なんだかんだといいつつも、歌舞伎町は夜も昼も騒々しい。

「おのれ、どこへ行った!」

「まだそんなに遠くへは行っていないはずだ。探せ!!」

いつも通り、僧の格好をして道端に座り込んでいる桂と、その隣で暇を持て余したように欠伸を漏らす

そんな2人の前を、数人の男が怒声を上げて駆けて行く。

彼らが誰を捜しているのか、それは2人の知るところではないし、また興味もない。―――勿論巻き込まれるつもりも毛頭ないのだけれど。

「おい、行ったぞ」

不意に桂が、自分の前においてある空き缶に向かいそう言葉を発した。

一応は通りすがりの人にお賽銭を入れてもらおうと思って置いてあるそれは、残念ながら置いた時同様すっからかんである。

「おい、行ったと言っている!」

しかし桂は何の反応もない空き缶に向かい、少しだけ苛立ったように再び声を上げる。

それでも何の返答もない事にとうとう焦れたのか、ダンと勢い良く足を踏みしめ渾身の力で空き缶に向かい叫び声を上げた。

「行ったと言ってるだろうがー!!」

「んなトコ隠れられるかー!!」

空き缶に向かい怒鳴り声を上げる桂に対し、その背後の壁の向こう側に隠れていた銀時が、耐え切れなくなったのか強烈な突っ込みを入れつつ姿を現す。

そんな彼の両手に抱えられているものに視線を向けて・・・―――は盛大にため息を吐き出した。

 

子供は親を映す

 

「なんだ。結局そっちに隠れたのか」

大声で叫んだ為に通行人の視線を一身に浴びながら、桂は背後の垣根から姿を現した銀時を認めて呆れたように呟いた。

しかし銀時はそんな桂の発言に盛大に頬を引きつらせつつ、勢いに任せて突っ込みを入れながら通りへと飛び出してくる。

「結局もくそも、はなっからそんなところ隠れられるわけねーだろ!馬鹿か、お前は!馬鹿だろ!」

「馬鹿じゃない、桂だ」

銀時の言葉にさらりと訂正を入れて、桂は漸く己の前に姿を現した銀時と向き合う。―――それと同じように桂の横からひょいと首を伸ばしたは、彼の両腕に抱きかかえられている小さな存在を認めて訝しげに眉を寄せた。

「銀ちゃん、隠し子なんていつの間に・・・」

銀時の腕の中に納まっている赤ん坊は、注目を集めているというのに臆した様子もなくじっとこちらを見上げている。

そのどんな状況でも動じないふてぶてしさは、さすが銀時にそっくりだとそう思う。―――勿論見た目も至極似ていたのだけれど。

しかしのそんな言葉に、赤ん坊を抱きかかえていた銀時が猛烈に反論した。

「違ぇよ!俺の子じゃないから!!」

「責任逃れするつもり?酷いパパもいたもんだわ。小太郎ちゃんはこんなパパになっちゃだめよ」

「うむ、心得た」

明らかに非難のこもったの発言に銀時は一瞬怯んだ様子を見せる。―――それを無視して桂にそう言い含めれば、桂はコクリと素直に頷いてみせる。

そんな様子に己の不利を悟った銀時が、噛み付くような勢いで口を開いた。

「心得たじゃねーよ。つーかお前子供作る気なのかよ!その前に自分の身を綺麗にする事から始めねーと駄目なんじゃないの、指名手配犯」

「指名手配犯じゃない、桂だ」

先ほどと同じようなやり取りをする2人を横目に、はフムと小さく声を上げて。

「んー、どうしてもって言うなら私が産んであげてもいいわよ」

「・・・なっ!!」

さらりと告げられた言葉に、桂が呆気に取られたようにを見下ろす。

それに小さく笑みを零すを認めて、銀時が呆れたように口を開いた。―――先ほどの発言は、にとっては軽い冗談の内なのかもしれないけれど。

「おいおい、性質悪い冗談やめとけよ。ヅラが本気にしたらどーすんだ?」

「やだ、銀ちゃん。いくら小太郎ちゃんでもそんな・・・―――そうだね。小太郎ちゃん、今の半分冗談だから

「・・・そうか」

銀時の言葉を軽く笑い飛ばして桂を見やったは、顔を真っ赤に染め上げてこちらを見る桂の視線に気付き、僅かに頬を引き攣らせながら納得したように頷いてからあっさりと前言を撤回した。

それにあからさまに残念そうに表情を曇らせる桂を見上げて、そんなにも子供が欲しいのだろうかと疑問を抱く。

実際問題として、こんな生活をしている彼に子供がいたとすれば、それはそれで普通の家庭よりもずっと大変だとは思うのだけれど。

相変わらず桂は読めない男だと、は改めてそう思う。―――特別子供が嫌いなわけではないだろうが、特別子供が好きだという印象もなかったのだけれど。

そこのところ銀時はどうなのだろうか?

そんな疑問を抱いたは、そのまま視線を銀時へと向けて口を開いた。

「でもまぁ、銀ちゃんもどうしても子供が欲しいって言うなら産んであげようか?」

「マジでか!それはあれか?この銀さんに身も心も預けてもいいっつー・・・」

の言葉に思わず身を乗り出して危険な発言をしそうになった銀時へ、の厳しい突っ込みが飛ぶ。

バシンと景気のいい音を立てて銀時の頭を叩いたは、にっこりと微笑みながら問答無用で言い放った。

「銀ちゃん。ここ年齢制限なしのサイトだから、危険な発言はやめてね」

「人に危険な攻撃食らわすのはいいんですかね、サン」

「つーか自分で注意促しといてばっちり騙されてんじゃねーよ、天パー

返ってきた不満げな言葉も一蹴して、はクルリと踵を返す。

いつまでもこんなところで無駄話を続けている気はない。―――それでなくとも先ほどから通行人から注目を集めているというのに。

そんなの考えを読み取ったのか、桂と銀時もそれ以上は文句を言わずにについて歩き始める。

そうして移動を開始し、当てもなくぶらぶらと通りを歩きながら、桂はふと隣を歩く銀時へと視線を向けつつ本題に入った。

「銀時、あれはおそらく攘夷浪士だ。そしてあの連中が言っていた橋田屋とは、あの江戸でも屈指の巨大企業の事だろう」

先ほど銀時を探して街中を走り回っていた男たちを思い出し、桂は納得したように頷く。

それに意外だと言わんばかりに軽く眉を上げた銀時は、表情を真面目なそれへと変えて桂へと視線を向けた。

「何か知ってるのか?」

「橋田賀兵衛という男は曲者でな。攘夷浪士たちを援助する代わり奴らを闇で動かし、今では一商人とは思えんほどの権力を有しているらしい」

「なんでそんな奴の孫が俺のところに・・・」

桂の説明に、銀時は解らないとばかりに眉を寄せた。

まさに疑問はそこだ。

昔ならばともかく、今の銀時は攘夷浪士ではない。―――もちろん、そんな曰くありげな噂のある橋田屋と関わった覚えもない。

では何故、そこの孫が自分のところへ来たのだろう。

そんな疑問を抱いた銀時を横目に、桂とは思うところがあるのか、揃って冷たい視線を投げ掛けた。

「さてはお前、賀兵衛のところの娘とにゃんにゃん・・・」

「やだー、銀ちゃんってば。節操ないんだから。―――手ぇ出す相手は選んだ方がいいよ?」

「だから違うって言ってんだろー!なに、にゃんにゃんって!お前古いんだよ、夕焼けか!!」

2人から揃って向けられる何度目かの疑惑に、銀時は渾身の力を込めて反論した。

このままだと、この赤ん坊は本当に自分の子だと認知されかねない。

しかしそんな銀時の反論を最初から聞く気などないのか、桂は銀時から赤ん坊を受け取ると、しげしげと興味深そうに見つめながら高い高いとあやし始めた。

「しかしこのふてぶてしさ。どう見てもお前とそっくりだぞ。赤子は泣くのが仕事だというのに職務放棄か、貴様!あははははー!!」

「どんなあやし方だー!!」

「ふふふ、小太郎ちゃん上手〜い」

「どこがだー!!」

すごむような顔で子供をあやす桂と、それを微笑ましそうに眺めるに渾身の突っ込みを入れて、銀時は奪い取るように赤ん坊を腕に抱きかかえた。

そうしてそんなあやされ方をしたにも関わらず怯んだ様子などまったくない赤ん坊を見下ろして、疲れたようにため息を吐き出す。

「冗談じゃねーよ。こんな時に泣き喚かれてみろ。ほんと川にぶん投げるところだぞ」

「ばばーん!」

銀時の言葉に同意するように声を上げる赤ん坊に、銀時はしっかりと頷いて見せて。

「あーそうだ。男はな、パーマに失敗した時以外は泣いちゃいけねーよ。お前はその辺見込みあるぞ。新八よりある」

銀ちゃんの新八くんの評価ってその程度なのね。―――っていうか、パーマに失敗した事なんてないでしょ、天パー」

さりげない銀時の言葉に、がやる気なさそうに突っ込みを入れる。

突っ込むならもっと景気良く突っ込めよ、と銀時が文句を口にするその前に、赤ん坊を眺めていた桂が小さく笑みを浮かべて声を掛けた。

「おい、銀時。下、下」

「ああ?」

「あ〜らら、大洪水」

桂の指摘に視線を地面へと向ければ、いつの間にかそこには水溜りが出来ている。―――否、厳密に言えばそれは水溜りではないけれど。

「上は大丈夫だが、下は泣き虫らしい」

「・・・ったく、しょーがねーなぁ。―――じゃあな、ヅラ、

微笑ましそうにそう呟く桂に、銀時は諦めたようにため息を吐き出して。

けれどさすがにこのままにしておくわけにもいかず、銀時はさっさとオムツを取り替えるべく赤ん坊を抱えなおし、後ろ手に手を振りながら2人に別れを告げて歩き出した。

そんな銀時の後姿を眺めていたが、心配そうにポツリと呟く。

「・・・大丈夫かなぁ、銀ちゃんと赤ちゃん」

「心配か?」

「そりゃそうよ。小太郎ちゃんだってそうなんでしょ?」

「・・・そうだな」

銀時はともかく、あの赤ん坊が心配だ。

彼が赤ん坊の扱いを心得ているとは思えないし、何よりも怪しいやつらに追われているのだ。―――まぁそれでも、銀時の事だからそれなりにはちゃんとやるのだろうが。

そう感想を漏らしつつがひょいと肩を竦めたのを見て、同じように銀時の背中を見送っていた桂が静かな声で口を開いた。

「・・・。やはりあの赤子が心配だ。銀時と一緒に行ってちょっと様子を見てやってくれないか?」

「・・・小太郎ちゃん?」

「心配なのだろう?」

掛けられた言葉にコクリと首を傾げるに、桂はやんわりと微笑みながらそう告げる。

本当は気になって仕方がないのではないだろうか。―――もしもここに桂がいなければ、付いて行ったのではないだろうかとそう思ったから。

が姿を消したあの一件から、彼女は出来る限り桂から離れようとはしない。

それはあの件で心を痛めていた桂への罪滅ぼしなのかもしれないとそう思う。

が傍にいる事自体は嬉しい事だけれど、それで彼女の自由奔放さが失われてしまうのはもったいない気がした。―――それが彼女の魅力でもあるのだから。

だからこそ桂は、へそう提案した。―――気にする必要はないのだと。

「日暮れまでには戻って来い。今日は俺が夕食の準備をしておこう」

「小太郎ちゃんが夕食の準備したら、大抵はソバになっちゃうんだけど・・・」

桂のそんな想いを察して気まずそうに俯くを見て、桂はやんわりと微笑む。

「ソバは嫌いか?」

「・・・ううん、そんな事ない。―――ありがとう、小太郎ちゃん」

問い掛けられて、は緩々と首を横へ振った。

桂が作った食事を食べるのは嫌いではない。―――そんな何気ない日常を、はとても愛している。

そうして桂の気遣いをありがたく思いながら、パッと顔を上げたは微笑む桂へ向かい笑顔を浮かべて手を上げた。

「じゃ、ちょっと行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

返ってくる言葉に幸せそうに微笑みながら、は銀時が消えた通りへ向けて駆け出した。

 

 

桂と、2人と別れた銀時は、お漏らしをしたままの赤ん坊を連れて公園に向かった。

生まれて初めて買ったオムツを慣れない手つきで替え、そうしてすっきりとした顔を見せる赤子を背中へくくりつけてから、すぐ近くに聳え立つ大きな建物を見上げる。

これまで一度だって橋田屋と関わりを持った事などなかったし、今でもどうしてそこの孫が自分のところへ置き去りにされたのかは解らないけれど。

それでもそこに行かなければ真実が判明しない事も銀時は解っていた。―――イコール、自分がいつまで経っても赤ん坊から解放されないという事も。

「おし、いっちょ行くか」

「どこに行くの〜?」

間違いなく厄介事が待ち受けるだろう橋田屋を見上げて控えめに気合を入れた銀時の背中から、聞き慣れた高い声が響いた。

それに反射的に振り返ると、そこにはニコニコと笑顔を浮かべたが立っている。

「・・・?」

「なんか楽しそうだね〜。私もご一緒してい〜い?」

呆気に取られた銀時などそのままに、ゆっくりとした足取りで歩み寄るは、なんでもないかのようにそう申し出た。

ともあろう者が、自ら厄介事に巻き込まれに行くというのだ。―――それ以上に、公にはされていないものの攘夷浪士である彼女がそこに向かうというのは、もしかすると想像以上に厄介な事かもしれないというのに。

「一緒って・・・お前、ヅラはどうしたんだよ」

そしてそれを桂がそう簡単に見逃すだろうか?

に対しては行き過ぎだと思えるほど過保護な、あの桂が。

そんな銀時の考えを読んだのか、は殊更深く笑みを浮かべて。

「その小太郎ちゃんが心配してたんだよ。―――赤ちゃん、銀ちゃんに任せとくの」

「・・・あー、そうですかー」

からかうように告げるに、すべてを察した銀時は呆れたようにため息を吐いた。

おそらく・・・いや、間違いなく桂は負けたのだ。―――言葉にしなくとも心にあるだろう、の願いに。

それが自分に関係しているという事実は嬉しくもある。―――まぁ、絶対に口に出すようなマネはしないけれど。

「私が一緒だと心強いでしょ」

「・・・そーだな」

隣に並んで同じように橋田屋を見上げて口を開くを横目に、銀時もまた穏やかな笑みを浮かべつつ答える。

背中で、赤ん坊がはしゃいだ声を上げた。

 

◆どうでもいい戯言◆

今回ちょっと短めで。

やっぱりアニメ1話分を小説1話で纏めるのは無理な模様。

大体が余計な話し入れて長くしちゃいますしね、私の場合。(反省の色なし)

作成日 2008.4.18

更新日 2008.9.19

 

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