華やかに彩られた空間。

密やかに響く男女の笑い声。

そんな場に身を置くことに殊更抵抗はなかったけれど、だからといって楽しいかどうかと聞かれれば微妙なところだ。

とはいえ、ここにいるのは自分の意思。

この場所では普段では聞けない情報を手に入れる事が出来る。―――どんな立場の高い人間だって、酒と女の前で口が軽くなる男は少なくはないのだ。

ちゃ〜ん、ご指名だよ〜!!」

久しぶりにスナック『すまいる』にバイトとして入ったは、すぐさま呼ばれた己の名前に顔を上げる。

ここで働く者としてはありがたい事だけれど、入って早々の声掛かりに半ば呆れながら返事を返したは、しかしそこに立っていた男の姿を目にした途端、盛大に頬を引き攣らせた。

「おー、!や〜っぱここにおったがか!!」

店内に響き渡るほど大きく陽気な声と、これ以上ないほど緩んだ締りのない笑顔を認めて。

その直後、店内に激しい破壊音が響き渡った。

 

嫌な予感ほどよくたる

 

「・・・オメー、何やってんだ?」

不意にかけられた声に顔を上げたは、思わぬ来客に小さく首を傾げた。

万事屋の坂田銀時と、従業員の新八と神楽。

名実共に素行不良な銀時と違い、それぞれこの店で働くお妙と交流があるものの、新八や神楽がこの店に出入りするなど珍しい。―――どうせ銀時が無理やりつれてきたのだろうと踏んで、は若干冷ややかな眼差しを銀時へと向けた。

「銀ちゃんこそ、こんなところで何やってんの?こんなところに遊びに来るお金なんて持ってないでしょ」

「ほっとけ!!―――俺はそっちのバカに用があんだよ」

そっち・・・と示された方には、の手によってボコボコにされた坂本辰馬が、それでもへらへらと笑顔を浮かべながら酒を飲んでいる。

それを同じく冷ややかな視線で見つめたは、心底面倒臭そうに銀時に向かいひらひらと手を振った。

「辰馬ちゃんに?だったらさっさと連れてって。邪魔だから

「おんしは相変わらず冷たいの〜。まぁ、そこがおぬしの魅力的なとこ・・・」

ごちゃごちゃ抜かしてないでさっさと行けよ、モジャモジャ

うっかり口を挟みかけた坂本を強制的に黙らせて、はそれを呆れた様子で見ている銀時たちの方へと突き出す。

それをありがたく受け取って・・・―――というよりもむしろ連行する勢いで、銀時は坂本の耳を掴み強引に踵を返した。

「あいたたたた!金時、痛い!ちぎれる!やめて、やめてってば金時!!」

「ちょっと!離してよ、辰馬ちゃん!私まで巻き込まないでよ!!」

悲鳴を上げる坂本と、何故か坂本にガッツリ捕獲されているの声が店内中に響き渡る。

それをうっとうしそうな面持ちで睨み返して、ぎゃあぎゃあと騒ぐ坂本を見据えた銀時がこめかみに青筋を浮かべながら声を上げた。

「何度も言わせんじゃねーよ。金じゃなくて銀だから!いつまで引っ張るつもり、そのネタ!!」

「解ったぜよ。だから離すぜよ!」

「っていうか、お前がさっさと手ェ離せや、モジャモジャ!!

先ほどから振り払おうと思うのだが、思った以上に強く掴まれているらしく抜け出せない。

そのまま店の外にまで連れ出されたが抗議の声と共に強硬手段に出ようとするが、しかしその手が離されることはなかった。

 

 

「んで、わしらに何の用じゃ。金時?」

「わしら、って言うな。わしら、って」

強引に店から連れ出され、ネオン輝く歌舞伎町を引きずられながら歩いていた坂本は、返ってきたの突っ込みも無視し、今更といえば今更の質問を銀時へ投げ掛けた。

「一体何聞いてんだ、オメー!!」

「待ってください、銀さん!こんな事やってたら、話がいつまで経っても先に進みませんよ!!」

あまりの今更っぷりに怒鳴り声を上げる銀時をなんとか宥めるべく、新八もまた声を上げる。―――本当に、このままだと一向に話が進まない。

それを見ていた神楽は、面倒臭そうにため息を吐き出して。

「金でも銀でもどっちでもいいアルよ」

「ここ大事なところだからさ!テストに出るから!!―――オメーも名前呼ばれる時、『神楽坂ちゃん、あはははは』とか言われたら嫌だろ?嫌だろー?」

「なんかすっごいむかつくね!!」

どうしても譲れないらしい銀時の必死の言葉に、その場面を想像してみた神楽は・・・相当ムカッときたのか、今にも坂本に襲い掛からんばかりの勢いで拳を握り締める。

坂本という男は、人の神経を逆なでする天才なのだ。―――本人にその気があるのかは、さておき。

そうしてそんな天才である坂本は、今もまだ銀時にずるずると引きずられながらも、輝くような笑顔を浮かべながら口を開いた。

「あのー。こう見えてもわしは忙しいきに、用がないなら帰らせてもらってもいいかのぅ?あはははは」

「笑ってんじゃねーよ。誰が私をこんなトコに引っ張り出したと思ってんだ、あぁ!?

「テメーの為に動いてんだろーが!!」

そんな坂本にと銀時の怒りの鉄槌が下ったのは、当然の事だったのかもしれない。

場所を喫茶店に移して、銀時が陸奥から受けた依頼内容を当然知っているだろう彼女の上司へ説明してやると、その上司である坂本はすっとぼけた様子で大きく首を傾げた。

「ほお、感電血?・・・知らんのぉ」

「感電血?なにそれ?」

坂本の・・・そして先ほどから銀時が口にしている感電血というものに聞き覚えがないもまた、坂本と同じように首を傾げる。

するとそんなを認めて、何故か坂本が自慢げににんまりと笑った。

「おお、感電血ちゅーのは『感覚だけでいうと、これさえあれば電力施設なんてもういらないっていうくらいのパワーで職人さんが血の出るような努力で作り上げた一品』の事ぜよ」

「それって結局電力施設いるのかいらないのかどっちなんだよ。っていうか感覚だけで物言われても超アバウトすぎるつーの。―――っていうか、知ってんじゃん

坂本の丁寧な説明に当然のごとく突っ込みを入れたは、大して興味を抱いた様子もなく運ばれてきた飲み物へと手を伸ばした。

彼女の興味を引くのはあくまで爆弾と薬物だけであり、機械は彼女の範疇外なのだ。

そうしてやはりすっとぼける坂本に、銀時は不機嫌そうに眉を寄せる。

「オマエが盗まれたんじゃねーの?オマエんとこの積荷なんじゃねーの?」

「あはははは。細かい事は陸奥に任せちょるからのぉ。わしに言われても皆目検討もつかんぜよ、あはははは。―――あ、そこのキレーなおねーちゃん。わしと遊ばんね、あはははは」

「ノーセンキューです」

「あはははは。こりゃ参ったのぉ」

参ったのはお前の頭だ、このすっからかん

どうあっても真面目に話し合うつもりはないのか、ウェイトレスに愛想を振りまきあっさりと振られている坂本にの強烈な突っ込みが入った。

どの辺が強烈なのかといえば、頭を叩かれた坂本の顔がテーブルにめり込むくらいといえば解りやすいだろうか。

「でしたら、青木商会ってとこについて何か知りませんか?」

それをさらりと流して、話を進める事に意欲を燃やす新八が更に質問を重ねた。―――今この場面において、一番頼りになるのは彼以外にはいないだろう。

「さぁな。わしは細かい事はよぅ解らんきに、あはははは」

「うふふふふ。ねぇ辰馬ちゃん、一発ぶん殴っていい?」

もうぶん殴っただろうが!という突っ込みは、先ほどテーブルにめり込むくらい叩かれた坂本の口からは出てこない。

もしかするとあまりに強烈過ぎて、記憶がぶっ飛んだのかもしれない。―――それこそにとってはどうでもいい事だったが。

「それより金時。久しぶりの再会じゃ!パーッとやるぜよ!!」

先ほどまでの話し合いは、一体なんだったのか。

積荷を盗まれた彼こそが一番真剣に取り組まなくてはならない問題にも関わらず、坂本にはまったくその意欲はないようだった。―――彼の言葉どおり、実質的に会社の細かい部分を担っているのは陸奥らしい。

彼女の気苦労を思うと同情したくなるが、今はそれよりも自分たちの事を考えなければならないと、神楽と新八は冷ややかな視線を坂本へと送った。

この依頼を終わらせない限り、彼らの手元にお金は転がり込んでこないのだ。

「銀ちゃん。こいつまたフリダシに戻すつもりアル」

「どこまでボケ倒せば気が済むんだよ、オメーは!」

そんな神楽と新八を横目に眺めながら、はため息をひとつ。

いつもいつも思うのだが、どうして自分はこんな騒動に巻き込まれているのだろうか。

銀時たちと再会してから、こういう場面が多いような気がする。

まぁ、それが嫌だというわけではないのだけれど・・・―――時々ものすごく面倒臭くなるのも事実だった。

「ねー、私もう帰っていい?そろそろ帰らないと、小太郎ちゃんが心配するから」

「バカ言ってんじゃねーよ。ここでオマエだけ逃がすわけねーだろ!最後まで付き合え!!」

そんな思いを込めて呟けば、銀時から猛反対される。

けれど・・・―――はチラリと時計を見やる。

もう既にバイトの時間は終わっている。

それは桂も知っているし、それでもが帰ってこなければ彼はいらぬほど心配するだろう。

それだけならともかく、万が一を探しに夜の歌舞伎町を徘徊し始めたら・・・―――真撰組と鉢合わせにでもなれば、そちらの方が面倒な気がする。

「絶対、嫌!このヴァカに付き合ってたら、流石に私の強い忍耐力もぶち切れちゃうよ」

そう判断したは、反対する銀時へにっこりと微笑みかけ、そうして問答無用とばかりに立ち上がった。

「それでは、みなさん。私は影ながら検討をお祈りしていますわ」

「あ、こら!ちょっと待て!!」

そうして手を伸ばした銀時に捕まる前に、は颯爽とした足取りで喫茶店を出る。

きっと追いかけては来ないだろう。―――その隙に、肝心の社長がどこかへ行ってしまっては元も子もないのだから。

「・・・ま、頑張って」

今もまだ騒がしい喫茶店に背中を向けて、は楽しそうに笑うとネオン輝く歌舞伎町の人ごみに消えた。

 

 

そうして事件は、様々な展開を見せながらも漸く終結した。

「つまりは、青木商店のおっさんたちに踊らされてたってわけね」

当然のごとく事後処理を陸奥と銀時に任せてスナック『すまいる』に顔を出した坂本から事件の顛末を聞き、は面白くなさそうにそう呟く。

すべては、怪援隊と取引をするはずの青木商会が仕組んだことだったのだ。

快援隊に持ってこさせた感電血はもとより、支払うはずだった金と・・・―――そして掛けられていた保険金まで騙し取ろうとは。

随分とあくどいやり方である。―――まぁ、詰めは甘かったが。

「なんていうか、ほんと骨折り損のくたびれもうけよね。辰馬ちゃんに付き合ってるとこれだから嫌なのよ。毎回毎回、厄介事持って来るんだから。よかった。今回は早い内から手引いておいて」

今日は意外にも追い返す素振りを見せないは、これが仕事だからと坂本に酒を注ぎつつそう呟く。

これまで坂本が絡んできて穏便に済んだ事件はない。

彼はいつもいつも厄介事と共にやってくるのだ。―――まぁ、彼といれば退屈だけはしなかったが。

そんなを見やって、坂本は酒の入ったグラスを空にすると豪快に笑い声を上げた。

「でもなんだかんだ言って、おんしは毎回わしに付き合ってくれるぜよ。これはもう愛の成せる技じゃな、愛の。あはははは!」

「いやだ、お客様。妄想はそこまでにしてくださらないと、私勢い余って爆弾投げつけちゃいそうですわ、ふふふ」

「あはははは、相変わらず過激じゃの〜」

傍目から見れば楽しそうな光景だが、交わされている会話は物騒な事この上ない。

しかしもう既にのそんな言動には慣れているのか、坂本は一切気にした様子なくもう一杯酒を注いでもらいながらパッと目を輝かせた。

「ところで、。いい加減にわしと一緒に宇宙に繰り出さんか!宇宙はええぞ、広くて楽しい!!」

「辰馬ちゃんと一緒だと、こんな騒ぎに冗談抜きで毎回巻き込まれるんでしょ?絶対お断り!」

それはそれで楽しそうな気もするけれど。

一度はそんな人生を考えなかったわけではないけれど・・・―――それでもは選んだのだ。

この様々なものが蔓延る地上で生きていくと。

ここにだって、楽しい事はたくさんある。

そして、大切なものも・・・。

「あはははは、照れんでよか!相変わらず照れ屋じゃのー!―――んじゃ、早速わしと一緒に宇宙へ・・・」

人の話聞けよ、モジャモジャ!!

思わず感傷に浸っていたの耳に、人の話を聞かない坂本の傍迷惑な笑い声が飛び込んでくる。

それに盛大に眉を顰めながら・・・―――それでもは楽しそうに小さく笑う。

毎回毎回、厄介事を運んでは来るけれど。

たまにものすごく面倒臭くなったりもするけれど。

それでも坂本という男と一緒にいるのは、嫌いではない。―――彼もまた、にとってはかけがえのない大切な友人なのだ。

もちろん、そんな事を口にしたりはしないけれど。

それでもきっと、坂本はのそんな気持ちを知っている。

「さ〜てと、お客様。そろそろお帰りの支度をどうぞ」

「あ?なんでじゃ?」

「何でって・・・」

不思議そうな顔をする坂本を見やり、そうして視線を入り口へ。

きっともうすぐ、もう1人の騒がしい人間が飛び込んでくるに違いない。

確信にも似たその予感にはニヤリと口角を上げると、被害を被らない為にそっとソファーから立ち上がった。

 

銀時が店に飛び込んでくるまで、あと十数秒。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

アニメであった坂本登場の回のお話。

と言っていいのかどうか迷うくらい、一番物語の中心部分をばっさりカットしてますが。(笑)

最初、ほんとはこの回はすっ飛ばそうかと思ったのですが、珍しく坂本が出てくる回なのでとりあえず。

今から思えばやめとけばよかったと思うくらい、内容がありませんけどね。(開き直り)

作成日 2008.11.8

更新日 2008.11.21

 

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