ぎこちなくも己の心情を語るを、シリウスは呆然と見詰めていた。

ジェームズを見ていたのは、恋をしているからではなくただの観察なのだという事。

先ほどの謝罪はシリウスを拒否したのではなく、悩ませ苦しい思いをさせた事に対するものだという事。

全てを語り終えた後、誤解は解けたのだろうかと様子を窺うに、シリウスは頬を引きつらせながら苦し紛れの笑みを浮かべる。

「それって、つまりは・・・」

全部、俺の勘違いだったって事か?

喉まで出かかった言葉を飲み込み、シリウスは脱力したようにがっくりと項垂れた。

 

恋の騒ぎ

 

「・・・・・・という訳なのだが」

翌日の早朝、間違いなくジェームズたちも誤解しているというシリウスの言葉に、は全員を談話室に集めて全てを告白した。

ジェームズたちが誤解しているという事に関しては半分疑いはあったが、最近ぼんやりとする事が多かった自分を心配しているだろうという言葉にはどこか納得する部分もあり、あまり己の心情を語る事や曝け出す事を得意としないも、今回ばかりは非は自分にあると認めた上で、仕方がないと黙秘する事を諦めた。

全ての話を聞き終わったジェームズたちは、虚ろな目で宙を見つめている。

あのリリーでさえ、ジェームズたちほど馬鹿面ではないが、視線を窓の外へと移し呆然とその場に佇んでいた。

唯一リーマスだけが、苦笑いを浮かべながらも納得した様子を見せている。

「・・・どうした?」

「いや、どうしたっていうか・・・」

表情はそれほど変わらないものの、不思議そうに首を傾げて問うに、ジェームズは苦悩の色を強く滲ませながらぼさぼさの頭を掻いた後、真面目な表情を浮かべてを見据えた。

「っていうか、これだけ引っ張っといてこんな落ちでいいの?」

「意味が解らないのだが・・・?」

話の内容はともかく、真剣な表情を浮かべる2人を横目に、リーマスはクスクスと小さく笑みを零す。

「だから、言っただろう?」

耳元で呟かれ、シリウスは不機嫌そうに眉を寄せた。

確かにリーマスの言った通り、はジェームズに恋などしていなかった。

それは確かに喜ばしい事であり安心してもいるが、どこか素直に頷けない部分もある。

まるで全て解っていたと言わんばかりのリーマスを見ていると、あれだけ悩んだ自分が馬鹿みたいだ。―――昨日の夜、わざわざフォローに来てくれた事については感謝していても、の事を一番解っているのは自分だと言われているようで、複雑な心境だ。

「リリーも、心配を掛けた。すまなかったな」

「え!?あ・・・ううん、別に」

が微かに笑みを浮かべて謝罪すれば、リリーは我に返ったのか慌てて首を横に振り笑みを返す。

しかしその頬が微かに赤らんでいるのを、リーマスは見た気がした。

珍しいの笑顔を見てシリウスの頬が赤いのは、決して見間違いじゃないけど、とリーマスは苦笑を漏らす。

「そ、それで・・・は『好き』の違いが解ったの?」

真面目な顔をして密かにをからかうジェームズと、からかわれている事に気付かず真面目な受け答えをする。―――気まずそうに視線を逸らすリリーと、頬を赤らめて落ち着かない様子のシリウスを順に眺めて、今回の事では蚊帳の外だったピーターが躊躇いがちにそう問い掛けた。

それに全員がピタリと口を噤み、視線が一斉にの元へと集まる。

その視線を受けて、ははっきりと解るくらい眉間に皺を寄せた。

「・・・なんだ、その目は」

「いや、どうなのかな〜と思って」

居心地が悪いからなのか、ジェームズを睨みつけるに、睨まれている当の本人は素知らぬ顔でにやりと口角を上げる。

それを更に眉間に皺を増やしながら睨みつけていたは、次の瞬間深く重いため息を吐き出して。

「ここまで騒がせておいて悪いとは思うが、未だによく理解出来ん」

ここで誤魔化しても意味がないと解っているのか、素直に認めるにジェームズがあからさまに呆れた様子を見せる。

ため息混じりに肩を竦め、微かに笑みを吐き出した。―――ジェームズにそんな気があるのかはともかくとして、その動作はいかにも馬鹿にされたような印象を受ける。

勿論もそう感じたのか、苛立ち紛れに視線を逸らした。

「まだ解らないの?ってば、鈍感なんだから」

「・・・悪かったな」

「んじゃ、この僕が教えてあげるよ」

悔し紛れに言い返すに、ジェームズは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。

その態度は限りなく怒りを誘うが、ここは大人しくしておく方が得策だと、は殴りたいのを押さえてチラリとジェームズの顔を見た。

「友情の好きが『LIKE』で、恋愛の好きが『LOVE』なんだよ」

「・・・お前は私を馬鹿にしているのか」

平然と得意げに言い放ったジェームズに我慢できず、の拳がジェームズの頭に落ちた。―――痛いと声を上げるジェームズを無視して、は呆れたように額を押さえる。

そんな事は今更聞かなくとも解っているのだ。

が知りたいのは、言葉の意味ではない。

その言葉の意味に含まれる感情と、その違いについてなのだ。

そんな事はジェームズも解っているだろう。―――その上でこうしてからかって来るのだから、性質が悪いとしか言いようがない。

「そんなに気にしなくても、いつか自然と解る時が来るわよ」

頭を押さえて痛みを堪えるジェームズに冷たい視線を送りながら、リリーがすかさずフォローに入る。

何だが幼い子供のように諭されているような気がしないでもないが、そこは何も言わないでおいた。

「だが・・・」

「大丈夫だって。シリウスはそれまで一途に待ち続けるってさ」

しかしまだ納得できない様子のに、リーマスが笑顔でそう言った。

それにつられてと目が合ったシリウスは、困ったように宙に視線を向けて。

本当の所を言えば、この生殺しのような状態はあまり歓迎できるものではない。

けれどつい昨日までのような、に拒否された時の状況を思えば、現状はそれほど悪いものでもない気がした。

はシリウスを弄んでいるわけではなく、真剣に考えてくれているのだ。

それだけ自分の事を考えてくれていると思えば、単純に嬉しいと思える。

長い時間が掛かろうと、その先で受け入れてくれる可能性があるのならば、リーマスの言う通り、シリウスはいつまでも待つだろう。

「・・・別に急かしたりしねぇよ。じっくり行くって決めたんだから」

視線をに戻してぶっきらぼうに言うと、は微かに微笑んだ。―――その態度が照れ隠しだと気付き安堵したのかもしれない。

現状は何も変わってはいないが、ともかくも騒動が一段落した事に、全員の顔にいつもの笑みが戻る。

決意を固めた者。

未だ疑問を抱きつつも、それに向き合い始めた者。

思わぬ所で、自分の想いを自覚した者。

思うところはそれぞれだが、再び流れ出した穏やかな空気に全員がホッとしていたのは事実だった。

「さて、それじゃ一件落着という事で。大広間に行こうか」

ジェームズの一声で、朝食がまだだった6人はソファーから立ち上がった。

ぞろぞろと肖像画へと向かう最後尾を歩いていたは、すぐ前を歩くジェームズがチラリと後ろを振り返ったのが解る。

どうしたのだろうと不思議に思っていると、ジェームズは歩く速度を緩め隣に並ぶと、前を歩くシリウスたちには聞こえないよう小さな声で囁いた。

「・・・2つの『好き』の違いだけど」

こそりと耳に侵入してきた声に、は目を見開く。

勢い良くジェームズの方を振り返ると、そこには普段の悪戯っ子のような笑顔はなく。

どこか鋭い、心の奥底まで見透かすような視線とぶつかる。

「何やってんだよ、お前ら!」

「ああ、ごめん。今行くよ」

肖像画の向こうから聞こえてくるシリウスの声に、ジェームズは浮かべていた表情をいつもの笑顔に変え、を置いて談話室を出て行く。

その後ろ姿を見送ったは、両手を握り締め唇を噛み締めた。

『・・・2つの『好き』の違いだけど、もしかしなくても君はもう理解してるんじゃないの?』

ジェームズの声が脳裏に甦る。

その言葉の意味を。

「・・・・・・私は」

ポツリと呟いたその時、いつまで経ってもが来ない事を心配して肖像画から顔を覗かせたリリーが、の姿を見て首を傾げた。

?どうかしたの?」

「・・・いや、なんでもない」

リリーの問い掛けに緩く首を振って、は心なしか重くなった心を抱いて談話室を出る。

「・・・理解など、出来ていない」

まるで自分に言い聞かせるように呟き、気付かれないようため息を吐く。

自覚してしまえば、憂いはなくなると思った。

まだシリウスに告白をされて間もない頃は、自覚して自分の想いが恋ではないとはっきりと認識できれば、簡単に断れると思っていた。

けれど、今は。

必ずしもそうではないかもしれないと、そう思う自分がいる。

ゆっくりと視線を上げれば、以前ならばリリーしかいなかった筈の視界に、悪戯仕掛け人たちが楽しそうに笑っていて。

と視線が合えば、返って来る微笑みがあって。

気が付けば、隣にはいつもシリウスの姿があって。

それに心地良さを感じているのは、否定しようもない事実だった。

頭の中で警鐘の鳴る音が聞こえても、それに従う事が出来ない。

自分には必要なかった筈の温もりが傍にあることに、不安と安心を抱く。

それと同時に、心のどこかで冷たい声がした。

気付くべきではないのだ、と。

それは、悲しみを生み出すだけなのだから。

不意に声を掛けられて、は思考に耽っていた意識を現実へと戻した。

すぐ目の前にはシリウスが、訝しげな表情を浮かべて立っている。

「・・・どうした?」

「なんでも、ない」

の顔色の悪さに気付いたシリウスが心配げに声を掛けるが、しかしはその視線から逃れるように俯き、顔へ落ちてきた髪を掻き上げる。

そうして深呼吸を何度か繰り返し動悸を押さえると、最後に1つ大きく息を吐き出して真正面からシリウスを見返した。

「ブラック」

「なんだ?」

真剣な表情を浮かべるに、シリウスもまた同じように表情を引き締める。

このままで良い筈がないのだ。

シリウスがいくら待つと言っても、それが彼にとってどれほど苦しい事なのか・・・―――それは昨日の夜の談話室で、十分理解できてしまったから。

それでもこの状況が続けば良いと思うのは、自分の我が侭以外の何者でもないのは解っているから。

「私は、お前の事が嫌いではないよ」

だから、これが今のに言える精一杯の気持ちだった。

の思わぬ言葉に呆然とするシリウスを置いて、は彼の脇を通り抜けると既に先を歩いているジェームズらの後を追う。

誰もいなくなった廊下で、シリウスが一人赤面し立ち尽くしていた事は誰も知らない。

とシリウスの間に、僅かな変化があった瞬間だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ギャグになりきれてない所が、非常に痛いですが。

なんだかグダグダと書いていますが、一応は解り易すぎる伏線・・・のつもりです。(←これを伏線と言い切ること自体がおこがましい)

後先考えずに書いている為、書いてる途中で訳が解らなくなってきた感が漂っていますが。

今回は(珍しく)少し短めで。

作成日 2005.12.27

更新日 2007.11.27

 

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