと頬を軽く膨らませてそう言うに、新八がボソリと小さく突っ込みを入れる。

身の危険を感じていても突っ込みを入れてしまうのだから、彼の突っ込み魂は果てしない。

しかしそんな新八の突っ込みをさらりと流して、はくすくすと笑みを零しながら感心したように頷いた。

「それにしても・・・いつもゾンビの如く倒されても倒されても起き上がってくる小太郎ちゃんを昏倒させちゃうくらいなんだから、よっぽど壮絶な戦いだったのね」

「それ、間違っても褒め言葉じゃないですよね?」

「何言ってるのよ、新八くんってば」

更に入った突っ込みに、今度こそ振り返ったの手に握られている巨大はりせんに気付いて、新八はざっと顔を青ざめさせた。―――毎回毎回思うのだけれど、は一体どこからあんなものを用意しているのだろうか。

そんな新八の疑問と恐怖の入り混じった表情を一瞥し、は改めて桂に向き直ると小さく首を傾げて問いかけた。

「小太郎ちゃん、そんなにすき焼きが食べたかったの?」

「い、いや。べ、別にそういうわけでは・・・」

の素朴な質問に、桂は視線を泳がせてしどろもどろにそう答える。

その態度こそがまさに肯定を示している事に、果たして彼は気付いているのか。

そんな2人をやり取りを黙って見つめていた銀時が、フッと鼻で小さく笑った。

「貧乏暮らしのテメェには、すき焼きなんて夢のまた夢だよな」

「なんだとっ!?」

「銀さん。うちも人の事言えませんから」

「確かに貧乏暮らし代表の銀ちゃんに言われても、逆にかわいそうになるだけネ」

まるっきり馬鹿にしたように桂に対して言い放つ銀時に、新八と神楽は半目になりながらそう呟く。

五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑う。―――まさにそんな諺を体現しているようだ。

そんな低次元な争いに見切りをつけたのか、新八は改めてへと視線を戻す。

そうして何の含みもない、純粋な疑問を言葉に乗せた。

「でも、あれですよね。桂さんはともかく、さんって貧乏からは程遠そうなイメージがありますけど」

「そう?」

新八の疑問に小さく首を傾げる

「寧ろ生活感が感じられないというか・・・人間離れして」

何か言った?

「い、いえ・・・何も・・・」

慌てて首を横に振りながら、それなりに仲が良くそれなりに人となりを知っているというのに、これほど生活感が感じられない人もそうはいないと新八は思う。―――それはだけではなく、彼女と共にいる桂もそうなのだけれど。

そういえば・・・と、がお茶などを飲んでいるところは見た事はあるが、彼女が食事を取っている場面など見た事がない事を新八は思い出す。

はむしょうにコレが食べたくなる〜って事はないアルか?」

そんな新八の胸の内を読み取ったのか、神楽がへそう問いかけた。

別にの好物を知ってどうしようというわけではないが、謎だらけのが好むものとはなんなのだろうかと、新八は少しの好奇心を浮かべてへと視線を向けた。

しかしは口元に手をやりしばし悩む素振りを見せた後、あっけらかんと言い放つ。

「う〜ん、ないね。基本的に私、お腹が満たされればそれでいい人だから」

「こいつは爆弾に見せる執着が嘘のように、食に対しては執着心がねーんだよ。安上がりなやつだよな」

に続いて付け足された銀時の言葉に、新八はへぇ〜と小さく声を上げた。

どちらかというとめちゃくちゃ拘りそうにも見えただけに、意外と言えば意外だ。

「そういえば前から気になってたんですけど、さんたちってどうやって生計立ててるんですか?攘夷志士としてテロ活動してるからお尋ね者も多いし、普通にバイトに行くなんて出来ないですよね」

そういえば・・・とふと思い浮かんだ疑問に、新八は訝しげに首を傾げて問い掛けた。

一応万事屋として働いている・・・と言えないところも多々あるが、それにしても一応は仕事を持っている自分たちとは違うのだ。

それに今までや桂が仕事をしている・・・などという話は聞いた事がない。

けれどお金に困っていそうな様子でもないように思えた。―――桂はともかく、はそういったものとは無縁に見える。

もしかすると支援者か何かがいるのだろうか、と新八は思い至る。

もしそうであれば、その支援者の名前など簡単に出す事は出来ないだろうと思い、まずい事を聞いてしまったかもしれないと一瞬後悔したのだけれど・・・。

しかしは再び湯飲みへと手を伸ばし、そうしてあっけらかんと言ってのけた。

「ああ、実はね。私がお医者さんだって事は知ってるよね」

「はい、無免許ですけどね」

「だからね、クスリを調合してそれを売って稼いでるのよ。う〜ん・・・見たことないかな?桜のマークが入ったやつなんだけど・・・」

そう言って、テーブルの上に桜の花びらを描くように指を動かすを見て、パッと表情を輝かせた神楽が声を上げた。

「それ知ってるアル!腹痛もすぐに治る優れものネ」

「お前が腹痛になんてなるわけねーだろが。賞味期限過ぎたやつだって平気で喰うくせに」

「煩い。私だって繊細な乙女、お腹が痛くなる時だってアルね」

ぐだぐだと寝転びながらそう突っ込みを入れる銀時をギラリと睨み付けて、神楽は心外だと言わんばかりにそっぽを向く。

実際問題、神楽が腹痛になる事があるのかどうかはともかく、実際にそこには描かれていない桜のマークを想像し、新八はあっと小さく声を上げる。

そういえば自宅の救急箱にも、そんな薬があったような気がする。

まさかそんな身近なところにの作った薬があるなんて・・・と、新八は感心半分恐怖半分に表情を引き攣らせた。

何度も言うが、は医師免許など持っていないのだ。

一体どういうルートで薬を売り出しているのかは解らないし、現実的にはの作ったと思われる薬の効果は高いのだから今のところは問題ないけれど・・・―――それでもいつかえらい事になるのではないかという不安も勿論持ち合わせている。

新八は、という人間を正しく理解しているつもりだ。

しかしとりあえずはそこに突っ込みを入れても仕方がないと判断し、新八はあっさりと話を続ける事にした。―――もう売り出されているものを、今更何か言っても遅い。

後は被害者が出ない事を祈るだけだ。

たとえであろうと、市販している薬に細工などしないだろう。―――寧ろそう信じたい。

「こんなに出回ってる薬なら、それなりに収入もあるんじゃないですか?」

「まぁ、多少はね。でも同志の数も少なくないし・・・。ちゃんと家がある人たちは別にしても、帰る家も何もない人達を養わなきゃいけないでしょ」

さん・・・」

思っても見なかったの発言に、新八は目から鱗が落ちた気分で目を見開く。

なんだかんだ言っていても、も仲間の事を考え、想っているのだろう。

確かに行動や言動にかなりの問題はあるが、は桂には優しい。―――極悪非道に見えても、仲間は大切にするのだろう・・・と本人が聞けば笑顔ではりせんを振り下ろしそうな事を考える。

しかし新八のそんな思いは、続いた言葉でいともあっさりと打ち壊された。

「それに収入のほとんどは、爆弾の製作とか新薬の研究とかに飛んじゃうしね

「折角の感動に水差さないで下さいよ」

輝くような笑顔でそう言い放ったに、新八はがっくりと肩を落として反論する。

やっぱりこういうオチなのか・・・と打ちのめされ、そして何故自分が率先しての相手をしているのだろうと密かな疑問を抱く。

その答えは、銀時も神楽もこういった場面ではまったく役に立たないからだ。

あの2人が絡めば、事態は最悪の方向へと間違いなく突き進んで行くに違いない。

背中に哀愁を漂わせ遠い目をする新八を横目でチラリと伺い、は小さく息を吐いて持っていた湯飲みを戻し立ち上がった。

流石のも、激闘を終えた新八に追い討ちを掛けようとは思わない。―――もう既にかなりの追い討ちを掛けているという事実は、この際サラリと流して。

そもそもがここに来た用はもう既に済んでいるのだ。

エリザベスの甲斐甲斐しい介護で体調も戻っているようだし・・・と、座り込んだままの桂を振り返ってはにっこりと微笑んだ。

「さ、それじゃ帰ろうか、小太郎ちゃん」

「うむ、そうだな」

の言葉に立ち上がった桂は、ひとつ頷いてエリザベスを伴い玄関へと向かう。

その後を追うようにパタパタと部屋を横切って・・・―――そうして今もまだげんなりとした表情を浮かべる銀時へ軽く手を振った。

「じゃーね、銀ちゃん」

言うと同時にパタリとふすまが音を立てて閉まる。

「・・・嵐が去った」

そうして漸く訪れた痛いほどの静けさに、新八は安堵からか脱力からか、大きく息を吐いて呟いた。

 

 

夜の歌舞伎町は色とりどりの明かりに照らされ、昼間よりも明るく感じられる。

そんな賑やかな通りを連れ立って歩きながら、は隣を歩く桂を見やり小さく微笑みを浮かべながら首を傾げる。

「小太郎ちゃん。今日の晩御飯は特別にすき焼きにしようか」

突然の申し出に、桂は驚愕に目を見開く。

何もそこまで驚く事ないんじゃないかと思いつつ黙って返事を待っていると、我に返った桂は視線をうろうろと彷徨わせながら反論の為に口を開いた。

「・・・しかしっ!!」

「たまにはいいじゃない。すき焼きの話してたら、私も食べたくなっちゃった」

しかし皆まで言わせず、はサラリとそう言葉を付け加える。

真面目な彼ならばそう言うと思っていた。―――攘夷派・桂ファミリーの台所事情は、それほど明るくはないのだ。

それでもは、たまには贅沢をしてもいいのではないかとも思う。

余計な出費は望むところではないけれど、一食分のすき焼きくらいはの隠しマネーで賄えないわけでもないのだから。

「・・・

「さ、お肉買って帰ろ。安いお肉ならみんなで食べる分くらいは買ってあげられるから」

戸惑い気味に名を呼ぶ桂に、はにっこりと笑みを浮かべながら強引に話を切り上げる。

桂とて、が本当にすき焼きを食べたいと思っているわけではない事は承知していた。

銀時が言っていた通り、には食に対するこだわりがない。―――本当にお腹が満たされればそれでいいのだ。

しかしここで強引に拒否をしても、彼女の心遣いを無にするだけだとも桂には解っていた。

「・・・かたじけない」

だから桂はただ一言、そう言って微笑んでみせた。

 

 

数分後、もう既に閉まっている肉屋の前で立ち尽くす事になるなど彼らは知らない。

そうして強引に店を開けさせようとするを必死で止める羽目になるなど、今の彼らには知る由もなく。

今はまだ隣を歩くエリザベスが嬉しそうにスキップをするのを目の端に映しながら、同じく隣で微笑むと桂は夜の歌舞伎町の人ごみの中に消えていった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最初は軽いノリで始めたこの話が、まさかここまで長くなるなんて・・・!!

本当に短編のつもりで書き始めたので、オチも何もなく申し訳ありません。

なんとなく桂登場の回は何が何でも書かなければ!!・・・という脅迫観念でもあるのでしょうか。(聞くな)

というわけで、次はあのお話。

ちょこっとシリアスで行けそうなので気が楽だったり・・・。(おいおい)

作成日 2007.6.4

更新日 2007.2.1

 

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