決して、仲が良いとは言えないけれど。

ホグワーツに入学して、既に折り返し地点を過ぎた5年目を境に、彼女たちの道は交わり始めた。

きっかけは、あの見事に失敗した悪戯から。

少しづつ。

本人たちも気付かないほど少しづつ、彼女らは心を通わせ合い始めていた。

 

変わりゆく

 

ある休日の午後。

天気の良いその日、とリリーは他愛ない会話を交わしながら行く当ても無くブラブラと散歩をしていた。

というよりも談話室で静かに本を読んでいたを、こんな天気の良い休日に部屋に閉じこもっているのはもったいないとリリーが強引に連れ出したのだけれど。

空は蒼く澄み渡り頬に当たる風は心地良く、少し前に行われたテストでは優秀な成績を修めた2人にとっては、何の憂いも無い極上の休日だった・・・筈なのだが。

ちょうど中庭付近を通りかかった時だろうか?―――派手な音と少年たちの笑い声に、はふと視界を巡らせ、そうして目に映った光景に思わず眉を顰めた。

中庭の一角に、小さな人だかりがある。

その人だかりは男子よりも寧ろ女子の方が多く、俗に言う『黄色い声』というモノが上がっている事に、今そこで何が行われているのか見る間でもなく想像出来た。

「あの人たち、また・・・!!」

隣に立つリリーが小さくそう呟いたかと思うと、その直後勢い良くその人だかりに向けて駆け出した。

何度スネイプに気分の悪くなるような言葉を吐かれても、やはりリリーにはその場を見過ごす事など出来ないらしい。

もリリーのそういう所が、なんだかんだ言いつつも一番気に入っているのだが。

足を踏み鳴らす勢いで駆けて行くリリーの後ろ姿を見詰め、仕方ないとばかりに溜息を吐き出してからも彼女の後を追う。

こういう面倒事に、リリーは面倒臭がらずに諌めに入る。

普段は人をからかって楽しんだり、多少の意地悪くらいはするのだけれど、やはりこういう理不尽な光景は黙っていられないようだ。

立場上一番先に諌めに入らなくてはならないとしては、リリーのこの行動にずいぶんと助けられている。

もしリリーが率先して首を突っ込まなければ、面倒臭いと流していたかもしれない。

それもまぁ、からかいの対象がスネイプならば、もそう簡単に流すわけにはいかないのだけれど。

「あなたたち、やめなさい!彼に構わないでって何度言えば解るの!?」

人ごみの中からリリーの怒声が響き、はもう一度溜息を零して人ごみを掻き分け騒ぎの中心へと足を踏み入れる。

そこには予想に違わない光景が広がっていた。

ジェームズとシリウスの呪いによって痛めつけられたスネイプ。

屈辱に染まった表情で唇を噛み締め、他など見向きもせずに2人を睨みつけている。

ついこの間。

そう、あのテストが終わったあの日、諌めたばかりだというのに。

よく飽きないな・・・と、いっそ感心すら抱きながら、は怒りを露わにするリリーの横をすり抜けると、彼女の前に立ち悪戯仕掛け人たちに視線を向けた。

「よお、

の視線に気付いたシリウスが、振り返り軽く手を上げる。

良く言えば人懐こい、悪く言えば馴れ馴れしいその態度に、は隠す素振りも無く大きな溜息を吐いた。

が水を掛けられたあの日から、シリウスは時折声を掛けるようになった。

だからといって何があるわけでもない。

何か話をするわけでもなければ、何処かへ行くわけでもないのだけれど。

最も、大抵の場合の方が読書に夢中な為、話し掛けても返ってこない返事に焦れたシリウスが何処かへと姿を消すのだ。

はニッと笑みを浮かべたシリウスを一瞥し、そうして呪いを掛けられ身動きの取れないスネイプに視線を移すと、懐から杖を取り出し軽く振るう。

するといともあっさり掛けられた呪いは解け、スネイプは糸が切れた人形のようにその場に座り込んだ。

一方ジェームズは、まるで造作も無く解かれた己の呪いに、それをやってのけたを驚きの色に染まった目で見返す。

自慢するわけではないが、自分の掛けた呪いはそう簡単に解けるものではない―――掛けた本人や教員ならまだしも、同じ歳の者にあっさりと解かれるとは思ってもいなかった。

「凄いわ、

にっこりと笑顔を浮かべて自分の友人へ賞賛を送るリリーに、ジェームズは苦く思いながらも平静を装い笑みを浮かべる。

「やあ、。僕の呪いをあっさりと破るなんて流石だね。やっぱり、あの噂も全くのデマじゃ無いって事なのかな?」

「・・・噂話に興味は無いが。―――ところでお前は誰だ?私とは初対面だろう?何故私の名を知っている」

からかうように笑うジェームズの顔が、の発言により一瞬にして引きつった。

「・・・いや、何故って。僕の事知らないの?同じ寮なのに?・・・っていうか、初対面じゃないし」

躊躇いがちに突っ込めば、は眉を寄せて首を傾げる。

その本気で解らないらしい素振りに、ジェームズは軽くショックを受けた。

隣ではシリウスが、何故か安心したように息をついている―――どうやら知られていなかったのが自分だけではないという事に安堵しているようだ。

「初対面ではない?・・・言われてみれば、見た事があるような記憶も・・・」

そう言われ、ジェームズは顔を見詰められて思わず視線を泳がせた。

すると視界の端でが再び軽く杖を振るのが見えて、ジェームズはハッと我に返り背後を振り返る―――そこには恨みの篭った眼差しを向けながら杖を握り締めるスネイプの姿が。

どうやらは、自分に向けられた呪いを跳ね返したらしい。

それが解った瞬間、ジェームズは再び驚きの顔を凝視した。

「・・・、何故邪魔をする!!」

唸るように声を荒げるスネイプに、しかしは動じた様子なく視線を向ける。

「邪魔をしたつもりはない。私はただ、早急にこの場を静めたに過ぎない」

淡々とした口調でそう言い切り、杖を握ったまま悪戯仕掛け人と向き直る。

「お前たち、何度止めろと言えば解る。その頭は飾り物ではないだろう?」

呆れた声色で言われ、シリウスは苦い表情を浮かべた。

しかしすぐに気を取り直して口角を上げると、未だ地面に座るスネイプを一瞥する。

「何言ってんだよ。こいつが俺らの前に居るのが悪いんだろ?それに・・・スネイプだって俺らに喧嘩売って来るんだぜ?」

「だからといって、買う必要がどこにある?」

「売られた喧嘩は買うのが当然だろ?それに見てみろよ。誰もこいつを庇うヤツなんて居ない。こいつはみんなの嫌われ者だからな」

そう言い笑みを零すシリウスを眉間に皺を寄せて見返したは、しかし迷いの無い強い口調で言い切った。

「たとえセブルスがどんな罪を犯したとしても、お前にそれを裁く権利など無いだろう?お前のやっている事は、ただの子供の陳腐な遊びだ」

不愉快さを漂わせるに、シリウスもまた眉を寄せる。

何故スネイプを庇うのか、それがシリウスには理解できない。

「ふん。他寮の監督生に助けられるなんてな。情けねぇ・・・」

スネイプを睨み下ろしつつ、シリウスはゆっくりとした足取りでの前に立つ。

そうして無言で自分を見上げるに軽く微笑むと、優雅な動作で彼女の艶やかな黒髪を一房手に取り、見せつけるように唇を落とす。

「お前も、わざわざこんなヤツを助ける必要なんて・・・」

言いかけた言葉は、掴まれた手により遮られた。

こうすれば落ちる筈だった。

今までシリウスがこうして、落ちなかった女はいない。

いくらといえど、こうすれば動揺するなり頬を赤らめるなりする筈だ―――そうシリウスは思っていた。

その思惑は、見事に裏切られたが。

の髪を取ったシリウスの手を、の手が掴む。

それを認識した瞬間、腕に走った鋭い痛みにシリウスは顔を歪ませる。

流れるような動作で腕を捻り上げられ視界が廻ったと同時に、シリウスの身体は地面に叩きつけられていた。

「気安く触れるな」

鋭い視線と共に降りかかった冷たい声に、何が起こったのかとシリウスは目を瞬かせる。

「それにセブルスは私の友人だ。困っていれば手を貸すのは当然だろう?」

視界に入ったは、蒼い空をバックに悠然とシリウスを見下ろした。

耳にリリーの歓声と、見物人のざわめきが届く。

しかしそんなものすら、今のシリウスには遠い世界のようで。

ただ、凛と立つの姿が。

今まで見た何よりも綺麗に見えた。

 

 

「やあ、。今日は何の本を読んでいるんだい?」

談話室のソファーに座りいつも通り読書をしていたは、唐突に掛けられた声にあからさまに眉間に皺を寄せ、視線だけで声のした方を窺う。

そこにはにっこりと楽しそうな笑みを浮かべるジェームズと、どこか不貞腐れたような表情をしつつも明らかにの様子を窺っているシリウスが。

あの中庭での一件以来、は何故か悪戯仕掛け人からしつこく付きまとわれるようになった。

実際ジェームズたちは付きまとっているつもりは微塵も無く、ただと仲良くなろうと声を掛けているに過ぎないのだが、その対象であるは付きまとわれていると判断した。

そんなの考えに当然気付いているジェームズは、しかし気にした様子もなくにこにこと笑みを浮かべつつ再び口を開く。

「やだなぁ、そんな嫌そうな顔しないでよ」

「私に構うな。これは地顔だ」

「え〜、地顔?・・・って事はって、つまんない人生を送ってるんだね」

「私がどう生きようと、お前には関係ないだろう。それに少なくとも私は、お前が楽しむような人生を送るつもりは微塵もない」

「どうせならお前って呼ぶより、ジェームズって呼んでよ。僕たち友達でしょ?―――心配しないで。僕も君の事、って呼ぶから」

「断る」

「それで?は何の本を読んでたの?」

何を言っても懲りる事無く会話を続け、決して笑顔を絶やさないジェームズに、は重いため息を吐く。

にとって、ジェームズはどちらかというと苦手な部類に入る。

飄々として掴み所が無い。

突然突拍子もない事を仕出かしたりと、行動も読めない。

何を考えているのかも解らないし、また自分に理解できるとも思えなかった―――他人に言わせれば、それはまさしくを形容する言葉と似通っているのだけれど。

しかし彼らがに付き纏うようになってから、彼らの悪戯の頻度と被害が減った事は確かであり、監督生としては喜ぶべき事だ。

自分に対する負担は、減るどころか増している気がしないでもないが。

そんな事をぼんやりと考えていたをサラリと流して、ジェームズは首を伸ばし彼女の手元の本を覗き込む―――答えが一向に無い為、どうやら自分で確認する事にしたらしい。

「なになに・・・え〜っと・・・『これで安心!ストーカー撃退法(完全版)!!』?何、って誰かにストーカーされてるの?」

目を丸くして顔を覗き込むジェームズから距離を取り、は眉間に皺を寄せつつ彼を見返した。

「似たようなものだ」

「大変だねぇ。なんなら僕らが追っ払ってあげようか?」

「・・・気持ちはありがたいが、今更期待していない。どうせ言っても無駄だろうからな」

「そうなんだ。まぁ、何かあったら遠慮なく言ってよ」

にっこりと邪気の無い笑顔を浮かべるジェームズを、はなんともいえない複雑な表情で見詰める。

解っているのかいないのか―――判断が付きかねるところだ。

が密かに悩んでいると、その隙にジェームズはの隣のソファーに勝手に座り込む。

それにシリウスが一瞬不機嫌そうな表情を浮かべたけれど、生憎とがそれに気付く事は無く、シリウスもまた仕方ないと溜息を吐いての正面のソファーに腰を下ろした。

「・・・まだ、私に何か用か?」

隣に座り目を輝かせるジェームズをウンザリした様子で横目に見ながらが声を掛けると、ジェームズは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して口を開く。

「ずっと気になってたんだけど。シリウスをいともあっさりと捻じ伏せるなんて・・・君って何者?」

小さく首を傾げるジェームズに視線を送り、は不可解だと眉を寄せる。

「何者、とは?私はだ。それ以外に何がある?」

「・・・う〜ん、そういう意味じゃなくて・・・」

どう言ったらいいのかな?と少し悩んだ後、ジェームズは再び口を開いた。

「喧嘩に強いみたいだけど、何処で学んだの?ってあんまり喧嘩しそうには見えないんだけど・・・」

ジェームズの言葉に、そういうことかと納得し、は昔を思い出すように窓の外に視線を向ける。

「子供の頃から、武術は一通り習った。魔法使いは杖が無くてはロクに戦えないだろう?どんな状況に陥っても対処できるだけの術を身に付けることは、私にとっては当然の事だ」

遠い目をして語るを、ジェームズとシリウスは黙って見詰めた。

過去を思い出すその顔には、表情が無い。

確かには日頃から無表情だが、多少なりとも表情の変化はあるのだ―――それは親しくならなければ解らないほど微かなものだけれど。

しかし今のには何もない。

懐かしさも、嬉しさも、悲しさも、悔しさも。

どこか他人の思い出を聞いているようで、何と答えて良いのか2人には解らなかった。

「ああ、そういえば!」

一瞬にして暗く沈んだ空気を振り払うように、唐突にジェームズが声を上げた。

それに引かれて視線を窓の外からジェームズに移したの表情には、先ほどとは違い訝しげな色が浮かんでいる。

「この間から・・・っていうか、もうずっと前からだと思うけど。シリウスが君の事凄く気に入ったみたいなんだよね」

「ちょ!ジェームズ!!」

いきなりの自分を巻き込んだ発言に、シリウスはソファーから立ち上がり勢い良くジェームズに向かい声を荒げる。

しかし発言をした当の本人は少しも気にした様子なく、にこにこと笑みを浮かべ。

「シリウスってMの気があったみたいだね」

「ねぇよ!」

しみじみと呟かれた言葉に、シリウスは猛然と抗議の声を上げた。

しかしは大して気にしていないのか、はたまたよく解っていないのか、興味がなさそうな目でシリウスに視線を送る。

「悪いが、私にはその気はない。どこか他所を当たってくれ」

「だから、ねぇって言ってんだろうが!!」

「少し落ち着け。そう声を大きくしなくとも、ちゃんと聞こえている」

「聞こえてる聞こえてないはこの際問題じゃねぇよ。俺が言いたいのは理解してるかしてないかって事だ」

「理解?お前にMの気があるという事か?」

「だから、ねぇって言ってんだろ!?」

淡々とした口調で話すに対して、シリウスは大声を張り上げる。

既に肩で息をするほど疲弊しているシリウスを見詰め、は困ったように溜息を吐き出す。

別にどちらでも良いのだけれど。

シリウスの怒鳴り声を聞きながら、そんな事を思う。

それにしても、この会話はいつ終わるのだろうか?―――まったく読めていない本を見下ろし、困ったように軽く肩を竦めて見せた。

それが更にシリウスの怒りを煽る事になる事を、彼女は知らない。

シリウスからの一方通行ではあるが喧嘩する2人を見て、ジェームズは楽しげに口角を上げた。

何故付きまとうのか?

がそう思っている事を、ジェームズは知っている。

そう、例えばその答えを返すのだとすれば。

「確かに、興味深い人物だ・・・実にね」

あのクールと形容されるシリウスを、ここまで熱くさせてしまえるという存在に。

純粋に興味が湧いた。

そこにリリーとの接点という思惑が無いとは言わないが。

それでも、友達になってみたいと思ったのも事実。

今よりももっと楽しい毎日が送れるだろうと、確信にも似た思いを抱いたから。

そんなジェームズの思惑など知らぬまま、とシリウスは、決して噛み合わない会話を夕食の時間まで続けていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

そろそろ悪戯仕掛け人たちと仲良くさせなければ・・・という思いの篭った今回の話。

仲良く・・・なり始めてるんだと思ってください。

そんなに滅茶苦茶長くするつもりもないので、そろそろ恋愛に発展させなければ。

毎回スネイプが噛ませ犬っぽい役回りですみません。(謝)

愛はあるのですが・・・。(そう言いつつ立場的にこういう役回りが多くなってしまいそう)

作成日 2005.12.10

更新日 2007.9.17

 

戻る