シリウスがに想いを告げてから。

そして、がシリウスの想いを認めてから、早半年の月日が流れていた。

シリウスの熱烈なアプローチにも、がなびく様子など一向に見えない。―――そんな日常が、あの日からずっと続いている。

悪戯仕掛け人たちとも少しづつ仲良くなり、とリリーがよく彼らと一緒にいる場面が、グリフィンドール生たちの間でよく見かけられるようになった。

リリーも以前ほどジェームズを毛嫌いする事もなくなり、あの何かと騒がしかった日々の生活が漸く落ち着きを見せたそんな頃。

一見何も変わらないように見える日常が、けれど少しづつ変化してきている事にリリーは気付いていた。

あれほどシリウスに対して頑なだったの態度は少しづつ軟化し、纏う雰囲気も以前の鋭いものとは対照的に柔らかくなってきている。

表情は相変わらず変化に乏しいが、それでも昔と比べると豊かになってきた方だ。

それはとても良い傾向だと、リリーは思う。

けれどほんの少しだけ、複雑な感情も確かに存在していて。

最近ぼんやりとする事が多くなったを見詰めて、リリーは人知れず溜息を吐いた。

 

その眼差しのには

 

リリーと同じように、シリウスもまたの異変に気付いていた。

談話室にて、示し合わせたわけでもないというのに、何か用事がなければ習慣のように、シリウスたちは談話室に集まりゲームをしたり談笑したりする。

大抵の場合はジェームズとシリウスがチェスの対戦をしたり、課題を必死に片付けているピーターにリーマスがアドバイスをしていたり。

とリリーはそれに加わる事無く、各々読書をしたりと時を過ごしていた。

ふとシリウスはチェス盤に落としていた顔を上げ、読書中のの様子を窺う。

いつもならば読書に夢中で声を掛けても返事がないくらい集中している事が多いのだが、最近のは手に本を持っていても、ボーっとどこかを見詰めている事が多い。

そして、その視線の先は大抵・・・。

そこまで思い、シリウスは慌てて否定するように首を横に振った。―――そんな事ある訳がないと己に言い聞かせる。

きっと偶然に違いないと楽観視するが、しかしそれを心から信じているわけでもない為、もやもやとしたすっきりしない感情は消えることはなかった。

「シリウス、今ゲーム中なんだけど・・・?」

「あ・・・、ちょっと良い?」

ボーっとを見ていたシリウスは、ジェームズの早くしろと急かす声で我に返り、慌てて盤上の駒を動かす。―――それと同時にリーマスがにこやかに微笑み、ピーターが教科書に埋めていた顔を上げてに助けを求めた。

今片付けている課題が魔法薬学の為、その教科を苦手とするリーマスは、家庭教師役を魔法薬学が得意なに任せるつもりらしい。

決してその役をジェームズやシリウスに求めないのは、彼らを頼ると後々厄介だという事を身に染みて解っているからだろう。

は教え方は厳しいが、内容は正確で解りやすく、そして根気強い。

この機にリーマスも便乗して教えてもらうつもりなのだろう。

リーマスの声に我に返ったは、視線を彼らに向け目を瞬かせる。

「・・・ああ、なんだ?」

そうして一拍後、いつもの調子を取り戻し返事を返した。

そんな様子を訝しく思いながらも、この場にいる誰もがそれを問うたりはしない。

今はまだ、その時期ではないと思うから。―――それはまだ知りたくないという気持ちとどこか似通っているようにも思えた。

「ここが解らないんだけど・・・」

「どこだ?・・・ああ、ここは・・・」

差し出された教科書を、は身を沈めていたソファーから乗り出して覗き込む。

その拍子に膝に乗っていた本が床に落ち、すぐ傍にいたピーターが身を屈めてそれを拾い上げた。

「これ、落ちたよ」

そう言って差し出した瞬間、ピーターの動きがピタリと止まる。

一体どうしたのかと全員が首を傾げた時、ピーターは恐る恐るそれをに差し出した状態のまま、窺うようにの顔を覗き込んだ。

って・・・恋愛小説も読むんだ」

「「恋愛小説!?」」

知らなかったと呟きながら、意外そうに目を丸くするピーターに、シリウスとリリーが揃って声を上げる。

それに表情を変える事無く受け取ったは、気にした素振りもなくそれをテーブルの上へと置いた。

「恋愛に・・・興味があるの?」

「別にそういうわけではないが・・・」

唯一いつも通りの状態を保っているピーターが、不思議そうに問い掛ける。

それには否定を示し・・・―――そして自分が図書室で借りて来た恋愛小説に視線を向け、微かに眉間に皺を寄せた。

「興味・・・というのとは少し違う。疑問に思っただけだ」

「・・・疑問?」

「そうだ。だからその答えを得る為に、この本を読んでいるのだ」

至極当然とばかりに言い切るに、しかし面々は彼女の考え自体が読めず更に疑問を募らせる。

恋愛に関する疑問って、どんなものなのだろうか?

聞いてみたいけれど、聞いても理解できるかどうか怪しいところだ。

何せは、考え方や価値観が少しずれている所があるから。

「そ、それで・・・その疑問っていうのは解けたの?」

少しだけ笑みを引きつらせながらも問い掛けたリリーに対し、は口を噤んだまま大きな溜息を零す。

その様子から、どうやら疑問は解けていないようだ。

「こういった物語は特殊な場合が多く、何の参考にもならないという事は理解した」

「・・・そう」

「少なくとも、私の周りに王族の者もいなければ、宇宙人もいないからな」

淡々とした口調で呟くに、一体どんな物語を読んでいるのかと思わず突っ込みを入れたくなる。

そもそも手に取る本の選択自体が間違っているのではないかと忠告したかったが、この場にいる誰もそれが出来る者はいなかった。

「それよりも説明に入るが・・・用意は良いか?」

どこか遠い目をする5人を横目に、は教科書を手に取り問い掛ける。

それに我に返ったリーマスとピーターは、慌てて勉学の体勢に戻った。

同じく再びチェスの対戦に意識を戻したシリウスは、ふと考える。

何故は、恋愛についての疑問を抱いたのだろうか、と。

こう言ってはなんだが、は恋愛とは一番遠い位置にいるような人間だ。

失礼な物言いではあるけれど、百人中百人がそれに同意するだろう。―――だからこそ、そんな彼女に想いを抱いたシリウスが、今まさに苦労しているのだけれど。

なのにどうして、恋愛とは無関係だったが、恋愛についての疑問を抱くようになったのか。

「・・・もしかして」

「ん?なんだい、シリウス?」

思わず呟いた声にジェームズが反応するが、シリウスは無意識だったらしく己の思考に没頭している。―――ジェームズの声も聞こえていない様子で、切羽詰った表情を浮かべていた。

シリウスが抱いた、最悪の予想。

もしかして、に好きな相手が出来たのでは・・・?

「・・・はは、まさかなぁ」

「だから、なにがだよ」

心なしか頬を引きつらせながら笑うシリウスに声を掛けるが、やはりジェームズの声は彼に届いていないらしい。

ゲームの進行も止まり、声を掛けても反応がないシリウスに、ジェームズは諦めたように肩を竦めて見せる。

しかしそんなジェームズとは裏腹に、シリウスは己の抱いた予想を否定しつつも、どこか表情は強張ったまま。

丁寧に講義を続けるを、呆然と見詰めていた。

 

 

「・・・・・・?」

ジェームズは射るような視線に気付いて、ゆっくりと辺りを見回した。

最近よく感じる視線。

四六時中というには大袈裟だけれど、それに近いものすらあるほど頻繁に感じる。

多いのはやはり授業中と談話室にいる時。

自室にいる時などは感じた事はないが、人の多い場所へ行けば大抵その視線はあった。

悪意のあるものではない為それほど気にはしていなかったが、これだけ頻繁に感じるとなるとやはり気分の良いものではない。

注目される事が多く、そしてそれを好むジェームズでさえそう思うのだから、その頻度はよほどのものなのだろう。―――彼が人一倍鋭いというのも原因の一つではあるのだろうが。

自分が不審がっている事に気付かれないようにと何気なく辺りを見回したジェームズは、ピタリと合った視線に思わず動きを止めた。

その人物はジェームズと視線が合った後、大して慌てる様子もなく自然に視線を逸らして広げた羊皮紙に文字を走らせる。

あまりにも自然な動きだったので、その人物が自分に視線を送る犯人だと確信出来なかった。

そしてその人物が、ジェームズの予想外の人間であった事も判断を鈍らせる原因の一つだ。

暫く考え込んだ後、ジェームズは意を決したようにその人物の元へと足を向ける。

談話室の隅。―――そこで出された課題を黙々と片付けている人物の前に立つと、にっこりと人の良い笑みを浮かべて声を掛けた。

「やあ、

その声に、ペンを動かしていたが顔を上げる。

表情はいつもと同じく無表情で、流石のジェームズでも感情を読み取る事は難しい。

「課題を片付けているのかい?・・・ああ、今日出されたやつか。相変わらず君は勉強熱心なんだね」

「そうでもない。課せられたものは早く片付けないと気がすまないだけだ」

サラリと何でもない事のように呟き、は再び羊皮紙に視線を落とす。

それを見届けて、ジェームズは何を言うでもなくの前のソファーに腰を下ろした。

そういえばこんな風に2人だけで会話をする事など滅多になかったと、ジェームズは今になってそんな事を思う。

大抵の場合はリリーが傍にいるし、最近は暇さえ見つければシリウスがの傍に待機している。―――シリウスの恋がきっかけで、と話をする事は以前とは比にならないくらい増えたが、いつも誰かしらが傍にいたのでこういう状況は珍しい。

それは改めて何を話したら良いのか解らないという心境にとても似ている。

いつもならば他人など気にせず自分のペースに持っていくジェームズも、相手がだと上手くいった試しがないのだ。

返って来る言葉も予想外の事ばかりで、楽しいといえばこの上なく楽しいのだけれど、こんな風に駆け引きをする際には非常に厄介な相手と言えた。

まさか、ずっと僕の事見てたのって?なんて単刀直入には聞けない。

ならばそう聞かれても気にはしないだろうが、そんな芸のない質問をする事はジェームズ自身が許せなかった。

「・・・・・・」

だからといって、他に良い案など思いつかないのだが。

はそんなジェームズなど気にした様子なく、ただ黙々と課題に取り掛かっている。

暫くの間、どう話し掛けようかと言葉を練っていたジェームズだが、沈黙に耐えかねてやはり単刀直入に話を切り出す事に決めた。

からのアクションを待っていたのでは、その話がいつ出るのか解らない。

向けられる視線の意味に好奇心が疼くのを、我慢できるわけでもない。

この切り替えの早さが、ジェームズの彼らしいところの1つだ。

。最近ずっと僕の事見てるみたいだけど、どうしたの?」

そして切り出した。―――ズバリそのまま、単刀直入に。

問い掛けられたは動かしていたペンを止め、羊皮紙から顔を上げる。

その表情には驚きも困惑も何もなく、ただじっとジェームズの顔を見返していた。

何も言葉を返さないを見詰めて、ジェームズは口角を上げて笑う。

「もしかして君、僕のこと好・・・」

「ジェームズ!!」

更に言葉を続けようとしたジェームズを、談話室中に響き渡るような大きな声が遮る。

それに思わず言葉を切り後ろを振り返ると、恐ろしい形相をしたシリウスが今にも飛び掛らん勢いでジェームズを睨みつけていた。

「やあ、シリウス。どうしたんだい?そんな恐い顔して」

「どうしたんだじゃねぇ!お前今・・・っ!!」

勢いに乗って怒鳴りつけるが、途中で言葉を切り悔しそうに唇を噛む。

シリウスが何を言いたいのか、そしてどういう気持ちなのか、ジェームズには問わずとも理解できている。

は、ジェームズの事を好きなのかもしれない。

シリウスがそんな疑問を抱いているのを、彼は知っていた。

しかしジェームズから言わせれば、それは万が一にも有り得ない事だ。

自分がどれだけもてるのか、ジェームズはしっかりと理解している。

だからこそ異性に好意を寄せられる事に疑問も抱かないし、誰に好意を寄せられたとしても不思議に思ったりなど勿論しない。

しかしだけは、自分に恋愛感情を抱かないとはっきり断言できる。

それが何故なのかは、ジェームズ自身にも解らない。

ただ自分がリリー以外に本気で恋をしないのと同じように、揺るぎないモノに感じられた。

勘だと言えばそれまで。―――根拠は何もないが、この勘だけは外れていないように思えるのだ。

だからこそ、ここではっきりとの口から否定の言葉を聞こうと思ったのだけれど。

怒りの形相で立ち尽くすシリウスを困ったように見上げて、ジェームズはふとの様子を窺う。

先ほどシリウスのせいで問い掛けは遮られてしまったが、その内容の半分は伝わっているかもしれない。―――そう思い視線をへと向けるが、当のは興味なさげにシリウスとジェームズを交互に見た後、何も言わずに再び羊皮紙へと視線を落とす。

否定も何もないまま。

しかしその瞳の奥に、ほんの僅かな戸惑いの色を見つけて、ジェームズの方が驚愕に目を見開く。

が自分に恋愛感情を抱く事など有り得ない。

今まであったその確信にも似た思いが、僅かに揺らいだような気がして。

今までのからは有り得ないその表情が、ほんの少しの不安を煽る。

動揺するジェームズの耳に、静かな声が届いた。

その声に名を呼ばれたは、顔を上げてそちらに視線を向ける。

そこには赤い髪の綺麗な少女が、少しだけ固い表情でこちらを見詰めていた。

「・・・どうした、リリー」

「課題で教えてもらいたいところがあるんだけど・・・。ここでは集中できないから、部屋で教えてもらって良いかしら?」

表情と同じく堅い声でそう請われ、は何も言わずにただ頷いて、テーブルの上に広げていた本や羊皮紙を手早く片付け、立ち尽くすシリウスやジェームズを置き去りにしたままリリーと共に自室へと戻る。

残されたジェームズは、ただぼんやりと去っていく2人の後ろ姿を眺める。

去り際のリリーの意味深な視線が、ジェームズの脳裏に焼きついて離れない。

今までは上手くいっていたと思っていた関係が、自分たちの知らないところでほんの少しだけバランスを崩してしまった事をジェームズは理解した。

そのきっかけは、間違いなく自分がへと向けた言葉だろう。

『もしかして君、僕のこと好・・・』

言わなければ良かったのかもしれないと、ジェームズは思う。

漸く少しだけ近づいたリリーとの距離が、再び開いてしまったような気がして。

問い掛けた疑問は全て口にする事もないまま。

そしてその答えも返っては来ないまま、宙ぶらりんになって。

進む事も戻る事も出来ずに、ただその場に拘束されているような。

眉間に皺を寄せ苦しそうな表情を浮かべるシリウスを見上げて、ジェームズもまた苦しげに溜息を吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

そろそろ話も山場に突入。

『主人公、ジェームズに恋!?』疑惑発生。

なんだかシリウスが出番少ない上に可哀想な役回りになっていますが・・・。

作成日 2005.12.22

更新日 2007.10.20

 

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