真っ白な世界に、はいた。

静かに舞い降りる白い欠片をその身に受け、ただその場に立ち尽くしている。

まるで全てを拒絶するかのように。

完全なる静の空間に存在している少女。

まるで一枚の絵のような風景に、シリウスは声を掛ける事も出来ず、息を殺して見詰めていた。

 

のない場所

 

はどこだ?」

轟々と音を立てて、激しい風が降り注ぐ雨を窓ガラスに叩きつける音がする。

それと同じくらいの物凄い勢いで談話室に飛び込んできたシリウスの第一声が、それだった。

声を掛けられたリリーは、手をつけていた課題の作成の手を止め、呆れた眼差しでシリウスを見返す。

「シリウス、貴方ねぇ・・・」

「ああ、もう。説教は良いから、どこにいるか知らねぇか?」

文句を言いかけたリリーを、シリウスは敏感に察してその言葉を遮る。

彼女の文句をいちいち聞いていたら、を探すどころではない。

この日シリウスは、ジェームズたちと共に起こした大掛かりな悪戯の後処理の為、授業が終わった後トロフィールームにいた。―――簡単に言ってしまえば、悪戯がバレてマクゴナガルに罰則を命じられ、手作業で数あるトロフィーを磨いていたのだが。

長い時間を掛けてなんとかその作業を終え、おそらくは図書室にいるだろうに会いに行ったのだけれど、残念ながらそこに彼女の姿はなかった。

ならば談話室に戻っているのだと思い直し帰って来たは良いが、そこにもの姿はない。―――それを談話室に飛び込むと同時に確認したシリウスは、すぐにいつもの場所でリリーの姿を見つけ、彼女ならばの居場所を知っているだろうと当たりをつけて声を掛けたのだ。

真剣な表情で自分を見下ろすシリウスを見上げ、リリーは小さくため息を吐く。

この間の騒動の後、シリウスはますますの傍にいたがるようになった。

の態度が少し軟化したという事も理由の一つかもしれない。―――ある意味付き纏われているとも思えるが嫌がった素振りを見せない為、リリーもあまり口うるさく文句を言うのは止めておいたのだが。

しかしそれも限度があるのではないかと、リリーは思う。

たまには1人の時間を過ごさせてあげても良いのではないかと。

けれどそれを言ったところで、シリウスが納得するとも思えなかったが。

なら、図書室じゃないの?」

「いなかったんだよ」

呆れ混じりにそう告げると、すぐさまシリウスの返事が返って来る。

どうやら自分に問う前に、確認はしているらしい。―――そのマメさが彼に似合わず、リリーは思わず苦笑を漏らした。

「なら、部屋にいるのかもしれないわね。私は課題に集中していたから見ていないけれど」

「んじゃ、ちょっと見てきてくれ。それで、いたらここに連れて来てくれないか?」

「シリウス・・・」

「頼む」

パチンと手を合わせて彼らしくない殊勝な態度で頭を下げる様子に、リリーは微かに眉を上げて肩を竦める。

も厄介な相手に想われたものだと、過去にも同じような事を思った事を思い出し、リリーはこれ以上無駄な問答を避ける為に渋々腰を上げた。

自分が何を言っても、シリウスは引かないだろう。

早く課題を仕上げてしまいたいのに、いつまでも声を掛けられるのは迷惑だ。

とて読書の邪魔をされるのは本位ではないだろうが、彼女が直接文句を言えばシリウスが素直に引き下がる事もリリーは知っている。

それが一番手っ取り早いと考えたリリーは、チラリと様子を窺ってくるシリウスを一瞥して、ため息と共に女子寮の階段を上った。

自室のドアを開けて、の名を呼ぶ。―――しかし返って来るはずの声は聞こえず、またそこにある筈の姿も見当たらない。

図書室や談話室にいないのだから自室に戻っているのだろうと、何の疑いもなく思っていたリリーは、拍子抜けしたように瞬きを繰り返す。

そして小さく首を捻りつつも来た道を戻り、が降りて来るのを待っているシリウスの前に立つ。

「部屋にはいなかったわ」

「いなかった?」

「ええ。図書室にもいないって事は、また誰かに呼び出されてるのかしら?もしくは先生の部屋にいるとか・・・」

「でも、寮に帰って来るまでに色々な場所見て回ったけど、何処にもいなかったぞ?こんなに雨が降ってるってのに・・・」

そこまで言いかけて、シリウスは突然口を噤む。

もう既に探し回っていたのかと、リリーは呆れを通り越していっそ感心した。

「・・・もしかして」

シリウスがポツリと呟く。―――それは誰に向けて言った言葉でもなく、自然と零れ落ちたもののようだ。

リリーがそれを問う前に、シリウスは再び勢い良く踵を返し駆け出した。

止める間もなく談話室を飛び出して行ったシリウスを、リリーは呆然と見送る。

「・・・どうしたのかしら、一体?」

あれほど慌てた様子のシリウスは、とても珍しい。

いや、最近ではがらみの時に限りよく見かけられるが。

もしかしてに何かあったのだろうかとも思うが、ならば大抵の事なら大丈夫だろうと思い直し、リリーは途中になっている課題に再び取り掛かった。

心配していないわけでは、決してない。

しかしとても不本意ではあるが、シリウスが行ったのならば大丈夫だろうという確信も持っているのだ。―――最近は落ち着きがなく情ない所も多いが、基本的に彼は優秀なのだ。

唯一、心配事があるのだとすれば。

に迷惑だけは掛けないでよ、シリウス」

羊皮紙から顔を上げて激しく雨に打たれる窓を見詰めたリリーは、心配げにポツリと呟いた。

 

 

談話室を飛び出したシリウスは、声を掛ける太った肖像画の貴婦人の声すら無視し、一目散に走り出した。

目的地があるのだろうか・・・―――わき目も振らずに勢い良く廊下を駆ける。

渡り廊下のような場所まで来ると、まるで吹き飛ばされそうなほど強い横殴りの風に足を止め、眉間に皺を寄せて降り注ぐ雨を避けるように腕をかざす。

図書室にも、談話室にも、自室にもいない

勿論ホグワーツ中を捜したわけではないが、主に活動する場所は既に見て回っていたシリウスは、ふと思い浮かんだ光景に小さく舌打ちする。

それは半年以上前のクリスマス休暇の事だった。

あまり自分の家が好きではないシリウスは、休暇だからといって家に帰りたいとは微塵も思わなかったが、ジェームズたちがホグワーツに残るわけではない為、仕方なく家に帰る事にした。

なんならクリスマス休暇の間、ジェームズの家でお世話になってもいい。

彼の家族ならば快く受け入れてくれる事を知っていたシリウスは、楽観的にそんな事を思ったのだ。―――その時は。

しかし毎年ちゃんとクリスマス休暇に帰省していたが、今年に限ってホグワーツに残るという話を聞いたシリウスは、その意外性に思わず首を傾げる。

確かには両親を亡くし、現在は1人で暮らしているらしい。

だからこそわざわざ帰る必要もないのかもしれないが、聞くところによると彼女の家にいるしもべ妖精が主の帰りを心待ちにしているらしく、それで毎年帰省しているらしい。

今年は色々と用事が立てこんでいるらしく、わざわざ帰るのは止めたのだそうだ。

それを盗み聞きというあまり褒められたものではない行為で知ったシリウスは、あっさりと自分もホグワーツに残る事に決めた。

勢いとはいえ、に告白して間もない頃。

他の寮生たちの姿がほとんどないこの時を機会に、少しでも打ち解けようとシリウスは思った。

シリウスの思惑通り、クリスマス休暇にホグワーツに残るグリフィンドール生はそれほど多くなく、いつもより一緒にいられる時間が少しは増えた。―――とはいっても、は変わらず読書に夢中だけれど。

それでも主にジェームズという邪魔者がいない為、心穏やかにとの毎日を過ごす事が出来た。

そんなある日の出来事だった。

人数が少なくなったグリフィンドールの談話室に、の姿が見えない。

勿論一日中一緒にいるなどという事ができるわけなく、それはシリウスとて十分理解している。

だからこその姿が見えない事もある意味当然のことなのだが、その日に限ってはいつまで待っていてもは談話室に姿を現さなかった。

いつもとは違う静かな談話室が気に入っていたのか、休暇中のほとんどをは談話室で過ごしている。―――姿が見えなくても、少し待っていればはすぐに姿を現した。

しかしその日に限って、いつまで待ってもは姿を現さない。

時間が経つにつれて段々心配になってきたシリウスは、ちょうど談話室に戻ってきた女子生徒にの様子を見てくるように頼み、落ち着かない様子でうろうろと歩き回る。

ふと視線を向けた窓の向こうには、ここ最近では珍しくもない雪が静かに降っている。

雪はホグワーツ城を真っ白に染め変え、いつもは賑やかな城が今は眠りについているように思えるほど静けさに包まれていた。

「あの・・・ブラック先輩。先輩、部屋にはいないんですけど」

暫くぼんやりと窓の外を眺めていたシリウスは、先ほど声を掛けた女子生徒が恥ずかしそうに頬を赤らめながら言ってきた言葉に、軽く目を見開く。

部屋にいないというならば、一体何処にいるのだろうか?

女子生徒に短く礼を告げて、シリウスはが立ち寄りそうな場所を思い浮かべながら談話室を出た。

石造りの廊下は気温も低く、談話室の暖かな温度に馴染んでいた身体には辛い。

人のいない光景は一層寒さを引き立たせるようだ。

ブルリと身体を震わせて、シリウスはひとまず図書室へと足を向ける。

のお気に入りの場所である図書室は、顔を出せば2回に1回は顔を見る事が出来る。

今日もそこに入り浸っているのだろうと簡単に考えていたシリウスは、そこでもの姿が見られない事に漸く違和感を抱いた。

慌てて図書室を出て、心当たりのある場所を隈なく見て回る。

しかしその何処にもの姿はなく、また誰かに見かけていないかを聞こうにも今はその誰かの姿すらもなく。

寒さなどとっくに忘れて、シリウスは白い息を吐きながらホグワーツ中を探し回った。

そうして暫く走り回っていたシリウスが、漸くを見つける事が出来たのは、談話室を飛び出して実に1時間も経ってからの事だった。

以前、悪戯の失敗でに水を掛けてしまった時に行ったあの中庭。

一面真っ白に染められた空間に、はいた。

音もなく舞うように降る雪の中、空を仰ぐようにして立ち尽くし。

その肩にも頭にも雪を積もらせ、ピクリとも動かず。

雪の白がの黒い髪を引き立たせ、白と黒のコントラストが鮮やかで。

まるで一枚の絵画のような、完璧な光景。

ただそれが絵画ではないと解るのは、の吐き出す微かな白い息だけだった。

微動だにせず佇んでいたは、ふとその光景に思わず見惚れて立ち尽くしていたシリウスを見る。

まるで射竦められたかのように身動きすら取れずにいたシリウスに、はいつもと変わらない様子で静かに声を掛けた。

「・・・私に何か用か、ブラック」

しっかりと自分に向けられた視線と言葉に、シリウスは漸く我に返る。

そうして現状を理解したと同時に、慌てた様子でに駆け寄った。

「お前、何やってんだよ!」

少しだけ声を荒げて、の身体に降り積もった雪を払う。

一体いつからここにいたのだろうか?

ほんの少し触れた頬が、氷のように冷たくなっている事に気付き、シリウスの方が思わず身震いする。

先ほどまで感じていた寒さなど忘れ去り、自分のマントをの頭から被せると、そうされた本人は不思議そうにシリウスを見上げた。

「私は寒くなどないから、気にする必要はない」

「見てるだけで、俺の方が寒いんだよ」

いつもとは違い、シリウスがキッパリと言い切ると、はそれ以上何も言わずに視線を雪へと落とす。

それを見ていたシリウスは、白い息と共に大きくため息を吐き出した。

「・・・お前、一体何やってんだよ。しっかりと防寒もしないでこんなとこに立って。いつからここにいたんだ?氷みたいに冷たくなってんじゃねぇか・・・」

心配とほんの少しの怒りが混じった愚痴を零すと、珍しくが小さく笑みを漏らした。―――それは微笑みというよりは、自嘲したという方が正確かもしれないが。

「氷か・・・、上手い事を言うな」

「そんなんで褒められても嬉しくねぇよ。ほら、さっさと行くぞ」

感心したように呟くに呆れ混じりに返して、シリウスは軽くの背を押すと建物の中に入るよう促す。

しかしは一向にその場から動く様子を見せず、思わずシリウスの眉間に皺が寄った。

「おい、

「・・・氷になって」

声を掛けると、はポツリと呟いた。

そのどこか虚ろな様子に、シリウスは続けようと思っていた言葉を飲み込んでの言葉を待つ。

再び訪れた静かな空間に、とシリウスは立ち尽くす。

「氷になって・・・解けてしまえば良かったのに」

の決して大きいとはいえない呟きは、雪に吸い込まれ消えた。

けれどそれは、すぐ近くにいたシリウスの耳にも届いていて。

がそう呟いた瞬間、まるで本当に消えてしまいそうな錯覚に陥り、シリウスは強引にの手を引いて寮への道を急ぐ。

そんなシリウスにも、は文句を言うでもなく大人しく従うだけで。

握ったの腕から伝わる冷たさが、何故だか無性に怖かった。

 

 

そしてあの時と同じように、シリウスは秘密の中庭でを見つけた。

は吹き付ける風と雨に身を任せ、あの時と同じようにその場に佇んでいる。

何故がこんな事をしているのか。

が何を考えているのか、シリウスには解らない。

解らないけれど。

それでもこの光景が見惚れるほど綺麗で、けれど酷く切なくて・・・―――心が痛むのは事実だ。

はきっと、深い闇の中にいるんだよ』

つい先日聞いたばかりの、リーマスの言葉を思い出す。

今ここにいる事こそが、の心の闇の深さを表しているのかもしれない。

氷になって解けてしまいたいと言った

その言葉にどんな意味が含まれているのか、それは知り様もないけれど。

は何も語らないから。

自分の事を何一つ話さないから、それを知る術はないけれど。

風の音に掻き消されそうなシリウスの声は、確実にに届いた。

ふと閉じていた目を開け視界を巡らせたは、シリウスの姿を捉えるとあの時とは違い微かに微笑んで。

その笑みは、あの時浮かべた自嘲とは違う・・・どこか安堵したようにシリウスには見えた。

「もしかしたら・・・お前が来るかもしれないと、今思ったところだ」

「なんだよ、それ」

掛けられた言葉に苦笑を漏らして、あの時と同じようにマントをの頭へと被せる。

それに逆らう事無くされるまま、マントの中で静かに目を閉じた。

「いくら暖かくなって来たって言ったって、これじゃ風邪引くぞ。早く寮に帰ってシャワーでも浴びろ」

「・・・そうだな」

強引に腕を引いて歩き出したシリウスに、はされるがまま付いて行く。

こんなに大人しいは珍しいと思いながらも、シリウスは無言で寮へと向かった。

がどんな闇を抱えているのか、気にならないと言ったら嘘になるけれど。

それでも今ならば、話してくれるまで待とうと思える。

それは前と比べて、との距離が狭まったと思えるからかもしれない。

「雨に打たれて・・・このまま流されれば良いと思ったんだ」

歩きながら、はポツリと呟く。

それに不敵な笑みを浮かべて、シリウスはキッパリと言い切った。

「んな事させねぇよ。俺がしっかり握ってるからな」

自信満々に言葉を返せば、再びが笑った気配を感じる事が出来る。

は自分の腕を握るシリウスの手を見て、笑みと共に呟いた。

「そうだな。―――これでは、流されないだろうな」

どこか苦しげに。

けれど安心したように。

複雑な感情の入り混じったその声は、風の音に掻き消された。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

一体何が書きたかったのか。(そればっかり)

やっぱり暗め暗めになってしまいます。

そもそも主人公はちょっとした影を背負っている設定なので(言われなくても解る)こういう話になってしまうのも仕方ないかと。(開き直り)

いよいよ残すところはあと数話の予定です。

この状況でどうやって纏めるのか・・・!!(おいおい)

作成日 2005.12.28

更新日 2007.12.15

 

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