そろそろ答えを出さなければならない。

いつまでもこんな曖昧な状況を、続けているわけにはいかないのだ。

は窓の外・・・―――夜の帳が落ち、暗闇が広がる窓の外をぼんやりと見詰めながらそんな事を考える。

。本当に気をつけてね」

不意に掛けられたリリーの心配そうな声に、はゆっくりと振り返り安心させるように微かに微笑んだ。

手元の懐中時計を見て予定の時間が迫っている事を確認したは、ローブを纏い机の上に置いてある杖を腰に差す。

「心配せずとも大丈夫だ。ハグリットが一緒なのだからな」

そう言えば、リリーは少し安心したように微笑む。―――それを目に映しながら、は目を伏せて寂しげに微笑んだ。

今夜、全てにケリをつける。

心の中で、そう密かに決意を固める。

それで全てが解決する。―――それが、最善の道なのだ。

「では、行ってくる」

浮かべた笑みを消して、は踵を返して自室を出た。

 

禁忌の

 

「よお!待っとったぞ、お前ら!!」

罰則を受ける為、とシリウスがフィルチに連行されて来たのは、禁じられた森の番人であるハグリットの住む家だった。

家の前にはその大きな身体に釣りあった大きな手を振って笑顔を浮かべているハグリットの姿がある。

嬉しそうなハグリットに愚痴を零して城に戻っていくフィルチを見送った後、3人は漸く落ち着いてお互いの顔を見合わせた。

「しっかし、驚いたぞ。ブラックはともかく、が罰則を受けに俺の所に来るっちゅー話を聞いた時は!」

「・・・どういう意味だよ、それは」

「言葉の通り、そのままだろう。言っておくが、私はお前と違って罰則を受けた事など一度も無いよ」

引きつった笑顔を浮かべるシリウスに、はサラリとそう答える。

「ところで、ハグリット。今回の罰則についてだが・・・」

「ああ、何をするかっちゅー事か。なんだ、お前ら聞いとらんのか?」

「残念ながら。フィルチはブラックへの小言で忙しかったようでな」

軽く肩を竦めて見せれば、ハグリットがなるほどと納得したように頷く。

そんな仲が良さそうな2人を見て、シリウスは思わず首を傾げた。

「・・・なんだよ。お前ら、ずいぶん仲が良さそうだけど」

「そうか?普通だろう?」

「おう、普通だと思うが?」

顔を見合わせて揃って同じように首を傾げるとハグリットに、やっぱり仲良いんじゃねぇかと思いつつも、シリウスはその言葉を飲み込んだ。

本人たちに自覚が無い以上、言ってもただ納得されて終わるだけだ。―――別に2人の仲が良い事に対して問題があるわけでもないのだし、これ以上この話題を深く掘り下げる事もないだろう。

「それよりも、今回の罰則なんだが・・・」

「ああ、そうだったな」

シリウスが1人納得していると、2人はそんな彼を置いて勝手に話を進めて行く。

危うく置いてけぼりになるのを危惧して、大人しくハグリットの話に耳を傾けた。

なんでも彼の話によると、禁じられた森で今、狼種の魔法生物が大量繁殖しているらしい。

元々は森に生息していた種類ではないらしく、その魔法生物たちのせいで森が酷く荒らされているのだという。

今回のとシリウスの罰則は、その魔法生物を無傷で捕える事なのだそうだ。

後は纏めてハグリットが何処かへと放す段取りらしい。―――勿論無傷でというのは、魔法生物が大好きなハグリットの主張なのだが。

「ちょっと待てよ。それってなんか凄い危険なんじゃねぇの?」

「ちょっとどころか、かなり危険だろうよ。お前さんたちでなければな」

頬を引きつらせるシリウスに、当然だと言わんばかりの口調で返すハグリット。

「罰則を受けるのがお前さんたちだって聞いたから、この話が出たんだ。実際俺1人じゃ大変そうだったからな。ダンブルドアに頼んだんだ」

にこにこと笑顔を浮かべてそう言うハグリットから視線を逸らして、シリウスは暗闇に包まれた禁じられた森を見詰める。

何考えてんだ、ダンブルドア。―――などと心の中で悪態を吐くと同時に、やはり罰則を1人に受けさせなくて良かったと密かに安堵する。

「それじゃ、そろそろ行くか。ここにいたんじゃ、いつまで経っても終わんねぇからな」

大きな弓を担いだハグリットの声を合図に、3人は不気味さ漂う森へと足を向けた。

勿論怖いなどと思うような2人ではないが、けれど本音を言うならばやりたいとも思わない事も確かだ。

森に繁殖している魔法生物がどんなものなのかは解らないが、肉体労働故に降りかかる疲労はそれなりに覚悟しなければならない。

まぁ、マグル式でトロフィーを磨く事に比べれば、幾分かは精神的には楽だけれど。

慣れた様子で夜の森に足を踏み入れるハグリットと、臆した様子無くそれに続く2人。

暫く進んだ後、ハグリットは少しだけ開けた場所で足を止めて、後ろを歩く2人へと振り返った。

「悪いが、出来るだけ早く終わらせたいんでな。二手に別れるぞ」

「そうだな。いつまでも居たいと思うような場所じゃねぇし」

「私もそれで構わない」

躊躇い無く頷いた2人にハグリットは満足げに頷き返すと、2本持っていた松明を1つシリウスへと手渡す。

「俺はこっちへ行く。お前さんたちはあっちの方へ行ってくれ」

指で方向を指して指示を出すと、ハグリットは2人の返事を待たずに動き出す。

あっという間にハグリットの姿は森の木立へと消え、残されたとシリウスは松明が照らす暗い森の中で指示を出された方向へと視線を向けた。

「それじゃ、俺たちも行くか」

「・・・待ってくれ」

いつでも杖が振れるように松明を左手に持ち替えたシリウスが一歩踏み出したその時、静かな声でが制止の言葉を放った。

それにどうしたのかとシリウスが振り返ると、はその場に立ち尽くしたまま。

夜ということもあり俯いていてその表情ははっきりと見えないが、放つ雰囲気が張り詰めている事に気付き、シリウスは問い掛けることも出来ずにゴクリと唾を飲み込んだ。

「ちょうど良い機会だ。お前に言っておきたい事がある」

透き通った耳に心地良い声。

シリウスが好きな声。

聞いているだけで幸せな気分になれるその声が、しかし今は居心地悪く感じられるのは何故なのだろう。―――それはこの森の雰囲気がそうさせるのか、それとももっと別の理由からなのか。

解らなかったけれど、シリウスは全身に走った緊張に身体を強張らせた。

のその表情から、良い話ではないと察したのかもしれない。

「・・・なん・・・だ?」

気力を振り絞って出した声は、自分の声とは思えないほど弱々しく掠れている。―――情けないと自分を叱咤しても、身体の強張りは解けてはくれなかった。

「長い間、曖昧な言葉でお前を縛り付けていた事、悪いと思っている。既に解りきった結論を先延ばしにして来たのは私の責だ。どれほど罵ってくれても構わない」

「・・・・・・」

「あの時の結論を出そう。―――私はお前の想いを受け入れるつもりはない」

キッパリと告げられた一言に、シリウスは自分の心臓が大きく跳ねたのを自覚した。

目を見開いて視線を向けると、は決してシリウスから視線を逸らさず、彼の好きな強い輝きを秘めた瞳で見詰め返している。

その眼差しに冗談ではないと漸く自覚したシリウスは、苦しげに胸に手を当て服を握り締めた。

どうして。

それが、今の彼に襲い掛かる最大の疑問。

確かに想いを受け入れるかどうかは、彼女の意思が尊重される。

しかしつい昨日までは、普通に仲良くやっていた。―――それがシリウスの望む恋人という関係ではないにしろ、友人としては可笑しなところは何処にも無かった筈。

なのに、どうして今?

彼女にそれを決断させたのは、一体何?

「・・・もしかして、あいつらに何か言われたのか?」

呆然としていたシリウスが最初に思いついたのが、昼間を呼び出していた女子たちだった。

あの時、何か言われたのかもしれない。

勿論何も言われなかった筈は無いのだが・・・―――それでもに決断を迫らせる何かを、彼女たちが言ったのかも。

そんな思いを抱いて問い掛けるが、は動揺した様子も無く静かに首を横に振った。

「何も」

「・・・なら、何で!?」

「前々から思っていた事だ。結論を出さなければならない、と。だが、なかなかタイミングが掴めなかった」

それが今来ただけだ、とは淡々と言った。

そして言葉も無く立ち尽くすシリウスを一瞥して、クルリと踵を返す。

「もう私に構うな。それがお互いの為だ」

ポツリと一言言い残すと、はシリウスを置いて暗い森の中へと消えていく。

「・・・!!」

あらん限りの声で名前を呼んでも、は振り返らない。

完全な拒絶。

乗り越えたと思った厚く高い壁が、2人の間に確かに存在していた。

 

 

シリウスの自分を呼ぶ声を振り切るように、は歩き続ける。

漸く自分以外の気配が感じられなくなった頃、ふと立ち止まり小さくため息を吐いた。

これで良かったのだ。

シリウスを遠ざける為には、完全なる拒絶を見せる他無い。

たとえそれで彼がどれほど傷付いたとしても・・・―――この曖昧な関係を続けるよりは何倍もマシなのだ。

そう思うのに、どうしてこの胸は痛みを訴えるのだろうか。

は無意識に胸元を掴むと、苦しげに眉間に皺を寄せる。

「・・・こんな感情、私は知らない」

吐き出すように呟いて、胸元を掴む手に更に力を込めた。

こんな感情を、は今まで知らなかった。

そして、それを必要ともしていなかったのに。

ホグワーツに入学してから5年。―――至って平凡で穏やかな日々を過ごしてきた筈なのに。

全てはあの日。

あの、スネイプに仕掛けられた悪戯に巻き込まれた時から。

望む望まないに関わらず、歯車は動き出してしまったのだろう。

それが良い事なのか悪い事なのかもには解らない。

ただ1つ言える事は、今これほど痛みを感じていても、シリウスを酷く傷つけたという事が解っていながらも、シリウスと出逢った事を後悔していないという事だけ。

シリウスたちと過ごした何ヶ月は、今まで生きてきた十数年の中で一番輝いていただろうという事だけは確かだった。

だからこそ、こんな結末しか用意できなかった事に対しては悔やまれる。

けれどタイムリミットはもうすぐそこまで迫っているのだ。

もうこれ以上、時を引き伸ばす事は出来ない。

そこまで想いを巡らせたは、掴んでいた胸元からゆっくりと手を放した。

皺になったローブを直す事なく、ぼんやりと暗い森の中を見詰める。

全てなかった事にすれば良い。

元々自分には持ち得なかったものばかりなのだ。―――幻だったと思えば・・・。

もう一度が深いため息を吐き出したその時、近くの茂みがガサリと音を立てたのに気付き、ゆっくりとそちらへ視線を向ける。

シリウスが追ってきたのだろうかとぼんやりとそう思っていると、茂みの間から覗く金色の目に気付き、一瞬にして思考が現実へと引き戻された。

相手を刺激しないようにと気をつけながら杖に手を伸ばし、その間も決して金色の目から視線を逸らさないよう細心の注意を払う。

ガサリと一際大きな葉音を立てて、金色の目を持つその生き物がの前に姿を現した。

金色の目に、金色の毛並み。

いつだったか・・・書物で見たことがあると、過去の記憶を掘り起こす。

確か・・・ずいぶんと凶暴だと書いてあった気がすると、呑気にもそんな事を思った。

低く唸り声を上げるその生き物は、ゆっくりと円を描くようにしての回りを警戒するように動く。

これがハグリットの言っていた、狼種の魔法生物なのだろうとは判断を下した。

傷つける事無く捕獲するにはどんな魔法が有効かと冷静に考えを巡らせていたは、自分に注がれる獣の金の目に思わず思考を停止させる。

注がれるその強い視線が、不意にシリウスと重なって見えた。

そんな自分自身に、はこんな状況にも関わらず自嘲の笑みを漏らす。

例えば、今までのの世界は。

静かで、無機質で、まるで硬質のガラスで出来たような・・・―――まさに静の世界。

それほど多くは無いが、リリーやスネイプなどの良き友人に恵まれてはいても、彼女たちはそれぞれの思慮深さから、決しての世界を侵そうとはしなかった。

心地良い人間関係の中で、は自分の世界を保っていられた。

しかしシリウスは、何の構えも無く遠慮もなく、そんなの閉ざされた世界の中にその身1つで飛び込んで来たのだ。

騒がしくて、色彩に溢れた、動の世界。

どれだけ拒絶されようと、冷たくあしらわれようと、自分を殺す事無く。

我が侭で、自分勝手で・・・けれど光に満ち溢れた存在。

そんな自分とは正反対の彼を、不快に思わなかったのも事実。

そうしては自覚した。

決して自覚するべきではなかったそれを。

己を破滅に追いやるしかない、その想いを。

これ以上シリウスを傷つけないようにと散々建前を立ててはいたが、結局は自分が傷付きたくなかっただけなのだ。

本当の自分を知られた時、拒絶される事を恐れて。

自分はこんなにも情けなく弱い人間なのだという事を、はこの時理解した。

「・・・グルル」

金色の獣が唸り声を上げる様を見詰めながら、は身体から全ての力を抜いた。

杖を構えていた腕は重力に従い垂れ下がり、全くの無防備で獣と対峙する。

降り積もる雪の中、氷となって解けてしまえば良いと思った。

激しい嵐の中、このまま雨と一緒に流されてしまえば良いと思った。

それを止めたのは、どちらもシリウスだった事を思い出し、はふと小さく笑みを零す。

「・・・これが、最後だ」

もう、止めるべき人間はいない。

それを望んでいるのか、そうではないのか。

ついこの間までは、確かにそれを望んでいたというのに。

金色の獣が唸り声を上げて跳んだ。

その光景を最後に、は場違いなほど心静かに目を閉じる。

これで全てが終わる。―――その事実に、安堵さえ抱きながら。

それなのに。

!!」

目を閉じたの耳に、自分を呼ぶ厳しい声が聞こえたと思った時、激しい衝撃が己の身体に襲い掛かった。

それと同時に獣の悲鳴じみた鳴き声と、誰かの唸るような声。

地面に倒れ込んだが目を開け咄嗟に顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。

地面に伏す金色の獣。

気を失っているのか息絶えているのか、その身体はピクリとも動かない。

そして倒れた自分のすぐ傍に蹲る、1人の少年の姿。

「・・・ブラック?」

予想外の出来事に呆然とその名を口にすると、少年・・・―――シリウスは垂れていた顔を微かに上げて苦しげに微笑んだ。

「馬鹿なこと、してんじゃねぇよ」

「ブラック!」

言うと同時に倒れ込んだその身体を反射的に支えたは、シリウスの顔に浮かぶ苦悶の表情に息を呑んだ。

尋常ではないその様子に身体を調べてみれば、右腕に裂傷がある。―――間違いなく、金色の獣に噛み付かれたと解る傷跡。

それを確認した後、はハッと我に返り、かつて見た書物の内容を思い出した。

生き物としても珍しい金色の毛並みと瞳を持つ狼種の魔法生物。―――その生物の牙には、人体には強すぎる毒が含まれていると書かれてあった事を。

シリウスの顔は、見る間に色を変えていく。

生気に溢れていたその顔は、今や誰が見ても明らかなほど危険なものへ。

「ブラック!」

は咄嗟に杖を構え、自分の知る限りの治癒魔法を唱えた。

闇の魔術に関する魔法の造詣は深いが、どちらかといえば治癒魔法に関しては決して得意な分野とは言えない。

魔法薬学ならばまだしも、体内に侵食した毒を消し去る術などは知らなかった。

「しっかりしろ、ブラック!!」

の声が、静かな森の中に響く。

普段からは考えられないほど取り乱し、手当たり次第に魔法を掛ける。

効き目がないと解っていても、一心不乱に呪文を唱え続けた。

ピクリとも動かなくなったシリウスの身体を抱いて。

襲い来る恐怖で震える己の身体を持て余しながら。

の悲鳴じみた声が、時の流れから切り離されたような森の中に悲しく響き渡った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

連載当初ののんびりとした雰囲気はどこへやら。

物語はとうとう佳境へと差し掛かりました。

話の展開的にちょっと『弱い』気がしないでもないのですが・・・。

ともかくこの話は次回で最終回です。

作成日 2006.1.6

更新日 2008.1.29

 

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