暗闇の中、泣いている子供がいた。

声を出さず、涙さえも流す事無く―――それでも何故か泣いているように見えたその子供は、ただ自分の周りにあるすべてのものから己の身を守るように、その小さな身体を両腕で抱いて。

まるで誰にも気づかれないようにと、小さく小さく蹲りながら。

その小さな存在を守ってやりたくて、銀時はゆっくりと手を差し伸べる。

そうしなければいけないと思った―――そうしなければ、彼女は・・・。

銀時の存在に気付いたのか、子供がゆっくりと顔を上げる。

虚ろな、光を失った瞳。

小さなその唇が開き、何事かを囁く。

そうしてまるで人形のような綺麗な子供は、小さく微笑んで。

『――――――っ!』

咄嗟に伸ばした銀時の腕が子供に届くその瞬間に、子供の姿は空気に溶けて消えた。

 

結局のところ、天使と死神にそれほどのいはない

 

「柄にもなくうなされていたようだな。・・・昔の夢でも見たか?」

悪夢にうなされ勢い良く跳ね起きた銀時は、掛けられた静かな声に顔を上げた。

「・・・ヅラ?なんでテメーが」

突然目の前に現れた桂の姿に呆然とし、そうして寝起きで真白になった脳裏に甦った光景に、銀時はすべてを思い出して立ち上がろうと・・・したのだけれど。

ズキリと身体に走った痛みに己の身体を支えきれず、そのまま布団の上に倒れ込んだ。

「無理はせぬ方がいい。左腕は使えぬ上、肋骨も何本かいっている。向こうはもっと重症だがな」

そう言って視線を襖で隔たれた隣の部屋へと向ける―――銀時と共に担ぎ込まれてきた少女は、強い薬物に身体中を蝕まれていた。

少女の様子からそうだろうとの予測はついていたけれど・・・実際にそうだったと告げられれば苦々しい気分に襲われる。

とりあえず何故自分がここにいるのかの説明を一通り受けた銀時は、なかなか自分の思い通りにならない身体を忌々しく思いながらも何とか身体を起こした。

「というか、なんでお前はあんなところにいたんだ?」

「というか、あいつらは一体なんなんだ?」

問いに問いで返され、桂は渋い表情を浮かべるも素直に口を開く。

「宇宙海賊『春雨』。銀河系で最大の規模を誇る、犯罪シンジケートだ」

唸るように告げられたその言葉に、銀時は不愉快そうに表情を歪める。

しかし『春雨』がどんな組織だとか、それに対し攘夷派がどう動いているかなどの桂の説明はどうでも良かった。

今の自分には、それとは比べ物にならないほど大切なすべき事があったからだ。

銀時の脳裏に、天人たちに抱えられ連れ去られる新八たちの姿が浮かび上がる。

天人に囲まれ絶体絶命の状況の中で、目に焼きついた光景。

それに知らず知らず拳を握り締めて、銀時は脱がされていた着物を着込みつつ立ち上がる。

その様子を見ていた桂の非難の声など聞くつもりはなかったけれど。

「ところで、銀時。がお前のところに行った筈だが・・・彼女はどうした?」

けれど再度投げ掛けられた問いに、銀時は思わずすべての動きを止めた。

「・・・は」

不思議と揺らぎのない桂の声に、銀時は着物を掴んだ手に力を込める。

きっと彼は気付いているのだろう―――否、どんな返答が返って来ても心を乱されないよう、最悪の事態を想定しているのかもしれない。

問い掛ける形ではあるものの、桂の表情を見ればそれは問うまでもない。

苦い表情を浮かべる銀時に、その予測があながち違ってはいないのだと桂は察する。

は新八の奴らと一緒に拉致られた」

が・・・拉致られた、だと?」

しかし予測していた事態だというのに、それでもそれは想像した以上のショックを与えた。

「・・・銀時、貴様」

「悪いがここでお前と言い争うつもりはねぇ」

何かを言いかけた桂の言葉を遮って、銀時はキッパリと切り捨て珍しく真剣な眼差しで桂を見返す。

そんな銀時にふうと小さくため息を吐き出して、桂は眉間に皺を寄せたまま口を開いた。

「今のお前1人で勝てる相手だと?」

桂の問いに、銀時は縁側まで出ると見事に手入れされた庭を見詰める。

万全の状態・・・とはいかなかったが、それでも奴らにやられてしまった自分。

怪我を負った身で、捕えられた3人を無事に助け出せるという保証はないけれど。

それでも諦める事など出来ない―――成り行きとはいえ彼らと出会い、そうして彼らは既に自分の中に確かに存在しているのだから。

そして・・・。

決して涙を流す事無く、それでも確かに泣いている子供。

彼女に手を伸べたその瞬間に、自分はそれを誓ったのだから。

「『人の一生は重き荷を負うて遠き道を往くが如し』―――昔なぁ、徳川田信秀というおっさんが言った言葉でなぁ」

「誰だ、そのミックス大名は!家康公だ、家康公!!」

長年の彼らとの付き合いで培われた突っ込みを思わず入れながら、真剣な顔をして話し出したかと思えば・・・と心の中で1人ごちる。

しかし銀時は桂の突っ込みを気にした風もなく、庭を見詰めたまま語りだした。

「最初聞いた時は、何を辛気臭ぇ事をと思ったが・・・なかなかどーして、年寄りの言う事はバカに出来ねぇなぁ」

大切なものは、失ってからでないと解らない事がある。

かつての攘夷戦争で、守りたいと思った筈のものを守りきれずに何度後悔したか解らない。

もう自分は何も持たないとそう思っていたというのに、いつの間にか自分はまたそれを背負い込んでいた。

そうして、それを後悔などしていないから。

「いっそ捨てちまえば楽になれるんだろーが、どーにもそーゆー気になれねぇ」

「・・・・・・」

「荷物がいねーと、歩いててもあんま面白くなくなっちまったからよぉ」

「・・・銀時」

振り返りはしないものの、その顔に笑みが浮かんでいるのが簡単に想像できて、桂は穏やかな気持ちで苦笑を漏らす。

しかしこれだけは言っておかなければならないと、桂はゆっくりとした足取りで銀時の隣に立ち、同じく庭に顔を向けたまま口を開いた。

「お前の気持ちは解った。・・・だが、を背負うのはお前ではない」

「・・・あ?」

を背負うのは俺だ。それをお前に譲る気は毛頭ない」

キッパリと言い切って、桂はやんわりと微笑む。

銀時がを大切に想うように、桂もまたを大切に想っている。

想いの強さなど測れるものではないけれど、誰にも負けない自信すらあるから。

「・・・つーか、がこの会話聞いたら『この私を荷物扱いなんて、テメェらずいぶん偉くなったもんだなぁ、ああ!?』とか言いながら凄まれそうだけど・・・」

「馬鹿者、それくらいで済むわけがないだろう。精神的制裁に加えて肉体的制裁も免れん」

それを想像すると恐ろしくもあるが、それでも銀時と桂は揃って笑みを零す。

そんな日常は、きっと何よりも大切なものなのだから。

が誘拐されたのなら、俺にとっても他人事ではない。池田屋事件の借りもある。行くぞ」

「・・・あ?」

「片腕では荷物は持てまいよ。―――今から俺がお前の左腕だ」

告げた桂を見詰めて、銀時は返事の代わりに苦笑いを返した。

 

 

どこかで爆発音がする。

忘れようにも忘れられない・・・腹の底から響くような音に、はぼんやりとした意識でそう思った。

虚ろな意識の中ゆっくりと辺りを見回せば、数え切れないほどの死体が地面を覆い尽くすように広がっている。

かつては人だったもの。

かつては天人だったもの。

命が失われてしまえば、果たしてそれに違いなどあるのだろうか?

「・・・テメェ、絶対に・・・許さねぇ・・・」

不意にどこからか聞こえた声に視線を巡らせれば、血塗れの天人がこれ以上ない憎しみを込めて自分を睨んでいる。

しかしその憎しみの中に微かな怯えを見つけ、は天使のように微笑んで銃口を天人の頭に突きつけた。

そう、この光景は自分が作り出したもの。

自分が作った爆弾で、この光景をも作り出した。

「・・・許さなくていいよ」

寧ろ、許しを乞う気など毛頭ない。

自分には絶対に譲れない大切なものがあって。

それを守る為に、自らこの道を選び歩いているのだから・・・―――それが非難される事であっても、はそれでも構わなかった。

「さようなら、永遠に」

天使のように澄んだ声で・・・そして微笑みを浮かべて、は何の躊躇いもなく引き金を引いた。

耳をつんざくような鋭い音と共に、全てが静寂に包まれる。

そんな静寂の中に立ち、は浮かべていた笑みを消した。

そう、これは自分が選んだ道―――自分の望んだ道。

けれど、ふと思う時がある。

果たしてこれは、本当に自分が望んだものだったのだろうか、と。

こうしてたくさんの命を奪い、戦い続けて・・・自分の手には一体どれほどのものが残ったのだろうかと。

ぼんやりとしたまま再び辺りを見回して、は小さく首を傾げる。

「・・・大切なものって、なんだったっけ?」

護りたいモノは、一体なんだっただろう?

自分の傍には何もない―――あるのはたくさんの抜け殻だけ。

その事実に、少しづつ冷えていく心。

自分の中にあった小さな小さな光が、底のない闇に飲み込まれていくような感覚。

私の大切なものって、なんだったっけ?

もう一度、声に出さずにそう呟いたその瞬間、意識は急速に浮上した。

 

 

バシャーンという景気の良い水がぶちまけられる音と共に襲った衝撃に、新八は薄っすらと目を開けた。

堅い床に転がされ、冷たい水をぶっ掛けられて・・・それでもどこか頭の中がぼんやりと霞んで、上手く思考が纏められない。

僕、一体何をしてたんだっけ?

水浸しになった床に転がったまま、新八は取り留めもなく考える。

「おーい、起きたか?おねむの時間は終わりだよ〜。―――まったく、こんなに若いのに海賊に捕まっちゃうなんてカワイソ〜にね〜」

その答えは、頭上から降ってきた言葉によって導き出された。

少しづつ意識が鮮明になる。

頭上でせせら笑う天人の声を聞きながら、新八は自分が海賊に捕まったのだと理解した。

ゆっくりと視線を巡らせれば、自分のすぐ傍で同じようにが転がっている―――その瞳は薄っすらと開いてはいるが、焦点の合わない虚ろな眼差しはいつものとは全く違い生気が感じられなかった。

そうして状況を確かめるべくそのまま視線を上げれば、そこには・・・

「神楽ちゃん!!」

クラブでぶつかった男が抜いた剣先に引っ掛けられ、宙に浮かされている神楽の姿に、新八は咄嗟に声を上げた。

「おじさんはねぇ、不潔な奴と仕事の邪魔をする奴が大嫌いなんだ。もうここらで邪魔なネズミを一掃したい。―――お前らの巣を教えろ。意地張ってんなら、こいつ死ぬぞ」

「何の話だよっ!!」

意識を取り戻し、状況も解らず真白になった頭に叩き込まれた脅迫に、新八は咄嗟に反論する。

何がどうなったのかは解らないが、神楽の身が危険に晒されているのは嫌というほど理解できた。

「とぼけんな。てめーらが攘夷志士だってのは解ってんだ」

「・・・はっ!?僕は攘夷志士じゃ・・・」

「その女と一緒にいるのが証拠だろうが!桂のところの参謀、っつったか?とっととテメーらのアジト教えろ!!」

未だに床に転がったまま動かないに焦れて、陀絡が声を荒げた。

そこで新八は、何故自分が捕まり、更に攘夷志士であると疑われているのかを理解した。

こう見えてもは桂と共に攘夷を行っているのだ―――普段の行動からとてもそうは思えなくても、爆弾を作るのが趣味というと共にいる桂が爆弾を使いテロを行っているのだから、関連性は疑うべくもない。

ともかくも誤解を解かなければとは思うが、しかしだからといって『自分は無関係ですから』とを見捨てるわけにもいかない。

大体の事情を飲み込んだ新八は、どう反論すべきかと頭を悩ませた。

しかし当のは陀絡の怒声に反応を示す事無く、ただぶつぶつと何事かを呟いている。

生憎とその内容までは、陀絡どころか新八にさえ届きはしなかったけれど。

「ちっ!大人しくさせる為とはいえ、薬を使いすぎたか・・・。まぁ、いい。おい、小僧!とっとと桂の居所を吐け!」

見るからに正気を失っているに見切りをつけた陀絡は、すぐさま標的を新八へと移す。

しかしここで大人しく言いなりになる訳にもいかない。

そもそも新八は攘夷志士でもなければ、桂の居所も知らないのだから。

「何言ってんだよ、お前ら!僕は攘夷志士でもなければ、桂さんの居場所なんて知らない!ここは侍の国だぞ!お前らなんか出てけっ!!」

感情のままそう怒鳴り散らす新八を、陀絡は侮蔑の眼差しで見下ろす。

「侍だぁ!?そんなもん、もうこの国にはいねっ・・・!!」

「ぐわぁっ!!」

バカにするようにそう口を開いた陀絡の言葉は、突如上がった悲鳴により掻き消された。

すぐ傍で吹き飛んだ天人に何事かと目を見開いた新八は、先ほどまで正気を失ったように床に転がっていたがゆっくりと立ち上がるのを呆然と見詰める。

「・・・さん?」

咄嗟に呼び掛けるが、は虚ろな目をしたまま新八を見ようともしない。

辺りの空気がどことなく異質なものへと変化していく様を肌で感じながら、新八は動くことも出来ずにただの顔を凝視する―――その時新八は、やはりの口が微かに動いているのに気付き、現在の自分の状況すらも忘れてその声に耳を澄ませた。

「さっきから大人しく聞いてれば、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーんだよ、ボケが。てめーらがクスリなんて使ったお陰で、思い出したくない事むざむざ思い出さされてテンション最悪だっつーの。しかもこの私に水ぶっ掛けるなんていい度胸してんじゃねーか。寝覚めはもっと爽やかにいくもんだろーが、普通はよぉ」

かなり小さい声に加えて勢いがないぼそぼそとした口調ではあるが、いつもと大して変わらない言動に新八はがっくりと肩を落とした。

もしかすると嗅がされたクスリでトリップしてしまったのかという心配は、全く必要なかったらしい。

「大体教えろって言われて素直にアジトばらすバカがどこにいるんだよ。知りたきゃ自分でコツコツ捜せよ、怠けてんじゃねーぞ、コラァ」

「・・・あの、さん。今はそんな事言っている場合じゃ・・・」

新八がそんな事を考えている間も、はノンブレスで延々と愚痴を零し続けている。

流石にこの状況ではまずいのではないかと止めに入ろうとする新八だが、はそれを綺麗に無視し、一向に止まる気配など見せなかった。

「私の嫌いなものベスト3を教えてやろうか。1つ目は人の話を聞かない奴。二つ目は人使って自分の手を汚さないで偉そうな顔してる奴」

「それってさん本人が、二つとも該当してそうなんですけど・・・」

咄嗟に入れた突っ込みにも、は何の反応も示さない。

「三つ目は・・・」

しかし最後の1つをカウントしたところで、はぱったりと口を閉ざす。

その異様さに何事かと新八が顔を覗き込んだその時、は据わった目で鋭く陀絡を睨みつけ動いた。

「人の国に土足でずかずか入り込んでデカイ顔してる天人だよ」

「・・・ぐわぁ!!」

ポツリと、本当に小さくポツリと落とされた言葉と共に、何かが弾けるような音が耳を貫く。

それと同時に吹き飛んだ天人を目の端に映して、新八は大きく目を見開いた。

の右手には大きめの銃。

左手には小刀が握られており、ハッと気がついた時には自分たちを取り囲んでいた天人の多くが吹き飛ばされていた。

「ちょっ、さん!?」

突然の出来事に訳も解らずの左手を掴むが、はチラリとも新八に視線を向けない。

ただ虚ろな・・・危険な光を宿した瞳は、神楽を人質に取っている陀絡に向けられていた。

右手に握られた銃が、しっかりと陀絡を捕らえている。

「テメェ!!」

傍にいる天人たちがそう声を荒げるが、誰一人としてに襲い掛かる者はいない。

おそらくは尋常ではない彼女の様子に怖気づいているのだろう―――そう簡単に推測できるくらい、今のは普通ではなかった。

「テメェ・・・何する気だ?」

ゆっくりとした動作で向けられた銃口に視線を移して、陀絡は地を這うような声色を向ける。

「下らねぇ事考えてんじゃねーぞ。こいつがどうなっても良いのか?」

「神楽ちゃん!!」

そう言って剣先に吊るした神楽の身体を揺さぶり、陀絡は意地悪げに笑む。

いくら頑丈な神楽といえど、あの高さから落ちて無事に済むわけはない―――新八は今にも落ちてしまいそうな不安定な様子の神楽から視線を離せず、固唾を飲んで傍らのに心から祈った。

いつものならば、きっと神楽の為に武器を引いてくれる筈だ。

たとえ言動がとてつもなく物騒であったとしても、目の前で危険な目に合っている知り合いを見捨てるような事はしない・・・筈だ。

けれど今のは、彼女の事をそれほど知らない自分だからこそそう思うのかもしれないが、いつもとは掛け離れているような気がする―――少なくとも、は今までどれほど暴言を吐こうが実力行使に出た事は一度もない。

緊迫する空気の中、ピクリとが動いた気がした。

それがどういう意図でなのかははっきりとは理解出来なかったが、新八にはが銃口を下げたように見えた。

しかし・・・。

「ほあちゃあぁぁぁ!!」

張り詰めた空気を裂くように唐突に神楽の声が響き、ジッとの向ける銃口を睨みつけていた陀絡へ向かい神楽の蹴りが放たれる。

油断していた陀絡の顔面に蹴りが入ったと同時に、その反動で唯一神楽の身体を支えていた剣先が彼女の身体から離れ・・・。

「神楽ちゃん!!」

「足手まといになるのは御免ヨ。―――ばいばい」

そうしてまるでスローモーションのように、神楽の身体が宙へと投げ出された。

意外にも穏やかな表情で微笑む神楽を見詰める新八の表情は、酷く歪んでいる。

「・・・神楽、ちゃん」

瞳に映る光景に、の虚ろだった目が大きく見開かれた。

誰もが絶望を抱いた、その時だった。

「待てぇぇぇ!!」

唐突に響き渡った聞き覚えのある声に、新八は我に返り辺りを見回す。

すると何故か海賊姿になった銀時が、これまた何故かフックになった手にロープを縛り付け、それを支えに勢い良く壁を走ってくる姿が新八の目に映った。

「待て待て待て待て待てぇぇ!!」

「銀さん!!」

その勢いのまま落下する神楽の身体を受け止め、そうして着地する間もなく船の甲板に勢い良く叩き付けられた銀時は、ほんの少し表情を歪めながらゆっくりと身を起こした。

「いてて、傷口開いちまったよ。―――あのぉ、すいませーん。面接会場はここですかぁ?こんにちは、坂田銀時です。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取。特技は目ぇ開けて寝れる事です」

「テメェ・・・生きてやがったのか」

立ち上がりつつそうのたまう銀時を、陀絡は忌々しいとばかりに睨みつける。

しかし銀時はそれには答えずに・・・嬉しそうに笑みを浮かべている新八を―――そしてその後ろに立つへと視線を向けて。

そうして先ほどまで平然としていた彼は、瞬時に顔を真っ青に染め表情を強張らせた。

「な、なななななんでっ!おまっ!お前ちょっと待てよ、なんでお前!!」

「・・・どうしたんですか、銀さん?」

あからさまに挙動不審な態度でどもり出した銀時を見詰めて、新八は訝しげに首を傾げる。

しかし銀時はそれどころではないのか、眉を寄せている新八の肩を掴み勢い良く自分の方へと引き寄せ、コソコソと小さな声で口調を強めた。

「お前、一体何があったんだよ!」

「何って・・・だから僕たち、海賊に攫われて」

「んな事は解ってるよ!俺が聞きたいのは、何でがあーんな風になってんのかって事!」

「あーんな風?」

促されて視線を移した先には、未だにぶつぶつと何かを呟いているの姿。

「・・・確かにいつもと少し様子は違いますけど、でも」

「少しじゃねーよ。いいか、いい機会だからきっちり教えといてやる」

危機迫る様子でぐいっと顔を近づける銀時から少しだけ顔を引いて、新八はなんですか?と相槌を打つ。

これほど真剣な表情を浮かべる銀時と言うのは、非常に珍しい―――こんな事をしている場合ではないと解っていても、話の先が気になった。

「いいか。確かには普段から口は悪ぃが、あれは半分以上本気じゃねぇ。ただ相手の反応を見て楽しんでる愉快犯だ」

「・・・愉快犯。それもどうかと」

「そんな事はどーでもいーんだよ。問題はここからだ。―――いいか、ああ見えてはわりと心は広い方で、滅多な事で切れる事はねーが・・・」

「・・・もしかして」

嫌な予感に、新八の口元が引きつる。

「そうだ。あんな風に延々とボヤいてる時は、間違いなくが切れてる時だ。ああなると手がつけられねぇ」

「そんな呑気な事言ってる場合ですか!早く止めてくださ・・・」

ガチャン。

新八の声を遮るように鳴った物騒な物音に、2人はピタリと動きを止める。

ゆっくりと視線を向けると、そこには先ほどボヤいていたのが嘘のように口を閉ざし、無言で安全装置を外すの姿が。

そんな危ない人の傍にいたのか・・・と思った新八の目に、口角を上げて恐ろしげに笑むの姿が目に映った。

「やべぇ!!」

先ほどの怯えた様子とは一転した銀時の切羽詰った声と同時に、銃口が手近にいた天人に向けられる。

っ!!」

あわや地獄絵図が繰り広げられるかと思われたその時、銀時の鋭い声には嘘のようにピタリとその動きを止めた―――指は引き金に掛かったまま、まるで普段の銀時のような眼差しで、ゆっくりと2人に視線を向ける。

「・・・銀ちゃん?」

「そうだ、俺だ。・・・いい子だから、大人しく武器をしまおうね」

なるべく気に触れないようにと優しく宥めるようにそう声を掛け、銀時はゆっくりとへと近づく。

そうして銀時が肩に触れた途端、は小さく眉間に皺を寄せて、まるで人形のように静かにその場に崩れ落ちる―――それを寸でのところで支えて、銀時はホッと安堵の息を吐いた。

「・・・新八。ちょっくらを頼むわ」

「あ、はい。あの・・・もう大丈夫なんですか?」

「ああ、多分な」

「多分って!!」

ものすごく曖昧なその返事に不安もあったが、新八はまるで別人のように大人しいを受け取り、心配そうに銀時を見上げる。

「心配すんな。きっちり決着つけて来るからよぉ」

覇気のない声色で、それでも頼もしくそう言い切った銀時に、新八は無言で頷いた。

 

 

すったもんだの内に、それでも何とか丸く事を収めた後、新八らと共に助けられ港に下ろされたは、まだぼんやりとした意識を抱えたまま座り込んでいた。

身体の中で煮えたぎっていた怒りにも似た感情は落ち着き、その反動でか今は何をする気力も湧いてこない。

目を閉じれば、浮かんでくるのは自分が殺した天人たちの姿。

暗闇の中で、死体に囲まれ、血の海に立つ自分。

銀時の言うように、それを悪夢だと恐れるのならば、何故今もまだ茨の道を進もうとするのだろうかという疑問も勿論持ってはいるけれど。

それでも譲れないモノがあった―――絶対に失いたくないものが。

自分で思うよりも不器用な自分は、それを守る為の別の手段など知らないから。

だから、私は・・・。

「・・・

優しい声に呼ばれて、はゆっくりと目を開く。

そこには光溢れる世界があった―――愛してやまない、温かい世界が。

「・・・帰ろう、

そうして優しい声と共に伸べられた手をジッと見詰めて、その手の主を見上げる。

ああ、それはなんて優しくて甘い・・・。

「・・・立ち上がれない。抱っこして、小太郎ちゃん」

普段からは考えられないほど弱々しい声でそう告げると、桂は困ったように小さく微笑んで。

「仕方のない奴だな」

そう言って伸ばされる手がとても優しくて、は両手を桂の首へ回して縋りつくように身を寄せた。

温かい温もり。

ああ、そうだ。―――護りたいモノは・・・大切なものは、ここにある。

すべてを護れたわけではないけれど・・・それでも、自分に残されたものだって、確かに存在する。

力強い腕に身体は引き上げられ、まるで幼い子供を抱くように抱えられたは、自分の表情を隠すように桂の首元に顔を埋めた。

「・・・銀ちゃんたちは?」

「あいつらはあいつらでやっているさ。―――そうだな、後で礼に行くといい。暴走したお前を止めてくれたのだろう?」

「・・・うん、そうする」

桂の泣きたくなるほど優しい声に、は素直に頷いて縋りつく腕に力を込める。

こんな風に甘えてしまうのは、少し悔しくもあり情けなくもあるけれど。

どんなに強がっても無駄なのだと、思い知らされているような気さえするけれど。

それでもこんな風に甘えられる相手など、それほど多くはないから・・・―――そんな人が自分の傍にいてくれる幸せを、今は噛み締めていたかった。

「小太郎ちゃん。そのかっこ・・・」

「ああ、宇宙キャプテン・カツーラだ―――船に乗り込む為に変装が必要だったからな」

「・・・結構似合ってるよ」

「・・・そうか」

の言葉に、桂は嬉しそうに笑う。

その笑い声を聞きながら、もまた小さく微笑んだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はちょっとシリアス風に。

結局のところは、天使も死神も手段が違うだけでやってる事の結果は同じなんだという話?(何故疑問系)

何となく今までの話から桂の存在が薄いような気がしたので(いつもの事ですが)ちょっといい感じにしてみたのですが・・・(どんなもんでしょう?)

主人公だって普段ははっちゃけてても、一応攘夷志士であり攘夷戦争に参加していたという設定なんですし、そりゃ色々思うところもあるさ・・・みたいな。

まぁ、普段は銀時と同じように何でもないように振舞ってますが、今回はクスリ嗅がされてちょっと理性が利かなかったのよ〜ってな感じで。(物凄い説明的な)

更新日 2006.7.29

更新日 2007.9.13

 

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