「どうした、食べんのか?金の事は気にするな。今日は俺が持つ」

目の前で悠然と微笑む桂と、そうして目の前に置かれた好物に、銀時・新八・神楽の3人はこれ以上ないほど表情を強張らせながら固まった。

本音を言うならば食べたい。

今すぐかっ食らいたいのは山々だが、しかし目の前の男が何の理由もなく親切にも奢ってくれるとは考えられない以上、うかつにそれに手をつけるのは危険すぎる。

それは解っていた。―――解ってはいても、いつまでも我慢できるとは限らないが。

「俺がうかつだったのだ」

案の上、我慢できずにすべてを平らげた上におかわりまでしてしまった神楽と銀時に、1人何とか堪えていた新八は呆れと脱力と怒りが入り混じった複雑な面持ちで桂の『お願い』を聞く羽目になったのだ。

その内容というのは、普段から桂と行動を共にしているエリザベスが、極悪奉行の遠山珍太郎なる者に捕らえられてしまったのだという。

このままではエリザベスの命は危うい。―――ただ、問題はそれだけではなかったのだ。

行方不明になってしばらく経つ・・・、彼女もまた、遠山珍太郎に捕らえられているのだという。

もまた桂と行動を共にする事が多かった。―――目を付けられていたとしても不思議はない。

江戸中どこを探し回っても見つからなかったのはこれが原因だったのだと、桂は苦しげな表情を浮かべてそう語った。

「でも、桂さん。こう言ってはなんですけど、さんがそう簡単に捕まっちゃうとは思えないんですけど・・・」

「そうアル。ならたとえ捕まったとしても、相手をこれでもかというほど痛めつけてすぐに戻ってくるネ」

本人が聞いたらさぞや凶悪なほど可愛らしい笑顔を浮かべる事間違いないだろう2人の言葉に、しかし桂は表情を変えない。

今もまだ心痛な面持ちのまま、「きっと何か事情があるのだ」と返すばかり。

テメー、事情って言葉で全部済ます気じゃねーだろうな・・・とパフェを平らげた銀時は目線で訴えつつ、それはそれは重いため息を零す。

エリザベスはともかく、万が一にもが捕まっているのなら、至極面倒くさいが見過ごすわけにはいかない。―――勿論、銀時としてはが捕まっているなどガセネタだとは解っているけれど。

何より桂の奢りで散々食い尽くした以上、自分たちに断る術はないのだと思い至り、銀時は最期の足掻きとばかりにもうひとつパフェを注文するべくウェイトレスに視線を向けた。

 

迷うのも人生

 

それなりに広い真撰組屯所の庭をぼんやりと眺めながら、は所在無げに小さく欠伸を漏らす。

彼女が桂の元を去ってから、しばらくの時が流れていた。

これまでは攘夷党で・・・というよりも主に桂が使用する爆弾を作ったり、あるいは資金作りの為に薬を調合したり、または情報収集に明け暮れたりと忙しい日々を送っていたが、今のにはそのどれもがする理由も必要もなく、ごく稀に嫌がる土方の部屋を無理やり掃除という名の家捜しをする以外にやる事もない。

要するに、今の彼女はヒマを持て余しているのだ。

幼い頃からこれまで忙しく暮らしてきたにとっては、ヒマな時の時間つぶしの方法など思いつかない。―――そもそも自らの望みとはいえ、坂本が迎えに来るまでは屯所から出る事もできないのだから、その方法を知っていたとしても実行できたかどうかは微妙なところなのだけれど。

それでも流石に指名手配犯なだけはあり、自然と桂の情報は耳に入ってくる。

これまでよりも街中での目撃情報が増えている事から、桂が自分を探して歩いているのは解るが、それでも彼が捕らえられそうだという話は聞かない為、まだ安心して毎日をぼんやりと過ごせているのだけれど。

「・・・よぉ、ここにいたか」

不意に声が掛けられ視線を廊下へと向けると、そこには相変わらずの仏頂面で柱にもたれかかりながらこちらを見ている土方の姿。

屯所に来て以来、日々部屋に閉じこもる事が多くなっていくを心配してか、彼女が使う部屋に訪れる隊士は意外に多い。―――他の隊士たちよりは頻度は少なめではあるけれど、それは土方も同じだった。

「ああ、どうしたの土方くん。もしかして部屋の掃除でもして欲しいの?それならそうと早く言ってくれればいいのに。―――さぁて、今日は何が出てくるかな?

「違ぇよ!つーかやる気出してんじゃねぇ!これ以上俺の部屋荒らすのはやめろ!!」

ニコニコと笑顔を浮かべつつ立ち上がったを留めるように部屋に足を踏み入れた土方は、そのまま音を立ててふすまを閉め、不思議そうな面持ちで見上げるを真っ向から見返した。

「・・・なぁに?もしかして私を襲う気?案外命知らずなのね、土方くんって」

「だから違ぇ!―――今日はテメェに聞きてぇ事があるんだよ」

意地悪く笑んだに突っ込みを入れつつ、土方は表情を真剣なそれへと変えて座りなおしたの前に立つ。

そのまま上から見下ろしながら、その瞳に鋭い光を宿して土方はゆっくりと口を開いた。

「今街中に、こんな噂が流れてやがる」

「・・・噂?」

「遠山珍太郎っつー奉行に、テメェが捕まってるって噂だ」

土方の言葉に、の眉がピクリと動いた。

それを見逃す土方ではない。―――今まで何を聞かされても大して反応を見せなかったの微かな変化に、これから話す自分の考えがまったくの見当違いではないと確信を抱いた。

「一緒になんとかっていうお化けみてーな宇宙生物も捕まってるらしい。ま、お前がここにいる時点でデマだって事は確実だが・・・―――なんでも桂をおびき出す為の餌だって言うじゃねーか」

「・・・・・・」

「・・・テメェ、桂とどういう関係だ?」

ジロリと眼光鋭く睨みつけられ、その静かな口調にもまた鋭さが潜んでいる事に気付き、はしばし思案するように視線を彷徨わせる。

そんな彼女の動作をどう受け取ったのか、土方は更に眼つきを険しくさせて言葉を続けた。

「いつの間にかうやむやにされちまってるが、俺は忘れてねーぜ。お前が池田屋で桂や攘夷派の奴らと一緒にいた事はな」

「・・・・・・」

「答えろ」

厳しい口調でそう言い放った土方に、はその顔に浮かべていた笑みを消して。

そうしてどれほどの時間が過ぎたのだろうか。

ぼんやりと宙を見詰めていたがふと土方に視線を向け、そうしてその無表情だった顔にふんわりとした笑みを乗せた。

「土方くん。私と桂小太郎は昔馴染みなの。子供の頃、同じ私塾に通ってたんだよ」

そう言って柔らかく微笑んだに、土方は僅かに目を瞠った。

思い返してみれば、はいつも笑顔を浮かべていた。

楽しそうに、からかうように・・・何かを誤魔化すように。

けれど、こんなにも柔らかく優しく微笑むを、土方は初めて見た。

まるででないような・・・。―――まるで見知らぬ人のように。

「・・・昔馴染み?」

「そうだよ」

搾り出すような土方の声色にも、はなんでもない事のようにさらりと答える。

そんなを前に、土方は手の皮が破れてしまうのではないかと思われるほど強く拳を握り締め、ギリリと歯を噛み締めながら無言のまま踵を返した。

それは決して自分には向けられない・・・―――それは桂だけに向けられる微笑み。

何にも執着しないように見えるの、特別に位置する者。

簡単に、ポーカーフェイスのようなの笑顔を変えてしまえる者。

「なら、これ以上アイツに深入りはしねーこったな。さもないと・・・」

それがこんなにも悔しく思えるなんて、それこそ心外で心底悔しいけれど。

「そんな心配はいらないよ」

部屋を出る間際、背中から聞こえたその声は、酷く悲しい響きが含まれていて。

その声と、おそらくは今もまだ微笑んでいるのだろうの笑顔を振り切るように、土方は音を立てて襖を閉めた。

 

 

例の噂を耳にしてから数日後、場所を考えればとても珍しい・・・けれどとても見知った顔であり、けれど待ち望んでいた人物とは違う来客の姿に、は目を丸くして小さく首を傾げた。

「・・・銀ちゃん?」

「や〜っぱりここだったか。ま、そんなこったろーと思ってたけどよ」

珍しい来客の姿に勿論良い顔はしない土方を何とか追い返して、客間で向かい合って座った銀時は開口一番そう言った。

その言葉の意味が解らないほどは鈍感ではない。

間違いなく、銀時は桂からが行方を眩ましたという話を聞いたのだろう。―――寧ろそれはまるまる予測の範囲内ではあった。

が銀時をどれほど信頼しているのかも、身を寄せるほどの親しい人物がそれほど多くはない事も、桂にはお見通しだったのだろう。

だからこそは、躊躇いつつも真撰組に身を寄せたのだ。―――勿論それに銀時が気付くだろう事も予測の範囲内である。

「ヅラの奴がうるせーんだよな。テメーが居なくなったっつって事あるごとに家に駆け込んで来やがって。ゆっくりジャンプも読めねーじゃねーか。どーしてくれんだよ、コノヤロー」

んな事、私の知った事かよ。つーかいい加減ジャンプから卒業しろよ

顔を合わせて早々愚痴りだした銀時に向かい、は輝くような笑顔を浮かべて言い放つ。

しかしは気付いていた。―――いつも通りにぼやきつつも、彼のその瞳が真剣な色を宿しているのを。

そして銀時もまたがそれに気付いている事を知っていたのだろう。

浮かべていた不機嫌な表情を引き締めて、しかし視線は宙に漂わせたまま、まるで独り言のように小さく呟いた。

「・・・で、何があった?」

低く響く・・・けれど労わるような優しい雰囲気を秘めたその声色に、もまた銀時から視線を逸らし、何を見るでもなくぼんやりと視線を彷徨わせる。

何があった、と聞かれれば・・・何もなかったと答えるしかない。―――事実、銀時に語って聞かせるような劇的な出来事があったわけではない。

ただそれは密やかに・・・ゆっくりと浸透するように、いつの間にかすぐ傍まで迫ってきていたのだ。

「この間ね、小太郎ちゃんが真撰組に追われて行方不明になってたの。その時に匿ってくれたっていう、某少年漫画のかなり濃ゆい主人公が使う格闘技と同じ名前のラーメン屋の女主人となんか良い雰囲気でさ。そこの女主人がこれまた良い女の人でね、小太郎ちゃんの傍に居るのはあんな人が良いんじゃないかなって思ったんだよね」

今もまだ脳裏に焼きついている、その優しくも悲しい光景を思い出す。

とても綺麗だと思った。―――そして自分には縁のないものだとも。

「なんだよ。それで拗ねて家出ですか、コノヤロー」

「ううん、違うよ。―――ま、きっかけになったっていう意味では違わないんだけど」

呆れたような銀時の言葉に小さく笑みを零して、大きくため息を吐き出しながらは吹っ切るようにもう一度笑う。

「私って、今までの人生があんな感じだったし、私自身はこんな感じだし?なんか厄介な人の目に留まってるっていうか、厄介事が押し寄せてくるっていうか、もういっそ圧し掛かって来てるみたいな」

「・・・・・・」

「小太郎ちゃんにも迷惑掛けちゃうだろうなって思ったんだけど、それでもなるようになるだろうし、今までも何とかなってきたんだから今回も何とかなるだろうって思ってたんだけどね」

そう言って言葉を切ると、冗談めかしてそう語っていたの表情がふと違う色を見せる。

「でも・・・本当にそれで良いのかなって思ったの」

ポツリと付け加えられた言葉に、そっぽを向いていた銀時の眉がピクリと動いた。

「小太郎ちゃんと居たいっていう私のわがままの為に、小太郎ちゃんを厄介というか危険というか物騒な事に巻き込んじゃうのはどうかなって。それってきっと、小太郎ちゃんの為にも私の為にも、良い事なんてないんじゃないかな」

思ったよりも穏やかな口調で続けられたその言葉に、銀時は小さく息を吐く。

まったくもって主語の欠けた話ではあるが、まったくもって話が見えないわけでもない。

きっと詳しく聞いたところでは答えはしないのだろうが・・・―――それでも現在のが抱え得る厄介事とやらにまったくの心当たりがないわけでもなかった。

だからこそ、の気持ちも解るのだ。

勿論それが正しい事なのかどうかは、銀時には判断のしようがない。―――ただ、ひとつ言える事は。

このままを放ってはおけない、という事。

つらつらとそんな事を考える銀時を知ってか知らずか、は足を伸ばして楽な体勢を作ると、両手を後ろについて天井を仰ぐようにして微笑んだ。

「小太郎ちゃんは変わった。それはきっと、銀ちゃんたちのおかげだと思うの。だから、これ以上小太郎ちゃんをきな臭い事に巻き込みたくない。そんなのは・・・私だけで十分だから」

なんて悲しい決意なのだろうと銀時は思う。

いつもいつもそうやって自分ひとりで抱え込んで・・・悩んで、苦しんで。

けれどそれがどれほど周りの人間たちへの心配を煽るのか、彼女は知らない。

そしては解っていないのだ。

桂がたくさんの人と関わり、結果穏健派へと変わって行ったように・・・―――もまた同じように変わって行ったのだと。

今のは、銀時が初めて出逢った時と・・・そしてかつて攘夷戦争で戦っていたあの時とは、随分と変わっているのだから。

「ま、オメーがそう決めたんなら、俺はなんにも言うつもりはねーけどな。ただ・・・」

それでも銀時はそれを口にはしない。

口にしたところでが素直に頷く筈などない事は解りきっていたし、またそれを伝えるべきなのは自分ではないのだと解っていたからだ。

曖昧に言葉を切って立ち上がり、自分を不思議そうに見上げるを見下ろして、銀時は口元に小さく笑みを浮かべる。

適材適所という言葉がある。

今の自分の役割は、ここまでだ。

「ヅラはテメーの事探してたぞ」

踵を返しながらそう言えば、背中越しにが息を呑んだ音が聞こえた。

それにもう一度笑みを零して、面倒くさそうにガシガシと髪の毛を掻き毟りながら、銀時は先ほどまでとは違う軽い口調で口を開く。

「ほっといてやれっつってんのに、相談に来たかと思えば逆ギレして帰るし、指名手配犯だってのに街中ふらついて真撰組に見つかっては騒動起こすし・・・」

本当に、桂は昔からちっとも変わらない。

融通の利かない頑固さも、に対する過ぎたほどの過保護さも。

「挙句の果てにはお前が捕まったってガセ情報真に受けて、カレー持って忍者の修行までする始末だ。前々から思ってたけど手に負えないね、アイツは」

っていうかなんで忍者?寧ろなんでカレー?つーかまたコスプレなの?

こちらからは見えないの表情が引き攣っている様が手に取るように解り、少しだけいつもの調子を取り戻してきたに気付いた銀時は、戸口に手を掛けて首だけ僅かに振り返った。

「アイツの手綱を握るのがオメーの役目だろ?」

「私は・・・」

「じゃー、またな」

言いたいだけを言い残し、躊躇いがちなの言葉を遮るようにそう言って後ろ手に手を振った銀時は、少し離れた場所でこちらの様子を窺う土方を見やりながら、何食わぬ顔をして日当たりの良い廊下を歩く。

こうなれば後はなるようにしかならないと半ば投げやりに・・・―――けれど不思議なほど楽観的に何とかなるだろうと思いながら。

そんな銀時の背中を無言で見送ったは、先ほどまでと同じように静かな部屋で1人、ぼんやりと庭を眺めながら思案する。

自分は一体、どうするべきなのか。

その答えはもうとっくに出ているはずだというのに・・・―――それでもまた堂々巡りにしかならない自問自答を繰り返しつつ、どれほどそうしていたのか解らないほど考え込んでいたは意を決したように立ち上がった。

そのまま決意が薄れない内にと勢い良く部屋を出たの瞳に、夕日で赤く染められた庭が飛び込んでくる。

赤い、赤い、それは見事なほどの・・・。

「あれ、さん。どっか出かけるんですかィ?」

不意に声を掛けられ弾かれたように振り返ると、不思議そうな表情を浮かべた沖田が訝しげに首を傾げる。

「・・・ちょっと買い物にね」

瞳を伏せてそう呟きながら、は薄い笑みを張り付かせた。

そう、忘れてはいけないのだ。―――それを思い出させてくれたこの赤い夕日と、あと少しで暴走しそうだった己を無意識に引き止めてくれた沖田に、は心から感謝した。

「買い物なら山崎の奴をパシらせますぜィ?」

「いいの、女の子の必需品を買いに行くから

気を遣って申し出てくれた沖田に向かい、笑顔を浮かべて問答無用で断ると、はヒラリと手を振って足を踏み出した。

「・・・行ってらっしゃ〜い」

その違和感の拭えない・・・それでも干渉を拒むような背中を見送りながら、沖田は気の抜けた声色で彼女を送り出す。

の放つ雰囲気が、より一層暗いものへと変化した気がする。―――そんな事を考えながら、沖田は今は誰もいない客間へと視線を向けた。

今日、に会いに銀時が来たのだという事は、沖田も隊員たちから聞いて知っている。

銀時もかなり不思議な人物ではあるが、思えばそんな彼と知り合いだというもまた不思議な人だ。

いつも明るく笑顔を振りまき、言いたい放題やりたい放題で毎日を謳歌しているように見えるのに。

には、絶対に拭い去れない暗く深い闇が、いつも彼女の隣にあるようで。

それは彼女だけではなく、銀時もまたそうなのだけれど。

ぼんやりと考え込んでいた沖田は、自分のそんな埒のない考えを振り払うようにため息を吐き出して、自分もまた昼寝でもするかと思い直し縁側へと足を向ける。―――もう既に昼寝といえるような時間帯でない事はこの際置いておいて。

そんな沖田の耳に、遠慮のない笑い声が届いたのは直後の事だった。

陽気すぎる笑い声を訝しく思いながら屯所の門へと足を運ぶと、そこには赤いコートを着たもじゃもじゃ頭の男が門番の隊士たちが困惑するのもなんのその、近所迷惑なほど大音量で何がそんなに楽しいのか首を傾げたくなるくらい楽しげに笑っている。

「おーおー、ここじゃここじゃ。や〜っと見つけたぜよ」

どうやらこのはた迷惑な男は、真撰組に用があるらしい。

このまま放っておいても構わないのだが、少しだけ興味を引かれて、沖田は困りきっている隊士たちの後ろから顔を出してその男へと声を掛けた。

「ん?なんだ、アンタ?真撰組に用事でもあるんですかィ?」

「あっはっは!わしは坂本っちゅーもんじゃが、ここにがおるって聞いて迎えに来たんじゃ。悪いが呼んできてくれんかの〜」

坂本と名乗った男の言葉にピンと来る。

おそらくはが言っていた『迎え』は、彼の事なのだろう。

が屯所に来てからもうかなり経つけれど、漸く彼女の迎えが来たのだ。

どちらかといえばとは相性が合いそうで合わなさそうなこの男と、一体どういう関係なのかという興味を個人的に抱きながら、沖田はいつもどおりの無表情を装う。

この男と共にどこへ行くのかは知らないが、はおそらくこの江戸を出て行くつもりなのだろう。―――そう思うと、身体のどこかがチクリと痛みを感じた気がした。

「ああ、さんならさっき買い物に出ましたぜィ」

「おーい、〜!迎えに来たぜよ、はよ出て来んしゃい!」

しかし内心の動揺を押し隠してそう告げた沖田の言葉を聞いていないのか聞き流しているのか、屯所の中を覗き込みながらそう叫ぶ坂本に沖田の頬がヒクリと動いた。

「・・・だからさんは買い物に出たって」

「遅くなってすまんかったの〜!あんまり遅くなったから怒ってしもうたか?あっはっは、こんくらいで拗ねて出てこんとは、おんしも可愛いところがあるもんじゃ。あっはっは!」

聞けよ、人の話

「グホォ!!」

間違いなく聞いていない坂本に苛立ちまぎれに鉄拳制裁を食らわして、沖田はもうそこにはいないの背中を探すように通りに目をやる。

そうしておそらくはどこからかこの状況を見ているのだろう土方を思い浮かべ、呆れと苛立ちと落胆のため息を吐き出しながら、もうこの場には用はないとばかりに踵を返した。

「・・・まったく、肝心な時に意気地がねー人でさァ」

沖田の渾身の一撃で今もまだのた打ち回る坂本をそのままに、沖田はため息混じりにそう呟くと、今度こそ昼寝をすべくポケットからアイマスクを取り出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回で終わらせるつもりが、うっかり伸びてしまいました。

いや、このまま続けるとかなり長くなったもので。(いつもそんなの)

いつかはコンパクトに話を纏められるようになりたいです。

作成日 2007.8.7

更新日 2008.6.27

 

 

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