闇の魔術に対する防衛術でのボガートの一件以来、私には自らの思考に囚われる余裕もなく、慌ただしい毎日を送っていた。

毎日の授業と出された課題の処理。―――私がここに来るきっかけとなった吸魂鬼の動向を見届けつつ、狙われているというハリーの安全を確保する。

その内にクィディッチのシーズンに突入し、シーカーを勤めているというハリーは更に忙しくなったようだ。

私も彼の練習風景を見に行きたいとは思っているけれど、生憎とまだそれは叶っていない。

忙しさに忙殺される中、私は少しづつ今の生活に慣れていった。

 

貴婦人の悲劇

 

談話室で課題に手を付けつつハリーを待っていた私の耳に、一際大きな歓声のようなざわめきが届いた。

何事かと顔を上げれば、ロンとハーマイオニーが人が集まった掲示板の前で笑顔を浮かべて何事かを話している。―――どうしたのだろうかと私が首を傾げたのは、クィディッチの練習に行っていたハリーが談話室に漸く戻ってきたのと同時だった。

「何かあったの?」

ロンとハーマイオニーと共に暖炉近くのソファーに戻ってきたハリーは、寒さに少しだけ頬を赤くしてロンにそう問い掛けた。

「第一回目のホグズミード週末だ。十月末、ハロウィーンさ」

掲示板を差して嬉しそうに笑うロンとは対照的に、ハリーは途端に表情を曇らせる。

どうしたのだろうかと、声には出さずに首を捻る。

ホグズミード週末は、生徒たちが最も楽しみにしている週末だ。―――例外なく昔はシリウスもジェームズもリーマスもリリーもピーターも、心躍らせていた。

勿論ハリーも楽しみなのだろうと思っていたのだが、表情を見る限りそんな風には見えない。

こっそりとハーマイオニーに聞いてみると、どうやらハリーはホグズミード行きの許可証をダーズリー夫妻から貰えなかったらしい。

「ハリー、この次はきっと行けるわ。ブラックはすぐ捕まるに決まってる。1度は目撃されてるし」

ハーマイオニーがそう慰めるけれど、ハリーの表情は一向に晴れなかった。

確かにシリウスは一度目撃されている。―――だがその目撃情報が正しいという保証は何処にもない。

私個人の意見を言わせて貰うならば、ロンの『ホグズミードでなんかやらかすほど、ブラックは馬鹿じゃない』の言葉に賛成だ。

確かに直情的なところはあるが、シリウスは基本的に頭は悪くないのだ。

奴の目的がなんなのかは解らないが、ホグズミードに現れるほどの馬鹿ではないだろう。

もしそれほどの愚か者ならば、吸魂鬼よりも先に私が捕まえてやる。

「にゃあ・・・」

無言でハリーたちの遣り取りを見ていると、不意に足元で猫の鳴き声がした。

視線を巡らせると、足元にがいる。―――部屋にいたと思っていたのに、何時の間に抜け出して来たのだろう。

とりあえず足に擦り寄るを膝の上に乗せてやると、それに過剰反応したのはロンだった。

!そいつは!?」

「私の相棒だ。どうした、ロン。お前は猫が嫌いだったか?」

そう尋ねると、ロンはあからさまに表情を歪めた。―――そこまで表情を歪めるほど猫が嫌いだったのかと、を連れて部屋に戻ろうかとさえ思ったその時。

正面に座るハーマイオニーの膝の上に、鮮やかなオレンジ色の毛並みをした猫がヒラリと飛び乗ったのが目に映った。

口には大きな蜘蛛の死骸を加え、黄色い目でロンを見据えている。

「わざわざ僕たちの目の前でそれを食うわけ?」

ロンがイライラしながらオレンジの猫を睨みつけ、やりかけの課題に取り掛かった。

「そいつをそこから動かすなよ。スキャバーズが僕のカバンで寝てるんだから」

「スキャバーズ?」

聞きなれない名前に思わずそう聞き返すと、ハリーがあくびをしながら私をチラリと見てから声を顰めて言った。

「ロンのペットだよ。灰色のねずみなんだ」

「・・・ねずみ?」

「そう。クルックシャンクスが何故かスキャバーズを狙ってて・・・それでロンは物凄く怒ってるんだよ」

「なるほど」

ハリーの説明で、どうしてロンがあれほどまでに猫に過剰反応したのかが漸く解った。

私はを部屋に連れ帰ろうとしたが、すぐにそれを止める。―――クルックシャンクスはともかく、はねずみには興味がない。

手早く課題を終えて、同じように課題を終えたロンがそれをハリーに渡し、ハリーはそれを写し始める。

する事がなくなり暇を持て余していた私は、それをぼんやりと眺めていた。

そういえば・・・と、不意に過去を思い出す。

昔もよく、こうして集まって課題をしていた。

シリウスやジェームズは成績が優秀だったので誰かの課題を写すなんてことは一度もなかったが、よくピーターが今のハリーと同じく課題の丸写しをしていたのを思い出す。

リーマスが親身になって教えても、理解するのに時間が掛かっていた。

こっそりとアニメーガスの練習をしていた時も、ピーターはなかなかコツを覚えられなかったとシリウスが苦笑混じりに言っていたのが昨日の事のように思い出せる。

「・・・ねずみか」

そういえばピーターはねずみに変身していたな。

ふとそんな事を思った瞬間、膝の上で眠っていたが鋭く鳴いた。―――それと同時に大人しくしていたクルックシャンクスが唐突に跳び、ロンのカバンに襲い掛かる。

「おい!離せ、この野郎!!」

ロンが喚きながらカバンを引っ張るが、クルックシャンクスは止めるどころか逆に更に激しくカバンを引っ掻き出す。

お互い引っ張り合いをするうちにカバンは引き裂け、その隙に何か灰色のものがカバンから飛び出し、凄い勢いでテーブルの上を駆けて行った。

「あの猫を捕まえろ!!」

ロンが叫ぶと、フレッドとジョージの双子がねずみを追いかけるクルックシャンクスに襲い掛かる。―――けれどクルックシャンクスの方が一枚上手で、スルリと2人の手を掻い潜り、古い整理箪笥の下に潜り込んだスキャバーズを捕まえるように身を低くして唸り声を上げた。

すぐさまロンが駆けつけ、整理箪笥の下からねずみを保護すると、バツの悪そうな表情を浮かべているハーマイオニーをきつく睨みつける。

頭に血が上ったロンがハーマイオニーと言い合いする様を座ったまま眺め、それから同じように私の膝の上で事の成り行きを見届けているに視線を落とす。

「どうした、?」

声を掛けても、はロンとハーマイオニーを見詰めるばかりで、何の反応も示さない。

どうしてクルックシャンクスがロンのねずみに襲い掛かろうとした時、あれほど鋭い鳴き声を上げたのかが解らなかった。

警告なのかとも思ったが、ロンたちを見詰めるの様子からいつもとは違う雰囲気を感じ取る。

「ねぇ、嬢」

「どうしてあの猫はスキャバーズを目の敵にするんだろうね?」

唐突に声がかかり、顔を上げると両隣にはウィーズリーの双子がいる。

一体いつの間に隣に来たのだろうか?―――私ともあろう者が、考え事に夢中で少しも気付かなかった。

「あの猫はスキャバーズに恨みがあるってロンは言うけど、本当にそうだと思うかい?」

「そんな話は聞いた事がないがな」

あっさりとそう言葉を返すと、「だよねぇ」と双子は声を揃えて頷く。

「だけどスキャバーズも災難だよねぇ。病気になったかと思えば、あんな猫に付けねらわれるんだから」

「本当に。まぁ彼も相当な歳だし、もうそろそろ危ないのかもね」

全くの他人事のように呟く双子に呆れた視線を向けて、再びロンとハーマイオニーに視線を戻す。

少しの間言い争いをしていたが、すぐにロンはねずみを懐に入れて怒りも露わに男子寮へと向かった。

病気ならば見てやりたいとは思うが、生憎と動物は範疇外だ。

やロビンのようによく知っている動物なら話は別だが、私は一度もねずみを飼ったことがない。

ロンとは対照的に少しだけ沈んだ様子のハーマイオニーが、クルックシャンクスを抱いてこちらへと戻ってきた。

。貴女はクルックシャンクスがスキャバーズを目の敵にしているなんて、そんなこと言わないわよね?」

ソファーに座り込んで、膝の上で未だクルックシャンクスを見詰めると私を交互に見て、ハーマイオニーは縋るように言う。

「あ、ああ・・・そうだな」

どう答えて良いものか迷ったが、ハーマイオニーの懇願の目に負けてそう頷いた。

「そうよね。ありがとう、

よく解らない事で礼を言われ、けれど素直にその言葉を受け取って。

ふと、そういえば先ほどからハリーがいやに静かだがどうしたのだろうかと思い隣を見ると、ハリーはこの騒ぎなど知らないとばかりに一心不乱にロンの課題を写していた。

「・・・ハリー」

「ん?どうしたの、?」

実はかなりの大物なのではないかと、密かにそんな事を思った。

 

 

ハロウィーンの日の朝、私たちは列をなして玄関に向かう生徒たちの波に乗って、ロンとハーマイオニーの見送りに行った。

「ハニーデュークスのお菓子をたくさん持ってきてあげるわ」

許可証を貰えなかったハリーは、ミネルバに交渉を持ちかけてみたが、やはり予想通り許可は貰えなかったようだ。―――落胆するハリーに向かい、ハーマイオニーは気の毒そうな表情を浮かべてそう言った。

「うん、たくさん持って帰ってくるから」

ロンもハーマイオニーに合わせてそう言って笑う。

先日のクルックシャンクスとスキャバーズの出来事で険悪な雰囲気をしていた2人だが、漸く仲直りをしたようだ。

少し気まずそうにではあるが、軽く手を振って玄関を出て行く2人を見送った後、私はチラリとハリーの様子を窺う。

許可証が必要ならば、私が書いてやっても良かった。

勿論今の私は子供の姿をしているのだし、表立って書いてやることは出来ないが、方法はいくらでもある。―――けれどそうしなかったのは、別にシリウスがハリーを狙っているという噂があるからではなく。

ホグワーツ特急での出来事を思い出す。

吸魂鬼に最悪の過去を見せられたであろうハリー。

それがどんな出来事なのか私には知り様もないが、その過去がハリーにとってはただ事ではないのだという事だけは、あの時の様子を見ていれば解った。

ホグズミードには勿論、吸魂鬼もいるだろう。

出来る事ならば、悪戯にハリーを吸魂鬼のいる場所には連れ出したくはない。

は行かないの?」

ぼんやりとロンとハーマイオニーの後ろ姿を見送っていたハリーが、唐突に私を視界に納めて首を傾げた。

「ああ、行かない」

「どうして?」

キッパリと返事をした私に、ハリーはなおも質問を続ける。

余程ホグズミードのことを楽しみにしていたのだろう。―――だからこそ余計に、自分から行かない人間が信じられないのだ。

「ホグズミード、楽しみじゃないの?」

問い掛けられて、思わず苦笑する。

ハリーは知らぬとはいえ、私は何度もホグズミードには行ったことがある。

まだホグワーツの学生だった頃、楽しみにして毎回行っていたわけではないが、注文していた本を取りに行く時や、切れたインクや羊皮紙を買いに行く事は何度もあった。

リリーやシリウスたちに無理やり連れ出された事も。

私は今の自分よりも少しだけ背の低いハリーを見下ろして、にっこりと笑った。

「ハリーは行かないのだろう?」

「・・・行かないんじゃなくて、行けないんだけど」

「どちらでも私には構わんさ。ハリーが行かないのなら、私も行く気はない」

「・・・え?」

私の言葉に、ハリーが驚いたように目を見開いた。

何をそんなに驚いているのだろうか?―――私は何か可笑しな事を言ったか?

「ハリー、どうし・・・」

問いかけようと口を開いて、けれど咄嗟に口を噤む。

今度は私が驚く番だった。

ハリーの顔が真っ赤に染まっている。―――目をこれでもかというほど見開いて、私の顔を凝視していた。

「急にどうした?熱でもあるのか?」

「べ、別になんでもないよ!」

心配になって手を伸ばすけれど、ハリーは身体を引いて私の手を避けた。

「・・・ハリー?」

何か気に障るような事でもしてしまったのだろうかと不安になって声をかけると、ハリーは未だ赤い顔を隠すように俯いて、私の顔を見ないまま口を開く。

「りょ、寮に戻ろうか。何時までもここにいても仕方ないし・・・」

「あ、ああ・・・」

俯いたままそう言うハリーに、ますます不安は広がる。

けれど次の瞬間、私の心配は跡形もなく消えた。

「行こう」

突っ立ったままの私の手を取り、寮に向かい歩き出すハリー。

突然の事に驚いたけれど、嫌いな人間の手を握るなんて事はしないだろうから、おそらく私は嫌われたわけではないのだろう。

ハリーに引っ張られ、グリフィンドール寮への道を無言で歩き続ける。

けれど。

どうしてハリーが顔を真っ赤にしたのか・・・その理由がやはり解らず、私の中の疑問は解けることはなかった。

 

 

グリフィンドール寮へ戻ったのも束の間、寮の入り口でハリーを慕うコリン・クリービーに捕まり、彼から逃れるように私たちはまた当てもなく廊下を歩き出した。

「何処に行くんだ?」

「どこって・・・、う〜ん」

ブラブラと廊下を歩くハリーに尋ねると、曖昧な返事が返って来る。

どうやらやはり当てはないらしい。―――図書室に行こうかとハリーは案を出したけれど、ハリー自身がそんな気にはなれないようだ。

途中でフィルチに出くわし、何かを企んでいるのではないかという疑いを含んだ目を向けられ、それから逃れるように私たちはフィルチとは反対の方へと進路を取る。

歩く道すがら、ふと見慣れた廊下だと気付いた矢先に、再び声を掛けられた。

「何をしている、ハリー?」

「ルーピン先生」

1つの部屋の中から、聞き慣れた声が聞こえて来た。―――それと同時に開かれたドアからは、ここに来た時よりも少しだけ顔色を悪くしたリーマスがいる。

見慣れているのは当然のことだった。

何しろ占い学がある時間、私はリーマスかセブルスの部屋に避難しているのだから。

にっこりと笑顔を浮かべたリーマスに部屋へ誘われ、私の方へ窺うように振り返ったハリーに1つ頷いてやると、ハリーは少しだけ顔を綻ばせて誘われるままにリーマスの部屋へと足を踏み入れた。

「紅茶はどうかな?私もちょうど、飲もうと思っていたところだが・・・」

「いただきます」

少しだけ緊張した様子で受け答えするハリーに微笑みかけて、リーマスはやかんを探し当てると杖で叩いて湯を沸かす。

湯の沸いたやかんを手に持ち、私たちの方を振り返ったリーマスは、なにやら含みのある笑みを浮かべて口を開いた。

「ずいぶんと仲が良いんだね」

「え?」

一瞬言われた意味が解らなかったが、私よりも先にリーマスの言葉の意味に気づいたハリーが、慌てて握っていた私の手を離した。

「べ、別にそういうわけじゃ・・・」

「あはははは、冗談だよ」

慌てるハリーを見ながら、陽気に笑うリーマス。

お座りと勧められて椅子に座るハリーを見ながら、横目でリーマスの顔を窺う。

バッチリと目があって、やはり何かを含むような視線を向けられた。

一体なんだというのだろう。

私とハリーが手を繋いでいては、何か可笑しいことでもあるのだろうか?

「さぁ、も座って」

「・・・ああ」

未だ突っ立ったままの私も、リーマスに勧められてハリーの隣の席に腰を下ろす。

「すまないが、ティーバックしかないんだ。・・・しかしお茶の葉はもうウンザリだろう?」

至極楽しそうに目を輝かせながら言うリーマスに、ハリーは驚いたように目を見開いた。

「先生はどうしてそれをご存知なのですか?」

「マクゴナガル先生が教えてくださった。―――気にしたりはしていないだろうね?」

紅茶の入ったカップをハリーに手渡しながらリーマスは軽く笑う。

それを受け取りながら、ハリーは一言「いいえ」と返事を返した。

同じようにリーマスからカップを受け取り、両手でそれを包み込むように握り締める。

いいえと答えていながらも、ハリーの表情はどこか不安げだ。

「心配事があるのかい、ハリー?」

それに目ざとく気付いたリーマスが、ハリーに向かいそう尋ねる。

その際チラリとリーマスの目が私を捕らえたのに気付いたが、敢えてそれに気付かないフリをした。

気にしていないと言っていても、おそらくハリーは死神犬のことが気になっているのだろう。―――馬鹿馬鹿しい占いだとは解っていても、あまりにもタイミングが良すぎるから。

それでもハリーは以前私と約束した事を覚えていてくれたのか、顔を覗き込むようにして問いかけるリーマスに「いいえ」と答えた。

けれど一拍の後、ハリーは紅茶を一口飲むとそれをテーブルに置いて。

「はい、あります」

先ほど否定した言葉を撤回し、にっこりと微笑むリーマスの顔を見返した。

「先生、ボガートと戦ったあの日のことを覚えていらっしゃいますか?」

ハリーの言葉に、心臓が跳ねた。

甦る記憶。―――記憶と呼ぶにはまだ新しい、あの授業での出来事。

ボガートに見せられた黒い・・・とても黒い私自身の想い。

「ああ」

短く返事を返したリーマスを、ハリーはジッと見返した。

「どうして僕に戦わせてくれなかったんですか?」

その問いに、リーマスは微かに眉を寄せる。

そう、リーマスは意思を持ってハリーからボガートを離した。―――自らの恐れるものを、バレるかもしれない危険を冒してまで。

リーマスは一拍を置いてから、ハリーには気付かれないよう小さく溜息を吐き出して、ことさらゆっくりとした口調で話し始めた。

「ハリー、言わなくとも解る事だと思っていたが・・・」

「どうしてですか!?」

リーマスの前置きに、ハリーは驚いたように声を上げた。

まさかそう言われるとは思っていなかったのだろう。

「そうだね・・・。ボガートが君に立ち向かったら、ヴォルデモート卿の姿になるだろうと思った」

ハリーが目を見開く。

その反応に、ハリーが思い浮かべた『怖いもの』がヴォルデモートではないのだろうと確信を抱かせる。

「確かに私の思い違いだった。しかし、あの職員室でヴォルデモート卿の姿が現れるのは良くないと思った。みんなが恐怖に駆られるだろうからね」

「僕・・・最初は確かにヴォルデモートを思い浮かべました。でも・・・僕は吸魂鬼の事を思い出したんです」

挑むような目をしたハリーに、リーマスがやんわりと笑みを浮かべる。

「そうなのか。いや、感心したよ」

「え?」

「それは君が最も恐れているのが『恐怖そのもの』だということなんだ。ハリー、とても賢明な事だよ」

リーマスの言葉に、ハリーは意味が解らないと言うように首を捻っていたが、どう解釈したのか少しだけ安心したような表情を浮かべて紅茶を少し飲む。

どうやらハリーは、自分がボガートと戦う力がないと思われていると思っていたようだ。

誤解が解け、ハリーの顔に笑顔が戻る。―――チラリと振り返ったハリーが、私を見てにっこりと微笑んだ。

「あの、ルーピン先生。吸魂鬼のことですが・・・」

先ほどよりも気負いがなくなった分緊張も解けたようで、ニコニコと微笑むリーマスにハリーがそう口を開いた。―――その時。

部屋の中にノックが響き、リーマスの返事の後にセブルスが入ってきた。

セブルスはハリーの姿を認め足を止める。

同じくセブルスの姿を認めたハリーは、訝しげに眉を寄せた。

「ああ、セブルス。どうもありがとう。このデスクに置いていってくれないか?」

セブルスは手に持っていた煙を上げているゴブレットを指定されたデスクに置き、ハリーとリーマス・・・そして私に順番に目を走らせる。

「ちょうど今、ハリーとに水魔を見せていたところだ」

部屋の中に置いてある水槽を指差して、リーマスは楽しそうに笑う。

「・・・ホグズミードには行かなかったのか?」

その問い掛けが、私に向けられている事に視線で気付き、小さく肩を竦めて笑った。

「ハリーが行かないならば、私が行くわけないでしょう」

その言葉に、セブルスは不機嫌そうに顔を顰めた。―――打って変わってリーマスは楽しげに笑みを浮かべ、ハリーは何故か先ほどと同じように顔を赤らめる。

「・・・なにか?」

「いや。別に何も可笑しなことはないよ。は相変わらずだね」

何かを含むようなリーマスの言葉に、私は小さく首を捻る。

そんな状況の中、やはり不機嫌そうなセブルスは持ってきた薬をすぐに飲むようにとリーマスに声をかけた。

この薬は、リーマスがホグワーツに来るまでは私が作っていたものだ。

この仕事を引き受けホグワーツに来ることになった時、同じようにこの薬を作れるというセブルスに任せた。―――任せて正解だったと今更ながらに思う。

今の私には、この複雑な薬を作る時間など作れそうになかったからだ。

薬を飲むリーマスを見詰めるハリーの目が、どこか不安げな色を宿している。

セブルスが去った後、控えめにではあるが注意を促すハリーに、彼があの薬を毒なのではないかと疑っていることに気付く。

確かに見た目は悪いが、毒と勘違いまでされるとは・・・―――ハリーがセブルスをどう思っているのかが良く解って、リーマスと顔を見合わせて小さく笑った。

ホグワーツに入学して以来、あのような接し方をされていれば、それも仕方のないことなのかもしれないと思える辺り、私もハリーに文句は言えないだろう。

気が付けば窓の外は微かに赤く染まり始め、遠くの方から生徒たちのざわめきの声が聞こえて来た。―――ホグズミードから、生徒たちが戻ってきたらしい。

「私はまだ少し仕事が残っている。宴会で会おう」

「はい。行こう、

促されて立ち上がり、空になったカップをテーブルに置いてドアに向かう。

チラリと振り返った先にいたリーマスは、窓から差し込む赤い夕日に照らされて、更に顔色が悪く見えた。

「どうしたの、?」

「いや、どうもしない。行こうか、ハリー」

訝しげに振り返るハリーの背を押して、リーマスの部屋を出る。

彼にとっては辛い日々が近づいて来ている。

今の私には、彼の辛さを消してやる事は出来ない。

そう考えると、ズキリと心が痛んだ。

 

 

外が暗闇に染まった頃、ハロウィーンの宴は盛大に幕を開けた。

テーブルに並ぶ数々の料理はいつもよりも豪華で、ホグズミードに行けずに落ち込んでいたハリーも楽しそうな笑顔を見せている。

久しぶりに体験するホグワーツでのハロウィーンに、私も自然と顔を綻ばせていた。

リリーとジェームズが死に、シリウスがアズカバンに放り込まれて以来・・・―――こんなに賑やかなハロウィーンとは無縁だった。

そういえば毎年この時期になると、リーマスが顔を見せていたのを思い出す。

この時期でなくとも定期的に会いに来てくれていたからあまり気にした事はなかったけれど、きっと彼は山奥に篭る私を気にしてくれていたに違いない。

宴の締めくくりに、ゴーストたちによる余興が行われた。

毎年違うのだけれど、それもとても懐かしく思える。―――やはりここにはたくさんの思い出が詰まっているのだと、今更ながらに実感した。

宴も終わり大広間を出て、ハリーたちと共に寮へと向かう。

いつもの通路を塔に向かい、寮の入り口である貴婦人の肖像画に繋がる廊下まで来たところで、漸く異変に気付いた。

廊下に生徒たちが溢れかえり、容易には身動きできない状態だ。

「どうしてみんな入らないんだろ?」

怪訝そうに呟くロンの声を耳に、爪先立ちになって人ごみの先を見る。―――同じようにして人ごみの合い間から前方の様子を確認していたハリーと顔を見合わせ首を傾げた。

どうやら肖像画が閉まったままらしい。

今までこんな事は一度たりともなかったというのに・・・。

「何をもたもたしてるんだ?全員合言葉を忘れたわけじゃないだろう?―――ちょっと通してくれ!」

ざわめく人波を掻き分けて、1人の青年が前へと進む。

ハーマイオニーが、彼の事をロンの兄だと説明してくれた。

その瞬間、今まで騒がしかった廊下に波が引くように沈黙が広がっていく。

先ほど人波を掻き分けて前へと進んでいった青年・・・―――パーシーが、鋭い声で叫んだ。

「誰か!ダンブルドア先生を呼んで!!急いで!!!」

その声に、何かがあったのだと理解する。

咄嗟に先ほどのパーシーと同じように固まった人波を掻き分けて前へと進む。―――漸く見えてきた肖像画がしっかりと目に映った時、思わず息を呑んだ。

「ああ、なんてこと・・・」

いつの間にか私の後に付いて来ていたハーマイオニーが、震える声で呟く。

いつもならばそこにいるレディの姿はなかった。

彼女の住処である絵は滅多切りにされ、キャンバスの切れ端が床に散らばっている。

絵の大部分が完全に切り取られたそれは、かつての面影もない。

他の生徒と同じように固まってしまったハリーたちを見て、私はとりあえずレディを捜そうと踵を返した。―――何があったのかは、彼女に聞くのが一番早い。

それと同時に、私の前にアルバスが姿を現した。

アルバスは硬くなった私の表情を見て、1つ頷く。―――そして無残に切り裂かれた肖像画に視線を移すと、深刻な目で振り返った。

その視線を辿るとミネルバやリーマス、セブルスがこちらに駆けつけてくるところだった。

「レディを捜さなければならん。マクゴナガル先生、すぐにフィルチさんの所に行って、城中の絵の中を捜すように言ってくださらんか」

「見つかったらお慰み!」

的確に指示を与えていくアルバスの頭上から、甲高いしわがれ声が降ってきた。

その声が誰のものなのかは考えるまでもない。―――この状況でもこれほど楽しげな声を出すのはピーブズしかいない。

「ピーブズ、どういうことかね?」

アルバスが静かな声で問い掛けると、ピーブズはニヤニヤ笑いを引っ込めてアルバスを見返し、わざとらしい態度で一礼した。

「校長閣下、恥ずかしかったのですよ。見られたくなかったのですよ。あの女はずたずたでしたよ。5階の風景画の中を走ってゆくのを見ました。木にぶつからないようにしながら走っていきました。酷く泣き叫びながらね」

まるで面白いものを見たとでも言うような口調に、不快感が募る。

けれどその言い方から察するに、ピーブズは知っているのだろう。―――誰がレディの肖像画を切り裂いたのか。

「レディは誰がやったのか話したかね?」

「ええ、確かに。校長閣下」

まるで生徒たちに悪戯を仕掛ける時のような様子で、ピーブズは笑う。

「そいつはレディが入れてやらないんで酷く怒っていましたねぇ・・・」

「誰がやったと聞いている」

勿体つけるように語尾を延ばしながら笑うピーブズに焦れ、私は思わず口を挟んでいた。

ジロリと睨みつけると、ピーブズは少しだけ気分を害した様子を見せたが、すぐにニヤニヤ笑いを取り戻して私を見下ろす。

その含んだ笑みが何を示すのか、私は直後に知ることになる。

「あいつは癇癪持ちだねぇ。あのシリウス・ブラックは」

その言葉に、身体が強張ったのを自覚した。

ピーブズは勿論知っているのだろう。―――私と、奴との関係を。

鋭く睨みつけると、ピーブズは更に楽しそうに声を立てて笑った。

知らされた驚愕の事実にアルバスを始め、リーマスやセブルスが踵を返してその場を去る中、私は拳を強く握り締めて小さく呟く。

「あの・・・馬鹿が」

幸いな事に、私の呟きは生徒たちのざわめきに掻き消され、ハリーたちに聞こえる事はなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ハリーたちに絡んでるようで、実は内容は全く絡んでいなかったり。(笑)

今まで以上に単調になっちゃったなぁとか思いつつ、でもやっぱり外せないかとも思ってつらつらと書きました。(しかも長い)

なんだかヒロインがかなり鈍い感じに・・・―――そしてハリーが妙に純情少年っぽくなってしまいました。(笑)

次は少しだけオリジナル(?)な展開にしたいなぁ・・・と。

そして少しギャグも入れたいなぁと思いつつ、さてどうなることやら。

作成日 2004.9.11

更新日 2008.5.18

 

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