シリウスが侵入したという事実により、ホグワーツに緊張が走る。

すぐさま生徒の全てが再び大広間に集められ、今夜はみんな固まってそこで夜を明かす事に決まった。―――教員全員がシリウスの捜索に狩り出され、生徒たちは不安げな様子で友達らと噂話を囁きあっている。

その人ごみに紛れて、私は大広間を出た。

私がいなくなっていることに気付けばハリーたちは心配するだろうけれど、私は庇護される為にホグワーツに来たのではない。

おそらくは動き出しているだろう吸魂鬼の抑制と、そして―――。

 

の輝く夜

 

!!」

案の定騒ぎ出していた吸魂鬼たちを何とか押さえつけて城に戻った途端、驚きを含んだ声で名前を呼ばれ、慌てて振り返った。

廊下の向こうから、こちらに向かい駆け寄ってくるリーマスの姿が目に映る。

慌てた様子に、もしかするとシリウスが見つかったのかとそんなことを思う。

「何をしてるんだい!?」

「・・・何、とは?」

「どうしてこんな所にいる!?大広間から抜け出して来たのか!?」

強く肩を掴まれ、厳しい口調で問われた。

どうしてそんなに怒っているのかが解らず肯定を示すと、リーマスは深く溜息を吐き出す。

「生徒は大広間にいるようにって、ダンブルドアが言っていただろう?」

諭すように言われ、私はリーマスの慌てている理由が、シリウスが見つかったわけではないのだと悟った。

「リーマス。悪いが、私は生徒ではない」

「それはっ!!・・・・・・そうだったね」

溜息をつきつつ頷くリーマスに、彼もずいぶんと動揺しているのだと思った。

それとも私をシリウスに近づけたくないだけなのか・・・―――そうなのかもしれない。

「それで?あいつは見つかったのか?」

「いや・・・まだだよ」

粗方想像していた通りの返事に、私は小さく息を吐き出す。

見つからなかった事が嬉しかったのか、それとも残念だったのか・・・。

そんな私を見て、リーマスは微かに眉間に皺を寄せた。

、君は・・・」

「ルーピン、こんな所で何をしている?」

リーマスが口を開いたと同時に、彼の背後から声が掛かる。―――リーマスの身体に隠れてその人物の姿は見えなかったが、見えずともそれが誰かはすぐに解った。

声を掛けられて、リーマスは咄嗟に口を噤んで振り返った。

「ああ、セブルス」

「ブラックは見つかったのか?」

「いや、まだだよ。君の方はどうだい?」

先ほどよりも少し声を明るくして、リーマスは顔に微笑さえ浮かべてセブルスに声を掛ける。―――先ほどの苦しそうな表情の面影もない。

「我輩の方でも見つからん。奴は一体何処に・・・?」

リーマスの影に隠れていた私に漸く気付いたらしいセブルスが、先ほどのリーマスと同じように驚きに目を見開いた。

「こんな所で何をしている?」

掛けられた質問に、思わず溜息が零れた。

「私は私の仕事をしているだけだ」

キッパリとそう言い切って、静まり返った廊下を見渡す。

遠くの方で、がやがやと騒ぐ生徒たちの声が聞こえた。

みんな不安だろう。―――何せ『凶悪犯』と称された人物が、すぐ側まで迫っていたのだから。

無性に怒りが込み上げた。

シリウスの考えのなさに。

。これでお前にも解っただろう?」

ふつふつと込み上げる怒りを宥めていた私の耳に、セブルスの静かな声が届いた。

顔を上げると、セブルスが私を真剣な眼差しで見詰めている。―――視界の端にいたリーマスも、同じような表情で私を見ていた。

「・・・何がだ?」

掛けられた言葉の意味が解らなかったわけではない。

ただ、その話題を彼らとはしたくなかった。

けれど2人がその話題を避けてくれる訳もない。―――予想通り、セブルスは私の返事に軽く顔を顰めてから、再び口を開いた。

「ブラックの事だ」

短く言い捨てられて、思わず眉間に皺を寄せる。

「これで解っただろう?ブラックがお前の信用を得るに相応しくないという事が」

「セブルス」

「今回のことが、何よりもの証拠だとは思わんか?」

ジッと見詰められ、思わず視線を逸らして俯く。

セブルスの言う通りだと思った。

シリウスが罪を犯したかどうかはともかく、今回のことは更に疑いを深める事になるだろう。―――それについては反論のしようもない。

何も言わない私に、セブルスもまた何も言わなかった。

沈黙の落ちた廊下で、私とリーマスとセブルスはただそこに立ち尽くす。

。もう・・・良いだろう?」

そんな重苦しい沈黙を破ったのは、リーマスの柔らかい声。

顔を上げると、リーマスが悲しみを秘めた微笑を浮かべていた。

「君が認めたくない気持ちは解る。私だって、シリウスがそんな事をしたんじゃないと、そう思いたい。だけど・・・あれは疑い様もない事実だ」

「・・・・・・」

「シリウスはジェームズとリリーを裏切り、闇の陣営に身を落とした。そして自分を追ってきたピーターをマグルを巻き添えに吹き飛ばし、今はアズカバンを脱獄してハリーの命を狙っている。これは否定しようもない事実だ」

淡々と紡がれるリーマスの言葉を、私は無言で聞いていた。

何度聞かされたか・・・、数える気にもならないほど何度も聞かされた話。

それを聞かされる度、違うと否定してきた。

けれど解らなくなる。―――私がシリウスを信じているのは、正しい判断なのかどうか。

私情が入っている事に関しては、否定しようもない。

私とて、知らぬ誰かがそうなのだと聞かされれば、何の疑いもなくそう思っただろう。

解らない。―――私の目は、曇っているのだろうか?

「もう、良いだろう?もう12年も経ったんだ」

リーマスの声が、ぼんやりとした私の頭に響く。

12年・・・―――そう、あれから12年が過ぎたのだ。

長くて暗い・・・先の見えない、永遠に続くかと思われた絶望の世界。

手紙を運ぶ梟の羽音にさえ怯えていた。

聞きたくない奴の訃報を知らされるのが、とても怖くて。

「もうシリウスから解放されても良いはずだ」

リーマスの言葉に、視線をそちらに向けた。

「・・・解放?」

言葉を繰り返す。

その意味が解り、自嘲の笑みを零す。

解放される事を私自身が望んではいないのだと告げれば、彼らはどんな反応を示すだろう。

「そうだ。これ以上お前が傷付く姿を、我輩は見たくない」

先ほどまで無言を通していたセブルスが、静かな声でそう呟く。

「セブルス、私は・・・」

「もうブラックに囚われるのはよせ。真実に目を向けろ」

口を開きかけた私を制して、セブルスはキッパリとそう言い切った。

向けられる真剣な目を見返して、不意に笑みが浮かぶのを自覚する。

彼らは、私を心配してくれているのだ。

私のことを想って言ってくれている。―――なんて優しい人だろう。

それなのに。

それなのに、その言葉を受け入れられないなんて。

この期に及んでまだ、シリウスを信じているなんて。

お笑い種も良いところだ。―――ああ、私はなんて愚かなのだろう。

「リーマス、セブルス、私はシリウスに囚われているわけではないよ」

笑みを浮かべたまま、それだけを口にする。

案の定、2人は意味が分からないとばかりに顔を顰めていた。

「私は私の想いのまま、生きているだけだ」

「・・・

「私は私の中に残った僅かな物を、ただ守っているだけだ」

ポツリポツリと、想いを口にする。

私の中に残っている僅かな物。

人を信じるという事。

誰かを大切に想う気持ち。

そして自分自身に誓った、強い想い。

「私とて、現状が解らないほど無知ではない。愚かだと罵られようとも、反論しない。だが私には決して譲れぬ物がある。私はそれを守っているに過ぎない」

静かな口調で言うと、リーマスが困ったように溜息を吐いた。

セブルスはただ、眉間に皺を寄せて私を凝視している。

それに小さく笑いかけて、私は踵を返して静まり返った廊下を歩き出す。

「万が一シリウスが罪を犯していたならば、責任を持って私自身が奴を捕らえる」

「その後はどうするんだい?その後君は・・・」

背後から掛けられた声に、彼らには悟られぬよう苦笑を浮かべて。

「決着はつけるさ」

ただ一言、言葉を返した。

そう、決着は自分自身でつける。

万が一シリウスが罪人ならば、奴を信じた私も罪人同然だ。

どうせ奴がいなくなった後のことなど、考えてはいないのだから。

この命は既に、奴にくれてやったのだから。

戸惑ったような気配を放つ2人から逃れるように、歩く速度を速めた。

 

 

!!」

廊下を歩く私の背後から、決して小さくはない声が掛けられる。

声に応じて振り返れば、リーマスが駆け足でこちらに来るのが見えた。

「どうした?」

まさか追いかけてくるとは思っていなかったので、少なからず驚いた。

するとリーマスはそんな私を見て、学生の頃を思わせる悪戯をした後のような笑みを浮かべる。

「君が気になってね」

サラリと告げられた言葉に、思わず苦笑が漏れた。

今のお前は、私のことなど気にしている場合ではないだろうに。

少し息切れしているリーマスに気付いて、私は歩く速度を緩めた。

「何処に行くんだい?」

「レディのところだ。彼女の心を酷く傷つけただろう。一言謝罪せねばな」

「君が謝罪する必要なんてないだろう?君がやったわけじゃないんだから」

「心配するな。シリウスの無実が証明されれば、嫌と言うほど奴に償わせるさ」

こんな馬鹿を仕出かしたシリウスを簡単に許す気はない。―――自分の行動を心から後悔するまで、罰を与えてやる。

私の考えを読み取ったのか、リーマスが小さく笑った。

それじゃあ、シリウスは絶対に出てこないね・・・と呟いて。

クスクスと笑うリーマスの声を聞きながら、アルバスから聞いたレディの居場所に向かう。

その途中で、何の前触れもなくピタリとリーマスが立ち止まったのに気付いて、私も同じように立ち止まった。

どうしたのだろうかと不思議に思っていると、リーマスは無言のまま窓に歩み寄りガラス越しに暗い空を見上げる。

「もうすぐ月が満ちるね」

その言葉に、私も釣られるように空を見上げた。

ぽっかりと浮かぶ輝く月は、ほんの少し欠けているだけ。―――後数日もすれば、見事なほど丸く姿を変えるのだろう。

月が満ちれば、苦しみと孤独が彼を襲う。

それが解っていても、私にはどうする事も出来ない。

「リーマス」

「・・・なんだい?」

「しばらく・・・を預かってはくれないか?」

私の突然の申し出に、リーマスが驚きを顔に浮かべて振り返った。

「ロンが・・・猫があまり好きではないらしい。あまり周りをうろうろとさせては、彼に気の毒だろう?」

思いつく限りの理由となるものを口にする。―――が、リーマスはすぐに困ったように笑みを浮かべるとまっすぐ私を見返した。

「君が、気にすることはないのに・・・」

苦笑交じりに告げられた言葉は、私の浅はかな思いなど見透かしていると言っているようで。

私にだって解っている。

リーマスが気付かない訳がない。―――それでも、私に出来る事はこれくらいしか思いつかないから。

「ありがとう、

「・・・礼を言うのは私だ。お前ではない」

気まずさに視線を逸らせば、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

とても大きなものを抱えているリーマスが、それでも嬉しそうに笑うから。

だから私も、笑みを浮かべる。

辛いのは私ではない。―――誰よりも辛いのは、他でもないリーマスなのだから。

せめて彼が気を楽にできるように・・・私に出来る事は、笑みを向けることだけだ。

しばらく笑い続けていたリーマスの声が、不意に途切れた。

不思議に思って逸らしていた視線をリーマスに向けると、彼は先ほどとは違う鋭い目付きで私を見据えている。

「・・・どうした?」

「さっきの話の続きだけど・・・」

「さっき?」

「決着をつけるという話だよ」

すっぱりと告げられた言葉に、私は軽く相槌を打つ。

リーマスは未だ真剣な表情を浮かべたまま、ただ私を見据えていた。

「まさか、君・・・馬鹿なことを考えてるんじゃないだろうね」

「・・・・・・」

「後を追うなんてらしくない事を、するつもりじゃないだろうね?」

「・・・・・・」

何も答えられなかった。

それはリーマスの言っている通りのことを、考えているからか。

具体的に『それ』を考えているわけじゃない。―――ただ、結果的にそうなるだろうと思っているから。

シリウスのいない世界など、私には考えられないから。

奴は、光だ。―――私にとってのシリウスは、光そのもの。

照らしてくれる光がなくとも生きていけるほど、私は強くない。

ズルイ考えなのだと解っている。

それでもそう考えてしまうほど、私の心は弱い。

黙り込んだ私を見据えていたリーマスの顔が、悲しみに歪んだ。

「・・・

私を呼ぶ声が、震えているように聞こえた。

・・・、もう私から何も奪わないでくれ」

「・・・・・・」

「これ以上、失うのはまっぴらだ。君まで・・・消えたりしないで」

まるで祈るような声に、無性に泣きたくなった。

リーマスにこんな想いを抱かせているのが私自身なのだと思うと、自分自身に嫌気が差す。

「リーマス」

彼の名前を呼んで、ソッと抱きしめる。

突然のことに驚いたリーマスは身体を強張らせたけれど、すぐに力を抜いて私の背中に腕を回した。

服を通して伝わってくる、温かい体温。

人が、生きている証。

。お願いだから・・・」

耳元で聞こえたリーマスの声に、抱きしめる力を強める。

私たちはここで、かけがえのない出会いをした。

何物にも変えがたい友を得、そして愛しいと想う者を得た。

なのにどうして・・・―――十何年も経った今、彼らはいない。

その全てが消えてしまった。

守る事すら、叶わなかった。

何よりも、大切だったのに。

「・・・ああ」

訳も解らず、私はただ肯定の返事を返す。

残ったのは、お互いだけだ。

それがとても悲しくて。

けれど、それに救われた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか支離滅裂・・・。

文がいつも以上に途切れ途切れになっている気が・・・。

しかもなんか場面転換が強引だし。

本当はシリウスを出したいなぁとか思ってたんですけど(そしてギャグにするつもりだったんですけど)どうしてこんな展開になったのか。

ここまで読んでると、なんかリーマス夢っぽい(笑)

作成日 2004.9.14

更新日 2008.6.23

 

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