それはまるで、暖かい太陽の光のような。

それはまるで、闇を照らす月の光のような。

激しく、けれど優しい光は、閉ざされた世界に革命を起こす。

少女は己の未来を知り。

少年はかけがえのない愛を知る。

お互いに足りないものを補い合いながら。

 

そして彼らはをする

 

急速に浮上する意識に逆らわず、シリウスはゆっくりと目を開けた。

目に映ったのは、真っ白な天井。―――勿論自室の天井でない事に、彼はまず疑問を1つ。

少しづつ覚醒していく意識に従い、自分が罰則の為に禁じられた森にいた事を思い出し、どうやら何処かの部屋にいるらしい事に2つ目の疑問を。

そこでに拒否の言葉を掛けられた事、そしてそのが捕獲対象である魔法生物に襲われそうになっていた事を思い出し、シリウスは勢い良く身を起こした。

!!」

「なんだ。急に起き上がると身体に悪いぞ」

咄嗟に口から飛び出した声に、自分とは正反対の落ち着いた声が返って来る。

反射的にそちらへ顔を向けると、シリウスの寝ていたベットの脇に置いてある椅子に、は静かに座っていた。

しかしその表情は優れず、また部屋の中は薄暗いながらも顔色が悪い事を見咎めたシリウスは、微かに眉を顰め身を乗り出すようにしてと向かい合う。

・・・大丈夫なのか?顔色悪いけど・・・」

「まずは自分の心配をしろ」

心配げに問い掛けるシリウスを一刀両断したは、静かな動作で立ち上がり、ベットの上に座るシリウスへ近づきその額に手を当てた。

「・・・熱も下がったようだな。もう大丈夫だろう」

「・・・・・・?」

「覚えていないのか?」

の動作に不思議そうな表情を浮かべるシリウスを、訝しげに見下ろす。―――するとシリウスは漸く己の現状を思い出したのか、微かに怒りを滲ませた声色で口を開く。

「・・・お前、何であんな事をしたんだ?」

おそらく襲い掛かる魔法生物に何の抵抗もしなかったことを言っているのだろうと察したが、しかしの方にも文句がないわけではない。

シリウスの問い掛けを無視して、もまた怒りを含んだ声色でシリウスに詰め寄った。

「それはこちらのセリフだ。どうして私を庇った?」

「・・・どうしてって」

「お前は知らなかったのかもしれないが、あの魔法生物の牙には強力な毒がある。あともう少しでもハグリットが異変を察知して駆けつけるのが遅ければ、命を落としていても可笑しくは無かったんだぞ」

「そんなの、お前が好きだからに決まってんだろ!!」

厳しい声色で言い聞かせるように話すに、シリウスは思わず声を荒げた。

それに気圧されたのか、はピタリと口を噤み、軽く目を見開いてシリウスを見返している。

今が一体何時なのか・・・―――それすらもシリウスには解らなかったけれど、今の怒声で誰かが飛んで来なかった事に安堵した。

「私は・・・言った筈だ。お前の想いを受け入れるつもりはないと」

シンとした室内に、の声がポツリと落ちた。

しかしその声にはどこか覇気が無く、森の中で聞いたような強さはない。

弱々しささえ感じられるその声に、普段のらしくないとは思いつつも、シリウスはそれには触れずにキッパリと今の自分の気持ちを言葉にした。

「確かにお前はそう言った。だからって『はい、そうですか』って納得出来るか。そんなんで納得出来るなら、最初からお前を好きになんてなってねぇよ」

「・・・・・・」

「たとえお前が俺を拒否しても。俺がお前を好きな事に変わりは無い。たとえでも、その想いを俺の中から消す事なんて出来ねぇ」

迷いの欠片も無いその言葉に、は視線をシリウスから床へと落とし目を閉じる。

どれほど拒絶しても、諦めるつもりはないというシリウス。

その言葉にどれほどの信憑性があるのかは解らないが、それでもその言葉はじんわりと心の中へと浸透していく。

「お前は・・・本当に馬鹿だ」

小さく呟き肩を揺らして笑い出したに、シリウスは呆気に取られた。

馬鹿笑いというほどではないにしろ、こんなにも解りやすく・・・そして楽しげに笑うを、シリウスは初めて見た。

何がそんなに可笑しかったのかは解らないが、カーテン代わりとなりの表情を隠す髪の隙間から見える笑顔は、今まで見た中で一番綺麗だと思った。

暫くして漸く笑い終わったのか、は深く息を吐き出すと、落としていた視線をシリウスへと戻し、先ほどとは正反対の酷く真剣な表情を浮かべて躊躇いがちに口を開く。

「お前に、話しておかなければならない事がある」

「・・・話しておかなければならない事?」

「そうだ。話しておきたい事・・・とも言えるかもしれない」

独り言のように呟くと、先ほどまで座っていた椅子をベットの脇に手繰り寄せて、そこに座りシリウスと視線を合わす。

「我が一族が・・・家がどういった歴史を持つのか、お前は知っているか?」

唐突な問い掛けに、シリウスは呆然とを見返す。

話の趣旨が解らない。

解らないが、けれどそれがとても大切で・・・そしてにとって重要な内容である事だけは察する事が出来、シリウスはすぐさま真剣な表情を浮かべて質問の答えを出すべく思考を巡らせた。

「確か・・・古くから続く名家で」

「そうだ」

「・・・今は数が少なくなったけど、純血の魔法使いの一族で」

「そうだ」

「・・・・・・でも他家との交流はほとんどないっていう」

「そうだ」

「・・・それくらいしか知らねぇけど」

「それだけ知っていれば十分だ」

ポツリポツリと知っている事を上げると、はゆっくりと深く頷いて。

暫くの間考え込むように俯いていたが、深呼吸をして顔を上げる。

その表情には迷いも恐れも無く・・・―――いつもの鋭い光を宿す紫暗の目がそこにはあった。

「先ほどお前が言った通り、今現在残っている純血の魔法族はそれほど多くは無い。お前の実家であるブラック家はその最たる1つだが・・・」

「・・・ああ」

「しかし、家はブラック家との交流は無い。今まで一度も」

キッパリと言い切られ、シリウスは心のどこかで安堵しながらも、自分の屋敷に飾られてある家系図を思い出す。

それほど真剣に見ていたわけでもないのではっきりと覚えているわけではないが、確かにの言う通り、そこにの名前は無かった筈だ。

と知り合ってからは一度も家に戻っていないので確かめようも無いけれど、というファミリーネームに、と出逢うまで記憶にすらなかったのは確かだ。

「ならば問おう。純血の魔法族の筆頭であるブラック家ともその他の家とも交流・・・―――婚姻関係が全く無いにも関わらず、何故家は純血を守る事が出来たのか?」

その問い掛けに、シリウスは漸くその矛盾を察した。

確かに言われてみればその通りである。

現在では数の限られている純血の魔法使いたちとの婚姻を持たず、何故家は純血でいられるのか。

導き出された答えに、シリウスは訝しげに視線を返した。

「・・・それって、もしかして」

「そうだ。お前の考えている通り、我が一族は血縁同士での婚姻を経て、現在まで純血を守り通してきた。勿論兄弟などの近しい婚姻は、昔ならばともかく一族内でも現在は認められてはいない。私の両親も、確か従兄弟同士だったと聞いた」

「・・・なるほど。それなら他家との交流を持たなくても、純血でいられるわけか」

考えてみればあまり気持ちの良い話ではないが、それこそ他の一族がどんな方針を持っていてもシリウスには関係がないし、また興味も無い。

問題は、が一体何を言いたいのかという事。―――それだけだ。

そのが言いたい事に考えを巡らせたシリウスは、1つの結論に至り、眉間に寄せた皺をより深めた。

「もしかして・・・その決まりがあるから、俺を受け入れられないって言うのか?」

それならばなんて馬鹿馬鹿しいのだろうと、シリウスは思う。

確かににとって一族の決まりは大切なのかもしれないが、そんなものの為に諦めるなどシリウスには考えられない。―――もし本当にそれが原因なら、家に乗り込んででもを手に入れて見せると心の中で密かに決意を固める。

しかしその時ふと、現在家には1人しか残っていないと以前ジェームズから聞いた事を思い出した。

の両親も既に他界し、他の一族の人間も闇の勢力に屈する事を拒否しその命を落としたという。

ならば・・・先ほど出した結論である『決まりを守る為の拒絶』では無いのではないかと、シリウスは考えを改めた。

その思考を読んだのか、は目を伏せ悲しげな表情でベットのシーツを見詰める。

「どうやらお前も知っているようだが、最早の人間は私1人しかいない。遅かれ早かれ、私の代で家は滅ぶだろう」

「・・・って、お前が子供生めば滅んだりはしないだろ?」

「同じだ。100%の血を守る為には、他の血を入れるわけにはいかない。私以外の一族の人間がいなくなった時点で、事実上滅んだも同然なんだ」

淡々と語る

しかしその表情に、どこか安堵したような色が浮かんでいるのは何故なのだろう。

悲しげな表情ならばまだしも、滅ぶと解っていて安堵する理由が解らない。

そこで再びある考えに至り、シリウスは恐る恐る問い掛けた。

「・・・お前は、滅んで欲しかった・・・のか?」

問い掛けておきながらも、もしかするとシリウスは否定して欲しかったのかもしれない。

自分の家をこれ以上ないほど嫌っている自分が、そう思うのは矛盾しているのかもしれないが・・・―――滅んでしまえば良いと思った自分がいるのにも関わらず、の口からその答えが出る事を少しだけ恐れていた。

シリウスの問い掛けに、はゆっくりと視線を合わすとほんの僅かに微笑んで。

「その通りだ。忌まわしきの血は、滅びるべきなんだよ」

無情にも、シリウスの望む答えとは正反対の言葉を口にした。

「・・・・・・」

「話を続けよう」

無言で自分を見詰めるシリウスから視線を逸らし、は深く息を吐き出してから再び口を開く。

「では何故、家はそこまでして一族の血を守ろうとしたのか」

話を切り出した後、が苦しげに表情を歪めたのを見て、ここからが本題なのだとシリウスは察した。

家には、一般的な魔法とは違う・・・特殊な力がある。一族だけに伝わる力。それを守る為に、家は血族同士の婚姻を続けて来たのだ」

「・・・特殊な?」

「そうだ。特に隠し立てはしていないから、この話を知る者も少なくないだろう。それなりに生きた魔法使いならば知っている筈だ。勿論お前の両親も知っているだろう」

昔から何度かその力を目当てに、様々な家から婚姻を持ちかけられたことがあると付け加えて。

あまりそういった事に今まで感心を持たなかったシリウスは、初めて聞いた話にほんの少し好奇心を擽られる。

その特殊な力というのは、一体どういうものなのだろう。

知りたいという気持ちがシリウスの表情に現れていたのか・・・―――は気にした様子も無く、サラリと真相を告げた。

「杖を使わずとも使う事の出来る魔法だ」

「杖無しで!?」

あっさりとの口から出た言葉に、思わずシリウスは驚愕の声を上げる。

どんなに強力な力を持つ魔法使いでも、杖が無ければロクな魔法は使えない。

あのダンブルドアでもおそらくはそうだろう。―――彼ならば何でも出来そうな気がしないでもないが、常識的に考えればそういう結論に至る。

しかし家には、杖が無くとも魔法を使う力があるのだという。

そんな力があるのならば、様々な家から婚姻を迫られたというのも頷ける。

誰だってそんな力があるのならば欲しいと思うだろう。

家が闇の魔法使いたちに狙われたのも、それが原因だった。

その力を得る為に、様々な手段を用いて狙われた。―――勿論その全ては失敗に終わったのだが、その代償は以外の一族の死だ。

「勿論、今私たちがホグワーツで習っている魔法とは少し趣が違うが・・・」

「どう違うんだ?」

「・・・・・・」

喰い付くように問い掛けたシリウスに対し、は軽く肩を竦めて見せるだけ。

どうやらその質問に答える気はないらしい。

ほんの少し残念に思いながらも、力の内容が本題ではないだろうと素直に諦め、シリウスは質問の内容を変えた。

「それじゃ、もその・・・特殊な力ってやつ、使えんのか?」

ベットの上で座る体勢を変えつつそう問い掛けると、は困ったように微笑む。

その質問も答えるつもりは無いのだろうかと思っていると、が緩く首を横に振るのが目に映る。

一族の人間ならば使えるらしいその力を使えないと言ったに対し、シリウスは訝しげに首を傾げた。

「その力はの血の中に封印され、使う為にはある儀式をある期限までに済ませなければならない」

「儀式?期限?」

「期限内に儀式を済ませなければ、封じられた力の影響で大半が命を落とす事になる。力の強さには個人差があるが・・・それほど強大な力なんだよ」

なるほどとシリウスは相槌を打つが、話の内容は解ってもの言いたい事がなんなのかが解らない。

しかしすぐに結論を迫ったとしても、おそらくは理解するのは難しいのだろう。

だからこそこうして一から説明しているのだと判断し、シリウスは話の続きを促した。

「で、その期限ってのは?」

「15歳だ」

先ほどの言った『大半が命を落とす』という言葉に心配になって問い掛けると、驚くべき答えが実にあっさりと返って来る。

15歳といえば、現在の自分たちの年齢だ。

「細かく言うならば、16歳になるまで。15歳までの内に力を解放しなくてはならない」

「・・・なんで15歳までなんだ?」

「詳しい事は解らないが、我が一族は15歳を越えると飛躍的に魔力が強まるのだと聞いた。おそらくはそれが関係しているのではないかと私は思っている」

聞くもの全てが初めてのものばかりで、シリウスはどうコメントして良いのか解らずただ頷き返す。―――特殊な力を持つ一族だけにそういう事もあるのだろう、と納得しなければ頭がこんがらがりそうだった。

「私も既に儀式を行う準備は済ませている。クリスマス休暇に家に帰らなかったのは、セルマが・・・―――我が家の屋敷しもべ妖精がその準備に忙しく、それを邪魔しない為だ」

思わぬところでクリスマス休暇に帰省しなかった理由が判明し、シリウスはやはり相槌を打つしかない。

「ってことは、その儀式とやらをするのは夏休み中なのか」

ただ頷いているだけというのも詰まらないのでそう感想を漏らすと、の表情が微かに強張ったのが解った。

が一体、自分に何を話しておきたかったのか。

先ほどの反応で、それが解った気がした。

おそらくその話の内容は、夏休みに行う『儀式』についてなのだろう。

「・・・?」

躊躇いがちに名前を呼ぶと、は目を閉じゆっくりと息を吐き出す。

まるで緊張を解すかのように・・・―――吐き出された息が震えていた事に、シリウスは気付いていた。

「儀式の内容は・・・複雑で詳しくは説明出来ないが。儀式を経る事によって、私は私でなくなるかもしれない」

「・・・・・・は?」

抽象的な言い方に、その意味が解らずシリウスは間の抜けた声を上げる。

しかしはそれすらも気にせず、もう一度深呼吸を繰り返した。

「儀式の後現れる効果のパターンは3つ。そのまま力を得るか、それとも力を受け止めきれずに命を落とすか・・・それとも、今までとは違う人格で生まれ変わるか、だ」

堅い声色で告げられた言葉に、シリウスは目を丸くして呆然とを見詰めた。

言われている意味が、解らなかった。

前の2つはともかく、最後のパターン。

違う人格で生まれ変わる・・・というのは、一体どういうことなのか。

「私にも、詳しくは解らない。何故人格が変わるのか・・・その人格は何処から来るのかも解らない。ただ言える事は、そういう例もあったという事」

がまだ幼い頃、何歳か年上の従兄弟が早くも儀式に挑んだ事がある。

いつかは己もしなければならない事だと、参考の為にその場に同席したは、かつての優しい従兄弟が全くの別人のようになってしまうのを目撃していた。

それが本来、従兄弟自身が持っていた性格なのかは解らない。―――ただは、それを別人だと判断した。

不思議に思いの歴史を紐解いていけば、その現象が決して少なくない事を理解した。

自分の母親が、同じ現象を体験した事も。

は意を決したように目を開き、呆然と自分を見詰めるシリウスを見詰め返した。

「お前は、私を好きだと言った」

「・・・・・・」

「お前が私の何を気に入ったのかは解らない。しかし・・・1つ言える事は、夏休みが終わった後、お前が好きだと言った私がホグワーツにいる可能性は3分の1だという事だ」

様々な説明を経て漸く提示された答えは、シリウスにとって絶望的なものだった。

が、いなくなるかもしれない。

儀式で命を落としてしまうかもしれない。

上手くそれを逃れたとしても、再び会うは自分の知るではないかも。

どんな風に変わるのかは想像も出来ないし、したくも無い。

どれほど無愛想で、素っ気無くて、冷たくても・・・―――シリウスが好きになったのは、目の前にいるだけなのだ。

人格が変わってしまえば、それは死んでしまったも同然だ。

突然の事に混乱し何も言えなくなったシリウスを見詰めていたは、ふと小さく笑みを零した。―――その笑みは、今まで見た中で一番悲しげで、切ない。

「正直に言おう。私は怖いのだ」

家の忌まわしい力を、自分がこの世に解き放ってしまうのも。

自分ではない自分が、として存在する事も。

そうなるくらいならば、いっそのこと命絶えてしまえば良いと思った。

家の当主として、儀式を行う事を避ける事は出来ないから。

雪に埋まり、雨に流され、獣の糧となれば良いと思っていた。

思っていたのに・・・。

いつからだろうか・・・―――死にすら、恐怖を抱き始めたのは。

自分にさえ関心が無かったにとって、死はそれほど恐ろしいものではなかった。

それよりも恐ろしいものは、他に沢山あった。

けれど死に恐怖を抱き始めたきっかけは・・・―――思い返せば、やはりシリウスと出逢ってからなのだという結論に至る。

今までが持ち得なかった、全てが目まぐるしく、鮮やかな世界。

初めて与えられた、温かい感情。

自分を・・・自分だけを求める、その激しい想い。

その全てが、少しづつ・・・けれど確実に、を変えていった。

自分には決して必要なかった与えられたものを忌まわしく思うのと同時に、強く感謝したい気持ちがあるのも確か。

こんなに温かで幸せな気持ちを抱いたのは、初めてだったから。

「これで解っただろう、ブラック」

しかしそれらを決して表に出さず、努めて平常通りの態度をシリウスへと向けた。

ここまで話すつもりは無かったが、話さなければきっとシリウスは諦めないだろう。

自分にはこの先の未来などないのだと、そうはっきりと提示すれば、いくらシリウスといえども諦めてくれるだろうとは踏んだのだ。

諦めてもらわなければ、これから事ある事にシリウスはを庇い、その身に危険が降りかかるかもしれない。

いつまでも想いを注がれていては、自身も諦めが付かないから。

だから全てを語り、最終宣告を下す。

「私はお前の想いを受ける事は出来ない。それがお互いの為だ。ここで聞いた話はすぐに忘れて、これ以上私に・・・っ!!」

淡々と並べられたの言葉は、シリウスの突然の行動に制止された。

ベットから身を乗り出したシリウスは、大人しく椅子に座るの腕を強引に引き寄せ、その華奢な身体を自分の腕の中に閉じ込める。

一瞬何が起こったのか理解できなかったも、現状を理解した途端に抵抗を始めるが、いくら腕っ節に自信があるでも所詮は男の力に叶うわけも無く、更に抱く腕に力を込めたシリウスの拘束から逃れる事は叶わなかった。

「ブラック、いい加減に・・・」

力で叶わないと判断したは口を開くが、それもシリウスの低く落ち着いた声に遮られ、気圧されたように口を噤んだ。

先ほどまでうろたえていたとは思えないほど落ち着いた声に、はシリウスの腕の中で密かに眉を寄せる。

。俺は、お前が好きなんだ」

「・・・だから」

「どうしても、諦められない」

初めて告白されてから3度目の言葉に、は返す言葉が見つからず言葉を飲み込む。

シリウスが一体何を考えているのか・・・―――には理解できない。

「・・・びっくりした、お前の話聞いて。正直言って、ありえないと思った。冗談じゃねぇとか、ふざけんなとか・・・色々」

「・・・・・・」

「でも・・・全部聞いた後でも、やっぱりお前を諦められない。例えばあと数ヶ月しか一緒にいられないとしても・・・だからって諦められるほど軟な想いじゃねぇんだよ」

自分自身に言い聞かせるように・・・そしてを諭すように語るその声は、神経を通って体中に浸透していくような、そんな気がした。

「それに・・・3分の1の確立で、今まで通りって可能性もあるんだろ?」

頭上から降って来るその前向きな考えに、は小さく微笑んだ。

が考えもしなかった事。

けれどそれは、1つの真実でもある。

目を閉じれば、感じる温かな体温と聞こえる鼓動。

温かい何かで満たされる感じ。

もしかすると、こういうのを『幸せ』というのかもしれないと、はぼんやりと思った。

が自分を拘束するシリウスの力強い腕の中で身じろぎすると、嘘のように簡単にシリウスの拘束から逃れる事が出来る。

少しだけ離れて目を合わせると、シリウスの顔が緊張に強張っているのが解った。

どんな事があっても諦めないと、シリウスは言ったけれど。

本当の意味での最終宣告を、下す時が来たのだ。

その判決を考えられないほど大人しく待つシリウスを前に、は我慢しきれずに小さく噴出した。

肩を揺らして咽の奥で笑うを、シリウスは呆然と見詰める。

「・・・参った。降参だ」

まだ笑みを漏らしながら、は軽く両手を上げて降参のポーズを取る。

その動作の意味を理解できないシリウスは、呆気に取られたように目を見開きただただを見詰めていた。

「勝負は私の負けだ。・・・悔しいがな」

「・・・何の勝負だ?」

張り詰めた雰囲気を破り、勝手に話を進めるに焦れてシリウスがそう問い掛けると、は今まで見たどれよりも鮮やかな微笑みを向けた。

「言っただろう?図書室で、お前が私に想いを告げた時」

告白した時?

思い出すだけで気恥ずかしいその思い出を手繰り寄せる。

そしてふと、あの時のの言葉が脳裏に甦った。

『やれるものならやってみろ。無駄だとは思うが』

欠片も感心が無い冷たい声で告げられた、けれど望みを繋いだ一言。

あれは勝負じゃないだろ・・・と心の中で突っ込みながらも、シリウスはの言った『降参だ』という言葉にほんの微かに希望を抱く。

何の根拠も無い。

期待はずれで落ち込むかもしれない。―――けれど膨らむ期待は、止め様もなかった。

「・・・?」

逸る気持ちを押さえて続きを促すと、は困ったように微笑んで。

「お前みたいに自分勝手で、やる事成す事無茶苦茶で、しつこいヤツは初めてだ」

「・・・悪かったな」

「だが、こんなにも私の中に踏み込んでくるヤツも、きっとお前だけなのだろうな」

期待したのとは違う言葉に拗ねたようにそっぽを向いたシリウスは、耳に入ってきた穏やかな声と言葉に目を見開く。

「潔く認めよう。私は・・・どうやらお前の事が好きらしい、シリウス」

勢い良く振り向けば、そこには声に違わない穏やかな笑みを浮かべるが。

初めての声で呼ばれた自分のファーストネームに、思わず目頭が熱くなりそうになり慌てて俯く。

「・・・なんだよ、『らしい』って。他人事みたいに」

「悪いな。何分、こんな感情を抱くのは初めてなもので」

飄々と言い放つを憎らしく思いながら。

けれど溢れ出す愛しい想いは際限なく。

シリウスは漸く心からの笑顔を浮かべると、再びをその腕に閉じ込めた。

 

 

あの罰則の日から数日後。

つまりは、シリウスとの想いが通じ合ってから、数日後。

悪戯仕掛け人たちととリリーは、相も変わらず談話室に集まっていた。

2人が晴れて恋人同士となったという出来事を含めたとしても、6人の関係に何ら変化は見られなかった。―――そう、何も。

折角想いが通じたのだから、もっと2人で一緒にいたいと思うシリウスに対し、はといえば、まるであの出来事など無かったかのように変化は見られない。

ただ解り辛くはあるけれど、ほんの僅かな変化を述べるならば。

自分が行く先々に当然の如く付いてくるシリウスに対し、文句を言わなくなった事と。

最近のの雰囲気が柔らかくなった事と、笑顔が少し増えた事だろうか。―――だからと言って、笑顔を浮かべる頻度は一般の半分にも満たないのだが。

そしてこれが一番の変化かもしれない。

「シリウス。悪いがそこの本を取ってくれ」

「ああ、これか?」

「ありがとう」

それは、シリウスの事をファミリーネームではなくファーストネームで呼ぶようになった事。

同時にジェームズたちの事もファーストネームで呼ぶようになったのだが、どうやらシリウスはこれに対しては不服らしい。

「・・・で、これ何の本なんだ?」

談話室で本を読むの傍らで暇を持て余したシリウスが、手渡したばかりの本を横から覗き込む。

「・・・『正しい犬のしつけ方 〜完全版〜 』」

「礼儀作法はしっかりとしつけておかないとな」

「礼儀作法はちゃんと知ってる!・・・つーか、俺は犬じゃねぇ!」

「誰もお前の事だとは言ってないだろう?」

無駄に吼えるシリウスを横目に、は飄々と言ってのける。

それにやられたと口を噤んだシリウスを横目に、は微かに口角を上げた。

こうしてシリウスの想いを受け入れても、現状は何も変わらない。

話を聞いたリリーたちも、やはり不安を抱いてはいた。

けれどが儀式に挑まねばならないのは、避けられない現実なのだ。

それでも今ならば、確実にある3分の1の可能性に賭けてみようとも思えるのだ。

どうなるかなど、勿論解らない。

しかしシリウスが出来るというのならば、それを信じてみようと思う。

自分に初めての感情を与えた少年を、は信じると決めた。

その為に出来る事ならば、何でも努力しようと今ではそう思っている。

シリウスへの想いを必死に否定していたあの頃とは、比べようがないほど幸せだから。

奇跡でも起こせるかもしれないと、自分にはないと思っていた未来が見える気がするから。

「シリウス。私は図書室に行くが・・・お前はどうする」

「・・・仕方ねぇから、付いてってやるよ」

もう借りてきた本を読み終えたのか、数冊の本を持って立ち上がったに習い、シリウスも渋々といった様子で立ち上がる。―――しかしその動作は、とても素早かったが。

2人並んで談話室を出て行くとシリウスを見送って、ジェームズは呆れたようなため息を零した。

「あ〜あ、シリウス。すっかりの犬が板についちゃって」

「あれじゃあ、彼氏っていうよりも番犬だよね」

ジェームズの言い分に、リーマスも苦笑を浮かべて同意する。

「でも、シリウス嬉しそうだし・・・」

ピーターが控えめにフォローを入れるが、それがちゃんとしたフォローになっているのかは怪しいところだ。

言いたい放題の3人を一瞥して、リリーはが出て行った談話室の入り口へと視線を向ける。

あんなにも穏やかに微笑むを見たのは、初めてだ。

その微笑みを引き出したのがシリウスだというのは悔しいが、がそれで幸せなのだというのならば仕方ない。

「・・・良かったね、

小さく小さく漏れた呟きは、ジェームズたちの笑い声に掻き消されて。

リリーは嬉しそうに微笑むと、楽しげな声に引かれて視線を戻した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

え、こんな終わり方で良いの?

勿論この話の最後もですが、この連載の最後も含めて。

この最終話、ほとんど説明だけなんですが。(あいたた)

いや、でも次に繋げる為にはこうでもしないと・・・。(まだ書くつもりか)

っていうか、一応伏線(?)らしきものは微かに入れてはいたのですが、なんか読んでる人にとっては突拍子もない設定が飛び出したというか・・・。(上手く書けなくてすいません)

とりあえず甘さの欠片もありませんが、ハッピーエンドという事で。

作成日 2006.1.6

更新日 2008.2.17

 

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