「ったくよぉ〜。めんどくさいったらねぇよな。なんで俺がわざわざこんな面倒ごとに首突っ込まなきゃなんないんだよ」

隣でぶつぶつ呟きながら歩みを進める銀時を横目に、は小さくため息を吐き出す。

それはこっちの台詞だと思わず突っ込みたい衝動に駆られたが、今の自分は勝手についてきているのだからとやかく言えた義理ではないけれど。

背中には、泣くことも笑うこともしない、銀時そっくりの赤ん坊が1人。

よくもここまで似ているものである。―――この赤ん坊の父親がどんな人物なのか、興味をそそられるところではあるが。

「もー、銀ちゃんうるさい。あんまり煩いとぶっ飛ばしちゃうよ」

「おー、やれるもんならやってみろ。その代わり赤ん坊も一緒にぶっ飛んじまうぞ」

「何言ってるの、銀ちゃん。私がそんなヘマするはずないじゃない」

輝くような笑顔でそう告げれば、思うところがあるのか銀時はすぐさま口を閉ざした。

それを認めて、ため息をもうひとつ。

なんだかんだ言いつつ、銀時は厄介ごとに巻き込まれるのだ。―――そしてそれを回避するつもりも、彼にはないのかもしれない。

「・・・ほんと、厄介な男」

それは今、彼と共に歩いている自分が言えた言葉ではないけれど。

 

なんだかんだ言っても、やっぱりはかすがい

 

「だ〜から、社長に会わせてくれって言ってんだよ」

「失礼ですが、アポの方は取られていらっしゃいますか?」

「なんだ、アポって?あっ、あー、北国のフルーツ。なに、社長好きなの?青森アポォ」

「アップルじゃねーよ。なんでそこだけ英語なんだよ」

橋田屋へ向かったのはいいものの、得体の知れない一般人が社長に簡単に会えるわけもなく、当然ながら受付で捕まった銀時は、営業スマイルを浮かべる受付嬢相手に面倒臭そうに面会を求める。

そこから僅かに離れた場所で銀時たちの様子を窺っていたは、さてどうしたものかとぐるりと視界を巡らせる。

どうしたものかも何も、このままだと一月掛かっても会える気がしないが。

「なんなんだよ、アポォとかよ。こっちは社長に会いたいだけだっつーのにな」

「アポォ!」

「そーだよ。最近の日本はな、何をするにも手続きは必要で、フットワークが悪い時代なんだよ。―――あ〜あ!一体日本はどこへ行こうとしてるのかねぇ!!」

「バブゥ!!」

銀時のぼやきに、赤ん坊が合いの手を入れる。

血縁関係は勿論ないはずだが、妙に息があっているのは気のせいなのだろうか?

そんな事を考えながら視界を巡らせていたは、ロビーにいる人々の合間から漸く目当てのものを見つけ出し、ニヤリと口角を上げる。

その間にも、銀時と受付嬢の攻防戦は続いていた。

「すいません、あんまり騒がないでいただけます?」

他の客の前であるにも関わらず遠慮なく声を上げる銀時を見かねて、受付嬢の1人が引き攣った笑顔を浮かべたままそう申し出る。

しかしその傍らで関わらないようにと距離を置いていた受付嬢が、チラリと銀時の背中にくくりつけられている赤ん坊を認めて軽く目を見開いた。

「あっ、ちょっと待って。ひょっとしてその子、社長の・・・」

しかしすべてを言い終わる前に、突如巨大な破壊音が響き渡った。

「なに?何の音?」

突然の出来事にわけもわからず慌てる受付嬢を認めて、既に目当てのものを確保しておいたが楽しそうに声を上げる。

「銀ちゃ〜ん!こっちこっち!エレベーター来たよ!」

「おー、でかした」

「あっ、ちょっと!勝手に入っちゃ困ります!ちょっと!!」

パタパタと手招きをするに賞賛の言葉を送って、銀時は何の躊躇いもなくエレベーターに向かう。

引き止める受付嬢の言葉も軽く流して、エレベータに収まった銀時は慌てた様子を見せる受付嬢に向かって軽く手を振って見せた。

「アポォ!」

からかうような言葉と共に、エレベーターのドアがゆっくりと閉まる。

こうなってしまえば、もうこちらのものだ。―――後はこのエレベーターが社長のいる場所まで運んでくれる。

そんな余裕が生まれたからなのか、今もまだ閉じたエレベーターの扉に向かって手を上げたままの銀時を認めて、は大げさにため息を吐いて見せた。

「やだ、どうしよう。こんなのと一緒にいて間違って同類だと思われたら、私ショックでこのビルごと爆弾でふっ飛ばしちゃうかも

「おいおい、さん。それはないんじゃないの〜?俺たち友達でしょ〜?つーかこの3ショットだと親子だと思われてたりして〜」

寝言は寝て言え。私はまだ子供生んだ事なんかないっていうか、私の子供がこんな魚の死んだような目をした男に似てるわけないでしょ。そんなの私が認めないわ。私の子供なら私の子供らしく、私に似て可愛くずる賢く計算高くないと!

「え!?それってお前にとっては褒め言葉なの?ねぇ!!」

真剣な面持ちで言い切るに、興味なさそうに聞いていた銀時が思わず振り返りつつ突っ込みを入れる。

「さてと、おしゃべりはこれくらいにして・・・」

しかしはそれにも取り合う気はさらさらないのか、そう言うや否や着物の袖に手を入れると、何の前触れもなくそこから球状の爆弾を取り出した。

それを目に映して、すぐさま銀時の表情が引き攣る。

「お、おい。なにやってんの、お前。何爆弾なんて準備しちゃってんの!?」

「ちょっと厄介なお出迎えがありそうだから、お土産の用意をね」

「おいおい、そりゃまた刺激的なお土産だな」

「そりゃそうよ。3倍返しが私の主義だから」

事も無げに言い放つに呆れたようにそう返して、銀時は素知らぬ顔で低い天井を見上げる。

こうなってしまっては、何を言っても効果がない事は理解している。―――それにがそういうのであれば、厄介なお出迎えがあるというのも間違いないのだろう。

まぁ、おそらくは突然姿を消したのだろう橋田屋の孫がいる時点で、それは疑いようもない事に思えたけれど。

そんな銀時の考えを読み取ったのか、は更に笑みを深めて再び着物の裾へと手を伸ばす。―――そうしてそこから今度は赤い球状のものを取り出し銀時へと差し出した。

「はい、銀ちゃん。青森アップル」

「おー、サンキュー。ってお前何でこんなの持ってんの?」

「さっき八百屋のおじさんからもらったの。私の顔を見るといっつもおまけしてくれるのよ。お徳でしょ?」

真っ赤に熟れたりんごを銀時と赤ん坊に手渡しながら、がお手製の爆弾を楽しそうに弄ぶ。

そしてそれをエレベーターが動きを止めたと同時に扉の方へと投げつけると、巨大な破壊音と多量の煙。

どうやら破壊を目的として作られたものではないらしい。―――それにホッと安堵しつつも、残ったエレベーターのドアを蹴破って、銀時は到着したフロアに足を踏み入れた。

「おーい、社長室はここかい?」

「なっ、なにぃ!?」

あからさまに気合の抜けた声を上げながら突然姿を現した銀時に、その場にいた全員が呆気に取られて立ちつくす。

そんな中、銀時は先ほどから手渡されたりんごを一口齧り、それを印籠のように目の前に突き出した。

「これで・・・面会してくれるよな。―――アポォ」

「アポォ!」

銀時の行動を真似て、赤ん坊もまた得意げにりんごを突き出す。

まだ赤ん坊には固形のりんごは早いんじゃないかと、赤ん坊にりんごを手渡した本人はそんなどうでもいい事を考えながら、もまた控えめにフロアに足を踏み入れた。

そこには何故か新八や神楽、そして長谷川の姿がある。

他には若い女性と、それらを囲む悪人顔の男たち。―――そうして一番奥で一番動揺している初老の男が、橋田屋の社長なのだろう。

「なんだ、貴様。何者だ?」

「あー?なんだ、君はっ!てか。―――そうです、私が子守狼です」

「銀さん!!」

「勘七郎!!」

男たちの怒鳴り声もなんのその、いつも通りおちゃらけた様子で軽く頭を下げた銀時を認めて、新八が助かったとばかりに名前を呼んだ。―――その隣で、にとっては見覚えのない女性も聞き覚えのない名前を叫ぶ。

どうやら銀時の背中にくくりつけられている赤ん坊の名前は勘七郎で、あの女性が勘七郎の母親らしい。

改めて得た情報をぼんやりと反芻しながらも辺りを見回した銀時は、これ以上ないほどうんざりとした様子で軽く肩を竦めて見せた。

「な〜んか面倒な事になってんな・・・。おーい、新八。30字以内に簡潔に述べろ」

「無理です、銀さんこそどうしてここに?しかも何故かさんまでいるし・・・。30字以内に簡潔に述べてください」

「無理だ」

「無理ね」

うっかり返された言葉をそのままスルーして、銀時とは顔を見合わせて同意を示す。

どうやら最初から答える気はないらしい。―――そんな事をしなくても、この場にそれほど支障があるとも思えなかった。

しかしこちらは違う。

まったくもってこの場にいる理由が解らない長谷川が、焦れたように叫び声を上げた。

「おめー馬鹿かっ!わざわざ敵陣に赤ん坊連れてくる奴があるかー!!」

「あれ〜?長谷川さん久しぶり〜!」

「なに暢気に挨拶してんの!この状況解ってんの!?」

ひらひらと手を振りながら笑顔を浮かべるに、長谷川が渾身の突っ込みを入れる。

しかしそれを見ていた銀時が、呆れたような面持ちで再び口を開いた。

「なんだ、オメェ。人が折角助けてやったのに・・・。っていうか、なんでこんなトコにいんだ。30字以内で簡潔の述べろ」

「うるせー!あのジジィはその子狙ってんだよ!自分の息子が孕ませたこの子を足蹴にしておきながら、息子が死んだらその子供を奪って跡取りにしようとしてんだよ!!」

まったく30字以内には収まっていないものの、長谷川の簡単な説明で状況を察した銀時とは、表情は大して変わらないものの不機嫌そうな面持ちで顔を見合わせた。

「・・・ふ〜ん。おいおい、折角ガキ返しに足運んでやったってのに、無駄足だったみてーだな」

「ほ〜んと。なんだか急にあのジジィに殺意沸いちゃった!みたいな」

やってられないとばかりに肩を竦めてみせる銀時とだが、しかし賀兵衛はそんな事などどうでもいいとばかりに言い放った。

「無駄足ではない。それはわしの孫だ。橋田屋の大事な跡取りだ。こちらへ渡せ」

言いつつ手を差し出す賀兵衛。

それを真正面から見返して、銀時はチラリと背中に張り付いている勘七郎へと視線を遣す。

「俺はコイツから解放されんなら、ジジィだろうが母ちゃんだろうがどっちでもいいけどな。―――おい、オメーはどうなんだ?」

「あぶっ!」

「ほー、そうかいそうかい」

赤ん坊の言葉なき訴えをどう解釈したのか、銀時はおもむろに背中に背負っていた勘七郎を引き剥がすと、そのまますぐ傍に立つ母親の方へと放り出した。

「あっ!!」

反射的に勘七郎を受け止めた母親が、驚いたように銀時を見つめる。

その視線を軽く受け流して、賀兵衛を見返した銀時はニヤリと口角を上げた。

「悪いな、ジーさん。ジジィの汚ぇ乳吸うくらいなら、母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がマシだとよ」

「やめてくれません、そのヤラシイ表現!やめてくれません!?」

しっかりと勘七郎を抱きしめながら、母親が抗議の声を上げる。

しかし賀兵衛がそのまま黙っているわけもなかった。

「逃げ切れると思ってるのか?こっちには取って置きの手ごまが残っているのだぞ」

言うと同時に、賀兵衛の背後の扉が一瞬の内に一刀両断される。

そうして姿を現した男は、ニヤリと至極楽しそうに口角を上げた。

「盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人。その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」

賀兵衛の紹介に、目の見えないはずの似蔵はしかしその視線を銀時へと向けて。

「いや〜、また会えると思っていたよ」

「テメェ、あん時の・・・。目が見えなかったのか」

似蔵に声を掛けられた銀時が、驚いたように目を見開く。―――そんな2人を交互に見やって、はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。

「銀ちゃん、こんな怪しい男と知り合いなの?もうちょっと人間関係はじっくり考えた方がいいよ」

「違ぇーよ」

にしては控えめに入れられる辛口の言葉に否定を示すが、しかしその声に今までのような強さはない。―――目の前の似蔵という男が、それだけ危険だという証拠に思えて、は僅かに眉間に皺を寄せた。

「今度は両手が空いているようだね。嬉しいねぇ・・・、これで心置きなく殺り合えるというもんだよ」

「似蔵!勘七郎の所在さえ解ればこっちのもんだ。全員叩っ斬ってしまえ!!」

「銀さん、気をつけてください!そいつ、居合いの達人です。絶対間合いに入っちゃ駄目ですよ!!」

似蔵をけしかける賀兵衛に、先ほどまで散々似蔵に追い回されていた新八が銀時に向かい注意を促す。

しかしそれは、何の効力も発揮はしなかった。

似蔵が構えて剣を抜いたと思った次の瞬間、そこに立っていたはずの似蔵の姿が消えていた。―――それと同時に、銀時の左肩から真っ赤な鮮血が飛び散る。

「銀さん!!」

「銀ちゃん!!」

新八と神楽が揃って声を上げる中、あまりにも自分の世界とは違う光景を呆然と見つめていた勘七郎の母親が、己の腕に何の重みも感じなくなったことに気付いて声を上げる。

「・・・あっ!勘七郎が・・・!!」

「いけないねぇ・・・。赤ん坊はしっかりと抱いておかないと・・・。ねぇ、お母さん」

「勘七郎!!」

一体いつの間に奪ったのか。

しっかりと母親の腕に抱かれていたはずの勘七郎は、今は似蔵の手の内にある。

そうして似蔵は奪った勘七郎を雇い主である賀兵衛へと押し付けて、怪我を負った銀時と改めて向かい合った。

「さすがは似蔵。恐るべき早業。あとはゆっくり高みの見物でもさせてもらうかな」

「悪いねぇ、ダンナ。俺もあの男相手じゃそんなに余裕がないみてぇだ。悪いがさっさとガキ連れて逃げてくれるかね」

「勘七郎!」

賀兵衛の賞賛の声にも大した反応を見せず、更にこの場を去る事を促す彼の言葉に、賀兵衛は素直にその場を去ろうとする。

しかし賀兵衛の腕に抱かれた勘七郎は、それを拒むかのように激しく身じろぎを始めた。

「こら、暴れるな!どうしたというのだ、こら!!」

何とか宥めようとするも、勘七郎は暴れるのを止めない。

それを認めた銀時は、負傷した肩を右手で抑えながら、からかうように小さく笑った。

「おいおい、だいぶ嫌われてるんじゃねーの?俺といた時は、初めてデートする中学男子生徒なみに大人しかったぜ、そいつは。あやし方教えてやろうか」

「なにぃ!?」

「孫ってのは、普通ジィちゃんの事好きなもんだけどな」

軽い怪我ではないだろうに・・・―――それでも銀時はそれを感じさせないような笑みを浮かべて、まっすぐに賀兵衛を見返し言い放った。

「ジィちゃんの資格ねーんじゃねーの、あんた」

「うるさい!似蔵、さっさと止めを刺ぇ!!」

銀時の鋭い言葉に、激昂した賀兵衛が声を荒げる。

そうして足音も荒く去っていく賀兵衛を認めた銀時は、傍らで心配そうに自分を見つめる新八と神楽に視線を移して口を開いた。

「新八、神楽。もういいから、お前らはガキとジジィを追いな」

「でもっ!!」

「いいから行けっつーの。あとで・・・あとで必ず行くからよ」

反論しかけた2人は、しかしいつもとは違い目に光が宿っているのを認め、躊躇いながらも銀時の言葉通りこの場を去った賀兵衛を追いかけた。

「・・・、お前も」

それを見送って、銀時は少し離れた場所で奇跡的に大人しいにも声を掛ける。

しかしはそれをさらりと流して、いつもの読めない笑顔を浮かべて言い放った。

「勘違いしないでよね、銀ちゃん。私は万事屋のスタッフじゃないんだから、好き勝手にやらせてもらうよ」

「・・・

「それに・・・この戦いが終わったら、銀ちゃんの肩の治療もしないとね。もちろん、お代は高くつくけど」

必要以上に可愛らしく微笑んで、は銀時の左肩へと視線を移す。

おそらくは見た目以上に酷いはずだ。

似蔵の剣の腕前がどれほどのものか、先ほどの一振りを見ただけで簡単に量る事が出来る。

それは攘夷戦争時においての銀時には及ばないまでも、常人からすれば相当の腕前だ。

だからこそその一撃を受けた銀時の傷の具合が解る以上、そのまま放置しておくわけにはいかなかった。

そんなやり取りをする銀時とを認めて、似蔵が皮肉げに口角を上げる。

「いいのかねぇ。侍が果たせぬ約束なんぞするもんじゃないよ」

「心配いらねーよ。こう見えても俺は律儀なんでね。デートの待ち合わせ場所にも、30分前には絶対行ってる口だから」

嘘つけ、嘘を・・・と心の中で独りごちるも、生憎とは銀時とデートの約束をした事がないので、真相は解らない。

もっとも銀時がとの約束に遅れてきた事は一度もない。―――それは遅刻した場合の報復の恐ろしさを知っているからだろうが。

そんなある意味どうでもいい事を考えていたの耳に、似蔵の至極楽しそうな笑い声が届いた。

「くっくっく。やっぱり面白い男だねぇ・・・。俺は若い頃に病で目をやっちまったが、人間ってのはタフな生き物でね。失った器官の代わりに他の器官がこぞって穴を埋めようとしやがる。おかげで今は、鼻も耳も勘も利くようになっちまって、俺の全身はこれ・・・目玉さね。前よりもいろんなものが見えるようになった」

全身目玉ってなんだよそれ。ほんとに全身が目玉だったら怖いだけだっつーの。―――という突っ込みが口から出そうになったが、あまりにもこの場の空気にそぐわない為、は自主的に口を噤む。

そんな2人を前に、似蔵は更に言葉を続けた。

「あんたは見た事があるかね。人が死ぬ瞬間に出てくる、アレを。ひょっとしたらアレが魂ってやつなのかねぇ。殺った瞬間にポワッと・・・これが綺麗な色をしててね。追いかけてたら人斬りなんて呼ばれるようになっちゃって」

本当に楽しそうにそう話す似蔵を眺めながら、は僅かに頬を引き攣らせる。

どうやら相当危険な人物らしい。

ここまで来ると突っ込みを入れる事すら無駄な気がして、呆れたように小さく息を吐き出した。―――どうせ突っ込んだところで、返ってくる反応は大したものではないだろう。

「なぁ、アンタの魂の色は何色だい?」

目が見えないはずだというのに、似蔵はまっすぐに銀時を見据えてそう問い掛ける。

そんな似蔵を真っ向から見返して、銀時もまた呆れたような面持ちで口を開いた。

「・・・テメェ、サンコンさんより目ぇ良いんじゃねーの。全身目玉だか目玉の親父だか知らねーが、んな大層なもん無くても俺には見えるぜ。テメーの汚ぇ魂の色が。うんこみてーな色してんぞ!」

挑発的にそう告げて、銀時は鋭い眼差しで似蔵を睨み付ける。

「人斬りなんぞ出来る奴は、人の痛みもなんも見ようとしねークソ野郎だけだ。全身で見てても、テメーの魂は何も見えちゃいねーよ!」

銀時の言葉に、似蔵もまた挑戦的な笑みを浮かべて。

「試してみるかい?」

「来いよ!頭叩き割ってやらぁ!!」

銀時が叫ぶや否や、似蔵はニヤリと口角を上げて素早く剣を抜き放った。

そうして勝負は、一瞬で終わる。

目を見開く銀時。

飛び散る赤い血と、そうして投げ出されるように宙を舞う人の腕。

そのまま肩から血を流しながら、銀時はその場に倒れこんだ。

橋の手すりに腰を下ろしたままのは動くこともせず、じっと2人の戦いを見守っている。

「こんなご時勢に、まだあんな男がいるなんてね」

ポツリと呟かれたその言葉は、果たして2人に届いているのか。

「来いよというから行ったがね。ちと早すぎたかねぇ・・・。―――見えてないのはあんたの方だったかね」

似蔵の言葉に、は小さく笑みを零す。

見えていないのは、本当はどちらなのか。

「さてと、次はアンタの番・・・」

「どしたぁ?俺が死ぬ幻覚でも見たかよ」

勝利者の笑みを浮かべる似蔵が、次なる標的をへと向けたその時だった。

不意に響き渡った声に、明らかな動揺を浮かべた似蔵が振り返る。

そうして目には映らないまでも、確かに感じる銀時の気配に、似蔵は信じられないと言わんばかりに立ち尽くした。

なっ、馬鹿な!確かに切り捨てたはず・・・!!

動揺に揺れながらも似蔵は再び剣を振るう。―――しかしその刀に明らかな違和感がある事に気付いて、似蔵は眉間に皺を寄せた。

「なんでだ!・・・刀身が・・・!!」

僅かな違和感が何であるのか、今になって似蔵は気付いた。

本来ならばそこにあるはずの刀身が、半ばでポッキリと折られている。

「抜き身も見せねぇ瞬速が仇になったな」

妙に近くから聞こえたその声に、似蔵は眉間に深く皺を寄せる。

まさか、最初の一撃で既に剣を折られていたという事なのだろうか?

誰にも負けないと思っていた、自身の瞬速の抜刀術を更に上回る速さで。

斬ったと思ったのは、自分のまぶたの裏のみだったのか。

「だから言っただろう。オメーの魂は何も見えちゃいねーって」

それを理解した時は既に遅かった。

間近に迫った銀時の気配に、似蔵はどうすることも出来ずに立ち尽くす。

「もうちょっと、魂見開いて生きろ!このタコ助!!」

銀時の怒声と共に、似蔵の意識はプッツリと途絶えた。

 

 

新八や神楽との約束どおり、似蔵との死闘を終えた銀時は、戦い方が甘いだのもうちょっと怪我を負わないように戦えだのぶつぶつと煩いと共に、勘七郎を連れて逃げた賀兵衛を追いかけた。

そうして屋根の上で勘七郎の母親の言葉を受け入れた賀兵衛の姿を眺めながら、煙草を口にくわえた長谷川が感慨深そうに呟く。

「やっぱ母親には敵わねーな。母親は強しってやつ?」

「なんでオムツ履いてんだ、おい」

「かっこつけても下半身が寒そうね、長谷川さん」

しかし長谷川の何気ない言葉も、銀時とには通じなかった。

どんなにいい事を言っていたとしても、オムツを履いている長谷川の姿が衝撃的すぎて素直に頷けない。―――どうやら似蔵と対峙したその時、あまりの恐怖に粗相をしてしまったらしい。

まぁあの似蔵を前にしたのだから、特別戦う術を持っているわけではない長谷川が恐怖を抱くのも当然の事だけれど。

そう思うからこそこれ以上長谷川に追い討ちを掛けるのは可哀想だと判断して、は小さく息を吐き出すと何も言わずに踵を返した。

そんなに気付いて、銀時が訝しげに首を傾げる。

「・・・おーい、?」

「騒動も一件落着したみたいだし、赤ちゃんもちゃんとお母さんのところに戻ったしね。私はこれで帰らせてもらうよ。―――家で小太郎ちゃんが首とソバを長くして待ってるだろうしね」

呼び止める銀時に軽い口調でそう告げて、はにっこりと微笑んでみせた。

銀時の左肩の治療はあらかた済んでいる。

それこそ万全ではないけれど、応急処置としては上出来だ。

あとは医者に見せるなりなんなりすればいい。―――まぁ、改めて自分のところへ来てくれても構わないのだけれど。

「・・・悪かったな」

そんなの言葉に、銀時がどこか照れくさそうに視線を泳がせながらそう告げる。

まったく、素直じゃないんだから。

そうは思うけれど、自分だって銀時の事をとやかく言えた義理じゃないと解っていたから、そのまま何も言わずに笑みを返して、ひらひらと手を振りながらその場を去った。

 

 

「ただいま〜、小太郎ちゃん」

すっかりと陽も暮れ、辺りが夜の闇に包まれ始めた頃、明るい声と共にはアジトへと帰還した。

それを待ちかねていたように出迎えてくれる桂に微笑みかけると、桂もやんわりと微笑んで。

「ずいぶんと遅かったな」

「まー、いろいろあってね」

今そのすべてを話すのは、にとっては面倒な事に違いなかった。

だからこそそう告げれば、桂はそれ以上何も言わずにコクリとひとつ頷いて。

「・・・怪我は無いか?」

「ないよ。だって私見物してただけだもん」

「そうか、ならいいが・・・」

そう言って早速夕食の準備を始めた桂の背中を見つめながら、はひっそりと息を吐く。

久しぶりに見たかつての面影。

久しぶりに感じた戦場の空気に、何も感じないわけではなかったけれど。

じわじわと這い寄るような不穏な気配を感じながら、は僅かに眉を寄せる。

、ソバの用意が出来たぞ」

「は〜い、今行く!」

今はまだ、何も知らないまま。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

というわけで、岡田登場編でした。

今後の展開を考えると、この回は飛ばせないかなと思ったので。

それにしたって中身が伴ってない気もしますが。(笑)

作成日 2008.4.18

更新日 2008.10.24

 

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