はっぴを着て、鉢巻を巻いて、看板を持って街角に立つ。

そんな桂の姿を見やり、そうしてその後ろに立つエリザベスへと視線を移して、は盛大にため息を吐き出した。

あのオカマバーでのバイト以来、どうやら桂はバイトに目覚めてしまったらしい。

よりにもよって、スナックの呼び込みなどというある意味目立つバイトを何故選ぶのか。

そこら辺の感性はいまいち理解できないが、今時事情も素性も隠したままバイトできるところなど限られているのかもしれない。

そうは思っていても、やめろとも言えずに付き添っている辺り、自分にどうこう言える問題ではないのかもしれないとも思うが・・・。

「・・・あれ?」

既に慣れてしまった呼び込みの最中、人ごみの中に見知った顔を見つけては小さく首を傾げた。

「ねぇねぇ、小太郎ちゃん。あれって銀ちゃんたちだよね」

「む?ああ、そうだな。あいつら、こんなところで何をしているんだ?」

それこそテメーに言われたくねーよと反論が返ってきそうだと思いつつ、はゆっくりとこちらへと歩いて来る3人を見て訝しげに眉を寄せる。

何か・・・いつもとは雰囲気が違う気がするのだけれど・・・。

「あ、さんに桂さん。ちょうどいいところに・・・」

そうして漸く街角で呼び込みをする2人に気付いた新八の声に導かれるように、銀時がゆっくりと顔を上げる。

そんな銀時の様子に、の眉間の皴は更に深まる。

何かが違う。―――決定的な、何かが。

「・・・どうしたの?なんだか様子が可笑しいけど」

自分たちの前で立ち止まった3人を見やり、は小さく首を傾げながらそう問い掛ける。

「実は・・・記憶喪失になっちゃったんですよ、銀さん」

「・・・は?」

返ってきた言葉は、予想だにしないものだった。

 

忘れるも忘れないもそれぞれ

 

「え、なに?記憶喪失?」

目の前で真剣な表情を浮かべる新八を見据えて、は心持ち頬を引き攣らせながら確認の為にそう問いかけた。

記憶喪失なんて漫画やドラマの中だけに存在する都合のいい現象だとばかり思っていたは、突然自分の前に降ってきた現実に一瞬言葉に詰まる。

しかし新八と神楽の表情が・・・そして目の前にいる当の本人である銀時の様子がいつもと違う事を差し引けば、おそらくそれは真実なのだろう。

さっき感じた微かな違和感の原因はこれだったのか・・・と妙に納得していると、桂が驚きと困惑が入り混じった面持ちで銀時の肩へと掴みかかった。

「それは本当か。何があったか詳しく教えろ、銀時」

「だから記憶がないって言ってるでしょーが。―――てか、桂さんもさんも何やってるんですか?」

相変わらず真面目な顔をして素でボケる桂をさらりと流して、新八は改めて桂とを見やる。

はっぴを着て、鉢巻を巻いて、看板を持って・・・―――そこはかとなくというかかなり怪しい格好だ。

勿論そんな格好をしているのは桂だけで、はいつもと変わりなかったけれど。

「え、これ?バイトだよ、バイト。小太郎ちゃんがバイトに目覚めちゃってさ。でも1人で放置しておくのってものすごく危険でしょ?だから私は付き添いなの」

まったく悪意の感じられない笑顔でキッパリと辛辣に言い捨てるに、新八は僅かに頬を引き攣らせた。

しかし当の本人である桂は何の反論もないのか、異議を申し立てるでもなく肯定するでもなく、さらりとそのまま言葉を続ける。

「国を救うにも何をするにも、まず金がいると言うことさ。―――そこのお兄さーん、ちょっと寄ってって。可愛い子いっぱいいるよー」

話の途中で傍を通りかかる男にそう声を掛ける姿は、すっかりと呼び込みが板についているように見える。

これがあの攘夷派筆頭の桂小太郎の姿かと、同志が見れば嘆く事間違いないだろう。

そして桂が呼び止めた男が桂の隣に立つに声を掛けるのも、もはや日常らしい。

「え、私?やだー、私は違いますよ〜。つーかつべこべ言わずに寄ってけよ、オッサン

いやらしそうな顔でを見つめ声を掛ける男の首を問答無用で掴み上げ、素晴らしいまでの笑顔と毒舌を披露する。

「どんな勧誘の仕方してんですか」

ほぼすべてが呆れで構成された表情と声色でそう突っ込みを入れるが、らしいといえばらしい勧誘の仕方だ。

この2人の絶妙なコンビネーションで、きっとこの店は客で賑わっているのだろう。

勧誘の仕方に問題がないとはとても言えないが、経営者としてはありがたい事には違いない。―――最も、そう思う時点で彼も十分に2人に馴染んできているという証拠なのだけれど。

そうして偶然通りかかった男を店の中に誘導した桂は、何か思いついたとでもいうように表情を明るくし、その場にぼんやりと立つ銀時へと振り返った。

「そうだ、銀時。お前も寄っていけ。綺麗な姉ちゃんいっぱいだぞ。嫌な事なんか忘れられるぞ」

「これ以上なにを忘れさせるつもりですか!あんたら本当、友達!?」

寧ろ忘れさせる前に思い出させてくださいよと声を上げると、にこやかな笑顔を浮かべたまま、はくすくすと笑みを零して。

「何言ってるの、新八くん。私たちの事が解らないくらい忘れちゃったんなら、もういっその事ぜ〜んぶ忘れちゃった方がすっきりするわよ何事も中途半端は良くないからね

「そういう問題ですかっ!!」

言っている事のすべてが間違っているわけではないが、言葉の使用法が明らかに間違っている。

もう何がなんだかわからないと心の中で叫びつつも精一杯突っ込みを入れた新八だったが、しかし今の今まで蚊帳の外で状況を見ていた銀時がふらりと動いた。

もしかして何か思い出したのだろうかと視線を向けるが、しかし銀時の雰囲気は記憶を失った時と何ひとつ変わらないまま。―――しかししっかりとした目的を持って踏み出された足の向かう先には・・・。

「なにか思い出せそうな気がする。・・・行ってみよ」

「バカー!!」

しっかりと桂との口車に乗り入店しようとする銀時の頭部に、新八の渾身の一撃が炸裂した。

心配している自分たちを何だと思っているんだと更に怒鳴りつけようとしたその時、新八の蹴りをモロに食らって地面を転がった銀時が、むくりと身体を起こし頭を抱え込む。

「あ!今のでなにか来た。なにかここまで来てる!」

「本当か!思い出せ、銀時!お前は俺の舎弟として日々こき使われていたんだ」

「そうよ、銀ちゃん。銀ちゃんは私の下僕として日々手足となって働いたり、新薬の実験にその身を捧げたりしてくれてたのよ

「おいー!記憶勝手に改ざんするなー!!」

友達が記憶喪失だというのに、それに便乗して好き勝手やりたい放題の桂とに、新八の鋭い突っ込みが飛ぶ。

もっとも、それくらいの事で怯むような相手ではなかったけれど。

しかしここで忘れてはいけない。―――2人以外にも立派なトラブルメーカーがいたという事に。

「ごわぁっ!!」

「どの辺アルか!?どの辺叩かれたら記憶が刺激された?ここアルか?ここか?」

比較的おとなしくたちのやり取りを見ていた神楽が、この機を逃すかとばかりに銀時の頭部に一撃を食らわせる。

彼女なりに銀時の記憶を取り戻させようと頑張っているのだろうが、やり方に多大な問題がある事は否めない。

そして新八にしっかりとトラブルメーカーだと認識されている桂との2人も、その機を逃すような相手ではなかった。

「いやー、この辺だろう。この辺りか?」

「いやいや、この辺じゃない?この辺がそれっぽいよ」

「あーあー、もうやめてよ!」

何か恨みでもあるのか・・・神楽に便乗して銀時を袋叩きにする桂とに、新八はもう泣きたいような心境で必死に止めに入る。

しかしどうやら天は彼を見放しているらしい。―――もうひとつの騒動の種が、今まさにそこにある事に彼はまだ気付いていなかった。

大騒ぎをする面々を取り囲む野次馬の向こう側に、滑るように止まる車が一台。

それは誰の目にも明らかなほど身分証明がされている、いわゆる真撰組所有のパトカーだった。

そうしてそこに乗り合わせているメンバーこそ、また桂ととは違った意味ではあるがトラブルメーカーだった事が災いだった。―――誰にとっての災いかは、この際さておき。

「ん〜?なんの騒ぎだ?喧嘩かぁ!?久しぶりにやるか?―――ん、ありゃ・・・桂ぁ!!」

一番に騒ぎを収めなければならないはずの真撰組副長である土方自らが、何故かやる気満々でパトカーから顔を出す。―――そうしてそこにいた指名手配犯である桂を見咎め、彼の眼孔が最大にまで見開かれたのを確認して、運転席に座っていた沖田が何の躊躇いもなくアクセルを踏み込んだ。

普段はチームワークという言葉からかけ離れているこの2人も、こういう時の連係プレーだけは優れている。

「どわぁっ!!」

「・・・やったか」

突入してくるパトカーに恐怖を抱いた野次馬たちがちりじりに逃げる中、逃げ遅れた銀時らを吹き飛ばす勢いでパトカーが突っ込んでくる。

もうもうと上がる土煙と崩れ落ちる瓦礫を見てニヤリと口角を上げた土方だったが、あれ?という沖田の不思議そうな声にぐるりと視線をそちらへと向けた。

「こんな荷物ありましたっけ?」

運転席と助手席の間にポツリと転がっている丸い物体を前に暢気な様子で呟く沖田に、土方は盛大に頬を引き攣らせる。

「・・・総悟、逃げるぞ」

引き攣ったままでそう切り出すが、しかし時は既に遅かった。

土方と沖田がパトカーから逃げ出すその前に、その丸い物体はまるで2人をあざ笑うかのようにその威力を発揮した。

耳を劈くような爆音を響かせながらパトカーを吹き飛ばしたお手製の爆弾の威力を前に、はなかなかの出来だとご満悦だ。

そうして見事土方らの攻撃を避け、なおかつ反撃をしてのけた桂は、吹き飛ぶパトカーを尻目に不敵に笑む。

「ふん、芋侍が・・・。家でちゃんばらゴッコでもしているがいい」

「いやー、今日は付き合ってもらうぜぇ、桂ぁ!」

しかしそんな事でやられるほど、土方も沖田も柔ではなかった。

すっかりと爆発に巻き込まれて黒焦げになりながらも、抜き身の刀を下げて爆走してくる2人を見て、桂は満足そうに微笑む。

「ふん、やるな。―――逃げるぞ、エリザベス」

「がんばってね、小太郎ちゃん!」

「待てぇー!桂ぁぁ!!」

そうして今日もまた逃亡を続ける桂とその後を追う2人を人事のように眺め、声援を送って見送ったは、くすくすと楽しげに笑みを零しながら漸く新八らの方へと振り返った。

「行っちゃった。土方くんも沖田くんも元気だよね〜」

まるで何事もなかったかのように綺麗に微笑むに、新八は真の恐ろしさを見た気がした。

しかしそんな新八とは反対に、パトカーに跳ね飛ばされ痛みに悶絶していた銀時はムクリと起き上がり、目の前で微笑むを見上げて訝しげに首を傾げる。

「あの・・・!貴女も僕の知り合いなんですか?」

いつもとは違う綺麗な瞳で見上げる銀時に、はほんの少しだけ目を細める。

ここにいる銀時は、銀時であって銀時ではないのだ。

すべての記憶を失った彼は今まさに生まれたばかりの赤ん坊のように真っ白で・・・。

「一体どういう知り合いなんでしょうか?さっき言っていた事は・・・ぐおっ!!」

「ちょ!いきなり何するんですか、さん!!」

尚も言い募る銀時をまっすぐ見下ろしていたは、にっこりと可愛らしく微笑むと何の前触れもなく銀時に向かい拳を突き出した。―――それは見事なほど腹に決まり、あまりの痛さに蹲る銀時を認めて新八は反射的に突っ込みを入れる。

しかしは悪びれた様子もなく、ケロリとした面持ちでにっこりと微笑むと、頬に手を当て困ったように首を傾げた。

「だ〜って、銀ちゃんが自分の事『僕』なんて言うんだもん。あんまりにも気色悪くて条件反射でつい手が出ちゃった

「つい、じゃないですよ!ついじゃ!!」

何とか痛みを乗り越えて起き上がる銀時を横目に、新八はケロリとした表情で微笑むに渾身の突っ込みを入れた。

「銀ちゃ〜ん。まだ何も思い出さないアルか〜?」

ぼんやりと立つ銀時の身体を強引に揺さぶりながら、神楽が悲しそうな声を上げる。

それを横目に窺いつつ、はやんわりと笑みを浮かべて問い掛けた。

「ねぇ、新八くん、神楽ちゃん。どうして記憶を取り戻させようとするの?」

あまりに思っても見なかったの言葉に、思わず絶句する新八と神楽。

それに変わらず笑みを向けて、は土方たちが突っ込んできたせいで吹き飛んでしまった看板を拾い上げ、それを壁に立てかけてから改めて振り返った。

その仕草に焦りも哀しみも見えず、あまりにいつも通りのの様子に新八は愕然とした面持ちで立ち尽くす。

どうして、は自分たちと同じように絶望に襲われないのだろうか。

銀時はすべてを・・・自分たちの事も、自分たちと過ごした日々も、すべて忘れてしまったというのに。

そんな新八の心が読めたのか、それでもは何事もなかったかのように小さく首を傾げ柔らかな笑みを称えながら口を開いた。

「私が言うのもなんだけど、銀ちゃんの過去の記憶って楽しい事ばかりじゃないよ。それでも2人は何が何でも思い出して欲しいの?」

「だけど、このままじゃ銀さんは・・・っ!!」

「確かに忘れて良い事ではないと思う。そんなに軽く扱えるものじゃないわ。でもね、銀ちゃんは忘れたくて忘れたんじゃなくて、事故で忘れちゃったんでしょ?言っちゃえば不可抗力なんだから、それならそのままでもいいんじゃないかな?その方が、銀ちゃんにとっても幸せかもしれないよ」

「そんな・・・」

突き放すようなの言葉に、新八も神楽も言葉もなく立ち尽くす。

確かにの言う事も尤もかもしれない。―――けれど、だからといってそう簡単に割り切れる事ではないはずだ。

少なくとも自分たちはそうだったし、だからもそうだと思っていた。

面倒な事も、大変な事も、厄介な事もたくさんあったけれど。

それでも銀時と過ごした時間は、自分たちにとってはかけがえのないものだったから。

はそうではないのだろうか?―――忘れたらそれまでなんて、本気でそんな事を思っているのだろうか?

「自分たちの事を忘れられて悲しいなら、また一から始めればいいよ。記憶を無くしても、銀ちゃんは銀ちゃんだもの」

「・・・は悲しくないアルか?銀ちゃんに忘れられてなんとも思わないアルか?」

縋るようにそう言葉を続けた神楽に、しかしはただいつもと変わらない綺麗な笑みをその顔に浮かべて。

「実際問題として、私の事を忘れたなんていう銀ちゃんには悲しみという名の八つ当たりを思う存分ぶつけても足りないくらいムカっ腹立つけど、私も銀ちゃんの平穏を想って彼との関係を一から始める事にするわ。もうこうなったら徹底的に骨の髄まで私の下僕だって事を叩き込んで、二度と私に逆らえないようにしっかりと調教しなきゃ!

「あなたって人は・・・!」

のとんでもない発言に堪りかねたように拳を振るわせる新八を他所に、は何がなにやら解っていない銀時の前に立つと、その白い手を音もなく差し出した。

「こんにちは。一応顔見知りだけど銀ちゃんにとっては初めましてだよね。私は銀ちゃんのご主人様よ

「おい!ちょっと待てー!!」

自分たちの言い分さえもさらりと流して勝手に話を進めるに、新八は声の限りに制止の声を上げる。―――しかしそれで止まるほど、は生易しくはなかった。

「さっきも言ったけど銀ちゃんはね、私の手となり足となり働いてた、そりゃもう忠実な私の下僕なのよ

「そうだったんですか・・・」

いつもからは考えられないほど素直に頷く銀時に、新八はいっその事頭を抱えたい衝動に駆られながらも、最後の気力を振り絞って銀時の腕を掴んで強引に引き寄せた。

このまま放っておいたら、いつ銀時が実験体にされるか解らない。

「あー、もう!銀さんもしっかり調教されないでくださいよ!―――もういいです、さんには頼みません!あとは僕たちが何とかしますから!!」

「ふふふ、そう?がんばってね〜」

鋭く睨み付ける新八に、しかしそれ以上茶々を入れるつもりがないのか、あっさりと手を振って送り出す様子を見せるに、神楽が今にも泣き出しそうな面持ちで声を上げる。

「・・・〜」

「行ってらっしゃ〜い」

しかしそれさえもあっさりと流し、怒り心頭の新八に引きずられるようにして去っていく銀時たちの背中を見送って・・・―――そうして3人の姿が見えなくなった頃、は浮かべていた笑みを消して小さくため息を吐き出した。

「・・・記憶喪失、か」

改めて先ほどまで自分の前にいた銀時を思い出し、そう呟く。

新八に言った言葉は嘘ではない。

忘れた方が幸せな事だってある。

たとえ記憶が失われてしまったとしてもその罪が消えてなくなるわけではないが、先ほども言ったように不可抗力なのだから仕方がない。

「本当に忘れちゃったのね・・・ぜ〜んぶ」

それでも、新八の想いも解るのだ。

今まで銀時と共に過ごした思い出のすべてが失われてしまった事実は、確かにの胸にもダメージを与える。

けれど・・・。

「また一から始めれば良い。それだけの時間はあるもの」

まるで自分に言い聞かせるように呟いて、は胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったような寂しさに気付かないフリをして、踵を返してゆっくりと足を踏み出した。

 

 

携帯電話の軽快なメロディと共に、厄介事はやってきた。

「おー、!会いたかった〜!!」

『宇宙船で民家に突っ込んだ坂本という男が、身元引受人としてあなたを指名しました。調査した結果、テロリストではないと判断しましたので引き取りに来てください。いや、ほんとマジで早くお願いします

電話口から聞こえてきた男の言葉に、は眩暈と頭痛を同時に感じた。

男の声に被るようにして聞こえてくる坂本の近所迷惑なほど大きな笑い声に、流石のも内心男を不憫に思いながらも、電話の向こうから聞こえてくる要求をいかにして拒否するかあの手この手を駆使して頑張ったが、結局のところ断りきれずに呼び出し先へと出向いてみれば、そこでは現状況とは不釣合いなほど晴れやかな笑顔を浮かべる坂本が両手を広げて待っていた。

そんな坂本にこれ以上ないほど綺麗に微笑みかけて・・・―――は何の躊躇いもなく、寧ろやる気満々で渾身の蹴りを繰り出す。

それはいっそ拍手をしたくなるほど見事に坂本の腹部に綺麗に決まり、あまりの衝撃に悶絶する坂本を見下ろして、はこちらも現状況とは不釣合いなほど楽しそうに笑みを零した。

会いたかったじゃねーよ、もじゃもじゃ。人様にどれだけ迷惑掛けようが、この私にだけは迷惑掛けるんじゃねーって耳にたこが出来るほど言ってあげたでしょ?いい加減その退化した脳みそ全部捨てていっそマルコメ味噌でも詰めて来いや、あぁ!?

〜、こいつら金時のところに案内してくれる言うちょったに、わしをこんなところに閉じ込めるんじゃ!酷い悪党だと思わんか!!」

聞けよ、人の話

お腹を抱えつつもそう訴える坂本を一刀両断して、傍で心持ち引きつつ様子を見守る真撰組隊士に愛想笑いを向けると、問答無用で坂本の襟を掴み強引に引き寄せる。

「大体、人様ん家に宇宙船で突っ込んだら捕まっちゃうの当然でしょ?どうせやるなら上手くやりなさいよ。っていうかアンタが突っ込んだ家が銀ちゃんの家だから

「いや〜、久しぶりに金時に会いに来たのは良いが迷ってしまっての〜。あっはっは!!」

「ふふふ、そんな事聞いてないから」

相も変わらずマイペースに我が道を行く坂本に苛立ちを募らせながらも、これが坂本の坂本たる所以だと既に悟っているは、諦めたようにため息を吐き出し掴んでいた坂本の襟を突き放した。

「大体、何か問題起こす度に私に連絡してくるのやめてくれない。はっきり言ってかなり迷惑だから

「あっはっは!相変わらずは厳しいの〜」

何を言っても一笑に付してしまう坂本に、これ以上何を言っても無駄だと何度も思った事をもう一度思いながら、それでもは最後の抵抗とばかりにジロリと坂本を睨み付ける。

しかし当の坂本本人は、どんなに暴言を吐いても足や手が向かってきたとしてもが絶対に自分を見捨てたりはしないと本能で解っているのか、まったく気にした素振りも見せずにもう一度豪快に笑って見せる。

「それよか、はよ金時の家まで案内してくれ。久しぶりに酒でも飲むぜよ」

もともとはそれが目的だったのだ。―――早くその楽しい時間を過ごそうとそう提案した坂本は、しかしその瞬間にの表情が僅かに曇ったのを見過ごさなかった。

は滅多な事では笑顔という名のポーカーフェイスを崩さない。

という人物をよく知っている坂本は、彼女が周りが思うほど強い人間だとは思っていないが、それでも意地を張らせたら一流だという事もよく知っている。―――そんなが目に見えて・・・というよりも坂本でなければ気付かなかっただろうが、それでも表情を曇らせたのだ。

きっと何かあったのだろうと察して、坂本はが話しやすいようにと浮かべていた笑顔をやんわりとしたものへと変える。

「・・・辰馬ちゃん」

「ん〜、どげんした?な〜んか元気がなかが?」

坂本の声の調子が変わった事に、果たしては気付いているのか。

それは坂本には解らなかったが、しかしは瞳を伏せて少しだけ笑みを混じらせながらポツリと小さく呟いた。

「銀ちゃんね、ぜ〜んぶ忘れちゃったんだって」

「・・・・・・?」

「私たちの事も、新八くんたちの事も・・・昔の事も、ぜ〜んぶ。記憶喪失なんだって」

の口から零れた言葉に、坂本はきょとんと目を丸くしてを見返す。

そこに浮かんでいる笑みとも言えない笑みを認めて、坂本は察したように小さく頷いた。

の事だから、きっと慌てふためく新八にあっさりと何でもないかのように振舞ったのだろう。―――それが彼女の本心であり、また本心でない事など彼に察する事が出来るわけがない。

それが出来るのは、自分を含めて攘夷戦争を共に戦った数少ない仲間たちだけだろう。

ただ、それを新八が知る必要があるかといえばどうとも言えなかった。―――先ほども言ったように、の言葉は隠れている部分があるにしても、間違いなく本心であるのだから。

だったら、今の自分に出来る事はただ一つ・・・と、坂本は再び豪快に笑い声を上げ、自嘲気味に笑むの背中をバンバンと叩いた。

「あっはっは、そりゃー大変ちや。早速行って思い出させてやらんといかんの。ほれ、。はよ金時のとこまで案内するぜよ。・・・グボォ!!」

しかしその手はあっさりとに捕らえられ・・・、かと思えばあっという間に地面に叩きつけられて、先ほど綺麗に蹴りを入れられた腹部に拳を決められ、今度こそ昇天しそうになりながらもを見上げると、そこには先ほどまでの憂いを帯びたものとは違う笑顔が待っていた。

余計な事してんじゃねーよ。辰馬ちゃんはこれから宇宙へ強制送還。心配しないで、ちゃ〜んと陸奥に連絡しといたから、すぐに迎えに来てくれるよ

そうして笑顔と共に向けられた言葉に、数々の制裁を受けても顔色を変えなかった坂本が、漸くその顔を蒼白にさせた。

「な、なんちゅー事してくれたぜよ!せっかくあいつの目を盗んで地球ば来たっちゅーに!!」

「ふふふ、私には関係ないから

陸奥が迎えに来たならば、本当に問答無用で強制送還されるのは間違いない。

それどころかしばらくは厳重な監視がつくだろう。―――当分は抜け出せないに違いない。

そこに思い至り、坂本は笑顔を微妙に引き攣らせながら・・・―――しかし改めて今もまた笑顔を浮かべているを見やって、静かに彼女の名を呼んだ。

「あっはっは〜、どうしよ。―――・・・

「なに?陸奥への弁解なら手伝ってあげないよ。せいぜい絞られてもうこれ以上ないってくらいお仕置きされなさい。そして反省しなさ・・・」

「・・・大丈夫がか?」

嬉々とした様子で話すの言葉を遮って、坂本は率直にそう問い掛けた。

それに一瞬で口を噤んだは、またもや浮かべていた笑顔を消して坂本を見やる。

そんな素直な様子を見せた彼女に、坂本は困ったように・・・呆れたように笑みを微笑みながら言葉を続けた。

「おんしは昔っから我慢ばっかしとるからの〜。たまには正直に気持ちぶつけてもいいじゃろう」

「何言ってるの、辰馬ちゃん。私は昔っから自分に正直に生きてるわよ。そりゃもう、これ以上ないってくらいにね」

「なら、なしてそんな泣きそうな顔しとるんじゃ」

諭すようにそう言われて、は大きく目を見開いた。

咄嗟に言い返そうとするけれど、生憎との頭には反論の言葉が出てこない。

そのまま押し黙ってしまうと、坂本はからかうように小さく笑う。

「ん〜?どないした、

そのすべてを見透かすような坂本の微笑を睨み付けて、は悔しそうに視線を逸らした。

「・・・だから辰馬ちゃんなんて嫌いよ。おバカで、察しが悪くて、何にも解ってなさそうな顔してるくせに・・・」

なのにどうして、一番肝心な事は解ってしまうのだろう。

どうして解ってしまうのだろう。―――上手く隠せていたはずなのに。

昔からそうなのだ。

他の誰を騙せても、最後の最後で坂本だけは察してしまう。

「あっはっは、そりゃ光栄じゃのう!の嫌いは好きの裏返しだからの〜」

の悪態もなんのその。

あっさりとそう流して楽しそうに笑う坂本を横目でチラリと伺い、は小さく息を吐いた。

これだから手に負えないのだ。―――坂本辰馬という男は。

漸く感情を隠す事を諦めて・・・それでもは坂本に向かい困ったようにやんわりと微笑む。

「・・・大丈夫よ、辰馬ちゃん」

先ほどまでとは違う酷く穏やかな声色でそう告げれば、坂本はくしゃりと顔を綻ばせてそれはそれは嬉しそうに笑った。

「あっはっは、そうか〜?」

「確かに銀ちゃんは全部忘れちゃったかもしれないけど、私は覚えてるもの。銀ちゃんが私を知らなくても、私は銀ちゃんを知ってる。―――本当に大切なのは、きっとそれだけなのよ」

悲しいのも本当。

寂しいのも本当だけれど、この気持ちもまた本当なのだ。

本当に辛いのは忘れられた方ではなく、きっと忘れた方だと思うから。

たとえそれが、忘れたいほど悲しい記憶なのだとしても。

銀時と過ごした楽しい時も、苦しい時も、悲しい時も、はすべて覚えている。

本当は、それだけで良いのだ。―――それだけで、また一から始められる。

本当に心からすべてを吹っ切ったの微笑みを見つめて、坂本は堪りかねたとばかりにまたもやの背中をバシバシと叩きながら大声で笑い声を上げた。

「あっはっは!は難しい事言うの〜。あっはっは〜」

「でも、ありがとう。辰馬ちゃんのおかげで気持ちが楽になった気がする」

「そりゃ良かった」

今度こそ捻り上げられる事無くの背中を叩き続ける坂本は、珍しく素直な言葉を口にするを満足そうに見やり頷く。

しかし坂本は解っていなかった。―――この後待っている、己の過酷な現実に。

「だから辰馬ちゃんは私の事なんか気にせず、心置きなく陸奥のお仕置きを堪能してね。陸奥に入れ知恵もしておいたから、きっと素敵なお仕置きになるわよ

自分をまっすぐに見上げ、それはそれはにこやかな笑顔でそう告げるに、坂本の笑顔は一瞬にして凍りついた。

自分のボスだというのに何の配慮も遠慮もない陸奥のお仕置きだけでも厄介だというのに、それにの入れ知恵まで加わっているとは・・・。

きっと想像もつかないようなお仕置きが待っているのだろう。―――否、寧ろ想像したくもないが。

「あっはっは〜!ほんとにごめんなさい。助けてください、さん」

咄嗟にの身体にしがみついて救いを求める坂本の腹部に、「自業自得でしょ」という冷たい一言と拳が入るまで、あと数秒。

 

 

銀時が記憶を失ってから、しばらくの日々が過ぎていた。

あれからは一度も銀時とは会っていない。―――時折仕入れる情報では、何処かの工場で働いているという話ではあったが、そこの工場が攘夷派に関わっているという情報も同時に入ってきていたから、もしかすると相も変わらず厄介事に巻き込まれたのかもしれない。

何よりも真撰組の御用改めが入ったというから、その工場自体がもう既にありはしないのだけれど。

「まったくもう、小太郎ちゃんってばどこ行ったんだか・・・」

ぶちぶちと文句を言いながら、は夕闇の迫った歌舞伎町を緩やかな足取りで歩く。

日が暮れるまでには帰るといった桂がまだ戻らず、しかもトラブルメーカーである彼を案じた仲間たちが桂を探すようにとに懇願したのだ。

ほっとけば帰ってくるでしょという言葉も、今日の彼らには通じなかった。―――何せこの間の爆弾製造工場の摘発のせいか、今もまだ真撰組があちらこちらで目を光らせているからだ。

同じく真撰組の隊士たちに顔を知られている者が多い桂派の中で、何の制約もなく自由に動けるに桂捜索の白羽の矢が立ったというわけだ。

まぁ、別に今のところは暇だから良いんだけど。

「・・・よぉ!」

そう思いながらも当てもなく街を彷徨っていると、唐突に背後から声を掛けられ、しかもその声に嫌というほど聞き覚えのあったは信じられない思いで振り返った。

振り返った先には、夕日を背に佇む男の姿。

輝く銀髪は赤い色に縁取られて、まるで燃えているようだとぼんやりとそう思った。

「・・・銀ちゃん?」

そこに立つ見間違うはずもない男の姿に、それでもは恐る恐る話しかける。―――先ほど聞こえた声は、まるで・・・。

そんな事を考えていると、その人物・・・銀時はゆっくりとの方へを足を進め、目の前に立つと困ったように頬を掻きながら誤魔化すように笑みを浮かべた。

「あー、そのー、なんだ。なんかオメーにも色々心配掛けたかな〜?っての?とりあえず何とかなったからな。まー・・・その、報告っていうかなんていうか・・・」

「銀ちゃん、全部思い出したんだ」

「あーまぁ、そうだな」

少し気まずそうではあるけれど、まるで何もなかったかのように平然とそう答える銀時に、ぼんやりとしていたはハッと我に返ると、こちらも何事もなかったかのように平然と笑顔を浮かべて見せた。

「・・・なぁ〜んだ。折角ない事ない事吹き込んで遊んでやろうと思ってたっていうか、これを機に銀ちゃんを完璧な私の下僕として調教してやろうと思ってたのに、ざんね〜ん」

「おまっ!なんなんですか、下僕って!銀さん、誰かの下僕になった覚えないんですけど」

「あれ?そうだったっけ?おかしいな〜、夢だったのかな〜」

「そんな物騒な夢見るんじゃありません!まったく・・・」

ぶつぶつと文句を言いながら、銀時は髪の毛を掻きつつの横を通り過ぎる。

その刹那・・・。

「・・・悪かったな、

ボソリと、そんな声が聞こえた気がした。

弾かれたように振り返っても、銀時はこちらを振り向かないまま去っていく。

見慣れた後姿。

記憶を失っていた頃にはなかった懐かしい雰囲気。

いつだって傍にあったあの優しい空気が、確かにそこにある。

「・・・おかえり、銀ちゃん」

小さく小さく呟いた声に、銀時のただいまという声が聞こえた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

坂本がえらい察しが良いですが、この辺原作のイメージとどうなんでしょう?

個人的に普段は人の迷惑顧みず好き勝手やって、マイペースに我が道を行く彼ではありますが、びっくりするほど物事の本質を見抜く・・・みたいな、ある意味本当の坂本竜馬的な感じだといいな〜なんて思ったり。

まぁ、実際はどうなのかは解りませんが。(丸投げ)

でもやっぱり、いろんな意味で器のでかい男だとは思うので、こんな感じで。

作成日 2007.8.20

更新日 2008.3.21

 

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