一面、畳が敷かれただだっ広い部屋の真ん中で。

きっちりと正座をさせられている桂と、その前に同じく正座をして対峙するを見て、桂に付き従っていた部下はブルリと身を震わせた。

「・・・小太郎ちゃん」

「なんだ?」

可愛らしい鈴の鳴るような声に名を呼ばれ、桂は不思議そうに首を傾げ返事を返す。

そんな彼は、から滲み出るような黒い・・・底知れない恐怖を抱かせる気配に気付いていないようだ。

何でこんなに露骨な不機嫌オーラを気付かずにいられるんだと、部下は口には出さずに心の中でそう叫ぶ。

それこそが桂なのだろう―――少なくとも、それにあからさまに怯えているようでは、長年と共にいる事など出来はしない。

そうして至極真面目な様子で自分を見詰める桂の眼差しを受けて、はゆっくりと視線を彼の隣に立つ白い物体へと向けた。

「これ、なぁに?」

仕草が、声が、可愛らしければ可愛らしいほど、危険が迫っている事を部下はひしひしと感じる―――何故今日に限って彼の傍にいるのが自分なんだと、現実逃避ではあるがそう思わずにいられない。

せめてこれ以上の逆鱗に触れるような事だけはしないで欲しいと、部下は懇願するように桂を見詰めた。

しかしそんな部下の願いなど桂は知る由もなく、心なしか嬉しそうに頬を緩めて口を開く。

「エリザベスだ」

いつの間に名前なんてつけたんだと突っ込む間もなく、部下の願いも空しくの本日最高の微笑みは披露された。

 

動物好きな人にい人はいない

 

「ふぬおぉお!おめっ、ダメだって、こんなとこで用足したら・・・。お前の排泄物はわんぱく坊主の夢よりでかいんだからっ!!」

街中に、銀時の必死な声が響く。

道の真ん中、規格外の大きさの犬と、その犬の首に掛けられた縄を引っ張る銀時の姿。

一見銀時の引っ張る力に踏ん張っているように見えるが、彼の発言と犬の体勢から決してそれが真実ではないのだと、通り過ぎる人たちには容易に想像がついた。

そんな一種緊迫した・・・声など掛け辛い彼らの攻防に、しかし近づく影2つ。

「ふん、ペットの躾も出来んとは・・・情けない」

明らかに見下したような聞き覚えのある冷たい声に銀時が顔を上げると、そこには予想通りの人物の姿があった。

彼らの必死の攻防をふんと軽く鼻で笑い飛ばし、桂は責めるような声色で告げる。

「動物1匹自由に出来んようで、天下国家をどう動かせようか。―――貴様、それでも侍か!」

突然現れたかつての仲間に、銀時は呆気に取られる前にムッと表情を不機嫌なそれへと変える―――しかし次に目に映った光景に、飛び出る筈だった文句は空気と共にブッと思わず吹き出した。

「ヅラァ、なんだそれ。気持ち悪っ!!」

目の前の光景に、銀時は遠慮なくそう声を上げた。

いつもと変わりなくきっちりと着物を着た桂の隣に、静かに佇む白い物体。

パッチリ丸い目と、黄色いくちばし。

その上大きさは桂の背丈以上もある―――のっぺりと立つその生物は、お世辞にも万人受けするとは思えない。

しかし桂は銀時のその発言にムッと表情を曇らせ、鋭い眼差しで銀時を睨みつけた。

「気持ち悪くない!エリザベスだ!!」

「単体で見るとそーでもねーが、お前とセットになると気持ちわりーよ。っていうか、お前が気持ち悪い

長年の付き合いである友に投げかけられる言葉には遠慮は一切ない―――勿論銀時が相手を選んで発言するような者でない事は、彼を知る者にとっては既に知った事だったが。

しかし桂は、向けられた暴言にため息を返すだけに留めた。

勿論不本意な発言ではあるが、銀時の暴言など今に始まった事ではないし、いちいちそれを咎めていては話など出来ない。

そう己に言い聞かせながら、桂は胡散臭げに自分を見詰める銀時に目をやり、傍らに立つ生物―――エリザベスが自分の元にいる理由を語る。

「坂本のバカが、この間俺のところに来て勝手に置いて行ったんだ。大方、どこぞの星で拾って来たんだろう」

「おめー、地球外生物は嫌いじゃなかったか?」

「こんな思想もなにもない者を、どう嫌いになれというんだ。それに・・・」

自分の説明に訝しげな表情を浮かべる銀時を見据え、桂はため息と共にそう呟く。

確かに自分はこの国を支配する天人を憎んでいる―――だからこそ攘夷を行っているのだ。

しかし、何の害もなく悪意もない者を毛嫌いするほど、彼は冷酷ではない。

それに・・・。

「結構、可愛いだろう?」

「・・・っ!!」

ほんのりと笑みを浮かべて。

気のせいではないならば自慢げにそう言った桂に、銀時は言葉もなく硬直した。

これの、どこが?―――という言葉は、思いもよらぬ衝撃的な台詞に喉に詰まったまま声に出る事はなかった。

「よーし、行くぞエリザベス。今日は河川敷まで行こうか」

「・・・・・・」

そんな銀時など知らぬ様子で、桂は傍らの白い物体・エリザベスへそう笑いかけ、至極楽しげにその場を去って行った。

一体何しに来たんだと聞き返したかったが、おそらくは聞くまでもなく、彼は自分のペットを銀時に自慢しに来たのだろう。

指名手配犯の割には楽観的だとか、よっぽど暇なのかという突っ込みも、今銀時を襲う衝撃と脱力感の前には微々たる問題だった。

「まったく、困ったもんだよね」

「うおっ!?」

半ば呆然と去って行った桂の背中を見送っていた銀時は、何の前触れもなく突然降って来た声にビクリと小さく肩を震わせる。

勢い良く顔を上げれば、自分のすぐ横に立つ塀の上に足を投げ出すように腰掛け、呆れたような表情を浮かべるの姿があった。

「お前、いつからそこに・・・」

「さっきからずーっといたよ」

不覚というか、さすがというか・・・全く気配を感じなかった。

間違いなく故意に銀時を驚かせるべく気配を消していただろうを恨めしげに見上げて、銀時は微かなため息と共に恐る恐る切り出す。

「・・・なぁ、あれって」

もうそこにはない桂の去って行った方角を見詰めていたは、その言葉に視線を銀時へと向け、そうしてにっこりと可愛らしく微笑んだ。

「辰馬ちゃんに会いに行った小太郎ちゃんが連れて帰って来たの。ちょっと部屋に閉じこもってたら、いつの間にかあんな白い物体が敷地の中にいるんだもの。あの野郎、体の良い厄介払いのつもりかなんだか知らねぇが、この私にあんな得体の知れないもん押し付けるなんていい度胸してんじゃねーか、ああ!?いっぺん地獄見せられなきゃ解んねーようだなぁ!!その心意気、何倍にも増やして制裁として送り返してやるよ!!・・・って思って急いで会談場所に向かったんだけど、もう辰馬ちゃんの船は影も形もなくて・・・」

相変わらず絶好調なの暴言に、銀時は「ああ、そう」と簡単に相槌を打つ。

けれどは止まらない。

周囲に不機嫌オーラを惜しみなく発散させ、薄っすらと笑みを浮かべたまま口を開く。

「ほら、私たちもあんまり大手を振って街中歩けない立場だし、経済的にもペットなんて飼ってる余裕なんてないから、んなオバQとっととどっかに捨てて来いっ!って遠回しに脅・・・お願いしたんだけど小太郎ちゃん妙に気に入っちゃってて」

「つーか、お前。今でも十分大手振って歩いてる気もするが・・・」

顔を隠す事無く街中を歩き、あっさりと真撰組の前に姿を現し当然のように土方や沖田と談笑する―――勿論、何故かの手配書は出回ってはいないし、桂のように慌てて逃げる必要がないとは言っても、攘夷志士の行動とはとても思えない。

そんな銀時のささやかな突っ込みさえ、今のには通じないらしい。

元々他人の突っ込みを神妙に聞く性質ではないから、それはある意味予想の範囲内ではあったのだけれど。

「小太郎ちゃん、珍しく頑として譲らないから、ちょっぴり強制排除しちゃおうかなとも思ったんだけど、それだと小太郎ちゃんまで一緒に吹き飛ばしちゃう事になるし。少しくらい吹き飛んでも小太郎ちゃんは大丈夫だとは思うし、その方がショック療法で少しはまともな美意識が芽生えるかなとか思って潔く実行しようと思ったんだけどみんなに必死の形相で止められちゃったの。まぁ、あの子達には教育的指導を加えといたから、今後この私に逆らう事はないと思うけど

しゅんと落ち込んだ様子とは裏腹に、言動は過激な事この上ない。

一瞬、教育的指導された彼女の部下たちに同情したが、それこそ珍しい事でもないのだろうとすぐさまそう判断した―――それでも懲りずにに付いて行くのだから、彼らも相当な神経の持ち主なのかもしれない。

とりあえず一通り思いの丈を吐き出したお陰か、先ほどよりも少し落ち着きを取り戻したは、はぁ・・・とため息と共に軽く肩を落とす。

いい加減見上げているのも首が辛いのだけれど、微妙に気を落としているらしいに気付いて、銀時は大人しく彼女の言葉に耳を傾けた。

なんだかんだ言って、もしかするとは桂がエリザベスを連れ歩いているのが気に食わないのかもしれない―――銀時の目から見ても、桂がエリザベスを溺愛しているのだという事はよく理解できた。

「それにしても、辰馬ちゃんにも困ったもんだよね。今度会ったら容赦しないんだから。まぁ、辰馬ちゃんに関しては、地面に這いつくばって『もうしません許してください』と懇願するまで制裁を加えてやるとして

「なんつーか・・・ま、頑張れ」

「だけどどうせペットとして飼うなら、もうちょっと役に立つ動物が良いわよね。戦うにしたって全然強そうじゃないし。ただの極潰し抱えるほど物好きじゃないし、私

「いや、本来ペットに戦闘能力は必要ねーだろ」

憂いを帯びた表情でそう呟くに、銀時は真顔で突っ込んだ。

彼女の言動から、万が一がペットを飼う事にしたとして、だとすれば一体どんなペットを求めるのだろうかという、今現在全く関係のない疑問に頭を悩ませる。

それこそペットに戦闘能力を求めるのなら、恐ろしい主従が出来上がりそうだ―――勿論の事だから、凶暴な動物でもあっさりと服従させる事が出来そうだが。

それなら定春引き取ってくれないかなーとも思ったけれど、今それを言い出したところで笑顔と共に制裁が加えられるだけだろう事は容易に想像ついたので、喉まで出掛かった言葉を銀時はあえて飲み込んだ。

「まぁ、見た目だけは派手だし、ここはいっその事、真撰組の屯所にでも放り込んでみようかな?急にあんな生物が自分たちの敷地の中に現れたら、そりゃもう吃驚すると思うんだよね。土方くんとかの慌てふためきようを想像すると笑えるというかなんというか。私個人としては彼らに恨みはあんまりないけど、ちょっとした嫌がらせとか暇潰しくらいには役に立ちそうかも

にっこりと微笑むは、間違いなく愉快犯で確信犯だ。

どうやらは割り合い土方の事を気に入ってるらしいと、彼女の言動から銀時はそう判断する―――彼女の話に土方の名が出て来た事が何よりの証拠だ。

は自分にとってどうでもいい人間の事など、絶対に口にはしないから。

それにご愁傷様と密かに心の中で祈って・・・―――けれどいつの間にかに気に入られている土方に対し、ほんの少しの不愉快も感じていた。

「それは俺も見てみたいかも」

その不愉快さに逆らわずそう漏らせば、は楽しそうに小さく微笑んだ。

「でしょ?・・・まぁ、出来れば小太郎ちゃんの悲しむ顔なんて見たくないから、私なりに円満な解決法を見つけようと努力はしてみるつもりだけど

短い同意と・・・そうして小さく呟かれた言葉に、銀時は軽く眉を上げる。

「お前も相変わらず、ヅラには甘いよな」

昔からそうだったが、は桂には甘い。

大抵の者には笑顔つきの暴言を向けるだが、桂に対しては滅多にその毒が吐かれる事はない―――攘夷戦争が終わった後、未だ攘夷運動を続ける彼の傍にいる事からも、それは明白だった。

その理由は知らないし、聞こうとも思わないが、は確かに桂を特別視していた。

その特別がどんな意味を持つのか・・・―――果たしてそれは恋愛なのか、それとも親が子供に向ける愛情のようなものなのか、それさえも定かではないが。

にこやかに微笑むを見上げ、銀時は小さく嘆息する。

に暴言を吐かれるのが嫌なのではない。

自分とて彼女の特別である事も解っている―――それでも昇華出来ないもやもやとした何かが自分の中にある事も事実で。

離れていれば落ち着いていた想いも、こうして再会してしまえばそうもいかない。

全く自分らしくないともう一度ため息を吐き出しかけたその時、銀時に本日二度目の衝撃が襲った。

それにじっくり見てると、意外に愛嬌がある顔してるっていうか・・・

「お前もかっ!!」

真顔でそうのたまったに対し、銀時は思わずそう突っ込んだ。

2人揃って、一体何を言い出すのか。

あんな不気味な生物のどこをどう見れば可愛いと思えるのか・・・―――共にいると似てくると言うが、知らない内にも桂の美意識を刷り込まれていたのかもしれない。

いや、むしろ珍しい物好きなの事だから、そこらにはいそうにないあの白い物体に興味を引かれているだけなのかも・・・。

そんな事をつらつらと考えていた銀時は、ふとが自分を見て微笑んでいるのに気付いて再び視線を彼女へと向けた。

「でもありがとうね、銀ちゃん。話聞いてもらってちょっとすっきりしたよ。小太郎ちゃんも気に入ってる事だし、たまには我が侭聞いてあげてもいいかなって気になった」

いつもの何かを企んだ笑みとは違う柔らかい微笑みに、銀時も釣られて笑みを漏らす。

なんだかんだ言って、はただ愚痴を聞いて欲しかっただけなのだろう。

白羽の矢が立てられたのが自分なのだと銀時は理解し、それでもわざわざ自分を選んだにほんの少しの嬉しさも感じる。

しかし・・・。

「それにあれって、思ってるよりも役に立つかもしれないし・・・ふふふっ

次の瞬間漏れたの含み笑いに、銀時の背筋に悪寒が走った。

今のは、見た目的にも間違いなく天使ではなく悪魔だ。

「・・・なんか怖いんですけど」

「だってあれって、ペットって言うよりも・・・ううん、なんでもない

「うわっ!ものっそ気になる!」

満面の笑顔で途中で切られた言葉に、銀時はもどかしげに声を上げた。

絶対に、は確信犯に違いない。

「なんだよ。ペットって言うよりなんなんだよ!気になるだろっ!?銀さん、ものっそ気になって寝不足になっちゃうかも!」

「ふふふっ」

食いつくように身を乗り出せば、は楽しげに笑みを零す。

言うつもりは全くないらしい。

「まぁ、私に歯向かう気なんて起きないようにがっつり調教すれば、何とか使い道もあるでしょっていうか、最悪の場合爆弾実験に使えば良いし。そうそう、ちょうど試作のクスリもあるから、その実験に使っても良いかな・・・なんて!大丈夫、私って意外に動物好きだから」

「説得力ねーよ」

笑顔で付け加えられた言葉に、銀時は脱力しながらもなんとか突っ込んだ。

というか、今目がマジだったし。

そんな銀時の突っ込みにも怯む事無く可憐に微笑むに、当然の事ながら愛着も何もないエリザベスに対しての同情心が溢れ出て来るのを感じた。

の場合、本当にやりそうだから怖い―――寧ろ言ったからには、使い道がなければ本当に実行するつもりなのだろう。

自分には全く関係がないことではあるのだけれど。

出来ればその場に巻き込まれるのだけは避けたいと銀時は心から思った。

「っていうか・・・いいの、銀ちゃん?」

「ああ?なにがだよ」

そんな葛藤を内心で繰り広げている銀時に、は唐突にそう切り出し、コクリと愛らしい様子で首を傾げる。

「話してる内に定春ちゃんでっかいの排泄しちゃったよ」

言葉と共に指し示された方を見てみれば、今まさに産み落とされたばかりの排泄物と。

漂う匂いに、銀時は先ほどまでの定春との攻防を思い出す。

桂に会って、そしてに会ってすっかり忘れていたけれど。

「勘弁してくれよー!!」

時、既に遅し。

他人の心配をしている余裕などない―――今まさに大きなものを背負わされてしまった銀時の叫びは、江戸中に響いたとかそうでないとか。

 

 

「え?もう一度言ってくれる?」

珍しく趣味の爆弾作りに興じる事もなく静かに読書を楽しんでいたは、エリザベスの散歩から帰ってきた桂の言葉に微かに頬を引きつらせた。

「今度、ペットグランプリ・・・というモノがあるらしい」

「・・・ふぅん」

神妙な面持ちでもう一度繰り返された台詞に、は自分がそうさせたにも関わらず気のない様子で相槌を打つ。

しかしわざわざその先を聞かずとも、彼が何を言いたいのかは解っていた―――だてに長く共に居るわけではない。

としては聞こえなかったから問い返したのではなく牽制の為に問い返したのだが、残念ながらそれは桂には通じなかったようだ。

そんなに気付きもせず、桂は淡々とした口調で・・・けれどほんの少し窺うように言葉を続けた。

「銀時たちも、それに出場するらしい」

「・・・へぇ」

「俺もそれに出てみようかと思・・・」

何か言った、小太郎ちゃん?

パタリと音を立てて本を閉じ、満面の笑みで桂と向き合う。

そこに漂う威圧的な雰囲気に、彼女を前にした桂ではなく回りにいた部下たちが竦みあがった。

「いい、小太郎ちゃん?貴方、自分の立場ってものをちゃんと解ってるの?お尋ね者なのよ、小太郎ちゃんは

「(今さり気なく桂さんだけを強調した!確かに公にさんは手配されてないけど)」

決して声に出す事無く、部下の1人が心の中で呟く―――勿論声に出してしまえば、間違いなくの教育的指導が待っているのだから、それを知る彼らがそんなミスを犯すはずもない。

「それに関しては大丈夫だ。変装すれば俺だとバレる事はない」

しかしの嫌味が通じていないのか、桂はいやに自信満々に笑む。

その笑みに、は何かを思い出したように軽く眉を上げた。

「・・・それってもしかして、あのキャプテンカツーラの事?密かに気に入ってたもんね、小太郎ちゃん」

「お前も似合うと言ってくれただろう」

「言ったよ。うん、結構似合ってた」

「そうか」

でも、バレるに決まってるじゃない

「(うわ、ばっさり)」

同意を示していたかと思えば、笑顔で一刀両断。

思わず部下たちの方が恐ろしげに顔を顰めるが、当の本人である桂はまるで気にした様子はない。

「心配するな。あの時だって上手く行っただろう?俺の変装は完璧だ

「(言い切った!)」

どこからそんな自信が出てくるのか・・・―――いっそ清々しいほどあっさりと言い切る桂に、部下たちはの笑みが更に深まるのを見た。

これから繰り広げられるかもしれない地獄絵図を想像し、部下たちの顔は心なしか青ざめている。

滅多に桂に暴言を吐く事がないではあるが、それは滅多にないだけでゼロではないのだ―――寧ろほとんど向けられる事がない桂が、その暴言にどこまで耐えられるか。

しかし部下たちに予想に反して、爆発するだろうと思われた暴言は炸裂する事無く、は瞳を潤ませ悲劇のヒロインよろしく懇願するように上目遣いで桂を見上げた。

「・・・小太郎ちゃんは、そんなに私を心配させたいの?もしも小太郎ちゃんが捕まっちゃったら・・・私・・・」

どうやら泣き落とし作戦に入ったらしい。

いつもいつも思うが、こうも見事に演じきるとは・・・もはや流石としか言い様がない。

そんなを前に桂は感動したように目を見開き、そうして優しげに微笑んだ。

「・・・、心配は要らない。安心していてくれ」

「・・・・・・」

「・・・?」

どうやら桂には諦める気は毛頭ないらしい―――どうあってもペットコンテストに出て豪華商品を・・・否、ペット自慢をしたいのだろう。

折角穏便に済みそうだったのに・・・と、何の反応もないの顔を訝しげに覗きこむ桂に対し、徐々に深まっていくの笑みを見ていた部下たちの心は今まさに1つとなった。

ここにいては危険だ・・・と思うのに、けれど動けば間違いなく八つ当たりの標的となってしまうだろうこの状況は、まさに八方塞り―――今の彼らに出来る事は、息を潜めて己の無事を祈りながら場を傍観する以外になかった。

「私がこれだけ心配してるっていうのに、小太郎ちゃんはそれでも諦めてくれないのね。エリザベスを出場させる為に、私がこのか弱い胸を痛めてじっと耐える方を、小太郎ちゃんは選択するのね?

「(寧ろ心臓に毛が生えてそうなんですけど)」

「(しかし潤んだ瞳に上目遣いって・・・。この人ほどこの仕草が似合う人もいないだろうな)」

声には出ない突っ込みは、部下全員の思いでもある。

の変貌に慣れている部下たちでさえぐらついてしまいそうになるの懇願に、果たして桂がいつまで耐えられるのか―――それは賭けさえ成立しないほど、解りきった事ではあるが。

「そんな事は言っていない!俺はただ・・・」

案の定、あっさりと騙された桂は慌てたように言葉を言い繕う。

しかしはそんな桂をじっと見据えて、そうして諦めたように・・・今まではなんだったのだと問いたくなるほど実にあっさりと頷いた。

「解ったわ」

?」

「そんなに言うなら良いわ、エリザベスと一緒に出場しても」

!!」

突然の了承に、桂は嬉しげに笑顔を浮かべた。

しかし部下たちは見た―――俯いたの口元が、歪んだ笑みを浮かべているのを。

そうして不毛な押し問答を続けていたこの空間に、言葉という名の爆弾が投下された。

「ただし、今日限りでここを出て行かせてもらいます」

「・・・!!」

突然の宣告に、桂の動きがぴたりと止まった。

思いっきり身体を強張らせ、驚きに目を見開いている。

そんな桂を横目で見ながら、は至極楽しそうに悪魔の如く微笑みを浮かべた。

「そうね・・・銀ちゃんの所にでも行こうかしら?それとも・・・」

「ちょっと待てっ!!」

思案する素振りを見せるに慌てた様子で待ったを掛け、それでも桂は次の言葉が出てこないのか、軽く口を開けたまま呆然とを見詰める。

「(あぁ〜、始まったよ。本気で出て行く気なんてないくせに)」

「(っていうかさんが出て行ったら、ここ成り立たないだろ)」

もうこうなっては桂が勝つ要因がない―――2人の遣り取りを眺めながら、部下たちはこの場をどう収拾するかに頭を悩ませた。

桂が頼りないなどとは、部下たちも思っていない―――そうでなければ、わざわざ命を賭けてまで彼に付いて行ったりはしない。

けれど様々な面において、の存在は大きかった。

それは組織としても・・・そして、桂自身にとっても。

それを知っていながらの行動なのだから、やはりは性質が悪い。

部下たちの・・・桂の心境を知りつつも、は更に続ける。

「だって小太郎ちゃんは、私よりもエリザベスを選ぶんでしょ?ああ、そうだね。前から辰馬ちゃんからうちに来ないかって勧誘受けてたし、案外その為にエリザベスを小太郎ちゃんのところに送ってきたのかもね」

「・・・坂本が!?それで、。お前はなんて・・・」

「知りたい?」

「・・・・・・」

うふふ、と含みのある笑みを漏らし、は硬直する桂に艶やかな笑みを向ける。

突然告げられた衝撃的な事実に、もはや桂は絶句して二の句が告げないらしい―――かく言う部下たちも、の言葉に思わず目を見開いた。

確かには坂本とは旧知の仲であり、彼がどれほどを気に入っているのかも承知している。

確かには口は悪いが、無意味な嘘は言わない―――という事は、が坂本に勧誘されているというのは本当の事なのだろう。

勿論がそれに乗る事はないだろうと解ってはいても、彼女にそんな話があったのだという事実は、もしかしたら・・・を連想させて心臓に悪い事この上ない。

それはともかく、すっかり彫像と化してしまった桂を悠然と見上げて、いい加減この押し問答に嫌気が差したは、遠慮も配慮もなく残酷にも最後通告を突きつけた。

「とにかく、小太郎ちゃんがどうしてもエリザベスと一緒にペットグランプリに出場したいって言うなら、私はこれ以上小太郎ちゃんの傍にはいられない。私かエリザベスか、どっちかを選んで」

「・・・・・・」

先ほどまでの笑顔を消して真剣な表情を浮かべたを、桂はただ呆然と見詰める。

そんな緊張感漂う修羅場で、しかし部下たちはそれほどの緊張感もなくお互い顔を見合わせた。

「(これが世に言う、仕事と私とどっちが大事なのよ!?か)」

「(相手がオバQもどきのペットってとこが、緊張感に欠けるけどな)」

もはや既にこんな修羅場もどきに慣れている彼らは、決して声には出さずに目だけでそう語り合う。

これくらいであたふたしていては、長く彼らと付き合う事など出来ないだろう。

すっかり固まり沈黙してしまった桂に同情的な視線を向けつつ、部下たちは全員揃って真剣な表情を浮かべたままのへ視線を送る。

するとはチラリと横目で部下たちに視線を寄越し、そうして困ったようにほんの少しだけ眉を寄せた。

「・・・ちょっとからかいすぎたかな?」

「ええ、かなり」

先ほどの緊迫感溢れる声色とは違う、おどけたような口調で囁かれた問いに、部下たちは揃って頷いた。

彼らは先ほどのの言葉が、本気のものだとは思っていなかった。

しかしそれは問題ではないのだ―――本当の問題は、それを桂が信じているという事。

神妙な顔をする部下たちを前に、は困ったように表情を歪め、窺うように桂の顔を覗き見る。

一方の桂はそんなの様子など気付く事無く、固まったままピクリとも動かない。

完璧にやりすぎた事を悟ったは、それでも少しだけ不機嫌そうに口元を歪めた。

「本気で、真剣に悩んでるもんね〜。っていうか、ここでこんなにも真剣に悩まれるとこっちが複雑なんだけど。この私とオバQを比べて悩むなんて失礼にもほどがあるわよね。こうなったら八つ当たりと称してストレスを思う存分発散しないと、私のこの傷付いた心は癒されないわ

「ちょっと待ってください!待ってください、さん!!」

「なぁに?もう一度教育的指導を受けたいの?

「勘弁してください!―――って、そうじゃなくて。桂さん、さんとエリザベスを比べて悩んでるんじゃないと思いますよ」

不機嫌そうな面持ちで恐ろしげな事を口にするに待ったを掛けて、部下たちは慌ててフォローに入る。

このままでは本当に八つ当たりと称したストレス発散をされかねない。

やはり自分たちの身は可愛いし、何よりこのままでは事はもっと大袈裟に発展していくかもしれない―――こんな小さな下らない言い合いで、と桂の間に深い溝が出来てしまうのは避けたいところだった。

「・・・どういう事?」

そんな必死な様子の部下の言葉に、一応聞く気はあるのか・・・は訝しげに首を傾げる―――それにホッと安堵の息を吐いて、部下たちは至極真面目な表情で口を開いた。

「きっとさんが坂本さんに勧誘を受けてたって聞いて・・・しかもそれをさんが黙ってたって知って、ショック受けてるんですよ」

「・・・えぇ〜?」

部下の言葉に、は信じられないとばかりに非難の声を上げる。

は誰よりも桂の事を理解しているのに、彼のこういう感情は全く理解できていないのだなと、部下たちはしみじみとそう思い、思わず桂に同情した。

そうして桂が決して口に出さなかった想いを、部下は代わりに口にする―――これで少しでも桂の想いがに伝わるように、と。

「エリザベスの事だって・・・きっと桂さんは寂しかったんですよ。銀時さんと再会して、最近のさんは彼の方を構ってばかりだったでしょ?それにほら、真撰組の副長とも、なんだかんだいって仲良くしてるし。―――この間一緒にお茶してたの、ちゃ〜んと知ってるんですからね」

「・・・う〜ん」

「だからエリザベスを構ってるんですよ。ああ見えて、桂さん結構寂しがりなんですから」

キッパリと言い切ると、何か想うところがあるのか・・・は考えるように視線を泳がせ、ふむと小さく1人ごちる。

そうして未だに固まったままの桂にゆっくりと視線を向けて、は吸い込んだ空気をすべて吐き出すように深いため息を零した。

「・・・解った。さっきの言葉は取り消して、小太郎ちゃん」

「・・・?」

小さく呟かれた言葉に、桂は漸く硬直から立ち直り、不思議そうにを見詰める。

そんな視線を受けて、は困ったように・・・仕方がないと言いたげに微笑んだ。

「ただし、小太郎ちゃんだけじゃ心配だから、私も付いて行く。それならいい?」

「ああ、勿論だ!共に優勝を目指そう!!」

渋々ながらも出された承諾に、桂は先ほどとは打って変わって嬉しげに表情を綻ばせ、勢い良くの手を握り力強く頷いた。

ともかく、漸く破られた緊張感漂う修羅場の空気に、部下たちもホッと安堵の息を吐いた。

「(なんだかんだ言って、結局さんも桂さんには弱いんだな)」

「(あの桂さんの嬉しそうな顔。さんに構ってもらえてよっぽど嬉しいんだな)」

口ではなんだかんだ言ってはいても。

どれほど戦略に長けていても、口が立ったとしても。

どんなに優位な立場にいようとも、結局は最後にはが折れてしまうのもまた、彼らにとっては日常の事。

嬉しそうにはにかむように笑う桂と、困ったように微笑むを目に映して。

「(これじゃ、どっちがペットだかわかりゃしないよ)」

そんな部下たちの心の声は、2人に届く事はなかったけれど。

彼らの目に、決して見えない桂の尻尾が振り千切られんばかりに振られているのが見えた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ギャグにもなりきれず、かといってシリアスにもなりきれない、テンポの悪い話に仕上がってしまいました。

結局アニメ一話分を最初から最後まできっちり書こうとすると、二話に渡ってしまうのは前回の春雨事件編で痛感しましたが。

やっぱり突っ込み役がいないとなかなか話が進みません。

今回の突っ込み役は銀時で進めましたが、どうにも・・・(ごにょごにょ)

新八の存在は偉大なのだと、改めて痛感したり。

作成日 2006.8.3

更新日 2007.9.16

 

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