乱暴な足音が船内に響き渡る。

あちこちからは、破壊音と誰かの叫び声。

つい先ほどまでは静けさに包まれていたこの船も、ある者たちの奇襲によって今はその影さえも感じられない。

「晋助ちゃん!」

突然の出来事にが声を上げるも、高杉は何も言わない。

後をまた子や武市に任せて、まっすぐ前を見据えてどこかへと向かっている。

もう、一体どうなるってのよ・・・。

心の中で独りごちて、は気付かれないよう小さく息を吐き出した。

 

世界をひっくり返す

 

「ちょ、ちょっと!晋助ちゃん、いたっ・・・痛いってば!!」

強引に二の腕を掴まれ引っ張られながら、はそう抗議の声を上げた。

相手に構う事無く早足で歩く高杉に、体勢が崩れたまま歩くの足取りは覚束ない。―――もつれそうになる足を何とか動かしながら高杉を見たは、しかし一向に彼女の抗議を受け入れるつもりがないらしい高杉に、不機嫌そうにヒクリと眉を上げて。

「痛いっつってんだろうが。もうちょっと丁寧に扱えよ、あぁ!?」

グッと片足で踏ん張りそう声を上げたは、もう片方の足で前だけを見て歩いている高杉の腰を蹴りつけた。

「・・・っ、チッ。少しは大人しくしてろ」

それにすぐさま舌打ちが返ってくると同時に、更に腕を強く掴まれたかと思うと、瞬間の視界がぐるりと回る。

あっという間の出来事に声を上げる暇もないまま、気がつけばは高杉の肩に担ぎ上げられていた。

それに気付いたは、更に不機嫌そうに顔を顰めて。

「ちょっとー!降ろしてよ、晋助ちゃん!!」

「耳元で騒ぐんじゃねぇよ」

「そんなに嫌ならもっと騒いでやる。―――きゃー、助けてー!痴漢!人攫い!!」

高杉の抗議をもサラリと交わして、は更に声を上げる。

それに対して高杉は僅かに眉間に皺を寄せたけれど・・・―――これ以上言っても状況が悪くなるだけだと察したのか、口を閉ざして歩くスピードを更に上げる。

それでも彼はを降ろす気はないらしい。

それを察したは、騒ぐのをやめて大きくため息を吐き出した。―――そうして体の力を抜き、そのすべてを高杉へと預ける。

もうこうなってしまった以上、成り行きに任せるしかない。

どうあってもに高杉を傷つける事が出来るとは思えなかったし、おそらくは高杉もそうなのだろう。

そうだとすれば、自分の身の安全だけは確実に保障されているのだ。

彼が今どこへ向かい、そして何をしようとしているのかは想像の域を出ないけれど・・・―――今彼女が出来る事は成り行きに身を任せ、状況を見守る事しかないのだ。

そう決意を固めた頃、自分を抱えて走っていた高杉の歩調が緩まったのを感じ取り、どうしたのだろうかとは顔を上げた。

それと同時に反転する世界。

気付けば抱えられる前と同じように床に足をつけ立っていたは、ここはどこだろうとぐるりと視界を巡らせる。

どうやらここは船の端らしい。―――どこの部分かまでは解らなかったが、これ以上は進めないのだろう。

そんな事をぼんやりと考えていたは、不意に高杉に名前を呼ばれて顔を上げた。

「・・・おい、

「なによ、晋助ちゃん」

「正義のヒーローの登場だぜ」

訳の解らない言葉を問い返す間もなく、ドサリと重い何かが落ちる音がする。

それにグルリと視界を巡らせれば、そこには高杉に付いて来たのだろう鬼兵隊の隊士たちを斬り、そうして静かに刀を納めた桂の姿があった。

そうして真剣な面持ちでこちらを見やる桂を見返して・・・―――が彼の名を呼ぶその前に、至極楽しげに高杉が口を開いた。

「・・・ヅラ、。あれ見ろ。―――銀時が来てる」

言われるがまま視線を上げれば、船のかなり高い場所で剣を合わせている銀時と岡田の姿があった。

岡田の腕には、もちろん紅桜がある。―――それは紅桜を使って戦っているというよりは、それそのものに支配されていると言った方が正しい。

「紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。―――クククッ、相変わらずバカだな。生身で戦艦とやりあうようなもんだぜ」

「・・・銀ちゃん」

ゆるりと2人の戦いを眺めながら、高杉が楽しげにそう話す。

それとは対照的にどこか痛ましそうに戦いを見ていたが銀時の名前を呼んだのを見て、桂もまた2人の戦いを見つめながら口を開いた。

「・・・もはや人の動きではないな。紅桜の伝達指令に付いていけず、身体が悲鳴を上げている。―――あの男、死ぬぞ」

岡田の様子は、あの橋で戦った時とは比べ物にならなかった。

おそらくは戦った記憶を吸収して、成長しているのだろう。―――しかしそれは、決して人の身体が付いていけるレベルのものではない。

遠目で見ても解るほど、岡田の身体は限界を超えているようにさえ見えた。

「貴様は知っていたはずだ、紅桜を使えばどのような事になるか。仲間だろう。なんとも思わんのか」

「ありゃ、あいつが自ら望んでやった事だ。あれで死んだとしても本望だろう」

桂の糾弾にも、高杉は平然とそう答える。

彼の言葉どおり、勿論高杉は強制したりはしなかっただろう。

しかし岡田の気性を思えば、彼がそれを選択するだろう事は予測できたはずだ。―――そして高杉は、勿論それを止めたりはしないのだ。

そうして彼は紅桜をその身に宿す事を決め、まるで操られるように戦いを続けている。

それは彼の望みだったのかもしれない。―――戦い続ける事が、彼の望みだったのかも。

それでもそれは、あまりにも・・・。

「・・・悲しい人」

2人の戦いを見上げながら、はポツリと呟く。

そうする事でしか生きて行けないのなら、それはどれほど悲しい事なのだろう。

「刀は切る。刀匠は打つ。侍は・・・なんだろうな」

不意に訪れた沈黙を破るように、高杉は小さく呟いた。

「ま、なんにせよ、ひとつの目的の為に存在するものは、強くしなやかで美しいんだそうだ。こいつのように」

そう言いながら、高杉は腰の刀を抜いた。

それは太陽の光に照らされて、妖しいまでの輝きを放っている。

「ククッ、単純な連中だろう?だが、嫌いじゃねぇよ。俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねぇ。畦道に仲間が転がろうが、誰が転がろうが構やしねぇ」

耳に流れ込んでくるような低く冷たいその声に、は僅かに眉を寄せた。

高杉はどうして、他の物に目を向けようとしないだろうか。

この世界は、確かに綺麗なものばかりではないけれど・・・―――それでも綺麗なものもたくさんあるのだと・・・。

聞こえてくる声に目を伏せそうになったその時、視界の端で何かが揺らめく。

それに弾かれたように視線を上げれば、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

「銀ちゃんっ!!」

先ほどよりももっと変形した紅桜。

既に岡田に意識はないのか・・・―――ゆらゆらと宙を彷徨う触手のようなものに絡め取られた銀時は、抵抗する力もないのかされるがままになっている。

そうして一拍の間のあと、激しく響き渡る破壊音。

どうやら屋根を突き破って下に落ちたらしい。―――それきり物音は途切れ、視界にはもうもうと上がる土煙だけが映った。

「・・・銀ちゃん」

銀時は大丈夫だろうか?

出来れば今すぐに駆けつけたいが、それでもこの場を離れるわけにもいかない。

このまま桂と高杉を放ってはおけない。―――それこそ、手遅れになる前に。

先ほどとは打って変わって静まり返ったその場で、と同じように上がる土煙を見つめていた桂は、改めて高杉へと視線を移して静かな声で口を開いた。

「高杉、俺はお前が嫌いだ。―――昔も、今も」

はっきりと告げられた言葉。

しかし、桂の瞳には負の感情などどこにもない。―――恨みも、憎しみも、なにも。

「だが仲間だと思っている。昔も今も、だ。―――いつから違った?俺たちの道は」

静かに問い掛ける桂の言葉には答えず、高杉は無言のままに懐から一冊の本を取り出した。

それは先ほど桂の刀から彼の身を守ったもの。―――深く刀傷の付いたそれを見下ろしながら、高杉もまた静かに口を開く。

「・・・何を言ってやがる。確かに俺たちは、始まりこそは同じ場所だったかもしれねぇ。―――だがあの頃から、俺たちは同じ場所など見ちゃいねぇ。どいつもこいつも好き勝手、てんでばらばらの方角を見て生きていたじゃねぇか」

それは今もまだ鮮明に残るようで、けれど手を伸ばせば擦り切れた記憶。

まるで夢のようだった、穏やかな時間。

既に失われてしまったその時は、もう何をどうしても取り戻す事は出来ない。―――だからなのだろうか、こんなにも愛しく・・・そして胸が痛むのは。

「俺はあの頃と何も変わっちゃいねぇ。俺の見ているものは、あの頃と何も変わっちゃいねぇ。俺は・・・」

そこで言葉を切った高杉は、けれど挑むような眼差しで桂を見返した。

「ヅラ、俺はな。お前らが国の為だぁ仲間の為だぁ剣を取った時も、そんなものどうでも良かったのさ。考えても見ろ。その握った剣、そいつの使い方を俺たちに教えてくれたのは誰だ?俺たちに武士の道を、生きる術を、それらを教えてくれたのは誰だ?」

問い掛ける高杉に、桂は何も答えない。

しかし最初から答えなど望んではいなかったのだろう。―――高杉は遠い過去を見るように青い青い空を仰ぎ見て、そうして揺ぎ無い声色で告げた。

「俺たちに生きる世界を与えてくれたのは、紛れもねぇ・・・松陽先生だ」

「・・・晋助ちゃん」

「なのにこの世界は、俺たちからあの人を奪った。だったら俺たちも、この世界に喧嘩を売るしかあるめぇ。あの人を奪ったこの世界を、ぶっ潰すしかあるめぇよ」

そうして先ほどの憂い顔とは違う、いつもの皮肉げな笑みを浮かべた高杉は、今もまだ何も答えない桂を見やる。

「なぁ、ヅラ。お前はこの世界で何を想って生きる?俺たちから先生を奪ったこの世界をどうして享受し、のうのうと生きていける!―――俺はそいつが腹立たしくてならねぇ」

感情が高ぶったのか僅かに声を荒げる高杉に、は僅かに目を伏せた。

それほどまでに、『彼』の存在は大きい。

高杉にとって、桂にとって。―――そしておそらくは、銀時にとっても。

憤りを吐き出し、そうして僅かに肩で息をする高杉を見やり、これまで沈黙を守ってきた桂が耐えかねたように口を開いた。

「高杉、俺とて何度この世界を更地に変えてやろうと思ったか知れぬ。だがあいつが・・・それに耐えているのに。奴が・・・一番この世界を憎んでいるはずの奴が耐えているのに、俺たちに何が出来る?―――俺にはもうこの国は壊せぬ。壊すには・・・ここには大事なものが出来すぎた」

そうして思い出すのは、江戸で出逢った多くの人たちの顔。

大切なものなどこれ以上増やすまいと思っていたのに・・・―――いつの間にか、自分の両手には抱えきれないほどのそれがある。

それを厄介にも思うけれど・・・―――けれどそれを幸せに思う事も確かで。

「今のお前は抜いた刃を鞘に収める機を失い、ただ悪戯に破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に食わぬなら壊せばいい。だが江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は、黙って見てられぬ」

「・・・小太郎ちゃん」

「他に方法があるはずだ。犠牲を出さずとも、この国を変える方法が!松陽先生も、きっとそれを望んで・・・」

「ヒッヒッヒ、桂だぁ」

「ヒヒッ、ほんとに桂だぁ!」

「引っ込んでろ、アレは俺の獲物だ」

じっと自分を見返す高杉を説得するため、桂が更に言葉を続けようとした時だった。

不意に響いた不愉快な声に、桂が弾かれたように顔を上げる。―――そうしてそこにある姿に気付き、驚きに目を見開いた。

「天人!」

咄嗟に腰に差した刀に手をやり、僅かに身を低くして構える。

そんなやり取りを呆然と見つめていたは、ハッと我に返り慌てて高杉を振り返った。

「晋助ちゃん、まさか・・・!」

「ヅラ、聞いたぜ。お前さん、以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねぇか。俺ぁね、連中と手を結んで後ろ盾を得られねぇか苦心してたんだ」

の問い掛けを遮って、高杉が楽しそうに呟く。―――それが何よりの答えだった。

そんなやり取りをしている間にも、姿を現した天人たちは桂から視線を外さないままゆっくりとした足取りで階段を使いこちらへと下りてくる。

「おかげで上手く事が運びそうだ。―――お前らの首を手土産になぁ」

「高杉ぃ!!」

そうして最後通告とばかりに告げられた言葉に、桂が声を荒げた。

高杉は、そんな桂の声さえも心地良いとばかりに笑みを浮かべて。

「クッ、言ったはずだ。―――俺はただ壊すだけだ。この腐った世界を!」

「晋助ちゃん!」

そう言い放った高杉へ、は思わず抗議の声を上げた。

高杉と桂の仲が悪い事くらい解っている。

けれど、まさかここまでするとは思っていなかった。―――否、思いたくなかったと言った方が正しいのかもしれない。

しかし高杉はそんなの抗議さえもさらりと流して、至極楽しげに口角を上げた。

「そんな怖い顔すんなよ。―――ま、オメェはそういう面してる方がいいがな」

「いい加減にしろよ、テメェ。あんまりごちゃごちゃ抜かしてると、もうやめてくださいって泣いて叫ぶまでガッツリ調教しちゃうぞ」

これまでなんだかんだと言葉を並べても少しも譲歩しようとしない高杉に、流石のもムッと来たらしい。―――思わずガッツリと高杉の胸元を掴み上げ、笑顔のままにそう言い放つ。

しかしそんなのささやかな反撃も、上がった桂の苦しげな声に掻き消された。

「・・・クッ!」

「小太郎ちゃん!」

反射的に振り返れば、多くの天人に囲まれた桂の姿がある。―――どれほど彼が強かろうと、流石に1人で囲まれてしまえば苦戦を強いられるに違いない。

せめて、誰か背中を預ける人間がいれば・・・。

そうは思うけれど、はどうしても最後の一歩を踏み出す事が出来なかった。

桂を失うわけにはいかない。

そうなれば、きっと自分は生きて行けないだろう。―――今こうして日の当たる場所で生きていられるのは、桂がいたからなのだ。

それでもは、高杉を切り離す事も出来ない。

たとえどれほどの悪名を重ねても、にとっては高杉も数少ない大切な人間の1人なのだ。

今この一歩を踏み出せば、永遠に高杉を失ってしまうかもしれない。

そんな思いが、最後の最後での足を止めさせる。―――しかしそんなの背中を押したのは、他でもない高杉だった。

「・・・行けよ」

不意に響いた素っ気無い声に、は弾かれたように振り返る。

そこには、先ほどとは違う・・・少しだけ優しい笑みを浮かべる高杉の顔。―――それはすぐに掻き消され、いつも通りの皮肉めいたそれへと戻っていたけれど。

「行きたきゃ行け。今回は見逃してやる」

「・・・晋助ちゃん」

思いもよらない高杉の言葉に、は大きく目を見開く。

こうして強引に自分をここへ連れてきた高杉が、まさかそんな事を言うとは思ってもいなかった。

そう無言で語るを見返して、彼は挑戦的な視線を彼女へと向ける。

「だが忘れるなよ。俺はいずれお前を迎えに行く。―――お前に相応しい場所は、俺のところにしかねぇんだからな」

「チッ!・・・!!」

高杉の言葉と重なって、とうとう場を持ちこたえるのが厳しくなってきた桂の舌打ちと共に名前を呼ばれる。

それに惹かれるように僅かに後ずさりながら、は高杉から視線を逸らさないままやんわりと微笑んだ。

「・・・晋助ちゃん。私も、晋助ちゃんの事好きよ。昔も・・・今も」

言うや否や、は自分へと手を差し出す桂へと振り返り駆け出す。

「そりゃありがとよ」

背中から、囁くようなそんな声が聞こえた気がした。

 

 

桂と共に逃走を開始したは、しかし時が経つごとに増える天人たちの姿に思わず舌打ちを漏らす。

最初から武器は奪われていなかったため、戦う手段がないわけではなかったけれど、さすがに短刀と銃だけでは裁ききれない。―――もういっその事爆弾で辺り一帯吹き飛ばしてやろうかと物騒な考えを抱くが、実際にそれを実行に移さないのは、この船のどこかに自分たちの仲間と銀時たちがいると解っているからだ。

流石にこの状態で爆弾を使えば、彼らの身の安全は保障できない。

、これを!」

そうしている間にも、天人たちの数はどんどん増えてくる。

さてどうしようかと考えを巡らせ始めたその時、桂の声と共に自分へと投げ渡されたそれに気付いて、は目を丸くした。

しっかりと受け止めたそれは、しっくりと手に馴染んだ懐かしいもの。

桂から手渡された刀を認めて思わず振り返ったは、こちらもうんざりとした表情を浮かべる桂を見て小さく首を傾げた。

刀を持つ事は、当の桂から禁止されていたはずだけれど・・・。

「緊急事態だ、仕方がない!」

そんなの疑問を読み取ったのか、桂が言葉短くそう声を上げる。

確かに緊急事態には違いない。―――それでも桂がに刀を渡すという事は、それだけ状況が厳しいという事だろうか。

それはともかく、は改めて自分の手に渡された刀を構えて・・・―――そうして背中合わせに立った桂をチラリと横目で見やって、困ったように小さく微笑んだ。

「・・・小太郎ちゃん、髪の毛短くなっちゃったね」

「そうだな。まぁ、これくらいで済めば幸運な方だろう」

もしも運が悪ければ、あの時命を落としていたかもしれないのだ。―――そう思えば、髪の毛だけで済んだのはむしろ幸運な方だったのだろう。

けれど・・・。

「小太郎ちゃんの長い髪、好きだったのにな」

小さく小さくポツリと漏れた言葉に、桂は思わず目を見開いた。

「・・・また伸ばしてね」

「お前が望むならば」

そうして付け加えられた言葉に小さく微笑んで、しっかりと頷き返す。

それはこれからも一緒にいるという事なのだろうか。―――まぁ、そうやすやすと誰かに渡すつもりは毛頭ないけれど。

そんな短いやり取りを経て、桂とはお互い目配せしあうと、それが合図とばかりに駆け出した。

次々と襲い掛かる天人たちを斬り伏せて、目的地を目指して駆け抜ける。

目指すは甲板。―――仲間たちがいる場所へ。

「あー、もう。うじゃうじゃ鬱陶しい!」

「退け。俺は今虫の居所が悪いんだ」

そうして何人目か解らない天人を斬り倒して甲板に姿を見せた桂とに、それに気付いた仲間が思わず歓声を上げる。

「桂さん!さん!!」

それに引かれるように無事に仲間たちと合流した2人は、そこで刀を構えている銀時らと背中を合わせて、彼らを囲みだした天人たちと向き合った。

「よぉ、ヅラ。どした、その頭。失恋でもしたか?」

そんな桂に気付いた銀時が、いつものやる気の感じられない声で問い掛ける。

それにムッと表情を顰めた桂は、フンと小さく鼻を鳴らして。

「黙れ、イメチェンだ。貴様こそどうした、そのナリは。爆撃でもされたのか?」

「黙っとけよ、イメチェンだ」

「どんなイメチェンだ!」

こんな状況にも関わらず、銀時のあまりに無茶な発言に突っ込みを入れる桂を放置し、銀時は視線をへと移す。

そうして珍しく刀を構えて面倒臭そうに辺りを見回すに、銀時は小さく笑みを零した。

「おー、随分と久しぶりじゃねーの。なんだよ、襲われたとか言ってたくせにピンピンしてんじゃねーか」

「当然でしょ。私を誰だと思ってるの?―――それより、銀ちゃんの方こそボロボロじゃない。これは帰ったら治療決定ね」

「・・・あのー」

「心配しないで。今回のお礼も兼ねて、この私が丹精込めて看病してあげるから」

思わず顔を引き攣らせた銀時に構わず、はにっこりと綺麗な笑みを浮かべて問答無用に言い放った。

これは墓穴を掘ってしまったかもしれない。―――そうは思うけれど、こんなささやかな日常を感じさせる空気は、決して嫌なものではなかったから。

そんな2人の会話をそのままに、天人たちの様子を窺っていた仲間の1人が桂に向かい声を上げる。

「桂さん、ご指示を!」

「退くぞ」

しかしすぐさま返ってきた言葉に、男はきょとんと目を丸くした。

「・・・え?」

「紅桜は殲滅し、は救出した。もうこの船に用はない。―――後ろに船が来てる、急げ!」

視界を巡らせれば、ゆるりと近づく一艘の船。

けれどここまで乗り込んできた天人たちが、そう簡単に見逃してくれるはずがなかった。

「そうはさせるかぁ!!」

「全員残らず狩り取れ!!」

口々にそう声を上げ、退却を決めた面々に襲い掛かる。

しかしそれを遮るように、銀時と桂、そしてが刀を手に輪から飛び出した。

「思いっきり暴れるのって久々かも。腕が鳴るわ〜」

「退路は俺たちが守る!」

「行け!!」

3人それぞれ決意を固めてそう口を開く。

確かに3人は強い。―――けれどそう簡単に納得できるほど、この場にいる天人の数は少なくなかった。

「でもっ!!」

「銀ちゃん!!」

案の定、それに素直に納得できずに新八と神楽が抗議の声を上げる。

しかしそれを認めたエリザベスは、物言わずに猛然と走り出した。―――その最中で両手で新八と神楽を担ぎ上げ、抵抗する彼らを強引に連れ去る。

そうして次々と退却していく仲間たちを見送って・・・―――それを阻止すべく戦意を漲らせる天人たちへ向かい、改めて刀を構えた。

「行けー!あいつらの首を取れ!!」

それが戦いの合図だった。

次々と襲い掛かる天人たちを強引に斬り伏せながら、状況を確認しつつ銀時や桂の背中を狙う天人をも退ける。

こうやって戦ったのは、攘夷戦争以来だ。

それでも何も考えずとも自然と動く身体。―――そうして胸の底から湧き上がってくるような言い知れぬ思いに、は薄く目を細める。

「ひ、怯むな!押せ押せ!畳み掛けろ!!」

「銀時!」

「あぁ!?」

あまりにも予想外の自分たちの劣勢に声を荒げる天人たちを他所に、桂が声も高く銀時の名前を呼んだ。

そうして戦う手を止める事無く、どうにもならない憤りを胸に口を開く。

「世の事というのは、なかなか思い通りにいかぬものだな!国どころか、友一人変える事もままならんわ!!」

紅桜を殲滅する事も、を迎えに来る事も目的のひとつだった。―――それらは確かに成功したけれど、しかしもうひとつの目的は成されないまま。

闇へとひた向きに突っ走る高杉を、説得する事が出来なかった。

もちろん、それが簡単に成されることだとは思ってはいないけれど。

そんな悔しさの滲む桂の言葉に、しかし銀時は口元だけで小さく笑って。

「ヅラぁ!お前に友達なんていたのか?そいつは勘違いだ!!」

「斬り殺されたいか、貴様は!!」

返ってきたあんまりといえばあんまりな言葉に、桂は戦いの手を止めて思わず振り返った。

しかしそんな桂を見やって、はやんわりと優しく微笑む。

「何言ってるの。私がいるじゃない、小太郎ちゃんには」

「いや、お前は友達というよりも・・・」

「おいおい。そういうのは帰ってからにしてくれませんかねー!」

うっかり空気がピンク色に染まりそうな雰囲気を読み取って、銀時がうんざりとした様子でそうぼやく。

勿論本人たちにその気も自覚もないのだろう。―――だからこそ余計に厄介なのだが。

しかしそんな銀時を見やり、桂は改めて銀時やと背中を合わせながら、表情を引き締めつつ口を開いた。

「・・・銀時」

「あぁ?」

「お前は変わってくれるなよ?お前を斬るのは骨がいりそうだ。真っ平御免被る」

どこか願いにも似たその言葉に、銀時は困ったように笑みを零した。

そうして大きく息を吸い込んで口を開く。―――それは、桂に対する答えでもあった。

「ヅラぁ、お前が変わった時は、俺が真っ先に叩っ斬ってやらぁ!」

「じゃあ2人が変わっちゃった時は、私が腕に選りをかけた爆弾でまとめて吹き飛ばしてあげる」

カチャリと刀の鍔を鳴らして、はくすくすと笑う。

そう言っても、きっとそんな状況になったとしても、はそうはしないのだろう。―――否、しないのではなく、きっと出来ないに違いない。

今、が高杉を切り捨てられないのと同じように・・・。

だからこそ、そうさせてはいけないのだと思う。―――これ以上、彼女を苦しませないためにも。

改めてそう決意を固めて、銀時と桂はお互い顔を見合わせると、握った刀の切っ先を春雨の船から悠然とこちらを眺める高杉へと向けた。

「高杉ぃ!そういう事だ!!」

「俺たちが次会った時ぁ、仲間もクソも関係ねぇ!」

「「全力で、貴様をぶった切る!!」」

お互い声を合わせてそう叫び、楽しそうに口元で笑う高杉を睨みつけて。

「せいぜい街でばったり会わねぇ様、気をつけるこった!!」

そうして最後にその言葉を残し、2人は颯爽と駆け出した。―――仲間たちが無事に脱出した今、これ以上無駄に戦う必要はない。

それに惹かれるように、もクルリと踵を返して。

「・・・またね、晋助ちゃん」

船から飛び降りるその前にじっとこちらを見つめる高杉へと微笑みかけ、そうして聞こえないだろうその言葉を残して、もまた銀時や桂と共に躊躇いなく船から飛び降りた。

空中でグイッと引き寄せられ、桂に抱きかかえられる。―――それと同時に桂の背から白いパラシュートが勢い良く開かれた。

「はっはっは!さらば!!」

そうして頭上で悔しがる天人たちの声を尻目に、桂は勝ち誇ったかのように笑い声を上げた。―――この状況は、贔屓目に見ても勝ったとはいえない姿だろうが。

そんな桂の足にしがみついた銀時は、半ば呆れた様子で桂を見上げた。

「用意周到なこって。―――ルパンか、お前」

「ルパンじゃない、ヅラだ。・・・あ、間違えた。桂だ」

憮然とした様子でそう言い放った桂は、しかし己の失言に気付いて小さく咳払いをすると、気を取り直した様子で口を開いた。

「伊達に今まで、真撰組の追跡を交わしてきたわけではない」

「そうよ。逃げの小太郎なんて名前がついちゃうくらい、小太郎ちゃんの逃げっぷりは見事なんだから」

桂の発言を後押しするように、が笑みを零しながらそう告げる。

あまり格好いい呼び名ではない気もするが、捕まってしまうよりはずっといいだろう。―――そうして、テロリストと呼ばれるよりも。

そんなの発言にしっかりと頷いた桂は、しかしすぐさま表情を真剣なそれへと変えて、懐から一冊の本を取り出した。

「しかし、まさか奴もこいつを持っていたとはな」

たくさんの思い出が詰まった本。

そして、今でも彼らを繋げるもの。

自分がそれを捨てられなかったように、高杉もまたそうなのだろう。

それだけはいつまでも変わらない。―――似ていない2人の、唯一の共通点なのかもしれない。

「始まりはみんな同じだったのに・・・。なのに、随分と遠くへ離れてしまったものだな」

なんだかんだ言いつつも、いつも一緒にいた。

全員が同じ師の下で学び、そして日本の未来を思ったはずなのに。

どうしてだろうか。―――自分たちの道は、いつから違ってしまったのだろう?

「銀時、お前も覚えているか?・・・こいつを」

「ああ。―――ラーメン零して捨てた」

静かに問いかけられた言葉に、銀時は遠くをぼんやりと眺めながら素っ気無くそう答える。

「・・・、お前は?」

それ以上追求する気はないのか、今度はへと視線を向けた桂の問いかけに、もまた遠い景色をぼんやりと眺めて。

あの過去の日々が、ずっと続くと・・・そんな幻想を抱いていたわけではない。

けれどそれが続けばいいと思ったのも確か。

あの騒々しくも穏やかな日々が、失われなければいいと・・・。

「さぁ・・・。覚えてないよ」

小さな声でそう呟いて、は静かに目を閉じた。

今もまだ、記憶の中に生きる人。

振り返った彼は、今でも優しく微笑んでいた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい、というわけで紅桜編完結です。

色々と思うところがないわけではありませんが、これが精一杯という事で。(笑)

でもやっぱり、いつものギャグと比べると数段書きやすかったです。

これで当分は高杉の登場もないのが残念ですが。(笑)

作成日 2008.3.23

更新日 2009.4.17

 

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