『小太郎ちゃんへ

直接顔を見ると言い出しにくいから、手紙を書く事にします。

攘夷戦争が終わってからもう大分時間が経って、私も色々と将来の事を考えるようになりました。

銀ちゃんや晋助ちゃん、辰馬ちゃんがそれぞれ自分の道を見つけて歩いているように・・・、それから小太郎ちゃんがいろんな人と関わって少しづつ変わっていったように、私も私の道を見つけなきゃいけないとそう思ったの。

これからどうなっていくのかはまだ解らないけど、私もそろそろ自分なりに区切りをつけたいと思います。

だから突然で、それからとても自分勝手だと思うけれど、私はここを出ます。

しばらくして落ち着いたら、また連絡するね。

それじゃあ、小太郎ちゃん、お元気で。

みんなにもよろしくと伝えておいてください。

あ、そうそう。小太郎ちゃん、街を歩く時は十分に気をつけて歩いてね。

小太郎ちゃんの変装って時々微妙な時があるから。

それから、もう私はいないんだから、怪我や病気にも気をつけて。

小太郎ちゃんの幸せを願っています。

 

何度も何度も目を通した手紙をもう一度読み返し、桂は苦しげな面持ちで目を伏せた。

言いたい事は山ほどある。

けれどそのどれもが言葉にはならない。―――何故ならば、それを伝えるべき相手は、もう自分の前にはいないのだから。

変わっていくのが悪い事だとは思わない。

昔と今の自分では明らかに違うと思うほど自分も変わったし、そしてもまた過去の彼女とは比べ物にならないほど変わっていった。

だからが自分自身の道を探したいと思うのならば、それを止めるつもりもない。

ただ・・・ただ思うのだ。

どうしてそれを選択するのに、己の元では駄目だったのか。

長い時を共に過ごした自分を、どうしてはあっさりと切り捨ててしまえたのか。

「・・・

そしてこの胸に広がる喪失感を、一体どうすればいいのか。

部屋の入り口から気遣わしげに顔を覗かせるエリザベスに声を掛けてやる余裕すらもなく、桂は耐えるように強く拳を握り締めた。

 

人生の半分は諦め妥協で出来ている

 

良い予感なんてものはほとんど当たらないというのに、嫌な予感ほどこれまた嫌なほどに当たるものだ。

顔の上にジャンプを被せて定位置である長いすに寝そべり寝たフリを続けながら、銀時は漠然とそう思う。

「おい、銀時。お前は一体いつまで寝ているつもりだ。今何時だと思っている。いつもいつも思っていたが、そんなだらだらとした生活を続けていると心まで堕落してしまうぞ。大体お前はいつもそうやって怠けているが、そんな事で彼らの面倒を見ていけるとでも思っているのか?というか客が来ているのに眠っているとは一体どういう了見だ。茶を出せとは言わんが、ちゃんと身なりを正すくらいはするべきだろう」

それが桂が目の前にいるというならば、それはもう嫌な予感どころではなく既に始まっているも同然だろう。

止まる事無く説教を始めた桂をジャンプの端から眺めながら、銀時は大きくため息を吐き出す。

「あの・・・桂さん、粗茶ですが」

「む。これはかたじけない」

引き攣った笑顔を浮かべる新八からお茶を受け取り、それを一口飲んで小さく息を吐いた桂は、もう一度銀時へと視線を向けて。

「聞いているのか、銀時」

再度掛けられた声にとうとう我慢の限界を超えたのか、銀時は顔に苛立ちを浮かべながら緩慢な動作で身を起こした。

「あー、はいはい。わーったよ、ったく!何なの、お前。朝っぱらから人ん家来たかと思えば説教かましやがって。俺がどんな生活してようがテメーに関係ねーだろうが。大体テメー何の用なんだよ」

「銀さん、桂さんの言う事も尤もですよ。もう昼近いんですからさっさと起きて下さいよ」

テーブルの傍に立ちお盆を下げた新八が、冷たい眼差しを注ぎながら銀時にそう言い放つ。

どうやら彼も銀時の味方になるつもりはないらしい。―――確かに仕事もせずに夜通し呑み続けて二日酔いでは、弁解の余地もないけれど。

そんな新八の視線をさらりと無視して、銀時は床に落ちたジャンプを拾い上げながらジロリと目の前で涼しげな表情で佇む桂を睨み付け問い掛ける。

「で、何の用だ?」

その瞬間、桂の表情が少しだけ揺らいだ。

平然とした表情に少しだけ戸惑いの色を浮かべて・・・―――そうして眉根を寄せてからまっすぐに見据える銀時から視線を逸らし床に落とす。

随分と解りやすい男である。

語るまでもなく『何かありました』と全身で表している桂を前に、銀時と新八はお互い顔を見合わせて首を傾げた。

「桂さん、どうしたんですか?なんだか様子が可笑しいですけど・・・」

「何言ってんだ、新八。コイツが可笑しいのはいつもの事だろうが」

「失礼な事を言うな!俺は可笑しくなどない!!」

銀時の言葉に即座に言い返した桂は、そのまま銀時をジロリと睨みつける。―――どうやら銀時も二日酔いで体調が悪いらしく、不機嫌そうに桂を睨み返した。

そんな2人に呆れた眼差しを向けて、新八はため息と共に2人の間に手を伸ばす。

「あー、もう!喧嘩はやめてくださいよ、2人とも!―――それよりどうしたんですか、桂さん。銀さんに何か用事でもあるんですか?随分元気がないみたいですけど・・・」

このままでは一向に話が進まないと判断した新八が、子供のように不貞腐れた様子でそっぽを向いている銀時の代わりにそう促す。

そもそも桂が1人で万事屋へ来るのは別段珍しくはないが、やはり今日の彼の様子は少し可笑しい。―――その理由が気にならないわけでもなかった。

「・・・実は」

そうして桂は新八に促されて、漸くここに来た理由を語り始める。

彼の口から語られたそれは、新八にとっても驚きの真実だった。

「え?さんが行方不明!?」

「行方不明というか・・・突然姿を消したというか・・・。気がついたらこんな手紙が残されていてな」

そう言って懐から取り出した手紙をテーブルへと置き、やり場に困ったかのように腕を組んでジッと手紙を見据える。

その様子に読んでも構わないのだと判断した新八は、未だに手を伸ばそうとしない銀時に変わってそれに手を出した。

桂宛と記されたそれは、間違う事無く別れの手紙である。

どことなく突き放したような手紙の内容に、新八は戸惑いながらもそれをそっぽを向いたままの銀時へと押し付けた。

それに渋々ながらも受け取った銀時が漸く手紙に視線を落とした頃、静かな声でポツリと桂が言葉を漏らす。

「それでここに来ていないかと思ったのだ。―――どうやらいないようだが・・・」

「桂さん・・・」

沈んだ様子の桂を前に、新八は言うべき言葉が見当たらず神妙な顔でただ彼の名を呼んだ。

を捜そうにも、あいつは普段からあちらこちらをふらふらとしていたから居所の見当がつかん。それに俺は指名手配の身。捜せる範囲など限られているからな」

確かに、と頷かざるを得ない。

の行動範囲はとてつもなく広い事は、新八でも知っている。

それに対して桂は指名手配をされている身であり、世間の認知度もかなり高い。

容易に街中をブラつくなど命取りだろう。―――と言っても、普段の桂の行動からその配慮が見られる事は滅多にないけれど。

それでも桂が自分たちが思うほど自由に行動を取れない事も解っていたし、こんなにも沈んだ桂をそのまま放って置けるほど新八は冷たくはない。

それに・・・色々騒動に巻き込まれはしたけれど、も彼らにとっては大切な友達のようなものでもあったから。

「桂さん、僕たち手伝いますよ!神楽ちゃんも、もうすぐ定春の散歩から帰ってくると思うし、そうしたらみんなで・・・」

「ちょっと待て、新八ぃ!」

だから新八がこんな提案をする事は、話の流れ上当然の事だった。―――しかしそれを読んでいた今まで他人事のように話を聞き流していた銀時の突然の制止の声に、新八はきょとんと目を丸くして訝しげに銀時を見る。

そんな新八をそのままに、銀時はいつもとは違う剣呑な眼差しを桂へと向けて、ため息混じりに口を開いた。

「おい、ヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ」

律儀に言い直す桂へと疲れたようにため息を吐き出して。

「テメー、そうやってを捜し出してどーするつもりなんだよ。あいつは自分の意思で出てったんだろーが」

普段とは違う低い声色に何かを感じ取ったのか、桂もまた眉間に皴を寄せて銀時を見やる。

「むっ・・・それは・・・そうかもしれないが、しかし俺は・・・」

しかし銀時の言う事ももっともだと解っている桂は、どう切り返せば良いのか瞬時に判断できず、戸惑いの色をそのままに言い淀んだ。

そこを見逃す銀時ではない。―――畳み掛けるように、少し身を起こして桂へと冷たく言い放った。

「テメーがどう思ってんのかは知らねーが、あいつが本気で隠れるつもりなら捜したって見つかんねーよ。同じように、あいつに帰るつもりがねーなら、たとえ見つけたってあいつは戻ってきやしねー」

投げやりとも取れるその発言に、なんとか冷静を保っていた桂が激昂した。

バンと強くテーブルを叩きつけ、やる気がなさそうな銀時の顔をこれでもかというほどきつく睨み付ける。

「では、ただが戻ってくるのを指を咥えて待っていろというのか!の事だ、きっと何か事情があるに違いない。ふらふらしているように見えてもあいつはそういう奴だ」

「解ってんじゃねーか。だったら・・・」

「だからこそ、余計に見つけて話を聞いてやるのが俺の役目だ!あいつはいつも先を読んで勝手にすべてを背負い抱え込んでしまう。何でもないように装い、平気なフリをして笑っている。それを察して支えとなってやるのが俺の・・・」

「んな事言ったって、それが出来てねーから1人でどっか行っちまったんだろーが」

キッパリと言い放たれた銀時の言葉に、桂は言葉に詰まり息を呑んだ。

ズキリ、と胸が痛みを訴える。

どうして何も言わず、手紙だけを残して自分の元を去ったのか。

その答えを目の前に突きつけられた気がした。―――自分が最もあって欲しくはないと思っていたその答えを。

そんな桂を見やり、しかし銀時は攻撃の手を緩めない。

「テメーが思ってるほど、あいつは弱くねーよ。ちっとはあいつを信頼しておとなしく待ってたらどーだ?」

少しばかり柔らかくなった声色に、傍らで傍観していた新八は思わずホッと息を吐いた。

それは桂も同様だったのだろう。―――強張っていた身体から力を抜き、そうして大きく息を吐いた後、桂は伏せ目がちのまま勢い良く立ち上がる。

「・・・・・・お前に頼んだのは間違いだったようだ。失礼する!」

そうして焦りと困惑を滲ませたまま、桂は逃げるように部屋を出て行った。

その後姿を見送って・・・―――桂が階段を下り足音が聞こえなくなった頃、新八は窺うように銀時の顔を覗き込んだ。

「・・・銀さん」

「ま、だからといって強いわけでもねーがな」

新八の呼び声にポツリとそう付け加えて、銀時は疲れたように長いすに寝転がる。

が行方不明になった事にダメージを受けているのは桂だけではないのだろう。

一見判りづらくはあれど、銀時もまた衝撃を受け止め切れていないのかもしれない。

なんだかんだ言っていても、銀時にとってもは特別な存在だったに違いない。

「だけど、突然桂さんの元を去るなんて・・・。さん、一体どうしたんでしょう?」

疲れたように新八も椅子に腰を下ろしながら、持ったままだったお盆をテーブルに置いて大きくため息を吐き出す。

いつもいつも突拍子もない言動と行動を取る人ではあったが、しかし決して無責任な人ではない事を新八は知っている。

こんな形で行方を眩ますには、桂の言うようにきっと何か事情があるのだろう。―――勿論それに思い当たる節はまったくといって良いほどないけれど。

「さぁな。あいつの考えてる事を読めたためしなんて一回もねーよ」

「まぁ、掴みどころのない人ですからね・・・」

再びジャンプのページを捲り、それを顔に乗せてもう一度寝る体勢に入った銀時を横目に、新八は困ったように笑う。

「ただ・・・あいつの考えてる事は、いつだって単純なんだよ。理由を知ればな」

そうして付け加えられた言葉に表情を顰めて。

元気良く挨拶をしながら散歩から帰って来た神楽の声を聞きながら、新八はがいるかもしれない歌舞伎町を眺めてもう一度ため息を吐き出した。

 

 

桂が銀時の元を尋ねていたちょうどその頃、真撰組の屯所の前に1人の娘がいた。

「たのもー」

桜の模様が入った裾の短い薄紅の着物とブーツという一見ちぐはぐな格好をした見た目は至極可愛らしいその娘は、門の警備をしている隊士に目もくれずに中へと向かって声を張り上げる。

その声に引かれるようにやってきたのは、ちょうどその場を通りかかった真撰組監察方の山崎だった。

「あれ?さんじゃないですか。どうしたんですか?真撰組に何か用でも?」

見知った顔・・・というか、どうしてだかさまざまなところで顔を合わせる事が多く、すっかりと真撰組の幹部連と打ち解けている人物の姿に、山崎は小さく首を傾げて問う。

今まで誰かしらに連れられて屯所に訪れた事はあっても、彼女自らがここへと足を運んだ事は一度もない。―――どうしたのだろうと不思議そうな表情を浮かべる山崎へ、はにっこりと微笑んだ。

用がなかったらわざわざこんなとこまで出向きゃしねーよ。それはそうと近藤さんか土方くん呼んでくれる?丸め込みやすそうな近藤さん希望で

「え!?あ、あの・・・」

「ほらほら、さっさと行く。もたもたしてるとぶっ飛ばしちゃうぞ」

戸惑う山崎を他所に可愛らしい笑顔を浮かべながらそう追い立てるに、山崎は一瞬で表情を青ざめさせてから、すぐに呼んできますとだけ言い残して一目散に駆け出す。

冗談っぽく聞こえたとしても、の言葉は冗談でもなんでもない事を彼は知っていた。

そんな山崎の背中を見送って、は傍目には解らない程度に小さくため息を吐き出す。

時折送られる警備に当たっている隊士たちの視線に笑みを返しつつ、本当はこんな事するつもりじゃなかったんだけどな・・・と心の中で独りごちた。

そう、本当は真撰組に来るつもりなどなかった。

けれど事情が変わったのだ。―――あの、いつも人の予測の斜め上をひた走るあの男のおかげで。

誰にも気付かれないようにアジトを抜け出したは、まだ人通りの少ない大通りを歩きながら、手持ちの携帯である人物へ連絡を取った。

「もしもし、私だけど・・・」

『おー、か!どげんしたと!?あ、もしかしてわしの声が聞きたくなったか!ようやっともわしの魅力に気付いたがか!あっはっは、こりゃめでたい!!』

一言言えば十は返ってくる事請け合いのその人物は、電話の相手がだと解った途端に機関銃のように話し出す。

そんな坂本を相手に、電話で見えない事は承知の上で・・・それでもにっこりと微笑むと、携帯を持つ手に力を込めて殊更可愛らしい声で口を開いた。

耳元であほ丸出しなセリフ大声でほざいてんじゃねーよ、もじゃもじゃ。んな事で私がわざわざ連絡するはずねーだろ」

『あっはっは!相変わらずは手厳しいのー。んで、どないした?なーんか元気なさそうじゃが』

それでも坂本は怯まない。

あっさりと笑い飛ばされ、しかしそれをちゃんと予想していたは困ったようにため息を吐き出すだけにとどめて、少しだけ神妙な表情を浮かべた後、先ほどとは違う真剣な声色で話を切り出した。

「・・・辰馬ちゃん。お願いがあるんだけど」

『わしとの間でお願いなんて水臭い事いいなさんな。何でも言うてみんしゃい』

打てば響くとでもいうようにあっさりと返ってきた言葉に、しかしは物憂げに表情を沈ませる。―――坂本がそう言ってくれるだろうと思っての提案に、罪悪感がないわけではない。

本当は誰にも頼りたくはないのだけれど。

それでも現状を思えばそれ以外に取る手がないのも事実だった。―――すべての杞憂を払いのけられるのは、今のところ坂本以外にはない。

「実は・・・ほとぼりが冷めるまで、ちょっとの間お世話になりたいの。一ヶ月・・・もしかすると半年くらい」

先ほどまでの快活な声色とは一変した様子で切り出されたそれは用件のみで、理由も説明も含まれてはいない。

それに返ってきたのは、当然といえば当然だが不思議そうな声だった。

『ほとぼりぃ〜?何のほとぼりじゃ。つーかヅラはどうした?ヅラも一緒か?』

「ううん、私だけ。小太郎ちゃんは・・・もう関係ないから」

『・・・・・・』

言いづらそうに届いたの言葉に、電話の向こうは一瞬静まり返る。

坂本が何を思っているのか、の言葉をどう解釈したのかは解らない。―――が言うのもなんだが、坂本は容易に心を読み取る事が難しい相手だ。

そのとても居心地が悪い沈黙に、は更に言葉を続ける。

「本当は誰にも頼らないでおこうって思ってたんだけど・・・今はどこにいても同じだと思うから・・・。それなら宇宙の方がまだマシだと思うの。辰馬ちゃんには・・・迷惑掛けないから」

『何言うとる。前にも言ったじゃろ。何かあったらわしを呼べって。わしはいつでもお前の味方じゃき』

「辰馬ちゃん・・・」

返ってきた温かい言葉に、は少しだけ瞳を潤ませて坂本の名を呼んだ。

なんだかんだと言いつつも、いざという時には頼りになる男なのだ。―――たとえ普段から厄介な騒動を引き起こし、必ずといっていいほど人を巻き込んで能天気に笑い、後始末はすべて他人に任せるトラブルメーカーだとしても。

しかし残念ながら、の感動もそう長くは続かなかった。

、待っとけ。すぐに迎えに行ってやるきに。そうじゃの〜・・・何ヶ月か後には

なに、そのものっそいアバウトな予定

思わず条件反射で突っ込んだは、今聞こえた言葉が空耳か聞き間違いであった事を切に願いつつ・・・―――それでも口元を少し引き攣らせながら口を開いた。

「辰馬ちゃん、この間地球にいたんだからすぐに来れるでしょ?」

坂本の言葉にならない呻き声を聞きながら、なんだか頭痛がしてきたと頭を抱えながらも返答を待つ。

『あ〜・・・実はの〜・・・グボォ!!』

さんですか?お久しぶりです、陸奥です』

しかし坂本の要領を得ない呻き声と壮絶な悲鳴の後に聞こえてきたのは、実際問題としてはこれ以上ないほど頼りになるだろう坂本の相棒・陸奥の声だった。

「あれ、陸奥?久しぶり〜!さっきものすごい悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」

幻聴でしょう

何があったのかの大体の予測をつけてそう切り出したに、キッパリはっきりとした陸奥の言葉が返ってくる。

それを心強く思いながらも坂本の成仏を願ったは、しかし次に聞こえてきた陸奥の微妙な発言に眉を寄せた。

『それよりも、話は聞かせていただきました。すぐにお迎えに参ります・・・と言いたいところですが・・・』

「うわっ、ものすごい嫌な予感」

『実はつい最近、お頭がとんでもなく暴走しまして・・・。現在地球からかなり離れたところにいるんです。ですからお迎えに上がるには少々時間が・・・』

陸奥の曖昧な言い回しに、濁された部分を正確に読み取ったの怒りのスイッチが入る。

「・・・このもじゃもじゃ!何がいつでも味方、よ!昔からそうよね、辰馬ちゃんって!ほんとにもう、一番手が欲しい時に余計な事しかしないんだから!!」

それに抗う事無く文句をぶちまけて、そうしてハッと我に返ったは、少し気まずそうに視線を泳がせてため息と共に呟く。

「・・・ごめん、辰馬ちゃん」

自分がどれほど自分勝手な発言をしているかを、は自覚している。

坂本が宇宙を飛び回っているのは承知の上だし、その坂本がすぐには来れないほど遠方にいたとしてもそれは彼のせいではない。

普段から横暴とも言えるような暴言を繰り返しているだが、それは時と場合によるものだとちゃんと理解している。―――今の自分がどれほど不条理な怒りをぶつけているのかは忘れてはいけないのだ。

しかしそんなに、坂本は明るく笑い声を響かせて。

『あっはっは!任せとけ!全速力で迎えに行くきに!』

そうして優しい温かな声色でそう言うのだ。

たとえ顔が見えなくとも、坂本には今のの心情など解っているのだろう。

坂本とはそういう男だ。―――バカで、能天気で、考えなしで・・・そして懐が深く、情に厚い。

「なんだぁ?てめぇか・・・」

不意に聞こえた声に、はハッと顔を上げた。

坂本との電話の内容を思い出していたためか、自分の前に人が立っている事に気付かなかったのだ。―――己の注意力不足を反省しながらも、今自分の前に立つ男を見上げては深く深くため息を吐き出した。

「近藤さん希望って言ったのにわざわざ土方くんを選ぶなんて」

「近藤さんは留守だ。なんだ?テメェ近藤さんに用だったのか?まさかお人好しのあの人に厄介事吹っかけるつもりじゃねーだろうな」

訝しげな面持ちで見下ろす土方を見上げて、はやんわりと微笑む。

流石にこの状況ではそう思われるのも当然かもしれない。―――もっとも、土方のその読みは外れていないけれど。

「当たらずとも遠からず・・・かな?」

「はぁ!?」

ポツリと呟いた言葉に、訝しげな声を上げる土方を見上げて、は殊更にっこりと綺麗に微笑んだ。

「実はね、いろいろ事情があって、今ちょっと帰るところがないんだよね」

「・・・事情?」

「それである人に迎えに来てもらおうと思ってるんだけど、その人ちょっと遠くにいて、生意気にもすぐに来れないみたいなの。だからその人が迎えに来るまでここでお世話になる事に決めたから

つーか、勝手に決めてんじゃねーよ

頬を盛大に引き攣らせてそう切り替えした土方に、はニコニコと何事もなかったかのように笑みを向けて・・・―――そうして立ち塞がる土方の身体を押しのけて屯所の中を覗き込んだ。

「それはそうと私はどこで寝たらいいかな?どっか空き部屋でもある?居候の身だから贅沢は言わないわ。どこか物置でもあれば後は私が勝手に改造・・・じゃなくて改装するから」

「だから勝手に決めんじゃねー!おい、こら!勝手に入んな!!」

「もう、土方くんてば。そんなに私と一緒の部屋がいいの?それならそうと言ってくれればいいのに・・・このムッツリが

「誰も、んな事言ってねぇ!!」

言っとくけど、手なんか出したら朝日は拝めないと思えよ

「人の話を聞けぇ!!」

土方の抗議の声などどこ吹く風で強行に屯所へ足を踏み入れたは、背後から追いかけてくる土方を適当にあしらいながら、勝手知ったるなんとやらとばかりに歩みを進めた。

何度か来たことのあるこの真撰組の屯所の内部は、もう既にの頭にはしっかりと記憶されている。

今もまだ「待て!」と声を上げる土方を綺麗さっぱりスルーして廊下を進んでいると、不意に進行方向から見知った顔が近づいてくる事に気付いて、はやんわりと微笑んだ。

「あれ?さん、どうしたんですかィ?」

「ああ、沖田くん。私しばらくここでご厄介になる事にしたから。よろしくね」

「そうなんですかィ。こちらこそよろしくお願いしやす」

「普通に挨拶してんじゃねーよ!!」

何食わぬ顔でさらっと挨拶を返す沖田に怒鳴り返す土方を横目で窺いながら、は改めてため息を吐いた。

本当は、流石に土方に悪いとは思っているのだ。

真撰組にお世話になるつもりなど、本当はなかったのだけれど。

それでも当座行く場所がないのも事実。

あの置手紙だけで、桂が素直に納得するかは微妙なところだ。

ただ行く当てがないだけならばその辺りで宿を取ってもいいが、万が一桂がを探していた場合、それではすぐに見つかってしまうだろう。

それを避けるためにあえて坂本に連絡を取ったのだが、事情はさっきの電話の通り。

ならばは、坂本が迎えに来るまでの間に滞在する場所を確保しなくてはならない。

絶対に桂には見つからず、それでいてを置いてくれるところ。―――もしくは自分のペースに巻き込んで翻弄できる誰か。

ある一定以上に親しい友人が極端に少ないにとっては、残念ながら真撰組しか思い当たらなかったのだ。

巻き込むつもりも、面倒を掛けるつもりもなかったのだけれど。

こうなれば仕方がない。―――なんだかんだといいつつ、土方が自分を突っぱねない事をは知っていたから。

「・・・ごめんね、土方くん」

決して土方には聞こえないように、小さな小さな声で謝罪を向けて。

今もまだぎゃあぎゃあと沖田を怒鳴り散らす土方の背中を見上げて、はもう一度小さく息を吐き出した。

 

 

私用で・・・というよりも、明らかにストーキングをした挙句に妙にぶっ飛ばされただろうと解るほど顔を腫らせた近藤が帰還し、突然世話になる事を勝手に決めたが半ば迫る形で近藤にお願いをしたところ、近藤は何の疑いもなくあっさりとその許可を出した。

一応は真撰組のボスとして、素性の知れない人物の突然の居候宣言に疑いを持つなりするのが当然だと思うのだけれど・・・と、能天気に笑う近藤を見ながらは呆れ半分感心半分でそんな事を思う。

勿論近藤の心は嬉しかったし、何より今のにとってはありがたい。

それでも曖昧に誤魔化してはいるものの、攘夷派に属しているにとってはなんだかとても後ろめたかった。―――今回の訪問が、真撰組内部の情報収集ではなかったとしても。

「おい。しばらくここにいるつもりなら、テメーもなんか仕事しろ。ただでおいてやるほど甘くねーぞ」

近藤の厚意で宛がわれた一室でそんな事をぼんやりと考えていたは、突然掛けられたその声にゆっくりと視線を向ける。

開け放たれたふすまに寄りかかりまっすぐにこちらを見る土方の姿に、は小さく息を吐き出すと、またもや自分の注意力不足を反省した。

ここに来てからというもの、随分と気が緩んでいる気がする。―――その理由も、にはよく理解できていたけれど。

「そうね。それじゃ何しようかしら?」

そんな事はおくびにも出さずにすぐさま笑顔を浮かべたは、どことなく複雑そうな表情を浮かべた土方にそう返事を返した。

「なにって、オメー何か出来んのか?」

「失礼だなぁ。こう見えても私、家事一般は出来るわよ」

「へー。そら、意外だな」

「そうでしょ」

得意げに笑ったに、土方は自分で言うなと心の中でそう突っ込む。

しかしはそんな土方の思いに気付いているのかいないのか、その得意げな笑顔のままで少しだけ考える素振りを見せると、ひらめいたとでも言うようにポンと手を打ち、それはそれは輝くような笑顔を浮かべた。

「それじゃご飯でも作ろうか。腕振るっちゃうよ」

「断る。薬物混入されそうだからな」

笑顔で出された提案を、しかし土方は一刀両断した。

楽しそうなには悪いが、それだけは任せられない。―――出逢った直後に薬物関係で散々脅しを掛けられたあの出来事を、彼は忘れていなかった。

あんな思いはもう二度とごめんだ。

「じゃあ、掃除でもする?」

「却下だ。あちこち壊されちゃたまんねーからな」

「むー・・・。それじゃ洗濯でもする?」

「妙ないたずらされそうだからやめろ」

じゃあ何しろってんだよ、マヨラー。人の提案悉く却下しやがって。大体掃除や洗濯くらいで、んな心配する必要ねーだろうが。まぁ、食事に薬物混ぜて実験しようかなくらいは考えてたけど

「やっぱりか!テメー・・・」

提案を悉く却下され、頬を笑みのカタチのまま引き攣らせたのセリフに、土方もまた盛大に頬を引き攣らせながら唸るようにそう返す。

やっぱり油断ならない。―――そう確信しつつ、今もまだつらつらと文句を言い続けるを見返して、土方は重いため息を吐き出した。

「んじゃ、仕方ねーから掃除でもしてくれ。―――おい、総悟。屯所の中コイツ案内してやれ」

「へーい。それじゃ行きやしょーか、さん」

さらりと声を掛ければ当然のごとく姿を現した沖田を見据えて、土方はもう疲れきったようにタバコに火をつけて勢い良く煙を吐き出す。

突然のの来訪に、楽しい事を見逃すはずがない沖田がここにいないはずはないとそう思ってはいたけれど、こうも何事もなかったかのように出現されては頭も痛くなる。

どこにどうやって・・・その上どうして気配を消して潜んでいたのかは尋ねるべくもないだろう。―――おそらくは、と土方の会話を盗み聞くためだったに違いない。

そしてその理由は、間違いなく土方をからかう絶好のネタを仕入れる為なのだろう。

聞くだけ腹が立つだけだと己を納得させながら、後は沖田に任せてしまおうと部屋に背を向けた土方の耳に、が立ち上がる音と楽しげな声が届いた。

「そうね。じゃ、まずは土方くんの部屋から掃除しましょ。何か弱み握れそうなものでもあるかもしれないし

「ああ、そりゃいいや」

「ちょっと待たんかい、お前らー!!」

そうして踏み出した足をその場で踏みしめて、土方は力の限り突っ込みながら振り返る。

そう、土方は忘れていたのだ。―――沖田ももそれぞれ厄介だけれど、その2人が組めば更に厄介な事になるという事を。

しかし2人は土方の怒鳴り声に怯む様子もなく、楽しそうに笑いながら話を続ける。

「土方くんってエロ本はどこに隠す派かしら?っていうよりどんな娘がタイプなのかものすごく興味あるんだけど

「ああ、それなら俺知ってやすぜ。土方さんの好みのタイプは・・・」

「いい加減にしろー!テメェら、叩っ斬ってやる!!」

とうとう我慢ならずに腰に差した刀を抜くと、沖田ももちらりとそちらに視線を向け、そうしてわざとらしく顔を見合わせてばたばたと足音を立ててその場から走り去った。

「うわー、土方さんが怒ったー」

「嫌ね、男の癇癪って」

お互いが好き放題言いながら、背後からものすごい形相で追いかけてくる土方を見やり楽しげに笑みを浮かべる。

すれ違う隊士たちがそれぞれ不思議そうな顔をしたり、またかと困った顔を見せたり、あるいは土方の形相に表情を青ざめさせるのを横目に見ながら、はくすくすと笑みを零す。―――そしてそんなを沖田もまた横目で見やり、こちらも小さく笑みを浮かべた。

さん、何があったのかは知りやせんが・・・。そうやって笑ってる方がアンタらしいでさァ」

不意に聞こえた小さな小さな呟きに、は弾かれたように沖田へと視線を向けた。

しかし沖田はそれに視線を返すでもなく、背後を見やり更に土方を挑発するように笑みを浮かべる。

「ありがと、沖田くん」

返した言葉は、果たして沖田に聞こえただろうか。

聞こえていても聞こえていなくても構わない。

けれど決して真正面からは言えない感謝の言葉を何度も心の中で繰り返しつつ、沖田によって更に怒りのボルテージを上げた土方に追いかけられながら、はまたもやくすくすと笑みを零した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どんどんと話が本編から離れていくんですけど。(今更)

一応この話は全3話を予定しています。だからあと1話ですね。(終わるのか?)

いつもながら思いますが、私の書く話はいつもいつも主なお相手との絡みが極端に少なくて(銀魂で言えば桂ですが)なんだかちょっと申し訳ないというか、なんというか。

作成日 2007.7.29

更新日 2008.5.23

 

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