「桂さ〜ん。これ、さんに渡してくれって頼まれたんですけど・・・」

そう言って顔を出した部下の言葉に、桂は目を通していた報告書から顔を上げた。

「ああ、すまないな。中身はなんだ?」

「爆弾らしいっスけど・・・」

立ち上がり、差し出されたダンボールを受け取った桂は、部下の口からサラリと告げられた台詞に中身へと視線を向ける。

両手で抱えるほど大きなダンボールの中には、球状の爆弾が無造作に詰められていた。

「・・・まったく。仮にも危険物なのだから、もう少し扱いには気をつけろといつも言っているというのに・・・」

部下から受け取ったダンボールを丁寧に床へと下ろしながら、桂は呆れ混じりの声色でそう漏らす―――実際そういう問題ではないような気もしたが、部下はあえて言葉を飲み込んだ。

「・・・で、これを人に任せて、はどうした?」

「ああ、さんだったら『入院してたらしい新八くんが帰って来るらしいし、万事屋で銀ちゃん苛めたり新八くんいびったりして憂さ晴らししてく・・・ううん、お見舞いに行って来るわね』って天使みたいに微笑みながら出掛けましたよ。『最近篭りっきりで爆弾作りしてたから、ちょっとストレス溜まっちゃってるのよね〜』なんて恐ろしい台詞を残しても行きましたけど」

「・・・そうか―――しかし似ていないな」

部下の物真似の批評までしっかりと済ませ、桂は再びダンボールへと視線を向けてため息を1つ。

その様をジッと見守っていた部下は、ほんの少し表情に呆れの色を浮かべて。

「・・・寂しいなら寂しいって言ったらどうですか?」

「別に寂しくなどないっ!!」

間髪入れずに返して来る辺りが説得力ないんですけど・・・とは、リーダー思いの部下には流石に口に出来なかった。

 

天使の微笑みなんて所詮目の錯覚に過ぎないんだ

 

「おかえり〜、新八くん」

「ただいま戻りました・・・って!何でさんがここにいるんですかっ!」

もろもろの事情により足を骨折し、やむなく入院生活を送っていた新八は、今日漸く退院を迎えた。

そうして僅かな荷物を抱え万事屋に帰って来た彼は、極自然に自分を出迎える人物に思わず目を丸くする。

まるで自分の家の如くソファーに座り寛いでいるを目にして、現在の状況が解らず思わず突っ込んだ新八に、当のは相変わらずにっこりと可愛らしい笑みを送って。

「なんでって・・・新八くんがいつの間にか入院してて、ちょうど今日退院するって聞いたからお見舞いに来たんじゃない。それよりも喉が渇いたからお茶出して

「全然見舞いじゃないだろ、それぇ!!」

いいから、つべこべ言わずにとっとと茶ぁ出せ、眼鏡小僧。あんまり煩いと病院に逆戻りさせるぞ!!・・・なぁんて!」

どこで退院する事を聞いたのかは、この後に及んで問い詰めるまでもない。

逆らっては本当に病院に逆戻りさせられそうな気がして、新八は渋々お茶を淹れる為に台所へと向かった。

それにしてもは相変わらずなようだと、先ほどの態度にがっくりと肩を落とす。

この間会ったばかりの相手でよく知らない人物ではあるけれど、やはりあの時の態度は彼女の素らしい―――別にみんなで退院を喜んで迎えて欲しいなどとは言わないけれど、あんまりといえばあんまりな仕打ちに、新八は退院したばかりの清々しい気持ちが萎えて行くのを感じた。

「お願いです、僕の心の平穏の為に帰って下さい」

「やだ、新八くんたら・・・面白い冗談!」

の前に淹れたてのお茶を差し出し控えめに願い出てみるが、その相手には笑顔であっさりと流された。

最初から無駄な事だとは思っていたけれど、ここまで見事に予想通りだといっそ清々しい。

まぁ、確かに最初は衝撃的ではあったけれど、の暴言は激しいが冗談交じりである事は理解していたので、慣れてしまえばそれほど気にはならない事も事実ではあったが。

「はぁ・・・もういいですよ。それよりも銀さんは何して・・・」

諦め混じりにため息を吐き出して、新八は自分が帰って来てから一言も声を発する事無くソファーに寝そべっている上司へと視線を向ける。

しかし銀時は新八の問いにも視線にも構う様子もなく、ただ静かに・・・―――静か過ぎる気さえするほどおとなしく眠りについているように見えた。

「ああ・・・銀ちゃんってば、金もないのに加減なしに酒呑んだくれて『頭痛い』とか『気持ち悪い』とか、挙句の果てにはこの私に診てくれなんて戯言抜かしてあんまりに煩いから、強制的に夢の世界に送ってあげたの

「夢の世界どころか、あの世に送られそうな勢いなんですけど」

えへ、と小首を傾げて微笑むに、ソファーで眠っていた・・・―――否、強制的に眠らされていた銀時が最後の力を振り絞って僅かに身を起こす。

心なしか顔色が悪い。

それが二日酔いのせいだけではない事を新八は察した。

「自業自得アルよ、銀ちゃん。酒飲む金あるなら、私に少しでもたくさんご飯食べさせるヨロシ」

顔を真っ青に染め上げて今にも違う世界へと旅立ちそうな銀時の頭を突付きながら、神楽は面白くなさそうに呟く。

ねー!と微笑みあうと神楽を見て、それを素直に微笑ましいと思えない事が、もしかすると一番の不幸なのかもしれない。

そんな2人の傍で定春が呑気に欠伸をする様子を見て、これはこれで平和なのかもしれないと日々の騒がしさを思い、現実逃避さながらに遠い目をして新八はため息を吐き出した。

 

「つーか、なんでさんまで付いて来てるんですか?」

立派に整えられた庭園が一望できる品の良い一室で、少し緊張した面持ちで正座する新八の隣でにこにこと微笑みながらお茶に手を伸ばすに、新八は呆れ半分諦め半分というどうにもネガティブな思考を抱きながら問い掛けた。

今、万事屋一行はある大きなお邸にいる。

それというのも、その家の主から内密に仕事を依頼したいと電話があり、久しぶりに金になりそうな仕事が出来そうだと意気込む新八の勢いに、ご飯をたくさん食べられると神楽が同意し、二日酔いとの制裁で動きたくないという銀時を強引に連れて来たからなのだが。

やっぱりどこかの貧乏な万事屋で出されるお茶より断然美味しいわね〜、と控えめに暴言を吐きながらお茶を啜るは、ジト目で自分を見る新八を見返して、困ったように微笑んだ。

「新八くんってば、冷たいんだから。昔馴染みの銀ちゃんが首も回らないくらいお金に困ってるみたいだから、ちょっと手を貸してあげようかなっていうこの私の優しい心遣いが解らないの?」

「はぁ・・・いや、でも・・・」

ありがたいのかそうではないのか判断がつき難い反応に、新八は曖昧に返事を濁した。

ただ単に馬鹿にされているだけのような気もするが、あのが自分たちを馬鹿にする為だけに付いて来る訳もないだろうと思う―――寧ろ暇潰しに使われているような気がして、新八はこれから受ける仕事を無事に終わらせられるのかを案じた。

まぁともかく、付いて来てしまったのだから仕方がないと、新八はの手綱を握るのは無理だろうがせめて被害を拡大させないようにしようと控えめな決意を固める。

そんな新八の悲壮な決意を知ってか知らずか、は湯飲みを静かにテーブルへと戻し、見る者を釘付けにするような楽しげな笑みを浮かべて。

「代々徳川家に仕える由緒正しい家柄の人間が、わざわざ万事屋に依頼するなんてきっと重大な事に違いないわ。これを機にがっつり弱みを握って有効に活用しなきゃっ!

「ちょっと待てー!」

まるで愛しい者の惚気話をする少女のような表情で物騒な事を呟くに、新八は先ほどまでの緊張感など忘れて身を乗り出す。

そんな新八をキョトンと見上げて・・・不思議そうな表情でコクリと首を傾げて考え込んだは、次の瞬間閃いたと言わんばかりにポンと手を打ちクスクスと笑みを零した。

「大丈夫、心配しないで。ちゃ〜んと協力してあげるから。面倒臭くなったら私特製の爆弾で吹き飛ばしちゃえば一発よ

「そこっ!物騒な事言わない!」

なんでもかんでもフッ飛ばせば済むと思うなよー!!と声の限り叫んだ新八を見上げて、は唐突にどこからか巨大なハリセンを取り出す。

やだ、新八君ったら落ち着いて。―――と笑顔でバシリバシリとハリセンの音を響かせる少女に、少年は心の底から恐怖を覚えた。

時に漫才コンビが使うただの小道具のはずのそれが、今は何よりも恐ろしい凶器に見えるのは何故なのか。

先ほどまで二日酔いでぼんやりとしていた銀時もまた、そのハリセンの音に恐ろしい過去を思い出したのか、顔を引きつらせている。

そんな一種緊迫した空間を破ったのは、控えめな・・・けれどこの場では何よりの仲裁効果をもつ男の声だった。

「・・・あの〜、お話始めても・・・?」

「あ、はい!この人たちの事は気にしないで下さい!!」

いつの間に来ていたのか、依頼人である男が困ったようにテーブルを挟んだ向こう側に座っているのに気付き、新八はピッと背筋を伸ばして礼儀を取る。

それに対しは相変わらずにこにこと微笑んだままハリセンを弄び、銀時はまたもやぼんやりと宙を見詰めていた―――神楽に至っては、物珍しいのか・・・庭に居座ったまま会話に入って来る様子もない。

そんな協調性の欠片もない面々を前に、それでも切羽詰っているのか、男はハンカチで汗を拭きながら気まずげに話し出した。

「依頼というのは、君たちに娘を探し出して連れ戻して欲しいのだ」

「・・・はぁ」

「・・・いや、今までも2・3日家を空ける事はあったんだがね。流石に一週間ともなると・・・。連絡は一切ないし、友達に聞いても誰も知らんと来た」

要は1人娘が心配だから探し出してくれ、という事らしい。

今までもそういった事が何度もあったのなら、今回もまた遊び歩いているのだろうと結論付けて、は退屈そうに欠伸をする。

暇を持て余した金持ちの1人娘の道楽に付き合う酔狂なんて持ち合わせてないわよと小さな声で愚痴り、途端に興味を失ったように庭へと視線を移す―――が求めるのは、もっとデンジャラスでどこまでも騒動を広げてくれそうな楽しいネタなのだ。

それでも愚痴を小声に留めたのは、隣で泣きそうな顔で懇願する新八が哀れに思えたからに他ならない―――それくらいの良心くらい、機嫌が良い時ならも持ち合わせている。

一気に白けた空気の中、それでも真面目に話を聞く新八に向かい、依頼主は懐から一枚の写真を取り出した。

「親の私が言うのもなんだが、綺麗な娘だからなにか良からぬ事に巻き込まれているのではないかと・・・」

差し出されたそれを見下ろして、新八は微妙な表情を浮かべる。

そんな彼の表情に再び興味を引かれたと銀時は、両サイドから揃って写真を覗きこんだ。

そうしてそこに写っている人物を見て、3人は思わず動きを止めた。

え、これが?依頼主って天人じゃなかったよね?寧ろ綺麗ってどんな意味だったっけ?とかなり失礼な事を心の中で思い呆然とする3人の中で、一番に我に返ったが顔を上げ依頼主に微笑みかける。

まずは眼科に行かれる事をお勧めしますわ。なんなら天才的な腕を持つこの私が、テメェの腐った眼を改造してやろうか?それとも美意識矯正の為に脳を改造した方が良いかしら?

さーん!お願いですから黙っててください!」

「ごめんね、新八くん。私って正直者だから」

「ええ、貴女が正直者だってのは、嫌というほど知ってますけどね

先ほどの配慮は一体どこへ投げ捨てられたのか。

笑顔で毒を吐くを必死に止めようとする新八の努力空しく、開き直ったはにこにこと新八の抗議を切って捨てた。

そんな風に静かな攻防戦を繰り広げる2人の横で、未だに写真を見詰めたままぼんやりとする銀時は、やる気のない口調でつらつらと話し始める。

「そうっスねぇ・・・なんか、こう・・・巨大な・・・ハムを作る機械とかに巻き込まれている可能性とかありますね

「えぇ!?それじゃ、私しばらくハム食べれないっ!」

「あんたらね・・・」

「いや、まぁ・・・ね。こう、何か事件とかに巻き込まれてるんじゃないかと・・・」

「事件?あー・・・ハム事件とか?

「やだ、怖い!」

「おい、大概にしろよ。折角来た仕事パーにするつもりか!?」

やる気なさげに・・・けれど確信犯でボケる2人に、とうとう新八が切れた。

ドンと強く叩きつけたテーブルの上で、カタカタと湯飲みが音を立てる。

そうして漸く渋々ながらも静かになった2人を見てフンと鼻で空気を吐いた新八は、改めて依頼主と向き直った。

「でも、ほんと・・・これ僕らでいいんですかね?警察に相談した方がいいんじゃないですか?」

新八のその申し出に、お前の方こそ仕事パーにするつもりかよとはこっそりと心の中で突っ込む―――あえて声に出さなかったのは、これ以上新八の血圧を上げないようにという的外れな配慮からである。

しかしそんな新八の申し出に、依頼主は硬い表情で首を横に振った。

「そんな大事には出来ん。―――我が家は幕府開府以来、徳川家に仕えてきた由緒正しい家柄。娘が夜な夜な遊び歩いていると知れたら一族の恥だ。なんとか内密に連れて帰って欲しい」

はっ!娘を心配する優しい親を演じながら、裏ではお家一番かよっ!ご立派な家柄だなぁ、おい!んな事気にするくらいだったら、しっかり娘しつけとけってんだ!大体・・・

「わー!さん黙ってー!!」

「むがっ!」

それでもの配慮は長続きしないらしい。

少しではあるが我慢した為か、際限なく毒を吐き散らかしそうなの口を慌てて抑えて、新八は畳み掛けるように依頼主に言った。

「解りました!娘さんは必ず僕たちが連れ戻しますからっ!」

こうして、万事屋に仕事が舞い込んだのである。

 

「・・・なんて引き受けたのは良いけど」

薄暗い室内に、目に痛い赤や青のライト。

加えて会話もままならないほど煩く響く音楽に、新八は居心地悪そうに身じろぎする。

彼らは今、依頼主の娘・ハム子こと公子がよく出入りしていたというクラブにいた。

お家柄を自慢する依頼主のお嬢様が出入りするにはちょっと不適切なのではないかと思われる場所ではあるが、世の中そんなものだろうと適当に結論付けて、は注文したジュースを一口飲む。

その横で、マスターの所へ聞き込みに行った神楽の様子を見守っていた新八が、がっくりと肩を落として深々とため息を吐き出した。

「神楽ちゃんに任せてたら、永遠に仕事終わらないような気がするんですけど・・・」

カウンターでキャッチボールの出来ていない会話を繰り広げる神楽とマスターから視線を銀時へと移し、これで見つかったら軌跡だよと1人ごちる。

しかし銀時もまた、今はそれどころではなかった。

悪い空気と大音響で流れる音楽に、二日酔いは更に悪化している―――それに加えてまだから受けた制裁のダメージが癒えていないのだから、ぶっちゃけ仕事どころではない。

一方、銀時の具合を悪化させた張本人であるは、持っていたグラスをテーブルへと戻し、ソファーに背中を預けて天井を仰ぎ見ながらふうと小さくため息を吐いた。

「ずいぶんと賑やかなところだね。つーか煩いんだよ、ボケがっ!んなとこで無駄に使う金と体力があんなら爆弾の1つでも作って世に貢献してみせろってんだっ!

さんも切れてるし・・・。っていうか、爆弾作りは世の中の貢献にはなりませんよ」

どうやらには、この空間はお気に召さなかったらしい。

それどころか普段ならば力の入った突っ込みを入れる新八もまた、慣れない空間に体力と気力を殺がれているのか、突っ込みを義理程度に留めて意見を求めるように銀時を見詰める。

その視線を受けて、銀時は面倒臭そうに表情を歪めて、気だるげに注文したジュースを一気に飲み干した。

「あー、もういいんだよ。どうせどっかの男のとこでも転がり込んでんだろ、あの馬鹿娘。あほらしくてやってられっかよ。ハム買って帰りゃ、あのおっさんも誤魔化せんだろ」

「誤魔化せるわけねーだろっ!」

明らかにやる気なさげな銀時の発言に、新八は思わず声を張り上げる―――そうでなければ、この騒音の中では突っ込みすらも相手に届かないだろう。

そんな2人をこちらもやる気なさげに見詰めて、はしたり顔で頷く。

「そうよね。いくら何でも無理があるわよね。加工前と加工後じゃ

「そういう問題でもなーい!あんたらどれだけハム引っ張るつもりだっ!?」

「まぁ、引っ張れるだけ引っ張ろうよ。折角なんだし」

「・・・もう、いいですよ」

もはや仕事放棄し、更に会話を発展させる気もないらしい2人に、新八は肩を落とす。

やっぱり自分が聞き込みに行った方がいいんだろうかとも思うが、銀時とを2人にしておけば余計な騒動が起こりそうで怖くて離れられない―――神楽に2人を見てもらうのは、更にその可能性を高めるだけで何の解決にもならない事を重々承知している新八は、結局この状態のままに甘んじるしかないのだ。

「あー、後はお前ら適当にやっといてくれ。二日酔いで調子悪いから」

「ちょっ!銀さん!!」

1人悶々とした思いを抱いて神楽を見守っていた新八だが、とうとうそう言い残して席を立とうとする銀時を止めようと、咄嗟に一緒に立ち上がった。

何とか連れ戻そうと通路に飛び出した新八は、次の瞬間誰かとぶつかった衝撃に思わず足を止める。

「あ、すみません」

「・・・小僧。どこに目ぇつけて歩いてんだ」

反射的に口から出た謝罪の言葉と共に顔を上げれば、そこには自分よりも大分身体の大きい天人が1人―――その天人の背後には、彼の連れなのか・・・数人の天人の姿もある。

威嚇するように自分を睨み下ろし、唸るような低い声でそう告げる天人に、新八は思わず身体を強張らせた。

相手はお世辞にもガラが良いとは言えない。

ぶつかった事に対していちゃもんでもつけられたら・・・―――そう思うと、足元から恐怖が這い上がってくるようだ。

瞬きすらも出来ないほど体を強張らせている新八を見下ろして、天人はその手をゆっくりと伸ばした。

殴られる!!―――新八がそう思い、更に身体を強張らせたその時。

「肩にゴミなんぞつけて、よく恥ずかしげもなく歩けるな。少しは身だしなみに気を配りやがれ」

自分を殴るかと思われた手は優しく肩へと伸び、おそらくはそこについていたのだろう小さなゴミを取って、それだけを言い残すとまるで何事もなかったかのようにその場を去って行った。

一方、一瞬にして恐怖から立ち直った新八は、何が起こったのか解らず呆然とその天人の背中を見送って・・・―――そうして先ほどまでの考えがすべて勘違いだったのだと察して、気が抜けたのかソファーに座り込む。

あんなにも怯えていた自分がなんだか情けなく思えて、小さく苦笑いを零す。

だから新八は気付かなかった―――自分の隣に座るが、険しい表情を浮かべていた事に。

「あの男、もしかして・・・」

「どうかしたんですか、さん?」

ポツリと漏れた言葉が耳に届いたのか、漸く平静を取り戻した新八が不思議そうにへと視線を向ける。

それににっこりと微笑みかけて、はゆるゆると首を横に振った。

「ううん、なんでもない。それにしてもこの私に貸しを作ろうだなんて、銀ちゃんもずいぶんと根性ついたのね。ふふふ」

「爆弾だけは止めてくださいね、お願いですから」

少しだけいつもと様子が違うように見えたのは、どうやら気のせいだったらしい。

いつも通り可愛らしく微笑み物騒な発言をかますにしっかりと釘を差して、新八は緊張の為にカラカラになった喉を潤す為にグラスへと手を伸ばす。

「新八〜!〜!もうめんどくさいから、これで誤魔化す事にしたヨ」

そんな中、先ほどまでの遣り取りなど何も知らない神楽が、明るい声と共に席に戻ってきた。

誰かを連れているのを目の端に映した新八は、公子を見つけられたのかと表情を明るくしたのだが・・・。

「そうね。うん、そっくり。これならきっとバレないよ」

「どいつもこいつも仕事をなんだと思ってんだ、チクショー!大体これで誤魔化せるわけないだろ!ハム子じゃなくてハム男じゃねーか!」

虚ろな目をした男を連れて来た神楽と、面倒臭いのかにこやかな笑顔で肯定するに、新八はヤケクソ交じりに叫んだ。

2人はもはや仕事などどうでもいいと言わんばかりの空気を放っている。

そんな新八を見詰めて、神楽は不愉快げに舌を打った。

「ハムなんてどれ食ったって同じじゃねーか、クソがっ!」

「なに?反抗期!?」

「・・・あ」

言い合いをしていた新八と神楽をにこにこ微笑みながら見ていたが、短く声を上げた。

その直後にドサリという重い物が倒れる音―――気がつけば神楽が連れて来たハム男が焦点の合わない瞳を開いたまま床に倒れていた。

「ハム男、あんなに飲むからヨ」

「っていうか、完全に白目向いてるね。うわっ、面白〜い」

「面白いじゃないでしょ、さん!!」

目の前で人が倒れても気にも止めない様子の2人に、新八は声を張り上げる。

なんで自分の周りには常識を持っていない人が多いんだと心の中で愚痴りながら、慌てて倒れたハム男へと手を伸ばす。

しかしそれは、騒ぎを聞きつけてやってきたマスターにより遮られた。

「後は俺がやるから、お客さんはあっち行ってて。―――ったく、しょーがねーなぁ。どいつもこいつもシャブシャブシャブシャブ」

「シャブ?」

「最近そういう薬物が出回ってんだよ。相当ヤバイからあんたらも気をつけなよ」

ぼやくように呟かれた物騒な言葉に新八が眉を寄せて問い掛けると、マスターのそんな忠告が返って来た。

魚の死んだような目をしている銀時とはまた違う、虚ろな目。

明らかに酔った人間のそれではない様子に、新八は微かな危機感を覚えた。

そんな新八をチラリと横目で窺って、は場を明るくする為、いつも通りの笑顔を浮かべつつ口を開いた。

「みんなは大丈夫よね。手ぇ出したくてもお金ないし」

「・・・まぁ、そうなんですけど」

勿論そんな物に手を出すつもりはないが、その言い方もどうだろう?―――と新八は心の中で思いながらも同意する。

それに気を良くしたのか、は笑顔のまま更に言葉を続けた。

「それに、そんな物に頼る必要もないしね」

「そうですね」

薬物使わなくても、十分トリップしてそうだし

「そこは何があっても同意しませんよ」

「つまんな〜い」

キッパリと言い切った新八に、は少しだけ唇を尖らせて拗ねた素振りを見せる。

そんな仕草も様になっているのだから・・・―――そしてそれを本人も自覚しているのだろうから、尚更性質が悪い。

ともかく銀さんが戻って来たらすぐにここを出よう。

まだ何かを呟くと神楽をそのままに、新八はそう堅く決心した。

 

そう決心したのだけれど。

「遅いな、銀さん」

再び席に戻って何処かへと行った銀時の帰りを大人しく待つも、本人が帰ってくる気配は一向にない。

先ほど感じた危機感は更に強くなっていくが、かといって銀時を放って帰るわけにもいかない―――焦れて少しづつイライラし始めた新八を他所に、は至極のんびりとした口調で呟いた。

「本当に遅い。銀ちゃんの分際でこの私を待たせるなんて、ほんとにずいぶんと根性ついたのね。やっぱりこの辺で一発、教育し直した方がいいかしら?

「教育って・・・」

「私捜して来るヨ」

流しきれなかったの台詞に顔を引きつらせつつ、新八はまだ銀時が帰って来ないのかと周囲を見回す。

そうしてこちらも大人しく待っているのは性に合わないのか、おそらくはトイレへと言っただろう銀時を何の躊躇いもなく捜しに行くと言い放ち、神楽は席を立とうとした。

しかし。

唐突にこめかみに突きつけられた冷たい感触に、神楽は立ち上がりかけた体勢のまま、その動きを止めた。

「テメーらか、コソコソ嗅ぎ回ってる奴らってのは」

「なっ、なんだあんたらは!?」

脅しがかった声に、新八はまたもや身体を強張らせる。

神楽の眉間に突きつけられているもの・・・―――それは間違いなく、拳銃だった。

咄嗟に周囲を見渡せば、自分たちが囲まれている事に気付く。

一体いつの間に・・・?という疑問を抱きながらも、新八は気丈に天人を睨み上げる。

しかしそんな新八の睨みに怯んだ様子もなく、天人は馬鹿にしたような笑みをその場にいる3人へと向けた。

「最近ずーっと俺たちのこと嗅ぎ回ってたじゃねーか、ん?そんなに知りたきゃ教えてやるよ。宇宙海賊『春雨』の恐ろしさをな」

嗅ぎ回っていた?海賊?春雨?

相手が何を言っているのか解らず混乱する新八を他所に、天人に囲まれてから大人しく座っていたがハッと鼻で一笑した。

「やだ、怖い。つーか聞いてもないのに名乗るなんざ有名人気取りか、あぁ!?誰もテメェらみたいなむさ苦しい天人ストーキング趣味なんてねぇよ!自惚れてんじゃねぇ、ボケがっ!!

「なんだとっ!?」

恐れていた事が起こった。

本人から直接聞いたわけではないし、公に明らかにもなっていないが、桂と共にいる時点でが攘夷派なのだという事はほぼ間違いないだろう。

そんなが天人たちに囲まれ、馬鹿にされ、大人しく黙っているだろうか?―――それでなくとも、日頃から暴言を吐きまくっているが。

答えは、否。

寧ろその答えを目の前に突きつけられて、新八は思わず気が遠くなった。

さ〜ん!火に油注がないでくださいよ!!」

「ごめん、新八くん。それ私の得意技だから

状況も忘れて掴みかからんばかりの勢いでへ抗議した新八は、目に映ったの最高の笑顔と告げられた無情な言葉に、思わず顔を引きつらせる。

「勘弁してくださ・・・むごっ!」

恐怖と焦燥とで混乱しながら叫びかけたその瞬間、口元に布を押し当てられ、新八は力無くその場に崩れ落ちた。

ほぼ同時に神楽も、そしてもまた、何かを染み込ませた布で口を塞がれ、下卑た笑みを浮かべる天人の姿を最後に意識が遠のいていく。

本当ならば、関係のない新八と神楽だけは逃がしてあげたかったけれど。

けれど周りを囲む天人の数を見て、それが簡単な事ではない事は、数々の修羅場を潜り抜けてきたには解っていた。

ならば抵抗して危害を加えられるよりも、この方が被害も少ないと判断したのだけれど。

ああ、厄介な事になったなぁ・・・。

意識の最後の最後で、は呑気にもそう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最後がなんだかとっても説明的ですが。

最初は書いてなかったんですが、書かないと解ってもらえないかと思いまして。(己の文才のなさを痛感しますが)

そこを解ってもらえないと、主人公あんまりにも考えなしの酷い人間みたいになってしまうので(まぁ、どちらかといえばそんな感じではあるのですが)

とりあえず続きます。(どうしても一話に纏められない!)

作成日 2006.8.11

更新日 2007.9.13

 

戻る