煩く鳴り続ける目覚ましの音で、リリーは目を覚ました。

未だ開かない眼を何とか薄くこじ開けながら、ごそごそと手探りで目覚し時計を探り当てスイッチを切る。

彼女がホグワーツに入学してから、はや2ヶ月が経過していた。

マグル出身であるリリーにとって、ホグワーツでの生活は今までとは何もかもが違い戸惑いも勿論あったが、最近は漸くそんな生活にも慣れて来た―――珍しい物や目新しい物で溢れるここでは、退屈などする暇もない。

人当たりの良い彼女であるから、当然友達もたくさん出来た。

その中でも、まだ出会って2ヶ月足らずだが、リリーにとっては親友とも呼べる少女が1人―――綺麗な顔立ちと、引き込まれるような紫暗の瞳が印象的な、少し風変わりな少女。

まだ眠気の残る体を起こし、リリーはベットから降りると引いていたカーテンを開ける。

それと共に窓から差し込む眩い太陽の光が視界に広がり、痛いほどのそれに慣れるように何度か瞬きを繰り返した後、机に座る少女に向かい声を掛けた。

「おはよう、

「・・・ああ。おはよう、リリー」

返って来る挨拶に、こうして名前を呼んでもらえるようになるまでの期間を思い出し、リリーは思わず苦笑を浮かべる。

の朝は早い。

まだ早朝だというのにも関わらず既にきっちりと制服を着込み、のんびりと読書をしていたが、クスクスと笑みを零すリリーを見詰めて不思議そうに首を傾げた。

 

新しい世界

 

静寂が支配する場所。

まるで時が止まったかのような雰囲気さえある図書室を、は気に入っていた。

図書室に足を踏み入れた瞬間香る古い紙の匂いも、視界を埋め尽くすほど多くの本も、にとっては心地良いものばかり。

彼女の屋敷の書架にも珍しい本がたくさんあるが、ホグワーツに比べれば取るに足らない量だ―――魔法の専門書から子供の読む絵本まで、置かれている種類は幅広い。

ホグワーツ在学7年間を掛けても、全ての本を読む事など不可能なのではないかと思われるほど。

だからこそ、こうして入り浸っていても退屈を感じる事などなかった。

授業が終わった後の自由時間は、滅多な事がない限りは毎日図書室に足を運んでいる。

そして今日もまた、は当然の如く図書室にいた。

さて、今日は何を読もうか。

そんな事を考えながら、ブラブラと当てもなく本棚の間を歩く。

そしてふと目に止まった背表紙に、は足を止めて本棚を見上げた。

茶色の装丁の本は、題名から察するに魔法薬学に関する物だろう―――彼女の得意科目の1つでもあるその本に興味を引かれて、静かな動作で手を伸ばす。

しかしかなりきつめに収められているせいか、なかなか出てこない。

「・・・参ったな」

小さく1人ごちて、改めて辺りを見回す―――何か台になるような物はないかと視線を巡らせるが、生憎とそれらしい物は見当たらない。

勿論探しに行けばあるのだろうが、元来面倒臭がりの面を持つ彼女がその選択をするわけもなかった。

ふうと小さく溜息を吐いて、再び本に手を伸ばす。

少し爪先立ちになるけれど、手が届かないわけでもない―――それが厄介事を引き起こす原因でもあったのだが。

本の端を何とか掴み、それを引き抜く為に力を込める。

引きつるように本に挟まれてなかなか出てこないが、更に力を込めればそれは勢いに乗ってすっぽりと本棚から飛び出た。

が、爪先立ちの上にそれだけ力を入れていれば、バランスを崩すのは当然の事。

案の定はバランスを崩し、数歩後ろによろけてしまった―――しかし掴んだ本はしっかりと手に持ったまま。

振り下ろす形となったその本に、重い衝撃とゴッという鈍い音が響いたのはほぼ同時だった。

「・・・っ!!」

声にならない声が背後から聞こえた事に、彼女にしては珍しく慌てた様子で振り返った。

そこには自分と同じ年頃の少年が1人、頭を押さえて蹲っている。

どうやらが手に持つ本が、運悪く少年に危害を加えてしまったようだ―――少年にとっては更に不運な事に、頭を直撃したのはどうやら本の角だったようで。

決して薄いとは言えない本の渾身の攻撃を身に受けた少年は、成す術もなく必死に痛みと戦っていた。

「・・・すまない、大丈夫か?」

は少年と目線を合わせるように座り込み、持っていた本を丁寧に床に置いてから少年に向かい手を伸ばした―――普段から他人の事などほとんど気に掛けない彼女だが、今回の事は全面的に自分に非があると理解しているらしい。

しかし差し伸ばされたの手は、少年に触れる前に彼自身によって振り払われた。

パンと軽い音を立てて跳ね除けられた手を無感動に見詰め、は再び少年に視線を落とす。

「・・・いきなり、何をするっ!僕に恨みでもあるのか・・・!!」

「いや、全く」

鋭く睨みつける少年にも怯む様子なく、は至極あっさりと答えた。

それに更に目を吊り上げた少年が、ふと表情を歪ませる。

視線に先には、のネクタイ。

グリフィンドールを示す金のネクタイに、少年は不愉快そうに眉を寄せた。

「・・・グリフィンドール生か。大方スリザリンに対する嫌がらせという所か・・・」

ボソリと呟いた少年の言葉に、は微かに首を傾げる。

そういえば、グリフィンドールとスリザリンは格別仲が悪いらしい・・・という話を誰かから聞いた覚えがあった。

おそらく少年もその事を言っているのだろうという事を察し、は溜息を零し先ほど振り払われた手を再び少年へと伸ばす。

「寮など関係ない。元々私は寮の事に特別関心はないしな。たとえ今ここにいたのがハッフルパフの人間でもレイブンクローの人間でも・・・勿論グリフィンドールの人間でも、私は同じように本をぶつけただろう」

「・・・威張る事か」

「悪気はなかったんだ」

「悪気がなければ良いというものではないだろう」

無表情で淡々と言葉を紡ぐに、少年は脱力したように身体から力を抜いた。

差し伸ばされたの手は、今度こそ振り払われる事なく少年の頭の上にある。

少年は床に落としていた視線を再びへと戻す―――今度は睨むようなものではなく、呆れたような色を宿して。

そうしてかち合った視線。

無表情なのにも関わらず、本当に自分を心配しているのが何故か解り、少年は諦めたように息を吐き出した。

「もう、良い」

「そうか、ありがとう」

やはり表情を変えず返事を返すに、少年は文句を言う気力も失ったようだ。

元々お喋りな方ではない2人が黙り込んだ為、唐突に静寂が戻る―――そのままタンコブの出来た少年の頭を撫で続けていたは、ふと思い出したように口を開いた。

「自己紹介がまだだったな。私はだ。君は・・・?」

自己紹介を促され、少年は自然と口を開く。

彼女が進んで自己紹介をする事がどれほど珍しい事なのか・・・―――彼がそれを知るのはもう少し先の話だけれど。

「・・・セブルス・スネイプだ」

溜息混じりに、少年―――スネイプは自分の名を告げた。

 

 

「・・・などという事もあったな」

いつも通り図書室の机に座り本を読んでいたが、唐突にそう呟いた。

正面に座っていたスネイプが、何の事だと訝しげに顔を上げる。

図書室には優しい太陽の光が降り注ぎ、柔らかな色彩を放っていた。

「お前と初めて出逢った時のことを思い出していたんだ」

窓の外に向けていた視線をスネイプへと移しそう言うに、彼もその時のことを思い出したのか・・・とは対照的に苦い表情を浮かべて溜息を零す。

「・・・僕としては、二度と思い出したくない出来事だがな」

「そうか?なかなか印象的な出来事だったと思うが・・・」

「お前にとってはな」

しかし被害者の身としては、決して良い思い出とは言えない。

それでもあの出来事以降こうしてよく顔を合わせるのは、彼にとってもと共にいることが少なからず心地良いからなのだけれど。

「私もずいぶんと反省した。本は人の頭を殴るものではないからな」

「・・・お前の反省は、僕に対してではなく本に対してなのか」

「そう聞こえたか?―――ふむ。どうなのだろうか?どう思う、セブルス?」

「何故僕に意見を求める」

真顔で問い掛けるに、スネイプは疲れたように溜息を吐く。

飄々とした態度に、淡々とした口調。

そして常に無表情で感情を読み取る事が難しい彼女との会話は、時に疲れる事もある。

少し聞いただけではまるでからかわれているようにも思えるが、実際は至極真面目に話しているのだ―――だからこそ、余計に性質が悪いともいえるのだが。

だからといって、彼女との会話に不愉快を感じているわけでもない。

そんな自分を自覚しているからこそ、スネイプはあまり強く出ることが出来ないのだ。

そもそもこうしてほぼ毎日図書室で顔を合わせてはいるものの、こんな風に会話をする事など稀な事だ―――2人ともがそれぞれ調べ物や読書に来ているのだから、それも当然の事なのかもしれない。

だからこそ、こんな他愛の無い時間は貴重で大切なモノでもある。

「セブルス。本当に悪かったと思っている。頭の方は大丈夫か?」

スネイプの溜息をどう取ったのか、は律儀にも頭を下げてもう一度謝罪を口にした―――しかしその言葉の内容に、彼はまたもや溜息を零して。

「その聞き方は誤解を生じる恐れがあるからやめろ。それにもう3ヶ月も前の事だろう。別に僕は根に持ってもいないし、幸い後遺症の類も無い。あの時の事は忘れた方がお互いの為だ。僕もすっぱり忘れるから、お前もキッパリ忘れろ」

一息で言い切り、スネイプは痛み出したこめかみを押さえる。

何故こんなにも疲れる相手と、好き好んで会話をしているのだろうか。

改めて、そんな事を考える―――スネイプにとっては不思議な事極まり無いが、やはりこんな時間も楽しく感じられるのだから始末に負えない。

せめてもう少し人に合わせることを覚えても良いと思うのだが・・・と、それがの良い所であると思う反面そうも思う。

しかしはそんな彼の心情を察する事無く、やはり淡々と言葉を紡いだ。

「お前には悪いが、忘れることは出来ないよ」

その言葉に視線を本から上げれば、自分を見詰める紫暗の瞳がそこにある。

彼女の言いたい事が解らず訝しげに眉を寄せれば、は読んでいた本をパタリと閉じて椅子から立ち上がった。

「私にとっては、2番目に出来た友との出会いだからな。忘れる事など出来ないよ」

静かな声でそれだけを言い残し、は本を持って本棚の影へと消えていく。

暫く放心し、その背中を見詰めていたスネイプは、ハッと我に返り思わず口元を押さえる。

彼がと知り合って、まだ3ヶ月。

しかし彼女がどういう人間なのかは、十分に察する事が出来た。

そんな彼女から出てきたとは思えないセリフに、スネイプは驚きを隠せずに。

「・・・あいつにもそういう認識があるのか」

ある意味失礼な呟きを漏らし、スネイプは傍目には解らないほど小さく口角を上げた。

彼女に友と言わせる人間は、そう多くは無いだろう。

2番目というのが少しだけ引っかかるが、その中に自分が入っているという事実に嬉しさを感じているのは確かで、スネイプはそんな自分に戸惑う。

静寂が支配するその場所で、スネイプは暫く考え込んでいた後、広げていた羊皮紙をカバンの中に仕舞い立ち上がった。

考えれば考えるだけ、頭の中がごちゃごちゃになり訳が解らなくなっていく。

「・・・僕には関係ない」

まるで言い聞かせるように呟き、スネイプは図書室を出た。

訳が解らなくとも、自分には関係がないと言い聞かせても。

きっと明日も図書室に顔を出し、そしてと顔を合わせるのだろうという確信にも似た思いを抱きながら―――どこか軽い足取りで自寮への廊下を歩いて行った。

 

 

「おかえりなさい、

寮の自室に戻ったを出迎えたのは、同室のリリーだった。

ちょうど課題を片付けていた最中らしい―――彼女の机は、大量の本と羊皮紙に埋め尽くされている。

同じく出迎えの為にの足元に擦り寄るを抱き上げて、はリリーの背後から羊皮紙を覗きこんだ。

どうやら魔法薬学の課題らしく、元々優秀ではあるがどちらかといえば得意な方ではない課題に四苦八苦している様子が見れる。

。良かったら少し教えてもらいたい事があるんだけど・・・」

「ああ、構わない」

上目遣いに顔を覗き込むリリーに、は変わらない表情で簡単な返事を返した。

素っ気無い態度ではあるが、別に不機嫌な訳ではない―――これがにとっての普通なのだ。

解り辛くはあるが快くリリーの申し出を受けたは、持っていた本を自分に机に置き、椅子を引っ張ってくるとすぐ傍に腰を下ろす。

「また図書室に行っていたの?は本当に図書室が好きね」

が借りてきた本に手を伸ばしつつ、リリーはクスクスと笑みを零した。

確かに学生であり課題に追われる者としては、図書室の利用頻度も自然と高くなる。

しかしそうでもないのに、図書室に好んで足を運ぶ者は稀だった。

「あそこは落ち着くからな」

「そうね。分かる気がするわ」

本を手に取ったリリーは、表紙を見詰めてにっこりと微笑む。

そうして何気ない仕草でページをパラパラと捲ると、パタリと音を立ててそれを閉じた。

「ねぇ、。聞いても良いかしら?」

「なんだ?」

「どうしてこの本を借りてきたの?」

そう言い、リリーは手に取った本をの前に差し出す。

『厳選呪術100選 〜今日から貴方も呪術師〜』と題名の書かれた本は、内容に相応しく暗い色で装丁されていた。

「貴女、呪術師にでもなるつもり?それとも誰か呪いたい相手でもいるの?」

「どちらでもない。少し面白そうだと思ってな」

リリーの教科書に手を伸ばしながら、は何でもないことのようにサラリとそう言う。

この本を面白そうという辺りが、既に間違っている気がしないでもない。

しかもそれだけの理由で手に取るにしては、この本はあまりにも専門的すぎる―――多少の興味ならば、もう少し軽いものでも良かった筈なのだけれど。

そんな考えが通じたのか、教科書に目を落としていたが顔を上げる。

「知っていても損は無いだろう?知識はあって困るものでもないしな」

「・・・まぁ、確かにそうだけど」

正論だけに、それ以上質問を投げかけるのは躊躇われた。

実際は、同じような理由で様々な分野の本を読み漁っている。

この間は薬草に関する本を読んでいたし、その前は魔法史の本を。

その前は動物の飼い方などという本も読んでいた―――これはの為なのだろうが。

時々リリーは思う。

は、何かに急かされるように知識を詰め込んでいるようだと。

まるでそれが義務だとでもいうように。

「リリー、どこが解らないんだ?」

思考に浸りぼんやりとしていたリリーは、の声に我に返った。

慌てて教科書に視線を落とし、ここだとある部分を指差す―――するとは1つ頷いた後、淀みなく説明を始めた。

得意科目だというだけあり、教え方も要領を得ていて解りやすい。

小難しい言葉を使わないだけ、教授の説明よりも理解できた。

元々ほとんど完成していた課題は、の説明ですぐに終わり、長い時間椅子に座っていたリリーは大きく息をついて伸びをする。

「ありがとう、

「礼を言われるほどでもない」

「ううん、のお陰で早く終わったんだもの。―――はもう終わってるの?」

「ああ、既に済んでいる」

返って来る簡潔な言葉を聞きながら、リリーは散らかった机の上を片付け始める。

は既に借りてきた本に手を伸ばし、パラパラとページを捲っていた。

「もうそろそろ夕食の時間よ。本を読むのは帰ってからにしたら?」

羊皮紙を巻きながら、リリーはそう提案する。

それに釣られて時計に目をやったは、現在の時刻を確認すると納得して素直に本を閉じた。

それを確認し、リリーは椅子から立ち上がり、まだ椅子に座ったままのを見下ろしにっこりと微笑む。

「それじゃ、行きましょう」

手を差し出せば、少し戸惑いを見せつつも素直に手を取り立ち上がる。

そうしてふと握ったままの手に視線を落とし、よく見ていなければ解らないほど微かには不思議そうな表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「・・・いや」

同じく不思議そうな表情を浮かべるリリーに、は小さく首を横に振る。

ホグワーツに入学するまで、は屋敷に1人でいた。

正確には屋敷しもべ妖精のセルマと2人で。

幼い頃から勉強や鍛錬をしていたは、あまり屋敷の外に出る機会を与えられなかった―――だから当然、友達など1人もいない。

それどころか、家の親類も含めて子供は以外にはいなかった為、同じ年頃の子供と接する事など一度もなかった。

だからは、ホグワーツに来て驚いたのだ。

世の中には、自分と同じ歳の子供がこんなにもいたのだと。

そんなにも、ここに来て初めて友達が出来た。

鮮やかな赤い髪と緑の目を持つ心の綺麗な少女と、不器用で人付き合いは下手だが心の奥底に解り辛い優しさを秘めた少年。

自分に友達などできるとは思ってもいなかったし、またそれを得られて嬉しいと思うなど想像もしなかった。

それはの知らない世界。

あのどこか暗い屋敷にいた頃にはなかった、光溢れる世界。

不思議と居心地の良い場所。

にゃあと、足元で黒猫が鳴き声を上げた。

何かを訴えるようなその声に、はフワリとの背を撫でると、部屋の入り口で待つリリーの元へと足を踏み出す。

「今日の夕食は何が出るのかしら?」

「さあな。行ってみれば解るさ」

軽く会話を交わしながら、2人は部屋を出て大広間へと向かう。

ホグワーツに入学してから、まだ5ヶ月。

彼女たちの学校生活は、まだ始まったばかり。

 

 

食事を終えて部屋に戻った2人。

リリーは既に課題を終え、優雅にが借りてきた本を読んでいる。

ふと顔を上げ視線を巡らせると、リリーはカーテンの引かれているベットを見詰めた。

ちなみに。

の夜も、早い。

まるで幼い子供のような親友に、リリーは人知れずクスクスと笑みを零した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

リリー、スネイプと交流を持ってみたり。

本題に入る前に交友関係とかも書いておいた方が良いかと思い、幕間のような感じで入れました。

中途半端にギャグになりきれてないところが痛いですが。

そしてシリウス夢なのにシリウスが出てこないのは、気にしない方向で。

作成日 2005.12.3

更新日 2007.9.13

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