「今日もいい天気だねぇ〜」

僧の格好をし、橋の上に座り込んでいる桂の隣で、橋の欄干に座って足をブラブラと揺らして空を見上げながら、は独り言のように呟いた。

橋を行く人々はそんな2人になど構う事無く、穏やかで平和な空気がそこには流れている。

しかしそんな空気に少々飽きを感じていたは、視線を相変わらずその場に座り続ける桂へと向けた。

「ねぇ、小太郎ちゃん。どっか遊びに行こうよ」

「・・・。もう少し大人しくしていられんのか?」

強請るような可愛らしい声に、桂はほんの少し困ったように嘆息する。

しかしはそんな桂の反応がお気に召さないのか、ぷくりと頬を膨らませて。

「だぁって。こんな所に座り込んでたら、厄介な人に声掛けられちゃうかもよ」

「なんだ、それは」

掛けられた意味深な言葉に、桂は呆れ半分訝しげにを見上げる。

漸く桂と視線が合ったは、それににっこりと微笑みを返した。

「そうだね〜、たとえば・・・最も過激で最も危険な攘夷志士、なんてどう?」

うふふ、と微笑むの声と同時に、桂の上に人影が落ちた。

 

思い出話に咲く花は、時にがあったりなかったり

 

「誰だ」

ふと自分の上に落ちた影に、深く笠を被っていた桂は辺りを警戒しながら顔を上げた。

笠の裾から見えた派手な着物と・・・―――そうして自分と同じく笠を被っているその人物を見上げて、軽く目を見開く。

そんな桂を見下ろして、男は至極楽しげに口元を歪めて笑んだ。

「クククッ。ヅラァ、相変わらず幕吏から逃げ回っているようだなぁ」

「ヅラじゃない、桂だ」

もはや定着してしまったあだ名をそれでも律儀に訂正して、桂は旧知の男・・・―――高杉晋助を睨むようにして見上げる。

しかし当の高杉はそんな桂の視線を無視し、僅かに目を細めて橋の欄干に腰掛けにこやかに微笑むへと視線を移した。

「それよりも・・・久しぶりだなぁ、。相変わらずいい女じゃねーか」

揶揄するような・・・―――けれど彼をよく知る者には確かに解る実感のこもったその声に、は手を口元に当て笑みを零しながら口を開いた。

「ふふふっ、晋助ちゃんってば。私がいい女なのは今更言われなくたって十分解ってるから、改めて褒められたって素直に喜んでなんてあげられないわよ。つーか、たまに顔見せたんなら土産くらい持って来いよ。相変わらず気が利かないんだから

彼女の辞書に、謙遜や遠慮などの言葉はないらしい。

相変わらずの容赦のない返答に、しかし高杉はそれでも楽しそうに更に笑みを深める。

「ククククク。この俺にそんな口叩くのはお前くらいだよ、

一見にこやかに・・・会話は多少物騒に。

それでも漂う雰囲気が穏やかなものであるから不思議だ。

そんな2人を無言で見詰めて、先ほどサラリと無視された桂は改めて口を開いた。

「何で貴様がここにいる。幕府の追跡を逃れて、京に身を潜めていると聞いたが?」

訝しげにそう問い掛けると、高杉はどこまでも不敵な笑みを浮かべる。

「祭りがあるって聞いてよ。いてもたってもいられなくなって来ちまったよ」

「ああ、晋助ちゃん、お祭りとか派手なもの好きだもんねぇ。つーか子供か、テメェは!どいつもこいつも、もういい歳してんだからいい加減ちょっとは落ち着けよ!!―――なぁんて」

「歳ならお前も同じだろうが」

橋の上から広がる景色を目に映して・・・―――笑みを含んだ声色で目的を告げる高杉の静かな・・・けれど的確な突っ込みに、はピクリとこめかみを引きつらせた。

「ふふふふふっ。晋助ちゃんってば。女性に歳の話振るたぁ、いい根性してんじゃねーか!!よっぽど地獄を見たいらしいなぁ。お望みなら地獄の底に叩き落して二度と這い上がれないよう沈めてやろうか、あぁ!?

にっこりと笑顔を浮かべてはいるものの、その目は少しも笑っていない。

そんな今にもハリセン片手に教育的指導という名の制裁を加えそうなを横目に、しかし慌てず騒がず、そして視線さえも動かさずに桂は平然と高杉に向かい言葉を放つ。

「祭り好きも大概にするがいい。貴様は俺以上に幕府から嫌われているんだ。―――死ぬぞ」

突き放した言い方ではあるが、聞きようによっては心配しているとでも言わんばかりのその忠告に、高杉は小さく笑みを零す。

この男は昔から変わらない。

そんな桂を横目で見やり、高杉はニヤリと口角を上げた。

「よもや、天下の将軍様が参られる祭りに、参加しないわけにはいくまい」

そうして告げたその言葉に目を見開く桂の反応さえも予想通りで、思わず吹き出しそうになるのを高杉は何とか堪えた。

「貴様・・・何故、それを?まさか・・・」

「クククッ。そんな大それた事をするつもりはねぇよ。だがしかし、おもしれぇだろうな。祭りの最中、将軍の首が飛ぶような事があったら。幕府も世の中もひっくり返るぜぇ?」

「・・・っ!!」

高杉の発言に、桂は反論できずに息を呑んだ。

彼の言いたい事も、思惑も、その言葉で容易に想像できる。

問題は彼が何をしようとしているのかという事だ。―――先ほども言った通り、攘夷派の中で一番目をつけられている彼が、警戒が厳重であろう祭り会場で早々事を起こせる筈もない。

それでも彼がわざわざ江戸に戻って来たという事は、このままで終わらせるつもりも勿論ないのだろう。

目的の為には手段を選ばない性質にある高杉が事を起こせば、全く関係のない人々までもが危険に晒される事になる。―――そんな意味のない破壊行為は、桂にとっても望むところではない。

止めるべきか、否か。

そして止めた場合、彼が素直にそれに従うか。

口を閉ざし考え込んだ桂は、しかし次の瞬間届いた鈴の鳴るような笑い声にがっくりと肩を落とした。

「面白いっていうか、そんなグロテスクでデンジャラスな祭りなんて誰も見たくないっつーの。たまの祭りくらい普通に楽しませてよ。晋助ちゃんってば」

、お前は黙っていろ。話がややこしくなるだけだ」

故意にか、それとも偶然か・・・―――昔からシリアスな空気に首を突っ込み、尚且つそれを掻き乱し台無しにするのがの得意技だった。

そうして最後にはいつも問題はうやむやにされたまま、いつの間にかが片を付けてしまっているのだが。

非難めいた桂の言葉に、しかし高杉はフンと軽く鼻を鳴らし、チラリとへと視線を向け不敵な笑みを浮かべた。

「ふん。話なんざ元からねーよ。俺はただ、久しぶりにに会いに来ただけだからな」

「高杉っ!!」

「じゃーな、。またな」

話は終わったとばかりにヒラヒラと手を振って背を向ける高杉の名を呼ぶが、彼はそれに反応する事もなくゆるりとした足取りで何処かへと去って行く。

そんな彼の背中を見送って・・・―――同じく橋の欄干に腰掛けたまま笑顔を浮かべていたは、見えない事が解っていながらもヒラヒラと手を振り返した。

「うん、そこらへんに真撰組がうろついてるかもしれないけど気をつけてね、晋介ちゃん。特に瞳孔開いた目つきの悪い人と、王子様みたいに綺麗な顔しつつうっかりサド気質な子に。っていうか、個人的に3人の遣り取りが見てみたい気もするんだけど

「・・・

彼女はどこまでも騒動がお好きらしい。

明らかに何かを期待したの発言に、桂は再び重いため息を吐き出した。

 

 

つい昨日高杉と再会した橋の中程から、橋の下を流れる川の縁で巨大なロボットの整備をする男を見下ろして、は欄干に肘を付きその手に顔を乗せ、フウと短く息をついた。

祭りを2日後に控え、その準備を整えるべく男は一心不乱にロボットと向き合っている。

高杉が将軍も来るという祭りで何をしようといているのかは、も知っていた。

彼があのからくり職人に接触した事も、そうしてからくり職人の男がそれに乗ってしまうだろうという事も。

例えどれほど時が経とうとも、この街がどれほど天人の存在を受け入れているように見えても、あの戦争の傷跡は・・・―――そして人々の心に残った残酷な傷跡は、そう簡単に癒えはしない。

失ったモノが大きすぎて、それを昇華できないまま今を生き続けている人は、決して少なくはないのだろう。

ぶっちゃけて言ってしまえば、は高杉のした事が悪い事だとは思わない。―――勿論、良い事だとも思わないが。

燻っていた火種は、ほんの少しのきっかけで燃え上がる。

そのきっかけを与えたのが、今回の場合は高杉だったというだけだ。

もしもそのきっかけがなくとも、過去を昇華できない限り、それはいつか他の何かをきっかけにして燃え上がるかもしれない。

それならばそれは今でも構わないはずだ。―――少なくとも、今ならば彼の傍には銀時がいるのだから。

けれど・・・。

ぼんやりと男がロボットを整備する様子を見詰めていたの思考は、不意に出現した僅かな殺気に掻き消された。

場に走ったほんの僅かな緊張と殺気に、自然と身体が動く。

彼女の身体に染み込んだ防衛本能が、彼女を動かしていた。―――懐に潜ませていた小刀を素早く抜き、僅かに身体を捻って自分へと向けられたそれへと振り切る。

次の瞬間、その場に響いた甲高い硬質な音に、は微かに眉を顰めた。

「何のつもりなのかな?」

「ククク・・・」

通行人には見えない形で組み合わされた刀。

不穏な空気を悟られないようにと殊更明るい声色で問い掛けたそれに返って来たのは、押し殺したような高い笑い声だった。

それが誰なのかを、は知っている。

刀を組み合わせたままチラリと鋭い視線を背後へと向ければ、そこには片目を包帯で覆った見慣れた顔が楽しげな表情を浮かべながら自分を見下ろしていた。

「刀を捨てたって言うからよ。腑抜けたんじゃねーかと思って試してやったんだよ」

そう言いながら静かに抜きかけた刀を鞘に収めるのを見届けてから、もまた小刀を鞘へと戻し、そうして改めて高杉と向かい合った。

「相変わらず何もかもが物騒なんだから。つーか私が腑抜けてようが腑抜けてなかろうがテメェには関係ねーだろうが。そんな言い訳がこの私に通用すると思ったら大間違いだ、このヴォケがっ!!あんま調子に乗ってると真撰組に突き出すぞ!!

「相変わらずはテメェの方だろうが。ま、その方が俺にとっちゃ好都合だが」

の暴言をサラリと流して、高杉はまだ鋭く睨み上げるの首の後ろへと右手を伸ばし、そうして自分の顔を近づけて囁いた。

「俺と共に来い、

その言葉にピクリと反応したを見下ろして、高杉はニヤリと口角を上げる。

「・・・まだ、そんな事言ってるの?」

「そりゃ勿論。俺は手に入れたいと思ったものは手に入れる主義なんでな」

いつものように笑顔を浮かべていないを見やって楽しげに笑みを深めれば、は更に眉間に皺を深くして高杉を睨み上げる。

それこそが彼を楽しませている事に、今のが気づいているのかいないのか。

そんななど気にした様子なく、高杉は改めて口を開いた。

「万が一、テメェが腑抜けてたら・・・とも思ったが、それはいらぬ心配だったようだな。テメェは変わっちゃいねーよ、何も」

「・・・晋助ちゃ」

「お前も解ってんだろ?自分の中に獰猛な、黒い獣が住み着いてるのが。何食わぬ顔して生きてても無駄だ。テメェはそっち側には行けねぇ。テメェと俺は同類なんだからよ」

反論が許されない、強い声色。

向けられる鋭い眼差しに、はただ高杉の顔を見返す事しか出来なかった。

「お前と俺は似ている。目的の為には手段を選ばない非情さも、その身の内に飼ってる想いも」

刀を捨てたといいながら、それでも自分の攻撃を防いだあの瞬間。

あの瞬間が向けた殺気に満ちた鋭い眼差しは、今の自分と同じ物。

かつての攘夷戦争で、彼女が宿していた死神の瞳。

何も言わずにただぼんやりと自分を見上げるへと更に顔を近づけ、高杉は囁くように言った。―――唇が触れ合いそうな、その距離で。

「俺と来い、。テメェはヅラのところにいるような女じゃねぇ。あんな甘い考えで本当に天人が追い払えると思ってんのか?」

「・・・・・・」

「忘れたわけじゃねーだろ。あの悔しさ、あの屈辱。そしてあの憎しみを。―――天人が俺たちから何を奪った?幕府の奴らが俺たちに何をした?共に戦った仲間が、志半ばで命を落としたあの無念を、お前もまだ覚えてる筈だ」

脳に直接注ぎ込まれるような黒い感情に、は眉間の皺を深く刻む。

そう、忘れられる筈がない。

けれど・・・、それでも。

「攘夷戦争の後、別々の道を行く俺たちの中からお前はヅラを選んだ。そうすりゃ自分の中の獣から逃げられるとでも思ったか?」

「・・・私は」

「だが結果はどうだ?結局お前は今もまだ身の内に獣を飼ったまま。―――ククク、さっきのテメェは殺気の篭ったいい目をしてたぜぇ?」

高杉の歌うような声が、否応なしに頭の中へと入り込んでくる。

頭がくらくらする。

目前で笑む高杉をただ見詰めて、はその麻薬のような言葉に耐えるように薄く目を細めた。

「テメェは俺の傍が一番似合ってるんだよ。所詮、俺たち死神が日の当たる世界で生きる事なんて出来やしねーんだから」

笑みと共に囁かれたその言葉に、は咄嗟に迫った高杉の身体を押しのけた。

ほんの少しの距離を取って改めて見詰めた高杉の顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

しかしその眼差しが語る声にはならない想いを察して、は呼吸もままならないまま、反射的に踵を返して駆け出した。

ここにいてはいけない。

ここにいては、私は・・・。

何かに追い立てられるように、は目的もないまま江戸の町を駆ける。

上手く息が吸えない。

「・・・小太郎ちゃん」

まるで助けを求めるように、は掻き消えそうなほど小さな声で桂の名を呼んだ。

 

 

当てもなく走り続けていたは、自分がいつの間にか大通りへと出ていた事に気付き、人目を避けるように路地に身を潜めると、力無くその場に座り込んだ。

全力疾走した為か、足りない酸素を補おうと荒く呼吸を繰り返す。―――何故か上手く息が吸えずに、肺が締め付けられるような痛みを訴えた。

「・・・けほっ!けほけほっ!!」

胃の辺りに不快感を感じ、何度も何度も咳き込む。

そうしてしばらくの間その体勢で身体を落ち着かせていたは、粗方呼吸が整った頃、再び立ち上がる気力もないのか座り込んだまま壁に背中を預けた。

『忘れたわけじゃねーだろ?』

先ほどの高杉の台詞が脳裏を過ぎり、はまるで自分自身を守るかのように蹲り身体を強張らせる。

握り締めた拳が・・・―――指先が信じられないほど冷たい。

この夏の最中に。

そんな自分の変化が情けなく思えて、思わず自嘲の笑みを零した。

高杉の言い分は間違っていない。―――そうして彼と再会した時、そう言われるだろう事も予測していた。

一番の計算外だったのは、その言葉が予想以上に自分の中の黒い部分を刺激した事だ。

言い返せなかった。―――いつものように、笑顔で。

「・・・小太郎ちゃん」

冷えた指先で強く自分自身を抱きしめて、はただ桂の名を呼ぶ。

今、無性に桂の顔が見たかった。

桂の顔を見て、そうしてあの温かな笑顔で、私に・・・。

じっと地面を睨みつけながらそう考えていたの頭上に、濃い影が落ちた。

ハッと我に返り弾かれたように顔を上げると、そこには路地を塞いでしまいそうなほど大きな身体をした白い物体が・・・。

「・・・エリザベス?」

あまりにも唐突に出現した宇宙生物に目を丸くすると、エリザベスはサッとどこからか看板を取り出す。

『迎えに来ました』

そう書かれた看板を見上げ、は小さく首を傾げる。

「・・・私を?」

『帰りが遅いので、桂さんが捜して来いと』

看板に書かれた文字を読んで、は何かに耐えるように俯いた。

いつだってそうだ。

いつだって桂は、自分の事を想ってくれる。

微笑み、怒り、心配し・・・―――いつだって当たり前のように、惜しみなく温かい感情を向けてくれる。

無条件に、その優しさを注いでくれる。

の心が弱くなった時、桂はすぐにそれに気付いて手を差し出してくれる。

それに甘えてしまっている事を、は自覚していた。

甘えてはいけない、負担を掛けてはいけないと思っているのに、それでも伸べられる手がとても温かくて・・・ダメだと思っていても、それに縋ってしまう。

どこまでも真っ直ぐで、純粋で・・・―――そんな桂の傍にいて、決して綺麗ではない自分が彼を汚してしまうのではないかと不安に思っていても。

それほど強くない自分は、結局は彼の手を取ってしまう。

本当は、傍にいない方が良いのかもしれないと思う時もあるけれど。

『帰りましょう、さん』

サッと出された看板に書かれたエリザベスの言葉に、は眉を顰めて困ったように笑う。

「・・・うん、そうだね」

力無く呟いて、は重い身体を引きずるようにゆっくりと立ち上がった。

例え何があろうと、桂は自分の帰りを待っていてくれるのだろう。

帰る場所がある。―――たったそれだけの事が、何よりも嬉しく思えるから。

「帰ろう、エリザベス」

下手なアニメのキャラクターのような顔をしたエリザベスに寄りかかるようにして、はゆっくりとした足取りで路地を出る。

広がる世界は、確かに光に満ち溢れていた。

 

 

ガラガラと、今住んでいるアジトの引き戸を開けると、そこには難しい顔をした桂が仁王立ちで立っていた。

「遅い!こんな時間まで何をしていたのだ!!」

まるで父親が幼い子供に言い聞かせるように怒る桂を見上げて、は力無く微笑んだ。

そんなの笑みを見て、桂も漸く彼女の様子がおかしい事に気付いたらしい。―――を迎えに行ったエリザベスに労わりの言葉を向け、そうして改めてと向き合い、自分たちがまだ玄関に立っている事に気付いて、2人を部屋へ上がるようにと促した。

普段ならばどんな出来事にも一言付け加えるのを忘れないが、今は大人しく桂の言葉に従っている。

表面上はほとんど変化はなくとも、それこそがの気持ちの不安定さを物語っていた。

「・・・どうした、?」

エリザベスさえも部屋から遠ざけ、と2人で部屋へと入った桂は、大人しく畳の上に座り込むの傍へと腰を下ろし、顔を覗き込むようにして心配げに問い掛ける。

その優しい声にゆっくりと俯いていた顔を上げたは、声に違わず優しく微笑む桂を目に映し、力無く微笑んだ。

そうしてゆっくりとその手を伸ばす。―――その意思を汲み取り桂がの手を取ったと同時に、は縋りつくように桂の腕に頬を寄せた。

「・・・小太郎ちゃん、ごめんね」

「いきなりどうした。何故謝る?」

「・・・・・・」

「黙っていては解らん。何かあったのなら聞いてやるから話せ」

命令口調ではあるが、その声色はとても優しくの胸に染み込んでいく。

ああ、やっぱり。

心の中でポツリと呟いて、そうして小さく微笑んだ。

先ほどまで冷えていた指先が、桂の手の温かさにジンと痺れる。

それは身体中に広がって・・・の心に、身体に、優しく満たされていく。

温かく力強い桂の腕に頬を摺り寄せて、しっかりと自分を受け止めてくれる桂の存在を強く感じながら、はゆっくりと口を開いた。

「晋助ちゃんには迷いがなくて・・・それが正しいのかどうかはともかく、真っ直ぐで自分に正直だから。―――だから、傍にいるとちょっと苦しいよ」

風が吹けば掻き消えそうなほど小さな声が、ポツリと部屋の中に落ちる。

脳裏に浮かんだ、あの変わらない・・・今もまだ鋭い光を失わない高杉の眼差しから逃れるように、はそっと目を閉じた。

癒える事のない悲しみが。

絶える事無く湧き出てくる怒りや憎しみが。

それら全てが、自分の中に確かに存在する暗い何かを刺激するから。

だから苦しい―――哀しくて、そして・・・。

「・・・

静かに自分の名前を呼んで。

そうしてしっかりと抱きしめてくれる桂の腕の感触に、は身体の力を抜いた。

今だけはすべてを忘れて、ただこの安心感に身を委ねていたいと、そう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だから何で暗い方向へ暗い方向へと行きたがるのか。(自分で書いといて)

折角の高杉の登場なのでもっと弾けさせたいのですが・・・。(でも設定が昔馴染みの攘夷戦争仲間なので、やっぱりそれなりには)

主人公が桂と一緒にいる理由とかも、そろそろ匂わせておきたいですし。

というかまだほとんど原作読んでないんで、匂わせるも何もないのですが。(笑)

作成日 2006.8.18

更新日 2007.9.28

 

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