ひとつ、常に人の目を意識するべし。

何処で誰が見ているか、解らない。

ひとつ、常に行動に気を配るべし。

その行動で、何かが大きく変わってしまうかもしれない。

ひとつ、常に警戒を怠るな。

もしかすると、何処かで誰かのやっかみを買っているかもしれない。

以上の事に気をつけて日常を送る事をお勧めする。

 

有名人の心得

 

「最近、の様子が可笑しいと思わない?」

「え、また?」

談話室でおやつを摘んでいたリリーは、当然の如く席を同じくする悪戯仕掛け人に対し問い掛けた。

その問い掛けに一番早く反応したのはジェームズ。

この間の一件で何気に振り回された彼は、しかし懲りた様子など全く無く興味深そうに目を輝かせてリリーを見詰める。

話の先を促す期待に輝く目に、リリーは呆れた眼差しを向けながら湯気を立てる紅茶を口に含んだ。

「・・・そうかな?僕は別にそうは思わないけど」

無言の攻防戦を繰り広げるリリーとジェームズを宥めるように、リーマスが控えめに意見を口にする。―――横目でピーターに同意を求めると、彼はクッキーを頬張りながら何度も頷いていた。

しかしリリーはため息混じりに息を吐いて、微かに首を振りながら紅茶のカップをテーブルに戻すと、再びクッキーに手を伸ばす。

その様子は、とても親友を心配しているようには見えない。

「どこがどう可笑しいって?別に最近のは誰かを重点的に見詰めてるわけでもないし、ボーっとしてるわけでもないし、俺のこと避けるわけでも・・・」

「君にとって重要なのはそこなんだね、シリウス」

次々と意見を述べるシリウスを、ジェームズはからかうような笑みを浮かべて一刀両断する。

この間の事が大分尾を引いているらしい。

それも誤解だと解った今では、ジェームズにとって格好の玩具に過ぎないのだけれど。

「で?結局リリーは何が言いたいの?」

ジェームズの言葉にシリウスが噛み付きそうな様子を敏感に察したリーマスが、先手を打って話を促した。

ここで口喧嘩にでもなれば、話が進まなくなりうやむやの内に終わってしまうのは目に見えている。―――そしてシリウスがジェームズにからかい倒される事も目に見えていた。

リーマスの問い掛けに、2人はピタリと口を噤んでリリーに視線を送る。

どうやら2人も話の続きが気になるらしい。

「実はね、これは今さらなんだけど・・・よくのところには手紙が届くのよ」

向けられる視線に満足したのか、リリーは漸く話し出す。―――彼女が思う、最近のの変化について。

「手紙の差出人は・・・まぁ、色々なんだけど。一番多いのは、彼女の家にいるしもべ妖精からで、大体2日に一通は届くの」

「それは・・・すごいね」

話の合間にピーターが相槌を打つ。

心なしかその頬は少し引きつっているように見えた。―――それはの家がしもべ妖精がいるほど大きいからなのか、それとも妖精のあまりの執着ぶりに対するものなのか。

「・・・それで?」

「後は定番の男の子からのラブレターと、女の子からの・・・ラブレターみたいなものとか、そうじゃなさそうなものがほとんどなんだけど」

「それもすごいね」

リーマスが感心したように呟く。

確かに以前聞いたファンクラブの話で、会員の割合が男子と女子が半分くらいだという事を思い出す。

同姓にラブレターを貰うのはどんな気持ちなんだろうとどうでも良い事を考えながら、悪戯仕掛け人たちは話の続きを待った。

「大抵はね、興味なさそうにしてるのよ。もしかしたら大切な内容かもしれないからって一応は目を通してるみたいなんだけど。でも最近は・・・」

「最近は?」

「・・・なんだか興味深そうに見てるのよね、手紙を」

そう言ってチラリと視線を向けた先には、リリーの言葉で瞬時に固まったシリウスが。

何の前触れも無く知らされた事実に、驚きを通り越して頭の中が真っ白になっているかのようだ。

「へぇ、ついにも恋愛に目覚めたのかな?」

確実にそうではないと解っていながらも、ジェームズはわざとらしく不思議そうな表情を浮かべて、呆然とするシリウスに追い討ちを掛ける。

に関する事だけは面白いほど動揺する彼は、今のジェームズにとっては一番の玩具だ。

さて、シリウスはどういう行動に出るかな?

思わず含み笑いを漏らしてジェームズがそんな事を思った時、呆然としていたシリウスが前触れもなく突然立ち上がった。

何事かと視線を向ければ、そこには杖を手に臨戦体勢に入っているシリウスがいた。

心なしか・・・いや、確実に目が据わっている。

それに思わずジェームズも立ち上がり、今にも走り出しそうなシリウスを制するように肖像画へと続く道を遮る。

次にシリウスがどんな行動を取るのか非常に興味深いが、このまま放っておいて暴走されても困る。―――ジェームズとしても、友人を犯罪者にするわけにはいかないのだ。

「ちょっと待って、リリー。君さっき『女の子からのラブレターみたいなものとか、そうじゃなさそうなもの』って言ってたけど、それって・・・?」

大体の見当は付いていたが、リーマスはあえてそう問い掛ける。

それこそがリリーの言いたかった事だと察したからだ。―――決してシリウスで遊ぶ為だけにこの話を切り出したのではないと、漸く理解した。

「言葉の通りよ。女の子からのラブレターと・・・嫉妬と妬みと逆恨みとが綺麗に混じった内容の熱烈な手紙って事」

リリーの言葉に、暴走しかけていたシリウスの動きがピタリと止まる。

そして向けられた答えを促す視線に、リリーは軽く肩を竦めて見せた。

「最近が熱心に見ているのは、大抵そっちの手紙の方ね。にとってはそちらの方がラブレターよりも興味深いらしいわ」

「・・・それって、やっぱり俺の?」

「それ以外に何があるって言うの?」

確信と不安が入り混じった声色で問うシリウスに、リリーはキッパリと告げた。

その目は先ほどまでの楽しげなものではなく、鋭い光を宿している。

「だから私は聞いたのよ。最近の様子が可笑しいと思わないかって、貴方にね」

しっかりと視線を合わすリリーに、シリウスも真剣な表情を浮かべた。

「貴方の過去の行動の皺寄せが、今に降りかかっているのよ」

「・・・でも、俺は」

「確かに想いを寄せられるのは貴方の責任じゃないわ。でも貴方はそれを自覚していた筈。ならその先にあるものも予測出来た筈よ。それを放置しておいたのは、明らかに貴方の不手際だと思うのだけれど」

リリーの厳しい言葉に、シリウスは出かけた言葉を飲み込む。

彼女の言い分は寄りにあるので、意見が偏っている事もリリーは自覚している。

それでも本当に好きだというなら、それらの風当たりから守ってやるのも道理なのではないかとリリーは思う。―――にそれが必要なのかはともかくとして。

そんなリリーの言い分を受け止め後悔の念を強くするシリウスに、彼女は微かに微笑んでおもむろにポケットから一通の手紙を取り出した。

「ここに、に送られた手紙があるわ。勝手に見るのは本当に悪いとは思ったんだけど・・・心配だったから見せてもらったの」

そう言って広げられた手紙には、思わず目を覆いたくなるような罵詈雑言の限りを尽くした言葉が書き連ねられていた。

これを興味深げに見ていたというの神経を、ここにいた全員が思わず疑ってしまうほど。

そしてその手紙には、驚くべき言葉が。

「これって・・・呼び出しじゃないの?」

手紙の一部を指差して、リーマスが恐る恐る問い掛ける。―――その言葉に、隣に座っていたピーターが身震いした。

「そうね。ちょっと前に出かけて行ったから、間違いないわね」

それに対しあっさりと返すリリーに、思わずシリウスが噛み付いた。

「って、何で止めなかったんだよ!」

「止めたわよ。でもが聞き入れてくれると思う?付いて行くって言ったけど、それもあっさりと却下されちゃったわよ」

だからこうして、貴方に直接話してるんでしょう?

言い含められ、シリウスはギリと歯軋りすると、立ちはだかるジェームズを押しのけて今度こそ談話室を飛び出して行った。

慌ただしさが去った代わりに重く残った空気を振り払うように、リリーは冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。

その手が微かに震えている事に、果たしてこの場にいた者の何人が気づいただろうか。

それぞれが心配そうな表情で、この場にいない少女の事を思った。

 

 

図書室で時間を潰していたは、懐中時計の針が約束の時間の10分前を差した事に気付き、読んでいた本を静かに閉じた。

そうしてため息をひとつ吐き、ふと窓の外に視線を向ける。

手紙に書いてあった呼び出しに、勿論は応じる気でいる。

リリーに言わせれば応じる必要などないという事らしいが、無視してこれ以上騒動が大きくなるのは避けたい所だ。―――この事がシリウスに知れれば、彼が気に病むこともは知っていた。

それに・・・本音を言えば、少し興味がある事も事実だ。

人の感情があれほど起伏に富んでいる事を、は送られてきた手紙を見て初めて知った。

喜び、悲しみなどの感情は、とてよく目にする事がある。

しかし自分にあれほど強い感情が向けられるのは、おそらくはシリウスに告白された時以外ないのではないかと思う。―――その内容は全く意味の違う事ではあるけれど、たとえそれが醜い感情なのだと解っていても、はその中にある人の心を見てみたいとそう思った。

「・・・行くか」

ため息混じりに呟いて立ち上がる。

見てみたいとは思っていても、これから自分に降りかかる災難がそう簡単に片付く問題ではない事は十分に理解しており、やはり面倒さは否めない。―――どちらにせよ、逃れ続ける事は不可能なのだから、やはり騒動が大きくなる前に対処しておいた方が後々の事を考えれば最良の選択なのだろう。

「借りるのではないのなら、それは置いていけ」

読んでいた本を片付けようかと手を伸ばすと、前の席から低い声が掛けられた。

視線を上げれば、そこには普段と変わりなく読書をしているスネイプの姿がある。

こうして図書室に来るたびに顔を合わせてはいるが、本の内容の事で討論していない時は、僅かな時間を除いてこの場所で会話をする事は無い。―――元々図書室は会話をする為の場所ではないからだ。

掛けられた言葉に不思議そうに首を傾げると、本に視線を落としたままだったスネイプは目だけをに向けて、小さくため息を吐いた。

「急いでいるのだろう?さっきから時計ばかり見ている」

「・・・そうか?」

「・・・・・・急いでいるのなら本は置いていけ。後で僕が一緒に戻しておいてやる」

素っ気無くそう言うと、再び視線を本に落とす。

そのさり気ない心遣いに小さく笑みを浮かべると、は「では、頼む」と声を掛けて図書室を出て行った。

完全にの姿が図書室から無くなった事を確認してから、スネイプは先ほどが読んでいた本に手を伸ばす。

「・・・『正しい犬のしつけ方』?―――あいつ、今度は犬を飼うつもりなのか?」

相変わらずの選別する本の系統の無節操さに呆れつつも、スネイプはそれを自分が持ってきた本の上に重ね、再び読書に没頭し始めた。

 

 

が手紙に指定されていた空教室に入ると、そこには既に数人の女子生徒が待っていた。

ネクタイの色を見る限り、全員が同じ寮というわけでもない。―――多いのはやはりスリザリン生だが。

グリフィンドールの寮生もいる事に気付いて、はスリザリンとグリフィンドールの仲はそれほど悪くは無いのではないかと、どうでもいい事を考えた。

「こんにちは、さん」

その中の一人。―――おそらくはリーダーなのだろう少女が、剣呑な目付きをしながらも口角だけを上げて微笑んだ。

「・・・私を呼び出したのは貴女たちか?」

「そうよ。ちゃんと来てくれて嬉しいわ」

「何の用だ。私とてそれほど暇ではない。用件があるのならば早急に済ませてもらいたいのだが・・・」

それが危険だと解っていながらも、は教室の奥に立つ少女に歩み寄った。

同時に他の女子がの背後に回り、退路を断つ為なのか教室の出入り口の前に立つ。

まさに囲まれた状況ではあるのだけれど、に慌てた様子は微塵も無かった。

「それじゃ、単刀直入に言うわ。―――シリウスを弄ぶのは止めてちょうだい」

少女の顔から笑みが消える。

やはりそれに関してか・・・と内心ため息を付いたは、それを表情には表さずにしっかりと少女を見返した。

「私はヤツを弄んだつもりはないが?」

サラリと言い返すに、少女の眉が釣りあがる。

「・・・あなた、自分が少し人気があるからっていい気になって。そうやってシリウスも落とせると思ってるんでしょう?思い上がりも甚だしいわ。これ以上彼に近づかないで」

「私にそんなつもりはない」

「じゃあ、シリウスがあなたの事本気で好きだって思ってるの!?馬鹿らしい!彼が本気で1人の女を好きになる筈が無いでしょう?彼はそういう人なのよ!!」

声を荒げる少女に、は微かに眉間に皺を寄せた。

その言葉は、自分ではなくシリウスを侮辱されているようにには聞こえた。

そしてその声には悲痛な叫びが滲んでいて、不快感は更に募っていく。

何も言わずに話を聞いているだけのに、少女は苛立ちを露わにして鋭い目付きで睨みつける。

「あなたは可哀想な人ね。からかわれている事にも気付いていないなんて。彼が本気なわけ無いでしょう?ただ簡単に落ちないあなたに躍起になっているだけ。付き合ったってすぐに捨てられるのが落ちよ」

「ブラックは、そんな男ではないよ」

嘲笑の笑みを向ける少女に向かい、は静かに・・・けれど強い口調で言い切った。

確かに告白をされた時は、少女の言う通りなのだと思っていた。

ただからかわれているだけなのだと。

誰とも付き合わない自分に興味を持ち、ゲーム感覚で自分に声を掛けているのだと。

けれどそうではない事を、は知っている。―――彼の想いが本物であると、真実はともかくはそれを認めた。

そして・・・あの夜中の談話室で聞いたシリウスの悲痛な声と身体の震えを、は決して忘れる事が出来ないだろうと思う。

の迷いの無い返答に、少女たちの顔に怒りの色が浮かんだ。

何を言っても・・・こうして周りを取り囲んで威圧を掛けても動じないに、とうとう少女たちの苛立ちが限界を迎えた。

「素直に頷いていれば、穏便に片付けてあげようと思っていたのに・・・」

低い声でそう呟くと、それぞれが杖を取り出しその先端をへと向ける。

四方から自分に向けられる杖を視界に収めながら、は微かに目を細めた。

「止めておけ。こんな事をして一体何になる」

「煩いわよ。聞き分けの無い子には、お仕置きが必要だわ」

据わった目でそう言い放つと、少女は杖を握り締めて呪文を唱えた。

杖先から飛び出してきた光を、は紙一重で避ける。―――それと同時に懐から杖を取り出し、背後から向けられた魔法を自らも魔法によって弾き返した。

背後に立っていた少女が叫び声を上げるのを耳に、は次々と繰り出される攻撃を何とか避け続ける。

いくら数が集まっているとはいえ、にしてみればそれほど驚異的な相手とは言えない。―――こちらから攻撃を仕掛ければ事は簡単に済む。

しかしそれをはしなかった。

自分が手を出せば、先ほどの少女の言い分を認めてしまうと考えたのかもしれない。

「きゃあ!!」

少女の1人が高い悲鳴を上げて床に倒れた。

その悲鳴で我に返ったのはだけではない。―――リーダーである少女も、魔法を繰り出す手を止めて倒れた少女を見詰める。

気が付けば、同士討ちのようにあれほどいた少女たちが多かれ少なかれ怪我をしていた。

そんな中、無傷で立っているのはただ1人。

その状況をどう見たのか、リーダー格の少女は悔しげに眉を顰め、怪我をした少女を見詰めているの脇を通って教室を飛び出して行った。

もう誰も攻撃を仕掛けてこない事を理解したは、困ったようにため息を吐き蹲る少女たちを見詰める。

掠り傷を負う者や、少し酷い切り傷を負う者。

それに呪いを掛けられて苦しむ者もいる。

このまま放置しておくわけにもいかないなと考えを巡らせたその時、1つの影が教室に飛び込んできた。

 

 

シリウスは廊下にいる生徒を突き飛ばす勢いで廊下を駆け抜けた。

これだけ慌てたのは、ここ最近思い出す限りがらみばかりだ。

シリウスは、が女子たちにそう簡単にやられてしまうとは思っていない。

魔術・体術どれをとっても、は学年でトップクラスの実力を持っている。

それこそ女子が数人集まったとしても、簡単にどうこう出来る相手ではない。

けれどが女子に対して、反撃をするかどうかという点においては疑問を抱くところだ。

黙ってやられる事は無いだろうが、少なからず肉体的精神的に負担が掛かるのは回避できないだろう。

シリウスに関わる事によって面倒事に巻き込まれてしまったという事実を前に、が自分を遠ざけてしまうのではないかという心配の方もないとは言わないが。

「・・・くそっ!」

言葉にならない悪態を吐き出して、手紙に書かれてあった教室まで全力疾走で向かい、そのままの勢いで教室のドアを蹴破るように開ける。

バアンと大きな音を立てて開いたドアに驚いたのか、が反射的に振り返ったのがシリウスの目に映った。

!無事か!?」

「・・・ブラック、何故ここに?」

勢いに任せて声を掛けると、は軽く目を見開いたまま呆然とシリウスを見詰める。

彼女のこんな表情も珍しいと場違いな事を思いながらも視界を巡らせると、その場には怪我をした少女たちが・・・―――それに対し、には傷1つ無い。

予想外の光景に、今度はシリウスが呆然とその場に立ち尽くす。

別にが傷だらけになっている事を望んでいたわけでは勿論無いが、こういう展開も予想していなかった。

の手に杖が握られている事を確認してから、シリウスは恐る恐る口を開く。

「・・・これ、お前がやったのか?」

「いや、これは・・・」

「先生!こっちです!早く!!」

シリウスの問い掛けに何かを答えようとしたの声を遮って、廊下から少女の悲鳴じみた声が響いた。

それに2人揃って振り返ると、1人の少女が廊下に立ち誰かを呼んでいる。

先ほど教室を飛び出して行った少女が戻ってきた事に・・・―――そして彼女の思惑を理解し、は深く眉間に皺を寄せた。

ただ逃げただけなのだと楽観的にもそう思っていた自分が、悔しかった。

こうなってしまった今、彼女の思惑に漸く気づいたのだ。

「なんですか、一体。・・・・・・これは・・・!!」

少女に連れてこられた人物が廊下から教室の中を覗き、驚愕の声を上げる。

よりにもよって呼ばれたのがマクゴナガルだった事に、は強張らせていた体からゆっくりと力を抜いた。

「・・・どういうことです、これは」

この場の恐ろしさにか・・・それとも怒りにか、声を微かに震わせるマクゴナガルに、しかしは口を閉ざして握っていた杖を懐に収める。

「先生!さんが!私たち、彼女と話をしていただけなのに・・・それなのにいきなり私たちに魔法を掛けて!!」

白々しくもマクゴナガルに訴える少女の声を聞き流しながら、ふと先ほど教室に飛び込んできたシリウスに視線を向ける。

シリウスは悔しげな・・・そして悲しげな表情で、真っ直ぐを見詰めていた。

「・・・。彼女の言葉に何か反論は?」

少女の話を全て聞き終えたマクゴナガルは、静かな口調でに問い掛ける。―――それに対し首を緩く横に振ったは、キッパリと言い切った。

「ありません」

「・・・では、彼女の言い分が真実だと?」

「はい、そうです」

表情を変えずに淡々と返事をするを何か言いたげに見詰めていたマクゴナガルは、これ以上何を質問しても無意味だと悟ったのか、大きくため息を吐き出してこの場にいるもう1人の人物へと視線を向けた。

「では、ブラック。貴方は?」

「・・・!?」

マクゴナガルの問い掛けに、この場にシリウスがいることを少女が漸く気付いたらしい。

驚きに目を見開く少女が咄嗟に口を開こうとした瞬間、一歩早くシリウスが口を開いた。

「俺も、加担者です。と・・・と一緒です」

「貴方も、彼女と共にこの子たちに危害を加えたと?」

「はい、そうです」

シリウスの返答に驚いたのは少女だけではなかった。

もまた、彼の言葉に驚き目を見開く。―――しかしが何かを言う前に、マクゴナガルが厳しい声で判決を下した。

「では、グリフィンドールから50点減点。そして2人には罰則を受けていただきます。こんな事を引き起こしたのですから、罰則は厳しい物になると覚悟しておいてください。このことは勿論、ダンブルドア校長先生にも報告いたします」

下された重い判決に、シリウスとはそれぞれ床に視線を落とす。

怪我をした女子生徒たち全員が医務室に運ばれた後も、2人はその場から動かない。

それを見たマクゴナガルが、戸惑ったように立ち尽くすに声を掛けた。

「・・・。貴女がこんな事を仕出かす子だとは、私には思えません。一体何があったのです?何故、何も言わないのですか?」

「・・・・・・」

マクゴナガルの問い掛けにも、は何も話さない。

その頑なな様子にため息を吐くと、今度はシリウスに視線を向けた。

「・・・ブラック」

「マクゴナガル教授。ブラックは今回の事には関係ない。先ほどの罰則は私だけで十分だ」

何事かを言いかけたマクゴナガルの声を遮って、黙り込んでいたが真剣な表情を浮かべてそれを訴える。

「違ぇよ。今回の事は全面的に俺が原因だ。だからは・・・」

「お前は関係ないだろう」

「関係ないわけねぇだろ!?そもそも・・・!!」

「お黙りなさい!」

とうとう口喧嘩を始めてしまった2人を一喝すると、マクゴナガルは呆れた様子で2人を見下ろした。

再び口を噤んだを見詰めて、マクゴナガルは困ったように微かに微笑む。

こんな風にが誰かと口論するところなど、初めて見た。

信念は持っているものの、それ以外のことに関しては興味がないと言わんばかりに人との交流を避けている節がある事に、マクゴナガルも勿論気付いている。

もう5年の付き合いになるのだ。―――優秀ではあるが、勉学以外には酷く不器用なこの生徒を心配していないわけではない。

けれどほんの少しづつ人間味を帯びてくるを見て、マクゴナガルは安心した。

「貴方たちがそう言い張るのなら仕方ありません。先ほど言った通り、2人には罰則を受けてもらいます。詳細は追って知らせるので、貴方たちは寮に戻っていなさい」

浮かべていた微笑みを消して厳しい声でそう言うマクゴナガルに、シリウスとは文句を言うでもなく、寮に戻るべく教室を出る。

その間際、すれ違った瞬間にマクゴナガルに掛けられた言葉に、シリウスは決意新たに拳を強く握り締めた。

の事、よろしくお願いします」

教師としてではなく、1人の人間として掛けられた心配げな声に、シリウスは1つ頷いて先を歩くの後を追った。

が少女たちに危害を加えたと、シリウスは思っていない。

大体の状況も察している。―――が言い訳を好まない事も、解っていた。

だからこそ、彼女は罰則を甘んじて受けたのだろうと。

そんな彼女に何を言っても無駄だということも、シリウスは解っていた。

だからこそ、共に罰則を受ける事に決めたのだ。―――こうなってしまった以上、を1人にさせたくはないと、そう思った。

もまた、シリウスが今回の出来事の真相に気付いていると解っていた。

もしかしたらあの少女たちに見覚えがあったのかもしれない。

それとも、心配性な親友に何かを言われたのかも。

勿論今回の事は、シリウスには何の非も無い。

確かにシリウス絡みではあるが、呼び出しに応じたのは自身の判断だ。

そして想いを告げたシリウスを拒否しなかったのも自分だ。―――ならばそれに対する責任を取るのも道理だと思った。

だからこそ、シリウスが自分と同じように罰則を受ける必要はないと思う。

けれどそれを言っても彼が聞き入れるとは思っていなかったし、罰則を下された時点でもうそれは取り返しが付かないのだ。

それに・・・シリウスがこうして共にいることに、安心感を抱いているのも確かだった。

『あなたは可哀想な人ね。からかわれている事にも気付いていないなんて。彼が本気なわけ無いでしょう?』

「・・・本当にそうなら、どれほど良かったか」

脳裏に甦った少女の言葉に、は小さな声で呟き返した。

からかわれているだけなら、良かった。

本気でないなら、どれほど良かっただろうか。

そうすれば、今こんなにも悩む事など無かったというのに。

それでもは気付いている。

シリウスが、からかってなどいない事に。

シリウスの想いが、本物なのだという事を。

そしてそれを嬉しいと思っている自分にも。

「・・・どうした、?」

「なんでもない」

の呟く声を拾ったのか、シリウスが心配げな表情で問い掛ける。―――それに素っ気無く返して、は寮へと戻る足を速めた。

そろそろ答えを出さなければならない。

いつまでもこんな曖昧な状況を、続けているわけにはいかない。

「・・・答え、か」

は自嘲の笑みを浮かべる。

答えなど、最初から出ている筈だった。

誰の想いを受け入れるつもりも、には無い。―――それなのにシリウスの想いを拒絶しなかったのは、明らかに自分の叱責だ。

それによって、彼に要らない期待を与えてしまった事にも。

けれど今更、シリウスを拒絶出来るのだろうかともは思う。

いつの間にか自分の深くにまで入り込んでいたシリウス。

頭の中で語りかけるもう一人の自分の声に耳を塞いで、は全てを拒絶するかのように身体を強張らせた。

本当にシリウスの為を思うのならば。

想いを受け入れない事こそが、正しい選択なのだと。

密かに心の中で決意して、談話室で待つだろう友人たちの元へと向かった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

女子生徒たちの苛めが甘いような気もしますが、あまり酷い事を書くとこっちのテンションが下がってしまいそうなので、甘いまま。

まぁ、それが目的ではないので。(この話のメインではありますが)

我が道を行く主人公なので、どんどんと勝手に1人で突き進んで行ってます。

やっぱり甘さが決定的に足りない。(本当に今更ですが)

上の苛めは甘かったのになぁ・・・。(種類が違う)

作成日 2005.12.31

更新日 2008.1.12

 

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