響き渡る歓声。

広い闘技場をぐるりと囲むようにある客席は、見渡す限りの人で埋め尽くされている。

人の醜さが具現する場所。―――そうしておそらくは、人の本質をも。

こうしてこの場に立っている自分が言える事ではないが、それでも感じる確かな不快感。

しかしそれを知らなければならない。

光があれば影があり、表があれば裏がある事を。

知らなければならない。

曲がりなりにも国に対して戦いを挑む以上、この国で何が行われているのかを。

「こいつぁ・・・地下闘技場?」

不意に聞こえた覚えのある声に視界を巡らせれば、そこには見慣れた面々の姿。

お世辞にもこんな場所にいるにはふさわしいとはいえない人物と、そうしてそんな青年に連れられている場違いな3人組と。

「・・・まったく。よっぽどの疫病神がついてるのね。こんな事に巻き込まれるなんて」

小さく独りごちて、それでも彼らをそのまま無視する事もなく、小さく苦笑いを浮かべたはそちらへと足先を向けた。

「煉獄関。ここで行われているのは、正真正銘の・・・」

「殺し合いよ」

いつもとは違うトーンでそう切り出した沖田の言葉を次いで、涼やかな声が場に響く。

その声が誰なのかを察した銀時たちが驚いた表情で振り返るのを目にして、はいつもとは違いゆったりと笑みを浮かべる。

「勝者、鬼道丸!!」

勝者を告げる男の声が闘技場に響き渡ったのは、その直後の事だった。

 

言葉にするくらいならで語れ

 

一際高い歓声が響き闘技場に目をやると、そこには倒れた男と今も尚立つ鬼の面を被った男の姿。

おそらくは鬼の面を被ったその男が、鬼道丸なのだろう。―――倒れた男は、遠くから見てももう既に事切れているのが解った。

「賭け試合か・・・」

「こんな時代だ。侍は稼ぎ口を探すのも容易じゃねぇ。命知らずの浪人どもが金欲しさに斬り合いを演じるわけでさぁ。真剣での斬り合いなんざそう拝めるもんじゃねぇ。そこで賭けまで絡むとあっちゃ、そりゃみんな飛びつきますぜ」

「今まで刀しか握ってこなかった侍が今更まともな職に就こうなんて、そう簡単な話じゃないからねぇ。つーか、テメェは安全な場所にいて斬り合いを楽しむなんて随分とご立派な趣味だなぁ、おい。これだから金を持った暇人は始末に負えないわよ」

ポツリと呟いた銀時に平然と返した沖田に続いて、はそう言って鼻で笑い飛ばした。

沖田との言葉は辛辣ではあるけれど、2人の言いたい事を新八は十分に察する事が出来た。

自分もまた、幼い頃から剣しか握ってこなかった人間の一人だ。

道場が潰れ、父親の借金と生活費を稼ぐ為にいろいろなバイトをしてきたけれど、そのすべてが上手くいったとはとても言えない。

他の事を何もして来なかったのだ。―――器用な人間ならともかく、おそらくは大多数の侍は天人の天下と共に苦しい生活を強いられているのだろう。

自分とて、あの時銀時と出逢えなければどうなっていたかは解らない。

そんな事をつらつらと考えていた新八は、ふと浮かんだ疑問に恐る恐る視線を泳がせる。

さらりと登場して何食わぬ顔をして自分の隣にいるけれど、一体はこんなところで何をしていたのだろうか。

まさかとは思うけれど・・・と、躊躇いがちに新八は口を開く。

「っていうか、さんは何でこんなところにいるんですか?まさかとは思いますけど、ここの賭けを楽しみに来たんじゃ・・・」

恐る恐る投げ掛けられた問いに、はきょとんと目を丸くすると、次の瞬間輝くような笑顔で新八の背中をバシバシと叩いて小さく笑みを零す。―――背中を叩かれる力が、普段よりも強いような気がするのは果たして気のせいなのか。

「やだな、もう。いくらなんでも本気の殺し合い見て楽しむほど性根腐ってねぇっていうか悪趣味じゃねぇんだよだいたいこんなの見ても胸糞悪くなるだけで楽しくなんかちっともないじゃない。やっぱり楽しむなら今表でやってるようなやつじゃなきゃ!」

「表でやってるやつって・・・」

「ほら、主婦業に嫌気がさした女と、芸能界人生転落寸前のアイドルがやってるやつ。自分で言うのもなんだけど、女同士の争いって醜いっていうか怖いよねぇ。ま、そこの辺りは男同士もそんなに変わらないだろうけど。でも感情的になってる分、見応えはあるのよねぇ」

しみじみとそう話すに、新八は軽く頬を引き攣らせる。

しかし同じく話を聞いていた沖田は瞳を輝かせ、ガシリとと手を組み合わせて微笑んだ。

「さすがさん、いい趣味してますねィ」

「あんたら根性ひん曲がった見方してんじゃねーよ」

「そんな事ないわよ、新八くん。ないよりあった方がお徳でしょ?曲がってないよりは曲がってる方がいいじゃない

「どんな理屈だ、それぇ!!」

当然とばかりに言い放たれ、新八は自分が今どこにいるのかも忘れて大声で突っ込む。

その傍らで、闘技場を見つめていた神楽がとうとう我慢も限界に達したのか、とがっつり手を握り合う沖田の胸倉を容赦なく掴み上げ怒鳴り声を上げた。

「胸クソ悪いもん見せやがって!寝れなくなったらどーするつもりだ、コノヤロー!!」

「明らかに違法じゃないですか、沖田さん。アンタそれでも役人ですか?」

そんな神楽の物言いに、新八もハッと我に返って沖田へとそう声を掛ける。

の言動にばかり気が行っていたが、今この場所がどういうところなのか・・・そして沖田がどういう立場にある者なのかを思い出す。

真っ先に動き出さなければならないはずの真撰組が、どうしてこの場所で何もせず戦いを静観しているのか。

強く睨み付ける神楽と新八を目に映し、そうして自分の胸倉を掴み上げる神楽の手をあっさりと振り払って、沖田は普段の彼からは想像できないほど真剣な面持ちで話し出した。

「役人だからこそ手が出せねぇ。ここで動く金は莫大だ。残念ながら人の欲ってのは、権力の大きさに比例するもんでさぁ」

「結局のところ、役人って奴は権力を持った奴がいるからこそ存在するものなのよ。真撰組だってその権力を持った人間によって庇護されているんでしょ」

こちらも同じく普段は浮かんでいる笑みを消し、闘技場を見つめながら呟くの言葉に、新八は大きく目を見開いた。

「・・・幕府が絡んでるって事?」

「そりゃそうでしょ。いくらなんでも個人でこんな事してればあっという間に捕まっちゃうわよ。人の上に立つ国の幹部がこんな事黙認してるってんだから、もうほんとにしょうがないわよねぇ。それで攘夷志士を追い掛け回してるんだから、この国の未来も明るいわよね〜

にこやかな声と表情とは裏腹に、その瞳は少しも笑っていない。

どうやらも相当ご立腹のようだ。―――それにしてはこんな場所に自ら足を踏み入れるのだから、やはり彼女は解らないと新八はしみじみそう思う。

けれどが、この闘技場で賭けをする為にここにいるのではないという事だけは解る。

彼女はそんな人間ではないとそれなりに時間を共にしてきた新八は知っている。―――たとえどれほど理不尽な言動を繰り返そうが、彼女はそこまで堕ちてはいない。

そうでなければ、なんだかんだ言いつつも銀時が彼女を受け入れるはずがないのだから。

「ヘタに動けば真撰組も潰されかねないんでね。これだから組織ってやつは面倒でいけねェ。自由なあんたたちが羨ましいや」

そう言って、沖田は銀時をチラリと横目で見ながら軽く笑みを浮かべる。

彼の言いたい事がなんなのか、それが解らない銀時ではない。―――勿論、それを受け入れるかそうでないかは別の話だが。

しかし気になる事がないわけでもない。

ここで銀時は漸くほのかに笑みを浮かべるへ、呆れたような・・・咎めるような眼差しを視線を向けた。

「んで、結局お前は何でこんなとこにいるんだよ」

「ま、ぶっちゃけて言えば情報収集かな」

肩をひょいと上げて簡潔に説明をするに、銀時の眉が軽く上がる。

「・・・こんなところをか?」

「こんなところだから、でしょ。一般人にとってはこういう闇の部分を知るのは命取りだけど、私たちのような人間にとっては知っていて損はないのよ。むしろ知らない方が命取りだわ。国が今何をやっているのか、誰がどう動いているのか、それを知らずに活動するなんて、そこらのテロリストと変わらないもの。私たちがやっているのはただのテロではなく攘夷なの。―――ま、今を生きる一般人にとってはどちらも大差ないだろうけど」

沖田には聞こえないよう小声でそう言って笑ったの表情は、新八が今まで見た事のないものだった。

「ま、銀ちゃんたちはあんまり深く関わらない方がいいよ。どっちにしたって、気分のいい内容じゃないしね」

そう言い残して、は踵を返すと背中越しにひらひらと手を振って人ごみに消えた。

裏には幕府の要人が絡んでいるだろう今回の事件。

沖田からは直接依頼をされたわけではないが、話を聞いて・・・そしてこの場を目撃してしまった以上、何もなかった事に出来るほど彼らは器用でも世渡り上手でもなく。

「・・・どうします、銀さん」

伺うように見上げた新八に、しかし銀時はが去った方をじっと見つめたまま、しばらくその場から動く事はなかった。

 

 

雨が降る。

まるで世界を閉ざすように。

彼らの嘆きを、かき消すように。

ボタボタと傘に落ちる重い雨音を耳に、はまっすぐその光景を見つめた。

まるで重い雨に押しつぶされてしまいそうだと思いながら、降りしきる雨の中で嘆き哀しむ子供たちをずっと。

「テメェ、こんなところで何してやがる」

不意に掛けられた声にゆっくりと振り返れば、そこには傘も差さずに雨に濡れている土方が立っていた。

見れば他の真撰組隊士たちもいる。―――みんな雨に濡れて、揃いの制服の濃い青が重そうだと場違いにもそう思った。

「偶然見つけたの。たまたま、ここを通り掛ったらね」

「偶然だぁ?ばっくれても無駄だぞ。テメェがあそこにいたって事は、総悟の奴から聞いてるからな」

訝しげに眉を寄せる土方に、はやんわりと微笑んでみせる。

「ほんとに偶然だよ。まぁ、こうなる事が予測不能だったわけじゃないけど」

銀時たちがあれからどうしたのかは、は知らない。

沖田の言葉に乗ったのか、それとも見なかったのだと目を閉じたのか。

けれど銀時が前者を選ぶだろうと、かなりの高確率でそうなるだろうと思っていたのも確か。

そうして銀時が行動すれば、鬼道丸と呼ばれた男がこの選択をするだろうとも。―――あの闘技場で見た限り、彼が安穏とその現実を受け入れているようには思えなかったから。

たとえ鬼の面を被っていても、心まで完璧に隠せるわけではない。

何も感じない人間などいないのだ。―――闘技場での戦いを楽しんでいない以上、それを負担に思っている可能性は高かった。

「あいつらにも言ったが、テメェも今回の事すべて忘れろ」

闘技場の真ん中で佇む鬼道丸の姿をぼんやりと思い出していたは、不意に掛けられた鋭い声に無言で顔を上げる。

視線に先には、声と同じような鋭い土方の眼差し。

それに何も答えずじっと見つめ返すと、土方はため息混じりに口を開いた。

「あいつらはいずれ真撰組が潰す。だが今はまだ早ぇ。腐った実は時が経てば自ら地に落ちるもんだ。大体テメェが何をしようがどうこう出来る連中じゃねぇ。下手すりゃウチも潰されかねねーんだよ」

「あれ?本当に全部知ってるんだ。それは沖田くんに聞いたから?それとも真撰組が調べたの?」

土方の物言いに、はからかうようにそう問い掛ける。

きっと沖田は独断で調べていたのだろう。―――事が事だけに、真撰組を使って・・・などとは考え難い。

けれど沖田がそこまで掴んでいる事を、この鬼の副長と言われる土方が知らないはずも無いとも思っていた。

近藤がまっすぐである意味純粋な分、彼が裏の事柄を請け負っているのだろう。―――彼の立ち位置は、自分と似ているところがあるとは思う。

未だに止む気配がない雨は、変わらず傘に重い音を立てる。

それをどこか遠いところで聞きながら、はまっすぐに土方を見つめ返した。

その表情に普段の笑顔はない。―――いつもの彼女らしくない静かな微笑が、その口元に浮かんでいるだけだ。

そうしてどれほどの時間を過ごしたのだろう。

先に根を上げたのは土方の方だった。

「チッ。・・・天導衆って奴ら知ってるか?将軍を傀儡にし、この国をテメー勝手に作り変えてるこの国の実権を事実上握ってる連中だ。近藤さんにだけは言うなよ。あの人に知れたらなりふり構わず無茶しかねねぇ」

「ふふふ、そうね。近藤さんはそんな人よね。その気持ちは解るよ、すごくね」

舌打ちしながらも今回の出来事の詳細を語る土方に小さく笑みを零しながら、はそう同意を示す。

彼女の傍にもいるのだ。―――自分の思想の為には、己の身など省みずに無茶ばかりする人が。

そんな彼を見ていると心配で仕方がない。

だからは言わない。

自分の傍にいるそのまっすぐな心根を持つ人にも。―――そして、土方がそれを危惧するだろう近藤にも。

けれど・・・。

「銀ちゃんのところへ行くんでしょ、土方くん。私も一緒に行くよ」

クルリと踵を返し、土方に背中を向けたままは素っ気無くそう言い放つ。

背後では真撰組隊士たちの現場検分の声と、土方の戸惑ったような気配が・・・―――それを感じ取りゆっくりと振り返れば、何かを言いたげな土方がパクパクと口を開け閉めしながら自分を見つめているのが見えた。

「おい!テメェ、さっき俺が言った事忘れたのか!?この事は忘れろっつっただろ!」

「言われたけど、そんなに簡単に忘れられるほど私記憶力欠如してないんだよね。それに素直に従えるほど、物分りが良くも器用でもないの」

眉間に皺を寄せて睨み付ける土方を真っ向から見返して、は小さく息を吐いた。

彼が自分の身を心配してくれているのだという事は解る。

遠まわしにではあるが、彼はを危険から遠ざけようとしてくれている。

それでもはそれを受け入れる事は出来ないのだ。―――かつて見た光景ととてもよく似たそれを見逃せるほど、は寛容ではない。

たとえそこに倒れているのが見知らぬ男だとしても。

「・・・テメェ」

「さ、行きましょ。土方くん」

小さく唸るようにそう呟いた土方に、はにっこりと微笑みかけた。

 

 

銀時に説明に行くという沖田に当然のごとく着いて行こうと考えていただったが、土方の強い要望に一時真撰組の屯所に身を寄せていた。

しかしそんな沖田を追って決意を秘めた眼差しで飛び出していった子供たちを放っておく事も出来ず、もまた子供たちの後を追って万事屋の階段を上った。

子供たちが何を考えているのかは、手に取るように解る。―――そして、銀時が取るだろう行動も、また。

「ガキどもはうちらの手で引き取り手捜しまさァ。情けねー話ですが、俺たちにはそれくらいしか出来ねーんでね。旦那ァ、妙なもんに巻き込んじまってすいませんでした。この話はこれっきりにしやしょーや。これ以上関わってもロクな事なさそーですし」

階段を上り切った所で聞こえてきたのは、鬼道丸の最後を告げに万事屋へと向かった沖田の声。

彼は彼なりに万事屋の面々を巻き込んでしまったという罪悪感があるのか、殊更楽観的な様子でそう告げる。

しかし次の瞬間、万事屋に駆け込んだ子供たちの姿に気付いた沖田は、困ったような諌めるような声を上げた。

「テメーら、ここに来るなって言ったろィ!」

「に、兄ちゃんに頼めば何でもしてくれるんだよね?何でもしてくれる万事屋なんだよね?」

普段にはない沖田の怒鳴り声にも怯む事無く、子供たちは机に座る銀時の前へと駆け出し懇願するようにそう声を上げる。

「お願い!先生の敵、討ってよぉ!!」

「これ、僕の宝物なんだ。お金はないけど・・・みんなの宝物をあげるから、だからお願い、お兄ちゃん!!」

次々と机の上に乗せられるたくさんの玩具。

それは金銭的価値で言えばガラクタのようなものばかりだった。―――それでも、その玩具が子供たちの一番の宝物である事には変わりない。

「いい加減にしろ。お前らもう帰りな」

机に上に散らばった玩具を一瞥し、沖田が低い声でそう言い放つ。

今回の事は、万事屋の者たちにはなんら関わりのない事だ。

しかしそれに関わらせるような事をしたのは、間違いなく自分なのだ。

必死な子供たちに必死な様子で懇願され、銀時たちがそれをなんとも思わない人間だとは思っていない。―――もしそう思っているのなら、最初から話を持ちかけたりはしないのだから。

だからこそ沖田は思う。―――これ以上、彼らに負担を掛けさせるべきではないと。

しかし沖田の制止も無視し、子供たちは続ける。

その表情を曇らせて・・・何かを悟った、そんな表情で。

「・・・僕知ってるよ。先生、僕たちの知らないところで悪い事やってたんだろ?だから死んじゃったんだよね?だけどね、僕たちにとっては大好きな父ちゃん・・・立派な父ちゃんだったんだよ!!」

それは子供たちの心からの声。

確かに鬼道丸は人を斬った。

自分がそうしたように、自分もまたその道を辿る事を彼は覚悟していたはずだ。

それは銀時にも十分に解っている。

それでも・・・。

「おい、ガキ!これ今流行のドッキリマンシールじゃねぇか!」

机に上に乗っていた一枚のシールを手に取り、銀時は驚いたように声を上げる。

「そーだよ、レアものだよ。何でお兄ちゃん知ってるの?」

「何でってお前・・・俺も集めてんだ、ドッキリマンシール。こいつの為なら何でもやるぜ。後で返せっつっても遅ぇからな」

食いついてきた子供へニヤリと笑みを向けて、銀時はそう言い放った。

それでも、心から子供たちを愛し守ろうとした男と、そしてそんな男を父親を慕うこの子供たちの心が報われる事があってもいいんじゃないかと、そう思うのだ。

「兄ちゃん!!」

子供たちの歓声が上がる。

それを扉の外で聞いていたは、小さく苦笑を漏らして部屋の中へと足を踏み入れた。

「銀ちゃんがドッキリマンシール集めてたなんて初耳だね」

「酔狂な奴だと思ってたが、ここまで来るとバカだな。小物1人歯向かったところで潰せる連中じゃねぇと言ったはずだ」

に続いて、土方もまた部屋の中へと姿を現す。

突然乱入してきた2人を認めた銀時は、大きくため息を吐いて。

「おいおい、どいつもこいつも人ん家にズカズカ入って来やがって。テメーらにゃ迷惑かけねぇよ、どけ」

扉の前へ立ちはだかるように立つ土方に向かい嫌そうに表情を歪め、押しのけるようにして部屋を出て行こうとする。

しかし土方も素直に通す気はないらしい。―――わざと道を阻み、すぐそばに立つ銀時へ鋭い視線を投げ掛けた。

「別にテメーが死のうが構わんが、ただ解さねぇ。わざわざ死にに行くってのか?」

「・・・行かなくても俺ァ死ぬんだよ。俺にはなぁ、心臓より大事な器官があるんだよ。そいつぁ見えねぇが、確かに俺のどタマから股間ぶち抜いて俺の中に存在する。そいつがあるから俺ァまっすぐ立ってられる。ふらふらしてもまっすぐ歩いていける。ここで立ち止まったらそいつが折れちまうのさ。魂が、折れちまうんだよ」

いつものようにダルそうに・・・―――けれどしっかりとした意思を宿した眼差しでそう返し、銀時はやれやれとでも言いたげに再び息を吐く。

「心臓が止まるなんて事より、俺にしたらそっちの方が一大事でね。こいつァ老いぼれて腰曲がっちまってもまっすぐじゃなきゃいけねー」

「己の美学の為に死ぬってか?・・・とんだロマンティズムだ」

呆れたように小さく笑って・・・それでも納得したのか、それとも説得を諦めたのか、土方は扉を潜る銀時をそのままに部屋の中に視線を戻す。

すると新八と神楽もひとつ玩具を手に取り、同じくやる気に満ちた眼差しで銀時の後を追うように部屋を飛び出した。

それを見送り、土方はやるせないような悔しいような想いを抱きながら大きくタバコの煙を吐き出す。

こういう展開になるかもしれないとは思っていた。

自分とて、煉獄関をそのまま放置しておくつもりなど毛頭ない。

ただ行動を起こすには、それ相応の準備が必要なのだ。―――真撰組に・・・そして近藤に害が及ばないためには。

シンと静まり返った室内に、コツコツと小さく靴音が響く。

何事だと視線を下げていた土方が顔を上げると、そこには机の上の玩具を手で弄びながら小さく微笑むの姿があった。

「・・・へぇ〜。これ懐かし〜。それじゃ私はこれを貰おうかな」

「・・・テメェもか」

その中のひとつを手に取りそう呟くに、土方は呆れたようにそう返す。

ここに来た時点で、もまたその結論を下すかもしれないという事は予測できていた。

しかしどうして一般人であるはずの彼女が、そこまで関わろうとするのかが土方には解らない。

あの真撰組屯所幽霊騒ぎで垣間見たの予想外の強さも謎なら、単身で煉獄関にいたという事実もまた謎だ。

彼女は一体何の目的であの場所にいたのか。―――そうして今また何を思い、鬼道丸の敵討ちに手を貸そうとするのか。

そんな土方を見返して、はなんでもないかのようににっこりと微笑む。

「私はね、魂だとか信念だとか、そんな事を言うつもりはないの」

「じゃあ、テメェは何の為に死ぬつもりだ?」

「嫌ね、土方くん。私は死ぬつもりなんて蟻の爪先ほどもないわよ。私にはまだまだやらなきゃいけない事がたくさんあるしね。―――だけど・・・」

訝しげな表情を浮かべる土方に向かいそう告げ、そうして言葉を切ったは窓の外へと視線を向ける。

未だ雨は降り続けたまま。

けれどその雨が、先ほどよりも優しく感じられるのは何故なのだろうか。

「・・・・・・?」

更に眉間に皴を寄せて先を促す土方を見やり、は浮かべていた笑みを更に深くし、鈴が鳴るような声で笑みを零した。

「私はね、私の逆鱗に触れたヴァカ共をみすみす見逃してやるほど寛大じゃないの。この私をここまで不快にさせたんだから、それ相応の覚悟はしてもらわなきゃね

「・・・ちょっと待て」

「なによ、土方くん。これ以上つべこべ偉そうに説教たれるつもりなら、こっちも容赦なく実力行使で通させてもらうけどなにか?

バキバキと拳を鳴らしてにっこりと微笑むに、土方は瞬時に頬を引き攣らせた。

この女は本当にやるつもりだ・・・と、その様子から確信する。

今まで彼女と関わってきて・・・そうして彼女の行動を思い出して、土方は呆れたように苦笑を零した。―――もしかすると、それは安堵に似ていたのかもしれない。

「・・・ったく、物騒な事言ってんじゃねーよ」

「行動から顔つきまで物騒な土方くんに言われたくないんですけど」

憮然とした表情で立つの元へ歩み寄り、自分よりも幾分も小さい彼女の頭を軽く叩いて。

いつもならば問答無用で振り払われそうな自分の手がそのままである事にもう一度小さく笑みを漏らしてから、咥えていたタバコを床に落として踏み潰した。

「何も真正面から行くだけが策じゃねーだろ。その無駄に有り余った体力は温存しとけ。こうなったらあのバカに便乗してやるぞ」

そう言って踵を返す土方を見つめて、は小さく首を傾げる。

「・・・土方くん?」

「おら、行くぞ」

そんなを肩越しに振り返って、土方はニヤリと口角を上げた。

何よりも真撰組を・・・そして近藤を大切に思っている土方が、まさかこんな思い切った行動に出るとは思ってもいなかったけれど。

早く来いと声を掛ける土方に、誰に向かって口聞いてんだ、あぁ!?と可愛らしい声色で返してから、はまだ降り続ける細かい雨の中を先を行く土方を追いかけて駆ける。

そうして漸く隣に追いついた頃、にっこりと笑ってこう言った。

「任せて。暴れるのは得意中の得意だから

そうだろうな、という土方の呟きに、の口から笑みが零れた。

 

 

と土方、そして真撰組隊士たちが煉獄関に着いた頃には、もう騒ぎは始まっていた。

名乗りを上げて戦いを始めた銀時・新八・神楽。

その中で銀時が相手にしている男は、他の者とは比べ物にならないほどにいい腕をしている事が見ただけで解る。

銀時が負けるとはも思っていないが、長く戦いから離れていた銀時には少々厄介な相手かもしれない・・・とも。

「て、テメェら・・・こんな事してただで済むと思ってるのか?俺たちのバックに誰がいるか知らねーのか!?」

銀時と向かい合った男が忌々しそうに言い放つ。

「さぁ、検討もつかねーや。・・・一体、誰でィ?」

「なっ!?こいつは・・・!!」

不意に響いた声に振り返った男の視界に映ったのは、バズーカーを構えて不敵に笑む沖田。

思わぬ者の登場に男が驚きに襲われるその前に、再びその場にからかうような声が響いた。

「お前らの後ろに誰がいるって?―――僕たち、真撰組だよ〜」

「あらら、おっかない人がついてるんだねィ」

土方と沖田の軽いやり取りに、真撰組の隊士たちが闘技場内に姿を現す。

すっかり真撰組に支配された闘技場のその中で、1人場違いと思えるほど浮いた存在であったがくすくすと鈴が鳴るような声で笑みを零した。

「ふふふ、腕が鳴るわ〜。最近ストレス溜まってたのよねぇ

言いながら腕を回し、そして首を鳴らして、はグルリと闘技場内を見回す。

「ま、メインは銀ちゃんに譲ってあげるとして・・・。さぁてと、こんなに数がいるんだから、ここは普段は出来ない薬の実験体になってもらおうかな〜。それともストレス解消の為にはガチンコでぶっ飛ばした方がいい?何ならこの際闘技場ごと爆弾で吹き飛ばすなんてどうかなきっとすっきりすると思うんだよね〜

至極楽しそうにくすくすと笑いながら、がまっすぐに男を見据える。

しかし口調とは違い、その瞳が剣呑な光を宿している事に、果たしてこの場にいる何人が気付いただろう。

「テメェ・・・ふざけんな!!」

「・・・ふざけてるのはそっちでしょ?この心の広〜い私をここまで不愉快にさせたんだから、そう簡単に楽になれると思わないでよ?」

そう言って近くにいた隊士から強引に刀を奪うと、その切っ先を目の前に立つ男へと向ける。

鬼道丸が死んだ事。―――それはきっと本当に、自業自得なのだろう。

子供を育てる為、生きていく為と言葉を並べても、彼のした事は帳消しにはならない。

彼もまた、己のした事に対する罰を受ける時が来たに過ぎないのかもしれない。

けれど・・・。

身寄りのない子供たちを立派に育てたいという彼の想いは、きっととても尊いものなのだ。

そしてこの煉獄関を主催する者たちは、そんな彼の心の隙間に付け込んだ。

今まで刀しか握ってこなかった侍が、自分1人を養うのにも苦労する時代。―――その他大勢の子供を抱えている彼の取る道は、きっとこれしかなかったのだろう。

鬼道丸の最後に同情をするつもりは、にはなかった。

それを哀しむことも。

では自分が何をしたいのかと問われれば、それはにも解らない。

ただ・・・彼らのした事が、自分の逆鱗に触れたのだとは思う。

ほんの一時の楽しみの為に・・・くだらないお遊びの為に、今を必死に生きている人間の命をいとも簡単に捨てた彼らの行動、思い、そのすべてが。

軽い音を立てて刀の鍔がなる。

手に馴染む懐かしい感覚、慣れた重み、光を反射する刀身。

それらが自分の神経を研ぎ澄ませて行くのが解る。

かつての記憶が・・・―――蘇る。

「・・・おいっ!」

不意に肩を捕まれ振り向かされ、はチラリと背後を見やった。

そこには盛大に眉間に皴を寄せた土方の鋭い眼差し。

それを横目に認めて、は酷く緩慢な動作で振り返る。

「なに、土方くん」

「・・・っ!」

の口から紡がれる、今まで聞いた事がないほど冷たい響きに、土方の背に悪寒が走り抜けた。

これは誰だ、と自問する。

これは本当に、自分が知るなのか・・・と。

思わず硬直した土方を感情の見えない眼差しで見つめていたは、不意に響いた大きな物音に素早く視線を向けた。

そこには怪我をしながらも立つ銀時の姿と、そうして銀時の手によって吹き飛ばされた大きな天人の姿。

それをぼんやりと眺めていたは、軽く息を吐き出して握っていた刀を地面へ突き刺した。

「あぁ、もう終わっちゃったみたいね。もう、銀ちゃんってばまた怪我して・・・。相変わらず無茶するっていうか、懲りないっていうか・・・」

そうしてまるで一仕事終わったばかりだとでも言いたげに手を払い肩を竦めるに、土方は眉間の皴もそのままにもう一度声を掛けた。

「・・・おい」

「どうしたの、土方くん?」

土方の呼び声に、は再び振り返った。

きょとんとした表情で険しい表情の土方を見上げる。―――小さく首を傾げて、何かあったの?とでも言いたそうな様子で。

このは、いつものだ。

自分が知る・・・無駄に可愛らしくて、悪質なほど口が悪くて、人をからかうのが好きで、余計な行動をしては悪化した状況を笑顔で楽しんで・・・それでも意外におせっかい焼きだったりする・・・。

「・・・いや、なんでもねぇ」

数秒口を開け閉めして言葉を捜していた土方は、それでも何も言わずに険しい表情のままそっぽを向いてそう呟いた。

今見たものが現実であったのかどうかが、断言できない。

見間違いだったのかもしれない。―――ただ、光の加減でそう見えただけなのかも。

本当はそうではない事を土方は知っている。―――それでも・・・。

「・・・変な土方くん」

そっぽを向いて不貞腐れたように地面を睨み付ける土方を見て、は何事もなかったかのようにそう呟き苦笑を漏らした。

 

 

「結局、一番デカイ魚は逃がしちまったよーで」

後始末を真撰組隊士たちに任せて、銀時たちは煉獄関を後にした。

ぶらぶらと歩いた先で立ち止まった橋の中ほどで、銀時はいつものやる気の感じられない声色でそう呟き、そうして先を歩く土方と沖田を睨み付ける。

「悪い奴ほどよく眠るとはよく言ったもんで・・・ついでにお前も眠ってくれや、人のこと散々利用してくれやがってよ」

「だから助けに来てあげたじゃないですか。ねぇ、土方さん」

恨みの篭った眼差しを向けそういう銀時に、しかし沖田は気にした様子もなく飄々とそう言ってのける。

しかし話を振られた土方は、やはり不機嫌そうな面持ちで振り返った。

「知らん。てめーらなんざ助けに来た覚えはねぇ」

「そうよねぇ。土方くんは銀ちゃんたちに便乗して良いとこ取りしようとしただけだもんね〜」

「ウルセェ!!」

うっかりどころか確信犯で本音を暴露するを怒声と共に睨みつけて、そうして土方は改めて銀時たちと向き合いキッパリと言い放つ。

「だが、もし今回の事で真撰組に火の粉が降りかかったらテメェらのせいだ。全員切腹だから」

「え!?」

思ってもいなかった土方の言動に、万事屋の面々は一歩引いて声を上げた。

「ムリムリ!あんなん相当ノリノリの時じゃないと無理だから!!」

っていうかノリノリなら出来んのかよ

ものすごい勢いで手と首を横に振って否定する銀時に、笑顔を振りまいたままがそう突っ込む。

そもそも切腹などノリでするものではない。

「心配いりやせんぜ。俺が介錯してあげまさァ。チャイナ、テメーの時は手元が狂うかもしれねーが」

「コイツ絶対私のこと好きアルよ。ウゼー」

そう話を振った沖田に、神楽は嫌そうに表情を歪めて睨み付ける。

そんな沖田をチラリと見て、土方は付け加えるように呟いた。

「総悟、言っとくけどテメーもだぞ」

「マジでか」

「それじゃ、沖田くんの時は私が介錯してあげるね。こう見えても結構上手なんだから」

思ってもいなかった土方の発言に目を丸くする沖田に向かい、にっこりと微笑んでそう付け加える。―――上手とか下手だとかいう問題じゃねーだろという銀時の小さな呟きは、またもや付け加えられた土方のセリフに掻き消された。

「何言ってやがる。テメーもだ」

素っ気無く告げられたその言葉に、はきょとんと目を丸くして・・・―――しかし次の瞬間、それはそれは恐ろしいほど綺麗な笑みをその顔に浮かべて、口元に手を当てくすくすと笑みを零した。

「いやだ、土方くんってば。何で私までそんな事しなきゃなんねーんだよ。するわきゃねーだろ

「テメーな・・・」

相変わらず表情と言動が一ミリたりとも合っていない。

それでもそんなの態度にどこか安堵する自分がいて、土方は呆れたように呟くとバツが悪そうに橋の下へと視線を向けた。

先ほどまでの雨が嘘のようにさらさらと微かな音を立てて流れていく川の水は、どこまでも澄んでいて。

この世界がこの水のように澄んだものであればどれほど良かったのだろうと、いつになく感傷的になっている自分に気付いて土方は自嘲の笑みを漏らす。

「ねぇ、土方くん」

「・・・なんだよ」

不意に声を掛けられて視線を上げれば、そこには先ほどまでの人をからかうような笑みを消したの顔があった。

それはいつもの彼女の顔ではない。―――先ほど闘技場で見たの表情とも違う。

声を掛けたのにも関わらず遠くの空を見つめるの表情は、どこか憂いを帯びていて酷く悲しげに見えた。

「煉獄関という場所の存在を、街の秩序を守るための真撰組でさえ正す事は出来ない。それはあなたたちの上にいる者がそれに手を染めているからよ。幕府を牛耳っているという天導衆には、たとえ国家機関といえども逆らえない。―――じゃあ、後に続くかも知れないあの哀れな鬼の後継者たちは、一体誰に助けを求めればいいの?」

静かな声で語られる残酷な現実に、土方は返事を返す事が出来なかった。

沈黙を続ける土方へと漸く視線を向け、は無表情のまま続ける。

「一体誰がこの国を正してくれるの?」

「・・・・・・」

の問いに、何一つ答える事が出来なかった。

無言で睨み付けるように自分を見る土方を見やって、は僅かに口角を上げる。

誰が、この国を正すのか。

それが幕府仕えとなっている真撰組でも・・・そして幕府自身でもないのなら、それを行うのは・・・。

は咽元まで出かかった言葉を飲み込み、真剣な表情で自分を見つめる土方ににっこりと笑いかける。

言うつもりはない。

自分の行いを正当化するつもりもない。―――ただ、自分がそれを望むだけだ。

突然普段どおりの様子を取り戻したを訝しげに見る土方に背中を向けて、もう一度くすくすと笑みを零して。

「・・・なぁんてね。あ〜、今日は良い汗かいた。こんな日は景気良く一杯と行きたいところだけど・・・付き合わない、土方くん」

肩越しに振り返って悪戯っぽく微笑めば、真剣な表情から呆れたそれへと変化した土方の表情が、楽観的なそれへと変わる。

「ま、たまにはいいか」

得られた同意に珍しく何の含みもない笑顔で返して、はクルリと土方へと振り返る。

ふわり、と着物の裾が風に踊った。

「言っとくけど、先に潰れた方の奢りだからね」

「はっ!いい度胸だ。俺様に勝てると思ってんのか?」

「ふふふ、じゃあ決定。後で吠え面かくなよ、マヨラー

お互い挑むように視線を交わして、今もまだ騒ぐ銀時たちを引きずり暮れかけた街をまた歩き出す。

今はまだ、何も知らぬ振りをしながら。

目を瞑り、耳を塞いでも、知らなかった事になど出来はしなくとも。

それでも醜い世界ばかりではない。

この世界には、確かに綺麗なものもあるのだと、そう願いながら。

「銀ちゃ〜ん!土方くんがご飯奢ってくれるんだって〜!!」

「え、マジで!?」

「へぇ〜。土方さんもやるときゃやるんですねィ」

「コラァ!テメェ、勝手な事言ってんじゃねー!!」

一行のはしゃぐ声が、街の喧騒に紛れていく。

辺りを照らす夕日は、どこまでも優しい色をしていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい。今回はちょっぴりシリアス風味で。

やっぱりこういう話の方が書きやすいですよね。ギャグは難しいと改めて実感しました。

とか言いつつ、これからちょ〜っとシリアス風味が続いちゃいそうな気配もあるのですが。

だってねぇ・・・ほら。(なんだ)

桂一派(?)のヒロインとしては避けられないあの事件(?)が控えてますから。

どうせまたぐだぐだと考え込んでは泥沼に沈んでいくだけなんでしょうけどね。(笑)

作成日 2007.6.7

更新日 2008.2.22

 

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