眼前に迫る雄大な景色。

夕闇の中に佇むそれは、まるで本の中から切り取られたような。

現代ではそうそうお目にかかれないであろう荘厳な城を前に、は普段と何ら変わらない無表情でそれを見上げた。

魔法魔術学校・ホグワーツ。

これから彼女は、ここで7年という長い月日を過ごす事になる。

 

光と闇をう者

 

ハグリットという森の番人に案内され、船に乗り城についた一年生たちは、マクゴナガルという女性教師から注意事項を聞かされた後、並んで広間に通された。

上級生たちの視線を一身に浴びながら進む広間は、居心地が悪い事この上ない。

「では、これから組分けを始めます」

マクゴナガルのその言葉を合図に1人1人名前を呼ばれ、組分け帽子と言われる古びた帽子を被り、これから自分たちが過ごす寮へと振り分けられていく。

そんな光景を無感動に眺めていたは、何度寮の名前が叫ばれたかも解らないほどの時間を経て、漸く己の名が呼ばれたことにふと顔を上げた。

、いませんか!?」

「・・・ここにいます」

誰も名乗り出ない事に焦れて声を大きくするマクゴナガルに、漸く我に返ったは短くそう言葉を返して壇上にある組み分け帽子の元へと向かう。

既に大半の一年生の組み分けは終わっているらしく、残された生徒は後僅かだ。

すっかりと空いてしまった広間の花道を、は大して急ぐでもなく進む。

「呼ばれたら返事をしなさい。―――ほら、早く帽子を被って」

軽く叱られそれに謝罪を返す前に、は前へと押し出され帽子を被せられる。

なんだかずいぶんと慌ただしいな・・・と心の中だけで呟いて、さて何が起こるのかと静かに椅子に座った。

『おや?これはこれは・・・家の人間とは珍しい』

唐突に頭の中に響いた声に、は微かに眉を寄せる。

誰の声なのかと訝しく思っていると、すぐ側から軽快な笑い声が聞こえた。

『帽子が喋るのは不思議かな?』

耳元で聞こえる声に、それを発しているのが自分の頭の上にある帽子なのだと気付いたは、感心したように上目遣いに帽子を見上げる。

「なるほど。寮の名を叫ぶだけではないのだな・・・」

『その通りだ。―――さて、さっそく君の寮を決めなくてはいけないのだが・・・』

帽子はそこで言葉を切ると、低い声で唸りだした。

『う〜ん、これは難しい』

「・・・そうなのか」

悩む帽子とは反対に、審判を待っている筈の本人は大して興味もなさそうにサラリと呟く。

まるで他人事のようなその返事に、帽子は一瞬黙り込んだかと思うと気を取り直して再び唸り声を上げだした。

『努力もする。勤勉でもあるようだ。勇気もあり、そして狡猾さも持ち合わせている』

「自分ではよく解らんがな」

『・・・しかし、努力家というわけではない。何者にも怯まず立ち向かう心はあるが、勇敢というわけでもない。どんな出来事でも動揺せず、目的を遂行するだけの頭脳はあるというのに・・・』

ぶつぶつと呟く帽子を見上げ、は眉を顰めて首を傾げる。

何が言いたいのかが解らない。

自分で言った言葉を、そのすぐ後には否定する―――組分け帽子というのはこういうものなのだろうかと不思議に思っていると、不意にぶつぶつ呟いていた帽子がピタリと口を噤み静寂が訪れた。

「どうかしたか?別にどこでも良いぞ、私は」

悩みすぎてとうとう壊れてしまったのかと思ったは、帽子にそう進言する。

ともかく組分けをしてもらわない事には自分が困るのだ―――何時までも決まらない組分けに生徒たちが騒ぎ出し、集まる視線は居心地悪い事この上ない。

そんな事を思っていたに、無言で何かを考えていた帽子が、先ほどとは違う静かな声で話し掛けた。

『君は、何にも関心がないようだ』

ポツリと漏れたその言葉をが問い掛ける前に、帽子は言葉を続ける。

『君は何に対しても興味がない。どこの寮に振り分けられるのかも、物にも、人にも、そして・・・自分自身にも』

「・・・・・・」

『初めてだよ、君みたいな子は』

先ほどまでとは全く違う淡々とした口調でそう告げられ、は帽子に向けていた視線を真っ直ぐ前へ戻した。

関心がないと言われても、そうなのか・・・としか感想が出て来ない。

逆に問い掛けてみたい気になった―――それで自分にどうしろというのか、と。

どうすれば周りに関心が抱けるのか、には解らない。

そしてその必要性も感じなかった。

今までこうして生きてきたのだ―――その事に不自由など感じなかったし、だからこそこれからもそうして生きていくだけだ。

周りがどうであろうと、たとえ自分が人から見て可笑しいのだとしても。

やるべき事をやり、課せられた任を全うし、そして一族の願い通り家を守っていく。

それがとしてこの世に生を受けた彼女のすべき事であり、また彼女の存在理由でもあった。

「帽子。お喋りはもう良い。お前は早く自分の任を果たせ」

前を見据えたまま静かな口調でそう促すに、帽子は深く溜息を吐いた。

まったく、本当に。

こんな11歳は初めて見るよ・・・と1人ごちる。

『解った。その前にあと1つだけ、聞いても良いかい?』

「なんだ?」

『君は何故、ホグワーツに来たんだい?』

その質問に、は初めて表情を変えた―――無表情にほんの少しの疑問を浮かべて。

「入学許可証が来たからだ」

『それだけ?』

「他に何か理由がいるのか?」

当然だと言わんばかりにサラリと答えるに、帽子は何も返さずただ困ったようにその身体を微かに捻る。

本当に、こんな子供を見るのは初めてだ。

何故がこんな風になったのかは解らないし、それを追及するつもりもない。

あくまでも自分の役目は新入生の組分けなのだ―――そこにそれ以上の感情も必要ない。

『よし、決めた』

暫く黙り込んでいた帽子は漸く組分けを決めたのかそう呟き、彼からは見えないだろうを見下ろすように身体を捻った。

『君がそこで、君にとって必要な物を得られる事を祈っているよ』

静かな・・・優しさを含む声色でそう告げられ、は訝しげに眉を寄せる。

言われている意味が解らない。

帽子の言う『自分にとって必要な物』が何なのか、には見当もつかない。

しかし漸く決まった組分けに異議を申し立てるつもりはなかった―――どこに振り分けられたとしても、彼女にとって大差ないのだから。

大きく息を吸い込んだ帽子が、高らかに寮の名を叫んだ。

 

 

、いませんか!?」

マクゴナガルの大きな声に、組分けを終えてグリフィンドールの席についていたシリウスは顔を上げた。

もしかしたらスリザリンに振り分けられるかもしれない。

彼の家柄から言えば当然なその結果を、しかし上手く回避しグリフィンドール生となったシリウス。

その喜びを、ホグワーツ特急で友達になり同じくグリフィンドール生となったジェームズと散々分かち合い、そして少し落ち着いた矢先の出来事。

まだ組分けされていない新入生の数も後僅かとなったその中に、少女はいた。

と呼ばれた少女は、マクゴナガルの剣幕にも動じずゆっくりと壇上に向かい歩き出す。

同じ年頃の子供にしては、少しばかり高い身長。

腰まで伸びた綺麗な黒髪。

同じく黒だと思われた瞳は、ランプの光に照らされ深い紫なのだと解る。

凛としたその姿に、シリウスは目が離せなかった―――まるで作られたかのようなその綺麗さが、何故か異質な物のようにさえ思える。

壇上に上がり椅子に腰を下ろしたは、帽子を被せられじっと身動きすら取らず組分けのその瞬間を待っていた。

「・・・なかなか決まらないみたいだね」

不意に隣に座るジェームスがそう呟き、シリウスはハッと我に返る。

凝視といっても可笑しくないほど壇上を見詰めていたシリウスは、気付かれないよう小さく息を吐き出し、そうだなと軽く相槌を打って視線をテーブルに戻した。

刻々と時間は過ぎる。

静まり返っていた広間には、少しづつ生徒たちのざわめきが漂い始めた。

「どうしたんだろう?何かあったのかな・・・?」

何時まで経っても決まらない組分けに、息を詰めるようにして見守っていたジェームズが焦れたように身動きする。

それにも簡単な相槌を返すが、シリウスは何故か顔を上げることが出来なかった。

見ていたい気がするのに、頭の片隅でそれを制する声がする。

見てしまえば、最後のような気がした。

最後?・・・何が?

己の考えに、疑問が浮かぶ―――それに自問したその時。

『グリフィンドール!!』

組分け帽子が高らかに寮の名を叫んだ。

帽子の声を合図に、グリフィンドールの席から割れるような歓声と拍手が響く。

それに引かれるようにして顔を上げたシリウスの目に、帽子を脱ぎ椅子の上に置いてから歓声を上げるグリフィンドールの席へと向かうの姿が映った。

ガタンと椅子を引く音がし、ちょうど自分の前に少女が座る。

「やあ!同じ寮だね!僕はジェームズ・ポッターだ、よろしく!!」

席についたばかりのに、ジェームズは屈託ない笑顔を向けて手を差し出した。

「・・・だ」

簡潔に名前だけを返し、は握手さえも交わさないまま正面に視線を戻す。

ちょうどその時、を見詰めていたシリウスはバッチリと目が合ってしまい、何故か慌ててジェームズと同じく手を差し出した。

「シリウス・ブラックだ」

こちらも名前だけを簡潔に告げる―――するとは「そうか」と短く答え、やはり握手は返さないままテーブルに視線を落とした。

シリウスとジェームズはお互い顔を見合わせ、宙に浮いたまま行き場のない手をお互い見やりながら、誤魔化すように頭を掻く。

そうかってなんだよ、そうかって。

受け答えになってねぇじゃねぇかと心の中で愚痴りながらも、シリウスの目は何故かから逸らされる事はない。

そんな事をしている内に組分けは終了し、改めて校長であるダンブルドアからの注意事項を聞いた後、漸く夕食へと移った。

パッとテーブルに現れる豪勢な食事に生徒たちが歓声を上げ、一斉に料理へと手が伸びる。

同じく目の前の料理に手を出したシリウスは、しかし目の前に座るが微動だにせずテーブルを見詰めているのに気付いた。

考え事でもしているのか、料理さえも目に入っていないその様子に、シリウスもまた食事の手が止まってしまう。

「食べないのかい?」

まるで人からの干渉を拒絶するかのように黙り込んでいるに、ジェームズが軽く声を掛ける―――よくそんな能天気に話し掛けられるなといっそ感心しつつ、シリウスは何を言うでもなくを見詰めた。

しかしジェームズの声さえも届いていないのか、からの反応はない。

暫く後、ジェームズは軽く肩を竦め、何事もなかったかのように食事を再開した―――今はそっとしておいた方が良いと判断したのかもしれない。

それでもシリウスは何故かから目を逸らす事が出来ず、どうにかしてこちらを見させたいと考え、手近にあった料理をの皿へと勝手に放り込んだ。

その瞬間、弾かれたようには顔を上げる。

真っ直ぐ見据えられる紫暗の瞳。

「・・・食べろよ」

何を言って良いのか解らず、シリウスはぶっきらぼうにそう言った。

一拍後、はそれに何の言葉も返さず・・・―――しかしゆっくりとフォークに手を伸ばし漸く食事を始める。

それを見届けた後、シリウスも食事を続けた。

組分け帽子を被る前、広間を壇上に向かい歩いていた凛とした姿。

それとは正反対に、今目の前に座っているはどこか存在が不安定に見える。

けれど人を引き付けるその力に違いはなく。

無表情のまま機械的に食事を口に運ぶを視界の端に映しながら、シリウスはもやもやとしたはっきりしない気分を持て余していた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

苦しかった・・・!!

なかなか手が進みません。何でこんなに難しいんだと、寧ろ私がもやもやしてます。(おい)

とりあえず主人公とシリウスの出逢いなど。

シリウスほとんど喋ってませんが・・・(ジェームズの方がセリフ多いって!)

作成日 2005.11.28

更新日 2007.9.13

 

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