これからどうするべきなのか。

私が取るべき最良の道がどれなのか。

日も暮れ、薄暗い室内で私はただそれだけを考えていた。

目の前にはリーマスが置いていった『預言者新聞』とアルバスからの手紙。

考えずとも、答えは明白だった。

 

いの少女

 

ガタン―――と大きく汽車が揺れて、私はゆっくりと目を開いた。

前の座席に座っているリーマスは、ボロボロのローブを身に纏い、先日会った時よりも少しばかり疲れている様に見える。

「・・・お目覚めかい?」

私が目を開けたことに気付いて、リーマスがやんわりと微笑みながら問い掛ける。

それに無言で首を横に振る事で答えた。

「眠ってなどいない。こんな公衆の面前で眠れるほど、警戒心は薄れていない」

「相変わらずだね」

リーマスはそう言って小さく笑う。

引退したとはいえ、私は今でも闇祓いだ。

私を恨んでいる闇の魔法使いたちも多くいるだろう―――私自身が安全だと認めたところでなければ、気を抜く事など出来ない。

私は座りっぱなしで固まってしまった身体をほぐすように、軽く伸びをする。

こんな所で何かに襲われでもしたら洒落にならないなと思いながら何気なく前に座るリーマスに視線を向けると、当のリーマスはニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべていた。

「・・・どうした?」

訝しげに聞き返すと、リーマスは笑みを更に深くして。

「いや、懐かしいなと思ってね。君のその姿を見ていると、なんだか昔に戻ったみたいだ」

意味ありげに視線を合わせられ、私は少しだけ眉間に皺を寄せた。

私は今、13歳の子供の姿をしている。

勿論、これは私の趣味じゃない―――仕方なく、だ。

「あれほど即答で拒否していたのに・・・まさか承諾するとは思わなかったよ」

リーマスから漏れた一言に、私は彼から視線を逸らして窓の外を眺めた。

今から少し前に届いた、アルバスからの手紙。

そこに書かれていた内容は、私にとって幸なのか不幸なのか。

そう、1度は拒否した。

けれど、思うところがあったのも確か。

『真実を知りたいとは思わないか?』

手紙に書かれてあった言葉の一部。

『ホグワーツに来い』

『彼が無実だと信じるならば、それを自分の手で証明して見せろ』

『おそらくこれが、最後のチャンスだ』

アルバスの言葉の全てが、私の中に何かを生んだ。

このままではどうにもならないと、前に進めないということは理解している。

ただ待ち続けて、それでどうにかなると思えるほど私は世の中を知らないわけじゃない。

何かを変えたいなら自分の力で。

私は今までそうやって生きて来たし、それが一番確実な方法なのだという事も知っている。

数日悩んだ末、私はアルバスの要請を受け入れることにした。

ちなみに、どうして私が今子供の姿をしているのかと言うと、アルバスにそう頼まれたからだ。

突然闇祓いがホグワーツに現れると、生徒たちが驚く―――そう言われ、そういうものなのかと思い、仕方なく縮み薬で身体を縮めて転入生としてホグワーツに行く事にした。

「それにしても・・・世の中は解らないものだね」

「なんだ、突然」

「だって・・・はもう二度と表舞台には出てこないんじゃないかって思ってたからさ」

「・・・そうだな」

私は今から8年ほど前に、闇祓いを引退している。

いや、正確には闇祓いを引退したのではない―――所属していた魔法省を辞めたのだ。

それ以来私は我が家の持ち物である寂れた山に家を建て、そこで1人で暮らした。

何度も魔法省の連中が現れて、魔法省に復帰してくれと頼まれたけれど、私がそれを受ける事はなかったし受けるつもりもなかった。

もう魔法省には戻るつもりもない―――裁判もなしにシリウスをアズカバンに放り込んだ連中に、協力してやる気など起きない。

リーマスの言う通り、二度と表舞台に出ることなどないだろうと思っていた。

私はずっと、死ぬまであの家で暮らしていくのだろうと思っていた。

それを望んでいたわけではなかったけれど。

リーマスの言葉にゆっくりと考えを巡らせて、そうして改めて彼に視線を戻す。

「私も、お前がホグワーツの教師になるとは思っても見なかったがな」

「それは僕も同じだよ。まさか僕が教える立場に立つなんてね」

自嘲気味に笑うリーマスに、私は微かに唇の端を上げて。

「お前には合っている。昔から、人に教えるのが上手かったからな」

学生の頃、よくピーターの勉強を見ていたのを思い出す。

「・・・そうかな?」

照れたように笑うリーマスを見て、私も釣られて微笑む。

脳裏に甦る、色鮮やかな記憶。

慌ただしくて、退屈なんて思う暇もないくらい充実していた毎日。

ただ楽しくて、幸せで―――永遠に続くと思われた時。

けれどそんな日常は、まるで砂の城のようにある日あっさりと崩れ落ちた。

その光景の中にいた友人たちも、今はもういない。

今は私とリーマス、たった2人だけになってしまった。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。

あの頃思い浮かべた未来は、こんな結末じゃなかった。

ハリーが生まれると知った時―――例えヴォルデモートに世界を支配されていても、幸せな時が続くとそう信じていたのに。

・・・」

不意に名前を呼ばれて、私は視線をリーマスに合わせる。

「君は・・・」

言いかけて、けれどリーマスは口を噤んだ。

続かなかった言葉―――けれど、彼が何を言いたかったのか、聞かなくとも解った。

それに答える気はない。

私が答えなくとも、リーマスはきっとすべてを察しているのだろうから。

「少し眠る事にするよ。少し疲れた」

「ああ、そうしろ。今日のお前は少し顔色が悪いからな」

結局何も言わずに目を閉じたリーマスに、私は視線を送った。

「お休み、リーマス。・・・・・・良い夢を」

 

 

リーマスが眠りについてしばらく経った頃、コンパートメントのドアが何の前触れもなくいきなり開けられた。

咄嗟に目を閉じて、眠っている風を装いながら入ってきた人物の気配を窺う。

入って来たのは複数―――声からして、おそらく3人程度。

既に人がいるコンパートメントに声を掛けるでもなく入ってくるのはどうかと思ったが、咄嗟とはいえ眠っているフリをしてしまった以上、今更起きてそれを指摘するのも躊躇われた。

「ここ、大丈夫かな?」

耳に少年の声が届く―――どこかで聞いたことのある声だと思った。

「大丈夫じゃないかな、眠ってるみたいだし・・・」

「そうね。それよりもハリー、何があったのか教えてくれる?」

先ほどとは違う少年の声に少女の声が賛同の言葉を返す。

その際出てきた名前に、私の心臓は1つ大きく跳ねた。

ハリー?

今、ハリーと言ったのか?

私の困惑など知る由もなく、3人の乱入者は本題に入った。

その話の内容と、やはり聞き覚えのある声―――そしてハリーという名前で、彼らが誰なのかが容易く想像がついた。

ハリー・ポッター。

リリーとジェームズの息子が、今私と同じ空間にいる。

会いたいと思っていた―――アルバスの決定を裏切っても、彼を引き取りたいと。

それでも結局アルバスの決定に従ったのは、私の側にハリーを置く事に多少の危険を感じたからだ。

闇祓いとして多くの闇の魔法使いたちを捕らえた。

逆恨みとはいえ、それで多くの恨みを買っただろう。

そんな私の元に、ただでさえ狙われる要因の高いハリーがいるとなれば、いつ彼が闇の魔法使いたちに危害を加えられるか解らない。

絶対にハリーを失うわけにはいかなかった―――彼を命がけで守ったリリーやジェームズの想いを無意味なものにするわけにはいかない。

ハリーの面倒を見ているダーズリー夫妻の噂は聞いていた。

リリーの妹であるペチュニアにも直接会った事もある―――どういう扱いを受けているのか解っていたし、それがハリーにとって幸せな事ではない事も承知していたが・・・。

聞こえてくる会話に、悪いとは思ったけれど耳を傾ける。

どうやらハリーは楽しい学校生活を送っているようだ。

私がホグワーツでかけがえのない友人を見つけ楽しい生活を送ったように、彼にもそんなかけがえのない時間を味わってもらいたかった。

幼い頃から苦労したであろう彼には、誰よりも幸せになってほしい。

そんな物思いに耽っていると、再びコンパートメントのドアが勢い良く開かれた。

そうして車内に舞い込んできたからかいを含む声。

しかししばらくすると、新たに飛び込んできた少年は漸く私たちの存在に気付いたようだ。

リーマスを認めた少年が、少し怯むような雰囲気を放つ。

「なんて言ったんだ、マルフォイ」

ハリーが少年に向けて勝ち誇ったかのように言った。

マルフォイ?

もしかしてルシウスの息子・・・か?

他にマルフォイと言う名を持つ人物には心当たりはない―――確かルシウスにはハリーと同じ歳の子供がいたし、間違いなくルシウスの息子もホグワーツに通っているのだろうから、きっとこの少年がドラコ・マルフォイなのだろう。

1人納得し勝手に結論を出している間も、車内には険悪なムードが漂っている。

けれど教師の前でのいざこざは不利だと判断したのか、マルフォイと呼ばれた少年は悪態を吐きながらコンパートメントを出て行った。

一体彼は何をしに来たのだろうかと、少しの疑問が浮かぶ。

会話から察するに彼らの仲は悪いようだから、おそらくはただ単にからかいに来ただけなのだろう―――何代経ても代わらない彼らに、思わず溜息が漏れそうになる。

マルフォイらが去った後は、何事もなく時は順調に過ぎていった。

聞こえてくる楽しそうな会話を微笑ましく思いながらも、やはり未だに眠ったフリを続ける―――そういえば、リーマスは本当に寝ているのだろうか?

北に近づくに連れて、雨足は激しさを増し―――そんな中、ゆっくりと汽車は速度を落としていく。

もう着いたのだろうか?と一瞬思ったが、少女の「まだ着かないはずよ」と言う言葉に心の中で首を傾げた。

ハリーがドアから顔を出して外の様子を窺う。

不思議に思っている内に汽車はガクンと大きく揺れて停車した。

瞬間、一斉に電灯が消えあたりが暗闇に包まれたのが解る。

私はそっと目を開き、すばやくあたりを見回した。

ずっと目を閉じていたおかげで、他の人と違って暗闇でも辺りの様子が確認できる。

「故障しちゃったのかな?」

「・・・さぁ?」

「あっちで何かが動いてる。誰か乗り込んでくるみたいだ」

その言葉に私は微かに不信感を抱いた。

こんな所で途中乗車なんて聞いた事がない―――そもそも今のホグワーツ特急は生徒たちの貸切なのだ。

必死に考えをまとめている間にも、次々と人がコンパートメントの中に入ってくる。

ちょっとした混乱状態に陥ったその最中、

「静かに!!」

リーマスの声が響いた。

いつの間に起きたのか―――いや、もしかすると自分と同じように最初から起きていたのかもしれない。

「動かないで!!」

その言葉に、全員が石のように固まったまま動かなくなった。

リーマスが杖から出した光はゆらゆらと車内を照らす。

そんな中ガラガラという嫌な音が聞こえてきて、私はリーマスと目を合わせると同時に少しだけ顔をしかめた。

姿を見せたのは、ディメンター―――吸魂鬼と呼ばれる生き物。

車内を冷気が覆うと同時に、ハリーが小さな悲鳴を上げて倒れた。

私が杖を抜いたと同時に、リーマスも同じく吸魂鬼に杖を向ける。

「シリウス=ブラックをマントの下にかくまっているヤツはいない。去れ!」

そう吸魂鬼に向かって告げたリーマスに続き、呪文を唱え解き放った。

 

 

吸魂鬼が逃げるようにコンパートメントを出て行った後、気を失っていたハリーが目を覚ました。

顔色が悪い―――どんな悪夢を見せられたのかは解らないが、ハリーが参っている事だけは十分に察する事が出来た。

突然の出来事に訳が解らず混乱しているハリーたちに、リーマスが丁寧に吸魂鬼についての説明をする。

その後運転手に説明に行くと、私たちに巨大なチョコレートの塊を押し付けてコンパートメントを出て行った。

こんな巨大なチョコレートの塊を持ち歩いているとは・・・。

用意が良いというべきか、それともいい加減にしないと糖尿病になるぞと警告すれば良いのか。

吸魂鬼について話し合うハリーたちをボーっと眺めながら、私には必要なかったけれどチョコレートの塊を口に運ぶ―――不意に視線が自分の方へ向いている事に気付きチョコレートを食べる手を止めた。

「えっと・・・あなたは?」

不思議そうに首を傾げそう尋ねてきたのは、ハリーと一緒に最初にコンパートメントに入ってきた少女。

会話から察するに、彼女がハーマイオニーだろう。

だ。

「私はハーマイオニー=グレンジャー、よろしくね。ところでさっきあなたも吸魂鬼に向かって何かしてたわよね?あなたって一体・・・?」

緊急事態なのだから仕方がなかったが、最初から失敗だったと今さらながらに思う。

あんな状態の時に、普通の生徒が怯えもせずに杖を向ける事なんておそらくは出来ないだろう―――疑問を抱かれても仕方がない。

「・・・いや、たいしたことじゃない。何とかしなくてはと思ったから知っている呪文を唱えただけだ。おそらくはあの・・・先生のおかげだろう」

それで誤魔化せるだろうかと思案していたが、納得したのかハーマイオニーは一つ頷く。

その時タイミングよくリーマスが帰ってきて、まだチョコレートを食べていないハリーたちに食べるよう勧めた―――その際彼の浮かべた笑顔のおかげか、場が和やかになる。

「そう言えば・・・、とルーピン先生って知り合いなの?」

「・・・どうしてだい?」

「いや・・・、だって同じコンパートメントにいたから・・・」

そんなもう1人の少年―――ロンの言葉に私たちは顔を見合わせると、一言。

「いや、たまたまだ」

「うん。私たちは初対面だよ」

ほぼ同時に言葉が飛び出る。

これでは余計に怪しいのではないかと思ったが、ハーマイオニーは「・・・そう」とどこか気圧された風にではあるが流してくれた。

そんな遣り取りをしているうちに、汽車は今度こそ本当にホグワーツに辿り着く。

汽車を降りると、ハグリットの元気の良い声があたりに響いていた。

城に向かう馬車に乗る際、私は他の生徒たちから離れてリーマスと2人で馬車に乗った。

ガタガタと揺れる馬車の車内に、重い沈黙が落ちる。

「吸魂鬼がホグワーツに派遣されるという話は、本当だったようだな」

そもそも私がホグワーツに呼ばれたのはそれが原因なのだから承知はしていたが、まさかあんなに近くに寄ってくるとは思ってもいなかった。

せいぜい、城の周りを取り囲む程度だと思っていたのだが・・・。

「そうだね。アレがいたんじゃ・・・シリウスが侵入してくるのは不可能だ。それよりも生徒たちの身体の方が心配だね・・・」

「・・・そうだな」

リーマスの言葉に、簡単な返事を返す。

言葉に含まれた微妙なニュアンスに、私はそれしか返すことが出来なかった。

確かにあの警備では、シリウスがホグワーツ内に侵入する事は不可能だ。

だが絶対の監獄であるアズカバンを抜け出した奴に、果たしてその道理が通じるのだろうか?

そして本当に、シリウスはホグワーツに来るのだろうか?

奴がハリーを狙っているとは思わない―――私が知っているシリウスならば、絶対にそんな事はしない。

けれどアズカバンの監獄の中で呟いていたという言葉。

『奴はホグワーツにいる』

シリウスが言っていた『奴』とは、一体誰のことなのだろう?

湖の向こうに、懐かしいホグワーツの城が見えてきた。

ここで全てが明らかになるのだろうか?

どうしてリリーとジェームズの居場所がバレたのか。

どうしてシリウスは言い訳をしなかったのか。

そして、シリウスの言っていた奴とは一体誰なのか?

私の止まっていた時間は、再び動き始める。

その結末が、私の信じるように彼の無実で幕を下ろすのか、それともやはり周りが言うように裏切り者として幕が下りるのか―――それは私には解らなかったけれど。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かなりシリアスな感じ。

なんかハリーたちと絡んでるようで全く絡んでないところが、個人的に痛い(笑)

やっぱり予想通り、リーマスが出張りそうな予感。

作成日 2004.9.2

更新日 2007.9.13

 

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