バサリと大きな羽音が一度聞こえた直後、コツコツと窓を叩く音が聞こえて、私は薬作成の手を休めて窓の方へと視線を向けた。

「ああ、ご苦労だったな」

窓を開けると、赤い燃えるような羽を持った不死鳥・・・―――ロビンがスルリと部屋の中に舞い込んでくる。

すぐさま彼女の持って来てくれた手紙を受け取り、しっかりと封付けされてあるその手紙を開けた。

ロビンは部屋の中にある止まり木に舞い降りると、そんな私の様子を眺めながら水に口をつけている。

手紙を読み終えた私は、その内容に小さく息をついた。

「・・・無理だったか」

落胆を含んでそう呟くと、手紙を封筒に戻してテーブルの上に置く。

残念ながら、私の企みは打ち砕かれたようだ。

 

吸魂鬼に関する今後の傾向と対策

 

ハリーは週末を医務室のベットの上で過ごす事を余儀なくされた。

一応クッションを作ったとはいえ、あれほどの高さから落ちたのだ。―――マダム・ポンフリーの心配も解らないではない。

当の本人であるハリーは、それに反論する気配すら見せなかった。

次々にやってくる見舞い客に見るからに無理をしているような笑顔を浮かべ、誰がどんな言葉を掛けようともふさぎ込んだままで。

彼が何を考えているのか、想像はついた。

あのクィデッチの試合中、ハリーは間違いなく黒い犬を目撃した筈だ。―――だからこそ私もその存在に気付けたのだ。

また死神犬を見たのかもしれないと・・・例えそれが怪しい言い伝えなのだとしても、これほど身の危険が続けば不安にならないはずがない。

本当ならば、私はハリーに告げるべきなのかもしれない。

あれは死神犬では決してないと・・・―――けれどそう言ったところで、彼は素直に納得してくれるだろうか?

どうしてそう思うのかを説明しなくてはならなくなるだろう。

その説明を、私は口にする事が出来ない。

「・・・ハリー」

ベットの傍らに座り声を掛ければ、ハリーの不安を宿した目が私を見詰める。

、僕はまた・・・」

言いかけて、けれどロンとハーマイオニーの姿を見て口を噤んだ。

以前彼に願い出た事。―――私以外の前では、黒い犬の話をしないでほしいと。

それがハリーを苦しめているのだろうか。

私の自分勝手な我が侭が。

「ハリー。今は何も考えず、ゆっくりと休め。それが一番良い」

吹っ切るように言葉を口に乗せ、身を起こしているハリーをベットに横たわらせた。

何も考えずにいられるわけがないと解っていながら、けれど今の私にはそんな言葉しか掛けてやれない。

それが酷く、歯痒く苦しかった。

 

 

月曜になって、ハリーは医務室から退院した。

相変わらずスリザリンからは冷やかしのような声が上がったけれど、以前と比べてハリーは気にしていないように見えた。―――その反面、ロンは敏感に反応していたけれど。

魔法薬学の授業も、まぁ・・・いつも通りだった。

セブルスが何かにつけてグリフィンドールから減点していたけれど、それに口を出す気にもなれない。

もう諦めてしまったのかもしれないし、以前した反省が私の中に深く残っているのかもしれない。―――それを気に掛ける余裕がないだけなのかも。

昼食後に闇の魔術に対する防衛術の授業を受けるために教室に行けば、そこには久しぶりに見るリーマスの姿があった。

目の下にはクマができ、この上なく疲れた様子ではあったけれど。

不意に目が合うと、彼はにっこりと微笑んだ。―――それに微かに笑みを返す。

様々な物を抱えて、それでも微笑んでいられるリーマスは本当に強いと思う。

「にゃあ」

唐突に足元で猫の鳴き声が聞こえ見下ろすと、そこにはやはり久しぶりに会うの姿。

ジッと見上げてくるを抱き上げ腕に収めると、彼は疲れたとでも言うように1つ鳴き声を上げ、ゆっくりと目を閉じた。

「ご苦労だったな、。ありがとう」

艶やかな毛並みを撫でながら、私は心からの礼を告げる。

これが自己満足なのだということは理解している。―――それでも、リーマスはきっと助かったよと笑顔を浮かべて言うのだろう。

そしてその言葉を嬉しく思ってしまうのも、確かで。

「どっちが手助けをしているのか、解ったものじゃないな」

苦笑気味に呟けば、隣にいたハーマイオニーが不思議そうに首を傾げた。

 

 

授業が終わった後、ハリーはリーマスに呼ばれて教室に残っていた。

他の生徒たちが教室から出ていく中、遠目に2人の様子を眺める。―――するとリーマスがこちらを見て、小さく手招きをしたのが解った。

「どうしたの、?」

「いや・・・どうやら私も呼ばれているようだ」

も!?どうしてハリーと君だけ・・・」

「そんな事私に聞かれても答えられん。2人は先に寮に戻っててくれ」

訝しげに眉を寄せるロンにそう言って、反論が返って来る前に急いでリーマスとハリーの下へと駆け寄った。

「ああ、。さっき試合のことをハリーから聞いてね。君も深く関わっているようだから、一緒の方が良いと思ったんだ」

近づいた私に、リーマスが穏やかな声色でそう言う。

チラリとハリーの顔を見ると、硬い表情で俯いていた。

勧められるままに椅子に腰を下ろし、無言でリーマスとハリーの遣り取りを眺める。

会話を聞いていて、解った事がいくつかあった。

今ハリーが一番不安を感じているのは、やはり吸魂鬼が原因なのだという事。

そしてその原因が何なのかが解らず、解らないからこそ更に恐怖を抱いているのだという事。

そして・・・吸魂鬼によって見せられる、両親の最後。

私が知らない、リリーとジェームズの最後。

まだ幼いハリーが、記憶の奥底ではそれを覚えているという事か。

ハリーの記憶に残っているのが2人の最後だけなんて、なんて皮肉な結果だろうか。

出来る事ならば愛されていた記憶が残れば良かったのに。

あれほどまでに愛されていたハリー。―――けれど彼を愛していた人々は、もうこの世にはいない。

私も、リーマスも、お前を愛していると・・・そう伝えられたらどれだけ良いか。

伝えられれば、少しはハリーの心を癒す事ができるだろうか?

「教えてください!!」

不意にハリーの切羽詰った声が聞こえて、深く沈んでいた思考が現実に引き戻された。

改めて2人を見ていると、困ったような表情を浮かべるリーマスと、必死に何かを訴えるハリーがいる。

「ハリー、私は決して吸魂鬼と戦う専門家ではない。それは全く違う」

そう呟いたリーマスが、チラリと私に視線を投げかけた。

なるほど、そういうことか。

リーマスのそんな視線に気付いたのか、ハリーも導かれるように私を目に映す。

そして何かを思い出したように目を見開くと、今度は私に向かって声を張り上げた。

!君も吸魂鬼を追い払えたんだよね!?方法を知ってるんだろう!?」

まるで掴みかかる勢いで身を乗り出すハリーに、落ち着くようにと軽く肩を叩いて椅子に座らせてから、小さく溜息を吐いた。

確かに、防衛の手段は必要だ。

誰よりも恐怖の記憶を持っているハリーが、何の防衛手段も持っていないのは危険すぎる。

だからと言って、今は一生徒である私を巻き込むとは・・・―――何を考えているんだ、リーマス。

私もリーマス同様、吸魂鬼と戦う専門家ではない。

だが闇祓いがそれに一番近いだろう事は確かだ。

「私は色々忙しくてね。やっておかなければならない事が山ほどある。その合い間に、少しだけでもに基本を教えてもらうというのはどうかな?」

いつもの笑みを浮かべてそう提案するリーマスに、私は微かに眉間に皺を寄せた。

しかしハリーはそんな事に気付く様子もなく、縋るような目で私を見る。

不安に駆られるあまり、同級生が何故吸魂鬼を追い払えるのかという事実に気付いてはいないようだ。

私は小さく溜息を吐いて、覚悟を決めた。

まだ3年のハリーが覚えるような呪文ではないとは思うけれど、背に腹は変えられない。

第一に、身の安全だ。

「いいだろう」

「本当!?」

パッと笑顔を浮かべて安心したようなハリーに1つ頷いて。

そうして言い聞かせるように、はっきりとそれを伝える。

「だが、私の教えはスパルタだぞ?」

それでも良いのか?

そう問い掛けると、一瞬でリーマスの笑顔が凍りついた。

その空気に気付いたのか、ハリーが不思議そうにリーマスを見返す。

「どうしたんですか、ルーピン先生?」

「やっぱり私が教える事にしよう」

問い掛けるハリーに、リーマスは輝かんばかりの笑顔でそう言った。

切り替えが早いな、リーマス。

流石、元いたずら仕掛け人。―――状況判断は鈍っていないという事か。

「ええ!?どうしてですか?じゃあ、何か問題でも・・・?」

「いや、問題っていうかね・・・」

言い辛そうに口ごもって、チラリと私を盗み見るリーマス。

おそらくは思い出しているのだろう。

学生時代、魔法薬学が苦手なリーマスに、勉強を教えてやった事があった。

その時も勿論スパルタ。―――人に教えを請うからには、教えられる側には真剣に構えて貰わなくては。

まぁ、私も少しはやりすぎたかも知れないとは思うが、私自身も両親に魔術に関する事柄を教わった際には同じ方法を取られた。

寧ろその頃のリーマスの方が年齢も上だったし、教師役が私だったのだから私が体験したものよりは多少マシにはなっていたとは思うが。

リーマスの輝くような笑顔に不安を感じ取ったのか、ハリーが恐る恐る私を見る。

私はそれに軽く微笑みかけて、不安が解消するようにと言葉を続けた。

「大丈夫だ。死にはしない」

多分な。

「ルーピン先生。よろしくお願いします!」

「ああ、任せてくれ」

逆効果だった。

脅かすつもりはなかったのだけれど。

それにしてもハリーも流石に切り返しが早い。

これも血の成せる技か。―――それともそういう生活を送ってきた故か?

不自然なほど笑顔を浮かべて微笑みあう2人を見ながら、ぼんやりとそんな事を考える。

結論として、練習には私も参加する事になったけれど、基本的にはリーマスのいないところでは練習はしないことに決定した。

何度も何度も念を押すリーマスに、それほどまでにあのスパルタが嫌だったのかと改めて過去を思い返す。

・・・・・・。

まぁ、敢えて体験したいとは思わないような出来事であることは、確かかもしれない。

そう思えてしまったことが、無性に切なかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

終わり方が、かなり微妙・・・!!

今回はちょっと短め。(あくまでも他と比べて)

しかもなんて題名だよ、とか。(笑)

ギャグっぽくしようと思ったんですが・・・いやはや、やっぱりギャグは難しい。

この連載だと、どうやってもシリアス・暗い系に走ってしまいます。

面白可笑しいギャグが書けるのは、一体何時のことやら・・・。

作成日 2004.9.21

更新日 2009.4.19

 

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