談話室に足を踏み入れたは、不意に掛けられた声に視界を巡らせた。

すると暖炉の前のソファーに一人座っていたリーマスが、自分に向けて軽く手を上げているのがの目に映る。

それを見て自分を呼んだのがリーマスだと解ったは、何だろうと小さく首を傾げながらも素直にそちらへと足を向けた。

「何か用か、ルーピン」

「うん。暇ならお茶でも一緒にどうかなって思って」

にっこりと微笑むリーマスを、はいつも通りの無表情で見下ろして。

暇なわけではないが、決して忙しいわけでもない。

リーマスとお茶を飲むほど親しいわけではないが、全く交友関係が無いわけでもなく。

「・・・・・・頂こう」

数秒考え込んだ末、はそう結論を出した。

 

監督生による問題児に対する考察

 

「そういえば、は何処に行ってたの?」

もう1つカップを用意しお茶を淹れているリーマスが、唐突に口を開いた。

カップに揺らぐ透き通った茶色い液体を見ていたは、顔を上げて真っ直ぐ視線を返す。

「図書室だ」

「へぇ・・・。テストが終わったばかりなのに」

「ただの日課のようなものだからな」

淡々とした口調でそう返して差し出されたカップを手に取り、優雅な動作でそれを口元へと運ぶ。

さすが名家の娘だけあり仕草にも品があるんだなぁと、己の親友を思い出しながら苦笑しつつ、リーマスも同じように紅茶の入ったカップを口へと運んだ。

「あんなに成績が良いのに、勉強熱心なんだね。―――それとも勉強熱心だから、あんなにも成績が良いのかな?」

クスクスと笑みを零しながら、リーマスは小さく首を傾げる。

彼の言う通り、の成績は申し分ない。

闇の魔術に対する防衛術では常にトップを取っているし、魔法薬学や薬草学ではスネイプと競い合うほどだ。

他にも運動神経などを問われる飛行術なども優秀な成績を収めているし、全ての教科においてムラが無い。

あのジェームズやシリウスと主席を競い合うほどの頭脳を持つ者は、このホグワーツでもそう多くは無かった―――以外にいるとすれば、後は彼女の親友のリリーぐらいか。

しかしジェームズもシリウスも、お世辞にも勤勉だとは言えない。

だからこそ、がこうして毎日欠かさず図書室に通っている事が、リーマスにとっては少し意外だった。

しかしはリーマスの問い掛けに緩く首を横に振り、カップをテーブルへと戻す。

「そうでもない。別に毎日調べ物をしに行っているわけではないからな。―――借りる本もその時興味を引かれたものばかりだ」

特に気にした様子なくサラリとそう告げるに、リーマスはこっそりと先ほど彼女が持っていた本へと視線を向けた。

ならば何の本を借りてきたのだろうかというほんの少しの好奇心からなのだが、その本のタイトルを見た途端、リーマスは乾いた笑みを零す。

何度見直してみても、そこには『交渉術の手引き 〜これであなたも交渉上手〜 』と書かれているように見える。

「・・・。君、交渉人にでもなるの?」

「いや、そういうわけではないが・・・。ただつい最近、自分の会話能力の無さを痛感したばかりでな」

「・・・ふ〜ん」

曖昧な返事を返しつつも、リーマスは本の表紙から視線を逸らした。

頻繁にと会話を交わすようになって数ヶ月―――そんな短い期間で、彼女の事を理解するのは簡単ではないようだ。

「そういえば・・・この間は本当にごめんね。風邪引かなかった?」

先ほどが言った「つい最近・・・」という言葉に、リーマスがふと先日の出来事を思い出し、小さく首を傾げて問い掛けた。

一応あの時に謝ってはおいたのだが、シリウスが怒り出したりとロクな謝罪が出来ていない―――シリウスがを追って行った事も、気になるといえば気になる。

しかしはカップを手に取り紅茶を一口飲むと、緩く首を振った。

「大丈夫だ。あれしきの事で風邪を引くほど軟ではない。それに・・・気にしていないと言っただろう?お前も何時までも気にしなくとも・・・」

そこまで言うとはふと思いついたように言葉を切り、少し考え込む素振りを見せてから1つ頷く。

そんなの様子にどうしたんだろうか?と首を傾げていたリーマスは、次の瞬間信じられないものを目の当りにした。

「・・・ど、どう致しまして?」

は躊躇いがちにそう呟くと、引きつったように口角を上げる。

今までのならば絶対にしない行動。

しかも笑おうとしているのだろうが、明らかに笑い切れていない。

何の心構えも無く目にした光景に思わず固まってしまうと、それを見たが不審そうに首を傾げた。

「どうした、ルーピン。気分でも悪いのか?」

問い掛けられ、それは僕が聞きたいんだけど・・・と返しそうになり咄嗟に言葉を飲み込む。

「う、ううん。ただ・・・今までの君からして、『問題ない』とか返事が返って来るのかと思ってたから・・・」

「・・・そちらの方が、やはり良いか」

返って来た反応に、確認するように小さく呟いたに、リーマスは慌てて首を横に振った。

「あ、違うよ。そういうわけじゃないんだけど・・・。でも、どうしたの?交渉術の手引きにでもそう書いてあった?」

テーブルの上に置いてある本にチラリと視線を向けて、リーマスは苦笑する。

するとはまたもや首をゆるゆると横に振り、小さく溜息を吐き出した。

「この間、ブラックにそう教えられた。誰かからの謝罪を受けた時には、『どう致しまして』と返して微笑めば良いと」

至極真面目な顔でそう言うに、リーマスは無難な返事を返しつつシリウスの顔を思い出す。

一体何を教えているんだと心の中で一人ごちながらも、シリウスのその行動に驚いてもいた。

シリウスは決して悪い人間ではない―――確かに少し傲慢なところがあったりもするが、それは友人のリーマスが一番良く解っている。

しかし事女子に対しては、シリウスの態度はあまり褒められたものではなかった。

来る者拒まず、去る者追わず。

たった1人に執着する事など無く、悪く言えば女の子をとっかえひっかえ遊んでいる。

なまじモテてしまうから、尚更悪いのだけれど。

そんなシリウスだから、勿論女の子の友達など1人もいない。

本人にも女の子の友達を作るつもりはあまり無いらしく、女子に対しては気軽に声を掛けるか冷たい態度を取るかのどちらかだ。

そんなシリウスが、話を聞く限りでは円満にと接しているという。

俄かには信じられない話だが、の様子を見ている限り間違いなさそうだ。

そういえば・・・と、リーマスはここ最近のシリウスの様子を思い出す。

目立って変わった所はこれといってないが、時々盗み見るようにシリウスがを見ている事に気付いてはいた。

話し掛けはしないのだけれど、が談話室に居る時間によく顔を出す事も。

「・・・もしかして」

「どうした、ルーピン?」

「ううん、なんでもない」

思わず口をついて出た呟きに、が不思議そうに首を傾げる―――しかしすぐにそれを誤魔化して、リーマスはカップの影で微かに口角を上げる。

もしかして、シリウスにも遅い春が来たのだろうか?

知り合って5年目になるが、今までシリウスの恋愛話など聞いた事が無い。

いや、誰と付き合っているとかなどの話なら嫌というほど聞いたが、シリウスが誰かを好きだという話は耳にした事がないのだ。

よりにもよってその相手があのなのが、シリウスらしいと言えば彼らしいのかもしれない。

そう思いつつも、違うかもしれないと正反対の事を頭の中で考える。

良くも悪くも女性の扱いに慣れているシリウスが、本当にの事が好きならばただ見ているだけというのも可笑しい。

彼なら即座に何らかのアクションを起こしているのが普通だ。

「・・・本当の所、どうなんだろう?」

「だから何がだ、ルーピン」

「ううん、なんでもないから気にしないで」

今度は訝しげな表情を浮かべるに、リーマスはにっこりと微笑んで受け流す。

ともかくも。

真実がどうであれ、当分の間のからかう材料には困りそうにないなと結論付けて、リーマスは機嫌よく紅茶を飲み干した。

 

 

そんな遣り取りを交わしながらも、とリーマスは和やかにお茶を楽しんでいた。

はあまりお喋りでは無い為ほとんどリーマスが何かを話し、はそれに相槌を打っていただけだが、それでも2人は楽しく時を過ごす事が出来たようだ。

陽も少しづつ傾き始め、テスト終了の開放感に思い思い過ごしていたグリフィンドール生もちらほらと談話室に戻ってきた頃、漸くリーマスはカップを片付け始める。

楽しい時間はあっという間だという言葉を、彼は今実感していた。

「ごめんね。なんだかずいぶん長い時間、付き合わせちゃって・・・」

「いや、私の方こそご馳走になった」

言葉を交わしながらが立ち上がる。

そうして図書室から借りてきた本を手に取り、未だソファーに座ったままのリーマスを見下ろし暫く考え込んだ後、ゆっくりとした動作でポケットに手を突っ込んだ。

「・・・これを」

小さく呟きながらポケットから取り出した小瓶をリーマスに差し出し、反射的に出されたリーマスの手にポトリと落とす。

小瓶の中には、お世辞にも綺麗とはいえない色の液体が入っている。

それを受け取ったリーマスは、瓶との顔を交互に見詰め首を傾げた。

「・・・これ、なんだい?」

「心を・・・静める薬だ。―――厳密に言えば、その試作品だ」

少しだけ声を潜めるに、リーマスは戸惑いを含んだ視線を向ける。

「僕・・・別に心が騒いでるわけじゃないんだけど・・・?」

「今はな。―――だが、もうすぐ満月だろう?」

決して大きくは無いその声は、しかししっかりとリーマスの耳に届いた―――瞬間心臓が跳ね、どくどくという鼓動の音が聴覚を支配する。

目を見開き見返すの表情は、いつもと何ら変わりないもの。

けれど向けられる視線は酷く強く。

目を合わせていることすら出来ずに、リーマスは視線を泳がす。

するとは小さく溜息を吐き出し、目を合わせるようにその場に座り込んだ。

「確かに・・・試作品を口にするには不安もあるだろうが、こればかりは試してもらわない事には仕方ない。そう心配せずとも、人体に悪影響はない・・・・・・おそらく」

キッパリとそう言い切り・・・しかし付け加えられた言葉が、酷く不安を誘う。

しっかりと向けられた視線に漸く我を取り戻したリーマスは、1つ大きく深呼吸をしてからなるべく普段通りを心掛け口を開いた。

「そうじゃなくて・・・。僕が言いたいのは、そう言うことではなくて」

「違うのか?てっきり私は、試作品に口をつけるのが不安なのだと・・・」

「それも少しはあるけど、そうじゃなくて・・・」

そうじゃなくて、ともう一度繰り返して。

「・・・どうして、知ってるの?」

聞き取れるか聞き取れないか程の小さな声で、囁くように問い掛ける。

全身を強張らせ、見るからに顔色を悪くしているリーマスを見詰めて、はその事かと漸く彼の言いたい事を察した。

「どうしてと言われてもな。見ていれば解る、としか言い様がない」

「・・・見てたの?」

「そうだ。まぁ、見ていたのは私ではなく私の友人なのだが」

と同室の女子が、ある時期だけ沈んでいるのに気付いたのは、どれくらい前か。

あまりの落ち込みぶりに訳を聞いてみれば、リーマスが病気で休んでいるのだという。

その時はさほど気にはしなかったが、それがある一時期だけ何度も繰り返せばおのずと予想はつくというものだ―――様々な書物を読み知識を得ているにとって、それを察する事など造作も無いことだった。

「それで・・・薬を作ってくれたの?」

「・・・まぁ、そういう事になるか。完全に直す事など不可能だが、ほんの少し症状を押さえるくらいならば出来るのではないかと思ってな」

ふいと視線を逸らしながら呟くを見詰め、リーマスは軽く目を見開く。

どうしてそんな事をしてくれるのかが、彼には解らなかった。

けれど直接聞く事も躊躇われる―――どんな返答が返って来るか、それを聞くのが少し恐かった。

「ともかく、効果があったなら教えてくれ」

戸惑うリーマスにそう言い捨て、は立ち上がるとクルリと踵を返す。

「・・・ありがとう、

その後ろ姿に小さな声で感謝の言葉を投げ掛けるも、は振り返らない。

聞こえていなかったのかもしれない―――しかしリーマスは、それがの照れ隠しなのだと判断した。

の消えた女子寮の階段を見詰めていたリーマスは、ふと手の中にある小瓶に視線を落とす。

そういえば・・・と、不意に過去を思い出した。

昔ジェームズたちがアニメーガスになる為の方法を探していた時。

シリウスがある一冊の本を探し当ててきた。

結果的にその本が非常に役に立ち、彼らは目的を達成できたのだけれど。

「参考にするならこれが良いって、が言ったんだよ。もしかしたらバレちまったのかも・・・」

シリウスはそう警戒していたけれど、何時の間にかそんな事など忘れていた。

それは、の態度がその前と後とで変わりなかったからだ。

気にしすぎだろうと、その時は自分自身に自嘲したのだけれど。

「やっぱり・・・バレてたんだ」

小さく呟き、その小瓶をポケットに収める。

確かに不安はまだあるし、戸惑いも消えはしないけれど。

それでも変わらないの態度に、ほんの少し安心したのも確かで。

「変わってる子だとは思ってたけど・・・まさかここまでとはね」

苦笑交じりに呟いて、リーマスはこの事をシリウスたちに話すべきかどうか迷った。

話しても支障は無い筈だ―――寧ろ話した方が、後々問題が起こらずに済むのだろうが。

それでも、まだ暫くは自分1人の胸に収めておくのも良いかもしれないとリーマスは思う。

そう、例えばこの薬の成果が出た頃にでも。

ポケットの中を転がる瓶の感触に、リーマスはクスクスと笑みを零した。

 

 

結局、なかなか思うような効果は得られず。

1つの薬として完成するのは、まだまだ先の話なのだけれど。

この出来事をきっかけにとリーマスが以前にも増して親しくなったのは、ここだけの話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

少しづつ悪戯仕掛け人たちと親しくなっていこうという思惑により、今回の主役はリーマスで。

というか、こんな設定は正直どうでしょう?(聞くな)

脱狼薬を作ったのは、実は主人公・・・みたいな(あわわ)

それにしても主人公が段々可笑しな人になりつつあるのですが・・・。

どうでもいいけど、シリウスの出現率が低いなぁ。

作成日 2005.12.6

更新日 2007.9.13

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