場所は英国。

ロンドン市内に存在するというのに、しかし騒がしさとは無縁だとばかりにひっそりと佇む一軒の大きな屋敷で。

その大騒動は、起こった。

 

ある少女と妖精と魔法使いの日常

 

「ご主人様!ご主人様ー!!」

いつもならば誰もいないのではないかと思うほど静まり返った屋敷内に、甲高い声が響き渡る。

それを自室にて耳にしたまだ幼い少女は、読んでいた本から顔を上げ、自分の方へと向かってくる騒がしい足音に微かに眉を寄せた。

「ご主人様!!」

バタンと扉をぶち破る勢いで部屋に飛び込んできたしもべ妖精は、部屋の中に少女の姿を見つけると慌てた様子で駆け寄る。

「ご主人様!大変・・・大変でございます!!」

「どうした、セルマ・・・そんなに慌てて。―――それと私の事はご主人ではなく、と呼べと言っておいただろう?」

「ああ、申し訳ございません。様」

セルマと呼ばれたしもべ妖精は、落ち着き払った少女―――の言葉に素直に頷き頭を下げる。

しかしそんな場合ではないと勢い良く頭を上げ、椅子に座るの膝に手を置くようにして顔を覗き込んだ。

様、それどころではないのです!一大事なのでございます!!」

必死な様子でキーキーと声を上げるセルマを静かに見下ろして、は彼女に気付かれないよう小さく溜息を零す。

このしもべ妖精は、大した事のない出来事でも大事件に仕立て上げるのが日常だ。

勿論わざとそうしているわけではなく、彼女本来の心配性がそうさせているのだが。

「どうした?一体、何があった?」

しかしはそれが解っていても、毎回ちゃんと彼女の話を聞いてやる。

それは話を聞くまでセルマが落ち着かないというのが理由なのかもしれないし、今のに残された大切な家族であるからかもしれない。

1つ解っている事は、にとってこの時間が決して嫌いなのではないという事だ。

いつも通りの抑揚の無い声を聞き、セルマは懐から一枚の手紙を取り出す。

そして僅かに目を潤ませながら、その手紙をに差し出した。

「これが・・・。これが先ほど、様に・・・」

差し出された手紙を不思議そうに見詰めながらも、それを受け取り裏返す。

そうしてそこに書かれていた差出人の名前と押された烙印に、は軽く目を瞬いた。

「・・・ホグワーツの入学許可証」

ポツリと呟き手紙を開封すると、中には入学を許可するという内容の手紙と、入学までに用意しなければならない物のリストが書かれた紙が入っている。

「そうか。そういえば、もうそろそろそんな時期か」

手紙をゆっくりと読みながら、しみじみと感想を漏らす。

11歳から入学を許可される魔法学校ホグワーツ―――この世に生を受けて今年で11年目になるに、入学許可証が来るのは決して可笑しな事ではない。

しかしまるで今まで忘れていたとでもいうようなの態度に、セルマは複雑そうな表情を浮かべて彼女の顔を見詰めた。

様、どうなさるおつもりですか?」

「・・・どうすると言っても・・・入学許可証が来たのだから、入学するのが道理だろう」

恐る恐るといった様子で問い掛けたセルマに、しかしは実にあっさりとそう答える―――その返事に、セルマは表情を驚愕の色に染めた。

「な、何と言う事・・・!」

「・・・何か問題があるか?」

「問題どころではありません!家の当主が、一年も家を空けるなんて・・・!しかもそれが7年間も続くなんて・・・!!」

床に膝をつき絶望に打ちひしがれるセルマをいつも通りの無表情で見下ろし、はさてどうしたものかと考えを巡らせる。

は未だ幼いながらも、家の当主の任にある。

今から3年前、彼女がまだ若干8歳であった時、彼女の両親が仕事の最中に不幸にも命を落とした―――そしてその時家の当主だったの父に代わり、がその座を譲り受けたのだ。

とはいっても、現在家の血筋に連なる者はしかいない。

古くから続く、今では数少ない純血の血を持つ一族ではあるが、いまや絶える寸前である。

まぁ、あまり物事に関心の薄いにしてみれば、自分が死んだ後家がどうなろうと知ったことではないのだが。

実際、家の事のほとんどはセルマが処理している為、彼女には自分が当主だという自覚があるのかも怪しい。

「セルマ、聞いてくれ」

暫く考え込んでいたは、項垂れるセルマを見下ろし静かに言葉を紡ぐ。

「良いか?確かに私は現在、家の当主だ。だが、今の私には大した知識もなければ、多くの魔法を使えるわけでもない」

「・・・様」

「ならば今ここでホグワーツに入学し、力を得る事が大切なのではないか?」

「・・・・・・それは、そうですけど」

何とか穏便に説得をしようと話をするが、セルマはなかなか機嫌を治さない―――それどころか、先ほどよりも更に涙を零している。

「・・・解ってくれるな、セルマ」

言い聞かせるように言うと、セルマはその大きな目を更に見開いた。

そうして一拍後、の膝に縋りつき大きな泣き声を上げる。

様ー!セルマは・・・セルマは、様と一緒が良いです!!」

屋敷中に響き渡るのではないかと思われるほど大きな声で漸く本音を漏らした己のしもべ妖精に、は微かに苦笑を漏らしてその小さな頭に手を置く。

そんな事だろうと思った、と心の中で呟きながら、何度も頭を軽く叩いてやる―――するとセルマは更に悲痛な泣き声を上げて縋りつく手に力を込めた。

 

 

「セルマは納得しました。これ以上様の手を煩わせるわけにはいきません。様はホグワーツで立派な魔法使いになってくださいませ」

長時間泣き喚いた後、セルマは未練たっぷりの様子を見せながらも漸くそう言った。

散々手を焼かせておいて、何を今更・・・と思いつつも、は声には出さずに静かに頷く。

何はともあれ納得してくれたのだ―――それをまたひっくり返す必要はない。

この調子では、ホグワーツに行くまでにまだ何度か騒動が起こりそうではあるが。

そんな事をがぼんやりと考えていると、その場に唐突に拍手が響いた。

とセルマしかいないこの屋敷に、一体誰が・・・と不思議に思い振り返ると、そこには白く長い髭を蓄えた優しげな老人が1人。

まだ幼いの後見人でもあり、そしてホグワーツの校長でもあるアルバス・ダンブルドアがそこにいた。

「ほっほっほ、セルマも大人になったのう。これで一件落着じゃ」

一体何時から見ていたのだろうと不思議に思いながらも、控えめに拍手を送るダンブルドアを見詰めては座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

「久しぶりだな、アルバス」

「おお、。暫く見なんだ間に、大きくなったのう」

そう言ってやんわりと自分を抱きしめるダンブルドアを見上げ、は小さく首を傾げる。

「貴方とは、1年前に会っただろう?」

。子供の成長は早い。わしら大人にしてみれば、1年会わないだけで別人のようじゃよ」

ダンブルドアは楽しげに笑い、まだ不思議そうな表情を浮かべているの頭を優しく撫でた。

それを拒否するわけでもなく大人しく受けていたは、ダンブルドアのマントの中で何かが暴れているのに気付いた。

そういえば彼は何故ここに来たのだろうかと疑問に思い、抱擁が終わった後変わらぬ無表情でダンブルドアを見上げる。

「それで、今日はどうした?貴方もそう暇ではないだろう?」

あまりにも子供らしくない言葉に苦笑を漏らしつつも、ダンブルドアは「そうじゃ」と笑みを深めてマントの中からその暴れる何かを取り出した。

そうして突き出された黒い固まりを訝しげに見やり、はそれが何かを確認してから再びダンブルドアの顔を見上げる。

「・・・これは?」

「君へのプレゼントじゃ。入学おめでとう、

にっこりと微笑んで差し出されたその黒い固まり―――否、まだ幼い黒い毛の子猫を反射的に受け取り、微かに目を見開く。

「・・・なー」

か細い鳴き声を上げる子猫を腕に、は困惑したように立ち尽くした。

それを見やり、ダンブルドアは言い含めるように口を開く。

「その猫は一見普通の猫に見えるが、実は不思議な力を持つ魔法生物でな。きっとおぬしの良きパートナーとなるじゃろうて」

「・・・魔法生物」

とてもそうは見えないが・・・と思いつつも、しかしダンブルドアが嘘を言うとも思えず、は素直にそれに頷いた。

実際この子猫に特別な力があろうとなかろうと構わない―――ふわふわとした毛と温かな体温が腕に心地良く、はその子猫を優しく抱えなおした。

「ありがとう、アルバス」

「なに、言ったろう?これは、おぬしへの入学祝いじゃ」

そう言うと、ダンブルドアは懐から杖を取り出しにっこりと笑う。

「ゆっくりと話をして行きたいが、残念ながら他にも幾つか用事があってな。わしはそろそろ失礼するとしようかの」

そう言うが早いか、ダンブルドアは軽く杖を振り、来た時と同じく唐突に姿を消した。

あまりの慌ただしさには呆れたように溜息を吐きながらも、腕の中の子猫に視線を落とす―――同時に自分を見上げた子猫の大きな目に自分の姿が映っているのを見て、自然と微かに口角を上げた。

「・・・そうだな。お前の名前は・・・にしよう。良い名だろう?」

少しの間考え思いついた名前に、子猫は満足げな鳴き声を上げる。

その微笑ましい光景を、ダンブルドアが現れた時から大人しく口を噤んでいたセルマが羨ましそうに見ていた事をは知らない。

 

 

それから数週間後、はロンドン駅構内に1人立っていた。

リストに書かれてあった品を乗せたカートを押し、目的の線へと向かう。

屋敷を出る間際までセルマが泣き喚き、酷く体力を消耗した事はこの際忘れて。

ガラガラと音を立てるカートの上で、ダンブルドアからの入学祝いである黒い子猫は優雅に毛づくろいをしている。

「・・・ホグワーツか」

目的の場所へと辿り着き、目の前で出発を待つ赤い列車を見詰めてポツリと呟く。

興味がないといえば、嘘になる。

自分の両親が通った学校であり、また様々な知識の眠る場所。

これからどんな事が起こるのだろうか。

どんなものを得る事が出来るのだろう。

今までに感じた事のない気持ちに戸惑いつつも、はホグワーツ特急に乗り込んだ。

子供ではあるが、子供である事を許されなかった少女。

そんな少女が、子供らしい好奇心を抱いた瞬間。

ホグワーツで待つ数々の出来事と、そして数々の出会いを、彼女はまだ知らない。

彼女の人生すら変える出会いがそこに待っているなど、知る由もないまま。

ホグワーツ特急が今、ホグワーツに向けて走り出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ハリーポッター、親世代連載開始。

主人公、とても11歳とは思えません。

まだキャラがダンブルドアしか出て来てませんが。(そして何故かしもべ妖精が出張ってる)

まぁ、この話は一応プロローグなので。(と言い訳してみたり)

作成日 2005.11.25

更新日 2007.9.13

 

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